*実は嘘の奥にあり*

 カレンダーを眺めながら、沖田は小さく首を傾げる。4月となり桜の絵が書かれたカレンダー。その様子に気がついた近藤は、沖田の側へほてほてと歩み寄る。
「どーした総悟」
「いえ。ちょっと思い出した事がありやして」
 顎に手を当てて考え込むような仕草をした沖田を見て、近藤は首を傾げた。
「何?」
「リンドウなんですけどね」
「ハルちゃん?」
 意外な名前が出た事に近藤は驚いたような顔をすると、先を続けるように沖田に促した。すると沖田は小さく頷き言葉を続けることにする。
「いつまで真選組にいるのかなぁと思いやして」
「え!?」
 思わず声を上げた近藤を眺めながら、沖田はニヤニヤと口元を歪める。リンドウが真選組へ入ったのは数年前の春先の事であった。他の女性監察と一緒に、女性隊士一期生として入ってきた彼女は、現在は山崎の相棒として地味ではあるがしっかりと真選組を支えている。
 試験導入であった女性監察は、思いの他使い勝手もよく、リンドウを含めた他の女性隊士もしっかり仕事をこなしている事もあり、欠員が出れば補充という形をとりながら現在も運営されているのだ。家庭の事情、本人の都合等、辞めていく人間もゼロではないが、新規で入った人間も、先輩である女性隊士や山崎の指導で問題なく任務へついている。丁度春先というのは、真選組に限らず人の移動や入れ替えが多い時期であり、沖田もその延長でリンドウの事を考えていたのだろう。
「ハルちゃん、そんな話してたの!?」
「先日、いつまで真選組にいれるか……なんて言ってやしたぜぃ」
 沖田の言葉に近藤は真っ青な顔をすると、バタバタと走り出す。それを見送った沖田は、少し呆れたような顔をして、その背中を見送ると小さくため息をついた。

 

 山崎やリンドウが屯所で事務をこなす時に使っている監察室に到着した近藤は、すぱんと勢い良く障子を開けて中へ滑り込んだ。その様子を見たリンドウは目を丸くし、山崎は茶を入れる手を止め、土方は長く煙草の煙を吐き出した。
「何慌ててんだ近藤さん」
 呆れたように声をかけた土方は煙草をもみ消すと、手に持っていた書類を束ねる。すると近藤は曖昧に笑い、今仕事中?と小さく首を傾げる。
「大丈夫ですよ」
 淡く微笑んで声をかけたリンドウに安心したような顔をすると、近藤は土方の隣に座り、言い難そうにもじもじとし始めた。それに心底厭そうな顔をした土方は、さっさと言えよと言葉を放つ。すると近藤はあのね、と漸く口を開いた。
「ハルちゃん真選組辞めるの?」
「え?」
 驚いた顔をしたのはリンドウだけではなく、山崎も土方もであり、ぽかんと口を開けた山崎は、誰から聞いたんですか?と言葉を零す。
「やっぱり辞めるの!?」
「いえ。そーゆー意味じゃなくてですね」
 山崎の言葉を肯定に捉えた近藤が一気に涙目になったので、山崎は慌てて声を上げて首を振るが、それに気がつかないのか、近藤はリンドウの方を向いて俯く。その反応にリンドウは困ったように笑うと、口を開いた。
「近藤局長。今すぐにという訳ではありませんよ。将来的にはどうするか決めていませんが」
