*強運*

 いつも通り憮然とした態度でレンの傍に立つ万斉と、それとは対照的に萎縮しきった様子でレンの後ろに隠れるように立つ来島。レン本人といえば、キョロキョロと辺りを見回して笑顔を浮かべている。
 普段は全国指名手配の鬼兵隊所属の彼らとは無縁のかぶき町の賭場。
「万斉先輩……」
 不安そうな声を上げたのは来島で、それに視線を送ると、万斉は来島の手に封筒を乗せる。
「レンから目を離さないよう頼んだでござる。拙者は仕事をしてくる故」
 解っていたとはいえ不安だらけの来島は、情けない顔をして封筒を握りしめる。
「来島殿の言うことを聞くでござるよ。あと、知らない人には付いていかない事」
「解ったんよ」
 子供に言い聞かせるように万斉が言うと、レンは素直に頷き、来島の方を向いた。期待の篭った彼女の視線を受けて、来島はまた情けなく笑う。
 事の発端は宇宙海賊春雨依頼の人探しであった。武市が内々に探していたらしいのだが、どうやらこの賭博場の責任者が春雨の探し人らしいと掴み、今回万斉が派遣される事となったのだ。仕事自体に万斉は不満を言う事は無かったが、レンを連れていくことに対しては渋い顔をした。しかしながら、ボディーガードとして天人を傍に置いていると言う情報もあったために、武市はレンを連れていくことを強く押した。何もなければそれでよし、問題が起これば必要になるであろう腕っ節を備えておきたかったのであろう。それに対して、万斉が仕事中にレンを放置したくないと食い下がったために、巻き込まれる形で来島が一緒に来ることになったのだ。完全な巻き込まれである。
 実際探し人を捕獲するのはまだ先ではあるのだが、間違いなく本人であるかどうか万斉が確認するまでレンと来島は賭場で時間を潰すこととなった。
「どれで遊ぶ?」
 神経が太い上に、賭場という場所は遊べる場所だと高杉に言われ期待一杯のレンを見て、来島は少し思案する。どう考えてもルールが複雑なカードゲームは無理であろう。ならばシンプルなゲームのほうがいい。
「サイコロにするっす」
 そう言うと、来島はレンの手を引いてサイコロ賭博の場所へ向かった。かまぼこ板のようなものを賭けてサイコロの目を当てるゲームだった筈だ。場所の傍にある板の積んである場所が恐らく換金場所であろうと来島はそこにいた男に声をかけた。
「これでその板何枚交換できるっすか?」
「五枚だけど、嬢ちゃん達初めて見る顔だな。二人だし、六枚にしておいてあげるよ」
 割り切れないと思ったのだろう、愛想良く男がそう言ったので、来島は金を払い板を受け取る。それをレンと半分こにして彼女の手に三枚の板をのせた。
「あのサイコロの目が奇数か偶数か当てるっす。奇数と偶数わかる?」
「大丈夫なんよ!」
 板を気に入ったのか、レンは板をひっくり返したりしながら来島の説明を聞く。隅っこに二人で座ると、次のゲームを待つことにした。
 半か丁かと言う掛け声を聞きながら、レンはサイコロを振る人間に視線をじっと送る。それとは逆に会場の熱気に完全に飲まれた来島は、ソワソワと辺りを見回す。
「来島ちゃん。半と丁って何?」
「え?あれ?どっちが奇数だったかな」
 レンに聞かれて来島が慌てて答えを探すと、隣に座っていた男が笑いながら答える。
「目の合計が偶数なら丁、奇数なら半だよ嬢ちゃん。大丈夫か?小遣い巻きあげられないようにな」
 小遣いを貰うような年でもないが、ここに出入りしている男から見れば小娘二人組、恐らくおのぼりさんとでも思われているのだろう。
「ありがとうなんよ!」
 愛想良く礼を言ったレンに悪い気はしなかったのか、男は笑顔を向けて頷いた。
 一回のゲーム自体はさほど時間はかからない。早速参加できるようになった二人は、周りの声を聞きながらどちらに賭けるか選ぶことにした。
「半に三枚ー」
「それじゃぁ、丁に一枚……ってえぇ!?それスカったら終わりっすよ!」
