*蜃気楼弐*
もうどれくらい厚樫山を回っているのだろうか。余りにも長すぎて日記に書くのもすっかりやめてしまった蜂須賀虎徹は、側に立つにっかり青江に声をかけた。
「刀装はどれくらい残っているんだい?」
「盾兵二人かな。あと二戦は行けると思うけど」
「……一戦して帰還しよう」
その名の通りにっかりと笑い言葉を放った彼を眺めて、蜂須賀虎徹は呆れたように言葉を零した。それでも脇差である装甲を考えればにっかり青江は必死で食らいついてきている方である。練度が十分ではない彼を断腸の決断で厚樫山に投入した審神者の事を考えれば、最低丸裸にされても無傷で帰らねばならい。
どうしてもあと一本が揃わない。
国宝と謳われた三日月宗近。
彼の眠る場所に出来るだけ多くたどり着くにはどうしても脇差の力が必要で、散々審神者は悩んだ挙句、とりあえず行く気はあるかとにっかり青江に問うたのだ。
当然のように彼はにっかり笑い戦場に身を投じた。そして、短刀である小夜左文字もまた、ある程度の練度を積めばこの場所に送り込まれる事が決まっていた。
慎重派で、刀剣に傷が入るのを嫌がる審神者は、資材を湯水のごとく放出し刀装を彼等に積む。それでも今のにっかり青江が三日月宗近の眠る場所にたどり着けるのは五分五分で、危ないと思ったら、蜂須賀虎徹が撤収を決める。
薙刀の岩融や、大太刀の次郎太刀、太刀の山伏国広、槍の蜻蛉切等は、蜂須賀虎徹と共に練度を重ねているのでまだ余裕はあるが、にっかり青江はいつもかつかつである。いくら機動性はあると言っても装甲の低さはどうしようもない。
「カカカカ!それもまた修行!」
脳天気な山伏国広の声と、咽喉で笑う岩融。酒に口をつけながら、がんばろーか!と笑う次郎太刀。毎日毎日同じ所を回っていれば流石に余裕も出てくるわけなのだが、油断も出てくる。
「……空気が変わった?」
ボソリと呟いたのは蜻蛉切で、蜂須賀虎徹はにっかり青江から視線を外し、辺りを見回した。
空気が震え、一同時間遡行軍の襲撃かと構えるが、そこに現れたのは遡行軍の首をぶら下げた、異形の集団であった。
完全武装のハイキング(にっかり青江を除く)状態であった第一部隊が戻ったのを出迎えたへし切長谷部は、その面々の様子に慌てて審神者を呼びに行く。
せいぜいにっかり青江が擦り傷程度だろうと、手入れ場の準備もされていたのであるが、各々刀装は剥がれ、ある者は怪我をし、ある者は担がれて帰ってきたのだ。
「虎徹ちゃん!」
へし切長谷部と共に手入れ場に飛び込んできた審神者を見ると蜂須賀虎徹は長い髪をかきあげ、俯き詫びた。
「すまない主」
「……いえ、私のせいです」
審神者の言葉に側にいたへし切長谷部は不思議そうな顔をしたが、手入れ部屋にぶちこまれた面々は、審神者の顔を凝視する。
「長谷部さん。申し訳ありませんが、遠征組が戻ったら待機でお願いできますか?あと、出来るだけ本丸にいるように言っておいてくださいね」
審神者の言葉に神妙な顔でへし切長谷部は頷くと、早足に手入れ部屋から出て行く。それを見送り、審神者は深々と頭を下げた。
「全員戻ってきてくれて有難う御座います」
いつもの間延びした口調はどこに行ったのか、真面目な審神者の言葉に蜂須賀虎徹は思わず唇を噛んだ。油断したのは自分だと。あの場所で引き返していれば良かったのだ。けれど過信した。油断もあった。現場での全判断は己に任されているというのにと。
「……実は別に審神者から連絡ありまして、歴史遡行軍とは別の敵に襲われたという話を先程聞きました」
演習で知り合い、何人かの審神者と連絡を取り合うようになった彼等の主が聞いたのは、第三勢力の存在。政府からはまだ何も連絡はなかったが、運悪く知り合いの審神者がソレとバッティングして完封されたと言う話を聞き、審神者は顔を青くした。そして血相を変えて飛び込んできたへし切長谷部。
