*雲集霧散*

「負傷者及び戦死者の回収を行います」
 善行の声と共に戦場にバラバラと人が散ってゆく。

 速水は憂鬱な気分で戦場を歩いていた。
 瓦礫の山と硝煙の匂い。
 先ほどまで蠢いていた幻獣はもう何処にも居ない。
 まるで存在そのものが幻だったように消え失せる。

・・・否そこに幻獣は間違いなく存在し、そして戦友の命を消し去ってしまった。

 何処かでかすかに歌声が聞こえた。
 速水は耳を済ませて歌声の方にふらふらと歩いていくと、瓦礫の山にもたれかかり、そこで彼は口笛を吹いていた。

「・・・若宮・・・」
 速水は僅かに目を細め、此処に来た事を僅かに後悔した。
「…空が青いということを、忘れていたよ…もう駄目だ…助からん。悪いが、楽にさせてくれ」
 若宮の言葉に速水は涙目になりながら首を振る。
「駄目です。貴方を舞のところに連れて帰ります!!!」
 速水の言葉に若宮は僅かに微笑を浮かべると、直ぐに困った顔をする。
「・・・なぁ・・・速水。最後にお前さんに聞いて欲しい事があるんだ」
「厭です!!帰ってから聞きます!!だから!!」
 若宮の身体を担ごうと、速水が側に駆け寄ると若宮は速水の腕を掴む。
「まぁいいから聞け。・・・芝村には・・・ずっと云えなかった事なんだ・・・」
「!?」
速水ははっとしたように顔を上げる。
「・・・何だ・・・最後に秘密事を抱えて逝くのも気が引けてな。可笑しな話だが・・・昔ならこんな事も考えずにあっさりと逝ったんだろうな、軍人として当たり前の死に方だと」
 速水の腕を握る若宮の手に力が篭る。今正に消え失せそうな人間の力だとは到底思えなかった。
「・・・俺は・・・年齢固定クローンなんだ。耐久年数は・・・そうだな30年って所か」
 若宮の言葉に速水は目を見開く。

速水達も勿論クローンではあるのだが、彼らの場合はオリジナルヒューマンに近い存在である。
それ相応に年を重ね死んでゆく。
オリジナルヒューマンとの違いはせいぜい生殖能力の有無ぐらいである。

「戦争が長かったから・・・俺みたいなクローンが生まれた。戦う為だけに俺は此処に居るんだ。
 ・・・昔はそれに疑問も不満も無かった・・・でも・・・。不思議なものでな・・・彼女に会ってからはそれが変わった」

芝村舞。

 照れ屋で、プライドが高い芝村のお姫様は若宮にとって何よりも大切な存在になっていった。
 だからこそ云えなかったのだ。
 真実を話して彼女を失うのが怖かったのだ。
 残り何年あるか解らない人生を彼女と過ごせたらどれだけ良かっただろう。
 しかし・・・いずれ来る別れは彼女を傷つける。

「お前らに会わなければこんな苦手な頭を使う事もしなくて良かっただろうし、自分の運命を呪う事も無かっただろうが・・・お前らに会えたことはやっぱり良かったと思ってるんだ。・・・可笑しいだろ?そう・・・唯の軍人として生きるよりずっと価値がある出会いだと思ってる」
「若宮・・・」
「そうだな・・・彼女には恋人より軍人としての誇りを取った馬鹿な奴だと伝えてくれ。怒るだろうが・・・きっとそれまでの男だったと見限るだろう。なに、いずれ来る別れがちょっと早かっただけだ」
「駄目です!!そんな言い訳しないで下さい!!舞を選んで下さい!!最後まで舞を守ってください!!」
 速水は泣きながら若宮に言葉を発する。

 多分若宮の言う通りにすれば舞は傷つく事も少ないかもしれない。
 でも、その選択は結局若宮がどれだけ舞のことを思っていたか、
 若宮がどれだけその選択をする為に悩んだか永遠に舞に伝わらない。

