*恋に師匠無し*

 梅雨が開けたばかりで蒸し暑い日が続いていた。そんな中、夏に向けての巡回強化をしている真選組であったが、暑さで士気も落ちており、近藤自身も上着を脱ぎ、襟元を緩めた格好で書類を片付けていた。外回りより中での仕事のほうがマシかというとそうでもなく、クーラーの効いた車内の方が圧倒的に体は楽である。応接室にしかクーラーがないのだ。現に近藤も扇風機を回して仕事をしている。
「近藤さん。今度の花火大会の件だけど」
 そう言いながら部屋に入ってきた土方もうっすらと汗を浮かべており、近藤の前に座ると、煙草に火をつけて瞳を細めた。
「あぁ、うちからも巡回出すんだっけ?面倒だなぁ」
 本来は攘夷浪士のテロを取り締まるのが仕事であるから、関係ないのだが、人手が足りないときは借り出される。上からの命令なら仕方がないのだ。
「本部建てる場所も決めねぇとな。あんまいい場所とったらそれはそれでクレームになるし、離れすぎるとなんかあったとき対応出来ねぇし」
 面倒くさそうに土方は地図を広げて視線を落とした。河川敷に毎年人が集まり混雑するのでメインの仕事は交通整理となるのだ。花火が上がっている時は人は殆ど動かないので、始まる前と後が真選組の巡回時間となる。
「うーん。昼間のうちに本部は建てておいて、巡回は人の集まる夕方ぐらいから?」
「そーだな。去年橋の上から川に飛び込んだ莫迦がいたから、今年は橋の上も規制かけるって言ってたけど、揉めそうだし、面倒事ばっかだな」
 近藤の言葉に賛成しながら、土方は愚痴っぽく言葉を零した。去年の花火大会は土方の言葉通り川に飛び込んだ人間がいて、消防まで出てくる大騒ぎになったのだ。今年は中止になるではないかという話もあったが、結局通年通りの開催となり、見回りが強化されるようになったのだ。
「……とりあえず現地行ってみるか。今山崎が本部の下見に行ってる」
 副長のパシリ筆頭山崎はいつも何かあれば直ぐに走らされる。一番手軽なのか、一番信用してるのかは近藤には判断出来ないが、山崎の仕事は基本的にしっかりしているので口を出したことはなかった。近藤は小さく頷くと、上着を小脇に抱えて立ち上がった。

 昼間の河川敷は日差しも強く、人は余りいない。そんな中、ぽつんと立っている二人を見つけて、近藤は大きく手を振った。
「山崎!ハルちゃん!」
 監察組は近藤と土方の姿に気がついたのか、土手を登ってきて汗を拭う。
「暑い中すまなんだ。どうだ?」
 途中で買ってきたお茶を二人に手渡しながら近藤が言うと、山崎は少しだけ笑って口を開いた。
「当日出す屋台の場所なんかもチェックしたんですけど、南と北にいっそのこと二つ本部建てた方がいいんじゃないですかね」
「二つ建てたら本部じゃねぇだろ」
 土方が僅かに眉を寄せたが、山崎は首を傾げて、まぁ、一つは待機場所って所ですかね、と言いながらペットボトルのキャップを緩める。するとリンドウが地図を広げて河川敷を指でなぞった。
「このラインに屋台が並ぶんです。今年は申請が多かったみたいで、去年より100M程長く並ぶことになったみたいで……真ん中に本部を建ててしまうと、一番いい場所に真選組が本部構える事になってしまうんです」
 リンドウの言葉に近藤は顔を顰める。何年か前にその事で市民と揉めたのを思い出して、伺うように土方の方を見る。すると、仕方ないというよに土方は小さくため息をついて、口を開いた。
「何かあった時の事考えたら山崎の案が無難か。仕方ねぇな。近藤さん、巡回部隊二つに分けるか」
「そーだな。どうする?俺とトシで分ける?それとも、山崎が言うように、一個はあくまで待機場所って形にする?」
「指揮系統は一本のほうがいいから、永倉と原田を待機場所に回して、基本的には俺達の指示待ちって形にしてぇな。永倉と原田、俺と近藤さんは基本的に相棒はどっちか待機場所にいるの前提で」
 だいたい構想は固まったのか、土方は煙草の煙を一気に吐き出すとそう言い、地図に印を入れる。
「この辺りだったら邪魔になんねーだろ。橋に関してはうちの方で受け持った方がいいか」
 本部の場所を適当に決め、近藤の言葉を土方は待った。すると近藤は大きく頷いて疑問点をいくつか上げる。それを横で聞いていた監察組は、ペットボトルのお茶を飲み干して漸く一息ついた。
「今年は何事もないといいけどねぇ」
「そうですね」
 淡く微笑んだリンドウを見て、山崎は少しだけ笑った。暑さで隊士達はぐったりしがちであるが、リンドウは比較的元気そうにしているし、愚痴も言わない。
「大丈夫?」
「はい。暑いですけど」
 けろりとそういうリンドウを見て、山崎はやれやれというよに肩をすくめた。幹部服よりは薄手とは言え、監察の服は真っ黒で暑苦しい。それに対しても文句を言ったことは彼女はないのだ。愚痴を言うこと等あるのだろうか、そんな事をぼんやり考えながら、山崎はペットボトルのお茶を飲み干すと、土方に視線を送る。
「そんじゃ本部用のテントの手配してきますんで。二つでいいですか?」
「あぁ。俺も戻る。近藤さんはどうする?」
 そう言われ、近藤は少し考え込んだような顔をして首を振った。
「昼飯食べてから帰る。いい?」
 午前中は屯所で書類整理をしていたので昼食を取っていない近藤がそう言うと、土方は頷いて少しだけ笑った。
「せいぜい涼んでこいよ」
 そう言うと、監察組と一緒に歩き出した。それを見送った近藤は、ブラブラと河川敷を歩いて何か食べ物屋はないかと辺りを見回す。
 ふと目に入ったのは蕎麦屋であった。余りこってりしたものはこの暑さでは胃が受け付けないだろうと思った近藤は、いそいそと店に入ることにした。

