*参拝*

 神社の境内は屋台と人が溢れ、来島に手を引かれているレンはぽかんと口を開ける。揃いの着物を着た二人は容姿は似ていないが仲の良い姉妹に見えないでもないと、万斉は満足そうに笑うと、レンの頭を撫でる。
「何か欲しいものはあるでござるか?」
「りんご飴ー」
 着色料全開の色鮮やかな赤にレンは視線を送ると、万斉の問いに答える。財布を握り締めてりんご飴を買いに走ろうとする万斉に、来島は慌ててストップをかけると苦笑した。
「先輩は仕事があるんですから私に任せるッス」
 その言葉に万斉は渋々と財布をしまうと、人ごみに視線を向ける。幕府の幹部である水野は毎年この神社へ足を運ぶ。表向きは庶民派と言われているが、天人について私腹を肥やす事も裏では有名で、鬼兵隊に限らず、他の攘夷派志士達のテロ対象筆頭の男だ。
 本来なら真選組にでも護衛を頼めばいいものを、余り真選組を快く思っていないのか、自前のSPのみを連れて参拝していると言う情報が入り、武市が暗殺計画を練ったのだ。高杉は面倒だから江戸城ごと吹っ飛ばせ等と言っていたが、その辺りは上手く武市が調整したのであろう。マイペースな人間が多い鬼兵隊の中で武市という人間はその個性を上手く組み合わせて計画を練る事に特化している。本人の剣の腕自体は万斉にも似蔵にも及ばないが、計画を立てる事に関しては高杉に一任されるだけはある。
 今回に関してはテロ予告を出す事はしていない所を見ると、確実に水野を仕留めろと武市は万斉へプレッシャーをかけているのであろう。そもそも、予告等派手な事は余り鬼兵隊はしないのだが、大々的に宣伝するのが有効だと判断した場合はその限りではない。
「お仕事は手伝わなくてええん?」
 万斉を見上げたレンに、彼は笑いかけると、拙者の仕事でござるよと呟き彼女の柔らかい髪を撫でる。対多数ならばともかく、暗殺は万斉の得意分野であるし、レンの容姿は目立つ。少なくとも江戸で使う事は殆どないし、武市もレンの能力を把握はしているが、手伝いはともかく重要な所では使う事はない。それは彼女が志を持って鬼兵隊にいる訳ではと言う武市の配慮なのであろう。
「来島殿、レンを頼む。拙者は少し下調べするでござる」
「了解ッス!」
 今回に関しては来島もレンも見物以外の何物でもない。神社に屋台が出る事に興味を示したレンを万斉が連れて来たのだ。無論武市は渋い顔をしたが、いざという時のフォローとして来島も同行させると言う事で妥協してもらった。万が一万斉が失敗した時の為にと送りこむ予定だった面子を来島とレンに変更したのだ。レンの身体能力と、来島の早撃ちは逃走をフォローするのに都合が良いし、何より万斉が信頼しているので揉める事もないだろうと判断した武市は、無理をしないようにとレンと来島に言い聞かせ送りだしてくれた。
「……晋助も問題を起こさぬように」
「心配すんな」
 ギロリと万斉が視線を送った先にいる高杉は、編み笠を少し持ち上げると、口端を上げて笑った。本来一緒に来る面子で一番武市が渋い顔をしたのは高杉である。暇だからついて行くという高杉の説得に失敗した武市を責める気はないが、問題児筆頭である高杉を野放しにするのは万斉も気は進まない。贔屓にしている三味線屋で昼寝でもしていてくれた方がいくらかましだと文句を言ってみたが、どうやら三味線屋は生憎の留守だったらしい。
「四半刻で戻る。問題なければそのまま仕事を片付ける故、来島殿もレンもそれまではゆっくりしているといい」
 万斉の言葉にレンは頷くと、頑張ってね、と笑い万斉の頬へ口づける。

