*割れ鍋に綴じ蓋*
局長室でふぅっとため息をつく近藤を眺めながら、沖田は怪訝そうな顔をする。仕事が進まなくて憂鬱なのかとも思ったが、何やら仕事よりも気になる事があるのように見えたのだ。
「どうしたんですかぃ?」
「うーん。ハルちゃんの事なんだけどね」
近藤の恋人であるリンドウハルの名前をだされ、沖田は僅かに眉を上げた。別にここの所おかしな事もないし、いつもどおりニコニコと仕事をしていたはずである。せいぜい問題らしい問題と言えば、毎年の事であるが、仕事が年末に向けて立て込んできており、二人の休みが中々合わないと言う事ぐらいであろう。
「……振られたんですかぃ?」
「酷いよ!まだ大丈夫だよ!」
沖田の返しに涙目になりながら近藤が声を上げると、彼は大きな瞳を細めて、そりゃよかった、と笑った。それを見て近藤も落ち着いたのか、えっとね、と困ったように口を開いた。
「プレゼントなんだけど」
「何かねだられやしたか?」
ブンブンと首を振った近藤を眺め、そりゃそうだ、と沖田は心の中でため息をついた。寧ろ、物欲皆無のリンドウの事だ、逆に近藤がネタ切れになってしまったのだろう。
「ほら、新しいバッグでてる〜これ欲しい〜とか、ハルちゃんなくてさ」
気持ちの悪い裏声に思わず沖田は吹き出したが、近藤は至極大真面目な顔で話を続けた。
「意外と悩むよね……。別にプレゼントなくても、俺と一緒にいるだけでいいとか言ってくれるんだけどさ……こう、喜んで欲しいだろ?」
伺うような近藤の言葉に、沖田は、そうですねぇ、と少しだけ力になってやろうと考え込んだ。
そもそも近藤の言うとおりリンドウというのは控えめすぎてある意味、手応えが少ないし、男によっては物足りないと感じる事もあるだろう。近藤とは微笑ましく仲良くしているが、上手く行っているのは、近藤だからと言う部分も大いにある。
「指輪とかどうですかぃ?」
「え?ドン引きされない?」
ポロリと零れた沖田の言葉に、近藤は不安そうに言葉を零す。今まで女性に指輪をプレゼントしたこともあったが、もれなくドン引きか、質屋行きだったのだ。
「何も、給料三ヶ月分ばっかりが指輪じゃないですぜぃ。ファッションリングなんかもありやすし」
もっとも、最近は給料三ヶ月分などどちらかと言えば古い考えであるのだが、沖田は苦笑しながら更に口を開く。
「虫除けにもいいんじゃないですかぃ?」
「虫除け?今の指輪ってそんな機能あるの?」
キョトンとしたような表情を作った近藤に、沖田は若干呆れ顔になりながら、男除けでさぁ、と言葉を放った。その言葉に近藤は驚いたような表情を作ったが、直ぐに不安気な顔になる。
「え?あれ?ハルちゃんに言い寄ってる男っているの?だよな、いい子だし、可愛いし。俺なんかケツ毛ボーボーだし」
項垂れる近藤に呆れるしかない沖田は、言葉を探した。心底近藤にベタ惚れのリンドウが他の男に靡くことなどありえない。ありえないのだが、近藤が今までの経験上自身がなく、つい心配になる気持ちも解らないでもない。
そんな中、今まで黙って書類を繰っていた山崎が、ため息混じりに言葉を零す。
「少なくともうちの隊士にそんな度胸ある人間いませんよ。リンドウさんに粉かけたら、もれなく沖田さんの粛清付きですよ」
「ちょっと!なんでそんな事になっちゃうの!」
心底驚いたように近藤が声を上げたので、沖田はニヤニヤしながら、俺のお気に入りにちょっかいかけるのが悪いんでさぁ、と悪びれもなく言う。実際、近藤とリンドウが付き合っているという事を把握している人間が何人いるかは謎だが、リンドウが沖田のお気に入りであるということは周知の事である。いくらなんでも首を物理的に飛ばされる恐れのある女に、ちょっかいをかける勇者もいない。
「まぁ、うちの隊士共は大丈夫でさぁ。けど俺も四六時中リンドウを見てるわけじゃありやせんからね……。あ、でも近藤さんがそうしろって言うんでしたら喜んで……」
