*同音異義*

「姫さんは桜が好きなんだっけ?」
「桜も、藤も、紅葉も、椿も皆好きよ。花を愛でてお酒が飲めるなんて最高だと思わない?」
 三味線を抱えて笑った女に全蔵は苦笑した。全蔵の雇い主であるカグヤは元攘夷志士で、高杉が溺愛する女であった。攘夷戦争が終わり、刀を置いて、三味線で商売を始めたカグヤであったが、高杉は昔に逃げられた女を忘れられないのか、いまだに彼女を攫いに来る。そして彼女はそこから逃げ出す永遠のいたちごっこ。全蔵は高杉の所から逃走するのを助ける為に、金で雇われているのだ。
 全蔵も初めこそ奇妙だと思ったが、慣れてしまえば楽な仕事である。常に鬼兵隊の動向に注意を払っていれば、彼女がいなくなると同時に探しに行けるし、一度監禁場所から連れ出してしまえばしつこい追撃もない。高杉とは幼馴染だと言う目の前の女は、全蔵に金を払い、ただ逃走を助けろと言うのだ。
「どーしたの急に」
 仕事の時以外は会う事もないし、余り余計な事を話さない全蔵が好みの事を聞いて来たので、珍しいと思いカグヤは聞いてみる事にした。すると全蔵は少し迷ったような顔をするが、直ぐに口を開いた。
「知り合いの女の子にだな、プレゼントでもと思ったんだけど思いつかなくてな」
「幾つ位の子?」
「十かそこら」
 その言葉にカグヤは目を丸くすると、なんで私に聞くのさと笑った。年も随分離れているし、好みも人それぞれだろうと。すると全蔵は困った様に笑って、他に女の知り合いが少ないと短く返答した。クノイチの知り合いがいない訳でもないが、一般人としての意見が欲しかったのだ。ただ、カグヤ自身が元攘夷志士である事を考えると、一般人の意見としては少し離れるのかもしれないと全蔵は今更ながら思う。
「まぁ、それ位の女の子だったら可愛らしいのが良いんじゃないの?」
 そう言いながら、カグヤは先日の仕事分と、次回の手つけの金を全蔵に手渡した。いつ高杉がちょっかいをかけに来るか解らないので手つけもまとめて払っているのだ。全蔵はそれを受けとると、中身も確認しないまま懐にしまい、入れられたお茶に口をつけた。
「できればあんま目立たない方がいいんだ。家のモンが煩いらしくてな」
 プレゼントを贈るのは阿国であった。家人が煩く、ぬいぐるみの類は無理だろうと全蔵も漠然と決めてはいたのだが、余りいい案は浮かばなかったので、集金のついでにカグヤに相談を持ちかけたのだ。するとカグヤは瞳を細めて笑うと、そうねーと首を傾げた。
「実用性のあるものだったら家人も文句言わないんじゃない?鏡とか、櫛とか」
 そう言われ、全蔵はそんなのもありかと納得する。人に贈り物をする機会に今まで恵まれなかったので想像もつかなかったのだ。
「そーいえば姫さんは蝶柄多いな。好きなのか?」
 いつも高杉の所から連れ出す時にきている着物に蝶柄が多いのを思い出して全蔵が言うと、カグヤは笑いながら返答する。
「あれは晋兄の趣味よ。特別好きって訳じゃないの。全さんと会うのは晋兄のアジト帰りばっかりだしそう見えるかもしれないけど」
 確かに監禁されているとなると、着物も向こうが準備するのだろうと納得し全蔵は、そうか、と返答した。そもそも監禁とは言え、いつも彼女が閉じ込められる部屋は上等な部類に入るし、着る物にも食べる物にも不自由している様子は今まで見られなかった。ただ、自由がないだけなのだろう。性格的に奔放で大らかなカグヤを閉じ込めておきたいと言う高杉の心境を理解する事は全蔵にできなかった。
 時折これは二人なりのコミュニケーションではないかと思う。捕まえれば逃げる。けれどお互いに害を及ぼす事はない。本気で高杉がカグヤを攫うつもりならば、そのままどこぞに逃走してしまえばいいのにそれもなく、江戸のアジトにカグヤを置いているだけなのだ。そしてカグヤ自身も高杉が攫いに来る事に文句は言うが、元お庭番衆の忍者を雇っておきながら、高杉の暗殺を頼まない。逃げるのを手伝えと言うのだ。