とりあえず誰一人欠けることなく帰ってきたわけなのだが、一体第三勢力が何なのか情報を待たねば動きがとれない。そう判断し審神者は遠征組も戻り次第待機するようにと指示を出したのだと。
「手入れしながらで構いませんからお話聞かせてください」
第一部隊が全員手入れ部屋にぶちこまれたという話が伝わり本丸はにわかに騒がしくなる。蜂須賀虎徹の代わりに、本丸を忙しく走り回っているへし切長谷部を捕まえ、長篠から戻った太郎太刀は詳しい話を聞こうと言葉を発するが、へし切長谷部は首を振る。
「済まない。俺も詳しくは聞かされていない。ただ、小夜左文字の厚樫山出陣は無期延期との事だ」
「無期延期ですか?いえ、彼の練度を考えれば安全策としては問題ないのですが……」
小夜左文字の練度を積むために毎日石切丸と共に彼と出かけていた太郎太刀は形の良い眉を寄せた。元々審神者は三日月宗近捜索の為に編成を変える事を決めたが、にっかり青江の現状を考えて小夜左文字に関しては更に装甲が低いということもあり、三日月宗近捜索部隊に入っていない大太刀二名に十分練度を上げてやるように頼むとと頭を下げていたのだ。
元々慎重派の審神者がさらなる安全策を取ったとしてもおかしくは無いのだが、怪我どころか、刀装を剥がして帰ってくる事自体稀な次郎太刀まで手入れ部屋に担ぎ込まれたとなれば、心配もする。
「……ともかく、暫く待機との命令だ」
不安そうな小夜左文字が太郎太刀の着物の裾を握りへし切長谷部を見上げる。それに対し、へし切長谷部は表情を変えることはしなかったが、太郎太刀は小夜左文字の頭に手を置いて、待とうか、と言葉を零した。
「主」
手入れ部屋から出てきた審神者に長谷部は声をかけた。命令通り他の者達に待機命令を伝え終わったのだ。そして手渡されるは政府から配布された端末。ピカピカとメッセージが来ていることを知られる明かりが灯っており、審神者は露骨に舌打ちをして言葉を零した。
「全くもって度し難いほどの怠慢だ。遅すぎる」
それが自分に向けられた言葉ではなく、政府に向けられた言葉だと解っていても、普段の審神者からは想像できない言葉にへし切長谷部は思わずぎょっとした。その空気に気がついたのか、審神者は少しだけ黙ったのち、笑って端末を受け取る。
「有難う御座います〜。虎徹ちゃん達の手入れが終わったら色々皆さんに説明しますから、もうちょっと待ってて下さいねぇ」
間延びした口調にへし切長谷部は、いつもならやる気があるのかと苛立ったりもするのだが、今日に限って言えば酷く安堵した。
「長谷部さんも少し休憩していてくださいねぇ。あと、私のお部屋には呼ぶまで誰も入れないで下さい」
「蜂須賀虎徹もですか?」
「……虎徹ちゃんが出てくる頃には多分呼びますよ〜」
ひらひらと手を降って審神者はへし切長谷部の側を離れて部屋へと向かう。それを見送った彼は、僅かに瞳を細めて己の手のひらを眺めた。手袋が僅かに湿る。戦場に出た時と似た緊張感から漸く開放されたのを自覚して、大きく息を吐き出した。
「という訳で、政府は謎の第三勢力を検非違使と名づけたものの、詳しいことはまだわかりませんので、とりあえず編成を変えて色々対応して行くことになりそうです〜」
あつめられた面々にそう言葉を放つと、審神者は資料の打ち出された紙を眺め、僅かに顔を顰めた。
「とりあえずですが、小夜君に関してはもう少し太郎さんと一緒に練度上げることにしますねぇ。で、第一部隊に関しては後日再編成の内容を通達します。なお、質問はされても資料が足りなくて私にも良く分かりません。ただ、敵の敵が味方というハッピーな状態にはならなかったという残念なお知らせと受け取っておいて下さい」
