*仮装*
部屋で三味線の調整をしていた万斉は、扉を叩く音に気がつき手を止める。
「おや?レンさんは?」
入ってきたのは武市と似蔵で、部屋を見回した後に武市がそう声を零す。
「先程カボチャを被って出て行ってそのままでござる」
ハロウィンというイベントを知った鬼兵隊の夜兎でであるレンは、数日前から来島と一緒にジャックオーランタンのかぶり物を作っていたのだ。外套等も来島が作成し、先程それを披露して、そのまま部屋を出て行ってそのまま戻っていない。
すると、武市は苦笑し持っていた包みを万斉に渡した。
「後でレンさん渡しておいてください。悪戯されても困りますので」
「これも頼む」
似蔵からも包みを渡された万斉は、恐らく二人がレンに会って菓子を強請られたのだと察して苦笑した。付き合いのいい武市はともかく、似蔵までが彼女の為に菓子を準備したのが可笑しかったのだ。
「承知した」
恐らく高杉辺りの所に突撃したのだろうと思った万斉は、部屋を出て行った二人を見送ると、三味線を片付けて高杉の部屋へ向かう事にした。
しかし、予想外に高杉の部屋には掃除をしている来島の姿しか見えなかった。
「レンは?」
万斉の言葉に来島は苦笑すると、手を止めて返答をする。
「さっき晋助様と出かけたっス。三味線屋に行くって言って」
「カボチャのままで?」
「晋助様も外套着て、包帯グルグル巻きだったっス」
高杉の贔屓にしている三味線屋の幼馴染の所に突撃したのであろうが、高杉まで仮装して出かけるとは思ってもいなかった万斉は呆れた様な顔をする。そもそも、普段から顔に包帯を巻いている高杉がそれ以上に包帯を巻いた所でハロウィンの仮装と判断されるかは微妙な所である。
「直ぐ戻るって言ってたッスよ」
来島の言葉に頷くと、万斉は二人から預かった菓子を卓に置き、自分の分の茶を入れて座る。恐らくレンが帰ってくるのを待つつもりなのだろうと判断した来島は、中断した掃除を結局そのまま止めてしまい、部屋に置いてある茶菓子を持って万斉と同じように座り茶を飲む事にした。
元々は万斉自体仲間と慣れ合う気質ではないが、レンに関しては特別で、その接点さえあれば比較的付き合いはいい。
「このお菓子は?」
「武市殿と似蔵殿からでござる」
その言葉に来島は目を丸くする。
「武市先輩はともかく、似蔵までレンに甘いんっすね」
「悪戯されると困ると思ったのでござろう。レンの悪戯に拙者は興味あるでござるがな」
微笑ましい悪戯である事は予想できたし、そもそもレンは菓子が貰える前提で仮装をしたいた様なので悪戯など考えていないかもしれない。そう思った万斉は自然と表情を緩める。
「ただいまなんよ!」
扉を勢いよく開けたレンの姿を見て、来島は思わず口元を緩めた。出て行った時と同じようにカボチャのかぶり物を被って、外套を翻す姿が可愛らしかったのだ。菓子を入れると言って持って行った袋は出た時より大分膨れている。
「お帰りでござる」
「万斉!一杯お菓子貰ったんよ!」
わーいと両手を上げて喜ぶレンに手招きをすると、レンの菓子袋に武市と似蔵から預かった菓子を入れてやる。
「武市殿と似蔵殿から。後で礼を言うと良い」
その言葉にレンは嬉しそうに顔を綻ばすと、カボチャのかぶり物を外して卓に乗せ、万斉の膝に座る。
「晋助様は?」
「包帯外してからくるんよ。暑かってんて」
来島がレンの分の茶も入れると、レンはそう答え一気に茶を飲み干し、袋をガサガサと開ける。万斉と来島がそれを覗き込むと、思った以上に菓子が詰め込まれていて驚く。三味線屋以外の所にも行ったのかもしれない。そう思った万斉は、一つ一つ誰に貰ったのか確認する事にした。
「これは三味線屋の迦具夜ちゃん。こっちにチョコは迦具夜ちゃんの所で三味線の練習してたお兄さんから貰ったんよ」
卓に並べていく菓子を眺めながら、万斉はレンの話を聞く。
「道歩いてたら、銀髪のお侍さんに酢昆布貰ったんよ。あと、ペンギン連れた髪の長い人にんまい棒も貰った」
恐らく坂田銀時と桂小太郎だと思った万斉は苦笑する。ハロウィンだから構わないが、知らない人から物を貰って食べるのはいささか心配でもある万斉は苦笑しながらレンに続きを促した。するとレンは、袋からバナナと金平糖を取り出し、卓に並べた。