「・・・ああ見えても彼女な・・・結構繊細なんだ・・・だから・・・なるだけ彼女を傷つけたくない」
「駄目です!!!」
 速水は手の甲で涙を拭うと、若宮の手を振り払って彼の重い身体を担ぐ。
「舞の所に連れて帰ります!絶対に!!」
よ ろよろと歩き出す速水を見て若宮は苦笑するが、素早く速水の腰に付けたホルスターから銃を引き抜くと、速水の身体を突き飛ばす。
「・・・戦友の云う事ぐらい聞くもんだぜ」
「止めろ!!!若宮!!!!」
 しりもちをついた形になった速水は慌てて若宮から銃を取り上げようとするが、乾いた銃声が戦場に響いた。

「・・・か・・・みや・・・駄目だよ・・・舞は・・・貴方が居ないと・・・」
 舞は微笑ってくれない・・・。
「うわぁぁぁぁ―─!」
 何故止められなかった。
 何故連れて帰れなかった。
 若宮の身体に縋るように速水は絶叫した。

 速水の声が静かになった頃、彼の肩を誰かが叩いたので吃驚して振り返ると、そこには来須が立っていた。
 何時から居たのか、今来たのかさえも解らない。
「先輩・・・」
 来須が無言で若宮の身体を持ち上げ歩き出すと、速水も来須の後に付いて下を向きながら歩き出した。

***

 そこには善行と舞が立っていた。他の人間は士魂号の積み込み作業で手が離せないのであろう。
「若宮十翼長の遺体回収完了しました」
 速水は小さな声で善行に報告をする。
 舞は来須が抱えている若宮の遺体に近づくと、そっと若宮の頬に触れる。
 ザッと耳障りな音が速水の耳に入るが、速水はそれに気が付かずに舞の表情を伺う。
「そうか」
 彼女はそう一言だけ云って表情も変えずにその場から離れた。
「・・・ご苦労様です」
 善行の声に速水は我に返る。
「・・・司令・・・今日ほど戦争について考えさせられた事はありません」
 速水は俯きながら小さな声で善行に言った。
 善行は目を真っ赤に腫らした速水を見ると、複雑な表情をする。
「そうですね・・・貴方には辛い思いをさせる事になりましたね」
 本当に守るべきものは身近にあったのだ。

 速水はのろのろとトラックに乗り込むと、ウォードレスを脱ぎ捨て制服に着替えた。
 それとほぼ同時に原が入ってくると、速水のウォードレスに目をやる。
「片付けて良いかしら?」
「・・・はい・・・お願いします」
 原はウォードレスを拾い集めると、僅かに眉間に皺を寄せる。
「速水君。通信機の電源ちゃんと切っておいてね。結構電池くうから」
 原の言葉に速水は顔色を変える。
「・・・別に怒ってる訳じゃないからそんなに吃驚しなくても良いのよ」
 原は優しく微笑むとその場を離れた。
「・・・舞に・・・聞こえていた?」

 

***

 小隊長室で善行は渋い顔をしながら書類に目を通していった。
「いけませんね・・・」
「何がいけないのかしら?」
 入り口からの不意な声に驚いて顔を上げると、そこには書類を持った原が立っていた。
「芝村さんの事ですよ」
「何云ってますの司令。若宮さん亡くなってから落ち込む事も無く、今まで以上の働きですやん」
 同じく小隊長室で仕事をしていた加藤が口をはさむ。
「そうね、新しいスカウトがなれない分3号機がフォローしてくれてるしね。・・・そうだ加藤さん。悪いけどこの書類を各部署にコピーして配ってくれないかしら」
 原の言葉に加藤は頷くと、書類を抱えて小隊長室を出る。
「異常な働き・・・かしら?」
「・・・そうですね」

 若宮が居なくなってからの舞の働きは異常な物だった。
 とっくに超えている士魂号の限界値。
 慣れないスカウトを抱えている小隊の戦力を全て賄っている。

「・・・あの子・・・若宮君が居なくなってから少し変わったわね・・・ぱっと見は前と変わらないけど・・・。それにしてもあんな可愛い彼女を置いて死ぬなんて信じられないわ」
 原は先ほどまで加藤が座っていた椅子を引き寄せるとそこに腰を下ろす。
「清掃会社の話を知ってますか?」
 善行は読みかけの書類をきちんと机の端に寄せると立ち上がりコーヒーを入れ始める。
「・・・知ってるわよ。若宮君にしてはごく控えめはプロポーズって所かしら」

