*部署変更(IN岩田王国)*

イワッチ王国此処は箱庭電波な王様舞を舞う
イワッチ王国此処は戦場運命を変えよ彼が言う
イワッチ王国此処は楽園全てを赦せと君が言う

此処は熊本。5121小隊、スカウトの王様が居る場所。

「以上です。それでは主任さん判子下さい」
 朝の大量陳情物を持ってきた軍の搬入員は原から受け取った判子を紙に押すとそれでは、と帰っていった。それを見送りながら原は陳情物を眺める。

可憐通常型4体。
40mm高射機関砲2丁。

 使う当ても無い陳情物は日に日に貯まって行く。置く場所を確保するだけでも大変なのに、陳情する方はそんな事お構いなしで毎日『王様』の為に陳情を続ける。
「…何とかしないと冗談抜きで熊本中の可憐が此処に集まるわ…」
 発言力を惜しみなく使う『王様』の悪癖は広まりつつある。しかし、発言力を貯める為に皆熱心に仕事をする為に信じられない程仕事成果は上がってゆく。
 …既に本末転倒に成りつつある。
 そもそも誰に注意しても聞く耳持たないだろう。小隊を指揮する司令がこの陳情合戦の筆頭なのだから。

 原が溜息を吐きながらハンガーを出ると頭痛の種である『王様』…岩田裕が踊りながら教室に向かっていた。その手に抱えられているのは大きな猫。
「…おはよう。如何したのブータ抱えて」
「フフフ…おはよう御座います原主任。最近授業中に『ラブラブ』するのに凝ってるんですよ」
 答えになっているのかどうか解らない返答に原はは?と訊き返す。
「ブータとラブラブするんです今日は★今度原主任ともやってみたいですねぇ」
「…お断りするわ。それに私2組だし」
 アッサリ原が断ると、岩田は大袈裟に残念そうな素振りを見せる。
「まぁ良いわ、教室に行きましょうか」
 原がそう云うと、岩田はブータを抱えたまま原の後を付いて行く。如何やら本当にブータを教室に連れて行くらしい。

 バキッとシャーペンが折れる音が教室に響く。
 それに気が付いた善行がふと窓際の席に座る音の発生源…芝村舞の方を何気なく見る。が…一瞬にして目を逸らす。怖かったのだ。
 厭な怒りのオーラに包まれた舞は忌々しそうに善行の隣の席に座る岩田の方を見ている。
「ニャー」
 当の岩田は舞の視線に気が付かないのか、机の上に乗せたブータを撫でたり引っ繰り返したりして熱心に遊んでいる。教卓のまん前の席で此処まで堂々と遊んでいるので、授業をしている本田の方も注意する気が失せたのか何時も通りに授業を進めている。
 そもそも、『学兵』の授業など岩田にはつまらないのだろう。
「…芝村さんが睨んでますからブータで遊ぶの止めてください」
 善行が小声で岩田に注意すると、岩田は意外そうな顔をしながらくるりと振り返り斜め後ろの舞の方を見る。
 すると、何を思ったのか岩田はブータにサービスしてあげましょうかねぇ…と言ってブータの尻尾を舞の方に垂らす。ブータは机から落ちてしまった尻尾を左右に振りながら頭を少し起こして舞の方を見るとニャンと鳴く。
「岩田――――!ブータと遊ぶなら外で遊べ!!気が散ってしょうがない!!!」
 バンと机を両手で叩きつけながら舞が立ち上がると、善行は思わず頭を抱える。
「え?芝村さんも触りたいんですか?」
「そっそれは…ち、違う!外に出ろ!」
 ブータの愛らしい誘惑に耐えられなくなった舞は怒鳴りながらドアの方を指差す。
「じゃぁ休み時間に触らせて差し上げますよ」
 岩田はそう云うと、ブータを抱っこしていそいそと教室を出る。
「オラ、気が済んだか芝村。そろそろ座れ」
 本田がやれやれといった様子で芝村に着席する様に言うと舞は素直にそれに応じる。舞がまだ怒りで肩を震わせながら着席すると何事も無かったかのように授業が再開される。

「あら。岩田君立たされん坊?」
 廊下でブータを抱えて立っている岩田を見て芳野が可笑しそうに笑う。今時廊下に立たされる光景は珍しい。
「フフフ…芝村さんに怒られてしまいました…」
 芳野はブータのお腹を撫でながらそうなの、大変ねと笑う。

 昼休み、舞は廊下に出てギョッとする。
 ブータを抱えて岩田が立っていたのだ。
「…ずっとそこに居たのか」
「ええ、休み時間に触らせるって約束したでしょう?」
 約束と言うには酷く一方的な提案を守る為に岩田は恐らく此処で舞を待っていたのであろう。
「ささ、どうぞ。思う存分撫でてください!」
 岩田はブータを舞に突き出すと思わず彼女は後ずさる。触りたいのは山々だが、逃げられるのはもっと厭だ。一方ブータの方は尻尾を振りながら舞のほうを見てニャンと鳴く。
 堪らない誘惑だ。
 舞は恐る恐るブータの尻尾を掴むが、緊張の余り力加減が巧く行かなかったのかブータは驚いて逃げ出す。
「ああ、ブータ!逃げちゃ駄目ですよ!」
 岩田が慌ててブータを追いかけようとするが、舞はもう良い!と怒鳴って自分の手を見る。
「…もう良い。私は猫には嫌われているのだ…」
 しょんぼりとした舞の頭を撫でると、岩田はフッと笑う。
「次は巧く行きますよ…舞」
 岩田の言葉に舞は驚くが、それも束の間直ぐに怒りながらその場を去る。
「…怒らせましたかね…」

