*千里の道も一歩から*

 春と言えば真選組恒例の花見である。無論花見客などが暴れないようにと監視の意味もあるが結局筆頭が近藤局長である以上宴会騒ぎになり、ある意味此方が取り締まられる方になるのではないかという事態になる。
 大所帯の真選組が皆で花見をするにはそれ相応の場所を確保せねばならないので、毎度毎度場所取りに行かされる山崎は溜息をつき、馬鹿でかいブルーシートを抱えいそいそと屯所の門をくぐろうとする。
「おい山崎」
「なんですか土方さん」
「今年はコイツもつれてけ」
 土方が連れて来たのは数ヶ月前に真選組女性隊士となった吹雪桜であった。女性隊士一期生として隠密・諜報活動を一緒にしてきている仲間で、何度も仕事を一緒にしている。
「え?」
「え?じゃねぇよ。つれてけって言ってんだよ。有難い事に自分で志願して来やがったから遠慮なくこき使え」
 面倒くさそうに土方は説明するとさっさと自分は屯所に戻り、ポカーンと口を開けた山崎と、ニコニコと笑った吹雪だけが屯所の前に取り残される。どう考えても貧乏くじの仕事であるし、志願した理由が山崎にはサッパリ理解できなかった。とはいえ、吹雪と一緒に場所取りと言うのは山崎にとっては嬉しい事であった。特別美人という訳ではないが気立ては良いし、誰にでも優しいから人気がある女性隊士なのだ。無論山崎も密かにいいなぁと思ってはいたのだが、仕事の関係もあってそれを表におおっぴらに出す事はなかった。山崎は幹部ではないが、女性隊士一期生全員に仕事を教えたのは自分である以上色恋沙汰を持ち込むのに引け目があったのだ。
「山崎さん。宜しくお願いします」
「あ…うん」
 初めて会った時と同じ言葉を同じ笑顔で言う吹雪を見て山崎は思わず俯く。嬉しいのに何だかそれを表に出すのが躊躇われたのだ。

 公園に着くと2人は手分けしてブルーシートを広げ場所を確保する。シートの端を石で止めながら山崎がちらりと吹雪の表情を伺うと、彼女はどことなく嬉しそうな顔をして作業を黙々と行っていた。これから一晩中此処でブルーシートを勝手に引っぺがされないように監視をするのだから楽しいはずはないのにと思いながら山崎は自分の作業を終え、吹雪の方に歩み寄る。
「吹雪さん」
「はい。なんですか?」
「えっと、後は座って明日みんなが来るの待てば良いだけだから帰って良いよ」
 春とは言えまだ夜は肌寒い。女性にそれは気の毒だと思って山崎は気をきかせたつもりだったのだが、彼女の表情が突然しおれたので山崎は慌てて言葉を続ける。
「ほら、寒いし、退屈だし、監視だけだったら俺でもできるし」
「あの…それじゃ…お弁当だけでも一緒に食べませんか?」
「はい?」
 彼女がなにやら荷物を持ってきていると思ったが弁当だったとは予想もつかず山崎は間抜けな返事をする羽目になる。山崎の返答が否定に聞こえたのか吹雪は又少ししおれるとすみません、と小声で言った。
「あ、違うんだ。驚いただけで。お弁当あるとは思わなかったから。えっと、それじゃ有難く頂くよ」
 そう言うと山崎はシートの真ん中に座り手招きをする。すると吹雪はぱぁっと表情を明るくして山崎の側に寄り、いそいそと荷物を広げる。
 山崎が驚愕したのはその弁当が明らかに手作りであったという事。重箱に詰められた弁当は色も鮮やかでどれもおいしそうであった。女性隊士は基本的に仕事の関係上家事技能が高い者が選ばれているのだから当然といえば当然だが、彼女が態々手作りで弁当を作ってきたと言う事は本気で一晩此処で場所取りをするつもりだったらしい。
「あの、お茶もどうぞ」
 しかも水筒に温かいお茶まで入れて準備万端である。
「あのさ。結構夜は冷えるし、ぶっちゃけ貧乏くじな仕事なんですけどねコレ」
「毎年大変ですね山崎さん」
 今年は貴方も大変なんですけど──!と心の中で突っ込みながら山崎は弁当に箸を伸ばす。意味が解らない。何で彼女は此処にいるんだ?そんな事ばかり頭の中をグルグルまわる。
「もしかしてお口に合いませんでしたか?副長は山崎さん好き嫌いないと仰ってたので…」
 おかずを口にしてから山崎が黙ってしまったので吹雪は恐る恐る聞く。彼女の声で我に返った山崎は凄く美味しいよと喜んでみせたが、又思案にふける。というかコレ俺の為にやっぱり作ってくれたんだよなぁ…なんで?どうして?と出口のない思考のループに入り山崎はつい無口になる。
「…」
 そんな山崎を見て吹雪は僅かに表情を翳らせる。
「あの…すみません、色々勝手に準備して。その…毎年山崎さんが場所取りするって聞いたので準備したんですけど迷惑でしたか?」
「え?」
 吹雪の表情を見て山崎は思わず頭を抱えたくなる。理由はどうあれ彼女は自分の為にお弁当もお茶も準備してきたのだ。まだお礼もちゃんと言ってない事に気がつき山崎はがばっと頭を下げる。
「有難う。弁当凄く美味しいし、お茶も嬉しかったです」
 山崎のその言葉に吹雪は表情を明るくすると、小皿におかずを載せて山崎に渡す。
「沢山食べてください」
 彼女の表情に笑顔が戻ったのを確認すると山崎はホッとして遠慮なしに弁当を平らげてゆく。理由は全くもって理解不能だが、自分の為に彼女が色々と準備してくれたのは非常に嬉しい事であった。美味しそうに弁当を食べてゆく山崎を見て吹雪は嬉しそうに微笑むと自分も弁当をつまむ。喜んでもらえた事が確認できて安心したのだろう。