 

「しっかし暑いですねぇ」
「そーだな」
 監察室で煙草をふかしながら土方が返事をすると、山崎は苦笑した。リンドウが持ってきた冷たいお茶はしっかり冷えていて美味しかったが、扇風機を回しても気休め程度にしかならない。その上、余り広いとは言えない監察室に、監察組二人と土方、そして沖田がいたので人口密度も高い。沖田が顔を出したときは、土方は露骨に嫌そうな顔をしたのだ。
「花火大会の巡回なんざぁ、見廻組の仕事じゃねぇですか」
「仕方ねぇだろ。毎年のことだ」
 不服そうな沖田の声に、土方は呆れたような顔をして返答した。民間の会社に依頼するより安上がりだと真選組は安易に使われる。それが沖田は気にくわないのだろう。
「別に俺は花火に興味なんかねぇですけど、彼女持ちの隊士が泣いてやしたぜぃ」
 水羊羹を口に運びながら沖田はそう零す。書類の点検に来た土方とは逆に、沖田は菓子をたかりに休憩目的で監察室に来たのであろう。一向に仕事をする気配はなかった。それに腹を立てながら、土方は僅かに眉を寄せる。
「何で泣くんだよ」
「花火大会っていやぁ、夏のデートスポットじゃないですかぃ。祭りの時も借り出されるし、彼女にそっぽ向かれるってブツブツ言ってまさぁ」
「そんなもんか」
 興味がなさそうに土方が返答したので、山崎は思わず笑う。
「彼女次第じゃないですか?人ごみが厭だって人だったら見向きもしないでしょうし、賑やかなのが好きなら行きたがるでしょうし」
 山崎の言葉に土方は少しだけ考えこむような仕草をしたのに気が付き、沖田は口元を緩めて言葉を放った。
「なんですかぃ?土方さんも心当たりあるんですか?イベント無視して彼女にそっぽ向かれるの」
「ねぇよ」
 沖田に言われ、心底嫌そうな顔をした土方であったが、ちらりとリンドウの方に視線を送った。彼女は部屋の隅で花火大会用の配布書類をせっせと折っている。これといって急ぎの仕事が無いので、雑用を引き受けているのだ。
 その視線に気が付き、沖田はリンドウの隣にぽふっと座ると、彼女の折っている書類に手を伸ばし、同じように丁寧におりはじめた。
「ありがとうございます」
「土方が仕事しろってうるせぇんで。で、リンドウはどうですかぃ?花火は好き?」
 嫌味を一つ言った後に、沖田はリンドウを手伝いながら言葉を続けた。それに対してリンドウは、淡く笑って頷いた。
「綺麗ですよね。余り見る機会は無かったんですけど、江戸の花火は凄く派手で吃驚しました」
「近藤さんと花火見物に行かせてやりたいけど、土方の野郎が仕事いれるから……」
「俺のせいかよ!」
 解ってて言っているのだろうが、思わずツッコミを入れてしまった土方は、ほんの少しだけ困ったような顔をして、リンドウを眺めた。それに気が付き、リンドウは小さく首を振ると淡く笑う。
「お仕事ですから仕方ないですよ。本部からでも少しぐらいは見えるでしょうし」
 いつもの返答が酷く気の毒に思えて、沖田は思わず顔を顰めた。聞き分けが良すぎる。同じ真選組での仕事であるから、急な仕事も、イベントごとに借り出されるのも仕方ないと彼女はいつも聞き分けよく諒解するのだ。もう少しぐらい我侭言えばいいのに、そう考えて沖田は瞳を細めた。
「来年は仮病でも使って休んでくだせぇ」
「考えておきますね」
 とんでもない事を言い出した沖田をたしなめる事無く、リンドウはおかしそうに笑ってそう返答した。
 二人がかりですっかり折り終わった書類を抱えてリンドウが立ち上がったので、沖田はそれを見上げた。
「これ、配ってきますね」
「俺も行きまさぁ」
 ほてほてとリンドウの後についていく沖田を見送って、思わず山崎は口元を緩める。
「なんか、カルガモみたいですね」
「そんな可愛いもんじゃねぇだろ」
 吐き捨てるように土方が言ったのを聞いて、山崎は少しだけ肩を竦めると、書類に目を落としながら口を開いた。
「心配しなくても先生は花火の日、仕事で夜いませんよ」
「……そうか」
 煩いと言われるかと思ったが、土方が比較的素直にそう返答したので、山崎は少しだけ驚いたような顔をした。煙草の煙を吐き出しながら、書類を眺める土方が、妙に可笑しくて、気がつかれないようにこっそり山崎は笑う。

