*五里霧中(IN岩田王国)*
イワッチ王国此処は箱庭電波な王様舞を舞う
イワッチ王国此処は戦場運命を変えよ彼が言う
イワッチ王国此処は楽園全てを赦せと君が言う
此処は熊本。5121小隊、スカウトの王様が居る場所。
*
先日突然スカウトに部署移動になった時は思わず言葉が何も出なかった。エースパイロットになりたくて此処に来たが、閉所恐怖症が足枷になって戦車技能を取る事さえままならない状態だった。
幸い、岩田と一緒に訓練やらスカウトの仕事やらをやっていたので仕事の手はずも解るし、絶望的な体力と言う訳でもない。
でも、俺はエースパイロットになりたかった。
そうすれば周りに認められると思ったから。
「あのさ、一緒に仕事しねぇか?」
滝川は日課である運動力の訓練を終えた岩田に恐る恐る声を掛ける。
自分がスカウトに廻された為に押し出し無職となってしまった彼に声を掛けるのは気が引けたが、出撃が掛からないうちにスカウトのノウハウを教えてもらおうと思ったのだ。
「…ちょっと待ってて頂けますか?そうですね、2時間ぐらいで戻りますから」
岩田の言葉に滝川は表情を明るくする。多分誰かとの約束でもあるのだろう。何よりも提案を却下されなかったのが嬉しかったのだ。
滝川は頷くと、岩田が戻ってくるまで運動力を上げる事にした。
技能を取るという手もあったがコツがつかめず巧くいかない事が多かったのだ。
「何をしておる」
3番機の調整をしようとハンガーにやってきた舞は、視界に入った踊る白衣を見て不機嫌そうな顔をする。
「フフフ…ちょっと技能習得をね」
「…2番機に乗るのか?」
2番機は今の所パイロット不在なので無職になった岩田がそれに乗るつもりなのだろうと判断して聞いたのだが、岩田は首を振ると、え?違いますよ、と意外そうな声で返答をした。
「では何故戦車技能を取るのだ!!」
「実は…」
舞が怒鳴ると、岩田は舞に顔を寄せて彼女の耳元で囁く。
「発言力が無くなったので、足しにしようかと…」
舞が握った拳を真っ直ぐに岩田に向けると、彼は笑いながらそれを受け止め、更に時間差で放たれた舞の膝蹴りも体を捻って華麗にかわす。
「ふざけるな!」
「時間差とはやりますね舞!しかしそれぐらいではこの『母』は倒せませんよ!!何時か『母』の屍を超えて行くのを楽しみにしています!!」
笑いながら岩田がハンガーを走り去ると行き場のない怒りを抱えた舞が取り残される。
確かに戦車技能を取れば勲章が貰えるので僅かながら発言力は貯まる。
しかし、そんなに発言力が足りないとはどう云う事だ。
戦場に出ればアレだけ幻獣を狩っているのに。
仕事も熱心にやっている筈なのに。
昇進をする訳でもないのに全く貯まらない発言力。
舞は計画性のない岩田の浪費癖に腹を立てながら仕事を不機嫌そうに始めた。
「お待たせしました!!!それではガンガン仕事しましょうか!!」
岩田が踊りながらやって来るのを見ると、滝川は頷き一緒にグラウンドに向かう。
「…あのさ、戦うコツってある?」
「そうですね…。滝川君は強い戦士って言うのはどう云う物だと思います?」
仕事をしながら岩田に聞くと、逆に岩田に質問される羽目になる。
「えっと…やっぱガンガン幻獣倒す奴の事かなぁ」
「そうですね。でもそれは後から付いてくるものなんですよ。本当に強いというのは自分の力量を知っているという事。何が出来るか、出来ないか。それを知ってる事が重要なんですよ。…諦めたらそこで終わりです。だから…出来る事を迷わず選んでください。」
岩田の言葉に滝川は困惑の色を見せる。それを見て岩田は笑いながら付け足す。
「例えばミノタウロスとナーガに囲まれたとします。貴方は如何しますか?」
「ミノタウロスの攻撃が怖いからそっちからやっつける」
仕事が一段楽したので、グラウンドに座り込み話を続ける。
