*聖歌聖祈*
生きる事に執着しない人間なのだろう。
いつか青い光となって消える人。
戦火の中、あの人には生きていて欲しいと祈るしか出来ない私。
どうか…生きていてください。
私は貴方と生きていたいのです。
***
人類が圧倒的優勢に立っている今でも容赦なく出撃は掛かる。優勢であるだけで敵はいない訳ではないのだ。
その日の出撃は珍しく幻獣が増援を呼び、優勢だった戦況が一気にひっくり返った。
「士魂号は各自一度引いて体制を立て直してください。スカウトは各自中型幻獣を避けながら敵を撃破してください」
指揮車から善行指令の声が聞こえたので各自その指示に従い体制の建て直しを図る中、2番機のみがその命令を実行できなかった。背後に指揮車がいたために、うかつに引けば敵の照準が指揮車に向けられる恐れがあったのだ。
「指揮車はいいですから引いてください!!2番機!!」
再び指令の声が飛ぶが、2番機は前進し敵を狩り始めた。一度被弾すれば性能ががた落ちになる士魂号で敵に囲まれれば命すら危ない。それがミサイルを装備している3番機ならばまだしも、2番機では何時まで持つかも分からない。
「来須君!!」
「あかん!!指令うちらも引かんと囲まれんで!!」
善行がパイロットの名を呼ぶが返事は無く、善行は舌打ちすると加藤に指揮車を下げるように指示を出す。すぐに2番機を助けられる距離にいる人間は誰もいない。最悪、彼は助からないかもしれない。
「…来須…君…」
同じく指揮車に乗っていた石津は遠ざかる2番機を見送る。厭だと思った。誰か助けてと。あの人を遠くへ連れて行かないで。
来須は遠ざかる指揮車を見送ると、目の前に蠢く幻獣に視線を向ける。戦場に立つことを怖いと思った事は無かった。しかし、今此処で引けば指揮車が狙われるのが怖かった。彼女は此処で散る人間ではない。そもそも戦場に立つべき人間ではない。時代が時代ならもっと幸せになれただろうにと何時か彼女に言った事があったが、彼女は首を振り、こんな時代だから貴方に会えたと微笑んだ。
ナーガのレーザーをかわし、なるだけ背後を取られないように移動するのが精一杯だった。数が多すぎる。下手に敵を撃破すればその隙を突いて攻撃される恐れがあったのだ。
スカウトの職を下りてパイロットになったのは何時の事だっただろうか。あいつがスカウトになるといって無職になったので空いていた2番機に乗ったのだ。今や撃破数を人外と云われるほどに上げていったあいつはこんな場面に遭遇しながらも何時だって切り抜けた。ならば…不可能ではないはずだ。
「来須君!!引いてください!!」
再三の善行の命令を無視し、来須はその場にとどまったままだった。
「3番機サポートに行ってください!1番機は2番機の退路を確保!」
「了解!」
3番機がミサイルの再装備をしたのを確認すると、善行はすかさず次の指示を出した。3番機と2番機は離れすぎていて間に合うかは微妙だったが、今はその指示を出すしかなかった、最悪間に合わなくても2番機周辺に集まった幻獣を一掃する事は出来る。しかし、その場面には遭遇したくなかった。
「2番機被弾!性能落ちます!」
オペレーターの声が一気に小隊内に緊張を走らせる。
来須は回避性能の落ちた士魂号に舌打ちをすると、目の前のナーガをアサルトライフルで打ち抜く。戦場で散るなら本望だ。しかし、出来るだけ敵は減らしておきたい。
―─死ねば青い光になり彼女だけをずっと守っていられる。
ふと過ぎったそんな考えが致命的な隙を作った。
「2番機被弾!」
視線の先で膝をつく士魂号はもう動く気配は無い。3番機は…まだ着かない。
「…厭…」
石津がうわ言の様に呟く。消えてしまう。消えて…。
『貴方は彼女に消せない傷を作るつもりですか?』
突然通信に割り込んできた声に驚いて来須は顔を上げる。指揮車からではない。ランプは補給車を指している。聞き覚えのある声だが、何時も訊く声よりも酷く落ち着いていて他人の物のように聞こえる。
『…死ねば痛みも苦しみもそこで終わる…でも、置いていかれた者の痛みは…終わらない』
少女の儚げな微笑が脳裏に浮かぶ。
『それでも良いと言うのなら…彼女を今この世界で守る事を放棄するというのなら…』
突如2番機が再起動し、立ち上がる。が、相変わらず幻獣に囲まれているのは変わらない。それでもなお諦めるわけには行かなかった、這いつくばってでも生きていなければならない。