 

 花火大会当日。昼間から屋台設置の指示や、本部テント設置などしていた真選組は、漸く仕事が一段落して、それぞれ決められた場所へ移動し休憩を取る事となった。本部となるテントに戻った近藤は、どこかに電話をしていた土方を眺めながら椅子にストンと座る。沖田もじきに戻ってくるだろう。そう考えながら、ソワソワと土方の様子を伺う。
「なんだ?なんか問題でもあったのか?」
 怪訝そうな顔をして近藤を見た土方であったが、ぶんぶんと首を振った近藤をに首をかしげた。
「問題じゃなくてだな。その、花火が上がってる時は、俺たち仕事ないんだよね」
「まぁ、揉め事でも起こらねぇ限りは」
 土方は煙草に火をつけると、近藤の正面にある椅子に座り、背もたれに体重を掛けた。
「ちょっとだけでイイんだけど、本部離れてもいいかな?」
「はぁ?」
「15分……いや、10分でいいから!」
 拝むように言う近藤を眺めて、土方は僅かに瞳を細めた。
「リンドウもか?」
「エスパー!?」
 驚いたような顔をして近藤が声を上げたので、思わず土方は笑った。沖田辺りに入れ知恵されたのか、それとも近藤が気を使って色々考えたのか。その辺りは分からないが、土方はまぁ、いいか、と言う気分になり、余り離れないことを条件に花火が上がっている間は自分が本部にいることを諒解した。
「場所取りはどーすんだ。そこには隊士使うなよ」
「そんな公私混同はしないって。ちゃんと色々考えたから!」
 胸を張って言う近藤に、一抹の不安を覚えながら、土方はそうか、と短く返答をすると煙草の煙を細く吐き出す。
「アイツには言ったのか?」
「いや、トシに許可貰ってからにしようと思って……」
「仕事の段取りもあるだろうから早めに言っとけ」
「そうする」
 素直に頷き、早速メールを打ち出した近藤を眺めながら、土方は、少し羨ましい気分になる。あれをしよう、これをしよう、喜んで貰おうと必死なのだ。リンドウ自体が強請ることのない分、近藤の頑張りがダイレクトに二人の関係に反映されるのだろう。無論リンドウも、近藤を喜ばせるためにあれこれやっているのは知っている。そうやって二人で少しずつ築きあげる幸せなのだと思うと、やっぱり似たもの同士お似合いなのだと思う。自分には絶対に出来ないことを難なくやってのける近藤が羨ましかった。ずっと間に己の中で毀してしまった思いが浮かび上がることはないだろうが、今抱えている、別の人への思いはどこに行くのだろうかとも思った。少しでも近藤のような素直さがあれば違うのだろうか。そんな事を考えながら、土方は煙草をもみ消した。

