*仮面道化(IN岩田王国)*
イワッチ王国此処は箱庭電波な王様舞を舞う
イワッチ王国此処は戦場運命を変えよ彼が言う
イワッチ王国此処は楽園全てを赦せと君が言う
此処は熊本。5121小隊、スカウトの王様が居る場所。
*
「…飛び降りてみますか?」
善行は屋上に佇む人影を見て思わずそう声を掛けた。
柵も何も無い屋上の端で白衣の男が瞳を細めてグラウンドを眺めていたのだ。
「この高さでは無傷ですよ」
笑いながら岩田は善行の方を見ると肩を僅かに竦めて見せる。
「…彼がね…国の守護者になるそうですよ」
再び岩田がグラウンドに視線を向けた。その先には速水厚志がゆっくりとプレハブの方に歩いて行くところだった。
善行は眼鏡を上げると、そうですかと小さな声で云う。
国の守護者。
竜候補。
魔王。
不意に脳裏に横切る単語は全て彼を表す物だった。
「僕を守るそうですよ…」
岩田は実に可笑しそうに云うと喉で笑う。
「…『岩田王国』の守護者ですか?」
「さぁ、詳しくは聞いてません。取り合えず偉くなるそうですよ」
そう云うとグラウンドに向けていた視線を善行に移し口元に僅かな微笑を浮かべる。
一瞬、
岩田が別の誰かに見えてハッとする。
この小隊では見せる事の無い酷く芝村的な笑いは思わず背中がぞっとする様な物だった。
忘れそうになっていた。
彼が『芝村』である事を。
日々の穏やかな『王様』の顔しか見ていなかった為か。
「…貴方は何者ですか?」
思わずそう問わずには居られなかった。余りにも知りすぎている。仮令芝村の中枢に位置するとしても。
善行の言葉に岩田は逆に問い返す。
「貴方は何者ですか?」
「…」
「困らせるつもりではなかったんですがね…フフフ…僕は『王様』ですよ」
「私は貴方のシンパではない。だからその答えは答えになっていません」
きっぱりと言い放つ善行に岩田は嬉しそうに目を細める。
「…『岩田家』の歴史の破片ですよ僕は」
芝村に連なる岩田家は、代々記憶を継承してゆく。
この形式は壬生屋家も取っているが、仮にも芝村だ。記憶力の差は大きい。
長い歴史の全てを岩田は自ら脳に入れている。記憶・知識・映像。
「僕は誰なんでしょうね。僕の知っている筈の無い記憶を持つ僕は…何者でしょうかね」
区別が次第に曖昧になってゆく。
その知識は自分が得たものなのか。それとも以前の『岩田家』の誰かが得たものなのか。
「だからね、せめて小隊の中では『王様』で居たいんですよ。それは僕が此処で作り出した物だと自信を持って云えますからね」
「…わざとなんですね…その振る舞いは」
善行が僅かに瞳を伏せて云うと、岩田は腕を組んで口元に微笑を浮かべた。
「信じるんですか?僕の狂言を。フフフ…貴方やりますね、僕の言葉を信じるなんて、実にスバラシィ!」
「…嘘だったんですか?」
「ご想像にお任せしますよ」
悪戯が成功した子供のような笑いを浮かべて岩田は屋上に置いてあった椅子に腰掛けるとゆらゆらと揺れだす。
彼は椅子に座ろうが、立っていようが落ち着きが無い。
始こそ気になったが、人間の適応能力とは良く出来ているもので授業で隣に座っている間にすっかり慣れてしまった。
かえって微動だにしない方が気になってしょうがない。
ふと、岩田の方に視線を向けると彼は善行の方を向いて僅かに瞳を細めた。
「何時か岩田家の系譜に埋もれてしまうだけならば…誰かに覚えていて欲しいんですよ。『僕』の存在を。声を。言葉を」
思わぬ岩田の言葉に善行は驚きの表情を見せる。
明らかに…それは彼の本心に近いように思えた。
彼の強烈な存在感は彼が望んで作り上げたものなのか。
いずれ系譜に埋もれ、組み込まれてしまうであろう自分自身の存在を人々の心に焼き付ける為に。
道化である事を選んだのか。
「…まぁ、この小隊は個性が強いですからねぇ…『王様』位にならないと…」
そこで何故王様を選んだのかは謎だが、先ほどの言葉が本当だとすれば納得がいかないわけではない。
「見事に個性を発揮してますよ貴方は…」
半ば呆れた様な口調で善行が云うと、岩田は満足そうに笑う。
「仕組まれた小隊ですからねぇ此処は…
竜候補・竜の餌・シオネのクローン・転生体・鬼・魔王・聖銃使い・幻獣生派・守人・異邦人・絢爛舞踏…」
岩田の発した単語で聞き覚えの無いものが混じっていたので思わず善行は眉間に皺を寄せるが、彼は気にした様子も無く言葉を続ける。
「…誰かが仕組んだ舞台ですが…幸運にも僕はその舞台に上がる事を赦されている…ならば…」
「自分が踊りやすい様に…手を加えるんですか…」
善行の言葉に岩田は口端を僅かに上げたのを見て、善行はそれを肯定と捉えた。