 だから全蔵は二人の関係に関しては余り深く突っ込まない事にした。ただ、高杉がカグヤを攫えば自分に仕事と金が転がり込んでくるだけなのだと。
「そーいえばさ。全さんなんで姫さんって呼ぶの?」
「座敷では【迦具夜姫】って名前であがってるって聞いた。三味線屋の名前も【迦具夜姫】なんだろ?だから姫さん」
 その言葉にカグヤは少しだけ渋い顔をする。
「なんていうかさ。いいとこの出でもないのに姫さんって呼ばれるの座りが悪いのよね。他の呼び方考えてよ」
 そう言われ全蔵はカグヤの顔をまじまじと見る。容姿は俗に言う別嬪で自分が好む女とは対極に当たる。けれど性格は大らかでどちらかと言えばオトコマエの部類に入る彼女の別の呼び名を考えてみたが、余り良い案は浮かばなかった。迦具夜姫と彼女に座敷での名を与えた男は良いセンスをしていると思ったのだが、ファーストインプレッションとは恐ろしいもので、一度刷り込まれると中々他の案を浮かべるのは難しい。
「……姫さん」
 やっぱり思いつかなかったと言う代わりに、全蔵は同じ様に彼女を呼んだ。それにカグヤは少し呆れた様な顔をしたが、諦めたのか三味線を抱えて弦を指で弾いた。
「まぁいいけどね。呼び方に拘る方でもないし」
「相変わらず大らかで男前な発言だな」
「もっと褒めていいわよ」
 咽喉で笑ったカグヤを見て全蔵も思わず口元を歪める。男前を褒め言葉に捕える女性は少ないだろうが、全蔵は心底そう思ったし褒めたのだ。外見と中身のバランスが歪で興味深いと全蔵はぼんやりと考えて、瞳を細めた。
 座敷に上がれば三味線が一番の名妓と謳われ、過去は幕府に切り捨てられた侍。そして、酒を飲む時は男前。地上の男を破滅させて、月に帰った御伽噺の女の名を冠する彼女の事を、知れば知るほど興味が湧く。ただ、忍として依頼人に肩入れするのは良い傾向ではないと自重はしている。あくまで金で雇われた主従関係なのだからと。
「ああ、長々と引きとめてごめんね。お尻大丈夫?」
 痔の心配をされ全蔵が苦笑すると、カグヤは、今度はドーナツ座蒲団買っておくわねと笑った。
「いや、そこまでしてもらわなくてもかまわねぇよ」
「そのうち全さんとお酒飲む機会があるかも知れないじゃないのさ」
「姫さんは飲み友達に困るって事はないんじゃねーの?」
「困らないけど、全さんいい男だし、一緒に飲む機会があればとは思ってたのよねー。お金で雇ってる身だからさ、あんま無茶は言いにくいんだけど。忍者ってあんま雇い主には懐かないでしょ?侍と違ってさ」
 カグヤの言葉に全蔵は驚いた様な顔をして彼女の顔を眺める。いい男だと言われたのにも驚いたが、彼女が忍者である自分の立場を理解し、気遣っていたのに驚いたのだ。すると、カグヤは全蔵の表情を見て、どーしたのさと首を傾げた。
「いや、姫さんに随分気を使ってもらってたみてーで驚いた」
 正直な感想を述べるとカグヤは瞳を細めて笑った。
「半分は思いやりで出来てるの、私」
 冗談めかして言うカグヤに全蔵は苦笑する。ならば彼女の残り半分は志と誇りなのだろうと勝手に想像して全蔵は立ちあがった。それをみてカグヤは口を開く。
「全さんが厭じゃなかったらだけど、プレゼント選び手伝うわよ」
「マジで?」
「だから今度、一緒にお酒飲みましょうね」
 交換条件だとカグヤが笑ったので、全蔵はありがたくその好意を受ける事にした。こちらが気を使わないようにと態々交換条件だと言ったのだろうと全蔵は判断したのだ。そもそも、女の子向けの店に足を運ぶのは気恥ずかしいとも思っていたし、有難い申し出である。日時の約束をすると、全蔵は今度こそ彼女の家を出て家路についた。