 景気よく全額賭けたレンを見て、来島が思わず声を上げる。すると、周りの男達は思わず笑い出し、来島に声をかける。
「いやいや、思いっきりのいい妹じゃねぇか。勝ったら良いんだよ勝ったら」
 それは賭博師の言い分だと思いながら、来島は曖昧に笑う。元々自分自身が熱くなりやすいタイプであるのは自覚しているの慎重にやっているのだが、レンに関しては相変わらずのマイペースでどうして良いのか分からない。ただ、ここで全部レンがすっても、自分の手持ちは二枚あるし、二人で逆に賭ければ最悪元に戻すことはできる。そう考え、レンの全賭けに関しては目を瞑ることにした。
「イチロクの半!」
 その声に歓声と溜息が巻き起こる。
「増えたんよ」
 満足気なレンと、がっくり肩を落とす来島が対照的で、男達は思わず苦笑する。先程のやりとりでかなり注目を集めたのであろう、レンに、大したもんだ、と声をかける人間までいる。万斉がいないのを心底感謝しながら来島は次の勝負をどうしようかと悩む。やはり堅実に一枚だろう。
「はい、来島ちゃん。減っちゃった分」
 レンから一枚板を渡され、思わず来島は苦笑する。それを差し引いてもレンの手元にはまだ沢山の板がある。基本的に卓内で板のやりとりをするので、丁半は板の数が大体半々にならないと場が成立しない。単純計算で勝てば倍になっていくのだ。
 振られたサイを見て、レンがまた景気よく全部板を押し出したのを見て、来島はそれとは逆に張ることにした。すっからかんになる事だけは避けたかったのだ。しかし、その来島の気遣いは無用とばかりに、レンはその板を増やしていき、負けた来島にまた負け多分板を渡すという奇妙な流れが出来上がっていた。
 場の空気も変わっていき、レンの強運に乗る面子、逆にそろそろ彼女が外すであろうと逆に賭ける面子と分かれいていくのが来島にも分かり、プレッシャーのお陰で嫌な汗をかきつづけた。
「次は丁にするんよ」
「……半」
 逆に賭け続け、レンからの板の補給がなければ身ぐるみ剥がされているであろう来島は、流石に精神的にきつくなり、小声でレンに耳打ちする。
「これ終わったらトイレに行って来るっす。レンの手持ちがなくなったら私の板一枚ずつ使っていいから」
「解ったんよ」
 ピンゾロの丁、という声を聞き、来島は板を放り出すとトイレへ駆け込んだ。

 戻ってきた来島の姿を見て、一番最初にレンの隣に座っていた男が慌てた様子で声をかけてきた。
「いたいた!姉ちゃん。お前の妹さんだけど」
「何かあったんっすか?」
「飽きたからやめるっていって、板置いていこうとしてんだよ」
「はぁ?」
 慌てて場に戻ると、困ったような顔をしたレンがいて、来島は冷や汗をかきながら傍に寄る。
「来島ちゃん」
「どうしたんっすか?」
「飽きたからもうええんよ。でも、かまぼこ板もこんなにいらないんよ」
 レンの上に積まれた板は、来島が席を外した時より増えており、レンの手には一番最初に二人で買った六枚分だけ握られていた。
「あぁ、姉ちゃん。この子ルール解ってないの?板置いて行かれても困るんだけど」
 サイコロを振っていた男に言われ、来島は頭を思わず下げる。
「すみません!換金とかよく解ってなかったみたいで!」
「?お金になるん?」
「板と交換でお金になるんっすよ」
 ただ単にかまぼこ板だと思っていたのであんなに景気よく賭けて行ったのかと思うと、恐ろしいと同時に呆れる。もしかしたら一番最初に払った金は遊ぶための入場料だと思っていたのかもしれない。
 そのやりとりに周りの人達は爆笑し、レンの方を見て笑いながら声をかけた。
「姉ちゃんに換金してもらって友達にお土産でも買いな」
「美味いものも食えるぞ」
 よほど田舎者だと思われたのであろう、それでも一人で大勝ちしたというのに好意的な雰囲気でほっとした来島は、レンの手を引きながら板を慌てて換金場所へ持って行く。
「随分勝ったねぇ」
 そう言われ、現金を渡された来島はその金額に仰天した。お土産どころの騒ぎではない。一番最初の金で六枚しか買えなかったのだから板一枚の値段は高いとは思っていたが、逆に換金するとなると手が震える。
