*時之彼岸*

 

貴方方は、雲が西に起こるのを見ると直ぐににわか雨がやって来るという。果たしてその通りになる。
それから南風が吹くと、暑くなるだろう、という。果たしてその通りになる。
偽善者よ、貴方方は天地の模様を見分ける事を知りながら、どうして今の時代を見分ける事が出来ないのか。
また、貴方方は、何故正しい事を自分判断しないのか。

ルカによる福音書12章54−57節

***

 例えば。
 この戦争が終ったとして人々はこの焦土から立ち上がる事が出来るのだろうか。
 土より生まれし人の子は何時しか神の手を離れ無から生み出されるようになり、神の加護すら失われた。
 失われたのだ全て。

 終る筈の無い戦争が終った時僕は絶望した。
 たった一人の人間…否、化け物によって終焉を齎され、最悪のシナリオで幻獣は消え失せた。
 この世界に希望は無い。
 あるのは絶望。
 そう、
 僕はとっくに絶望していた。

 士魂号を繰り、幻獣を生むるゆめと戦ってる最中もずっと僕の中にあるのは絶望だった。
 コレは、
 初めはごく小さな炎だったのかもしれない。
 僕の多数の人格の中に居た『誰か』が抱えた絶望。
 無限反復の中、『誰か』はずっと絶望していたのだ。
 こんな未来は望まぬと。
 何度血を吐きながら立ち上がっても自らの望む未来など来はしないと。
 いっその事ずっと戦いの中に身を置きたいと。
 だから、
 僕はある選択をした。

***

 病院のベッドの中目を覚ました狩谷はぼんやりと天井を眺めた。
 竜…聖銃に蝕まれた筈の体は此処に存在する。
 本当に消してしまいたかったのは世界ではなく僕自身だった筈なのにこうやって生きている。否、絢爛舞踏によって生かされた。
 ふと病室を見回すと、其処には意外な組み合わせのメンバーが此方を見ていた。

芝村・善行・岩田

 共通点を見出すなら『芝村一族』であるという事しか浮かばない。
 芝村は此方に気が付きゆっくりと歩いてくる。
「…気が付いたようだな」
「生きてるんだね。僕は」
「ああ。そなたの処分は我々に任せろ。戦友を守るぐらいの事は出来る」
 相変わらずの自信に溢れた笑いは生きているという実感を湧かせる。
 そんなに仲が良かった訳では無いが、『戦友』という響きが少し嬉しかった。甘い人達だと。世界を、貴方達すらも滅ぼそうとした僕にそんな言葉を吐ける事に正直感心した。
「貴方は新型幻獣に喰われ、絢爛舞踏の手によって無事生還した事になっています」
 善行の言葉から察するに、僕から彼に戦いを挑んだ事は黙っていろという事らしい。アレは『事故』だと。
 もう僕の体に『竜』は居ない。
 漠然とした感覚でしかないがそう感じた。たぶん絢爛舞踏の手によって本当に消されたのだろう。
 普通の人間として生きていくのかコレから。
 この世界で。