 万斉を見送ったレンは、不思議そうに屋台を見回すと首を傾げて来島に声をかける。
「奥になにがあるん?」
 人の流れが神社の境内の奥へ奥へと流れているのが不思議であったのだろう。年末に一緒にテレビを見ていた時も不思議そうな顔をしていたのを思い出して、レンに参拝の習慣がないと言う事を来島は理解した。
「参拝って言って、神仏にお参りするんッスよ。えーっと、お願い事するとか、そんな感じッス」
 いざ説明しようと思ったら己の認識もあやふやだと気が付き、来島は言葉を濁す。そもそも参拝がどういったものなのか余り深く考えた事はなかったのだ。
「元々は家長が氏神の社に籠る風習なんだがなぁ。氏神とか、恵方の神社を参るのが昔ながらの参拝だが、最近はどこでもいいみてぇだな。適当に神様に願い事しとけ。運が良けりゃ叶うかもしれねぇ」
 咽喉で笑った高杉を見てレンは納得したように頷いた。七夕といい、月見といい、江戸には珍しい習慣があると思ったのだろう。
「俺は隣の神社行ってくる」
「え?あの小さい神社っすか?」
 賑やかな今いる神社とは別に、少し離れた所に小さな神社があるのは来島も知っていたがさびれていたので余り気にしていなかったのだ。
「鬼を祭ってる珍しい神社なんだよ。賑やかなのも悪くはねぇけど、俺はあっちの方がいい」
「そうっすか。それじゃぁ、待ち合わせ時間にまた」
「ああ」
 瞳を細めてその場を離れる高杉を見送った来島は、レンの手を握って、何が食べたいっすか?と笑った。

 一方、人ごみの中水野の姿を確認した万斉は僅かに渋い顔をする。確かにSPしか傍にはいないが、知った顔の真選組の姿をちらほら見かけたのだ。真選組の屯所から一番近い有名神社であるし、制服を着ていない所を見ると参拝の為に来たのかもしれないが、できれば彼等のいない所で仕事を片付けてしまいたい。そう思った万斉は、辺りに注意を向けながら身を翻した。一旦来島達と合流して、逃走経路を再度見直す為である。
 そして、レンの姿を確認した万斉は、ぴたりと足を止めた。
 彼女の傍に真選組の姿を確認したからである。運悪く鬼の副長と言われている土方で、レンの腕を引いてどこかへ行こうとしているのを見て、万斉は舌打ちをして一緒にいる筈の来島の姿を探した。すると彼女は屋台の影に隠れて様子を伺っていたようなので、万斉は素早く移動すると彼女に声をかけた。
「来島殿」
「先輩!良かったっす!」
「何故レンが奴と?」
 その言葉に来島は真っ青な顔で事情を説明し始めた。

