*岩田王国【戦場の扉編】*

 時計は既に次の日付けを指している中、グラウンドに人影があった。スカウトの二人が一緒に仕事をしていたのだ。

 息を切らせる事もなく、軽やかな足取りで走っているのは岩田裕。
 これでも彼は40キロの砂袋を担いで走ってる。遠目で見たら絶対に気が付かないほど軽やかな走りである。スカウトになってから熱心に仕事や訓練をしている賜物なのだろうが、一緒に居る来須と違ってスカウト向きとは思えないのが周りの正直な感想である。
 岩田は何時も通りにノルマを走り終わるとクルッと大げさに体を捻らせて倒れる。疲れているとか、もう走れないとかではなく、彼なりの拘りなのだろう。初めて見た人間は大抵驚く。
 来須は同じ部署である事もあり見慣れているのでコレといって反応を示さない。ただ、岩田のその行為は来須にとって『ノルマが終った』という合図にしか過ぎないのだ。
「??」
 が、一向に起き上がらない岩田を見て来須は眉をひそめる。普段ならさっさと起き上がって次の仕事をするなりするはずなのだが、その気配もない。

―─そろそろ無理が来たか?

 元々整備の人間がスカウトをやるなど普通に考えて無理がある。しかも、わざわざ自分から志願してスカウトになる事は狂気の沙汰としか思えない。
 来須は取り合えず岩田の側に歩いていくと岩田を見下ろす。気を失っている訳でもなく、疲れて立てない様子でもなく、彼は来須の青い瞳を捕らえた。
「…降下技能をくれませんかね」
「!?」
 突然の岩田の言葉に驚く。降下技能はさほど必要とされる技能ではない。何故そんな物を欲しがるのか。
 岩田は表情を変えないまま上半身だけ起こすと、背中に付いた砂を払う。
「さして必要な技能ではないだろう」
「…ちょっと必要になりました」
 来須が怪訝そうな顔をすると、岩田は来須の顔を見上げる。しばし思考した後に、彼は再び口を開く事にした。
「内密ですが、近いうちにその技能が必要な特殊任務が此処に降ります」
 その言葉を聞いて来須は彼が『芝村』に連なる人間である事を思い出した。小隊内での階級は相変わらず『戦士』のままだが、『芝村』の中に戻れば彼は恐らく『準竜師』よりも重要なポジションなのだろう。
 彼がオフレコで特殊任務の事を知っていても何らおかしくはない。
「…降下技能を持っている者に命令が降りるのなら、わざわざお前が技能を取る必要はないだろう」
 来須は率直な感想を言った。
 降下技能を持っているのは自分と小杉、そしてその技能を天才で補う舞と茜。小杉と茜は整備班だから、恐らく自分か舞に命令が降りる事になる。
「…別に貴方の腕を信用していない訳ではないんですよ…」
 岩田は少し困ったような顔をすると、下を向く。
「ただ…僕が降下技能を取れば僕に必ず任務が降りる。舞や貴方には任務が降りない。それだけです」
 どんな任務なのか。岩田がその任務をやりたいのか、自分達に任務をやらせたくないのかは判断が付かない。

自分達。

舞か自分か。

そもそも何が目的でこの男はスカウトをやっているのか。
自ら危険に飛び込まなければならない理由でもあるのか。

 来須は沸きあがる疑問を押さえつける。この男がアッサリ喋るはずが無いのは周りが証明してくれている。何時も岩田の周りにいる人間がこの疑問を彼に投げかけてもまともな答えが返って来た事が無い。彼の言う『岩田王国』とやらを造る目的も、理由も誰も知らない。
 知らないままその『王国』確実に現実のものになっている。

「フフフ…貴方も舞も死なせたくないと云ったら技能をうつしてくれます?」
「お前は死んでも良いというのか?」
「死にません。僕は無敵の王様ァァァ!」
 岩田は立ち上がると笑い出す。何処まで本気なのか判断が全くつかない上に、嘘を吐いているかどうかも解らない。
「それに『誰も死なない』のが『王国』を維持する最低限の条件ですからね」
 一体誰の出した条件なのか。