 突然開かれた扉に視線を向けると、其処には花束を持った絢爛舞踏…速水厚志が立っていた。
「…目を覚ましたようだね…狩谷」
 その顔に浮かべた微笑はどこか作り物のような綺麗過ぎるもので僅かに背筋が寒くなった。岩田が僅かに表情を曇らせるのが解ったが、彼は何  も言わずに速水に道を譲るとじっと彼の背中を視線で追っていた。
「…何故僕を殺さなかった」
「二人っきりの同胞じゃないか。化け物同士仲良くしよう」
 僕の表情が引きつったのを見た彼は、嬉しそうに笑い花束を僕に手渡した。
「…なんてね…本当はね、助けたかったんじゃないんだ。ずるいと思ったんだよ君一人で逝くなんて」
 思わず目を見開き速水の顔を見る。相変わらずの作り物のような笑顔。
「だってそうだろ?さっさとこの世界から逃げ出したかったんだろ?君が僕に倒されたら君はこの世界から逃げられるし、君が僕に勝ったら君はこの世界を壊せる…君はどちらに転んでも良かった筈だ…。死なせてやるものかって思ったんだよ。僕とて…この世界が厭で堪らないと言うのに…」
 急に笑えた。
 英雄の博愛主義のもとに助けられたのだと、哀れみで助けられたのだと思っていたのに。
 彼もまた世界に絶望していたのだ。君は本当に僕の同胞だったという訳か。
 速水の言葉に流石に芝村も驚きを隠せなかったようで、彼に怪訝そうな顔を向けると重々しく口を開いた。
「どう云うことだ速水」
「…言葉のままだよ。戦争が終ったら本当に幸せになれると思っているの?
 僕はね…戦争が終ったからこそ絶望しているんだよ。しかも…たった一人の力に依存した勝利など最悪の終わり方だ」
「…そなたは…望んで人外の存在になったのではないのか!!」
 怒鳴りつける芝村に向かって彼は微笑を絶やす事無く言葉を紡いだ。
「まさか。結果人外になっただけだよ。戦争を終らせるつもりなんてさらさら無かったよ。
 だって…戦争が終って叶う望みなど無いんだから。…戦争があったからこそ幸せで居られた事はあってもね」
 僅かに瞳を細めると可笑しそうに笑う。
「ねぇ芝村…戦争が終ったら用なしになる人たちはどうなるの?
戦場に送り出される為に作られた若宮は?幻獣と意思疎通を図る為に作られた東原は?足りない人員を補う為に此処に来た芳野先生は?行くところもなく前線に送られてきて仲間は?ねぇ…彼らはどうなるのさ。急に戦争が終って路頭に迷うのは僕が気に入ってたこの小隊のメンバーなんだよ…。コレでも戦争が終って良かったねって…いえるの?世界の選択は僕を選んだかもしれないが、僕はそんな世界は望んでない!」
 誰も口を開く事は出来なかった。
 厭な沈黙は病室を包み唯無駄に時は流れて行く。
「だから僕はこの世界を壊すよ」
「!?」
 一同が速水に注目し、更に言葉を失った。
「今の世界は僕に全面的に依存している。皆で勝ち得た勝利ならば或いは人はこの焦土から立ち上がれたかも知れない。
でもね…駄目んだ。一人の英雄に一度救われた人はそれに依存してしまう…。自ら立ち上がる事を止め、再び誰かが手を差し伸べるの待つだけなんだよ。直ぐに壊しても良いけど…少しだけこの世界を立て直してみるよ。それでもしも…誰かが自ら立ち上がればそれで良し。誰もが何時までもその焦土で助けを待つならば…僕はこんな世界要らない。…壊すよ」
 もしこの言葉を別の誰かが言ったのならば一笑されるだろうが、絢爛舞踏という最高栄誉を手に入れたこの男が言うと…本気としか取れない。
 望まぬ未来に絶望した男の望みは自ら手でこの世界を壊す事だった。
 人を救うHEROは助けられる事に馴れた人類にすら絶望していた。
「速水君…本気なんですね」
「無論だ善行司令。芝村も解体するよ。邪魔だからね。10年…それ以上は待てない。見せてくれよ戦う事しか出来ない第六世代の生き様を。この 焦土から如何に立ち上がるかを。そうだ、狩谷」
「?」
「君は歩けるようになるよ。だからその足で立ち上がって見せてくれ」
 そう云うとガラス細工のような微笑を浮かべて病室を出てゆく。
 多分彼はもう立ち止まらないだろう。
 あの時の僕と同じように。

