*人工楽園*

その日、岩田裕は整備員詰め所でパソコンをいじっていた。
流れるように画面から現れては消えてゆくプログラム。
僅かに目を細めながら彼はそれを目で追っていった。

小隊の中に籍を置きながらも、やらねばならない別の仕事は山ほどある。
『遺伝子工学者』と云う肩書きは、小隊の中でも人知れず掲げられている。

突如扉が開いたのに岩田は驚きそちらに視線を送る。
芝村舞。
僅かに不機嫌そうな彼女の表情に本能的に逃げ出したい衝動に駆られながらも、それをこらえて椅子をくるっと回す。
「今時間はあるか?」
何の前触れも無い舞の言葉に岩田は僅かに困ったようなそぶりを見せるが、パソコンを指差す。
「この計算が終るまでは暇ですよ」
舞はそうかと頷くと、部屋の隅に置いてあった椅子を引き寄せそれに座る。
どうしようもない緊張感が部屋を包む。
彼女の方から声を掛けて来たのだから、彼女から話し出すだろうと高を括っていたのにも関わらず一向に話し出す気配が無い。
「・・・岩田、今は電波を遮断しろ」
「は?」
舞の突然の言葉に岩田は思わず口をぽかんと開ける。
「良いな!!!」
・・・返事をし兼ねる。しかし彼女は岩田が返事をしないのを『Yes』と捉えたのか漸く話を始める。
「そなたは『ファンクラブ』と云うのはどういう事をするのか知っているか?」
俯きながら小声で喋りだす彼女に岩田は更にぽかんと口を開く。行き成り何を言い出すのか。
「・・・まぁ・・・大方ですが。実際に入った事はありませんからね―─。詳しくは」
「知ってる事を全て吐け!!!!」
舞は行き成り岩田の襟を掴むと鬼のような形相で食って掛かる。
がくがくと頭を揺らされて岩田は危うく椅子から転げ落ちそうになる。
恐らく今の脳はいい塩梅にかき回されてさぞかし電波の受信率が良いだろうと関係な事を思いながら、岩田は慌てて喋りだす。
「・・・そうですね。会員証の発行とか、会誌の発行とか、お茶会とか・・・小規模のファンクラブなら本人交えてお茶会とかありえますが・・・貴方誰かのファンクラブに入るんですか?」
何とか舞の手から逃れると、岩田は白衣をきっちりと直し椅子に深く腰掛ける。
「たわけ!!私が誰のファンクラブに入ると云うのだ!!」
岩田の質問に対して怒鳴りつけると、舞は僅かに表情を曇らせた。
「・・・私ではない・・・若宮がだ・・・」

ああ・・・と岩田は納得する。若宮が原主任のファンクラブを作ってるのは結構有名な話だが、舞は多分最近まで知らなかったのだろう。
確かに『カダヤ』が他の女の追っかけをしているのは面白くないかもしれない。

「・・・何で若宮君の事を僕に相談しに来たんですか貴方は」
「そなたなら何でも知っていると思ったのだ」
舞の真面目な表情が妙に可笑しくて笑いそうになるのを堪えながら、岩田は椅子の背もたれに体重を乗せる。
確かに小隊内で『王国』を作って誰とでも仲良くしているが、何でも知っているは買いかぶりすぎだ。
「・・・まぁ、彼がファンクラブをやってる事が気に入らないのは解らないでもないですが・・・」
「若宮は原が好きだから『ファンクラブ』をやっているのであろう・・・」
岩田の言葉を遮って舞が俯きながら喋りだす。多分こんな話をするのが気恥ずかしいのだろう。
「・・・舞・・・」
突然岩田に名前を呼ばれたのに驚いて顔を上げる。
「心配しなくても彼は貴方が1番だと思ってますよ」
岩田の思わぬ言葉に舞は耳まで紅くなると再び下を向く。その姿を見ながら岩田は僅かに表情を緩めると、更に言葉を続ける。
「『好き』と言っても多分原主任に対しては『憧れ』みたいな要素が多いと思います。それに・・・彼自身は『ファンクラブ』をやる事に意義があるのではなくて、 そうですね・・・例えば速水君や滝川君を巻き込んで羽目を外して遊ぶのが楽しいんじゃないですか?」
舞は黙って下を向きながら岩田の言葉を聞く。
「舞・・・彼は・・・大凡の17歳の送る人生を今まで送れなかったんですよ」