 その言葉に土方は新しく火をつけた煙草の煙を一気に吐き出した。
「ちょ。アンタ」
「え?」
 土方が何故そんなに驚いたのかわからなかったリンドウが、短く声を上げると、近藤はガバっと立ち上がり、そのまま泣きながら監察室を飛び出していく。
「局長!?」
 山崎が驚いて追いかけようとするが、廊下に出た山崎の視界には既に近藤の姿はなく、仕方なくまた監察室へ戻る。部屋の中には近藤の突然の逃走に驚いて動けないでいるリンドウと、固まったままの土方の姿。山崎は小さくため息をつくと、お茶、淹れますねと言葉を放った。
「追いかけます!」
 漸く思考が動き出したのか、リンドウが慌てて立ち上がったので、土方はちらりと彼女の方に視線を送ると、仕事のあとにしろとだけ短く言う。するとリンドウは、困ったような、情けないような顔をしてまたストンと座った。
 山崎が淹れた茶を飲みながら、土方は書類をめくって、ボソリと呟く。
「そりゃまぁ、いつかは辞めるわな」
 その言葉に山崎は呆れたような顔をして、残った書類に判子を押してゆく。
「そりゃそうですよ。リンドウさんが結婚しても監察続けさせるつもりなんですか?副長も局長も」
「……」
 驚いた様に土方は顔を上げて山崎の方を見る。それに気がついた山崎は、手を止めて怪訝そうな顔をする。
「え?監察続けさせるんですか?俺は反対ですよ」
「……そうか。そーだよな」
 漸くリンドウに視線を向けた土方は、思わず苦笑をして煙草の煙を肺に入れた。リンドウが馬鹿正直に答えたのは、確かに近藤の勘違いを更にややこしい方向へ行かせてしまって厄介だが、ここで一生真選組隊士として働きますと宣言されても、近藤にとっては決して良い返事ではないと土方は漸く気がついたのだ。
 浮かない顔をしながら仕事を続けるリンドウを眺めながら、土方は僅かに瞳を細めると口を開く。
「近藤さんの側にはいるつもりなんだろ?」
「ええ。近藤局長のご迷惑にならないなら」
 土方の言葉に、リンドウが不思議そうな顔をして返答したので少しだけ安心したような顔を土方はする。
「副長!」
「どーした」
 バタバタと監察室の障子を開けた原田に呆れたような顔をして土方が返答する。
「実は局長がですね」
「泣いてんだろ?ほっとけ」
 そっけなく言う土方に、原田は困ったような顔をして言葉を続けた。
「厠に篭って泣いてるモンで、掃除当番の面子が困ってるんですよ」
 そう言われ、土方は屯所内に貼ってある当番表を思い浮かべる。たしか永倉の隊が当番だった筈だ。部屋で泣けば良いものを、と思いながら舌打ちをすると土方は渋々立ち上がる。
「あの……」
 リンドウが何かを言いかけたが、土方は仕事、終わらせろと短く言い原田と一緒に監察室を出て行った。それを見送り、リンドウは小さくため息をつく。
「私……おかしな事言いました?」
「別に言ってないと思うけど」
 しょんぼりするリンドウを慰めるように山崎は言う。何故泣くような事になったのか山崎も正直なことろ理解できない。けれど土方が行ったのだら大丈夫だろうと、とりあえず仕事を早く終わらせて、後で局長の所に行こうねとリンドウに言い、山崎は判子を押す作業を再開した。