***

「一つ聞いても良いですか?」
「…何?岩田」
病室を出た速水を呼び止めたのは意外にも、彼の言葉を終始無言で聞いていた岩田だった。
「それは貴方の意志ですか?それとも…」
「両方…かな」
 岩田の言葉の意味を察して速水は答える。
 自分の中に居る『誰か』を指しているのは明白だった。
 確固たる自信があるわけではないが、自分の中に別の誰かが居る事は漠然と解っていた。
 人格の一部となり、穏やかに自分を導いていた存在。
 岩田はそれを『介入者』と呼んでいた。
「…そうですか」
「可哀想な人だよ。どんなにこの世界を愛しても届かない。どんなに幸せを願っても結末は変わらない。どうせ自分の世界ではないのだから見捨ててしまえば良いのに…この人はね…縋ってるんだよ。君の言葉に」
「!?」
「『七つの世界にかけて』…それがこの人の拠り所なんだよ。だから永遠に戦場に立って居たいのを振り切って皆の幸せを願った。その結末がコレだ!あの人の望みは…血を吐きながら、泣きながら謳いつづけた希望の歌は滅びの歌にしかならなかった…」
「…」
「めでたし、めでたしなのか。この世界の選択は」
 史実と…本来来るべき未来と比べれば幾分ましであるだけだろう。
 戦う事しか出来ないこの世代は戦場で生きていく為に仕組まれた子供達。
 平和な世界で生きていける筈が無い。
 彼は、
 今までの戦場とは違う、新たなる戦場を作るつもりなのだ。
 自らを新たなる人類の敵として。
 武力で戦う事だけが戦争ではない。
「貴方の望みはなんですか?」
「…ささやかな幸せだよ。僕が大好きだった皆が生きていける世界が良かっただけ。それは…戦場にしかないって解っていたけどね」
 少し寂しそうに微笑むとその青い瞳を岩田に向け瞳を細める。
「…10年経って何も変わらなければ僕は世界も人も滅ぼす。だから…僕を殺しに来い岩田。君の最愛の舞姫を守る為に」

 例えばこの世界の無限反復が終らなければ彼はこんな選択をしなくても良かったのだろう。
 永遠にあの箱庭で彼は自らの望む世界で生きてゆけた。
 それが歪んだ世界であっても。

 幸せな世界が続いたばかりではなかった。
 幾度となく散り行く命を見ていた。
 幾度となく絶望する仲間を見ていた。

 新たなる世界を作る今は生みの苦しみなのだ。
 耐えられるだろうか、既にその痛みを捨て去ってしまった人々は。
 耐えられるだろうか、希望を持つ事も絶望する事も止めてしまっていた自分は。

「それが世界の選択だ」

 本来回避される筈の『青の魔王』としての覚醒は果たされた。
 今この瞬間に。

***

1999年
 人類の最高栄誉絢爛舞踏章を受賞した男は、一気に政治・経済の中央に乗り出した。
 大胆な改革は周りを驚かし、かつ、今までその中央にあった芝村までも解体された。
 青の速水と呼ばれたその男は強引とも思われる手段で焦土となった国を一気に建て直したのだ。

 それは彼の独裁政治の始まりだった。
 クローン研究に関する施設を直轄し、その技術は今まで以上に隠された物となる。

 芝村が解体された今彼の対抗勢力はなく、中央・速水に全ての権力が集まりつつある。

>>某小隊・旧斥候兵の手記
 人々は初めこそ彼を希望だと歓迎したが、その異常なまでの手腕と強引さに何時しか恐怖を抱きだした。
 彼一人によって立て直されたこの国は彼の物だと。
 国は確かに建て直されたかもしれない。
 しかし、我々はどうだ。
 豊かな生活は保障された。戦場で死ぬ事も無いだろう。だが、満たされる事は無い。
 あの男の監視下、傀儡として生きてゆくしかない。
 戦場で硝煙と血に塗れて戦っていた方がずっと良かったのではないか。
 生きる為だけに必死になっていたあの時、死と隣り合わせだったあの場所に我々は戦友と自ら望む未来を手に入れる為に立っていた。
 突如終った戦争は我々が望む未来さえ終らせてしまったのではないか。

 歩くのを止め、突如現れた英雄に全てを委ねた瞬間我々は自ら信じた物すら戦場に置き忘れてしまったのだ。

2001年
 既にその名を世界に轟かせる最高権力者・速水は何時しか魔王・速水と呼ばれるようになる。
 国土は完全に回復し、彼の力は海外にも及ぶものとなりその地位を不動の物とする。
 また、
 独裁政治は確固たる物となり、中央のには誰一人として意見を出せるものは居なくなった。

2004年
 魔王速水に反抗する勢力が現れた。

 彼等は旧芝村勢力とも言われたがその詳細は不明。
 直轄研究所を中心にゲリラ的にその活動を繰り返すが、死傷者はゼロ。
 最も有名なのが全て中央に掌握されていた旧時代に作られた固定年齢クローンの研究資料略奪である。
 その資料には現時点で30年とされる固定年齢クローンの耐久を大幅に引き上げる…否、固定年齢解除の研究成果が書かれているとも言われてい たが詳細は不明。