 原は何時も通りハンガーで仕事をしながら溜息をつく。
 可憐を置く場所を確保するのが真剣に困難な状況になってきたのだ。元々仮設のハンガーである上に、必要な資材さえ野ざらしの状況で一体如何すればよいのか一向に思いつかない。

 そもそも、速水が岩田の為に陳情をしだしたのが事の発端である。
 司令となり有り余る発言力を全て岩田の為に使い続ける心酔振り。それに拍車を掛けたのが狩谷である。
 開発技能に物を言わせ事もあろうに『武尊』を陳情したのだ。無論『武尊』の陳情にあれこれ言うつもりはない。岩田が使うウォードレスなのだから可憐よりは遥かにましなのだ。
 しかし、それを見た速水が『質より量大作戦』に出る事までは誰も予測だに出来なかった。そして王国名物『陳情合戦』は日に日に加熱してゆくのである。
 ふと原は仕事表を見ながら昔の事を思い出した。

 以前自分が石津を苛めていた時、岩田は原が石津に構っている暇が無いほど一日中仕事やら訓練やらに自分を連れまわした。お陰で彼の思惑通りに石津への苛めも何時の間にか止める羽目になってしまった。
 …まぁ、石津自身も少し変わって、昔ほどイライラする事が無くなったと言うのもあるが大方狙い通りに事は運んだのだろう。
 頭の良いやり方だと後で感心した。
 直接注意するよりも遥かに効率が良い。実に無駄の無い男である。

「…陳情できないようにすればいいか…」
 原は口元に悪い笑いを浮かべて、ウキウキと狩谷が仕事をしているであろうハンガー二階へと足を運ぶ。
「相変わらず熱心ね」
「?ああ、原主任。如何したんですか?」
狩谷は手を動かしたまま原の言葉に返事をする。
「ちょっと士魂号の性能チェック。…3番機も既に性能限界よね。それでも頑張るんだから感心ね」
 1、2番機は既に一番最初に配給された機体は廃棄され予備機に変わっているが、3番機だけは今だに初期に配給された機体のままである。しかも、パイロットの腕のお陰か、今だに被弾すらした事が無い。つまり性能は上がる一方である。
「もう直ぐ2000の大台ね…」
「…そうですね。発言力も貯めるのが少し大変になってきましたよ」
 原の言葉に狩谷は眉間に皺を寄せて言う。戦場に出ない整備班は仕事で発言力を稼ぐしかない。士魂号は性能が上がれば上がるほど発言力を貯めるのが困難になってくる。
「勿体無いわねー狩谷君働き者なのに。仕事性能上がりきってない部署の人も見習って欲しいわ」
 原は持っていたボードに士魂号の性能数値を書きとめながらぼやく様に云った。
「そう云えば知ってる?最近岩田君授業中に『ラブラブ』するのに凝ってるらしいわよ」
「『ラブラブ』?」
 今までしきりに士魂号を弄っていた手を止めて狩谷が聞き返すと原はニッコリ笑って話を続ける。
「今日もブータとラブラブするって云ってたわ。私も誘われたんだけどね…2組じゃ無理だし」
「…ラブラブって何するんですか?」
「さぁ。でも今日は芝村さんに怒られて立たされん坊やってたし、明日辺りは怒られない様に近くの席の人と遊ぶんじゃない?」
 瞬間、狩谷の脳裏にあの男がよぎる。
 卑しくも岩田の席の隣に座る司令速水。
 毎日可憐を陳情しまくる上に、1組と言う理由で岩田と教室に行く事も多い。岩田の反対側の隣は善行で、多分真面目な彼は岩田の遊びには付き合わないだろう。そう考えると事は消去法である。
「…原主任…事務官って仕事性能まだ上がりますよね」
「え?そうね、加藤さんも仕事時間は居るけどバイトで直ぐ帰っちゃうからね…他よりは低い目かしら」
 原はボードをチェックしながら言う。
「ふん…加藤か…」
 そう云うと狩谷はそれじゃぁと言ってハンガーを出る。
 原はそれを見送りながら口元を緩めると、再び自分の仕事に戻る。

 パイロットになるという手もあるが、以前その話を岩田にした時にやんわりと止められた。ウォードレスを着れないから危ない、と。それに整備の腕が良いのだから勿体無いと。
 事3番機に対しては岩田自身酷く神経質な所がある。
 時々岩田が3番機の整備をこっそりやっているのを見かけた事もあるし、善行に対しても何やら難しい話をしている事もしばしばである。そう考えると3番機のパイロットに無理やりなるのは得策ではない。
 衛生官も考えたが、岩田の恋人である石津を押しのけるのも気が引けた。
 残るは岩田シンパに入っていない加藤。幸運にも彼女は1組の上に座席が最前列・窓際である。
 昼の提案をしようにも2組では岩田を捕まえられず苦渋を舐める事になっていたし、何よりも一緒に教室にいける。
 そこまで考えて狩谷は自嘲気味に笑う。
何時からこんなに心酔していたのだろう『王様』に。
初めは笑った『王国』に何時から愛着を持つようになったのだろう。
絶望の日々が何時しか変わって行った。
自ら内にあった絶望の赤い炎は何時しか消え失せた。