舞台に上がってしまえば後は仕組んだ人間の手を離れる。
シナリオ通りに進めるか、アドリブを入れるかは結局舞台の上に上がった人間で決定される。
この男は、
多分少しずつシナリオと違う方向へ舞台を誘導している。
舞台においてオールマイティーともいえる道化の仮面を被って踊り続けるのか。
「…舞台終了後にストーリーを変えた事を上に怒られるんじゃないですか?」
善行の言葉に岩田は喉で笑うと大袈裟なゼスチャーで肩を竦める。
「その時はこう云うんですよ、『不可抗力です』ってね」
その言葉に善行は思わず半眼になる。
『不可抗力』の意味を知っていて使っているのかと一瞬疑いたくなる。
『不可抗力』である筈がない。全て仕組んだ事だろうに。
「無論、僕にも手を加えられない設定だってあります。それが厄介なんですがね」
「…何処が不可抗力なんですか」
善行の言葉は無視を決め込んだのか、岩田は言葉を続ける。
「最強の竜を操る為に『上』が準備した『餌』があるとします。この設定は変えられない。…貴方ならどうします?」
「『餌』を手に入れます」
「…それが出来たら苦労はしませんよ」
岩田は善行の言葉に大袈裟にガッカリしたような仕草をすると、再び口を開く。
「僕がよリ竜に好まれる『餌』になれば良いんですよ」
遺伝子的に、宿命的に、環境的に、引き合うようになっている竜と餌。
それすらも凌駕する存在になれば良い。
幸運にも、『餌』に選ばれた子供達はそれを意識していない。自らが望めば『最強の竜』を自在に操ることが出来るという事を知らない。
無意識に『餌』の役を演じる事が『上』にとって都合が良いからだ。
『餌』を握っている限り、『最強の竜』は常に使役出来る。
岩田は僅かに瞳を細めると、善行の方を見て笑う。
「…竜が跪き、守護しているのが『餌』です」
その言葉に善行は彼がこの小隊で取る奇妙なポジションの意味を理解する。
『王様』であり『スカウト』である。
跪き、守るべき存在。
「…僕が囮になれば『餌』は役目を失い穏やかに生きて行けるんです」
岩田は、
もしかしたら『最強の竜』を使役する事が望みではなく、『餌』を守る事が望みなのかもしれない。
根拠はないが、漠然とそんな考えが善行の頭に浮かんだ。
自らを危険に晒してまで舞台で踊り続けるのか。
岩田は立ち上がるとゆらゆらと揺れながら再びグラウンドに視線を馳せる。
夕焼けが彼の姿を照らす様はまるで地獄の業火にその身を委ねている様にも見えた。
「…希望を持つ事を諦め、絶望する事すら止め、傀儡であった僕に与えられた最後のチャンスなんですよ…」
可能性を持つ事すら赦されなかった自分に『介入者』と云う可能性が舞い降りるのは今後ないだろう。
この機会を逃せば再び傀儡に戻るだけ。
自ら目の前で消える少女と覚醒する竜。
永遠の悪夢にまたその身を委ねなければならない。
だからせめて今は、その舞台で狂気に犯された舞を踊りつづけよう。
「…そこまでして守りたい存在は誰なんですか」
「娘のような者…とでも云っておきましょうか」
善行の質問に笑いながら答えると彼は急に不規則に動く体を止めくるりと…ごく最低限の動きで善行の方を向いた。
その動作は他の人間がやれば自然な物だったかもしれないが、彼が行うと恐ろしく不自然に見えた。
「貴方は…駄目ですね…僕の仕掛けた『ゲーム』の『ルール』に疑問を持つ。
『ルール』に疑問を持てば『ゲーム』自体が破綻してしまう…だから…貴方は『王国』に入れてあげません」
一瞬、薄く笑った岩田が『彼』の印象と被った。
芝村においてその存在が余りにも大きすぎた『青の青』と呼ばれる男。
本来死に行く筈だった自分を救った身勝手な男。
世界を渡り、全てを知る男。
何故『彼』と目の前にいる岩田の印象が被ったのかは解らない。
でも、酷くあの男に近いように思えた。
恐らく『世界』におけるあの男の存在と、『王国』における岩田の存在が被ったのだろう。
全てを知り、流れを仕組む者。
「…別に『彼』の様になりたいと思ってる訳ではないんですがね…」
岩田の言葉に、自分の考えが詠まれたのかと思った善行は思わず眼鏡を上げる。
恐ろしく察しの良い所が堪らなく厭だ。
雰囲気を読めないなんて嘘だと心底善行は思う。
渋い顔をした善行を見て笑うと、岩田は再びゆらゆらと体を揺らし始めた。
「フフフ…それでは貴方は明日から3番機パイロットになって下さい」
「は?」
「速水君は加減の解らない人ですからねぇ…。
ちょっと偉くなると云っても多分最高峰まで上り詰めてしまうでしょう…そうなったら貴方は無職!