「レン。ここで待ってるっすよ。直ぐに戻るから」
 手洗いに向かった来島はレンを休憩所のベンチへ座らせるとその場を離れた。その間レンは買って貰ったりんご飴の袋を剥がしながら足をぶらぶらさせると辺りを見回す。何もかもが珍しくて気になる。けれど来島の言いつけを守ってその場にいる事にしたレンであったが、背中にどんと衝撃が走り、持っていたりんご飴をそのまま地面へダイブさせる。
「えぇ!?」
 驚いたレンは悲鳴を上げてりんご飴を拾い上げるが、袋を剥がしてしまった飴は土まみれになり食べ物としての機能を果たす事は不可能に思える。洗えば大丈夫だろうか、そんな事を考えていたレンの頭上から降って来た声に彼女は眼を丸くした。
「あーあ。いけねぇんだ土方さん。餓鬼の飴ダメになっちまいやしたぜぃ」
「マジでか。あー悪ぃ。怪我はねぇか」
 真選組だと気がついたのは、ぶつかったのであろう謝罪した男が時々高杉の贔屓にしている三味線屋に出入りしている人間で、レンが一方的に顔を知っているからであった。ハロウィンにマヨネーズは菓子だと言い張った男だ。
「大丈夫なんよ」
 関わらないようにと万斉に言われていたレンは返答に困り、瞳孔の開いた男の言葉に返答するだけにとどまる。逃げた方がいいのだろうか、それともこのまま知らん顔をしてた方がいいのだろうかと考え、レンは困り果てた顔をしたのを勘違いしたのか、若い男の方がレンの顔を覗き込んでにんまり笑う。
「こりゃもう食えねぇですぜぃ。餓鬼が泣きださねぇうちにぱしって買い直した方がいいんじゃないですかぃ?」
 驚いたレンはぶんぶんと首を振るが、遠慮ととったのか、煙草を銜えた男は火を揉み消すと、ちょっと待ってろといい走り出した。逃げると言う選択肢をできなくなったレンは途方に暮れた様に男を見送り、自分の隣の座った男の様子を伺う。真選組の人間かどうかは解らないかったが、二人の会話を聞いていると親しいのはレンにも理解できたし、そうなると、やはりこの人間とも一緒にいない方がいい気がしたレンは立ち上がると、お友達探さなあかんから、もう行くんよと言葉を放つ。すると、その男は目を丸くして笑った。
「迷子ですかぃ?」
 迷子かと言われれば違うような気がしたが、早くこの場を離れたいレンは頷く。来島が帰ってきてもこの状態では彼女も困るだろうと思ったのだ。
「そんじゃ、パシリが帰ってきたら神社の迷子センターに連れってやりますぜぃ」
「大丈夫なんよ」
 ぶんぶんと首を振るが、男はレンの頭を撫でると、こう見えても警察なんで心配しなくてもいいですぜぃと言う。だから駄目なのだとどうやったらうまく説明できるか解らなかったレンはがっくりと肩を落とした。
「ほらよ」
 戻って来た男が差し出したりんご飴を受け取ると、レンは、ありがとうなんよといいしょんぼり項垂れる。それを見て男が首を傾げると、迷子らしいですぜぃと耳打ちされて、少しだけ驚いたような顔をした。
「迷子センターってあったか?」
「呼び出し頼めばいいんじゃねぇですかぃ?」
 勝ってに進む話にレンは、大丈夫なんよ!と言うが、彼等はそれが聞こえないのか相談を始める。そんな中、男はレンの傍によって僅かに眉を上げた。
「手前ェ。煙草吸うのか?」
「吸わないんよ。なんで?」
「未成年の喫煙は補導対象ですぜぃ」
 未成年の定義は解らないが、煙草を吸ってもいい年齢かどうかといわれれば、多分大丈夫だと思ったレンは困惑して返答する。すると、男は渋い顔をしたままレンの腕を取る。
「とりあえずちょっと来い」

「連れて行かれちゃうッス!」
 慌てて屋台の影から飛び出そうとする来島の腕を捕まえたのは、万斉ではなく高杉で、二人とも目を丸くする。
「どんくせぇな雪兎は」
「何処に行ってたでござる」
「ちょっとな。万斉は仕事に戻れ。真選組が雪兎に気を取られてる今が好機だろうよ。来島は雪兎にとりあえずは大人しく真選組についてく様にメモ渡してこい。万斉の仕事が終わったら回収しろ」
「でも、真選組がレンに張り付いてたら」
「迷子にどんだけまともに取り合うんだよ真選組が。どーせセンターに放り込んだら離れるだろうよ。念のために多串君は俺が釣り上げとく」
 そう言うと、渋い顔をした万斉と、心配そうな来島を余所に、高杉は瞳を細めて笑った。