「あれ?なっちゃんどないしたん?」
 突然小隊長室に現れた狩谷に加藤が驚きの声を上げる。昼休みに狩谷が何時もの陳情を済ませたのを見ていたので此処に彼が来る理由が解らなかったのだ。
「…ああ。ちょっと訓練に付き合ってもらえないかと思って。仕事中かい?」
 狩谷が少し残念そうな顔をすると加藤は慌てて机の書類を片付けだす。
「かまへんよ。なっちゃんの誘いやし!断るわけないやん!」
 嬉しそうに加藤は狩谷の方に歩いてゆくと、ほないこか!と狩谷の車椅子を押す。

「今日もコレからバイト?」
 狩谷はサンドバックの前に立って加藤に言うと、そうやねん、とテレながら返事をする。
「…大変だね。仕事もやらなきゃならないし」
「そうやねん。事務官の仕事も面白いねんけど、仕事時間終ったら直ぐバイトやしあんまり仕事でけへんねん」
 加藤は狩谷の言葉に少し困った顔をするが、彼女は既に憧れの狩谷と訓練が出来ると言う事で有頂天である。

 2度ほど訓練をすると、加藤が多目的結晶体を見て驚いた顔をする。
「…整備技能うつっとる」
 その言葉に狩谷は僅かに口元を緩めるが直ぐに酷く真面目な顔をする。
「?なっちゃん?」
「加藤…」
 その真摯は表情に思わず加藤は顔を赤くする。
 そしてあらぬ妄想を先走りさせながらぽやんと幸せそうな表情をすると、狩谷は僅かに怪訝そうな顔をする。
「?如何した加藤」
「あ、何でもない。で、何?なっちゃん」
「…僕と部署交代しないか?」
「は?」
 妄想の欠片も関係ない話を切り出されて加藤は思わず口を開ける。その表情に狩谷は苦笑すると、更に言葉を続ける。
「…バイトで忙しいんだろ?僕の3番機はさほど仕事が必要ないから…どうかと思って。お節介かな?」
 狩谷が僅かに下を向くと加藤は慌てて首を横に振る。自分の心配をして提案を持ちかけてくれた事が非常に嬉しかったのだ。
「そんな。ありがたいわ。でも…なっちゃん速水司令とあんま仲ようないやん…ええん?」
 岩田シンパでなくても狩谷と速水が水面下で火花を散しているのは解る。解ってないのは精々岩田ぐらいな物だろう。
「厭だな。そんなに仲悪く見えるかい?仕事に支障をきたすほどじゃないよ。で、提案受けてくれる?」
 狩谷はこの上ない笑顔で加藤に提案の受理を確認する。
「勿論!」
「そうかい。それじゃぁ発言力貯まったら陳情しておくから」
「うちがしとくわ♪なっちゃん発言力あんま無いやろ?それにうち気遣っての提案やし」
 加藤が嬉しそうに言うと狩谷は笑顔で礼を言う。
「ああ、時間を食ったね。もうバイトだろう?」
 狩谷が時計を見ながら云うと、加藤は慌てて自分の時計を確認する。
「ほんまや!ほな陳情してからバイト行くわ」
 小隊長室に駆け足で向かう加藤を笑顔で見送ると、狩谷はククっと喉で笑い出す。
「本当…もつべき物は友達だな…」
明日が楽しみだなんて何年振りだろうか。
今夜はぐっすりと眠れそうだ。

 岩田との仕事を終え、上機嫌で自分の仕事に戻っていた速水は加藤が居ない事に僅かに眉間に皺を寄せたが、大して気にせずに書類を広げた。
 岩田の為に少し偉くなって責任も仕事も増えたが、充実した生活を送れている。
『王様』の為にあれこれやるのも楽しい。彼が何をするのか見届けるのが楽しい。
上辺だけの笑顔は何時しか消え失せ、とっくの昔に忘却の彼方へ置き忘れた自分自身が覚醒する。

 そんな思いに耽っていると、加藤が小隊長室に帰ってきたが、仕事をするのかと思いきや準竜師への陳情を始めた。
 彼女は岩田の為に陳情をしていないので、大方足りない資材でも陳情するのかと視線だけ彼女へ向ける。
「!?」
 加藤の陳情に速水は我が耳を疑い勢い良く立ち上がる。
「へ?どないしたん?司令」
「何で君と狩谷が部署を交換するんだ!?」
「え、なっちゃんがバイト大変だろうからって…ほんま優しいわぁ♪」
 加藤の明るい表情とは裏腹に速水は顔面蒼白になる。最近狩谷は性能が上がりきった3番機では発言力が稼ぎにくいのか、『武尊』の陳情は久しくない。
 だが、此処で部署性能が上がりきっていない事務官になったならばまた発言力を着々と貯めていくだろう。
 何よりも1組に彼がやってくることになるのだ。
 速水があれこれ考えているうちに加藤はご苦労さん♪と云ってさっさと部屋を出る。
 その声に我に帰った速水は慌てて準竜師直通の通信機の前に座るとスイッチを入れる。
 出てきたのは副官の方だった。
『現在準竜師はキャンプに…』
「先刻まで居たでしょう!!キャンプは何処でやってるの!?今からそこに行くから!」
『速水司令!?…それは軍事機密で…』
 余りの剣幕に驚いた副官は慌てて常套文句を並べるが、速水は訊く耳を持たない。暫く押し問答が続くが、速水が溜息を吐きながら通信を切る。
 椅子に深深と腰掛け唇を噛む。
 狩谷は岩田にどう云う訳か心酔している。初めの頃は大して仲が良い訳ではなかった筈なのに。なによりもあの人を小馬鹿にした態度に腹が立つ。
 しかしものは考え様だ。仕事場が同じだと言う事は常に狩谷を監視できる。
 抜け駆けは出来ないだろうと思い直し、暫く様子を見る事にした。小隊の人事は岩田が大抵調整してくれる。問題が起これば即刻岩田に直訴して狩谷を元の部署に戻せば良い。
 狩谷とて、岩田の決定には逆らう事はないだろう。