固定年齢クローンである若宮はもう何年も17歳を続けている。
そして学生としての生活よりも、軍人としての生活が圧倒的に長い。恐らく初めてこの小隊に来て学生らしい生活を送っているのだろう。
今まで道楽らしい道楽侭ならず、只管戦う術だけを叩き込まれた。
彼が生まれた理由は『戦場に行く為』だから仕方ないといえば仕方ないが、戦いだけをこなすならば唯の殺戮人形に過ぎない。

「貴方さえ良ければ大目に見てやってくれませんか?」
「・・・甘いのだな『箱庭の住人』には・・・」
「僕は『王様』ですから」
舞はやれやれと言った様子で溜息をつく。小隊内での岩田人気はこの『甘さ』にあるのかもしれない。
誰もが楽しく過ごせる様に、戦場で誰も死ななくていいように王様は毎日忙しく奔走する。
そんな『王様』の涙ぐましい努力がこの小隊を支えている。
「・・・解った。私は『カダヤ』を信じる事にする」
舞の言葉に岩田は笑うと彼女の頭をなでる。
まるで子供に対するような岩田の仕草に舞は彼の手を払いのけ立ち上がる。
「子ども扱いするな!」
言葉と同時に岩田に向かって拳が飛ぶが、岩田はその拳を軽く掌で捕まえる。
「・・・こう見えてもスカウトなんですよ。それに・・・父親に誉められた手を傷つけるような真似はしないほうが良いですよ」
意地悪く笑うと舞の手を放す。彼女は上目使いに岩田を睨むとそのまま部屋を出る。
「・・・嫌われましたかね・・・」
パソコンのディスプレイに視線を向けると計算完了の表示が出ていた。
岩田はプログラムを保存すると部屋の奥に視線を向ける。
「約束の時間には少し早いですがね・・・」

岩田はおもむろに奥の仮眠用ベットの側に立つと、片足を高く上げてそのまま踵落としを決める。
「行き成り何をするんですか!!」
腕をクロスさせガードする事で、辛うじて直撃を免れたその男は岩田の突然の行動に眉間に皺を寄せる。
「起きてたんですか、若宮君」
「・・・今起きたんですよ」
彼はベッドから降りると軽く伸びをして岩田を見る。
「・・・もう2時間経ったんですか?」
若宮は仕事の合間に此処に立ち寄り、2時間後に起こすように岩田に頼んでベッドで熟睡していたのだ。
「あと45分20秒程あります」
「は?じゃあ何か用事でも?」
早く起こされた事を知ると、再び眠くなったのか若宮はベッドに腰掛けあくびをかみ殺しながら岩田を見上げる。
心なしか岩田の表情が不機嫌そうに見える。
「・・・もしかして何かありました?」
「貴方がぐーすか寝てる間、舞に『よい子の相談室』を開かされたんですよ」
「・・・は?彼女が?何で?」
岩田は僅かに眉間に皺を寄せる、突然シャットアウトしていた電波が降りてきたのかテンションを行き成り上げる。
「・・・フフフ・・・舞が貴方の秘密を知ったんですよ」
「!?秘密って・・・」
「貴方まだ原主任のファンクラブやってたんですね・・・いけませんねぇ・・・それを知ってヤキモチ焼きやさんの舞がどう思うか・・・。今後の人生相談に彼女は来たのですよ。勿論スバラシ―─ィアドバイスをしておきました!」
嘘は云っていないが本当の事でもない。
無駄に高い岩田の話術技能がここぞとばかりに発揮される。
「な・・・今後って・・・何云ったんですか!!」
若宮が慌てて岩田に問い掛けるが岩田は聞こえないのかクルリと方向転換をするとパソコン用の椅子に腰掛ける。
そしてそのまま何事も無かったかのように書類のプリントアウトを始める。
「岩田!」
若宮が岩田の肩を掴むと彼は振り向き鋭い視線を若宮に向ける。
「たまには羽目を外して悪い遊びをするのも構いませんが、舞を不安にさせるような事は出来るだけ避けてください。・・・彼女ああ見えても繊細な上に、父親の所為で世間知らずなんですよ・・・」
先ほどの電波的な口調とは打って変わっての切り替わり様に若宮は驚きの色を隠せない。
暫くは厳しい視線を若宮に向けていたが、再び別の電波が降りてきたのか突然岩田の表情が穏やかになる。
「少し意地悪してみただけです。大した事彼女に言ってませんよ」
「・・・岩田・・・」
「心配しなくても・・・彼女は貴方を『カダヤ』だと思ってますよ」

