*氷解心理*
その日芝村舞は昼休みにカダヤである来須から弁当を投げてよこされた。
一瞬思考が止まる。彼は何も言わずに教室を出てゆくので呆然とそれを見送るしか出来なかった。舞の手にあるのは今朝方彼に渡した手作り弁当。
昼休みももう直ぐ終了と言う頃に、偶然食堂兼調理場に足を運んだのは岩田だった。何時も通りの挙動不審の足取りでゆっくりと入ってきた彼は、舞に視線を止めると僅かに眉をひそめた。
「フフフ…捨てちゃうんですか?勿体無いお化けが出ますよ〜」
「いっ、岩田!!」
行き成り後ろから声を掛けられ声を上ずらせる舞だったが、直ぐに厳しい表情になる。
「…勿体無いお化けなど存在しない」
「居ますよ〜。夜な夜な食べ物を粗末にした人の枕もとで踊るんです。ああ、考えただけでも恐ろしい」
そう云うと岩田は大袈裟に怖がる仕草を見せる。
馬鹿にしてるとしか思えない岩田の言動にイライラしながら舞は彼を睨みつける。苦手なのだこの男は。マイペース過ぎる。
舞は今先程捨てようとした手作り弁当を叩き付けたいのを堪えながら漸く口を開く。
「そなた授業は」
「自主休校ですよ。僕は朝からお仕事でお疲れモードなんです。壬生屋さんが士魂号もう少し大事に扱ってくれれば楽なんですけどねぇ」
僅かに肩を竦めると、岩田はヤカンを棚から出し、鼻歌を歌いながら水をなみなみ注ぐ。
昨日の戦闘で1番機は大破。せかっく上げた性能も虚しく予備機に変えられたのだ。
整備班である彼が仕事をするのは不思議ではない。
不思議ではないのだが、この男が案外仕事好きなのが意外なのだ。
「お茶ッ葉は何処でしたかねぇ」
ごそごそと棚を順番に開けていく岩田を見ながら、舞は当初の目的を思い出した。
弁当だ。
来須につき返された弁当を捨てるつもりで此処に来たのだ。
どう考えても彼の行動は『舞の弁当は食べたくない』と云う風にしか取れなかった。
元々口数の少ない彼は行動でしか自分の意志を示さない。
ならば、
他にどう取れと云うのだ。
舞が再び弁当をゴミ箱に捨てようとすると、突如岩田が提案を持ちかける。
「商談しましょそうしましょ。このお茶と、貴方のお弁当交換してください」
「は?」
思わず間抜けな声を出す羽目になるが、直ぐに岩田を怒鳴りつける。
「なっ…何を考えておるのだ!!」
「捨てるぐらいだから要らないんでしょう?お疲れモードでお腹も空いてるんです。だから下さい」
ヤカンの火を止めると、岩田は急須にそのお湯を注ぎ湯飲みを2つ出してきた。
…多分…初めからこの弁当を食べるつもりでお茶を入れたに違いない…。舞は溜息を吐き、弁当を差し出す。
もしかしたら昨日来須に渡した弁当が美味しくなかったのかもしれない。この男に食べさせて感想を聞いてみようと思ったのだ。弁当を満足そうに受け取ると、岩田はウキウキとお茶を入れ弁当を広げる。
コレと言って珍しいおかずがある訳ではないが、美味しそうな弁当だった。
岩田は律儀に手を合わせていただきます、と云うと箸を動かす。
感想を聞くために食べ終わるまで此処に居なければならない舞は、仕方なく岩田の入れたお茶を飲みながら食べている様子をじっと観察した。箸が止まる様子がないところを見ると、そう美味しくない訳でもないと思う。
…いや、そもそもこの男の味覚は正常なのか?そんな疑問も僅かに過ぎったが、此処は彼の人間性を信じる事にした。
すっかり空になった弁当箱を岩田が洗う横で舞は上目使いで話し掛ける。
「…どうだった?」
「僕は卵は甘くない方が良いです」
「そなたの好みなど聞いてはおらぬ!!食べられないほど不味いと言うことはないのか?」
舞の言葉に岩田は驚いた顔をすると、眉をへの字に曲げた。
「ちゃんと全部食べたの貴方見てたでしょう。今更何を云うんですか。美味しかったですよ」
「ならば何故…」
来須は弁当をつき返したのだ。
そう考えると舞は目の前が真っ暗になった。
嫌いになったのだだろうか。カダヤである事が厭になったのだろうか。
「…嫌いなものでも入ってたんでしょうかねぇ、来須君の好みなんて知りませんからなんとも云えませんが」
