*閑話休題01*

 朝は眠いのが当然で、今日は幸い朝のつまらない幹部会もないし午前中は市中見回りと楽な仕事。サボりを決め込んで布団を再度被るが部屋にやってきた無粋な侵入者のお陰で気持ちの良いまどろみは台無しになった。
「沖田隊長起きてください。見回り行きましょう」
 俺は思わず舌打ちする。1番隊の人間との見回りならほぼ100%態々起しに来ないのに今日は監察・隠密部隊のリンドウと山崎コンビとの見回りだった。監察ってのは変装や隠密活動は得意だが腕っ節の方は下の下である事が多いので土方の野郎が監察部隊のみで見回りを禁止して適当にチームを組み合わせていたのを思い出し土方を呪いたくなった。死ねば良いのにアイツ。
「沖田隊長」
「なんだよかーちゃん、今日は朝練休みだぜぃ」
 わざと眠そうにそう言いリンドウの反応を伺う事にした。こうなれば根競べをするのも面白いかもしれない。
「…そう来ましたか」
 意外な反応であった。どうやら向こうさんも根競べに乗ってきたらしく少し愉快になった。わざとグズグズ言って困らせようと次の台詞を考えているとリンドウはニヤリと笑い布団の裾をひっつかんだので思わず布団の中で身構える。
「そーちゃん起きなさい!遅刻ですよ!」
 そう言ってリンドウは問答無用で布団を引っぺがし、得意気な顔をすると更に言葉を続けた。
「早くしないとお友達迎えにきますよ!いっつも待たせて、本当いつまでたっても子供なんだから」
 流石の俺もこの返しには仰天した。いつも控えめな性格のリンドウがよもやかーちゃんになりきって布団を引っぺがしてくるとは予測も出来なかったのだ。つーか友達って誰。アンタもう迎えに来てるじゃんと言う突込みをぐっと堪えて厭だと又布団にしがみ付いてみる。
「ねむい」
 そう短く言うとリンドウは手に持っていた布団を放ししゃがみこみ俺の顔を覗き込む。
「そーちゃん。具合でも悪いの?」
 リンドウの手が俺の額に乗せられたがそれを払いのける気は起きなかった。寧ろそのまままどろんで眠ってしまいたかった懐かしい感覚。その呼び方は反則だ。自分が大好きだった人がそう呼んで甘やかしてくれた。
 余りにも懐かしくて涙が出そうになったので布団にうつぶせに丸くなった。情けない姿を見られるのは癪だったし、目の前の女は姉上ではない。でももう一度、もう一度その呼び方をしてくれればと心のどこかで待っていた。
「いつまで寝てんだ総悟。山崎が泣きついて来たぞ」
 がらりと障子を開けて入ってきたのはよりにもよって一番今顔を見たくない男だった。ちらりとリンドウの表情を伺うとアイツは暫く土方の顔を眺めていたが直ぐに俺の方を向いて言葉をかけてきた。
「そーちゃん。お友達迎えにきたわよ」
「友達じゃねーよ。そんな奴」
 ぷいっと体ごとリンドウに背を向けると背中越しに土方とリンドウの会話が聞こえてきた。
「…なにやってんだアンタ」
「私今はそーちゃんのかーちゃんらしいのでそれらしく起してみてるんですけど」
 思わずリンドウの服の裾を掴む。それは姉上が土方に気をとられた時についやってしまっていた情けない癖。そうすれば姉上は俺の方を向いてくれたから何度も繰り返していた。
「どうしたのそーちゃん」
 それは余りにも望んだ言葉とぴったりで、切ない言葉だった。心配そうに俺の顔をリンドウが覗き込むのでぽそりと起きるよとだけ呟き上半身を起す。これ以上続けても切なくなるだけだと思ったのだ。土方が来てしまったからもう駄目だと。
 するとリンドウは優しく笑って俺をぎゅっと抱きしめたので不覚にも言葉を失った。
「次からはちゃんと起きるのよそーちゃん」
 そういって子供にするようにポンポンと背中を叩いた後俺の頭を撫でる。

──母親の事は覚えてない。
──でも姉上はそうしてくれた。

「わかったよ。頑張る」
 莫迦な女だと笑いながらリンドウの無条件の優しさに縋ってる自分に気がついて思わず苦笑いする。近藤さんと同じ損な性分で無条件に優しいこの女の事が俺はどうやら嫌いじゃないらしい。とりあえず入り口で展開について行けず固まっている土方には嫌がらせに舌を出しておく事にした。
「総悟てめぇ…ふざけんのもいい加減にしろ!」
「なんですかぃ土方さん。これからかーちゃんとおはようのちゅーするからでてってくだせぃ」
「オカンがそんなことするか!」
 今にもぶち切れそうな土方が刀に手を添えたのでするりとリンドウの体を離して、そんじゃ着替えますわと言う。
「はい。おはよう御座います沖田隊長。玄関で待ってますね」
 名残惜しいと思えば情けないような気もするが、リンドウがいつも通り俺の事を『沖田隊長』と呼ぶので仕方なく仕事の準備をする事にした。

 女として無防備すぎるが多分リンドウは俺がアイツに求めてるものがなんなのか知っているのだと思う。だからあんなにも懐かしくて焦がれる言葉を望むまま言ってくれたのだろう。
 また朝にグズグズ言ったらリンドウはあの呼び方をしてくれるだろうか。厭な顔一つせず起しに来てくれるだろうか。そう思うと頑張ると言ったがまた何度も同じ事を繰り返すような気がした。


ヒロインにオカン的なモノを求めてる沖田の図。オトンは近藤さんだと思う。

200809 ハスマキ

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