第一部隊のしかめっ面を眺め、短刀たちは震え上がった。練度の一番高い面々も苦渋を舐めた敵が現れたのだ。審神者は自分たちに無理はさせないと解っていても、矢面に立つ刀剣達は大丈夫なのだろうかと心配になったのだ。
「……で、もう一つの知らせは、その検非違使達がどうも貴方達のお友達を確保しているらしいという話です。なので、できればお会いしたくない敵なんですけど、三日月宗近さんの捜索と平行して討伐部隊も組むことになります〜。お友達が増えるよ!やったね!」
へらへらと笑いながら言う審神者を眺め、蜂須賀虎徹は少しだけ笑って、頑張ろうか、と小声で言葉を放った。それを聞いて、審神者は少しだけ困ったように笑う。
「皆さんに苦労かけますが、よろしくおねがいしますねぇ」
いつもなら今後の方針を相談するために部屋に呼ばれる筈なのだが、一向に呼ばれないことに蜂須賀虎徹は落ち着かない時間を過ごした。一番最初に審神者に選ばれたのもあって、近侍として常に審神者の側にいた。一番信頼されてるのだと思っていた。けれど今回の失態である。流石に蜂須賀虎徹でも落ち込む。
「……はぁ」
思わず零れたため息を聞いて、側にいたにっかり青江は目を丸くした。
「流石に今回は堪えたね」
その言葉に蜂須賀虎徹は、同意し、天井を仰いだ。
「主も呆れたかもしれない」
そしてまたため息。苦笑したにっかり青江は、ちらりと奥の部屋に視線を送った。篭ったまま出てこない審神者は何を考えているのだろうか。ぱっと見はのんびりとしていて、割りと楽観的に見えるが、慎重派である。とらえどころのない主だとぼんやりとにっかり青江は思っていたし、その審神者が誰も寄せ付けず何を考えているのか興味もあった。
蜂須賀虎徹が留守中の時は、べったりと審神者に張り付いているへし切長谷部も、いつもと雰囲気の違う主の姿に戸惑った様子で、ウロウロと部屋の中を歩きまわっている。それを眺め、にっかり青江は苦笑すると、座れば?と声をかけた。
すると彼は、しかめっ面をして、奥の部屋に視線を送った後に口を開く。
「蜂須賀虎徹の手入れが終わるまでには呼ぶと言っていた」
「考え事が長引く事だってあるだろうに」
呆れたようなにっかり青江の言葉に、彼は更に眉間の皺を深くし、漸く座った。
それからどれくらい経っただろうか。
ヘラヘラと笑いを浮かべた審神者が奥の部屋から出てきて、蜂須賀虎徹を見つけると、お茶お願いします、と笑った。
「いや、構わないけど……俺の淹れるお茶は……」
蜂須賀虎徹が思わず渋ったのは、自分で飲んでもどういうわけか不味いからである。にっかり青江やへし切長谷部の方が上手に淹れる。けれど審神者は、それがいいんです、と言い次いでへし切長谷部に言葉を放った。
「すみません、あと……誰だっかな、和泉守さんと、堀川君と、大和守君、加州君呼んで下さい」
メモを見ながら読み上げられた名前を聞いて、にっかり青江は少し眉を上げた。蜂須賀虎徹は既に茶を淹れに行ってその場にはいなかったので、彼は遠慮無く口を開く。
「新選組の子だね」
「そうですよ〜新しい子が見つかったって知り合いの審神者から連絡ありましてねぇ。問題は……虎徹ちゃんなんですけどねぇ。にっかりさんは兄弟いますか?」
その言葉ににっかり青江は肩をすくめて返事の代わりとする。それを見て審神者は苦笑し、へし切長谷部は漸く何故彼等を呼ぶのか理解した。
呼ばれた面々は審神者の前に座り、落ち着かない様子である。審神者は審神者で、書類を捲りながらお茶を飲み、再度確認するように面子を眺めた。