>>中央研究所・第3次報告書
 本来精神が不安定で長くは持たないとされていた固定年齢クローンは根本的に造りが違うとされていたが、身体的構造は他のクローンとは類似したもので、其処に人工的に生物独特の老化細胞を打ち込む事により身体的には何ら他のクローンと変わらない物とする事が試験的に成功。
 今まで耐久年数まで生き延びた例が見られないのも極度のストレスによる精神崩壊であると報告される。
 後の課題は、不安定な精神構造を如何にして安定させるかが課題となる。

2009年
 政治・経済・軍事の面で少しずつ力を蓄え、民間にまでシンパを増やしていった対抗勢力が遂にその旗を中央に掲げる。
 魔王速水の失脚である。
 速水は中央を追われ失踪。
 今まで彼に握られていた権力は一時的に対抗勢力の初期メンバーであった者達に委ねられるが後に新たなる政治体制の元に返される。
 誰一人として彼等は中央に残らなかった。

>>革命軍参加の某記者の手記
 黒猫の旗を掲げた彼等の中心人物は壇上に立ち静かに笑った。
「現在の体制が敷かれているの決して奴の所為だけではない。我々も愚かだったのだ。従う事に馴れ、自ら考える事を放棄した報いだと私は思う。…我々は焦土となった土地からこの勢力を立ち上げた…初めは20人程の小規模な陣営だっが、それでも…嘗て戦場で見出した希望の種を忘れぬように…自ら足で立ち上がれるようにと…。忘れるな!そなたたちがあの焦土で望んだ未来を!希望の種はあの焦土に既に蒔かれている!しかしそれは自ら意志で立ち上がった者達の為に芽吹くものなのだ」
 演説が一段落すると、何処からともなく声があがった。あの絢爛舞踏に勝てるのかと。
 壇上の女性は静かに笑った。
「ならばそなたは此処で何時までも蹲っているが良い。それもそなたの選択だ。しかし自らの意志で立ち上がれなかった者に希望などありえない。再び誰かの作った世界で絶望でもしてるが良い。本当に変わるべきは世界ではなく人だ。人が変われば自ずと世界は変革される」
 彼女の後ろに控えていた男がゆっくりと前に出ると丸眼鏡を上げ良く響く声で言葉を発する。
「…今はこれほどの規模に勢力は膨れ上がりましたが、我々が必要とするのは自分の手で未来を勝ち得ようとする者だけです。
仮令、彼に勝てないからといって我々から反離しても誰も責めはしません。我々は最後の一人になっても銀剣を振るって戦うだけです」
 選択の時だと暗に言う。
 このまま蹲るか。
 それとも立ち上がるか。
 見失ってしまった希望の種を探す為に。
「何もせぬよりは良い」
 壇上の女性はそう一言言うと、まだ迷う大衆を尻目に踵を返すとゆっくりと階段を下り自らの…恐らく迷う事など無いだろう同胞から黒いラインの入った白い制服を受け取る。良く見ると、この大衆の中20人程だけが同じ制服を羽織っていた。彼等の掲げている黒猫のエンブレムの入ったその制服は恐らくこの勢力を立ち上げた初期のメンバーのみが着ているものなのだろう。
「明日中央を落とす。来たい者だけ来い。我らが望むのは戦場に蒔いた希望の種が芽吹くことだけであって権力など望んではいない。それを覚えておけ」

 革命を起す者は大概にして権力を握った時点でその身を滅ぼす。
 彼等は、
 権力が欲しくて立ち上がったのではない。
 ただ、あの戦場で見た未来を勝ち得るために立ち上がったのだ。
 戦う事しか出来ない第六世代は…世界を次の段階に導く為に変わらなければならないのかもしれない。

 翌日。
 彼等はその旗を中央に掲げる。
 速水は自ら全ての権力を彼らに委ねる事を宣言し後に失踪。
 ある程度まで体制が整うと彼等はその権力を全て手放しそれ以降彼等の名前は聞かなくなった。