 

 約束の日に全蔵がカグヤの家に出向いたのだが、先客がいた為に全蔵はカグヤの用事が終わるまで待つ事にした。忍と言う職業は待つと言う事に対して特化している部分もあるので大して苦痛でもなかったし、その先客の面子に興味もあったのだ。
 一人は彼女の幼馴染であるかぶき町で万事屋を営む坂田銀時。
 一人は彼女の飲み友達である真選組副長・土方十四郎。
 一人は彼女の弟子である真選組監察・山崎退。
 カグヤとは比較的付き合いの多い面子で、それは全蔵も把握している。土方と山崎は一緒に彼女を訪ねた様であったが、偶然にもその要件は銀時と被っていたのだ。職業柄つい彼女へ持ち込まれた話を耳にした全蔵は、思わず渋い表情を作った。

―──―年末に将軍のお忍びである座敷で三味線を弾く。

 それが持ち込まれた彼女への仕事依頼であった。その話を聞いた時は思わず己の耳を疑ったが、カグヤが彼等に向けた言葉で、その依頼は聞き間違いではない事を全蔵は確信する。

―──―幕府に切り捨てられた人間が、切り捨てた人間の前で三味線弾けると思う?

 そう言い、彼女は彼等の依頼を言葉では明確に拒絶はしなかったものの、その後沈黙を守って態度で拒絶を示した。
 カグヤを指名したのが将軍だった事を知らなかった万事屋はともかく、その事を知っていた真選組が元攘夷志士であるカグヤにこんな依頼を持ち込むなど正気だと思えなかったが、彼等も今は幕府の犬。恐らく上に言われ渋々依頼に来たのだろうと言う事は、半ば追いだされたカグヤの家の勝手口の前で話をする様子で理解できた。カグヤの機嫌を損ねたと頭を抱える銀時と、真っ青な顔をした山崎。そして、煙草の煙を吐きながら、瞳を細めた土方。
 暫くすると銀時はいなくなったが、真選組コンビは今後の相談をしているのか小声で話を続けている。
 突然顔を上げ辺りに視線を巡らせた土方に、全蔵は思わず口元を緩めた。どうやら伊達に副長を名乗っている訳ではないらしいと感心したのだ。結局姿を捕える事は出来なかったが、違和感を感じて辺りに注意を向けたのは、流石だと。
 その後真選組がいなくなったのを確認した全蔵は、今さっきまで彼等のいた勝手口の前に立ち、頭を面倒臭そうにかき交ぜると、結局音もなく彼女の家に入っていた。全蔵は、彼女との約束を先延ばしにしようと決めたのだ。恐らく彼女の気分は塞ぎ込んでいるだろうと。
 契約上、好きな時に出入りしても構わないと言われていた全蔵は、遠慮なく座敷に向う。すると、そこには卓に突っ伏したカグヤの姿があり、全蔵は思わず彼女に同情した。本来忍が主に肩入れするのは好ましくないのだが、同じ幕府に切り捨てられたものとして心中を察する事が出来たのだ。その上、彼女は侍だった。金銭で雇われる忍とは異なり、国を思い、幕府の為に刀を振るい、天人と戦ったと言うのに逆賊の汚名まで着せられ切り捨てられたのだ。恐らく将軍は自分の指名した名妓と名高い【迦具夜姫】が元攘夷志士だとは思わなかったのだろう。
 全蔵は己の上着を脱ぐと、彼女の方にふわりとかけた。眠っていないのは解っていたが、気配を消して入って来たので、己の存在を無言で彼女に伝えたのだ。もしも彼女が顔を上げなければ、このまま知らん顔をして帰り、約束は反故にしようと全蔵はカグヤの反応を待った。
 顔を上げたカグヤは、全蔵のコートに視線を落とすと、力なく笑い、約束を待たせた事を謝罪する。
「日付変えてもかまわねぇんだけど。日も暮れて来たし」
 全蔵に釣られて窓の外に視線を移したカグヤは、僅かに瞳を細めてコートを全蔵に返すと、困った様に笑って、約束を破るのは好きじゃないと言う。返されたコートに袖を通しながら、全蔵は彼女の表情を伺った。いつもは綺麗に笑うのに、どこか力なく笑う姿が痛々しい。けれど彼女は己の値打ちを落とすから約束を破るのは好きではないと言い、どこかふっきれた様に顔を上げ、漸く全蔵に笑顔を向けた。
 決断力の早さ、そして切り替えの早さ。それは全蔵も驚き、困った様に笑う。
「女の子へのプレゼント選びだっけ?丁度私も買うもの出来たから。……この後に二件ほどお使い頼みたいんだけど構わない?」
「報酬さえ貰えるならなんだって引き受けるぜ。それが俺の商売だしな」
 その二件は恐らく先程の依頼の件であろうが、全蔵は詳しく聞く事無く引き受けた。金さえ積んでもらえればどんな依頼でもこなすつもりであったし、カグヤの頼みで無茶だった試しなどない。
「それじゃぁ、行きましょ」
 鮮やかに笑ったカグヤの顔がいつも通りだった事に安心した全蔵は、口元を緩めて短く返事をした。