「主。俺は出て行ったほうがいいのかな?」
「あ、座ってて下さい」
お茶を持ってきた蜂須賀虎徹は審神者の言葉に少し驚いたような顔をして、そのまま座った。
「後で他の面々にはお話するつもりなんですけど、とりあえず関係ある人からお話しておこうと思いまして」
「なんだよ、改まって」
面食らったような和泉守兼定の言葉に、堀川国広は小声で、兼さん、と窘める。
「はい。実は例の検非違使の確保してる刀なんですけどね、知り合いの審神者からの連絡で、長曽祢虎徹と浦島虎徹だと判明しました」
ざわり、と場の空気が変わったのは、長曽祢虎徹が新撰組局長の刀であったからである。そしてそれと別の意味で殺気立った蜂須賀虎徹。贋作だと蔑む兄刀とまた顔を合わせるのが不快だったのだろう。新選組と縁のある面々の前であったために、口には出さなかったが、出来ることなら未来永劫主の手に取ってほしくない刀であった。
「ただ、かなり本格的に討伐しないとてにはいらないようなので、三日月宗近さん探索隊とは別に検非違使駆逐隊を作ります。多分本能寺なんて目じゃないぐらい飽き飽きする作業になると思いますので、よろしくお願います」
「僕達がメインで部隊結成するってこと?第一部隊がボコボコにされたのに?」
加州清光の言葉に、審神者は、そこなんですけどねぇ、と更に言葉を続けた。
「ちょっと試験的にやってみたいことがありまして。虎徹ちゃん以外の面々は、大体練度同じ位なんで、他の似た練度の方と組んで検非違使討伐に行ってみてください。虎徹ちゃんはこれから言うメンバーで第一部隊を率いて同じく三日月宗近さん探索がてら検非違使に会ったら一戦交えてもらいます〜」
渡されたメモを見て、蜂須賀虎徹は僅かに息を吐いた。
「大太刀二本編成かい」
「蛍丸さん慣れないでしょうから助けてあげて下さいね。岩融さんはちょっとお休みしてもらいます。検非違使と相性悪いみたいなんで」
申し訳無さそうな審神者に言葉に蜂須賀虎徹は頷く。確かに岩融の攻撃が全く通らなかったのだ。火力的には申し分ない。現在蛍丸は毎日暇そうにしているのだから遊ばせておくよりはいいし、石切丸と太郎太刀では練度の差がありすぎる。無難な選択だと思いながらも、更に蜂須賀虎徹は口を開いた。
「俺達はともかく……彼等は大丈夫なのかい?」
お世辞にも練度が高いとは言えない新選組の刀剣たち。本人たちもそれを自覚しているのか、やる気満々の和泉守兼定以外の面子は不安そうにしている。
「それなんですけどねぇ。試験的にと言ったのは、検非違使の練度が、どうも我々に合わせてきているのではないか、という話が他の審神者の間にありましてね」
「へぇ」
「要するに、部隊内にいる一番練度の高い子に合わせているのではないかと」
だから新選組の面子は練度の近い面子と組んで検非違使討伐に出てみて欲しいと審神者は言ったのだ。
「詳しいカラクリは分かりませんけどね。試してみて違ったら他の方法考えますし。とりあえず一戦だけお願いします」
「諒解した!」
やる気満々の和泉守兼定と、若干安堵した面々はそのまま部屋を出て行く。それを見送った蜂須賀虎徹は、メモを再度確認し、立ち上がろうとした。
「あ、岩融さんと蛍丸さんには直接お話するんで呼んでもらえますか?あとですねぇ」
「なんだい?」
「……まぁ、私の収集癖は病なんで諦めて下さい」
贋作である兄を厭う気持ちは矢張りあったが、審神者に言葉に思わず蜂須賀虎徹は笑う。この人ははじめに虎徹の名前しか知らなかったから己を選んだのだ。しかも、覚えていたのは近藤の刀であった贋作の兄。今思い返せば最悪であるし、それは自分ではないと言いたかったが、自分を大事にしてくれている。