 後に、
 黒猫のエンブレムは熊本で活躍した某小隊の物だと解る。
 恐らく彼等はその小隊の生き残りだったのだろうか。今となってはそれすらも知ることは出来ない。

***

 桜の咲き乱れるその地は全てが始まった場所。
 男はゆっくりと古ぼけたプレハブ校舎を眺めながらその側にある、桜の樹の下に歩いて行った。
「お帰り。速水」
「…ああ。歩けるようになったんだね」
 其処に立つのは嘗ての同胞…狩谷だった。
 昔のイメージが重なるのは彼が5121小隊の制服を着ていた所為で、彼が2本の足で立っている事に少し違和感を覚える。
「1年近くかかったよ。岩田の怪しげな器具のお陰で何とかなってるけど…結構大変だったよ」
「…長かったね此処まで来るのに」
 速水は懐かしそうにプレハブに目をやると懐かしそうに笑う。
「無論知ってると思うが…速水…軍事面では善行、政治面では芝村、研究施設は岩田が掌握した。もう直ぐ中央は落ちるだろう」
 ニャンと足元で声がしたので速水は狩谷の声を聞きながら足元に視線をやる。
 其処に居たのは嘗てこの地で一緒にいた猫だった。相変わらず赤いチュニックを着ていて、それを速水に摺り寄せる。
 速水は笑うとその大きな猫を抱きかかえ頬擦りをする。
「…如何して僕が此処に来るって解った?」
「此処が僕達が帰りたいと願う場所だから」
 狩谷は僅かに瞳を細めると眼鏡を上げる。
 此処に狩谷を寄越したのは岩田だった。
 中央制圧という大事を前に不本意ではあったが、『恐らく速水君は其処にいます』と云う一言で中央から此処まで飛んだ。
 速水は少し困った顔をするとポケットから携帯電話を取り出し、権力を全て手放す旨を相手に伝えると一方的に電話を切ってそれを投げ捨てた。
「…大掛かりな作戦だね。人の意識改革か…」
 岩田に聞かされた本当の速水のやりたかった事、それは人の意識改革だと。
 単なる独裁者なら何故固定年齢クローンの研究を続けていたのだ。戦争が終った今必要ない技術なのに。
 アレは、
 嘗ての同胞を救う為の研究であり、我々がそれを手に入れることは計算済みだったに違いない。
…滅ぼすつもりはなかったのだろう。世界も人も。
 人を焦土から立ち上がらせる為に君はあえてこの選択をした。
「岩田がそう云ったの?…やっぱり彼には適わないなぁ」
 青い瞳が僅かに伏せられる。
「…その君の意志を知って僕らは此処から立ち上がった。誰一人欠ける事無くあの時のメンバーのままこの部隊を立てたんだ」
 初めはあの病室にいた4人だけで中央に行った速水の意志を汲み、人々の意識改革を進める計画を練った。
 変わらねばならないのは世界ではなく人だと。
 道は違えど求めるものは同じなのだ。我々も速水も。
 5121小隊が戦争の終焉と共に解体されると同時に計画は静かにスタートを切った。
 善行が小隊のメンバーに事の終始を話、もしも参加する者がいるのならと云うと全員が参加を決意した。
 一人で世界を背負わされ、それでもなお人を救おうと戦う事を決めた仲間の為に。
 如何して安穏と生きて行けよう。
 魔王の仮面を被り鮮血で染まった道を歩もうとしている友がいるというのに。
「…作戦終了だよ速水。ご苦労様…長い…戦いだったね」
「僕を殺さないのか?」
「…まさか…二人っきりの同胞だろう?」
10年前。全ては多分この言葉から始まった。
「…」
「二人っきりは間違いだな…小隊のメンバー全員が君を仲間だと思ってる」
 狩谷の言葉に速水は大きく瞳を見開くと少し笑う。
 一人で10年間孤高の場所に立っていられたのは…多分彼らに期待していたんだろう。仲間を。
 腕に抱いた猫の首元に顔を寄せると速水は穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
「聴こえる?岩田」
 猫にマイクを仕掛けてあるのは10年前から変わらなかった。
 スピーカーはついていないので一方的に話す事になるがそれでも構わなかった。