「でも、1発で仕留められなかった場合次には又2体の攻撃を受けます。此処で弱いナーガを叩けば、次のターンはミノタウロスを相手にするだけです。それでね、2体の射程から逃れるのは難しいですが、1体の射程から逃れるのは結構簡単なんです。コレを繰り返せば攻撃を受ける事無く敵は叩けます。此処で重要なのは、『今の自分はどの程度までの敵を倒せるか』です」
岩田の最後の言葉に滝川は納得したように大きく頷く。
始めに云っていた『自分の力量を知る事』の意味が漸く飲み込めたのだ。
「他にも聞きたい事があるならどうぞ。訓練しながら教えますよ」
岩田の言葉に滝川は大きく頷き立ち上がる。訓練しながら色々教えてもらえるなら一石二鳥だと嬉しそうに笑う。
「うわ!!」
2度目の訓練が終了した時滝川が驚きの声をあげる。
「…フフフ如何しました?電波でも降って来ましたか?」
「戦車技能…うつってる…アンタ戦車技能持ってたの?」
そこまで云って、岩田が無職である事を思い出す。パイロット不在の2番機に乗るつもりなのだろうか。
「発言力の足しにしようと思いましてね…しかしラッキーですね。コレでパイロットになれるじゃないですか!」
岩田はくるりと回転すると笑いながら滝川を見た。
「…ならないの?パイロット…」
上目遣いに滝川が聞くと、岩田はヘらっと笑ってなりませんよと云う。
「コレでめでたく貴方はパイロット、僕は踊るスカウトに戻れる訳です!!スバラシィ!!明日は良い日ですよ!!」
彼の言葉に滝川は嬉しそうに多目的結晶体を眺めて笑う。
「へへ…パイロットか…今日教えてもらった事も役に立つよな?」
「勿論!!戦術の基本ですからね!!共に戦場で大活躍と行きましょう!!!そうだ、滝川君。戦場で諦めたらそこで終わりだと教えましたよね」
「ああ。ちゃんと覚えてる」
「貴方が諦めないのなら、僕は何処に居ても貴方を助けに行きます。貴方が望むなら」
そう云うと岩田は部署変更の陳情をしてきますと云って小隊長室の方へ歩いていった。
岩田を見送ると、滝川は今日岩田に教えて貰った事を反芻しながら帰路につく。
翌日岩田が滝川の分まで部署変更をしてくれていたお陰で無事に2番機パイロットになる事が出来た。
昼休みにウキウキしながらハンガーに行くと、コレから相棒となる2番機を嬉しそうに眺める。
「?」
そこで初めて2番機の脚の部分にてるてる坊主の絵が描いてあるのに気が付いた。
「森さんが描いたみたいですよ。『明日は晴れますように』って。気に入らないのなら塗装変更の時に塗りつぶせばいいでしょうけど」
何の前触れもなく後ろに岩田が立っていたので滝川は思わず言葉を失うが直ぐにへらっと笑う。
「いいじゃん、可愛いし。明日は晴れた方が良いし。そうだ」
滝川はハンガーの隅に置いてあった士魂号の塗装用のペンキを持ち出すと、てるてる坊主のお腹の部分に大きく『流星号』と書き足す。
「こうすれば何処に居ても俺の機体だって解るだろ?」
自慢気に胸を張る姿が妙に子供じみていて微笑ましい。岩田はそうですね、と云って嬉しそうな滝川を見る。
「フフフ…僕の武尊にも『王様仕様』って書きましょうかね」
と本気とも冗談とも取れる事を言いながら岩田は訓練に向かう。彼が居なくなった後も、暫く滝川は嬉しそうに2番機…流星号を眺める。
何時も危ない時は助けに来てくれた。
どんなに離れた場所に居ても俺が敵の増援に囲まれれば直ぐに駆けつけてくれる。
あの言葉通りに。
だから何時も諦めなかった。
だから何時も言われたことを反芻しながら必死に足手まといにならないように頑張った。
見慣れた彼のウォードレスの背中。
何時か、
後ろで戦うのではなく、
肩を並べて戦えればと思っていた。
その日の戦場で岩田は重症を負って俺達の元に帰ってきた。