来須は考えるのを放棄した。やりたいようにやらせた方が良い。

「…仕事をするぞ」
「フフフ…テンションを上げていきましょう」

***

 来須が帰った後、岩田は余った時間で運動力を上げる事にしたのか、鉄棒にぶら下がる。
 降下技能は貰った。後は命令が降りるのを待つのみ。

20体の幻獣を相手に助かる保証は無いが、自分が知らない所で死なす訳にはいかない。
誰かが死ねば『王国』を造った意味が無くなってしまう。
岩田は声を殺して笑うと鉄棒を離し地面に足を付ける。
「僕がこの『ゲーム』を終焉させても構わないのでしょう・・・ユーリ」

『その答えはYesである』

 常に返ってくる言葉。
 希望の種をまき終え消えた男は常に見ているのだろう。岩田の事を、娘達の事を、この第5世界の事を。

***

4月1日
岩田は降下作戦の命令を受ける。

 時間通りに岩田は準竜師に指定された場所に現れ、装備品を受け取る。新しい武尊と40mm高射機関砲。そして予備の弾。
「せめてカトラスが欲しいところですね。コレでは実力の半分も出せない」
 岩田は小さな声で呟き、出鱈目な歌を歌いながら装備品を身に付ける。
「イワッチ王国此処は戦場、運命を変えよと彼が言う♪」
 その様を準竜師と副官は少し離れたところから見ていた。
「…彼でこの作戦を遂行できるのでしょうか」
「数字の上では、小隊の中で一番の撃破数を誇っている。そこそこいけるだろう」
 準竜師自体この男がスカウトになったことは聞いていたが此処までの活躍をしているとは思っても見なかった。3月頭に発足された5121小隊に配属になったと思ったら4月1日現在で既にトリプルスコアをたたき出している。
 スカウトと言う職でどれだけの人間がこれだけの撃破数を稼げるというのだ。

 スカウトと言う職は、小隊戦力の中では『20』を超える事は無い。つまり、どう足掻いても士魂号に適うはずが無いのだ。しかし現実には、小隊一の撃破率。彼の活躍で5121小隊は熊本でも指折りの小隊となっている。

 準竜師の知る『岩田裕』は『芝村』系の遺伝子工学者だったはずだ。そもそも整備士として配属された男が何故戦場に立っているのだ。

「フフフ…準備OKですよ。早速行きましょうか」

「どうだ?小隊の方は」
 目的地に着くまで時間が掛かる。準竜師は座席に座りながら40mmを珍しそうに眺めている岩田に声をかける。
「…まぁまぁですかね」
「『王国』を作っていると従兄弟殿から聞いたが?」
「貴方には関係ないでしょう」
 岩田は今までの雰囲気をかき消すような厳しい口調で準竜師に言葉を返す。
「…関係ないか。可憐通常型や40mmをお前の為に毎日かき集めているんだがな」
 準竜師の返しに岩田は口元だけ笑うと目を細める。
「たやすい事でしょう貴方なら」
「…仲間に入れてもらえないと従兄弟殿が愚痴っていたぞ・・・」
「舞は駄目です。彼女は特別ですから」
「…奴の娘だからか?」
 岩田は更に鋭い視線を準竜師に送ると、準竜師に40mm高射機関砲を向ける。
「口を慎んだ方が身のためですよ『準竜師』。今は任務中ですから貴方の下らない詮索も聞き流しましょう」

今は。

 時が違えば彼は別の行動を取るのだろう。酷く『芝村』的な岩田の表情に準竜師は笑う。コレが自分の知っている『岩田』だと。
 舞の言う小隊内での人気も、王国作りも、全て彼の造った『箱庭』
 あの馬鹿馬鹿しい電波の下には隠し切れない『芝村』が居る。所詮『奴』の駒に過ぎない。

「岩田『戦士』もう直ぐ目的地に着く。準備はいいか」
「何時でも」
 岩田は準竜師に向けた銃を引くと、ロケットの調整を始める。

 ミノタウロスやスキュラと何処まで渡り合えるか。

 準竜師は岩田の方を見るが、彼の表情に変化は無く、さして緊張している様子も無い。そもそも滑り込みで降下技能を取ったのは矢張りこの作戦の事を前もって知っていたからだろう。
 『芝村』における権力を使って自分この任務を廻した理由は解らない。
 くえない男だ。

 目的地に着き、ヘリの下には20体ほどの幻獣が蠢いている。外交官の位置を大方確認すると岩田はヘリのドアを開け放ち地上を見下ろすと薄く笑う。
 その様子を見ていた準竜師は背筋が凍るような感覚に襲われる。