悔しいが、
あいつも自分と同じぐらい『王様』に心酔している。
…似ているのか?僕と狩谷は。

「おはよう。一緒に教室に行こうか」
 岩田は登校早々狩谷に呼び止められ、一緒に教室に行く提案を持ち掛けられた。今朝方部署移動があったのを思い出して岩田は提案をアッサリ受け入れる。
2 組の人間と一緒に登校すると、相手の方が極楽トンボを取ってしまう恐れがあるので1組の人間のみが使える提案なのだ。

(先を越された!)
 そう判断し、思わず深紅のスカーフを悔しそうに噛んだ速水は大急ぎで教室に向かう。矢張り侮れない男だとブツブツと呟きながらも、岩田が教室に入ってきた時には満面の笑顔で挨拶をする。
「フフフ…僕は今日電波絶好調ですよ!!」
 速水の挨拶に岩田は上機嫌で答える。
「ああ、狩谷君もおはよう。今日から同じクラスだね、よろしく」
 いかにも今気が付きましたと言うような素振りで速水が狩谷に声をかけると、狩谷も笑顔でよろしくとニッコリ笑う。
「不慣れの事も多いだろうけど、一生懸命やらせてもらうよ」
 一見とても穏やかな遣り取りだが、裏に潜む刺は隠し切れない。互いにさり気なく牽制しあっているのは誰にでも見て取れる。
「フフフ…仲が良いですねぇ」
「…本当にそう見えますか?」
 岩田の言葉に思わず善行が突っ込みを入れる。雰囲気が読めないと彼は云われるが、善行にしてみれば彼はわざと雰囲気を読まないように…もしくは完璧に把握しながら行動しているように見える。
 雰囲気を読めないにしては相手の神経を逆なでする事は殆どない。あってもそれは狙っているとしか思えない。
 …買いかぶりすぎか?一瞬思うが、それも束の間本田が教室に入ってきたので授業が始まった。

 今日は岩田はブータを連れてきていない。昨日舞に怒られたので反省したのか。そもそも彼は授業中一人遊びをしている事が多い。落書きをしたり、熱心に折り紙を折ってみたりと静かに授業をサボる。
 『学兵』と言う年でもない善行や岩田には実に退屈な時間なのだ。
 そんな岩田が突然善行に提案を持ちかける。
「フフフ…僕とラブラブしませんか?」
 善行は思わずぽかんと口を開けるしかなかった。
 何を言い出すのかと思えば…善行は慌てて小声で他の人とやって下さい!と返事をするが、彼は食い下がってきた。
「駄目です。他の人は『学兵』として授業は受けて頂かないと。僕は暇なので『学兵』の醍醐味をちょっと味わいたいんですよ」
 その言葉を聞いて善行は瞬時に彼の意図が読めた。恰好の遊び相手に選ばれてしまったらしい。
 とっくに授業に無縁の年齢になっている善行は岩田にとって一緒に遊んでも迷惑が掛からない人間と判断されたのだ。
 刹那。
 善行はあらぬ方向から恐ろしい程の殺気を感じた。昨日の舞の比ではないナイフを突きつけられたような緊張感。
 恐る恐るその方向を見た。…が、彼は見ないほうが良かったと瞬時に後悔する羽目になる。

速水厚志。

 岩田は体ごと善行の方を向いている為に彼にはまるっきり背中を向ける体勢になっている。
 速水の殺気は明らかに岩田を素通りして善行に向けられている。
「は…速水君と遊んでくださいよ!」
 小声で岩田に云うが、彼はその提案をアッサリ却下する。
 しかし、善行の様子がおかしいのに気が付いたのか、善行の視線を辿り速水の方を見る。目が合って、岩田が彼に向かってひらひらと手を振ると、速水は先刻までの殺気が嘘の様に嬉しそうに手を振り返す。
 その光景のさなか、善行は更なる恐怖に晒される。
 もう…振り向かなくても察しはつく。何より精神衛生上善行は振り向くと言う選択肢を削除した。