何時もの彼なら軽くあしらう敵だったが、その日装備もままならない状態で出撃した。
それにも関わらずに、敵に囲まれた俺を逃がす為に自ら囮になって敵を引き付けたのだ。
リテルゴルロケットで撤退ラインまで何とか帰還した岩田はその後崩れるように倒れた。
「彼を病院に運びます!速水司令指揮車をお借りします」
3番機から降りた善行が司令に許可を求めると、速水は頷き他の隊員に士魂号の撤収と帰還命令を出した。
滝川も呆然自失の状態から我に帰ると、慌てて立ち上がる。
「滝川君も指揮車に乗ってください。検査だけでも受けておいた方が良いですよ」
既に指揮車に乗り込んだ善行が声を掛けると、滝川は小さく頷き助手席に乗り込む。後ろには衛生官の手によって応急処置の施された岩田が横たわっていた。
化粧の所為ではっきりは解らないが、心なしか顔色が悪い様な気がした。
急に震えが来た。
敵に囲まれた時よりも強い恐怖感。
「…心配しなくても彼は死にませんよ。ああ見えても頑丈ですから」
善行の言葉を聞きながら滝川は頷く事しか出来なかった。
*
病院に着くと、既に連絡が届いて居たのか医師と看護婦が岩田を病院へ担ぎ込んだ。
滝川は取り合えず検査を受ける事になったが幸い異常無しとの事で思ったよりも早く開放された。
何時までもウォードレスで居るのも目立つので、善行は指揮車に予め積んでいた自分の制服に着替えると、滝川と岩田を待つ為に待合室で文庫本を読んでいた。
先刻看護婦が滝川の制服を取りに来たので直ぐにやって来るだろう。
「善行君」
2枚と頁を繰らないうちに医師の一人が善行に声を掛ける。名指しで呼んだ所を見ると知り合いなのであろう。
「どうですか、岩田君は」
「…彼は…本当に『岩田裕』なのか?」
「仰る意味が解りませんね」
医師は善行の言葉に一瞬面食らうが、一呼吸置いて再び話し出す。
「…小隊に配属される前の彼の健康診断のデータからは考えられない体力や運動力なんだ…。1ヶ月やそこらで鍛えられる物じゃない。ましてや彼は何故『スカウト』の職に就いているんだ?彼は整備班の筈だろう?」
「彼は間違いなく5121小隊に配属された『岩田裕』です。異常な能力の上昇はそれに見合う訓練を彼が熱心に積み重ねていったからです。それから…彼が『スカウト』の職に就いているの本人の意思で、理由は私にも解りません」
医師の一方的な質問に丁寧に答えると、コレで満足ですか?と肩を竦める仕草をする。
善行の詰まる事ない返答に医師は大きく息を吐き出すと善行の隣に座る。
「…『芝村』の遺伝子工学者の彼がね…」
医師の言葉に善行は無言で答える。
「幾ら強化された第6世代でも普通なら死んでます」
「彼は生きてるんでしょ?」
「…生きてるから大騒ぎしてるんだよ」
善行のそっけない答えに医師は恨めしそうに彼を見る。その視線を向けられた当の本人は相変わらずの無表情である。
「今は治療を終えて点滴打って眠ってます…暫く安静にしていれば問題ありません」
「困りましたね…」
「は?」
「彼が『大人しくしていろ』と云われて大人しくしているような人間ならこんな所に担ぎこまれたりはしないんですよ」
滝川の姿を見つけた善行は立ち上がり彼に手招きをする。話し込んでいた様なので側に寄れずにうろうろしていたのであろう。
「それでは」
善行は素っ気無く医師に挨拶すると、滝川を連れて岩田の病室に足を運んだ。
白い病室。
天井も壁も真っ白だった。
「岩田…」
滝川は恐る恐るベットの方へ歩いてゆく。
「可笑しいでしょ。彼は化粧を落とすの凄く嫌がるんです。一応その旨を医師に伝えんたんですが、馬鹿正直に守ったみたいですね」
善行の言葉に滝川は意外そうな顔をしながら何時もの化粧が施された岩田の顔を見る。
全く崩れていない化粧。
そう云えば岩田の素顔なんて見たことなかった。