二人で、長い間戦ってきましたな…戦争が終わったら、二人でビルの清掃会社でも作りますか。
フッ。…その時は自分を雇ってくださいよ。我々下士官にとって、良い上官というものは最大のアタリですからな。
戦争の行方ごときで、手放したくありません。…時間のようです。行きましょう。

 若宮は舞にそう云ったのだ。
 常に率直に物事を言う若宮にしては原の言う通りごく控えめな表現であろう。
「でも、彼にしては大進歩ですし、アレが精一杯だったんですよ」
 善行は原にコーヒーを渡すと再び自分の席につく。
「どういう事?」
「・・・秘密です。彼があんな控えめな言葉でしか云えなかった理由を知ってるのはこの隊では私ぐらいでしょうが」
 原は善行の言葉にかなりむっとするが、いくら聞いても教えてもらえそうも無いので諦める事にした。
「いや・・・速水君も知ってるかもしれませんね。最後に彼から聞いたかもしれない」
「・・・だったら私も通信機のスイッチを入れておくべきだったわ・・・」
「?」
「入れっぱなしだったから注意したのよ。通信機」
 善行は僅かに驚いた顔をすると、椅子に深く座りなおし眼鏡を上げる。
「奇遇ですね。私も注意したんですよ」
「速水君に?」
「いえ。芝村さんにです」

「・・・若宮君は戦う為だけに此処に来たんですよ」
 沈黙を破るように善行が再び話し始める。
「どういう事よ」
「言葉のままですよ。だから彼にしてみれば戦争が終った後の事を考える事自体凄い事なんでしょうね。彼をそうさせたのは間違いなく芝村さんでしょう」
 原はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲みながら善行の言葉を聞いていた。
「・・・清掃会社の話を聞いた後から芝村さん凄く頑張って戦うようになったわね。きっと若宮君と清掃会社開くの楽しみにしてたんじゃないかしら・・・。早く戦争を終らせたくて、必死で頑張ってたんだと思う」
 原はあの日の上機嫌な舞の顔を思い出した。
 ・・・若宮が居なくなってから彼女のあの顔は二度と見る事は無かったが。
「彼女にとってこの戦争は無意味な物になったのですかね」
 覇気が全く無い。
 ただ生きて、幻獣を狩るだけの存在に彼女はなってしまった。
 その姿は軍人としては間違ってはいない。しかし。
「・・・私の友達だった彼女は何処にも居なくなってしまった・・・」
 原は寂しそうに微笑みと善行のほうを見ると、彼も何処となく寂しそうな表情をしていた。

***

 誰も居ない薄暗い教室に舞はぼんやりと立っていた。

 主の居ない机にそっと触れると、舞は椅子に座り机に額を当てる。
「愚か者が…私はそなたの言葉を真に受けて結構楽しみにしていたのだぞ…。正直な話…嬉しかった。そなたが戦争の後の事を考えてくれるようになって…」
 がらりと教室の扉が開き、舞は思わず顔を上げてそちらを凝視したが、直ぐにしかめっ面になった。空気を読まない男と有名なその人がそこに立っていたのだ。
「フフフ…祈りは終わりましたか?」
 案の定空気を全く…否、僅かにしか読めなかったであろう男は、舞の睨みも気にせずに近くの席に座ると、ゆらゆらと揺れだす。
 そんな行動に苛立ちながら、舞はしかめっ面のままで、先程と同じ様に机に額をつけ黙り込んだ。数ヶ月の付き合いで、この人間とは真っ当な会話が成立しない事を知っていたのだ。
「死者に祈りは届きませんよ。死者への祈りとは、祈る者の懺悔ですから」
 舞は僅かに肩を揺らしたが、彼は気にせずにそのまま言葉を続けた。
「貴女の言葉は届きません。永遠に」
「…れ…」
「何ですか?」
「黙れと云っておるのだ!!岩田!!」
 思わず顔を紅潮させ怒鳴りつけた舞を眺めながら彼…岩田は僅かに口元を揺るめた。
「大きな声で言わなくて届きますよ。僕は生きてますから」
 その言葉に舞は我に返り、岩田を睨みつける。苦手なのだこの男が。会話が噛み合わない癖に何処か見透かされているようで不快だった。
「…だから…僕には貴女の懺悔が聞くことがきでます」
 舞は思わず岩田を凝視する。何を云っているのか理解するまもなく、その華奢な腕に体を捕まれ、そのまま荷物の様に肩に担がれる。
「たわけ!!何をするのだ!!降ろせ!!」
 手足を大きく動かし抵抗を試みるが、岩田はびくともしない。それどころか、鼻歌を歌いながらコンコンと軽い音を立てながら屋上への階段を登って行ったのだ。