狩谷夏樹。

 多分…否、絶対に赤いオーラを纏っているに違いない。
 岩田が善行と遊ぼうとしている事に腹を立てたのか、それとも速水に手を振った事に怒っているのか…両方か。
 善行の頭の中で警鐘が鳴り出す。授業中でなければ直ぐに逃げ出すであろう。
 再び善行の方に体を向けた岩田は、彼がどうかしたんですか?と不思議そうに云うが、善行の肩越しに狩谷と目が合ったのか、速水へと同じように手を振る。
 恐らく狩谷も嬉しそうに手を振り返したのであろう、背後からの殺気が消えた。
「…この間まで折り紙で遊んでいたでしょう?忘れたんですか、折り紙」
 善行は何とか岩田の提案を却下しようと話を持ちかけると、図書館から借りた本に載ってた物を一通り作ったから、と岩田は云う。つまり、遊ぶ物が無くなってしまったのだ。彼の事だから一度折ったら頭の中に入ってしまうのであろう。
 仕方なく善行は岩田の提案を受ける事にした。彼の事だから直ぐに飽きたと言い出すであろう。
「解りました。何するんですか?」
「フフフ…手始めにお手紙の交換からいきましょう」
 岩田は嬉しそうにメモ用紙に何やら書き付けると、そっと善行に渡してきた。席が隣なのに何故わざわざ手紙を廻す必要があるのだと思いながら渡された手紙を開く。
『お元気ですか?ジュッテーム★』
 思わず目の前が真っ暗になった。何の意味があるのか、そもそも何が楽しいか理解し兼ねる。岩田のほうをちらりと見ると、ウキウキと善行の返事を待っている様子だ。仕方なく善行は『はいはい、元気ですよ』と書き付け渡す。
 本当は元気ではなかった。
 両サイドの厭なプレーシャーのお陰で神経は一気に磨り減っていると言うのが本当の所だ。
『それでは、僕とランランランチでゴーゴーしませんか?』
 …岩田の昼ご飯提案はこんな言い回しなのかと思わず遠い目になりながらも善行は『今日は駄目です。仕事があります』と断る。そうこうしてるうちに、速水と狩谷が手紙を盗み見している事に気が付いた。
 否、確信はないが、手紙を開いた瞬間の殺気が恐ろしく強い。
『では、日曜日に遊びに行きませんか?』
 狙っているとしか思えない。岩田は善行が絶対受理しないであろう提案ばかり持ちかけてくる。
『奥様戦隊の出撃があります!駄目です!』
 それに、何度提案を却下しても岩田は気落ちする様子もなく次の提案を直ぐに持ちかけてくる。困った事に飽きる様子が無い。
 善行は絶望的な気持ちで授業が終了するのを待つしかなかった。

逃げよう。
授業が終ったら直ぐに。

 授業が終ると同時に速水と狩谷は善行を捕まえ、にこやかに手紙の内容を聞いてくる。
「わ、私は仕事があるので…」
 慌てて善行が教室を走り去ると、2人は舌打ちをし岩田の席を見る。彼は善行と交換した手紙をノートに挟むと立ち上がり踊りながら訓練に向かう。
 狩谷と速水は互いに視線を交わすと、仕方ないと言う面差しでお互いに見た手紙の内容を話す。受け取った手紙を見るのは容易であるが、書き付けている内容は解らない。
 互いに好奇心には勝てずに情報交換に踏み切ったのだ。

「…岩田君の誘いを撥ね付けるなんて!!!」
 速水は忌々しそうに善行の走り去った方を深紅のスカーフを噛みながら睨む。
 日曜日に遊びに行こうと誘われた事もなければ、お弁当すら滅多に一緒に食べられないのだ。誘ってくれれば何時でもOKするのに…と狩谷は悔しそうに云う。
 彼等の怒りは無神経な王様ではなく善行に向く。

安息の日々はもう来ないかもしれない。
善行は降った湧いた様な災難に涙しながら仕事に励む事になる。
だから厭なのだ、あの男に関わるのは。
面倒事ばかり自分に廻ってきているような気がしてきた。

 舞は軽い足取りで小隊長室に向かって歩いて行く。
 次の日曜日に若宮とデェトをする事になったのだから、自然とそうなるのだろう。折角なのでチケットでも陳情しようと思ったのだ。
 が、小隊長室の前で奇妙な光景に出くわす。
 ソックスロボ・タイガーの両名が小隊長室の前で体育座りをしているのだ。
「あ、芝村。陳情?」
 舞の姿に気がついたソックスロボ事滝川が声をかける。
「…何をしておるのだそなた達は」
 舞の言葉に二人は顔を見合すと溜息をつく。そしてタイガー…遠坂が控えめに小隊長室に入るのはよした方が良いと舞に言う。
 しかし舞としても楽しみにしているデェトの為にわざわざ来たのだからそうですかと帰る訳にはいかない。
「何があったか知らぬが陳情の用事があるのだ」
 そう云うと舞は小隊長室に果敢にも入ってゆく。

 舞が扉を開けると同時に、視線が舞に向く。
 云わずと知れた速水・狩谷両名の物だ。僅かに舞は鋭い視線にたじろぐが、二人は直ぐに黙々と仕事を始める。
(…こやつ等の所為か?)
 恐らく滝川達はこの二人の雰囲気に圧されて小隊長室に入る事が出来なかったのだ。舞は陳情用の椅子に腰掛けると、スイッチを入れる。それと同時に再び痛い程の視線を感じる。
(…うう…云いにくい…『プールチケット』を陳情するなどと…)
 舞は泣きたいのを堪えながら準竜師が応答するのを待った。
 唯でさえチケット類の陳情をするのは恥ずかしいので、何時もは誰も居ない時間を狙ってくるのに、速水達は席を外そうともせずに一日中此処に詰めているので始末が悪い。

 舞は、準竜師が応答すると同時に電源を落とし走って小隊長室を出る。
(こんな雰囲気で陳情など出来るか!!)
 顔を真っ赤にして出て行く舞を二人は見送ると、再び仕事に戻った。