「来島ちゃん。かまぼこ板一枚、お土産に欲しいんよ」
「……それじゃぁ、一枚だけ板に戻すっす」
 そのやりとりを見ていた換金場所の男は苦笑しながらレンに一枚板を渡す。賭場の外を出れば何の役にも立たない板であるが、記念にというのならばそれもありだろうと。
 しかしながら、レンの強運には頭がさがる。結局一度も負けなかったのだ。来島は休憩をするために隅に設置されている喫茶店のような所へ足を運び、レンに飲み物を買ってやる。
「結局一度も負けなかったっすね」
「サイコロの音で大体わかるんよ。でも、たまに煩くて聞こえない時あるから、その時は勘なんよ。難しいんよ」
 レンの返答に来島はあ然とする。半と丁で音が違うのか。そもそも違ったところで、聞き分けられる夜兎の聴力は一体どうなっているのだろうか。それにしても、勘で賭けた時でさえ外していないのだから、恐らくレン自体、基本的に強運なのであろう。無欲の勝利といった所なのかもしれない。
 無論今回金を増やす事自体は目的ではないので、一番最初に受け取った軍資金だけを別の封筒に移すと、残った金で時間を潰すことにした。

 

 矢張り春雨の探し人であろう。そう思い万斉は賭場の奥に潜みながら辺りを見回した。かぶき町の四天王と歌われる女の傍には天人の姿が見え、武市の調べた所の、辰羅と呼ばれる傭兵集団であるのは間違いない。夜兎・茶吉尼と並ぶ傭兵集団だと言われているらしいが、流石に数も多く、まともな方法で探し人を春雨に連行するのはまず無理であろう。いっそのこと第七師団辺りに行かせたほうがマシだと個人的には思うのだが、鬼兵隊として春雨に恩を売るという事であるならばそうも言ってられない。
 万斉は小さく舌打ちをすると、任務完了と言わんばかりにその場を後にした。
 賭場に戻り、来島とレンの姿を探した万斉は、ルーレットの傍で歓声が上がるのを聞いてそちらに視線を向けた。
 レンの前に積まれるコイン。どうやら楽しく遊んでいるらしい。
「先輩!」
 声を上げたのは来島の方で、慌てたように傍に寄ってくる。
「随分勝ってる様でござるな」
「……さっきサイコロで大勝ちしたんで、次はルーレットにしたんっすけど、それでもレンが……」
 レンの方に視線を送ると、彼女は目の前のコインを景気よく全額黒に乗せる。上がる歓声とどよめき。
「面白いでござるか?」
「そろそろ飽きてきたんよ」
 万斉の言葉にレンが返事をすると、彼は苦笑して瞳を細めた。ルーレットに投げられた玉は黒に入り、レンのもとへコインが戻ってくる。ディーラーが玉を投げ入れるタイプでなく、機械が玉を吐き出すタイプであるから、基本的にイカサマはないと見ていい。優秀なディーラーであれば、どこに玉を落とすか調節できることもあるのだ。
「では次は数字の方に賭けるといい。それでルーレットは終いにしよう」
「そうするんよ」
 万斉の言葉に来島は思わず悲鳴を上げたくなる。赤黒であれば確率は二分の一であるが、数字に賭けるとなると、勝った時の倍率は上がるが、外す確率も無論高くなる。それをあっさりやれという万斉の神経も理解出来ないが、受けてしまうレンもレンだと思わず顔面が蒼白になった。
「何番にするでござるか?」
「七にするんよ!」
 ラッキーセブンにあやかってなのか、レンがコインを全額七に乗せたことで会場がどよめいた。勝てば三六倍。大変な金額になる。
「大丈夫なんっすか?先輩」
「遊ぶために持たされた金でござるよ。スッて文句を言われる筋合いもない」
 憮然と言い放つ万斉を見て、止めるのは無理だと来島は肩を落とす。レンも余り金に執着はないが、万斉もそうなのだ。もしかしたらレンのそれは万斉に影響されているのかもしれないと、今さらながら思い、来島は冷や汗をかきながらルーレットに視線を送った。