来須は士魂号のコクピットを開け、ウォードレス姿で戦場に立つとライフルを片手に退路を開く。
刹那
2番機の直ぐ側で砂埃が巻き上がる。
見覚えのある武尊。
今この世界でもっとも絢爛舞踏に近い人。
武尊はミノタウロスを一撃で叩き伏せると、直ぐにカトラスを握りなおしナーガに切りかかる。舞を舞うように幻獣を切りつけ、カトラスの白い刃は桜の花びらのように緩やかに空を舞う。
絢爛舞踏の開いた道を来須は撤退しながら、かの人の背中を見る。
来須が漸く撤退ラインまで行く頃には、すっかり戦場は静かになっていた。
「大丈夫!?石津さん応急手当!!」
整備主任の原が石津を呼び寄せると、彼女は走って此方へ向かってくる。心なしか瞳が赤い。
「…消えて…しまうかと思った…」
石津は消え入りそうな声で来須に向かって言葉を発する。
死ぬのは簡単だと思った。けれど…どんな事をしても生き残らねばならない理由がある。
「…心配かけた」
来須の言葉に石津は驚いて首を振る。生きて帰ってきてくれた事が嬉しいと、穏やかに微笑んでくれた。その微笑みに来須は僅かに罪悪感を抱く。つい先刻まで彼女に消せない傷を負わせようとしていた事に。
そこで来須はさっき通信を入れて来た男を思い出し探すと、丁度幻獣を狩り終わって帰ってきたスカウトのウォードレスのチェックをしていた。仕事中に話し掛けるのも悪いと思って、後で礼を云う事にする。
「フフフ…ウォードレスは問題なしです、さっさと脱いじゃって下さい」
岩田は武尊の破損を確認するが、相変わらずの無傷っ振りだった。それもそうであろう、この人がウォードレスを痛めるような事をしたのを見たことがない。
そして岩田の心に僅かに疑問が浮かぶ。絢爛舞踏に一番近い…否、既に絢爛舞踏は掌中のこの人は何故今回来須を見捨てようとしたのだろうか。普段なら頼まれなくても戦場を駆け巡って仲間を助けるのに、今回は動かなかった。そして、事もあろうに、自分が来須に通信を入れた直後に動いたのだろうか。
そもそも、自分が来須に通信を入れたこと自体が自分自身で理解できなかった。
めでたし、めでたしを迎えられるはずだったのに、その可能性が急激に消え失せようとした事で焦ったのかも知れないと割り切ろうとも思ったが、今更という気もした。此処で来須が死んでも、いずれ世界は再びスタート地点に戻り、痛みも悲しみも消える。蓄積されるのは己の記憶のみ。なのに何故来須に痛みは終わらないといったのか。故意に嘘を吐いた。
「…円環を再び繋ごうかとも思ったのだがな」
岩田は目の前の人間の言葉にはっとして顔を上げる。その人は僅かに瞳を細めて岩田のほうを見ていた。
―─介入者。
普段は奥底いて滅多に出てこない。いや、寧ろ入れ物に合わせてその人格を演じきっていると云った方が良いだろう。だから、彼女から岩田に掛けられる言葉はすべて入れ物に沿った言葉であって、介入者の考えを示唆するものは何一つなかった。今までは。
「…どういうつもりですか?」
「言葉のままだ」
どうしてもこの介入者は理解できない。不可解すぎる。スカウトになった時点で絢爛舞踏は諦めたのかとも思ったが、そういう訳でもなく、戦場で幻獣を狩りつづける。しかも、円環…ループを終わらせる条件も知っているのに今こうやって、故意に円環を繋ごうとした。
「痛みなどそなたはもうとっくに失っているものだと思っていた。永遠に続く茶番劇を傍観者として何も感じずに眺めているだけかと思った。…嘘吐きだなそなたは。本当は痛くてしょうがないのにそれを隠している」
「とっくに痛みなんて感じませんよ。…麻痺してるみたいです」
見透かされたような気がしたので岩田は又嘘をついた。否、ついさっきまでは本当に痛みなど感じないと思っていたのだ。
「…嘘吐きだな。でも、そういう所は嫌いではない」
少女は笑って岩田を見上げる。
「その体でそういう事を云わないで下さい」
「…誰も死なせない。でも、私は又円環を繋ぐよ。悪く思うな。私にはやりたい事が出来た」
円環を繋ぐ方法はいくらでもある。誰も死なせないというのはあくまで条件の1つに過ぎないのだから。
少女は踵を返すと、トラックの方に歩いてゆく。それを岩田は見送りながら僅かに瞳を細める。彼女は死ぬ事はない。介入者が入っている限り。しかし、あの介入者の意図は一向に読めない。何を望んでいるのか、彼女は何の為に再び舞い戻ってくるのか。