―─何故笑っている。この大量の幻獣を目の前にして。

 一瞬脳裏を掠めた『絢爛舞踏』そして『HERO』
 『芝村』が待ち続ける存在にこの男はなろうとしているのか。
 この男は待ちつづけることに飽いたのか。

「それでは行きましょうか」

 岩田はそう一言云うと突然ヘリから飛び降りた。

***

 次の瞬間副官と準竜師は我が目を疑った。岩田は行き成りミノタウロスの目の前に降り立ったのだ。

 蠢く幻獣は突然空から舞い降りた岩田を敵と認識したのか、照準を一気に岩田に向ける。彼はそれを確認すると薄く笑い目を細める。
「フフフ…僕がこのゲームのラスボスです。カモン!」
 そう言い放つと目の前のミノタウロスを一気に蹴り殺す。
 ほんの一瞬の出来事であった。
 ミノタウロスの巨体が地面に沈むと、更にロケットを駆使して次の幻獣に向かい飛ぶ。

「…アレで実力の半分…」
「ならば普段の戦いは半分以下の力だな…」
 副官の言葉に準竜師は僅かに笑う。この目で見るまで信じられないかった。否、この目で見たからこそ信じるしかなかった。戦場に立っているアレは『化け物』だと。

 岩田はそのままミノタウロスを全て蹴り殺すと、空に浮くスキュラに向かって40mmを向けるが、一瞬眉間に皺を寄せる。
「使いにくい」
 そう云って40mmを投げ捨て、スキュラに蹴りかかる。一撃で沈むスキュラなど中々お目にかかれるものではない。
 軽快に戦場を駆け巡るその様は正に『死を呼ぶ舞』に見えた。彼の降り立った地には平等に死がもたらされる。この戦場で生残るのは彼だけだろう。

 攻撃力もさる事ながら、実に動きに無駄が無い。幻獣を実に効率よく狩ってゆく。岩田自身は幻獣の攻撃を一撃も受ける事なく既に半数の敵を狩っていた。
「……こんな事って…」
 副官はだんだんと怯えの色を見せだした。現在目の前に見える戦場は本当に現実なのか。
 投げ捨てられた40mm。
 彼にとって必要なものは『自分自身』だけなのだろう。
 戦士を守る為に作られた武器も、士魂号も彼には不要なのだ。
「…人を超えるか…岩田…」
 準竜師は『死を呼ぶ舞』を舞う彼を見る。遠からず彼は『絢爛舞踏』となる…そう確信せざるおえなかった。

***

―─又だ、歌がきこえる。

 岩田は幻獣を狩りながらOVERS-Sから流れる歌を聴く。小隊に配属された日に本来『介入』してくるはずだった者は現れず代わりに歌が聞こえた。それは普通に聞けば出鱈目な歌にすぎなかった。だが、それは明らかにこの世界の行く末を知っている『誰か』が歌っている事は直ぐに解った。

『運命を変えよと彼が言う』

 全て同じ出だしのその歌は不思議と気に入って口ずさむ事が多かった。
 本来別の誰かに介入している者を導くのが今までの役割だった為に、まさか『彼』以外の介入が自分にあるとは思っていなかった。
けれど、
『彼』が介入してくる様子が無い今、『歌』に従う事に決めた。
 飽いたのだ。『彼』の『駒』で居る事に。
 何時までたっても変わらない『彼女』の運命。永遠に繰り返される悪夢は何時終るのか。

「誰でも良いのでしょう…このゲームを終らせるのは…ユーリ」

自分で悪夢に終止符を。
自分で彼女に未来を。

 幻獣を狩り続け、人を超え、その後に自分はどうなるか解らない。しかし・・・どうしても変えたい運命がある。どうしても守りたい人が居る。
 思い出の少女はループした世界で永遠に運命を変えられずに自分の目の前から消えてしまう。

全ては運命の日の為の布石。
王国の中に『竜』は居る。
その為に作り上げた王国。そして『箱庭』。
初めはそんな打算によって作った王国だが、何時しか居心地が良くなった。