『…感謝してる。皆に』
 速水からの声が聞こえたので、今までは岩田にのみ聴こえていた音声をスピーカーに流すと中央攻略から帰ってきたばかりのメンバーは声のほうを向く。
「速水君!?」
 善行が思わず声を上げると岩田は人差し指を立てて口元へ持ってゆく。
『…まだ仲間だと思ってくれてて有難う。世界は君達を選んだ…だから…君達の作った世界で幸せになって。それと岩田…僕は一足先に向こうへ行くよ。君の言葉に偽りが無いのなら…世界を超えて『あの人』に会いに行くのだろ?…運が良ければまた会おう』
 そこでスピーカーは沈黙する。
「あっちゃんは…違う世界に行くの?」
 栗色の髪をした女性が上目遣いに岩田の方を見る。
 すると岩田は少し困った顔をして子供にするように優しく彼女の頭を撫でる。
「ええ…もうこの世界は彼を受け入れる事が出来ないんです…。絢爛舞踏の行く末は…新たなる世界なんですよ」
 誰もが解っていた事だ。
 絢爛舞踏は必ず失踪すると。それは、この世界で人として生きられなくなった者の定めだと。
 自分を受け入れる事の無い世界だと知りながらも、それでも尚仲間の幸せを望んだ彼がせめて新たなる世界で幸せであるようにと祈らずにはいられなかった。
 我々はコレからそれぞれの道を歩むであろう。
 しかし、永遠に我々の心にはあの旗が掲げられる。
 自らの歩んできた道を忘れぬように。自らが見出した未来を見失わぬように。


「餞別だ。持っていけ」
 猫を地面に下ろした速水に狩谷が投げたのは黒猫の旗だった。
 ずっと昔、僕たちはこの旗の下に集った。
 あの時戦場に蒔かれた希望の種は漸く芽吹いたのだ。…10年掛かって漸く春は訪れた。
 『あの人』は…もう泣かなくて良いだろうか。
 10年前自分の中から消えた遠い世界の住人を思う。
「…君は生きて行けるね、この世界で。…あの時君を殺さなくて本当に良かったと思うよ」
 大事そうに旗を抱くと速水はゆっくりと桜の樹の側を離れた。

 無意識の内に速水の背中を追う視界が歪んだ。
 ああ…馬鹿な奴だ。
 絶望の淵に立ちながらもそれでも尚、人を導いたHERO。
 僕は…嘗て剣を交えたその同胞の為に生まれて初めて心の底から泣いた。


>>あとがき

 お断りとして、世界の謎に関してはかなり総無視となっております。
 いえ、今更なんですが(苦笑)

 この話は大分前から考えてたんですが、色々あってポシャってました。SランクEDがめでたし、めでたしだと思ってる方には実に何じゃコリャな話だと思うんですが、コレは私の個人的な思考の問題なんですよね。…だってあのEDだと舞と若宮が清掃会社作れねぇし…(鼻水)シュミレーターの中では到達できない話でしょ清掃会社は…。
 だからあえて、第五世界はループしていると云う設定の元で話を書きました。
 …ああ…でも清掃会社は欠片も出てませんね。きっと彼等のアジトが各地の清掃会社なんですよ(微笑)

 実に後味の悪い話を書いたなぁと思いながらも、今までずっと避けてた絢爛舞踏話を書けてちょっと清清しい気持ちになりました。
 あそこで戦争が終って本当にめでたし、めでたしなのかという、自分の中の疑問をなんとかしうと思ってたんですが、どうにもこうにも疑問は深まるばかりですな(笑)竜を倒すまでが介入者の出来る事でそれ以降は我々には如何する事も出来ないという絶望の元、介入者の意志をついだ速水が本当の終戦まで導く話と相成りました。

 この話EDは2つ用意してました。
 でも、どんな形でも全員生かそうと思い直しこのEDで行きました(誰が死ぬ予定だったかはあえて…解りきってますが)

 …実にどうでも良い話なのだが、対抗勢力の彼等は活動中は例の制服を羽織っていた訳ですが(新選組の様だ・笑)先輩どうしてたんでしょうかねぇ。新しく作ったのかしら(笑)岩田とかさ。

 しかしアレですね。速水と狩谷が仲良さげに喋ってる姿に違和感を抱くようになった時点で既に王国ループ中毒かしら(爆)

 それではまたお目にかかれれば、そりゃぁもう、奇跡かも(笑)