 バタンと勢い良く扉を開けて出てきた舞を見て遠坂は駄目だった様ですねと云う。
「あの雰囲気の中とてもじゃないですが『可憐』なんて云えませんよ」
 最近岩田に可憐を貢ぐようになった遠坂は今日も何時ものように陳情をしに行こうと思ったのだろう。しかしあの厭な雰囲気の中、居たたまれなくなって出てきたらしい。
「お前はいいよ。俺なんて自分の機関銃弾帯陳情すら云えなかったんだぞ。あーあ、もう予備が無いのに。芝村も多目的ミサイルか?あれもストック無かったろ?」
「う…うむ。その様なものだ」
 滝川の言葉に舞は曖昧に答えると、仕方なくストンと滝川の横で体育座りをする。
 もしかしたら中の二人が席を外すかも知れないと思ったのだ。
 暫く三人でぼんやりと空を見上げる。

「フフフ…楽しそうですね。僕も混ぜてください」
「…楽しそうですか?途方に暮れてるように見えるが…」
 丁度訓練を終えた所なのか、岩田と若宮が歩いてきた。
「わ、若宮!!」
 舞は慌てて立ち上がると、キュロットの埃を払う。
「岩田ー。聞いてくれよ。陳情出来ないんだよ」
 滝川の情けない声に岩田は笑いながらそうなんですか?と云って舞が先刻まで座っていた場所に体育座りをする。
「タイガー。貴方も陳情待ちですか?」
「その名で呼ぶな!」
 岩田の言葉に不機嫌そうに遠坂は返事をするが、初めの頃のように真剣に怒っている訳ではないらしい。昔なら間違いなく岩田は殴り飛ばされているであろう。
「何を陳情しするつもりだったの?」
「わ、私は別にプールチケットなど…陳情するつもりは…」
 若宮の言葉に舞は慌てて返事をするが、隠すつもりで自分で確りとばらしてしまっている。顔を真っ赤にする舞を見て若宮は笑いながらプールに行きたかったの?と聞くと、舞は更に顔を赤くして俯く。
「…誰かプールチケット持ってたかな」
 若宮が言うと、舞は別にプールに行きたいわけじゃ…と慌てて云う。すると岩田が立ち上がり、二つ折りのチケットを舞に差し出す。
「映画館のチケットならありますよ。どうぞ」
「な…」
 突然の事に舞は言葉を失うが、いらん!と岩田の提案を突っぱねる。
「…じゃぁ、若宮君どうぞ」
「くれるの?有難う」
「コラ!何で勝手に交渉が成立しておるのだ!」
 2人の遣り取りを見て舞が怒り出すが、若宮が意外そうにえ?いかないの?と言うと舞は顔を赤くして下を向く。
「…行く」
 小さな声で云うと若宮はニッコリと笑う。
「フフフ…それでは僕も陳情を済ませてお仕事に行きます」
 そう云うと岩田は止める間もなく踊りながら小隊長室に入ってゆく。
「…あーあ。行っちゃったよ」
 滝川が扉に視線を向ける。多分忠告した所で訊きやしないだろうと思いながらも、大丈夫かと心配になる。
 暫くすると、岩田がご満悦の様子で部屋から出てきた。
 その表情から察するに、陳情の方は問題なく出来たのであろう。あの雰囲気の中。
「フフフ、滝川君…機関銃弾帯の予備も陳情しておきましたよ!次は弾数気にせずにガンガンやっちゃってください!」
 岩田の言葉に滝川は礼を言うが、あの雰囲気でよくもまぁ…と感心したように云う。
「え?何か問題ありました?熱心にお仕事してましたよ」
「熱心に仕事してるのが問題なんですよ…」
 遠坂は可憐の陳情は諦めて立ち上がると、少し困った顔をしながら云う。そうですか?と岩田は意外そうな顔をすると、仕事に行きます、と何時も通りに軽やかな足取りでグラウンドに戻ってゆく。
「我々も仕事に行きますか」
 若宮が舞の方を見ると彼女は頷いて一緒にハンガーへと向かう。

 ハンガー二階では善行が熱心に仕事をしている。
 が、その横顔は酷く疲れているように見えた。
「…具合でも悪いんですか?」
 思わず若宮が声をかけると、そう云うわけでは無いんですが…と小さな声で云って溜息をつく。3番機整備で2組の若宮は先刻の授業の善行の苦労を知らない。
「そんなに疲れるのなら岩田の遊びに付き合わなければ良いであろう」
 舞は呆れたように彼に言うが、善行にしてみれば舞が岩田とブータのラブラブに対して怒った為にこんな事態になったのだ。しかし、舞の言い分も解らないでもないので此処は曖昧に返事をする事にした。
「…彼が一人遊びをしてくれれば良いんですがね…。折り紙に飽きたと云って私と遊ぶのにせいを出し始めたんですよ」
「一人遊びか…」
 舞は幼少の頃を思い出す。
 友達も居ないし、外に出るのもままならない状態で舞はよく一人遊びをしていたような気がする。
 折り紙も誰かに教えてもらった。そして…そう、綾取りも少しやったような気がする。アレは一人でも二人でも遊べる。難しい形をマスターしては父か誰かに自慢しに行ったのを何となく覚えている。
「綾取りなら一人で遊べるな。岩田が綾取りをしているのは見た事が無いからまだそれは飽きてないのではないか?」
「…綾取りですか?」
 恐らく若宮はそんな遊びをした事が無いのであろう。どんな物なのか知識では知っているがぴんと来ないらしい。
「綾取りですか…アレなら静かに遊べますね…」
 善行は眼鏡を上げながら感心したように云う。彼もまたその類の一人遊びには無縁だったのであろう。
「えっと、紐でも渡せば良いんですかね?」
「…あやつは折り紙の時本を広げていたな。ならば綾取りの本を買い与えてやれば良い。全部マスターするまでは大人しいであろう」
 舞の言葉に善行は本屋に帰りに寄ってみようと考える。良い年をした男が買うには些か気恥ずかしいがそうも云ってられない。
 そもそも岩田はああ見えても結構神経質な所がある。読んだ本は全て頭に入っているだろうし、理解している。仮令子供が読むような絵本でもきっちりと覚えているだろう。ならば、本を渡すだけでも隅々まで読むだろうから、綾取りに熱中するかどうかは置いておいても、ある程度の期待は出来る。
 ラブラブを持ちかけられ、狩谷と速水の痛い視線に晒される事を考えれば悪くない投資だ。
「それでは早速買いに行ってきます。二人の仕事の邪魔ですしね」
 決断をすると行動の早い善行は意地悪な笑いを浮かべながら、さっさとハンガーを出てゆく。
 最後の言葉に舞は怒るが、若宮は笑いながらなだめる。
「で、綾取りってどうやって遊ぶの?」
「…やってみるか?」
 仕事の邪魔だと言って善行が出て行ったのにも関わらず、舞と若宮は座り込みハンガーの隅に放置されていた紐の切れっ端を使って綾取りを始めた。