「仲良くは無理だよ。けど、主が欲しいというならへし折らず連れて帰る」
「虎徹ちゃんは大人ですねぇ」
「病なんだろ?本能寺を延々燃やして、厚樫山を延々彷徨って、今更じゃないか」
「長曽祢虎徹という。贋作だが、本物以上に働くつもりだ。よろしく頼む」
苦虫を噛み潰したような蜂須賀虎徹とは逆に、おー、と脳天気な声を上げて蛍丸は拍手をする。
「……思ったより早く迎える事が出来ましたね。主もきっとお喜びになる」
蜻蛉切の言葉に一同頷いたのは、蛍丸以外の面子は厭というほど厚樫山をグルグルと探索していたからである。大太刀二本編成でなんとか検非違使を捌けると判明してから、そう戦いは重ねていない。
「にっかり青江。刀装はどれくらい残っているんだい?」
「盾兵が三名。あと二戦は行けるよ」
「帰還しよう」
笑いながら返答したにっかり青江の言葉に、蜂須賀虎徹は僅かに首を振るとそう決定した。折角新しい刀を手に入れたというのに、折れてしまっては主は悲しむだろう。どうせなら浦島のほうが良かった、そう考えながら蜂須賀虎徹は一同を率いて本丸へ帰投した。
多少の負傷があったものの、一回目ほど酷い状態ではない。蜂須賀虎徹は瞳を細めると、無傷で元気にしている蛍丸に声をかけた。
「済まないけど、コレを主の所へ。俺は手入れ部屋に行ってくる」
「りょーかい」
のほほんとした蛍丸に連れられ、長曽祢虎徹は戸惑ったように本丸を歩き、残った面子は忍び笑いをする。
「コレはないんじゃない」
呆れたように声を次郎太刀が上げたのは、彼が太郎太刀と比較的兄弟仲が良好であるからだろう。それに対し蜂須賀虎徹は、僅かに眉を寄せ、そうだね、と否定とも肯定とも取りにくい返答をし、ついっと手入れ部屋へ向かう。
つんけんした態度にも見えたが、元々贋作を嫌っているのを知っているだけに、次郎太刀も深追いはしない。
「まぁ、へし折らなかったのを褒めるべきだったんじゃないかな」
にっかり青江に言葉に、残った面子は思わず吹き出した。
「よろしく頼む」
深々と頭を下げた長曽祢虎徹を眺め、審神者はじっと暫く彼を眺めた後に、瞳を細めた。
「こちらこそ。苦労をかけると思いますけどよろしくお願いしますね〜」
脳天気で間延びした返事に長曽祢虎徹は驚いたように顔を上げたが、蛍丸は、にっしっし、と笑っただけであったので、これが通常通りなのだろうと判断して、恐る恐ると言ったように口を開いた。
「それで……蜂須賀の事ですが」
「虎徹ちゃんですかぁ?何か問題ありました?」
「いや、その……俺を毛嫌いしているからな……審神者に面倒をかけるかもしれん」
蜂須賀虎徹が虎徹ちゃんと呼ばれている事に少し驚いた表情を作った長曽祢虎徹であったが、そのまま言葉を続ける。それに審神者はなんら不信感を持った様子もなく、はいはい、と軽く返事をした。
「虎徹ちゃんは大人ですから大丈夫ですよ」
「はぁ……」
あの蜂須賀虎徹が?と一瞬思ったが、出会った時心底厭そうな顔はしたが、自分をへし折ろうとはしなかった。好き、嫌いは別として、この主の元で、最低限の接触であろうが一緒にやっていくつもりはあるらしい。そう考えると、大人なのかもしれないと長曽祢虎徹は思い直す。寧ろ、嫌われていることをこちらから持ち出す事のほうが大人げない、そう考え長曽祢虎徹は再度、審神者に頭を下げた。
「まだここにはいない浦島共々、よろしく頼む」
「はい。浦島虎徹君も楽しみですねぇ。あと、新選組の子達が貴方が来るの楽しみにしてたんで、挨拶してあげて下さいねぇ」
審神者の言葉に長曽祢虎徹は表情を明るくする。本丸に来るまでに、他の刀剣もいるとは聞いていたが、まだ会っていなかったのだ。ちらりと審神者の顔を眺めた蛍丸は立ち上がると、それじゃ案内する、と短くいい長曽祢虎徹に退出を促した。
