*閑話休題04*

 師走に入り、仕事は忙しくなってきたが、年末だと言う気がしてきて気分は引き締まる。隣で書類のチェックをしているトシも、いつにも増して考える事があるのか、眉間に深いシワを刻んだまま書類に視線を落としている。しかしながら、12月というのはイベントもある。クリスマスだ。
 自分の恋人である監察のハルちゃんと素敵な思い出でも……等と夢見てみたが、結局のところ仕事に忙殺されて今までイベントごとでまともにうまくいった試しはない。今度こそはという決心を何度したことか。
 仕事をしている時にこんな話を振って大丈夫かという心配はあるが、思い切ってトシに相談をしてみる事にした。時計は定時を過ぎているし、少し嫌そうな顔をするかもしれないが、一刀両断と言う事はないだろう。
「あのさ、トシ」
「なんだ?」
 書類から視線を上げることなく返答したトシに、俺は思い切って話題を振る。
「クリスマスなんだけどさ。ハルちゃんへのプレゼントとか、デートプランとか……そのだな、何かいい案ないかなぁ」
 俺の言葉にトシは、漸く顔を上げて、こちらを向き瞳を細めた。
 いつもなら「何でも喜ぶだろ」とか「自分で考えろ」という素っ気ない反応が多いが、今日は少し様子が違うので、聞いたこっちが少し驚いた。文句を言いながらもアドバイスをしてくれる事は多いトシだが、今日は突き放す様子はない。手に持っていた書類を置き、トシは煙草に火をつける。細く吐き出された煙を眺めながら、柄にもなく俺は思わず緊張した面持ちになる。
「……出来ること何でもしてやれ」
「え?」
 驚いた俺を見て、トシは少しだけ口元を緩めると、また細く煙を吐き出した。
「後で『もっと色々な事してりゃ良かった』とか『あの時ああしてやりゃ良かった』とか後悔しねぇように、アンタがしたいようにしろよ」
 要するに『自分で考えてやれ』と言うことなのだろうが、トシの言葉はどこか痛々しく感じられた。仕事のことはともかく、私的なことは俺の負担にならない様にと余り大っぴらには口にしない。昔ながらの仲間内で話すことはあっても、結局一番大事なところはトシは口を噤む。
「……トシは後悔することあった?」
 聞いていいのか躊躇ったが、そう聞かずにはいられなかった。するとトシは、少しだけ驚いたような顔をした後に、自嘲気味に笑って口を開いた。
「絶賛大後悔中だよ」
「えぇ!?」
 思わず声を上げると、トシは可笑しそうに顔を歪めて煙草をもみ消す。新しい煙草に火をつけるのかと思ったが、トシは茶を淹れる為にポットの傍に異動し、二人分の茶を淹れる。その背中を眺めながら、先程のトシの言葉を心の中で反芻する。詳しくは分からないが、何かあったのだろう。そういえば最近は余り休みも取ってない様だし、もしかしたら、多忙であることを理由にふられたのかもしれない。他の隊士でもよくある話なのだ。幸い俺はハルちゃんが同じ職であるから、仕事への理解もあるし、ドタキャンもお互いに余り気にしない。けれど、真選組の不規則な仕事は、家庭持ちや恋人持ちの人間には理解される事が少なく、破談も多いのが事実だ。
 さぁっと血の気が引いた気がして、思わずトシの背中に声をかけた。
「ト、トシ?」
「何だ?」
 振り返らずに返事をするトシに、構わず言葉を続けた。
「もしかして、フラれた?仕事休みないせいで?」
 俺の言葉にトシは、驚いたような顔をして振り返ると、休んでる、とやや不服そうに返答をしてきた。
「え?でも、休みの日も山崎と朝から晩まで仕事してるじゃん」
 朝早くから二人で出ていって、遅くまで戻ってこない。山崎も三味線の稽古に行かずトシに付き合っている様で、ハルちゃんも心配はしていた。夜は座敷で情報収集、昼間は通常業務、休みの日は行方不明と、体を壊さないかと言う相談を受けたこともあった。それとなく山崎に話を聞いてもはぐらかされて明確な返答がきた試しはない。