 大きな金額を賭けたという事もあり、会場中がルーレットの行方に注目していた。居心地の悪さを感じながら、来島は当たれ!当たれ!と祈る。
「ふむ。随分と幸運の女神に愛されてるのでござるな」
「……当たった……」
 感心した様に言う万斉と、あ然とする来島。一気に増えたコインを見てご満悦のレンは、無邪気に喜び二人に笑顔を向ける。
「一杯増えたんよ!コレで終わりにするんよ!」
 そう言うと、一枚だけコインを抜いて、後は来島に渡す。
「えぇ!?ちょ!」
「コレはお金にならないん?かまぼこ板の方を増やしたほうが良かった?」
「なるっすけど……レンが増やしたんっすよ?」
 来島の意図が分からないのか、レンは首を傾げると、一枚だけで私はええんよ、と言い万斉の方を向く。
「拙者もレンもそのコインは不要でござるよ来島殿。換金して持って帰ると良い」
 意味が分からない、そう思いながら、来島は皆の注目を集めながらコインを換金しに行く。持ち歩くのが怖い金額であるし、如何せん封筒には入りきらない。ビビって涙目になりながら換金所で新しい封筒を貰うと、大急ぎで金を詰めて万斉とレンのところに駆け戻った。サイコロでの大勝ち、そしてルーレットでの大勝ち。それを見ていた客は、次はレンがどのゲームに行くのか興味があるらしく、チラチラと視線を送ってくる。それに気がついた来島は、万斉の服を引っ張ると、声を賭けた。
「先輩!そろそろ戻りましょう」
「拙者が遊んでいないでござる」
 え?と驚いたような顔をした来島を見て、万斉は少しだけ口端を上げる。
「大丈夫。二、三ゲームでござるよ」
 そう言うと、万斉はレンの手を引いてカードゲームの卓へ向かった。レンにはルールが複雑だろうと来島が敬遠していたのを知っているのだろうか、万斉は彼女にひと通りルールを説明する。
「……とまぁ、21に近ければ近いほどいい」
 ポーカーは役の説明が面倒だったのだろうか、選んだのはブラックジャックの卓だった。レンは興味深そうに卓に張り付き、ディーラーと客のやりとりを見る。手際よくカードをさばくディラーに興味を持ったのか、レンはじっとその様子を眺めている。
「先輩、なんでカードを山に戻さないんっすか?」
「シャッフルの数を減らすためでござるよ」
 一度客やディラーが使ったカードはそのまま別の場所に移され、残った山からゲームをする。それを数回繰り返し、山が減ったら新品のカードを又開けてゲームをするという形だったので、来島はへぇ、と感心したような声を上げた。新しいカードを開けるのはイカサマ防止らしい。そういえば、カードのウラの色が交換するたびに違う。そう考えながら来島は万斉が座った後ろに立つことにした。
「レン、拙者の傍から離れないようにするでござるよ」
「解ったんよ」
 素直に頷いたレンを見て、満足そうに笑うと万斉は一番最初に貰った軍資金分コインに変えてゲームをスタートした。
 一時は大勝ちしたレンの連れだと言う事で注目を集めていたが、万斉の勝負自体は勝ったり負けたりで客の興味もそれてくる。それに来島は安心した様に飲み物を買ってくると傍を離れることにした。レンほど大勝ちはしないが、万斉も手元のコインは決してマイナスにはしない。熱くならないタイプの万斉は賭け事に向いているのかもしれないと思い、来島は三人分の飲み物を購入すると、また卓の方へと引き返す。
「……え?」
 卓の周りに集まる人だかり。また何かやらかしたのかと人をかき分け前に出ると、万斉の隣にレンが座りゲームに参加しているのが見え、来島は悲鳴を上げそうになる。
「ちょ!ルール解るんっすか!?」
「大丈夫なんよ。万斉のゲーム見て覚えたんよ」
 流石に全部賭けるという暴挙に出なかったのは、万斉がそうするように指示をしたのかもしれない。黙って手を出す万斉に飲み物を渡すと、来島は彼に耳打ちをする。
「大丈夫なんっすか?」
「コレは最初に武市殿から貰った分を増やしてレンに分けたから問題ないでござる。そもそも、来島殿の懐は来た時より温かいでござろう?」