 その日岩田は善行から渡された本を熱心に読む耽り、翌日には授業中綾取りで遊び始めた。
 元々手先が器用な方なのだろう彼は、形が出来上がると嬉しそうに善行にそれを自慢する。
 そう、善行の計画は半分だけ成功した。
 難しいものを作り上げた後に彼が自慢をする事を考慮に入れていなかったのは失敗だった。まぁそれでもラブラブしている時よりも俄然ましではあったのだが、未だに狩谷達の視線は痛い。

 善行は意を決して速水を捕まえると作戦会議の提案をする。
 せめて狩谷だけでも元の部署に戻せば今まで通りに生活出来ると判断したのだ。
「いいよ。丁度僕も作戦会議開くつもりだったんだ」
「は?」
「…もう三日も岩田君と仕事してないんだ…しかも陳情は出来ないし、帰るのも如何しても狩谷君と一緒になっちゃうんだ!もう繊細な僕は耐えられないよ!!!」
 速水の熱弁に善行は思わず口をぽかんと開ける。
 彼が繊細と言うのなら、自分は何なのだ…と心の中で思いながらも口に出す事は無かった。速水が部署変更を持ちかけるのならほぼ問題なく可決されるであろう。
 幸運にも、事務官に会議への参加権利は無い。狩谷が反対しようにも彼にはその意見を出す場は無いのだ。

 狩谷の部署移動に伴い、安息の日々を送れている人間はごく一握りであろう。陳情もままならず、狩谷と速水のぴりぴりした雰囲気を常に感じていなければならない。
 現に、王国名物陳情合戦も休戦状態となっている。


「最近5121小隊からの陳情が来ませんね」
 副官は各小隊からの陳情物をチェックしながら準竜師に声をかける。
「…そのうち又来るだろう。念の為に可憐は余分に抑えておけ」
「来なかったら如何なさるんですか?」
 毎日のような大量陳情の為にある程度は可憐をキープしているが、もう陳情が来ないとなるとコレも無駄になってしまう。
「それに越した事は無いだろう。もしそうなら適当に配ればいい」
 準竜師は鼻で笑いながら副官の心配など気にもとめない様子で云う。たかが一小隊の部署変更は何処までも影響を及ぼしてゆく。
 準竜師の態度に副官は放任主義も大概にして欲しいと思いながら溜息をつく。


「速水!作戦会議を開くぞ!」
 いきり立って舞がやってきたので、速水はアッサリ良いよと笑う。
「君で5人目だよ。明日は議題が沢山だね」
「む…他の奴らも作戦会議の提案をしたのか?」
「うん。僕と善行さんと、滝川と遠坂。で、君」
 速水は指折り数を数えてゆく。舞はそれを聞いてそうかと云うと、又来た道をたたっと走ってゆく。
 舞としては、折角のデェトなのにチケットも陳情できない、必要な資材も陳情できない状況にいい加減腹が立ってきたのだ。多目的ミサイルなどの資材は岩田が勝手に陳情する事が多いのだが、チケットの類はどうにもならない。
 唯一陳情を平気で行う岩田に頼むのは死んでも厭だ。
 それにどんな顔をして頼めばよいのだ。
 若宮との安息の日々を送る為にも何とかしなければならないと彼女なりに考えての事だろう。