彼の穴埋めとして3番機に乗って芝村さんを守っちゃって下さい!」
突然の岩田の言葉に善行はただ只管ぽかんと口を開くしかなかった。
「…『王国』には入って頂く訳にはいきませんが…信頼していますよ。どうか…舞をよろしくお願いします」
『娘のような者』とは、芝村舞の事なのか?
そんな疑問がよぎった。
常に保ち続ける距離。
彼女を助ける癖に直ぐに怒らせては鉄拳制裁を食らう。
それでも時々彼女を苗字ではなく名前で呼ぶ時酷く優しい、それで居て寂しそうな顔をする。
道化の仮面を被り踊り続けるのか、彼女の為に。
足が折れても、その身が削られても、倒れても倒れても、血を吐きながら立ち上がるのか。
…自らの可能性を全て彼女の為に捧げるのか。
「…理解できませんね…彼女を守りたければ自分の側に置いておけば良いじゃないですか」
「『囮』の側に置いたら危ないでしょう」
そう云うと岩田は屋上の端までゆっくり歩いて行き、その身を乗り出す。
「…じゃぁ僕は『王様』の公務に戻ります。それではアデュー★」
軽やかにその身を宙に晒すとそのまま屋上から飛び降りた。
流石に驚いた善行は慌てて先程まで岩田が立っていた場所に駆け寄り、下を覗き込む。
「…無傷か…」
視線の先に捉えた岩田は恐らくたまたまそこを通り掛かったのであろう狩谷を捕まえて訓練か仕事かに行こうとしている所だった。
多分あそこで狩谷と話している岩田は先程までの彼ではないだろう。
また舞台に戻ったのだ。
王国の人間に自らの存在を焼き付ける為に。
何処が『王国』に入れないだ…確り巻き込んでいるではないか。
善行は溜息をつくと、腕に巻いた深紅のスカーフを解き戦車技能を取る為にハンガーへ歩いて行った。
>>あとがき
善行さんの王国話でした。
時間的には『仮面呪縛』の直ぐ後となります。
この話で岩田の本心が見え隠れした為に善行は仕方なく彼に付き合う事にしたようです(笑)
っていうか、実際のプレイで善行失脚と同時に彼が戦車技能をとった為にこの様な話を考えた次第です。
岩田王国では珍しく岩田が真面目でかなり違和感あり(爆)
うちの岩田は迷いがない、もしくは卓越した存在だと云われます。
…否定できん…他所の岩田は結構迷いが多かったり、若いなぁと思えたりするんで可愛いと思ったりするんですが、何でうちの岩田はこんなのなんだよ…。最後のチャンスを生かす為に踊りながら全力疾走してます…(笑)
ゲームにおいて岩田は常に我々『介入者』を導く存在であり、『アリアン』と『介入者』を繋ぐ為の器でしかないのかという疑問が浮かんでとてもへこみました。だから、そんな彼を見て『岩田王国』における『介入者』は彼にチャンスを与えました。
介入者が世界を変えるのではなく、岩田自身に動いて欲しかったので彼女は延々と歌を謳い続けます。
うちの岩田はそんな電波の司令を背負ってるからコレだけ自由に動けるわけですな。
…何時か岩田への初介入話を書きたいなぁ…考えてるんですが、何時UPしたものかとまごまごしています。
さっさと上げなくてはならない話が山積みなんで…狩谷話とか、瀬戸口さん話とか…。
取り合えず善行さんはこんな感じで岩田に懐柔されたんでなんだかんだ云って岩田に対して付き合いが良いです。…その結果が『部署変更』かよ(苦笑)苦労しますね善行さん…(涙)
最近別ゲームのSSでカップリング物ばかり書いていたので久々の王国話実に楽しかったです♪
…カップリング話よりはこう云う話の方が向いてるよなぁオイさん(遠い目)
それではまだまだ続く『岩田王国』ですが、又お目に掛かれればそりゃあもう奇跡かも(笑)
>>HP移転に伴い一部改行等調整。大筋変更はありません。