 

 カグヤという人間は傍から見れば奔放で、好き勝手やっている様に見えるが、彼女自身は己のルールを違える事は絶対にないと全蔵は感じていた。約束を守り続けると言う事は簡単なように見えて難しい。
「姫さん」
「何?」
 女性向けの店に入り、手鏡や櫛を眺めているカグヤに声をかけると、彼女は商品に視線を落としながら返答をした。
「姫さんが守れなかった約束ってあるのか」
「そーね。これからも守り通せるのかどうか解んない約束はあるわ」
「例えば?」
「死んだ人間との約束。終わりがないからずっと守らなきゃなんないでしょ?これが意外と厄介でさ」
 他愛のない世間話でもするかのように彼女が言葉を零したので、全蔵は驚いたように僅かに瞳を見開いた。それは確かに厄介だと。
「死んだら約束なんて反故じゃねぇの?見届ける人間なんていねぇし」
 全蔵の言葉にカグヤは困った様に笑うと、そうね、と相槌を打つ。けれど、この返事は反故にする気などないと言う事だと感じて、全蔵は思わず苦笑する。外見は派手なのに保守的で古風だと思ったのだ。そんな事を考えていると、カグヤは一つ、手鏡を手に取る。
「コレどう?花柄も可愛いし、鏡だったら邪魔にならないし」
 言われるままに手に取った手鏡は、細かい細工で花をあしらっており、全体的に派手さはないが、和風で落ち着いたデザインになっている。
「全さんの好みじゃない?」
「いや、俺が使う訳じゃねぇし」
 カグヤの言葉に思わずそう全蔵は返答する。すると、カグヤは不服そうな顔をして、全蔵のコートを引っ張り、ちゃんと選ぶ!と眉を寄せた。その仕草が思った以上に可愛らしく見え、全蔵は思わず瞳を細めた。
「あのね。相手の趣味が良く解らないのは仕方ないし、今更どーにもならないじゃないのさ。だったらせめて全さんが気に入ったものプレゼントしてあげなさい」
「そんな事してたら、姫さんみたいに蝶柄ばっかりにそのうちなっちまうんじゃねぇの?」
「……晋兄は私の好きな物知ってても、自分の好きな物押し付けんのよ。論外だから外して頂戴」
 呆れた様なカグヤの顔を見て、全蔵は咽喉で笑い、素直に、そーする、と言葉にした。それに満足したのか、カグヤは再度商品に視線を落として、鏡や櫛を手に取る。自分の物を選ぶ訳でもないのに一生懸命な姿が妙に可笑しくて、全蔵は彼女の顔をじっと眺める。
「それにするか」
 一番最初にカグヤが選んだ手鏡を手に取った全蔵を見て、カグヤは少しだけ驚いたように瞳を見開いた。
「いいの?」
「値段も手ごろだし、上品な作りで悪くねーと思うけど」
 全蔵の言葉に、カグヤは、そっか、と納得したような顔をすると淡い笑顔を向ける。
「喜んで貰えるといいわね」
「さぁてね」
 会計を済ませて、ラッピングを頼んでいる間、カグヤは店の中を歩き回り、小さな文鎮を見つけてそれを手に取る。大きさも手ごろであるし、値段もそんなに高くはない。他にもよさげな物はないだろうかと、視線を店内に戻すと、いつの間にか隣に全蔵が立っていたので、彼女は驚いた様な顔をして彼の方を見る。
「高杉にか?」
「そーよ。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント」