「…素顔も、本心も、全てその化粧の下に隠してるんですかね…。差し詰め今は『王様仕様』のメイクなんでしょうか」
何時も核心には触れる頃の出来ない彼。完璧な仮面を被り通しその役割を演じきる。
「安静にしてれば問題ないみたいですよ。遅くならないうちに帰りましょうか」
「うん」
善行の言葉に滝川は名残惜しそうに病室を出る。
指揮車に乗り込むと、滝川が口を開く。
「…俺…パイロットに向いてないと思う」
「そんな事云ったら岩田君はスカウトには全く向いてませんよ」
「エースパイロットになるとかそれ以前に、自分位守れないと駄目なんだ。足手まといのままじゃ皆に迷惑が掛かる…岩田だって…俺の所為で…」
「アレは彼の判断ミスと命令無視ですよ。…降りるんですか?パイロット」
善行の言葉に滝川は黙ったままだった。そのまま延々と無言の時間が過ぎる。
学校に着くと、滝川はハンガー二階へ登って行った。案の定若宮が後片付けをしているのを見つけて声をかける。
「おう。何ともなかったか」
「俺は…岩田は多分暫く入院だと思う…」
しょんぼりした滝川の肩に若宮は手を置くと、ニッコリ笑って2人とも生きてて良かった、と云う。
「…時間ある?訓練付き合って欲しいんだ。もっと強くならないと…俺…流星号にもう乗れない」
「訓練は感心だが…パイロットを降りるのか?折角なれたのに」
滝川が下を向いたまま黙ってしまうと、若宮は少し困った顔をする。
「…実戦に勝る訓練はないんだがなぁ…」
「でも…俺の所為で岩田…」
「アレは奴の命令無視が原因だ。そなたに責任はない」
若宮と待ち合わせていたのか、舞が下から階段を登って来る。
「…俺…アンタみたいに巧く戦えないから…エースパイロットになりたいとかじゃなくて…せめて岩田の足手まといにならない様になりたいんだ」
滝川の言葉に舞は僅かに表情を曇らせる。
「私とて初めから巧く戦えた訳ではない。岩田も含めてだ…努力は報われるし、経験は重要だ…もう少し頑張ってみろ」
舞が優しく云うと、滝川は少し迷った様な表情をする。
「訓練は怠るな。…それと…そのだな…若宮はコレから…私と奴の見舞いに行くのだ…訓練に付き合うのはそれからでも…」
始めの確りとした口調は何処へ行ったのか、舞は小さな声で下を向きながら云う。滝川は解った、待ってるからと云ってハンガーを出た。
それを見送ると舞はホッとした様に表情を緩める。
「そもそもアヤツが無理をするから滝川が意気消沈したのだ」
急に岩田に対して腹が立ったのか怒ったような口調で云うと、若宮は苦笑しながら口を開く。
「…軍人としては間違ってるが…人としては正しいと思う」
「それには…同感だ」
命令無視の結果滝川は助かった。
本人は重傷ではあるが誰一人欠ける事無く小隊は帰還できた。
どれだけの人間が命令無視をしてまで、自分の事など顧みずにあの大群に向かえるのだろうか。
たった一人の仲間を守る為に。
*
「何をしてるんだ!!」
医師の声が病室に響く。昨日重症で運ばれてきた患者は竿頭衣を脱ぎ捨て思わず我が目を疑うような服を着込んで病室に立っていた。一緒に病室に入ってきた看護婦も驚きのあまり言葉が出ない様だ。
「フフフ…お世話になりました。僕はコレから学校に行かなければなりません」
本人は昨日の状態が嘘の様にピンピンしている。
「僕は電波を受信するのが得意ですからね…長い間病院に居ると機械が誤作動し兼ねません!!僕の為にも病院の為にも自主退院する事にしました!!」
そこまで云うと岩田は軽やかに窓に足を掛ける。此処は病院の2階。窓から逃げられるはずが無いと医師は一瞬気を緩めるが、岩田は窓を覗き込み一瞬おやっ?と云うような表情をしたがそのまま窓を踏み越えて外へ飛び降りる。
「アデュ―─★」