 たとえここで全部スッっても来島の手元にはまだ十分に金がある、よって叱られる筋合いはないと言わんばかりの万斉の態度に来島は呆れたような情け無いような顔をしてギャラリーに戻る事にした。
「姉ちゃんの妹と先輩着々とコイン増やしてるな」
 ギャラリーに声をかけられ、来島は曖昧に笑うと、困ったように返事をする。
「私は向いてないみたいっす」
「いやぁ、妹のほうの勝ちっぷりは派手だけど、野郎の方もどうよ。損害は最小限でコツコツ勝ってるしな」
 口々に言われ、来島はどう返答していいのか分からず、早く終わってくれと祈るような気持ちになってくる。というのも、先程からレンと万斉の相手をしているディーラーの顔色が悪い。プレイヤー同士で掛金をやりとりするタイプのゲームではなく、ディーラーとある意味一騎打ち勝負であるこのゲームで、万斉やレンに負けこんでいるからであろう。余り問題を起こさないで欲しいと思いながらレンの方に視線を送る。
「そろそろ終いにしようかレン」
「解ったんよ」
 万斉の言葉にレンは頷くと、一回目の賭けで一気に全額押し出す。引きつるディーラーの顔を眺め、万斉は口端をあげると、己も全額コインを押し出した。

 ざわつく会場。結局そのゲームでディーラーは21を越えバーストし、万斉とレンはコインを倍にした。早く帰りたい、そう思いながら、来島はまた万斉から押し付けられたコインを換金しに行く。自分は一向に勝てないのに、強運のレンはともかく万斉までがさらっとコインを増やしたのが不思議でならない。そもそも博打など胴元が儲かる様になっている筈なのだ。
「おぬし随分景気が良いようだな」
 驚いて来島が振り返ると、そこには派手な扇子を持った女が立っており、周りの雰囲気も一気に変わる。
「コレは私が勝ったんじゃなくて連れが……」
 慌てて言い訳するように来島が言うと、女は咽喉で笑い、瞳を細めた。
「どうじゃ、わしと勝負せんか?」
「いやいやいやいや!だから、私が勝ったんじゃないんっす!」
 首を振り続ける来島を見て、女はつまらなさそうに声を上げた。
「なら早よう連れを呼んでこい」
 ギロリと睨まれ、来島は慌てて万斉とレンの姿を探した。のんびり茶を飲む二人を見つけた来島は慌てて先ほどおかしな女に声をかけられたことを話す。すると万斉は興味なさ気に声を上げた。
「そろそろレンの夕食の時間でござる」
「……あ、いや、そうなんっすけどね。無視していいんっすか?」
「別に付き合う義理もないでござろう」
 そう言い放つと、万斉はレンを連れてさっさと店の外へ向かう。それを見て慌てて後を追う来島。本当に大丈夫なのだろうか。心配そうな来島を他所に、万斉とレンは夕食を何にするか和やかに話す。そんな中、予想通りと言わんばかりに物騒な連中に囲まれ、万斉は露骨に不快そうな顔をした。
「ほら!無視するから!先輩!」
「……全く、迷惑な連中でござるな」
「それはこっちの台詞じゃ。散々賭場を荒らして帰れるとおもったのか、ぬしら」
 不快そうに眉を寄せた女を見て、来島は思わず声を上げる。
「勝った負けたは運じゃないっすか!現に私は全然勝てなかったっす!」
 来島の言葉に女はふんと鼻を鳴らすと、つまらなさそうに口を開く。
「わしはそっちの娘と男に用がある」
「拙者は用はない」
「ならば力づくできてもらおう」
 周りにいた物騒な連中が一気に襲いかかってきたので、来島は拳銃を抜こうとするが、それを万斉に止められる。
「先輩!」
「真選組が来たら厄介でござる」
 どうしろというのだ!と悲鳴を上げながら来島は己の身を守ることだけに集中する事にした。しかしながら、結局銃を抜く必要も無かったと一瞬で来島は悟る。最強種・夜兎。レンは機嫌良く男達をなぎ倒すと、女に視線を向けた。
「お腹すいたから帰りたいんよ」
「……ぬしは……第七師団の追っ手か!」
 悲鳴のように上がった声。それを聞いて万斉は口元を緩める。間違いない。春雨の探し人だと確信したのだ。