「……山崎と動いてるのは仕事じゃねぇんだ。個人的に人探してる」
「人?誰?」
 そんな話は聞いたことも無かったので驚いてそう聞き返すと、トシは少しだけ困ったような顔をして笑った。話したくないのだろうか、一瞬そう思ったが、もう少しトシの反応を待つ事にした。するとトシは、少しだけ情けない顔をして笑うと、漸く口を開いた。
「なぁ、近藤さん。もしもアンタが傍に居ることで、リンドウの命が危ねぇ事になるとしたらさ、アンタどうする?」
 突然の質問に俺は面食らったが、暫く考えこんで返答をした。
「そりゃぁ、ハルちゃん大事だし、離れるかなぁ……、あ、いや!ちょっと待てよトシ。命が狙われる理由があるとしたら、そっち排除するかな?やっぱ、ハルちゃんには幸せになって欲しいけど、俺も幸せになりたいし!うん。そうする」
 考えた割にはちぐはぐな返答だったかもしれない。俺はトシの反応を待ちながら、淹れられた茶に口をつけた。
「アンタらしい返答だな。リンドウは真っ先に『理由排除しに行きます!近藤さんを困らせるのは許せません!』って言ってたけどな」
「ハルちゃん意外と思い切りがいいからなぁ。そこも可愛いんだけど」
 普段は控えめなのだが、決断を迫られると強いのは女の子の特権なのだろうか。しかしながら、ハルちゃんも同じ事を考えていた事が嬉しくて、つい顔が緩んでしまう。彼女には自分以外の誰かと幸せになる未来もあったかも知れない。けれどハルちゃんは俺を選んでくれた。それを俺は嬉しく思うし、そんな彼女と幸せになりたいと思う。トシは違うのだろうか、突然そう思って、彼の顔を見ると、視線を湯呑みに落としたままトシは口を開いた。
「俺はさ……惚れた女には幸せになってほしい。それが俺の隣じゃなくても良いって思ってる。けどさ、コレ逆にやられると、なんか腹立つよな」
「……それは……えっと、トシの彼女がトシの幸せ願って、どっか行ったって話?」
 関係のない話は多分ふらないだろうと思って、恐る恐る口にすると、トシは不機嫌そうに顔を顰めて黙った。多分アタリだ。
「彼女じゃねぇけどな」
「違うの!?じゃぁ、成立しないじゃん!もしかしてトシの片思いで逃げられたんじゃないの!?」
 思わずそう突っ込んで、しまったとと思ったが時既に遅く、トシは更に不機嫌そうな顔をする。しかし、煙草一本分の時間が過ぎた頃に、トシは表情を緩めて口を開いた。
「よくわかんねぇんだよ。俺の命を天秤にかけられてもアイツは何とも思わねぇってずっと思ってた。けど、結果見りゃ、俺は命拾いして、アイツはあんだけ戻るの嫌だった場所に戻った。……その場所でアイツが幸せになれるんだったらそれでいいけど、それは100%ねぇ」
 100%とは言い切ったもんだなオイ、と思わず突っ込みたいのを堪えて俺はトシの表情を伺う。つまらなさそうに窓の外を眺めながら、トシは煙草の煙を吐き出す。
「えっと、相手が自分のことどう思ってるかは解らないけど、トシはその人好きって事?だから、幸せになれない場所に自分のせいで戻ったのが腹がたつ……かな?」
 いっその事事情を全部ぶちまけてくれればこんな面倒なことは考えなくて良いのに、話せない理由でもあるのだろうか。
「……好き……だったのかなぁ」
「俺に聞かないでよ!っていうかね、もう俺頭パンクしそうなんだけど!なんでそんな面倒臭い事になっちゃってるのさトシ!誰探してるの!俺も手伝うから難しい事考えないで、さっさと連れ戻しに行けばいいじゃん!」
 まどろっこしいと思い、率直にそう言うと、トシは少しだけ驚いたような顔をした後に、しゅんと項垂れた。