 土方と呼ばれた男に腕を掴まれたレンは、恐る恐る彼の顔を見上げる。質問の意図も解らなかったし、無理に逃げようとすればできるかもしれないが騒ぎが起きれば万斉が仕事が出来なくなるかもしれないと思い、思わずりんご飴をギュッと握りしめる。
「……ちょっと話聞くだけだ」
「土方さんが睨むからビビってるんじゃないですかぃ。可哀相に」
 茶化すように言ったのを無視すると、土方はレンの腕をつかんだまま歩き出す。すると、二人の間に割って入るように人が突撃して来たので、土方は思わずレンの手を放し、レンは再度りんご飴を見事に地面へ落とした。
「ごめんなさい!急いでたもので。すみません、飴はこれで買い直して下さい!申し訳ないっす!」
 早口でまくしたて、レンに金を握らせた女はまた人ごみ中へあっという間に消えた。土方は目を丸くして女の姿を見送ったが、レンは握った手にお金とメモがあるのに気が付きそれをこっそり開く。どうやらこのままとりあえず真選組について行って良いと言う事なのだと判断して、安心したような顔をすると、土まみれになった飴を拾い上げる。顔は良く見えなかったが来島だったのであろう。迷惑かけた事が申し訳なかったが、どうしたらよいか解らない不安さからは解消された。
「……どーすんだ。飴。買い直すのか?」
「飴はもうええんよ。次も落とすかもしれへんから」
 その言葉に土方は自分もレンの飴を台無しにしたのを思い出したのか、僅かに口元を歪めたが、それ以上は突っ込んでこなかった。そんな中、不意に土方の携帯が鳴り響き、彼は応答する。すると、土方は顔色を変えてレンの手を放した。
「総悟。この餓鬼連れてけ。あと、近藤さん捕まえて屯所の連中かき集めろ」
「新年早々なんですかぃ」
「高杉の野郎がちょろちょろしてる。水野様も参拝もあるし念の為に警戒しとけ」
「ご自慢のSPがいるじゃないですかぃ。俺らみたいなイモ侍に世話にならねぇって言ってたんじゃないですかぃ?」
 嫌味たっぷりの返答に、土方は渋い顔をする。彼の気持ちも解らないでもないが、鬼兵隊が相手なら真選組も警戒しない訳にもいかないのだろう。レンは余計な発言はしない方がいいと判断して、黙って話を聞いていたが、土方はチラリと彼女に視線を送って瞳を細めた。
「一つだけいいか」
 小さく頷いたレンに、土方は口を開いた。
「手前ェは誰とはぐれた」
「ここに連れてきてくれたお姉さんなんよ」
「……悪かった」
 土方はそう言うと、携帯をポケットに押し込み急いだ様子でごみの中に消えた。総悟と呼ばれた男は携帯電話から耳を放すと、レンを見て、面倒臭そうに頭を書く。
「ちぃとややこしい事になりやしたから、迷子センターまで連れてくまでで勘弁してくだせぇ」
「ありがとうなんよ」
「総悟!」
「沖田さん!」
 携帯電話を閉じた総悟に声をかけて来た男と女は、彼の連れているレンを見て目を丸くする。
「あれ?誰?この子」
「仲良く参拝中にお邪魔してすいません近藤さん。土方さんが迷子センターに連れてけって」
「迷子?」
「多分。ちょっと土方さんの様子はおかしかったんですけどねぇ」
 総悟の言葉に近藤は首を傾げると、レンの事をじっと眺める。本当にこのまま真選組についていっていいのか、人が増えてしまったと不安になったレンは思わず手をぎゅっと握りしめる。
「あれ?この子夜兎族じゃないのか?ほら、万事屋のチャイナとおんなじ」
「そーいわれれば、なんか色素薄いですねぇ。大方夜兎の参拝見物だったんでしょうぜぃ。とりあえず迷子センターに放り込んだら水野様探しやしょう」
「そうだな」
 土方ほど自分に対して注意を向けなかった事に安堵したレンは、ほてほてと真選組の後について迷子センターまで連れて行かれる。その間もひっきりなしに携帯電話であれこれと指示を出している様子を見て、レンは万斉の仕事の事が少し心配になる。高杉の名前が土方の口から出た事を考えると、鬼兵隊がこの神社に来ている事を真選組は警戒しているのだろう。
 迷子センターという名の神社の仮設事務所へたどり着いた一行は、レンを椅子に座らせると、何やら相談を始める。
「とりあえず水野様さがしやすか?」
「本殿の参拝は終わってるみたいだから、帰る所だろうしなぁ……ちょっと神社の人に聞いて……」
 近藤がそこまで言った所で、事務所の外から人が滑り込んでくる。
「局長!」
「どうした!?」
 恐らく真選組の人間だろう男が開けはなった扉から、外が煙に覆われているのが確認できたのでレンは思わず腰を上げる。
「ちょ!何これ!?火事!?」
 悲鳴を上げた近藤に、報告に来た男は首をふる。
「突然屋台の一角から煙が上がったんですが、どうも煙幕みたいで。客がパニック起こしてるんでとりあえずいる面子で誘導はしてるんですが……」
 恐らく参拝客が多すぎて誘導も上手くいっていないのであろう。事務所の外からは怒声と悲鳴が上がっている。
「危ないからここにいてくだせぇ。近藤さん!いきやしょう。この分じゃ水野様やられてるかもしれやせんぜぃ」
「ああ!もう!新年早々勘弁してくれよ!」
 慌てて飛び出してゆく面々を見送りながら、がらんとした事務所にポツンとレンは取り残される。先程までいた神社の関係者も一緒に出て行ってしまったのだ。レンは椅子から立ち上がり、そっと扉を開けてみる。すると視界は煙に覆われており、遠くで人が動く様子だけが解った。目を凝らせば移動できない事もないだろうし、どうしたものかと悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえ、レンは顔を上げる。
「良かった!さ、行くッス!」
 迎えに来た来島を確認すると、レンは、ぶわっと泣き出し来島にしがみつく。
「先輩は大丈夫っすよ」
 言葉もなく頷くレンの手を引いて、来島は仕事が終わった後に集合する手筈へなっている屋形船へと急いだ。