「仕事サボりたいだけだろ!」
スパーン!と景気のいい音が沖田の頭の辺りから響き、山崎も近藤も目を丸くする。丸めた書類で土方がぶっ叩いたのだ。そして、その書類を面倒くさそうに土方は近藤に渡した。
「三頁目やり直してくれ」
「あー、すまなんだ」
自分の執務室でデスクワークをしていた土方が、調度良いタイミングで顔をだしたのだろう。沖田は恨みがましい顔をしながら、土方を睨んだが、睨まれた方は煙草の煙を吐き出しながら、近藤の書類の修正を待っている。
「指輪も一万程度でも結構いいのあるんじゃないですかぃ?」
「そうなのかー。今度見てみようかな」
作業しながら返事をする近藤を眺め、土方は僅かに眉を上げた。その反応を見て、山崎は苦笑しながら、プレゼントネタ切れなんだそうで、と小声で囁く。
「……何でも喜ぶんじゃねぇの?」
「そうなんだよ!何でも喜ぶんだよ!だけど、こう、もっと……」
ボソリと零れた土方の言葉に近藤が声を上げるが、上手くまとまらないのか段々と尻すぼみになる。何でも喜ぶというのは意外と厄介なのだろう。そうぼんやりと考えながら、土方は煙草をもみ消した。
「トシ!お願い!」
「厭だ」
こんな事だろうと思った。そんな表情を作った土方であったが、涙目で土方の腕を引っ張る近藤を眺めて心底嫌そうに言葉を放つ。
「一人で行けよ」
「俺は自分のセンスが信じられない!それに恥ずかしい」
「自信持って言うことかよ。つーか野郎二人の方が恥ずかしいだろうが!」
宝石店の前でぎゃあぎゃあと騒いだので、周りの視線も若干痛い。結局根負けした土方は、面倒くさそうに近藤に付き合って店に入ることにした。
店内の商品はピンきりで、高価な婚約指輪から、手頃なファッションリングまで幅広く取り揃えている。近藤はそわそわとした様に商品を眺め、手頃な値段の指輪の辺りで足を止めた。
「プレゼントですか?」
にこやかな店員の言葉に、近藤はデレデレとした様子で、彼女にプレゼントなんですけど、と嬉しそうに言葉を放つ。今まで中々言えなかった台詞で嬉しいのだろうと、やや呆れ顔になった土方は、少し離れた場所に飾ってあるリングに視線を落とした。
「?」
リング自体はシルバーでシンプルなものであるが、小さな石が妙に端に寄って付けられている。怪訝そうな顔をしたのに気が付いたのか、店員が笑顔を向けてお出ししましょうか?と言葉をかける。
「いや、別に出さなくてもいいけど……」
そう言うが、店員は鍵を開けてリングを土方の前に置いた。
「ペアリングになってましてね」
丁寧に説明を始めてしまったので、逃げるに逃げられなくなった土方は、仕方なくリングに視線を落とす。
そして店員は同じデザインのリングを出してきて、それをピタリと合わせる。
「……あぁ」
すると、不自然に寄っていた石が四つ葉のクローバーのように見えて、土方は納得したように短く声を零した。
「サイズが違いますからピッタリとは言えないのですがね」
女性用と男性用でリングの大きさが違うので確かにピッタリとは言えないが、石の部分を合わせればこの不思議なデザインも納得できる。
「トシー!」
暫く黙ってそれを眺めていたが、近藤の声に土方は顔を上げると、悪ぃけど、と店員に言葉を零す。それに嫌そうな顔ひとつせずに、店員は笑顔を向けてその指輪をまた棚に戻した。
「……で、決まったのかよ」
「悩む」
「そうかよ」
幾つか並べている指輪を眺め、土方はそれにちらりと視線を送ると、爪があるのはやめとけ、と短く言葉を零した。
「そう?」
「見た目は立派だけどよ、仕事のじゃまじゃね?」
「そう言われてみればそうだな。あんまり出っ張りないほうがいいかなー」
掃除などもしているし、書類仕事もある。刀を握る事もあるのを考えれば、シンプルな方がいいかもしれないと思い直し、近藤は候補の中から更に絞り込む。
「ハルちゃん好きな石って何?」
「……前から思ってたんだけどよ。どっからその俺の情報に対する信頼感出て来んだよ。知らねーよ」