医師は慌てて窓の方に駆け出し下を覗き込むと、何時から待機していたのか其処には5121小隊の指揮車が止まっており、岩田はその屋根に着地すると手を振りながら医者の方を見る。
医師と看護婦は彼を乗せたまま発進した指揮車を呆然と見送るしか術は無かった。
「アレが昨日重傷だった人間のやることか…」
岩田は直ぐに指揮車の助手席に滑り込むと、運転席を見て少し意外そうな顔をした。
「フフフ…貴方が迎えに来るとは予想していませんでしたよ」
「貴方昨日石津さんに見舞い品の学校への搬入と私服の調達を頼んだでしょう。それで何となく予想がついたんですよ」
ハンドルを握る善行は表情を変えないまましれっという。そして、膝に置いていた弁当箱を岩田に渡す。
「?貴方の手作り弁当ですか?」
「…石津さんから預かったんですよ」
流石に岩田の突拍子も無い言葉に呆れたのかやれやれというようにため息をつく。当の岩田はウキウキと早速包みを開けて弁当を食べだす。
「病院の食事は美味しくないんですよね。ありがたい事です」
嬉しそうに箸を動かす岩田を横目に、善行が喋りだす。
「…貴方は滝川君はパイロットに向いてると思って部署移動をしたんですか?」
「は?彼がパイロットになりたがってたからですよ」
「パイロットを降りるみたいですよ。『自分には向いていない』って昨日言ってました」
すっかり弁当を平らげた岩田は、いそいそと弁当箱を包みなおすと車の中に置いてあった缶コーヒーを勝手に開けて飲み出す。
「聞いてますか?人の話。それにそれ私のですよ」
「聞いてますよー。彼にはまだパイロットで居てもらうつもりなんですがね」
コーヒーの件に関しては聞こえなかった事にしたのか、岩田は滝川の事に返事をした。
「どっちかと言うと向いてると思うんですがね」
岩田の言葉に善行が意外そうな顔をすると、口元だけ笑って岩田は更に言葉を続ける。
「素直ですからね。基礎がない分教えたことだけを一生懸命やるんですよ。だから迷う必要が無い。壬生屋さんの様になまじ知識があるとあれこれ考えてしまいがちですからね…。僕が助けやすい状況を彼は無意識に造ってくれます」
「…貴方がそう仕込んだんでしょうに」
善行は呆れたように岩田を見るが、本人は涼しい顔でコーヒーを飲み干す。
無言の返答は恐らく肯定の意味だろう。
化粧の下に隠れる本心は見えない。
彼は、自分の動きやすい舞台を緻密な計算の元に作り上げ役を演じきる。
更に厄介な事に緻密な計算には幾つもの『保険』がかけられており、一つ歯車がずれた位では全く動じない。
善行はぼんやりとそんな事を考えながら煙草を咥える。
「貴方も吸いますか?」
ハンドルを片手で握ったまま善行が煙草の箱を岩田に差し出すと彼は首を振る。
「メーカーを決めていますから。それに禁煙中です」
「…意外と意志が固いんですね」
「昔ならいざ知らず今は体が資本の職ですからねー。健康優良児ですよ」
『健康優良児』とレッテルが貼られるような年でもないだろうと善行は思いながらも煙草の箱を引っ込める。学兵として小隊に居るがとうにそんな年齢ではない。
「…次に煙草を吸うのは『僕が戦うのを止めた時』って決めてるんです」
「なら私もパイロット間は禁煙しますか」
善行は煙草の火を消すと笑う。司令の職をやっていた時では考えられないような訓練の日々。前線に出る日が来るなんて正直思っていなかった。
「滝川君は僕が誠心誠意込めて説得しましょうか。そもそも昨日の失態は僕のうっかりミスですから彼の所為じゃありませんしね」
死にかけた事を『うっかりミス』で片付けてしまう神経が理解しかねる。更に云うならば、『誠心誠意』という言葉が全く似合わない。
「…お好きなように。今度は『うっかりミス』がない様にして下さいね」
「フフフ…桃源郷より『王国』の方が居心地が良いに決まってますよ。…ああ、でも僕は行くなら『地獄』でしょうねー。悪い人間だから」