 花火大会がスタートする少し前、リンドウと山崎は本部のテントへ戻ってきた。人も大分落ち着いて来ており、皆河川敷に座り込み花火が上がるのを待っている。賑やかだった屋台の辺りも大分落ち着いている様だ。
「お疲れ様です」
 いつの間にか調達していた焼きそばを貪り食う沖田に、リンドウは笑顔で声をかける。すると沖田は片手を上げて合図を送ると、又焼きそばを食べ始めた。
「手前ェ、いつの間にそんなモン買ってきたんだ」
「買ったのは俺じゃねぇです。部下にパシらせやした」
「余計悪いわ!」
 土方の言葉に悪ぶれる事無く返答する沖田を見て、思わず監察組は笑う。一部橋の辺りに配置された隊士以外は、おもいおもい休憩を取っている状態であった。少し空いてきた屋台に買い物にいく隊士も少なくはない。
「ハルちゃん」
「はい」
 近藤が恐る恐ると言ったように声を掛けてきたので、リンドウは笑顔で返事をする。
「お仕事終わった?」
「大丈夫ですよ」
 その言葉に近藤は安心したように笑うと、それじゃぁ!とリンドウの手を掴んで大急ぎでテントの外へ駆けて行った。それを見送った他の隊士は唖然としたようにテントの外に視線を送り、そんな中、山崎はお茶を飲みながら言葉を零す。
「別に慌てなくてもあんな所誰も座りゃしないのに」
「え?局長、リンドウさんと花火見に行ったのか!?」
 驚いたように声を上げた藤堂の言葉に、山崎は、別にいいんじゃないですか?休憩時間ですし、とそっけなく返事をするが、その言葉に藤堂はぶんぶん首を振る。
「そっちじゃなくてだな!リンドウさん無理矢理連れてって大丈夫なのかって話!」
「はぁ?リンドウさんは諒解してますよ。楽しみにしてたみたいですし」
「いやいやいやいや!」
 咬み合わない会話を続ける山崎と藤堂を眺めながら、沖田は空になった焼きそばの容器をゴミ袋に放り込むと、傍にあったお茶を飲み干した。
「さて、デートの出歯亀でもしやすか」
「おい」
 土方が顔を顰めたが、沖田は素知らぬ顔をして望遠鏡を片手に立ち上がる。
「近藤さんが失敗しないようにちゃんと見ててやった方が良いじゃないですかぃ。藤堂さんも行きますか?」
「……つーか、アレ?何?局長とリンドウさんって、アレ?もしかして、そーゆー仲なの?沖田クン」
 思わず丁寧口調になった藤堂を見て、沖田はおかしそうに口元を歪めた。
「なんでぃ、ずっと前からじゃないですかぃ。だーれも信じなかっただけで」
 助けを求めるように藤堂は土方の方を見るが、土方は煙草をふかしていつもどおりの表情であるし、山崎は苦笑したような顔をしており判断できない。さっさと外に出る沖田に思わずついて行った藤堂であったが、まだ半信半疑のようである。
「この人じゃちょっと探すのホネですかねぇ」
 ぶつぶつと言いながら双眼鏡を覗き込む沖田の横に立って藤堂も一緒に近藤の姿を探した。すると山崎と土方もやってきて、そばに立つ。
「そういえば山崎。さっき手間ェ、近藤さんがどこ行くか知ってるみてぇな事言ってたな」
「えぇ。まぁ」
 土方の言葉に山崎は曖昧に答える。それを聞きつけた沖田は、どこですかぃ?と双眼鏡を山崎に渡し、急かすように言った。
「もう少しでここからも見えると思うんですけどねぇ。あ、いました。あそこです」
 双眼鏡を覗き声を上げた山崎に沖田はひっつくように傍によると、折角渡した双眼鏡を又取り上げ、どこですかぃ!とうきうきしたような口調で山崎の見ていた方を探す。
「あそこですよ。屋根の上」
 指さした方向。土方もそれに釣られてそちらに視線送ると、勢い良く煙草の煙を吐き出した。
「な……なんであんなとこ登ってんだ!莫迦か!」
「別にイイじゃないですか。家主の許可は貰ってるみたいですし」
 さらりという山崎に、土方は頭を抱え、何許可出してんだよアイツ……と呻くように言葉を零した。
「うわぁ、本当だ。仲よさそうに座ってるし……」
 沖田から双眼鏡を借りた藤堂は、思わずそう零し驚いたような顔をした。
「チューしねませんかねぇ」
 呑気は沖田の言葉に、土方は我に返ると、慌てて携帯電話を取り出した。直ぐに応答した近藤は、呑気にどうした?と声を上げたが、土方は呆れたように言葉を放つ。
「客から丸見えだからとりあえず上着だけ脱いでおいてくれ。あと、総悟が望遠鏡持参で出歯亀してっから、恥じかきたくなかったらいちゃつくのはやめとけ」
『ちょっと!総悟なんでそんなに準備万端なの!?』
「知るか。あとな、そこの瓦、アンタから向かって右のほうが外れやすいから乗んな。じゃぁ、遅れないように戻って来てくれよ」
 そう言うと土方は携帯電話を切り、新しい煙草に火を付けた。
「なんでぃ、土方さんもあの屋根登ったことあるんですかぃ?」
 双眼鏡を藤堂に取られた沖田が言うと、土方は渋い顔をする。返答はしたくない、そんな空気を察して沖田は山崎の方へ話を振ることにした。
「近藤さんにあの場所紹介したんですかぃ?」
「いえ。俺は近藤さんに場所貸すって話を先生から聞いただけです」
「先生?」
「俺の三味線の先生ですよ。今日は仕事で留守だし、花火みたいならどうぞって、ちょっと前に近藤さんに会ったときに言ったらしいです」
 あの家の持ち主のことを聞いて、漸く土方が不機嫌そうに返答を拒否したことを理解した沖田はニヤニヤ笑う。元々土方の飲み友達だとは聞いていたが、余り彼女のことを聞かれるのを土方はいい顔をしないというのは、沖田でも知っていたのだ。
「残念なんですかぃ土方さん」
「何がだ」
「あそこに登ってたの、土方さんと山崎の先生じゃないのが」
「うるせェ」
 不機嫌そうに返答した土方を見て、山崎は少しだけ肩を竦めた。