どういうわけか、土方なら何でも知っていると近藤は思っている節があって、呆れたように土方は近藤を眺めた。
「いや……すまなんだ……」
「別にいいけどよ。なんつーか、こーゆーのはアンタが選んだってのが嬉しいんだろ。多分な」
「そっか」
納得したように近藤が頷いたので、ホッとしたように土方は表情を緩める。
「好きな石がわからないのでしたら、お好きな色とかはありますか?」
店員が助け舟を出すように近藤に話しかけてきたので、彼は顔を上げて少し悩んだ後、ピンクかなぁ、と自信無さげに言う。明確にピンクが好きだと聞いたわけではないが、桜の小物等をちょこちょこ集めているので、自然にその色が彼女に家に増えているのだ。
「桜が好きでね」
「左様ですか」
そう言うと、シンプルなリングに、小さなピンクの石を入れたリングを近藤の前に出してきた。
「え?ピンクの石とかあるの!?」
「これはピンクサファイアです。小粒なので余り色は濃くありませんが。トルマリンでしたらもう少し濃い色の物も……」
「これがいい。どう?トシ?」
何でいちいち同意を取るんだ、と思いながら、土方は、まぁいいんじゃね?と定型文の感想を述べる。可愛いな、と満足気な近藤の表情を見ると、反対する気など起こらないし、デザイン自体もシンプルでリクエストはクリアしている。
「サイズの方は?」
「え?」
満足気な表情から一転した近藤の表情に、思わず店員も苦笑する。
「えっと……どれくらいかな、お姉さんよりちょっと細いかな……」
自信無さ気に声を小さく言う近藤。すると店員は笑顔を浮かべたまま、多少でしたらご購入後に調節できますが、と声をかけてくれる。
「本当!?良かった!」
ホッとしたような近藤の顔に、やれやれ、と土方は瞳を細めた。これでお役御免だと安心したのだろう。店員とあれこれ話しながら会計と包装を済ませる近藤を眺めながら、口元を緩めた。
しかしながら、年末に向けて忙しい真選組である。特に監察などは情報収集に走り回っており、普段はメインで情報の取りまとめを山崎としているリンドウも、外に出ることが多くなっていた。休みが合わずに、中々渡す機会のないまま、近藤はそわそわとした様子で日々過ごしていた。
「まだ渡してないんですかぃ?」
「うん」
余りのショボくれ具合に気の毒になった沖田は、あえてからかうこともせずに、瞳を細めて笑っただけであった。
「今日は午後からリンドウは中ですぜぃ」
「え?そうなの?」
「山崎がそう言ってましたぜぃ」
ぱぁっと表情を明るくした近藤であったが、でも仕事の邪魔かな……と迷った様子を見せる。
「まぁ、夕方以降ならいいんじゃないですかぃ?様子見つつって事で」
「そうだな」
もしも邪魔にならないようだったら渡してこよう。そう決めて、近藤はとりあえず自分の前に積まれている仕事を片付けてしまうことにした。
「そんじゃ、二時間で起こしてくれるかな」
「はい」
仮眠室に引っ込んだ山崎を見送ってリンドウは大きく伸びをした。長く座っていて体も何やら痛いし、ここの所仕事が積んでいて疲れも溜まっていたのだ。山崎に至っては、座敷に上がっての情報収集もあり、流石に体がキツくなってきたのか仮眠を取ることにした程である。
お茶でも飲もうかとポットを押すが、手応えがなくリンドウは首を傾げた。どうやらポットが空になってしまった様だ。仕方なく彼女はポットを下げて給湯室に向かう。
ヤカンに水を入れ、コンロにかけると、リンドウは設置されている椅子に座り湯が沸くのをじっと待った。しかしながら、疲れが溜まっていたこともあり、ふっと、意識を手放す。
「……お疲れ様」
たまたま給湯室に入ってゆくリンドウを見つけて、声をかけるタイミングを図っていた近藤であったが、ウトウトとしている姿を見ると声をかけられずそっと中に入り、ヤカンの様子を眺める。少し火を小さくすれば彼女はもう少し休めるだろうか、と思いコンロの火を小さくして、リンドウの寝顔を眺めた。