岩田は喉で笑うとぼんやりと外を見る。
生きてる。
ならばまだやるべき事はある。
死んで終れるならどんなに楽だろう。
しかし、そんな事が赦される筈は無い。
待つのを止め自ら動く事を決めたのだから。
*
裏庭に指揮車を戻すと、善行は授業に出るといって教室に向かった。一緒に行っても良かったのだが、ハンガーに用事があったし午前中から授業に出れば勝手に病院を抜け出して来たと怒られかねない。余り皆が出席しない午後に授業を受ける事を決めてハンガーに向かう。
新しい2番機。
恐らく前の2番機は回収不可能だったのだろう。回収した所で修理するより新しくした方が効率が良い。
2階の方を見上げると視界の端に青いものがちらちら見えたので軽やかな足取りでそこに向かうと、案の定田辺が新しい2番機の整備をしていた。
「朝からご苦労様です」
「え…あ…岩田さん!!!もう大丈夫なんですか!?」
突然の声に田辺は吃驚して顔を上げる。
「フフフ…貴方のお祈りが通じたようです!問題なく元気ですよ」
「よ…良かった!私…約束通りに一生懸命お祈りしたんです!!」
余りにも素直に自分の冗談を受け止められたので岩田は僅かに苦笑すると、辺りを見回す。
「…午前中の授業には出ないんですか?」
「え?は…はい。午後の最後の授業だけ受けるんです。整備…頑張らないと…滝川君が又危ない目に…」
田辺の言葉から察するに幸運にもまだ滝川は部署変更していない様だ。
「ちょっと手伝って欲しい事があるんですが良いですか?後で整備のお手伝いはしますから」
岩田の突然の申し出に田辺はオロオロとするが、頑張ります!と云って提案を受け入れるとニッコリ笑う。
その日滝川は午前中の授業が終ると直ぐに訓練に向かった。残念ながらパイロットを降りる為には発言力が必要なので、今だに陳情出来ずにいる。数時間の訓練の後、滝川は意を決してハンガーに向かう。
2番機の仕事をして発言力を貯める事にしたのだ。
本当は、新しい2番機を見たら決心が揺らぐような気がして厭だったのだがそうも言ってられない。
小走りにハンガーに向かうと、午後の授業を終えた一同がばらばらと集まってくる時間帯になっていた。
「あら滝川君。早いわね」
原が感心したように滝川に言うが、彼は下を向いて昨日士魂号を壊した事を原に詫びた。
「岩田君が一緒に謝ってくれるんでしょ?一人で謝っちゃめー、でしょ?」
と彼女は笑いながら云った。その後の原の話で初めて岩田が退院した事を滝川は知る。
「珍しく午後の授業に出てたみたいよ。極楽トンボがそんなに厭なのかしらね」
そう云いながら彼女は自分の仕事をする為に机に向かう。
滝川は岩田が元気そうだと言う事にホッとしながらも、昨日の事をどうやって謝ろうかと思案しながら2階に登った。
が、思案時間数秒と言う所でばったりと岩田に鉢合わせる。
「フフフ…早速2番機の調整ですか?感心感心!やる気十分ですね!」
「…俺…」
岩田のハイテンションとは裏腹に滝川は下を向き小さな声でパイロットを降りる事を告げる。
「もっと強くなって…アンタの足手まといにならないようになってからまた…」
そこまで云うと岩田は厳しい口調で駄目です!と云う。『もうパイロットにならなくて結構です』と云う意味に聴こえた滝川は驚いて顔を上げる。
遂に呆れられたと思って思わず泣きたい気持ちになってくる。彼だけが根気良く自分の事を見ていてくれたのに。
「そう云う事は早く言って頂かないと手遅れです。みて下さい!」
思いもよらぬ言葉に滝川は面食らいながら、岩田の指差す方を見る。新しい2番機。彼が指し示すのはその足の部分だった。
大きなテルテル坊主とそのお腹に『流星号』の文字。
思わず我が目を疑う。
前の2番機と全く同じデザインのイラストがそこにあったのだ。