「バナナは帰り道にゴリラみたいな人がくれて、金平糖は一緒にいたお姉ちゃんくれたんよ。両方真選組の制服着てたんよ」
流石にその言葉に来島はぎょっとした。恐らくゴリラと言われているのは真選組の局長であろうが、レンが鬼兵隊として顔が割れてないにしろ、高杉と一緒にいる所を見られて問題なかったのかと心配になったのだ。そもそも、レンの様子だと高杉の事が真選組にばれて追いかけ回されたと言う様な事はなさそうだが冷や冷やする。
そんな中、袋の底に残った奇妙な物を見つけ、来島が怪訝そうな顔をした。
「……レン。このマヨネーズは?」
手に取るとやはり何の変哲もないマヨネーズである。来島は首を傾げたが、万斉はぎょっとしたような顔をする。
「それは迦具夜ちゃんの所でお昼寝してたお兄さんがくれたんよ。マヨネーズはお菓子じゃないんよって言ったんやけど、お兄さんはお菓子代わりに食べるんやって」
「気持ち悪いっすね。マヨネーズがお菓子って」
想像して胸やけしたのか来島がげっそりとした表情をするが、それとは別に万斉は不機嫌そうな顔をする。
「戦利品の自慢は終わったか?」
包帯はいつもどおりに巻いているが、外套を羽織ったまま高杉が部屋に入ると、万斉は彼を睨みつけて口を開いた。
「とりあえずそこに座るでござる。正座で」
「藪から棒に何言うんだよ。どう座ろうが俺の勝手だろーが」
高杉が呆れた様に言うと、万斉はそんな彼を睨みつけて更に言葉を続けた。
「鬼の副長がいる所にレンと突撃したのでござるか?」
万斉の言葉に来島が驚いたような顔をしたが、高杉はああ、と短く返答すると、外套を外して煙管に火を入れた。ふぅっと煙を吐き出し瞳を細めた高杉は可笑しそうに口元を歪めて言葉を零す。
「図々しく三味線屋で昼寝してたから、雪兎と一緒に叩き起こして菓子強請ってやった。マヨネーズが菓子とか変な事行ってやがったがな」
不服そうな顔をする高杉を見て来島も万斉も思わず呆れた様な顔をした。わざわざ叩き起こして菓子を強請るなどあり得ない事であるし、全国指名手配の高杉だと気がつかない方も気がつかない方だと思ったのだ。
「土方が菓子を持ってなかったらどうするつもりだったのでござるか?」
「そのまま首落として終了。まぁ、雪兎がマヨネーズも菓子判定しちまったからなしだけどな」
可笑しそうに咽喉で笑う高杉を万斉は睨むが、彼は気にもかけずに、レンの菓子の一つを開けて口に運ぶ。そもそも鬼兵隊と真選組は相容れる存在ではないし、道で会ってしまったならともかく、いるのを承知で上がり込むのは正気の沙汰ではない。桂小太郎の下手な変装を見破れない真選組の面子なので、高杉も大丈夫だろうと高を括ったのであろうが、レンがいると言うの危険を冒した事に万斉は腹を立て不機嫌そうな顔をした。寧ろ、真選組と鬼兵隊のバッティングと言う展開を目の前で見ていた三味線屋の方が迷惑千万であったであろうが。
自分の膝の上でぼりぼりとんまい棒を食べるレンに視線を落とすと、万斉は小さくため息をつき、彼女の頭を撫でた。
「余り真選組とは関わらないようにするでござるよ」
「はーい」
高杉と違い素直に返事をしたレンに満足そうな顔を万斉はすると、来島にマヨネーズを渡し、食堂で使うようにと言葉を添えた。こんなものを菓子判定でレンが食べるのは問題だと思ったのだろう。同じ事を考えていた来島は頷くと、早速部屋を出てマヨネーズを片付けに行く。
「テメェは雪兎に菓子は渡したのか?」
煙を吐きながら高杉が言うと、万斉は小さく頷いた。
「万斉はカボチャのパイくれたんよ。ご飯の後に皆で食べるんよ」
「そりゃ楽しみだ」
咽喉で笑った高杉に、レンは瞳を細めると、手を差し出す。
「シンスケからお菓子貰ってないんよ」
その言葉に万斉はちらりと高杉に視線を送った。レンの為に彼が菓子を準備していたのか興味があったのだ。
「……ねぇな。だから悪戯してもかまわねぇぞ」
咽喉で笑った高杉は立ち上がると、万斉のそばに移動し、レンの腕を引っ張り立たせる。
「?」
「どんな悪戯すんのか興味があってな。ナニしてくれるんだ?」
彼女の顔に手を当てると、口元を歪めて高杉は笑った。その様子にぎょっとしたような顔を万斉はすると、レンをひきはがし彼を睨みつける。