 

 いい年した大人が厠に篭って泣くと言うのも非常に滑稽であるが、本人は至って大真面目に心を痛めて引き篭っているのであるから厄介以外の何ものでもない。原田と共に厠へ到着した土方は、絵に描いたような掃除ルックの永倉の姿を見つけて軽く手を上げる。
「まだ篭ってんのか?」
「ええ。他の隊士は余所の掃除に回しましたよ、仕方ないんで」
 呆れたような顔をした永倉の言葉に、土方は顔を顰めると、スタスタと扉の閉まった個室へ向かう。中からはすすり泣くような声が聞こえて気持ちが悪い。
「局長どうしたんですか?」
「……可愛い隊士が辞めるかもしんねぇってへこんでるんだよ。勘違いだけどな」
 ブツブツ言いながら土方は軽く個室の扉をノックする。
「近藤さん。いい加減にしろよ。永倉が困ってんだろ」
 返答がないのに苛立った土方が、個室の扉を蹴り飛ばそうとしたのに気がつき、慌てて永倉と原田はそれを止める。
「壊したら勘定方に怒られますよ!」
「そうですよ!4月入ったばっかりで早速無駄金使うのかって!」
 二人の言葉に土方は舌打ちすると、再度扉を叩く。
「誰にリンドウが辞めるって聞いたんだ?」
 土方の言葉に原田と永倉は驚いたような顔をして、本当ですか!?と声を上げたので、面倒臭そうに土方は、すぐにって訳じゃねーよ、と返答する。
「……総悟」
 その言葉に土方は顔を顰めると、舌打ちをする。沖田とリンドウが仲が良いのを考えると、近藤が信用してしまったのも仕方がない。何でまたそんな悪質な嘘で引っ掛けたのか理解はできないが、今はここにいない沖田を問い詰める訳にも行かない。すると、原田はあっと声を上げると、土方に小さく耳打ちする。
「副長、アレじゃないですか?」
「アレ?」
「四月馬鹿。毎年沖田さん盛大な嘘ついてるじゃないですか」
 暫し沈黙した土方であったが、原田の言うとおり、毎年沖田は悪質な嘘をついて、近藤に限らず真選組の面子をハメたりもしていたのを思い出して、総悟の野郎、と恨みがましく声を上げた。4月1日のエイプリルフール。すっかり失念していた土方は、肩を落とすと再度近藤に声を掛ける。
「総悟のエイプリルフールだろう。今年も盛大に引っかかったな近藤さん」
「……でも……」
 まだぐずぐずと言う理由が分からない土方は、イライラしながら、さっさと出て来いと声を上げる。すると、蚊の鳴くような声で近藤が言葉を零す。
「ハルちゃん『将来的には分からない』って」
 沖田の嘘、そして、リンドウの言葉。片方が嘘であっても近藤にとって意味がないのだろう。土方は小さくため息をつくと、言葉を零す。
「そーだな。将来的にはどうだかわかんねーよ。アンタの所に永久就職ってのもあるかもしれねぇしな」
 その言葉に原田と永倉はぎょっとして、土方の表情を伺う。しかし土方はそれを無視して更に言葉を続けた。
「……そーなったら、真選組にいるってのは無理だしな」
「副長!?」
 原田の声に土方は不機嫌そうに眉を寄せると、なんだよと小声で返答する。
「そんな嘘ついて大丈夫なんですか?」
 心配そうな原田に土方は笑いかけると、まぁ、大丈夫だろうと言い、煙草に火をつけた。その様子に原田と永倉は顔を見合わせると、心配そうに様子を伺う。
「ハルちゃんがそう言ったの?」
「本人に聞けばいいじゃねーか。アイツはアンタさえ良ければずっと側にいるって言ってたし、そーゆー意味じゃねぇの?」
 バタンと扉を開けて顔を出した近藤を見て、土方は僅かに眉を寄せると、不機嫌そうに口を開く。
「とりあえず仕事片付けろよ。アイツもまだ仕事してるからそれから話ししとけ」
 バツが悪そうに頷く近藤を眺めていた土方は、漸く表情を緩めると、さっさと行けよと近藤を局長室へ行くように促す。それに素直に従った近藤を見送ると、永倉が心配そうに口を開く。
「本当に大丈夫ですかねぇ」
「何が」
「ですから、近藤局長が真に受けてリンドウさんへのセクハラというか、ストーカー行為が増長してとか」
 その言葉に土方は僅かに眉間にシワを寄せると、不服そうな声を出す。
「アイツは近藤さん贔屓だから大丈夫だろ。つーか、掃除続けろ」
「いや!やっぱマズいですって!今まで山崎が巧く女性隊士育ててくれてるのに、局長のセクハラでやめちゃったら、他の子も辞めちゃうかも知れないじゃないですか!またむっさい野郎所帯に逆戻りとか悲しすぎますよ!」
 永倉に続いて原田まで食い下がるので土方は呆れたような顔をする。そもそもリンドウが近藤からのセクハラで辞めることもないだろうが、他の女性隊士が辞めるかもしれないと言う事がそんなに重要なのか理解できなかったのだ。確かに仕事を折角仕込んだ山崎には悪いが、原田や永倉が心配することではない。
「別にちょっと前までいなかったんだし構わねぇだろう」
 そう言い放ちその場を後にした土方の後ろ姿を恨みがましく見送る永倉と原田は、お互いに小さく目配せして頷くと、猛ダッシュで監察室へ足を運んだ。