自分の為に物資を調達する人が居る。
自分の為に弁当を差し入れする人が居る。
自分の為に仕事や訓練をする人が居る。

だからそんな人間を『守る』のも悪くないと思った。
何時しか人を超えた時に恐怖で誰もが自分から離れてしまってもそれで良いと思った。
…全ては運命の日の為に…。

 岩田は最後のキタカゼゾンビを狩ると、辺りを見回す。幻のように消え失せる幻獣。
 何時の間にか歌は聞こえなくなっていた。

「有難う御座います」
 後ろから声をかけられ岩田は振り返る。黄色いワンピースの少女。岩田は目を細めると僅かに眉間に皺を寄せる。
「貴方でしたか…恵さん」
 少し考えれば解ったはずである。幻獣の意思を読み取れるのは人工的に同調能力を上げられた少女達…自分の過去の産物達。
「!!」
 少女は目を大きく見開く。まさかと思ったのだ。遺伝子工学者であるはずの彼が何故戦場に立っているのか理解できずに沈黙する。
「…妹を…よろしくお願いします。クローンでも人ですから…」
 僅かに上ずった声に岩田は不機嫌そうな顔をして被っていたメットを投げ捨て彼女に背を向ける。
「嫌われて居ますよ貴方の妹には。貴方も私の顔など見たくないでしょう」
「!!そんな…私は…」
 続かない言葉に彼女は瞳を伏せる。
「…助けたのが私で残念でしたね…」
 岩田は酷く無機質な声で言い放つ。此方に向かってくる準竜師に「任務完了」とだけ云うとヘリに乗り込もうとする。
「もう少し優しくしてやったらどうだ?」
「何時から私に指図できるほど偉くなったんですか?勝吏」
 鋭い視線を準竜師は憮然と受け流すと笑う。準竜師も本気でそんな言葉を発した訳ではない。
 岩田は不機嫌そうにヘリに乗り込むとシートに座る。

頭が痛い。
『箱庭』の外に出れば殺伐とした現実が待っている。
急に『箱庭』に帰りたくなった。
別に過去の自分が厭と言う訳ではない。
唯、
あの箱庭が心地よすぎる。

階級も発言力も関係なく人が動く。
誰かの為に無条件に人が動く様が初めは不思議でしょうがなかった。
長く『芝村』にいた所為か?
恵を見た瞬間、一気に嘗ての自分が表に出た。どちらが本当の自分なのか。
否、
どちらも自分であるには違いない。
沢山いる自分の一人。
一番奥にいる自分が微笑った。普段は絶対に出てこない遥か昔に忘れたと思った自分。

『迷うな。お前が全ての道標となる。誰から称えられる訳でもない、認められるわけでもない、お前が道を作る事に意味がある』

全ては自己満足のための始まった茶番劇。
駒である事に飽いたといいながら未だに出ることの出来ないループの中に自分はある。
だからこそ、
本当の戦場が自分を待っている。嘘ではない心の血を流してもっと強くなれるはず。
自ら歩む真の道は鮮血の赤で染まっているはず。

楽園へと続く扉はその鮮血の赤の先にある。


 で、『楽園の扉』に続きます。書きながらダークさにちょっくら鼻血を吹きそうになりました。恵だした辺りはかなり心が荒んでおりました…個人的な理由で(笑)

 次の作品はちょっと遅くなるかもしれません。
 話は考えているんですが、最終的なおちが決めかねております。
 …ぶっちゃけた話、公式HPの世界の謎掲示板における『A』についてなんですが。最後の最後で信じられない事実を判明されてしまってオイさんとしても困り放題・煮え放題が実際のところです。
 攻略本が届いたら考えます。

 スカウトとしての戦い方はオイさんが実際にやった方法です。ミノ吉以下蹴り殺し(笑)40mmが余りにも射程をあわせ難かった為に、武尊の回避能力を信じて突っ込みました。
 因みに殆ど無傷です。頑張って鍛えたかいがあったなぁ(ホロリ)実際、降下技能も前日に滑り込み取得でしたし。早くプレイ日記上げますね。

 さて、岩田王国次回が最後です。他の所の岩田(オフィシャルを含め)とは違う彼を書くのも次で最後と思うと何だかなぁ。
寂しいような…複雑な心境です。

 岩田はゲームにおいて特殊なポジションに居るからこんな話を書けた訳ですが、実際アリアンの介入しない状態を彼は予想してなかっただろうなぁ…って云う些細な思いから此処まで壮大になりました(笑)
…誰かそっと止めてくれよ…。

>>NEXT 『楽園の扉編』

>>HP移転に伴い一部改行等変更。