驚いたような顔でレンは万斉と高杉の顔を交互に見るが、高杉は瞳を細めて笑った。
「そんな面すんなよ万斉。冗談だ。別に雪兎に悪さしようって訳じゃねぇよ」
そう言うと、高杉は奥に引っ込み、直ぐに包みを持って出てくる。それをレンの手に乗せると表情を緩めた。
「水羊羹。後で食え」
「ありがとうなんよ!」
わーいと大喜びのレンを見て、高杉は僅かに瞳を細めると、疲れたから寝ると言って、また奥に引っ込む。それを見送ったレンは、お部屋に戻る?と小首を傾げて万斉に確認した。昼寝の邪魔をするのは悪いと思ったのだろう。万斉がうなずくと、レンは菓子をまた袋に詰めて、カボチャのかぶり物を小脇に抱えると、万斉と手をつないで部屋に戻る事にした。
一緒に万斉の部屋へ来たレンは、カボチャのかぶり物を部屋の隅に置くと、自分用のクッションに座りまた菓子の袋を覗き込んだ。夜兎と言うのは総じて底なしの胃袋を持っており、夕食前にこれだけ菓子を詰め込んでも平気な様子は今となっては慣れているが、なかなか奇妙な光景である。そんな事を考えながら、万斉は彼女の羽織っていた外套を脱がし、ハンガーに掛けると彼女の隣に座った。
「街はどうでござった?」
表の仕事に出ている事の多い万斉は、街の様子は基本的にひきこもっている高杉やレンより知っているが、折角なので彼女の感想を聞いてみた。するとレンは顔を綻ばして、街を彩るハロウィンの飾りの話をはじめた。どうやら三味線屋のある辺りの商店街では、街のイベントで仮装している人間が多かったようである。普通の街にあの仮装で出かけていけば目立つが、周りがそうであるなら、道を歩いているだけでレンが菓子を貰ったのにも納得はできた。
「たのしかったんよ」
そう締めくくったレンを見て、万斉は口元を緩めると、彼女の頭を撫でる。
「あとね、シンスケと一緒に写真撮ったから、阿伏兎さんにも送りたいんよ」
そう言ったレンはごそごそと袋から写真を引っ張りだす。イベントの一環で無料で写真をその場で撮ってくれたらしい。来島が言うように包帯をグルグルと巻き誰だか解らない高杉と、カボチャを被ったレンの姿。
「二枚あるから、一枚は万斉にあげるんよ」
「いいのでござるか?」
「おみやげなんよ」
レンが笑ったので万斉はありがたくその写真を受け取ると、それを引き出しにしまう。生憎写真立ての様な類のものを持っていないし、レンの写真であるのは嬉しいが、高杉が一緒に写っているのが気に食わない。
「今度は拙者と一緒に写真とってみるでござるか?」
「ええの?万斉は写真とかテレビに映るの嫌いやってきいたんよ?」
表向きは音楽プロデューサーつんぽとして活動しているが、いかんせん鬼兵隊に所属しているので基本的に必要以上に顔出しはしていない。それを誰かに聞いたのだろう。今までレンが一緒に写真を撮ろうと言った事がなかったのはその所為だと納得して、万斉は思わずふきだした。
「仕事で顔を出すのが厭なだけでござるよ。レンとなら問題はないでござる」
「ほんま?」
確認する様なレンの言葉に万斉がうなずくと、彼女は嬉しそうに笑った。それを見て、万斉は彼女の体を引き寄せ、頬を寄せると、携帯を取り出しそちらの方を見る様にレンを促す。
カシャリと独特の電子音に驚いたレンが心配そうな顔で万斉を見たので、彼は笑って携帯の画面を彼女に見せる。
「これ写真も撮れるん?」
「最近のは殆ど写真機能ついてるでござるよ」
恐らく高杉も来島も電話としての機能しか使っていないのだろう。電話以外の機能にレンは感心したように声を上げると、まじまじと撮れた写真を眺める。
「コレ、印刷できないん?」
「今度プリントアウトしておく」
万斉の言葉にレンは満足そうに笑うと、たのしみなんよ!と言いながら万斉の膝に座った。すると、万斉は彼女の体を空いた手で抱きながら、先程撮った写真を保存する。
「阿伏兎さんにも送りたいんよ」
「では二枚印刷しておく」
カボチャの写真と一緒に入れると良いと言うと、万斉は穏やかに笑って、彼女の頭を撫でた。
ちょっと遅れたけどお嬢のハロウィン
万斉の携帯にはお嬢フォルダがあるのかもしれない(笑)
20091101 ハスマキ