岩田は腕を組みながら困った様な顔をする。
「2番機を新しくしたって言うから朝からわざわざ描いたんですよ。今回は田辺さんにも手伝って頂きましたから、明日は晴れる上に良い日ですよ!!!スバラシイィ!あ、因みに僕も『愛』を込めて描いてみました!」
困った顔も初めだけで、後は胸を張って自慢するように切々と語りに入った。
「岩田…」
「フフフ…この機体は貴方の物★他に誰も乗れませんよ!!」
初めてパイロットになった時『流星号』と自分で描いた事を思い出した。
何処に居ても自分の機体だと解るようにと描いたのだ。
「俺が…乗っても良いの?足手まといなのに」
「『貴方の為』にコレを描いたんです。僕の努力を水の泡にしないで下さい」
岩田が滝川の頭を撫でると滝川は急に泣き出した。
パイロットを辞めると言った時、若宮も舞も頑張れと云ってくれた。
今もこうやって岩田が自分に為に再びテルテル坊主を描いてくれた事が凄く嬉しかった。
もっと頑張ろう。
もっと強くなろう。
滝川は袖で乱暴に涙を拭くと、岩田の方を向く。
「頑張るよ。一生懸命。何時かアンタの背中を見ながらじゃなくて…肩を並べて戦えるように」
それだけ云うと、滝川は走って仕事場所に向かった。手を振ってそれを見送ると岩田は安心したように大きく息を吐く。
「手伝って頂いて有難う御座います」
岩田は話が終るのを下で待っていた田辺に声をかけ笑う。
「は…はい!お役に立てて嬉しいです!!」
田辺は転ばない様に注意しながら階段を上ってくる。
「それじゃぁ、お約束通り『流星号』の整備のお手伝いをしますよ」
岩田の言葉に田辺は嬉しそうに微笑み工具箱を取りにいく。
此処で叶えられる望があるならば全て叶えてゆこう。
此処は『王様』の作った『楽園』なのだから。
此処に集まった者達に泡沫の夢を。
僕が戦う事を止めるその日まで。
>>後書き
微妙に『明鏡止水』とリンクした話となりました。
本当は滝川は独立した別の話を考えていたのですが(滝川初陣の話)
『明鏡止水』のED候補であった勝手にテルテル坊主を描くと言うエピソードの話をヤカナ姐にした所、その話EDでも良かったんじゃないかと言われて書いてみました。
『明鏡止水』は田辺話であったのにも関わらず滝川が出張って、
『五里霧中』は滝川話であったのにも関わらず善行が出張って、
…済みません…作者の話の構成に根本的な問題がありますね(鼻水)
この話も色々と在りまして、滝川が描いたのだと思っていたテルテル坊主が実は森さんが描いた物だと中盤で判明してみたり、善行が指揮車で迎えに来るか、ママチャリで迎えに来るかでヤカナ姐と討論したりと大変でした。
久々に電撃ガンパレを引っ張り出してきました。
…此処で小隊にママチャリが2台あることが判明してかなり吃驚しました。
戦場までも移動手段と指揮車の形をチェックしてる時に初めて知ったんですがね…。
…矢張りスカウトがコレに乗って戦場まで行くのかと真剣に考えてしまいました。
岩田似合いすぎて困ります(本気)因みに籠にブータ乗せて行くらしいです。8キロの猫積んで大変だなぁ。
善行の『それに見合う訓練』ってこの事か?と思ってみたり(笑)
滝川は個人的に矢張り2番機に乗ってて欲しいんです。装備も堅実だし、士気が高ければ結構戦うの巧いし。…ええ、先輩や狩谷に比べれば数段巧いと思うんですがね…。
次の話はほのぼのとしたギャグ風味のお話になります(多分)
ママチャリ善行ネタが捨てきれなかったのと、結構岩田と善行のコンビが良い組み合わせだと気が付いたので(遅)…王国に入ってませんがね善行。関東に帰っちゃうから(鼻水)
それではこの辺で。又お目に掛かれれば、そりゃあもう奇跡かも(笑)
>>HP移転に伴い一部改行等調整。大筋変更はありません。