 山崎はすっかり弁当を平らげ、温かいお茶を飲みながら吹雪の表情を伺う。弁当を片付ける彼女の表情はどことなく嬉しげで、見てる山崎もなんだか幸せな気分になる。
「…ちょっと寒くなってきたね」
 うっかり彼女の顔に見惚れそうになった山崎は頭を軽く振るとすっかり日が暮れた公園内を見渡す。花は五分咲きで花見客も多いわけではないが、来週になればきっと徹夜で場所取りをしても確保は難しいぐらいの客が押し寄せてくるのだろう。
「そうですね」
 吹雪は荷物を片付ける手を止めると夜空を見上げる。江戸の街は天人襲来以来急激に発展し今となっては星空を見上げる余裕もないほど煌びやかで窮屈な街となった。人も街も星を締め出してしまったのだ。
「星が見えれば良かったんですけど」
 少し寂しそうに呟く吹雪を見て山崎は少しだけ笑い自分用に持ってきた毛布を彼女の膝にかける。
「桜で我慢してよ。まだ五分咲きだけど結構綺麗だよね」
「他の隊員より少し早いお花見ですね」
 優しく微笑んだ彼女を見て思わず山崎は顔を赤くする。嬉しそうでどこか寂しげなその表情が綺麗だったのだ。
「あれ──?ジミーじゃね。やっぱジミーだ。奇遇だなオイ」
「こんばんわ山崎さん」
「ジミーの癖に女といちゃついてんじゃねぇよ。生意気ネ」
 突然声をかけられ驚いた山崎が振り向くとそこには真選組の宿敵とも呼べる万事屋3人組がブルーシートを抱えて立っていた。
「え?何で旦那達が此処に」
「お仕事に決まってんじゃん。銀さん真面目に働いてるんですよー。ここ良いね。譲ってよ」
「駄目ですって!副長に殺されますから勘弁してくださいよ!」
 恐らく万事屋の仕事として場所取りを引き受けたであろう万事屋の面々が遠慮なく引っぺがすブルーシートを慌てて山崎が抑えにいく。その様子を吹雪は驚いた様子で眺めていたが次第に笑い出す。
「吹雪さんも止めて下さいよ!」
「はい」
 笑いながら立ち上がると吹雪は銀時の手を取って、山崎さんが怒られるので勘弁してください旦那と頭を丁寧に下げる。流石にその展開は予測してなかった銀時はポカーンと口を開け、思わず握っていた真選組のブルーシートを落とす。真選組といえば暴力での解決上等の血気盛んな連中の集まりであるので、女性隊員とはいえてっきり力づくで来ると思ったのだ。
「…いや、何この子。本当に真選組?ジミーの彼女が真選組の服着て場所取りしてるとかじゃなくて?」
「真選組ですよ!旦那本当に勘弁してくださいよ。あっち空いてるじゃないですか!」
 万事屋に場所を取られたとなったら土方に殺される、良くて切腹だと考えた山崎は必死で銀時達の説得にかかる。ちらほら場所が空いてるのに態々人の場所を横取りするなんて嫌がらせ以外のなにものでもないとイラっとした山崎は更に言葉を続けようと銀時に向き合うが、重要な事に気がつく。
「あんたいつまで吹雪さんの手ェ握ってるんですか―──―!!!」
 銀時から吹雪を引っぺがすと山崎は肩で息をしながら思わず万事屋を睨む。
「そっちから握ってきたんじゃねーかコノヤロー。人をエロ親父みたいに言いやがって。あ、君吹雪っていうの?下の名前は?」
「旦那!」
「いいじゃねぇかよ。ジミーの彼女じゃないんだったら紹介してよ」
「厭ですよ」
 押し問答が続く中吹雪は銀時が派手に捲り上げてしまったブルーシートを綺麗に元に戻すと、新八と神楽を連れて別の場所に移動した。比較的桜が綺麗に咲いている別の場所を一緒に探しに行ったのだ。