岩田の言葉に舞はギクリとする。心を詠まれたのではないかと。そんな舞の顔を見ながら岩田は喉を鳴らして笑うと、弁当箱を舞に渡す。
「フフフ…僕は何でも知ってるんですよ!貴方の『母』なんですから!悩み事があるならこの『母』に相談してください!さぁ!さぁ!」
舞はすかさず大パンチを放つが、岩田はそれを華麗にかわすと僅かに入口の方に視線を走らせる。
人影がすっと消えたのを確認すると、僅かに口端を上げて舞の腕を掴み自分の方に引き寄せる。
「なっ…」
バランスを崩した舞はそのまま岩田の胸にダイブする羽目になる。
「は、放せ!」
舞の怒鳴り声を無視して岩田はそのままギュッと舞を抱きしめる。
「厭です」
「たわけ――――!どう云うつもりだ!!」
「…そうですよ。そう云う風に聞けば良いんです。相手の行動が理解出来ないのなら」
舞の耳元で岩田がそう囁くと、舞はハッとして顔を上げる。岩田は…少し寂しそうに笑っていた。
「彼は元々言葉で気持ちを示す人じゃないですからね…だから…行動にはちゃんと理由があるんです。それを貴方が理解出来ないだけで。聞けば…ちゃんと答えてくれますよ。…貴方のカダヤなんですから」
岩田の言葉に思わず顔が赤くなる。
そう、岩田は芝村なのだから『カダヤ』と云う言葉を使ってもおかしくない筈なのだが、他人に云われるとなんだか気恥ずかしい。
「…信じてあげてください。貴方が選んだんですから」
そう云うと岩田は少し名残惜しそうに舞の体を開放する。
舞は今だに体温の下がらない自分の体を呪いながら上目遣いに岩田の方を見る。
「フフフ…僕は『母』として貴方の幸せを願ってますよ!!!!」
先程と同一人物か疑うようなテンションの上がり具合に舞は思わず脱力するが、少し恥ずかしそうに口を開く。
「…解った。聞いてみる。考えてみれば私はあやつの好きな食べ物も何も知らないのだ…」
「それでは僕はお仕事に行くので此処でバイバイです」
そう云うと岩田はクネクネと何時もの様子で入口の方に歩いて行く。
「岩田」
「何ですか芝村さん」
舞が声を掛けてきたので足を止めて振り返る。
「そなたの先程の行動の理由を聞いておらぬ」
「…お幸せに舞」
それだけ云うと、岩田は踵を返しユラユラと体を揺らしながら再び歩き出す。
舞は大きくなった。
昔はよく肩車をしてあげたのに今はもう無理だろう。
そんな記憶は舞には無いだろうが、今でも自分の中に鮮明に残る思い出。
心は…昔のままだったのが少し嬉しかった。
素直なままだから来須の行動をそのまま受け取ったのだろう。
岩田は調理場を出ると僅かに笑い、階段の辺りに立つ男に視線を送る。
「…来い」
「屋上が良いですね」
***
屋上は春の陽気に包まれ温かかった。お腹が一杯なのだから此処で昼寝でも出来れば最高だろうと思いながら視線を男…来須に移す。
「…どうせ殴るなら僕が舞をギューした時に来てくれれば丸く収まったのに貴方タイミングを解ってませんね!」
「…」
無言の圧迫は岩田に対しては無意味なもので、来須の突き刺さるような視線を軽く受け流すと岩田は微笑む。
「素直なんですよ彼女は…ヒネた父親には似なくて良かったとは思ってるんですがね…だから…彼女を困惑させないで下さい。自己完結しようとすればするほど彼女は追い詰められる」
岩田の言葉に来須は僅かに表情を緩める。
「行動だけでも…言葉だけでも不安になるんですよ」
酷く悲しそうな顔をした岩田を見て、来須は先程まで自分を支配していた怒りを急激に押さえつけた。
先程岩田が舞を抱きしめた時には自分でも驚くほど急激に怒りが込み上げてきた。それすらも…今は静かに消えてゆく。
「…舞が遅くまで仕事をしてるのを見て、お弁当を渡したんでしょ?」
岩田が意地悪そうな笑いを浮かべて来須を見ると、彼は照れ隠しか帽子を深く被りなおした。
その行動からして図星なのだろう。
満足そうに岩田は笑うと、ゆっくりと屋上の端のほうへ歩いて行った。
「フフフ…僕もそろそろカダヤが欲しくなって来ましたよ。元々はジュッテーム探しに此処に来たのに仕事が忙しすぎてすっかり忘れてました★」
「…舞は渡さん」
「僕は彼女の『母』でいる事に決めたんですよ」