「山崎!」
「はい」
 監察室に飛び込んだ原田と永倉に、山崎は驚いたような顔をして返事をする。すると彼等は部屋の中を見回す。
「リンドウさんは?」
「え?さっき菓子のおすそ分けを局長室に持って行くって出ていきましたよ」
 その言葉に永倉が大慌てで飛び出して行ったので、山崎は怪訝そうな顔をして原田の顔を眺める。
「何か用だったんですか?」
「まぁな」
 曖昧な返事に不思議そうな顔をした山崎であったが、それ以上は聞かずに手元の資料に視線を落とし話題を変えた。
「そういえば局長厠から出たんですね」
「あぁ。あのな山崎」
「何ですか?」
「今のところだな、リンドウさんとか他の女性隊士からのセクハラ報告とか……上がってないよな」
 突然何を言うのだと言うような表情を作った山崎を見て、原田は安心したような顔をする。
「上がってませんけど。そんな疑いあるんですか?だったら調査しますけど」
 隊内の監察業務も山崎の仕事の内である為にそう返答したが、原田はその言葉にブンブンと首を振る。
「いや!ないなら大丈夫!うちに限ってそんな事ないよな!」
 念を押す様に言う原田の様子がおかしいと首を傾げる山崎であったが、それ以上原田が話す気もなさそうであったのでそのまま流す事にした。そのままそわそわとした様子の原田に視線を送ると、山崎は小さくため息をつき表情を伺う。隊士の中で比較的仲の良い隊長クラスである原田が言いにくそうにしているのも気になるし、リンドウの不在を知って飛び出していった永倉の事も気になったのだ。
 暫くすると戻った永倉が何か原田に耳打ちをして、監察室を一緒に出ていったので山崎は僅かに瞳を細めて書類を束ねた。土方辺りに相談するのがいいか、それともとりあえず自分で調べた方がいいかと悩んでいると、リンドウが戻ってきたので彼女に永倉に会わなかったかと話をふることにした。
「えぇ。その、丁度局長室に行く所だからと、お菓子お預けしました」
 困惑したような顔をしたリンドウを見て山崎は思わず、はぁ?と短く声を上げた。リンドウに用事があって飛び出したのかと思ったが、どうやら違ったようだ。意味がわからないと思い山崎は首を傾げる。
「原田さんの様子もおかしかったんだよなぁ。何だろう」
「何でしょうねぇ」
 曖昧に笑うリンドウを眺めて、山崎はとりあえず仕事を片付けたら話を二人に聞いてみようと決め、残った書類をめくり始めた。

 