 怒声と悲鳴の聞こえる中、万斉は水野のSP達を切り倒し、目標を捕えた。自慢のSPだと言う話だったが、これならば真選組の方がマシだろうと思わないでもない。彼等は一人に対して必ず多数で対応する。それは絶対に負けられないと言う方針からであるし、勝つ為に手段を選ばない姿を卑怯だと罵るものもいるが、負けてしまえば全てが終わりであると理解している万斉はそんな彼らの方針は嫌いではなかった。
「何者だ!」
「曲者でござるよ」
 笑う万斉は一気に刀を振り下ろすと、武市からの仕事を完了させた。運よく客は殆ど真選組の誘導により境内を出口に向かっているし、煙幕のお陰で目撃者もいないだろう。真選組がかぎつけて来る前にさっさとこの場を離れるべきであろうと判断した万斉であったが、ふと視線に止まった屋台の前で足を止めた。
 色鮮やかなりんご飴。レンは結局これを食べられなかったのを思い出し、ポケットから小銭を取り出すと、屋台の上へ置き、一本飴を引き抜いた。
 前もって武市から教えられていた抜け道を通り、万斉は止めていたバイクに跨ると、屋形船ではなく近くの神社へ向かった。そこで高杉を回収するのだ。元々計画にはなかった事であるが、高杉が真選組の副長を釣り上げた為に、急遽逃走の手助けが必要になったのだ。確かに剣の腕もたち、頭も切れる副長がいないのは仕事がやりやすいが、態々高杉が出てくる程でもないと万斉は思わずため息をつく。レンを助ける為ではなく、仕事を手伝う為でもなく、己が寵愛する女の傍にいる男への嫌がらせの為に高杉がノコノコと姿を晒したのだろうと思う万斉は、面倒だと舌打ちして、神社の境内の外で高杉を待つ事にした。
 暫くすると、神社の境内が煙で覆われ、柵を飛び越えて来た高杉が万斉のバイクの後部座席に滑り込む。
「待たせたな」
 無言で万斉はバイクにエンジンをかけると、次はもう迎えに来ないと短くいいバイクを走らせた。

 