「副長からですか?」
 電話を切った近藤を見て、リンドウは心配そうに声を掛けた。すると、近藤は少しだけ笑って頷く。
「なんか上着は脱いでおけって。暗いから大丈夫かなって思ったけど、今日は屋台出てて川沿いも明るいから目立つみたい」
 成程、と納得したリンドウは上着を脱いた近藤を眺めて笑った。
「あとね」
「はい」
「総悟が望遠鏡持参でこっち見てるみたい」
 しょんぼりとしたような近藤に、リンドウは思わず笑った。要するに、イチャコラするなと土方に釘を刺されたのであろうと。
「花火見に来ただけですから大丈夫です」
「うん。そうだね」
 少し前に一人で昼食を食べたときに、たまたまこの家の家主と会ったのだ。山崎の三味線の先生で、土方の飲み友達である女。花火大会の話なったときに、どうせ仕事で留守だから、勝手に使って構わないと言われて、ありがたくお願いしたのは、ここならば遮蔽物も少なく花火を見るのに丁度いいと彼女が教えてくれたから。本部からでも見えないことはないが、余りいい場所ではない。自分なりに色々考えて、前日には試しに家主に登らせて貰って決めた場所。
「凄く眺めいいですね。月も綺麗に見えますし!」
 嬉しそうにそう言うリンドウをみて、近藤は喜んでくれたようだとほっとしたような顔をした。
「三味線屋さんは月見酒ってのぼるんだって」
「あぁ、それでハシゴとか、荷物置く台が設定してるんですね」
 感心したようにリンドウはいい、自分と近藤の間にある卓に視線を落とした。しかしながら、近藤としては少し邪魔なように思えて、思わずぽんと卓の上に手を乗せた。すると、その上にリンドウの小さな手が乗る。
 驚いて近藤が顔を上げると、リンドウは笑って、これくらいだったら見えませんよ、と囁いた。
「うん。そうだね」
 年甲斐もなくドキドキしているのを自覚して、近藤は恥ずかしそうに笑った。そして、上がる花火。
「うわぁ。大きいですね」
 リンドウの視線が空に向かったので、近藤も同じように花火を眺めた。色とりどりの花。こうやってリンドウと花火を見るのは初めてだと思うと少し近藤は口元を緩めた。
「どうされました?」
「うん。ハルちゃんと会って結構経つのに、まだ初めてがあったんだなぁって思うと新鮮で」
「そうですね。もしかしたらまだまだ沢山あるかもしれませんよ」
 そう言われ、近藤は嬉しそうに笑った。
「そうだね。それも楽しみだなぁ」
 新たな発見もあるかもしれない。二人でのんびりと初めて探しもいいかもしれない。そんな幸せな気分に浸りながら、近藤は花火を見上げた。


実は花火は初めてだった

20110715 ハスマキ

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