「会って、何言ったら良いか解らねぇんだ。戻って来いって言って聞く様な女じゃねぇし」
「ちょっとぉぉ!仕事では特攻しまくりなのに、なんでそこで尻込みするのぉぉぉぉ!」
 アレ?相談してたの俺なのになんで、トシの相談に乗ってるの?意味が分からない。しかしながら、トシが真剣に悩んでいるのは分かるので、できるだけいい案を探すが、所詮は俺の脳みそ。悲しいほど名案は浮かばない。というより、そもそも誰に命狙われてるの。
「……命狙われてるとか初耳なんだけど」
「命に関わるような嫌がらせをされてるってのが正確な所だろうな」
 それは酷い。というか、全然気がつかなかった。やっぱり俺は至らないところが多いな……、思わずそう考えると悲しくなる。結局トシの助けにならないし、気が付かないことも多い。俺がしょぼくれているのに気がついたのか、トシは少しだけ笑うと、言葉を零す。
「アンタは俺のことより、目前のクリスマスなんじゃねぇの?」
「それも大事だけどね、なんていうか、やっぱトシも大事っていうかさ、心配というか」
 天秤にかけるべき所ではないと思う。けれど、両方大事だから、俺は両方拾いたい。ハルちゃんもトシも、総悟も山崎も真選組も全部。多分ハルちゃんに言ったら、そんな俺だから好きだと言ってくれると思う。……多分。
 するとトシは少しだけ笑って、煙草をもみ消した。
「あぁ、それがアンタのいい所だ。誇れよ」
「失礼します」
 トシの言葉と同時に、廊下からハルちゃんの声が響く。入るように促すと、ハルちゃんは小さな箱を抱えて部屋に入ってきた。
「あの、山崎さんがお茶菓子買ってきたのでおすそ分けで持ってきたんですけど」
「水羊羹か」
 トシの言葉にハルちゃんが驚いたように目を丸くした所を見ると、アタリなのだろう。苦笑しながら俺は言葉を零す。
「最近、山崎は水羊羹多いな」
「アンパンよりマシだろ。ちょっと山崎の所行ってくる。監察室か?」
 トシの言葉にハルちゃんが頷いたので、そのままトシは部屋を出て行った。それを見送ったハルちゃんは、こちらに視線を寄越して微笑んだ。
「切り分けましょうか?」
「あ、俺がやるからお茶入れて」
「はい」
 温くなったお茶を飲み干すと、ハルちゃんに湯呑みを差し出した。

 水羊羹を食べながら、トシとの話を心の中で思い出す。誇れと言われたと言う事は、それがとても難しいという事だろう。それは理解している。いつか選ばなければならない時だってきっとある。けれど、俺は自分を偽るほど器用な生き方は出来ない。
「どうかされました?」
「……トシと山崎が誰を探してるのかなって思ってさ。俺は手助け出来ないのかなって」
「いつかちゃんとお話してくれますよ。大丈夫です」
 そう言われ、少し安心した。今はその時じゃないのかも知れない。そう考えると気分は少し楽になった。
「クリスマスなんだけどね。仕事どうなるか解らないし、特別な事は今年もできないと思うんだ。けど、ハルちゃんとは一緒に過ごしたいと思ってるんだけど……いいかな?」
「……有難うございます。一緒にいてくれるだけですごく嬉しいです」
 ぱぁっと表情を明るくしてくれたのでほっとした。堅苦しいことは何一つ望まない。それに甘えてばかりの様な気もするが、俺は今更格好付けても仕方ないし、俺は俺で、出来ることをトシの言う通りしようと思った。後で後悔しないよう。ハルちゃんが喜んでくれるように。いつかそれがいい思い出になればいいと。


絶賛大後悔中の土方と、全力試走中の近藤さん
20101215 ハスマキ

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