この男は遠くから彼女を守る事に決めた。
ならば自分は…一番近くで彼女を守ろう。
「それでは僕はお仕事に行きます!殴るのは士魂号の修理が終ってからにして下さいね!アデュ――――★」
屋上から飛び降りた岩田は華麗に体を捻らせるとスタンと着地する。
「フム…あと半捻り欲しかったですね…9.5って所ですか…」
ブツブツとそう云いながらハンガーの方へ歩いてゆく。来須はそれを見送ると、階段の方へ行こうと振り返る。
「此処に居たのか!」
其処には息を切らせた舞が立っていた。多分あちこち走り回ったのだろう、額にうっすらと汗が見える。
「そのだな…そなたに聞きたい事があって…」
舞は少し上目遣いに来須のほうを見ると少し顔を赤らめる。
「今日の弁当の事なのだが…その…そなたの嫌いなおかずがだな…」
どもりながらそう話を切り出す舞を見て来須は僅かに微笑む。
「嫌いなものは無い」
「…そうか」
舞はガッカリした様子で来須を見ると視線を僅かにそらす。
「…だから気にしないで明日も作ってきてくれ」
「…え?…それでは何故…」
訳が解らないと云った表情の舞を来須はそっと抱き寄せる。再び…この日2度目の体温上昇に襲われる舞は、先程よりも更に顔を赤くしてパニックに陥る。
何も云えなくなった舞を抱いたまま来須は耳元に顔を寄せる。
「…仕事は体を壊さない程度で抑えておけ…昨日みたいに無理をすれば体力も気力も持たないだろう」
昨日、ヘロヘロになって仕事を切り上げ帰宅したのを来須が知っていたので恥ずかしさの余り舞は俯く。
確かに昨日は無理をしすぎた。
1番機が大破した事もあって、今後そのサポートしなければならない事もあってかなり焦っていたのだ。
「…うむ…解った…」
舞は、来須が体を気遣って弁当をよこした事を漸く理解できた。
岩田の云う通り、ちゃんと聞けば良かったのだ。
「今日は俺も手伝う。無理はするな」
来須が舞の体を放そうとした瞬間、思わず舞は来須の体を止めた。今離れられたら恐らく真っ赤になっているであろう顔を見られる。それは恥ずかしい。
その舞の行動に来須は驚いた表情を見せるが、僅かに口端を上げる。
一番近くで守らなくてはならない。
運命の輪に組み込まれてしまった彼女を。
世界が変わりこの世界を去らねばならないその瞬間まで。
否、
世界を超えても…自らの存在が消えるその日まで彼女を守り続けよう…。
>>後書き
キリリクの来v舞で御座います。
このカップリング久々ですね。大分初期にかいてたんですが、この二人のラブラブって難しいので…。
って云うか、来v舞←岩ですな…ノー!何処まで来ても岩田かいな!!!!
矢張りワンクッションは要るみたいですね、若v舞然りなんですが。そのクッションを態々岩田にする辺りが実にアレなんですが…。
リクエストに応えているのかは謎ですな…申し訳ないです。ヘタレで(涙)
通して読んでみると、先輩矢張り台詞が…岩田は倍以上喋ってるのに…(遠い目)
王国以外の話を書くこと自体が久々なので、岩田が1番機整備な事にすら違和感を覚えるのが堪らなく笑えます。王国仕様の岩田でなくても高いところから飛び降りる時は『アデュー★』なんですね…お約束なのかこの台詞は…。
舞ちゃんギューの時は何だか恥ずかしくて困りました。王国岩田はしないんで…頭撫でるとか、この岩田以上に母親です。
先輩はゲーム内でも伺えますが、側に大事な人を置いておくタイプなんですよね。多分。でも、弁当つき返しは先輩カダヤの時に毎日やられたんでかなり困りましたよ…あの人デートとかには誘ってくれないくせに、そう云う提案はバンバンするからなぁ…。
因みに本作で先輩が岩田に云った『…来い』は殴る提案を持ちかけられた時の台詞です。一緒に歩こうは『…行くぞ』なんですよー。解り難いですね(笑)ウッカリついていくと酷い目に会いますよ(要らぬマメ知識・笑)
それでは、遅くなりました12000番キリ版ゲッター黒井真夢様へ
…どうでも良いですが、今の若い人勿体無いお化け知ってるんですかね。
子供の頃にテレビでやってたんですが(笑)
>>HP移転に伴い一部改行等調整。大筋変更はありません。