「?第七師団じゃないんよ」
 驚いた様にレンが返答したのを見て、女は醜く顔を歪めた。追加でやってきた護衛はレンの周りに倒れる仲間を見て言葉を失い、女の指示を待つ。
「残念ながら拙者たちは単なる通りすがりでござるよ」
「嘘をつくな!第七師団意外に夜兎がいるなど聞いたこともない!」
 ヒステリックに叫ぶ女に露骨に嫌そうな顔をすると、万斉は呆れたように言葉を発した。
「何をいっているのでござる。現に万事屋にも夜兎がいるでござろう。遊ばせて貰った件には感謝するでござるが、がめつい商売は感心しないでござるよ。じき足元をすくわれる」
「黙れ!」
 捕らえろと女が叫ぶ前に、レンは来島を抱え跳躍する。万斉もそれに続き、目標を見失った護衛は判断に迷い女の方に視線を送った。
「……よい。戻る」

 

 船に帰る途中に食事を取ったが、先程の襲撃の所為で落ち着かない来島はろくに味も解らなかった。それとは逆にレンは美味しそうに食事を取り、万斉も満足そうである。神経の太さに関してはこのコンビに勝てる者などそうそういないだろうと思いながら、来島はは二人の様子を眺めた。
 一応追っ手を警戒してか、若干遠回りをして船へ戻ったレンは、高杉の部屋にそのまま突撃する。恐らく今日あったことを話すつもりなのだろうと思い、万斉も来島もそれについて行った。部屋には定位置に高杉がおり、その横で武市が書類を抱えて立っている。
「よう。遅かったな」
「ご飯食べてきたんよ」
 レンの言葉に高杉は笑うと、煙管の煙を吐き出した。
「すってんてんにはされなかった様だな」
「いや、もう、なんか、大変な事になって参ったっす」
 ぐったりした来島を見て武市は僅かに眉を寄せたが、万斉が懐から取り出した録画器具を受けとりながら口を開いた。
「どうでしたか?」
「少なくとも、春雨に追われる身だと言う事は確認できたでござる」
 賭場を出た後の女の言葉を思い出した来島は、漸く彼女こそが今回の標的だと把握したのだ。しかしながら一番最初に見た写真と顔が違う。
「整形したんっすかね?そういえば春雨の追っ手か!ってレンに言ってたっす」
「姿を変え、名を変えというのは定番ですからね。レンさんが夜兎だと気がついて警戒したのでしょう。画像は後で解析します。お疲れさまでした」
 武市の言葉で任務完了だと判断したレンは、懐から板とコインを出して卓に並べる。
「サイコロで遊んだのか」
「そうなんよ。あと、ルーレットとカード」
 高杉の言葉にレンは機嫌よく頷くと、楽しかったんよ!と締めくくる。その様子を見て来島が渋い顔をしたので高杉は怪訝そうな顔をして口を開いた。
「なんだ。負けたのか?」
「私は負けっす。けどレンと万斉先輩は大勝ちして……」
 そう言いながら、懐に入れていた封筒を卓に並べる。それに武市は驚いたような顔をする。
「増やして帰ってきたんですか。しかもあの初期費用で」
 武市の言葉に来島が頷くと、高杉は愉快そうに口元を歪めた。
「どーだった?雪兎」
「サイコロは音の判断難しかったんよ。ルーレットは判断材料ないから全部勘やったけど。カードは覚えるの大変やった」
「そういえばルーレットの最後に七に全額賭けたのも勘だったんっすか?」
「阿伏兎さんが第七師団やから七にしたんよ!」
 自信満々に言うレンを見て、高杉は苦笑し、万斉は渋い顔をした。最後の勝負に阿伏兎の数字を選んだのが気に入らなかったのかもしれない。万斉の表情を眺めながら、高杉は瞳を細めて笑った。
「レンは元々運がいいみたいっす。万斉先輩もブラックジャックで大分コイン増やしてましたけど。最後は二人で全額賭けてディーラー涙目になってたっす」
 来島の言葉に高杉はふぅっと煙を吐き出すと、万斉に視線を送り口元を歪めた。
「カウンティングか?」
「イカサマではない故、咎められる筋合いはない」
 そのやりとりに来島は首をかしげ、武市の着物の裾を引っ張り小声で聞く。
「カウンティングって何っすか?」