・・・何時も不思議だった。岩田は必要以上に舞との距離を取るのに、彼女の事を良く知っている。
嫌っている訳ではなく、むしろ・・・陰ながら守ってるようにも見えた。

「・・・貴方が残りの人生を彼女の為に生きると言うなら僕はその手助けをします・・・幻獣を消し去って世界を変えて見せます」
「貴方は・・・その為にスカウトに?・・・彼女の為に・・・」
「フフフ・・・電波の指令ですよ・・・」
岩田は目を細めて笑う。何時ものかわし方、誰も彼の本当の目的も、望みも、理由も解らない。
若宮はそれ以上の追求は無駄だと判断する。長い間軍人をやっていた所為で人間のタイプを見分ける能力には長けている方だった。
幸か不幸か岩田は階級が低い為に大して目立つ事はないが、上官にすると厄介な人間だと今更ながら思う。
彼の本質も本音も見えないまま何時の間にか動かされている傾向があるのは、彼の技量の成せる技なのか。
「・・・彼女は・・・自分が残りの人生をかけて幸せにします」
「フフフ・・・恥ずかしげも無くそんな事を云えるなんて貴方やりますね・・・スバラシィ」
岩田の言葉に若宮は苦笑すると、扉の方に向かう。
「彼女を不安にさせたことを謝ってきますよ。悪い遊びもこの辺で終わりにします」
若宮の言葉に岩田は僅かに表情を緩め、そのままプリントアウトされてゆく書類に視線を送る。
「・・・調子が悪くなったら何時でも来て下さい。スカウト人生送ってますけど、本職の方も真面目にやってるんですよ」
視線をそのままに岩田が云うと、若宮は笑って敬礼をし部屋を出た。
「・・・オリジナルヒューマンと固定年齢クローンか・・・厄介な組み合わせですね・・・」
溜息を吐きながらも彼らの幸せを祈らずにはいられない。

2人の為にも運命を変え、世界を変えよう。

若宮は詰め所を出るとハンガーに向かった。舞はこの時間は大抵此処で仕事をしているのだ。
2階に上がると、舞が士魂号の前で熱心に調整をしている。邪魔をするのも気が引けたが、今は早く謝りたい気持ちだった。
「あ―─芝村。ちょっといいか?」
若宮が声をかけると舞は驚いたように振り向く。
「・・・何か用か?」
「済まん」
突然若宮が謝りだしたので舞は思わず言葉を失う。何を謝られているのかさっぱり解らない。
「・・・何の事だ?」
「・・・ファンクラブ・・・止めようと思う」
若宮の突然の話に舞は目を大きく見開くがふっと笑って口を開く。
「良いのだ・・・楽しいのであろう?それに・・・原は美人だし、体型も良いし・・・憧れるのも解らんではない・・・」
「自分にとっては貴方が1番です」
若宮が余りにもはっきりと言うので、舞は驚きと恥ずかしさで顔を紅くする。
「たたたたっ・・・たわけ!!!」
絞り出すような声で怒鳴りつけると、舞はそっぽを向く。若宮はそんな舞の様子を見ると、ニッコリ笑って言葉を続ける。
「でも、貴方を不安にさせたことは謝らせてください・・・」
「私は不安がってなど無い!!!何を根拠に!!」
そこまで言って舞はハッと我に返る。余りにもタイミングが良すぎる。
自分が岩田に話をしにいった後、あの男が若宮に話をしたに違いない。あのおせっかいめ!!!!とふつふつと怒りが込み上げてくるが、相談を岩田に持ちかけた事を知られたのが急に気恥ずかしくなって俯く。
突然黙り込んだ舞を見て若宮が困ったように声をかける。
「どうしたの?」
「・・・岩田に聞いたのだな?」
「ええ。まぁ」
矢張り!と自分の疑惑が確信に変わった時、あの時ちゃんと殴っておけばよかったと後悔する。
その時ふと岩田の言葉を思い出す。