 蝶柄。それだけを見て高杉にだと思ったのは半ばあてずっぽうであろうが、的中した事に満足したのか全蔵は口元を緩める。
「全さんにさ、これ届けて貰って、私宛のプレゼントも回収してきて欲しいのよね」
「そりゃかまわねぇけど」
 鬼兵隊が江戸に入っているのは確認しているし、真選組もここの所警戒を強めている。実際、カグヤの所から引き上げる時に、副長である土方は、カグヤが高杉に攫われないように動向に注意しろと監察に言っていた。大事な仕事の前に拉致られるのを警戒しているのだろう。
「……一つだけ、姫さん」
「なぁに?」
「三味線は弾くのか?」
 その言葉にカグヤは少しだけ笑うと、弾くわよ、と言葉を放つ。話を立ち聞きしていた事を責める様子もなく、まるで知っているのがさも当然かのような態度に、全蔵は少しだけ驚いた様な顔をする。
「弾かないと困る人がいるでしょ。あんときゃちょっと腹立ったけど、まぁ、いいかって。だから、今月は晋兄の遊びに付き合ってる暇もないし、さっさとプレゼント届けて貰おうと思ってね」
 仕方がないと言う様に哀しそうに微笑んだ姿を見て、全蔵は聞くべきではなかったと後悔した。黙って仕事だけ受けていれば良かったのに、明らかな過干渉だったと思ったのだ。けれど、カグヤはそれに対して厭そうな素振りも見せずに、仕事の話ばっかりでごめんね、と笑った。
「折角仕事抜きで来たのにね」
 そう言われ、全蔵は思わず困った様な顔をする。今まで殆ど金銭的契約関係で対応していたので、いざ、仕事抜きだと改めて言われ、反応に困ったのだ。するとカグヤはそんな全蔵の表情を見て、瞳を細めた。
「会計済ませてくるからちょっと待っててね」
「あぁ」
 曖昧な返答をした全蔵は、カグヤの後姿を眺めながら、仕事抜きか、と彼女の言葉を反芻した。

 

 屋根の上でジャンプを読む阿国は顔も上げずに、隣に音もなく降り立った全蔵に声をかけた。
「うちに来たサンタクロースは青色のコートじゃった」
「そーか」
 枕元に置かれたプレゼントが全蔵からのモノだと知っていた阿国は、漸く顔を上げると、瞳を細めて、嬉しかった、と短く言う。その言葉に全蔵は満足したような顔をすると、彼女の頭を撫でる。少しは子供らしい顔が出来るじゃねーかと思ったのだ。すると阿国は自分の尻に敷いていた座蒲団を一枚全蔵に譲り、座るように促す。
「中々趣味のいいプレゼントで気に入った」
「それは結構な事じゃねーか」
 まるで他人事のように言う全蔵を見て、阿国はにんまり笑うと口を開く。
「【いとしとかいて藤の花】舞踊の藤娘か。三味線弾きは気がついたかのぅ」
 その言葉に全蔵は思わず、ゲッと声を上げた。無論阿国が予知能力者である事は承知しているが、まさか己の行動まで読まれているとは思っていなかったのだ。いつその予知をしたのか聞こうとする言葉が咽喉まで出かかったが、全蔵はそれを飲み込み、素知らぬ顔で月を見上げた。
「【い】【十(とう)】【し】と書いて【藤の花】たぁ、巧い言葉遊びだよな。餓鬼の頃試しに描いてみた事あるわ」
 ひらがなの【い】を縦に【十】描いて、その真ん中に大きく【し】と書く。すると【藤の花】の様に見えると言うのが、【藤娘】と呼ばれる演目の歌詞の意味。そう呟いた全蔵を見ながら、阿国は子供らしからぬ笑いを浮かべて瞳を細めた。
「そうじゃの。巧い言葉遊びじゃな」