「いやぁ、吃驚だなぁリンドウさんって、仕事あんだけやってるのにちょこちょこ局長の所で雑用片付けてるんだな」
「掃除、お茶くみ、後なんだっけ?」
「俺が見た時は書類の整理手伝ってた」
 原田と永倉は休憩室で呆れたような声を上げる。
「いつもの事じゃねぇですかぃ」
 沖田に声をかけられ、ぎょっとしたような顔をして原田と永倉が振り返る。すると二人は口を揃えて沖田に非難がましい声を上げた。
「沖田さんが元はと言えば悪いんですよ」
 突然文句を言われた沖田は、肩を竦めると、何の事ですかぃ?と惚けたような顔をする。すると原田は口を尖らして、沖田の嘘に騙されて近藤が厠に篭った話をする。すると彼は僅かに大きく瞳を見開いて、それで?と促す。
「沖田さんが嘘つくから、土方さんが更に大嘘つくハメになったんですよ。どーするんですか、真に受けてセクハラがエスカレートして女性隊士辞めちゃったら!」
「それで隊士まで使ってリンドウさんの先回りして、局長の雑用仕事取り上げてたんですか」
 呆れたように声を掛けたのは山崎で、それに原田と永倉は少しバツの悪そうな顔をする。仕事以外で隊士を動かしていた事は褒められることではない。例え隊士が永倉や原田の心配に同意して自発的に動いたとしてもだ。
「お前だって手塩に育てた隊士がセクハラで辞めるとか厭だろ?」
 原田の言葉に山崎は曖昧に笑うと、どーしたもんですかねぇと急須に茶を入れる。まさかこんな自体になっているとは思わなかったので対応に山崎も困ったのであろう。曖昧な返事をした山崎に永倉は不服そうな顔をすると、口を開いた。
「あ、ダメっすよ原田さん。山崎はうちの女の子に全然興味ないですから」
「マジでか!」
 その言葉に原田だけではなく沖田も驚いたような顔をする。確かに女性隊士の教育係と言う美味しい仕事でを請け負っているが浮いた噂もないし、公私の区別をきっちりつけている。だからこそ任せられているのだろうが、再度言われると驚きの声を思わず上げてしまう。
「お前!羨ましい仕事してる癖に!彼女できたのか!白状しろ!」
 原田にぐいぐい首を絞められる山崎は直ぐにテーブルを叩いてギブアップをするが、許してもらえず釣り上げられる。
「うっせぇ!なにしてんだ!」
「あ、土方さん!聞いてくだせぇ。山崎の奴生意気に彼女できたらしいですぜぃ!」
 茶化す様に言う沖田に山崎は顔を真っ青にすると、いませんよ!と悲鳴のような声を上げる。その様子に土方は呆れたような顔をすると、とりあえず降ろしてやれと原田を促す。漸く開放された山崎は土方に礼を言うと、涙目になりながら、いませんからね!と念を押す。
 ちらりと土方が視線を落としたので、山崎は不服そうに口を尖らせて、今までの事の成り行きを土方に説明した。
「……つまんねー事してるなお前ら」
「沖田さんや土方さんはいいですよ。どこでも人気ありますし。俺達にとっては女性隊士とのふれあいってのは癒しなんです。お仕事お疲れ様です、とか、頑張ってくださいね!っていわれて超癒されてるんです!」
「そうですよ!他の隊士だってそう思ってるから進んで手伝ってくれたんです!」
 ぶーぶー文句を言う永倉と原田に呆れた様な顔をした土方であったが、小さくため息をつくと、煙草に火をつけた。
「心配しねぇでも、リンドウが嫌がりゃ総悟が近藤さんに文句言うだろうが。総悟の嘘が元なんだ、総悟に任せとけ」
 リンドウを贔屓している沖田なら放っておいても目を光らせるだろうと言う解決案を土方がだすと、永倉と原田はブツブツ言いながらもそれを承知する。
「沖田さん!頼みましたよ!」
「リンドウさんが少しでも嫌そうな顔したらぶった斬ってください!」
「任されたぜぃ」
「物騒だなオイ!女ぐれーでガタガタ言うなよ!」
 永倉と原田の涙を浮かべた頼みを引き受けた沖田の返事に土方はぎょっとしたような顔をする。癒しだなんだとバカバカしいことこの上ないが、士気に関わるなら仕方ないと諦めたような顔をして煙を吐き出す。
「とりあえずこの件は終いだ。いいな」
 話を強引に纏めた土方を見て、沖田は思い出したように少し前の話を掘り返した。
「山崎の彼女の件は続けていいんですかぃ?」
「だから、いないですってば!」
 慌てて否定する山崎を見て沖田はニヤニヤと表情を歪める。
「彼女とかそんなんじゃないんですよ沖田さん。山崎の先生の話ですよ」
「先生?」
 永倉の言葉に沖田が怪訝そうな顔をすると、こっちの、と三味線を弾く真似をする。
「すっごい美人なんですよ、山崎の三味線の先生。なんといても上様ご指名の名妓ですからねぇ。俺も警護の時にちょっと見たんですけど」
「何!?羨ましい!」
 永倉の言葉に原田が声を上げたので山崎は曖昧に笑って、土方の表情を伺う。すると、土方はただでさえ不機嫌そうだった表情を更に固くして、煙草の煙を吐き出す。
「美人たぁ羨ましいですねぇ、土方さん」
 ニヤニヤ笑いながら沖田が言うと、土方は僅かに眉を上げて返事をする事を拒否する。すると、沖田は思い出したように言葉をこぼした。
「そういやぁ、山崎の三味線の先生って土方さんの紹介でしたっけ?」
 沖田の言葉に山崎は思わずゲッと声を上げる。別に隠している訳ではないが、沖田がからかう気満々な空気なのでその話題を変えようと口を開こうとするが、永倉と原田の声にかき消された。
「土方さんだけズルイですよ!俺にも紹介してください!」
「……三味線習うのかお前等」
 二人の言葉に土方は呆れた様な表情を作ると、煙草をもみ消した。
「美人とお知り合いになれるなら三味線でも何でも!」
 言い切った二人に山崎も思わずうわぁと情けない顔をする。すると土方は瞳を細めて表情を緩めた。
「命かけれるなら紹介してやるよ。かけれねぇなら駄目だ」
 そういうと土方はぽかんとした顔をした面子を置いてさっさとその場を後にした。暫し場に訪れた沈黙を破ったのは沖田で、不服そうな声を上げた。
「なんでぃ。格好つけて。つまんねぇの」
「あーゆーのがモテるんですかねぇ」
「いや、俺達がやったところで顰蹙だろう」
 沖田に釣られるように永倉や原田が声を上げ、そして、笑い出した。

 