「簡単にいえば、ブラックジャックで胴元が17迄はカードを引き続けるというルールを逆手に取った手法ですね。ゲームに使ったカードを全部覚え、デッキに残ったカードの数値を弾きだして、自分と胴元のどちらが有利か判断して掛金を変えていく手法です。まぁ、あくまで確率論なんで確実に勝てるわけではありませんが」
 武市の説明を聞いて来島は唖然としたような顔をする。
「まぁ、デッキに大きい数字が多けりゃ胴元がバーストする可能性が高くてプレイヤーが有利って事だ」
 補足の様に高杉が付け足したので、来島は思わず万斉の方を見る。しかし万斉は表情を変える事なく、珈琲をすすっている。
「え?でも、ゲームで使ったカード全部覚えなと駄目なんっすよね?」
「まぁ、全部覚えなくても極端に数が大きいカードと小さいカードが出た時に枚数覚えるってのが一般的な方法だけどな」
「全部覚えなくても良かったん?」
 高杉の言葉にレンが声を上げると、来島はぎょっとしたような顔をする。
「レンは全部覚えたんっすか?」
「覚えたんよ。50枚ぐらいなら大丈夫なんよ」
「レンは優秀でござるな」
 万斉が褒めて頭を撫でる姿を見た来島と武市は、呆れたような顔をする。優秀どころの騒ぎではない。モノを知らないだけで、基本的に物覚えはいい方だと思っていたが、意外な才能である。
「でも、カウンティングってイカサマじゃないんっすか?」
「メモも取らねぇで出来るか?俺は無理だ。カウンティングに関しては店が自衛するしかねぇんだよ」
 高杉に言われ、来島は確かにと思う。レンも万斉も来島の目から見ても他のプレイヤーと同じようにゲームに参加していたとしか思えない。実際、あの場でカウンティングを指摘する人間は誰もいなかった所を見ると、そうそうできるものでもないということは理解できる。
「そっち方面の才能伸ばしてみたらどうだ?」
 茶化すように言った高杉に、万斉は不快そうに眉を寄せると、断る、と短く返答した。それを眺め面白くなさそうに高杉が瞳を細めると、卓に来島が置いた金を三等分する。
「まぁ、テメェらの小遣いでいいだろ」
 すると来島は大きく首を振って、自分は負けているからと、そのまま武市に金を渡す。それに対して武市は少しだけ苦笑すると有難く受け取ることにした。軍資金はあって困るものではない。それを見ていたレンは、自分の前に置かれた束を同じように武市に渡した。
「レンさんはお小遣いにしてもいいんですよ」
 武市の言葉にレンは首を傾げて少し考えこむような仕草をした。
「コレでお米買って欲しいのよ。賭場のおじさんが言ってたんよ。これで美味しいご飯食べられるって」
 思わず吹き出したのは高杉で、良い米買ってやれ、と武市に金を受け取る様に促した。
「安上がりなこった」
 瞳を細めた高杉は万斉に視線を送る。それに気がついたのか、万斉は少しだけ不快そうな顔をした。その後、レンと同じように武市に金を渡し、米を買うといい、と呟き、珈琲を飲み干した。
 それを見たレンは満足そうに笑い、万斉の膝に乗ると、瞳を細めた。
「美味しいお米楽しみやねぇ」
「そうでござるな」
 その様子を見ながら武市は呆れたような顔をして、部屋を出て行く。恐らく金を片付けに行くのだろう。
「次は俺と賭場に行くか。ポーカー教えてやる」
 瞳を細めた高杉を見て、万斉は不機嫌そうに眉を寄せると、レンを抱き上げそのまま部屋を出ていってしまった。レンはばいばい!と手を振る。
「……先輩機嫌悪くなったっすね」
「好きじゃねぇんだろ賭博が。雪兎に教えるのも教育に悪いとか思ってんじゃねぇの?」
 高杉の言葉に来島は呆れたような顔をする。教育に悪いと言われればそのとおりかもしれないが、彼のレンへの執着は矢張り異常だ。
「まぁ、今のうちだけだろ。学習能力たけぇからな、雪兎は。じき万斉の手を離れる」
 そう言うと、高杉は咽喉で笑い、煙管の火を落とした。


無欲の勝利。
20110515 ハスマキ

【MAINTOP】