 クリスマスより少し前。初雪が降った日に、カグヤは一人で屋根の上で酒を飲んでいた。全蔵が声をかけようかと迷ったのは、彼女が待っていたのが自分ではなく、飲み友達の真選組の副長だったからだ。初雪が降ったら一緒に酒を飲む約束をし、彼女はそれを待っていた。散々迷った挙句に全蔵は、バイト中に真選組が攘夷志士の立て篭もりでバタバタしていた事を思い出し、それだけを伝えようとカグヤに声をかける。
 すると彼女は、少しだけ笑って、そっか、と返答したが、待つ事をやめる様子はなかった。
「寒いんじゃねぇの?」
「寒いわよ。でも、折角の初雪だしね」
 瞳を細めて笑った彼女を見て、全蔵は懐から包みを出すと、彼女に手渡す。それにカグヤは驚いた様な顔をして、全蔵を見上げた。
「何?」
「この前のお礼。寒そうだし丁度いいかと思って」
 ガサガサとカグヤが包みを開けると、そこにはマフラーが入っており、それには淡い紫色の藤の花が描かれていた。
「おやまぁ」
「藤、好きだろ?」
「ありがと。気を使わなくても良かったのに」
「……仕事だったらな。でもありゃ、姫さんが好意で手伝ってくれた事だしな」
 カグヤの手からマフラーをとり、彼女の首に緩くそれを巻く。するとカグヤは嬉しそうにそのマフラーの端を持ち、瞳を細め笑った。随分気に入った様子だったので、全蔵は満足そうに笑うと、バイトの途中だからと早々にその場を後にする。
 それを見送ったカグヤは、手元の盃に酒を満たすと、背中を丸めて小さく呟いた。
「【愛しとかいて藤の花】なーんてね」

 

 阿国の所から、逃げる様に退散した全蔵は、屋根から屋根へと飛び移りながら自宅へ向かう。
 その途中、ぴたりと足を止めると、全蔵は空に浮かぶ月を見上げ、小さくため息をついた。カグヤが好きな花はいくつか知っていたが、藤を選んだ事に阿国に突っ込まれるとは思わなかったのだ。プレゼントの感想でも聞ければと思って出向いただけに、予想外の突っ込みに驚いたし、居心地も悪くなって結局逃げる様に帰る羽目になった。
 無意識に選んだと言えば嘘になるし、意識したかと言われればそれも違う様な気がした。けれど、藤が一番いいと思って選んだのは己自身。
「……まぁ、仕事抜きで選んだら、そーなるわな」
 歪な迦具夜姫。誇り高く、己を貫く姿は一見強く真直ぐに見えるが、約束を頑なに守り続ける姿は、酷く寂しそうで、華やかな外見に合わず歪で危うい。擦り切れた約束を抱いて、いつかそのまま帰るべき場所にも帰れずに、静かに壊れて行くのではないかという錯覚さえ時折全蔵は感じていた。
「別嬪には興味ねぇんだけどなぁ」
 けれど、魅かれるのはその歪さ故だろうか。そんな事を考えながら、全蔵は面白くなさそうに眉間に皺を寄せると、また闇夜の中に消えた。


因みに花言葉は【あなたを歓迎します・ 陶酔する恋・決して離れない】
まぁ、本によって違う事もあるんですけどね、大方こんな感じの意味がかかれてます
20100301 ハスマキ

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