ピーッと沸騰を知らせる大きな音に、リンドウは驚いて顔を上げる。
「おはよう」
「……おはようございます」
恥ずかしそうに俯くリンドウを眺めて近藤は笑うと、コンロの火を止めてポットにお湯を補充する。
「あの!自分でしますから!」
慌ててリンドウが言うが、近藤は、笑顔で、俺がやるね、と言うと、お湯を全部入れてポットの蓋を締める。
「大変だね。ちゃんと寝てる?」
「私より、山崎さんが大変で……」
申し訳なさそうな顔をしたリンドウを眺め、近藤はポンポンと彼女の頭を軽く叩き、ポットを持つ。
「監察室の?」
「はい。あの……」
「俺は割りと元気だから」
朗らかに近藤が言うと、リンドウは、淡く微笑んで、ありがとうございます、と言葉を放った。笑った顔が嬉しくて近藤は思わず表情を緩める。忙しいのは皆同じではあるが、やはり気になるし、心配でもあった。
「山崎寝てるの?」
「二時間経ったら起こしてくれって言われてるんですけど」
時計を見ながらリンドウが言ったので、そっか、と近藤はチラチラと仮眠室の方に視線を送った。爆睡しているのかピクリとも動かない山崎。
「お茶淹れますね」
「ありがと。えっと、邪魔じゃない?」
「大丈夫ですよ」
伺うように近藤が言ったのが可笑しくてリンドウは淡く笑った。
熱いお茶を飲みながら、暫くは沈黙していた二人であったが、近藤が意を決したように言葉を放つ。
「あのね」
「はい?」
「……えっと、これ……」
恐る恐る差し出してきた小箱を眺めて、リンドウは目を丸くした。
「私にですか?」
「うん。別に特別な日ってわけじゃないんだけど……その……何かハルちゃんにプレゼントしたいなーって思って」
嬉しそうに箱を開けるリンドウを心配したように眺める近藤であったが、指輪を見た瞬間、リンドウがぱぁっと表情を明るくしたのを確認してホッとしたような表情を作る。
「どう?」
「凄く可愛いですね!」
嬉しそうに指輪を眺めるリンドウ。すると近藤は、その指輪をつまんで、リンドウの手を取る。
サイズは有難いことにピッタリで、彼女の指に収まったリングを見て、近藤は満足そうに笑った。
「良かった。ピッタリ。ハルちゃんの指のサイズ解らなかったから心配で……」
そう言って、彼女の顔を見ると、真っ赤になっていたので驚いて近藤は声をかける。
「ハルちゃん?」
「あの、いいんですか?本当に頂いて」
「うん」
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
左手の薬指に嵌められた指輪を眺め、リンドウは花のように笑った。
「嬉しそうじゃないですかぃ」
ごきげんで廊下を歩いているリンドウに沖田が声をかけると、彼女は嬉しそうに笑う。どうやら近藤は無事に指輪を渡せたらしい。それは彼女の手をみればわかるし、嬉しそうな表情をみれば喜んで受け取ったのも安易に想像がついた。
「指輪。見せてくだせぇ」
「どうぞ」
ニコニコ笑ってリンドウが左手を差し出したので、沖田は苦笑しながら指輪を眺めた。何の変哲もない指輪であったが、仕事の邪魔にならないのか彼女はずっとつけている様子で、沖田は思わず笑う。
「良かったじゃないですかぃ」
「はい」
「……近藤さんドン引きされるんじゃなかってびびってたんですぜぃ」
「え?」
沖田の言葉にリンドウは驚いたように声を上げたが、直ぐに笑って返答する。
「とても嬉しかったです。私も何かお返ししたいんですが、中々思いつかなくて……あの、何か近藤さんが欲しがってるものとか御存知ですか?」
似たものカップルだな、と思いながら、沖田は、アンタが選んだものだったら何でも喜ぶんじゃないですかぃ、と言い、瞳を細めて笑った。
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20121101 ハスマキ