 

「なんかすみませんお邪魔しちゃった上に手伝ってもらって」
 新八が申し訳なさそうに言うと吹雪は少し笑って、副長には内緒にしておいてくださいねと言った。万事屋と仲良くすると怒られる所か切腹を言い渡せれるかもしれないのだ。それほど仲が悪い。
「大体ジミーの癖に女連れなのが悪いネ。お前ももう少し男見る目つけた方が良いアル。アイツ地味しかとりえないネ」
「神楽ちゃん!」
 神楽の容赦ない指摘に新八は慌ててストップをかけるが全く持って間に合わなかった。申し訳なさそうな表情の新八を見て吹雪は良いんですよと優しく笑う。
「それと。有難う御座います」
「え?」
「賑やかになって嬉しいです。私と二人じゃ山崎さん楽しくなかったようで…私ばっかり浮かれてて…本当なんと言ったら良いか…」
 突然の礼に面食らった新八であったが、その後に続いた言葉に愕然とした。傍から見ててとても良い雰囲気だったので銀時が邪魔しようと言い出して先程の結果である。文句を言われる事はあっても礼を言われる筋合いはない。
「いや、なんというか、本当に此方こそすみません。あのですね。僕らが言うのもなんですが山崎さんつまらなそうには見えませんでしたよ。えっと…」
 目の前でしおれる人を見て巧く言葉が見つからない新八は自分の口下手さにもどかしさを感じながら必死で言葉を探すが、結局言葉を続ける事が出来ずがっくり膝をつく。その様子をみて吹雪は困ったような表情を浮かべるが、続いた神楽の言葉に思わず微笑を零す。
「地味同士お似合いネ。こっちの仕事が終わったらさっさと向こうに戻るアル」
 しっしと犬を追い出すような仕草をする神楽に新八はコラ、と軽く怒るが、神楽なりに新八のフォローをしようと発言してくれた事が解っていたので少し表情は明るかった。
「有難う御座います。戻りますね」

「大体何で彼女が此処に来たか解らないんですよ。普通厭でしょ場所取りなんて。寒いし、退屈だし。俺といても楽しくないだろうし」
「俺も仕事じゃなかったら勘弁して欲しいねー。お茶おかわりくれる?」
 いつの間にかシートに座ってお茶を飲んでいる山崎と銀時は先程のヒートアップはどこにやらぼそぼそと話をしていた。山崎は差し出されたコップに吹雪の水筒からお茶を注ぎ終えるとゴロンと横になる。
「ところでさージミー。お弁当とかお茶とかあの子が持って来たわけ?」
「そーですよ」
 投げやりに山崎が言うと銀時は先程水筒から入れたお茶をばちゃんと山崎にぶっ掛ける。
「なにするんですか!あつ!!!」
 慌ててお茶をふく山崎を見ながら銀時は空になったコップを水筒に戻し立ち上がる。
「莫迦ですかコノヤロー。つーか、イラつく。ジミーに負けた気分でチョー銀さん不快なんですけど。ナニコレ。責任取ってくれるジミー」
「意味が解りませんよ旦那!」
 零れたお茶をふきながら非難めいた眼差しを向ける山崎の肩を掴むと銀時は彼の耳にそっと顔を近づける。
「彼女が帰ってきたらバシっと決めろよ。多串君には内緒にしといてやるから。つーか、アレ?もしかしてジミーはあの子好みじゃない?だったら俺が唾つけとくけど」
 小声で言われた山崎がぽかんと銀時の顔を見るので流石の銀時も呆れたような表情を作る。
「唾つけてOK?」
「駄目です!絶対駄目です!っていうか…自惚れて良いって事ですかね旦那」
 段々語尾が小さくなる山崎をニヤニヤ眺めると銀時は立ち上がり、吹雪ちゃんが俺の場所取り仕事手伝ってくれた報酬は此処までといって神楽達のほうへゆっくりと歩いて行く。その背中を眺めながら山崎は小さな決心をし吹雪の帰りを待つ事にした。

 

「こりゃー完全に爆睡ですぜぃ土方さん」
「ぶっ叩いて起せ」
「トシ、二人とも頑張って場所とってくれたんだからもう少し寝かせてやれ」
 翌朝仲良く毛布に包まって爆睡する2人の姿を発見した真選組の面々は苦笑しながら隅に移動させそっとしておく事にした。
「で、結局どうだったんですかね2人は」
 隅に移動させられた山崎を見ながら沖田が言うと、土方は煙草の煙を吐きながら、興味ねぇと短く返答する。
「お節介したくせに興味ないんですかぃ」
「結果なんて見りゃわかんだろ」
 不快そうに顔を顰めると土方は既に宴会モードに入った近藤の方へ行く為に立ち上がり山崎と吹雪へ視線を落とす。運ぶ時に気がついた二人の手。ぎゅっと握られられたその手が答えだった。


200804 ハスマキ

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