 監察室の片付けをしていたリンドウの姿をみて、土方は彼女に声を掛けた。
「まだいたのか」
「はい。もう帰ります」
 淡く微笑んだリンドウを見て土方は困ったように笑った。
「明日からまた、近藤さんの面倒頼む。原田や永倉がアンタの楽しみ取り上げてたろ?」
 その言葉にリンドウは少しだけ驚いたような顔をすると、困ったように微笑んだ。仕事の先回りをされて今日一日殆ど近藤の所にいくことがなかったのだ。どうやら明日からはまたいつも通りだと言うことが分かって安心したのだろう。
「ご迷惑なのかと思って心配しました」
「……近藤さんが泣いて手放したくねぇって言ってんだ。それはねぇよ」
 土方の言葉にリンドウは淡く微笑むと、有難う御座いました、と言葉を零す。
「俺は何もしてねぇ」
 表情を変えずにそう言った土方を見て、リンドウは瞳を細めると笑顔を向けた。
「嘘つきですね、副長」
「四月馬鹿だしいいんじゃねぇの」
 笑った土方は、近藤さんも仕事そろそろ終わってるだろうと言い残すと監察室を出て行く。それを見送ったリンドウは、荷物を片手に、ウキウキと局長室へ向かった。

 そっと局長室を覗くと、近藤が書類を捲りながら難しそうな顔をしているので、リンドウは挨拶は遠慮しようかと悩むが、彼女に気がついた近藤がぱっと顔を上げて嬉しそうに声を上げたので、招かれるまま部屋へ入っていく。
「ハルちゃんもう帰るの?」
「はい。あの……昼間の件なんですけど……」
 その言葉に近藤はバツの悪そうな顔をすると、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あ、ごめんね。色々こう、勘違いが重なったっていうか……えっと……ハルちゃんは真選組をずっと続けるかは解らないけど、俺の側にはずっといてくれるんだよね」
 土方に言われた事を確認するように近藤が言うと、リンドウは少しだけ驚いたような顔をしたが、直ぐに微笑んで頷く。
「ええ。ご迷惑じゃなければ」
 その返答に近藤はブンブンと首を振ると、全然迷惑じゃないと力一杯言葉を放つ。するとリンドウは淡く微笑み、嬉しいですと言葉を零した。安心した近藤は、大騒ぎしてごめんねと詫びて、立ち上がる。
「そんじゃ、送るよ」
「お仕事は……」
「大丈夫!トシにもちゃんと許可もらったし!」
 自信満々に言う近藤を見てリンドウは嬉しそうに笑うと、差し出された手をとって立ち上がった。
「はい、セクハラ1ですぜぃ、近藤さん」
「総悟ぉぉぉぉぉ!っていうかセクハラって何!?」
 突然声をかけられ驚いた近藤が声を上げると、沖田はニヤニヤ笑いながら、二人に言葉を放つ。
「本日より近藤さんセクハラ対策委員長に任命されやした」
「ちょっと!何で俺ピンポイント!?」
 涙目で抗議する近藤に、沖田は笑いかけると、耳打ちをする。
「屯所内でイチャつかねぇでくだせぇって事でさぁ。一人もんの隊士の妬みかって刺されますぜぃ。近藤さんが刺されたらリンドウが泣きやすから、俺がわざわざ対策委員長かってでたんでさぁ」
 恩着せがましく言う沖田に近藤は驚いた様な顔をすると、でもセクハラって……と口を尖らせる。するとリンドウが笑って近藤の袖を引く。
「大丈夫ですよ。相手が厭でなければセクハラは成立しませんから」
「ハルちゃん!」
 彼女の言葉に近藤が嬉しそうな顔をすると、沖田はつまんねぇとブツブツ言う。しかし、瞳を細めて笑うと、口を開いた。
「まぁ、俺が委員長ですから、多少の事は多めにみまさぁ。でも、リンドウ泣かせたらぶった斬りやすぜぃ」
 その言葉にリンドウと近藤は顔を見合わせて笑うと、大丈夫と声を揃えて言う。その様子を見た沖田は、呆れた様な、それでいて嬉しそうな顔をすると二人を送り出した。

「いい加減公表した方が面倒ないんじゃねぇすかぃ?」
「……でも今日の原田さんと永倉さんの反応見てたら、誰も信じないんじゃないかって思うんですよ」
「いっその事今日公表しちまえばよかったな。総悟の四月馬鹿に便乗して」


四月馬鹿ネタは初めてですね
20100401 ハスマキ

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