「あ、蛍丸さん」
「うん。しぶーいお茶?持ってこさせるよ」
「はい、お願いします」
審神者の言葉に、蛍丸は笑ってそう返答する。随分意思疎通がよく出来ているな、と長曽祢虎徹は感心したが、蛍丸は僅かに首を傾げた。
「主はね、しぶーい、まずーいお茶好きなんだ」
「そうか。覚えておく」
「……きっとこれから嫌でもそんな光景見るよ」
忍び笑いをしながら蛍丸は長曽祢虎徹を引き連れて部屋を出て行った。
暫くすると、蜂須賀虎徹がお茶を持って部屋に入ってくる。それをちらりと横目で見ると、審神者は、有難う御座います、と言葉を放ちまた政府から配布された端末に視線を落とした。
蜂須賀虎徹は退出することなく、その場に留まり審神者を眺める。
「……長曽祢虎徹さんは大きいですねぇ。太刀じゃないんですか?」
「一応打刀だよ。体の大きさで刀剣の大きさが決まる訳ではないし、蛍丸もいる」
「あ、そうですねぇ。まぁ、頑丈そうですし、とりあえず暫くは岩融さんの引率で練度上げて貰いますね」
厚樫山の探索部隊から外れた岩融は今練度の低い面子を、検非違使の目をかいくぐりながら引率している。それに混ぜるのだろう。
「後は浦島虎徹君ですねぇ。しっかし、小狐丸さんといい、長曽祢虎徹さんといい、レア度が高い面子のうち片方は割りと早く手に入るけど、もう片方が手こずるって変なジンクスできなきゃいいですけどねぇ」
渋い顔を審神者がしたのは、小狐丸とほぼ同時期、そしてほぼ同難易度と言われている三日月宗近の入手に手こずっているからであろう。小狐丸に至っては、何にも考えずに鍛刀をした時に偶然招くことが出来たのだ。以降、絵馬を使っても、何度厚樫山を巡回しても、お目にかかることはない国宝・三日月宗近。
「主が探すのをやめなければいつかめぐり逢えるんじゃないか?」
「そうですねぇ。頑張りましょうか」
そう言うと審神者は渋いお茶に漸く口をつけた。
「……不味いだろ?」
「私は嫌いじゃないですけどね」
一体何が悪いのか。驚きの不味さで出来上がる蜂須賀虎徹のお茶を飲むのは審神者だけであった。時折招かざる客出されることはあるが、蜂須賀虎徹自身も余り飲まない。それでも、初めての頃よりはましになったのだ。たまに他の面子がお茶を入れているのを眺めて、蜂須賀虎徹なりに、色々と試してみている。あぁ、今度あの贋作を実験台にしてやろう、そんな事を考えながら、蜂須賀虎徹は審神者を眺めた。
「どうかしましたか?」
「いや。……アレは虎徹ちゃんと呼ばないんだね」
「虎徹ちゃんは虎徹ちゃんだけですよ。どうしようかとも思ったんですけどねぇ、まさか三兄弟とは思わなかったんで」
「言ってなかったかい?」
「まぁ、藤四郎君達には負けますけどね」
「あれは多いね」
あれほど嫌だった虎徹ちゃん呼びは慣れてしまった。慣れてしまったのもあって、もしも自分が他の兄弟刀達の様に蜂須賀呼びになったらどうしたものかと少し考えていた蜂須賀虎徹は少し安心したように笑った。
「私が一番最初に選んだ刀は虎徹ちゃんですよ」
「うん。そうだね」
しがらみもあった。贋作が嫌いだと言う気持ちも未だにある。けれどこのどうしようもない主と共に歩んでいきたい気持ちも大きい。
「主」
「なんですか?」
「浦島を早く迎えたいね」
「そうですねぇ。実は知り合いに審神者のところにはザクザク発見報告があるんですよねぇ。どうも長曽祢虎徹さんの方が難易度高かったらしくて」
「そうなのかい?」
「ええ。だからきっと大丈夫ですよ」
笑った審神者を見て、蜂須賀虎徹もつられて口端を緩めた。
虎徹ちゃんと審神者と贋作
20150613