 武市の手配した屋形船へ乗り込むと、そこには来島とレンが座っており、レンは二人の姿を見てほっとしたように立ち上がった。
「船出せ」
 高杉の声を合図に舟は動き出し、レンはぽふっと万斉に抱きつく。
「ごめんなさい」
「無事で良かった」
 レンを抱く手に力を込めると、万斉は叱らず彼女の無事を喜んだ。そしてそのまま座蒲団に座ると、レンを膝に乗せる。
「本当無事で良かったッス。何でレンが副長に目をつけられたんっすかね?」
 足を伸ばして座る来島の言葉に万斉は、確かにと思い、レンに土方と会った時の事を聞く事にした。鬼兵隊だと言う事を確信していれば、間違いなく迷子センターではなく屯所に連れていかれたであろう事を考えると、土方自体はレンに対して疑惑はあれど、確信はなかったのであろう。
 一通り話を聞くが、レンの言動に問題はなかったと来島と万斉は首を傾げる。
「あとね」
「他にもあるのでござるか?」
「煙草吸うか?って聞かれたんよ」
 その言葉に万斉は顔を顰める。それに対してレンは恐らく否定したであろう。それに対してどうこう言うつもりはないが、高杉に視線を送ると、万斉は不機嫌そうに口を開く。
「晋助」
「……大したもんだな、多串君の嗅覚も」
 高杉の返事に、漸く来島はレンに高杉の煙草の匂いが染みついている事に気がつく。来島にとっては嗅ぎ慣れた臭いである為に注意を払った事はなかったが、高杉の膝の上に座る事の多いレンは、その煙草の煙もよく浴びているのだろう。
「そんなに解るもんっすかね?」
 思わずレンの髪に鼻を近づけて来島が言うと、万斉はそうでござるなと呟く。
「拙者や来島殿の様に煙草を吸わない人間にとっては、漠然と『煙草の匂い』として取れないでござるが、晋助や奴の様に、自分が好んで吸う煙草がある人間にとっては、自分の煙草以外の匂いをかぎ分けられるのかもしれないでござるな。恐らく三味線屋で晋助の煙草の匂いを覚えたのでござろう」
「割と珍しい葉だからな」
「市販品にかえる事をすすめる」
「気にいってんだよ」
 悪びれもせずに高杉が言い放ち、咽喉で笑ったので万斉は不機嫌そうに顔を顰めた。その様子を心配そうにレンが見上げたので、万斉は表情を緩めて、懐から小さなりんご飴を取り出しレンに握らせた。
「飴ちゃん」
「帰り際に買ってきたでござる」
「ありがと」
 嬉しそうに笑うレンを見て、万斉は口元を緩める。すると来島は感心したように口を開いた。
「暗殺帰りに買い物って、余裕ッスね先輩」
「屋台に誰もいなかったので金だけ置いて来た」
「……意外と律儀ッスね」
 あのどさくさなら飴一本ぐらい失敬しても解らなかったであろうが、態々金を置いて来た万斉に驚いたような顔をすると、レンに、一口と来島はねだる。
「俺にも寄こせ」
「煙草を消してからでござる」
 万斉の言葉に高杉は渋々と煙草の火を落とすと、レンの差し出したりんご飴に口をつける。
「……甘いだけだなこりゃ」
「飴ちゃんやからね」
 嬉しそうに笑ったレンは、万斉に抱えられてバリバリと飴をかみ砕く。中から出て来たりんごは酸っぱく感じられ、僅かに顔を顰めるが、気にいったのかあっという間に平らげた。
「次は仕事なしで屋台を回ろうかレン」
「ほんま?」
 レンの言葉に万斉が頷くと、彼女は嬉しそうに、楽しみなんよと笑った。

 

 横になって並んで寝るレンと来島を眺めながら、高杉は煙管の煙を吐き出すと、口端を上げる。
「揃いの着物着せたら姉妹みてぇだな」
 開け放たれた窓から顔を出して高杉は日の光を反射する水面に視線を落とした。
「顔を出さない方がいい」
「テメェは細かけぇ所がうるせぇ」
 邪険に高杉がそう言ったので、万斉は僅かに眉間に皺を寄せて黙り込む。その様子を見た高杉は、咽喉で笑うと煙管に火を入れて細く煙を吐き出した。
「真面目に仕事してやったのに、なにが不満なんだか」
「全部でござる」
 言い切った万斉は、三味線を手に取ると弦を弾いた。不機嫌そうな万斉の様子に高杉は肩を竦めると、傍で寝るレンの髪を撫でた。
「雪兎に他の男の匂いが染みつくのは気にいらねぇか?」
「晋助が迦具夜姫に土方の煙草の匂いが染みついているのが不快なのと同じでござるよ」
 ちがいねぇ、と高杉は咽喉で笑うと、まぁ、気をつけると短く言い煙管の火を落とした。高杉がどこまで本気なのは解らないが、今回の件を考えれば注意するに越した事はない。考え込んだ万斉を見て、高杉は瞳を細めて笑った。
「雪兎の事になると途端に莫迦になるな」
「ヌシはいつも莫迦ばかりだ。周りの迷惑も考えるといい」
 さらっと辛辣な事を言う万斉に高杉は苦笑すると瞳を伏せた。
 今度は仕事抜きでもっとゆっくり屋台をまわれれば、きっとレンは喜ぶだろう。そんな事を考えながら、万斉は緩やかにレンの為に三味線を奏でだした。


お嬢は珍しい事が一杯
20100111 ハスマキ

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