 翌日早朝作戦会議はつつがなく行われた。
 定例の部署報告の後に、速水が議題を提示する。無論『狩谷夏樹の部署移動』についてである。
 その議題を出すと、他の作戦会議提案をした4人は目を丸くする。
「え?何?」
「いえ、私の議題も同じなので」
 遠坂が控えめに云うと舞達も頷く。善行は提案を持ちかけた際の速水の話で恐らく議題は同じだろうと察してはいたが、全員同じという所までは考えが及ばなかったらしい。
 しかしながら、コレだけのメンバーがこの議題を持ち出すのであれば速水が無理しなくても可決されるであろうと安心する。
 意見の出し合いの中、一名を除いて賛成の方へ意見が傾いている。
「厭よ」
 多数決でも勝てる筈の無い中、原だけが反対意見を出す。
「だって、無駄な陳情も減って良い事ばかりだもの。速水君と狩谷君が睨み合ってくれれば私と岩田君が仕事する時間も増えるし…善行も日々やつれるし一石三鳥ね」
 原はにこやかにそう云う。彼女は数少ない部署変更による恩恵を受けている人間だったのだ。
「君だったんですか、狩谷君を唆したのは」
 ハッとしたように善行が立ち上がり原を見るが、彼女は微笑んだまま何のことかしら?と云う。
「私は、『性能が上がりきった部署じゃ発言力貯めるの大変ね』って云っただけよ」
「それを唆すって言うんですよ!」
 善行はどっと疲れが出たのか両手を机について下を向く。
 彼女にしてみればさぞかし日々善行が疲れていく様をみるのが楽しかったのであろう。
策士だ。
自分は何一つ…たった一言で流れを変えたのだから労力も何も無い。
…岩田の好きそうなやり口だ。彼から学んだのであろうか。

 結局可決され狩谷は三番機整備に戻ったものの、原の一言で事が此処まで大きくなったのに善行はやりきれないまま教室に向かう。
 安息の日々は返って来た。
 しかし、彼女の舞台で滑稽に踊らされていたのは自分の未熟さの所為だろうか。

 狩谷は溜息を付きながら既に限界値を超えた士魂号を整備していた。
 今朝方速水に部署変更を言い渡されたのだ。

「僕としても仕事熱心だし勿体無いとは思ったんだけどね」
 心にも無い事を云いながら奴は辞令を渡してきた。
「…委員長権限かい?」
 皮肉のつもりで言ったが、奴は多数決だよ、民主主義にのっとってね、と笑いながら言った。
「誰かさんの陰謀だと思ったよ」
「まさか。陰謀なんて…君じゃあるまいし」
さぞかし満足だろう。コレで僕は又発言力を貯めるのが困難になった。岩田とクラスも別になった。
まぁ、仕事ばかりで岩田と仕事が出来なかったと言うのも事実だが…。

「フフフ…熱心ですね。お仕事ですか?」
 突然後ろから声をかけられ驚いて持っていた工具を床に落としてしまう。声の主…岩田はそれを拾い上げると狩谷に渡す。
「有難う」
「部署…戻ったんですね」
「ああ、欠席裁判みたいな物で決められたよ」
 狩谷の言葉に岩田はふぅんと気の無い返事をする。彼も作戦会議には出ていないのでどう云う遣り取りがあったかは明確には知らないのだ。
「三番機は…特別なんですよ。だから…出来れば信頼できる腕の良い整備員に扱って頂きたいんです」
 岩田の言葉に狩谷は顔を上げる。
「これからもお願いしますね」
 信頼できる腕の良い整備員…それが自分を指していることに気が付いた狩谷は嬉しそう、任せてくれと言って笑う。
発言力が貯まらなくても…期待に応える為に頑張ってみようかと思う。
陳情に拘らなくても別の方法で彼の役に立てれば良い。必要とされれば良い。
「フフフ、それでは早速一緒にお仕事しましょうか?」
「ああ。頑張ろうか」

「…何で…僕の思惑通りに行ったのに!」
 二人で仲良く仕事をする様を影で見ながら速水は悔しそうに深紅のスカーフを噛む。
 岩田と仕事をしようと誘いに来たのに先を越されてしまった。結果では速水の勝ちかも知れないが、気分的には大敗だ。
「くそう…仕方ない、陳情しにいこう」
 悔し泣きをしながら速水は速水なりに自分の事をアピールする事にする。

陳情合戦は再開される。
似たもの同士の水面下の戦いは王国終焉まで続くのだろう。


>>後書き

今回も『手作王様』同様漫画前提王国話です(苦笑)
たかが部署移動で此処まで問題が起こるのも実に笑える話なのですが…と云うより、善行が大変迷惑こうむっております。
ブータとラブラブ話は本当は短編集を作って、そっちで公開しようと思ったんですが、行き成り善行とラブラブしたいと言い出す岩田も問題があると思ってこっちに組み込みました。
…本当は岩田じゃラブラブするのって無理なんですよね。知力が高すぎて。大概は突っ込みいれながら授業受けてました。

で、速水と狩谷が今回は大変な騒ぎとなっておりましたが、この二人は似たもの同士なんですよね。
お互いに岩田といる事で自分らしさを見出せたって云うか、思いっきり心酔してるって言うか(笑)…似たもの同士だから仲が悪いんでしょうかね。同族嫌悪(爆)
で、今回の見所『ソックスタイガーとロボの体育座り』なんですが、リクエストオオアザさんで御座います。
本当は滝川と大ちゃんにしようかと思ってたんですが、遠坂もなんだか笑えたので採用させていただきました。
遠坂の王国話もさっさと書きたいなぁ。彼の場合は正に『善悪』が何処にあるのかってのがテーマになりそう。
今回一人勝ちの原姐の方も、結構悪い女で楽しかったです。
えっとね、本当は岩田と二人で仕事してるシーンがあったんですが削りました。長かったので。

王国話だが結構岩田の出番少なくって申し訳ないです。
今回は岩田を取り巻く人々で話を書いてみましたのでこう云う事になった次第です。
ギャグと言うにはパワーが足りず、ほのぼの日常位ですかね。狩谷と速水に関してはシリアスですが(笑)

それでは今回はこの辺で、またお目に掛かれればそりゃあもう奇跡かも(笑)

>>HP移転に伴い一部改行等調整。大筋変更はありません。