「降ろせ!!」
「芝村さん」
 呼びかけられ、舞は不満を前面主張した顔で岩田の方を見る。しかし、岩田の視線は遥か彼方を見ており、舞はそれにつられてそちらを見る。

―─芝村の視線で見る景色と、俺の視線で見る景色大分違うだろ?

 懐かしい光景だった。
 嫌がるのに無理矢理肩車をして見せられた光景。
 もう二度と見れないと思っていたその景色に舞は思わず瞳に涙を浮かべた。

「…懺悔に意味がない訳ではありません。懺悔って言うのは、生きてる人間が生きる為に行うんですから」
 岩田の言葉に思わず涙が零れる。
 例え自己満足であっても言葉にしたい気持があった。届かないと知っていても、自分自身に言い聞かせたい言葉があった。

「…馬鹿な男だ…私を傷つけない様になどと余計な事ばかり考えて逝ってしまった…」
 通信機から聞こえた速水とのやり取りが聞こえた時に、彼女は黙ってそれを聞いている事しか出来なかった。
 舞は俯きすすり泣く。
 何時か来る別れだったのだろう。
 でも、まだ遣り残した事があるし、伝えたい事も沢山あった。
「…馬鹿な男だが…私はあやつのことが好きだった…」

 彼が嫌いな「芝村」の名が時折鬱陶しく感じる事もあった。
 しかし彼は「舞」大事にしてくれた。
 嘘の無い彼の言葉が好きで、恥ずかしげも無く手を繋いだり肩車をしてくれるのが嬉しかった。
 でも、
 彼は最後の最後に嘘を吐いた。
 舞を傷つけまいとした下手くそな嘘。

恋人より軍人としての誇りを取った馬鹿な奴だと伝えてくれ。

 本当に軍人の誇りを取るのなら速水の前であんな告白などしなかった筈だ。
 彼は最後まで舞の事だけを考えて死んでいったのだ。
 だから舞は速水からその言葉を伝えられた時、若宮の下手くそな嘘に騙される事にした。
 若宮がそれを望んでいるのなら。
 それでも良いと思った。

「それでも…私のカダヤはそなただけだ…若宮」


  終わり。
  書いてて思わず吐血しそうになりながらも頑張りました。
  最近こっそりお気に入りの若宮X舞。
  新市街での肩車イベントと、清掃会社イベントでオイさんのハートを掴んだ憎いオトコ。

  たまらんのだよ若宮(笑)
  先輩ではラブってる話書き難いし、狩谷ではちょっと因縁くさい物が拭いきれないので、カップリングとしては話を考えやすいのだよ、彼は。
  でも今回は辛気臭い話ですな。
  某サイトで若宮の戦死イベントを知って以来、見たいような見たくないような複雑な心境のままで居たんですが、結局小説のネタにしました。

  本当に見たら泣くちゅうねん。
  眞鉄っちと若宮の裏設定に煮えながらも、矢張り舞と幸せになって欲しいと淡い期待を抱いております。
  ・・・ならばもっと違う話を書くべきだったのだろうが、若宮にとって戦争が終った後の事を考えるって事がいかに大進歩か書きたかったのだよ。

  次はもっと幸せな終り方の話を書きたいのう・・・。

  ・・・もしもこれを読んでちょっとでも若宮が好きになってくれればと祈りつつ・・・。

 

 でもって、再UPに便乗して、後半の話少し(少しか?)変更しました。いや、今更かな?とも思ったんですがね。矢張り数年経つと文章の癖も少し違って、偉く浮くような気がしないでもないですが…。ええ、目標岩田100%ですから(微笑)