「岩田」
不意に背後から声を掛けられ、岩田はくるっと体を方向転換させる。
「おや、これは来須君ではないですか!…フフフ…本日は大ピンチでしたね★」
「助かった」
「…言葉を掛けるだけで助けた事になるなら安いですね★お礼なら彼女に言った方が良いんじゃないですか?」
そういって岩田はトラックの方へ歩いてゆく背中を指差す。
「ああ…あとで云うつもりだ」
「フフフ…それでは僕は後片付けに行きます★来須君は石津さんと仲良く帰っちゃって下さい」
「…死ぬのは簡単だな…」
来須の言葉に岩田は少し表情を曇らせる。
「…命を捨てる事よりも、どんなに辛くても這いつくばって生きていく事のほうが難しいんでしょうね」
「そうだな…」
来須は帽子を深く被りなおすと、僅かに表情を緩める。
「有難う…」
石津の言葉に彼女は僅かに表情を変えた。いかにも何を言っているのか解らないというような表情で。
「何をいっておる」
「…来須…君。助けて…くれて」
「ああ、その事か。気にするな、行き掛け駄賃だ」
すっかり制服に着替えてしまった彼女は、戦場で消費してしまった体内の水分補給をながなら石津のほうを向く。
「…遠くに…行って…しまうかと思ったの…私には…祈る事しか…出来なくて…貴方みたいに…戦え…ないから」
俯きながら発せられる言葉は僅かに震えている。それに気が付いて、石津の肩に手を置く。
「祈りは届いた。だから来須は助かった。それで良かろう」
彼女の言葉に石津は驚いて顔を上げる。視線が合うと、彼女は石津の方を見ながら表情を緩める。
「…祈りが…届いた…?」
「十分にな。これからもそうせよ。それに…戦場に立つ者にとって帰るべき場所は必要だ。それがなければ何処で死んでもかまわんと思うからな。そなたは…来須の帰るべき場所だ。ならば、戦場に立つ必要はなかろう」
「…そう…ね…。有難う…」
石津の言葉に満足そうに笑うと、彼女はゆっくりと石津の背後に指を向けた。石津が指し示した方向を見ると、そこには来須が立っていた。
「来須が待ってるぞ」
石津は表情を緩め、来須のほうへゆっくりと歩いてゆく。
必ず帰ってきて。
私はずっと貴方を待っているから。
戦火の中で祈る事しか出来ないけど。
必ず帰ろう。
俺はずっとお前を守るから。
戦火の中で戦う事しか出来ないけれども。
二人を見送る介入者が微笑った。
―─祈りは確かに届いた。神にでもなく、私にでもなく、彼に。貴方が彼の痛みを揺り起こしたからその礼に私は剣を振るったのだよ。
見上げる夜空は星が瞬き、先刻まで此処が騒然とした戦場であった事を忘れさせる。
―─繋がれる円環は全てをリセットし、痛みも悲しみも消えうせる。此処で育んだ物は全て消えうせる。だから…今此処で幸せであって欲しい。彼がそれを望むなら。何一つ望まなかった彼が漸く動いてくれたのだ。ならば私は…その為にいくらでも銀剣を振るおう。
戦場に立つ絢爛舞踏は舞を舞う。
届かない自らの祈りを…望みを成就させる為に。
今此処で出来る事をなす為に。
そして円環は繋がれる。
>>あとがき
はい、来須v萌でしたが、なんだか介入者と岩田君が出放題で御座いますね(苦笑)
キリ番リクエストだったんですが、このカップリングは初めてだったんでドキドキです、って言うか、両方あんまり喋らないんじゃ!!!(鼻水)このカップリングも結構好きなんですが、好きだから書けるって訳でもないですね(涙)
因みにこの介入者は『岩田王国』の介入者です。この次のループが『岩田王国』って訳ですね。だから岩田が微妙にネガティブ(笑)介入者も根性悪いです。誰に入ってるかはご想像にお任せしますが、多分解るでしょう…書き方が拙くなければ。題名の聖歌は介入者、聖祈は萌ちゃんさしてるわけですね。
始めは先輩がピンチの時に、萌ちゃんの祈りを介入者が察知して助けに来るって話だったんですが、先輩が行き成り走馬灯モードに入ったのでかなり焦りました。死ぬ気満々や…(鼻血)何とか収拾ついて良かったです…本気で如何しようかと思ったよ…。
ではあんまりラブってないですが(何時もの事で恐縮です・笑)23000キリ番ゲッターのぐれっち様へ。
>>HP移転に伴い一部改行等調整。大筋変更はありません。