『父親に誉められた手を傷つけるような真似はしないほうが良いですよ』

「若宮」
「何ですか」
謝ってすっきりしたのかにこやかな顔で若宮が返事をする。それとは対照的に舞の表情は相変わらず紅いままであった。
「・・・その・・・顔とか・・・体型とか・・・そういう所は原には及ばんが・・・手は父も誉めてくれた・・・。私にはコレぐらいしかないが・・・その・・・それでも良いのか?」
そう云うと舞は俯いたままそっと手を差し出した。
若宮はその手をぎゅっと握ると、一気に抱き寄せる。

突然の事に一瞬舞の思考は止まるが、それとは裏腹に鼓動がだんだん早くなってゆくのが解る。
「・・・20年・・・貴方の為だけに生きます」
若宮の囁くような言葉に舞はどうしてよいか解らずにパニックに陥る。
無駄に早くなる鼓動を煩いと感じながらも、こうやっているのは心地よいと思う。
「・・・私も・・・長生き出来そうに無いな・・・」
「は?」
舞の言葉に若宮は体を離すと彼女の顔をまじまじと見る。
「人間が一生のうちに打つ鼓動の数は決まってるらしい・・・そなたといたら長生きできん」
若宮に顔を見られるのが恥ずかしいのか、顔をそむけながらポツリと呟く。
その仕草が可愛らしくて若宮は思わず笑う。
「何を笑っておる!!」
「すまんすまん。何か・・・可愛いなぁと思って」
「そなたは私を早死にさせる気か!!!」
舞は照れ隠しに若宮を怒鳴りつけるが、彼の方は相変わらず笑ったままだったが、ふと思い出したように云う。
「・・・ああ、仕事の途中でしたね・・・邪魔をしてしまって」
「構わん。私はこれから少し野暮用があるからここで待っていろ。終ったら私の仕事を手伝え」
舞の提案を快く受けると、若宮はハンガーを出る舞を見送った。

戦争が終ったらやりたいことが沢山出来た。
軍人として生きることを止める日が来る事など考えた事も無かったのに。
死ぬまで戦い続けるのが当たり前だと思っていた。
・・・この戦争でどうしても生残らなければならない理由が出来た。
何時か別れの時が来るだろう。
その時に遣り残した事が無いように・・・幸せであるように・・・。


オオアザ先生よりの7000ヒットキリ番リクエストです。
若宮X舞。
気分的には『鼻から砂吐くっちゅうねん!』って感じで書きました(苦笑)
いやいや書いてて楽しかったですよ。滅多に書く機会ありませんでしたから。

岩田王国番外編としたのは、唯単にラブラブなのが難しかったってだけで、
イワッチをからませる事で話をスムーズに進めるのが目的だったのですが・・・長くなりました(苦笑)
此処でイワッチ王国シリーズでは若宮v舞のカップルなのが伺えますね。
頑張って布教しますよ・・・でも、この話読み直したらイワッチv舞もこっそり入ってて苦笑。
うむ、どちらかと言えば舞のことは『娘』みたいに思ってます。
ほら、子供の頃の舞の面倒見てたし。

リクエストを受けるにあたって、細かいシュチュエーションの要望を聞いたのですが、
取り合えず若宮v舞なら何でも良いと言われて困ってみる。
フフフ・・・頑張りましたよヤカナ姐・・・好きなだけ砂吐いてください(本気)

いやはや(先生死語です・笑)難しいですなカップリングは。
向いてないって云うか・・・恥ずかしくて書きにくいって云うか・・・常に尻の座りが悪いです。
前半は結構すらすらかけたのになぁ・・・後半急に困り放題(笑)

それではこの小説は唯一の若宮v舞の同志、人外の同胞オオアザ先生へ。