*山雨来たらんとして風楼に満つ *

 誕生日プレゼントに強請られたモノは思った以上に難易度が高いものであった。リンドウ自身は受けても良いと思ったのだが、今回は一人で受けれるものではなかったのだ。困ったように微笑んだリンドウを見て、沖田は、俺からも頼んでおきますからと柔らかく笑うとその場を後にした。
 その足でいそいそと沖田は局長室に向かうと、そっと中の様子を窺う。ここの所近藤の様子がおかしいのだ。例の出張の後からなのだが、その後近藤は暫く熱を出して寝込んだと思ったら、時折考え込むような様子を見るようになった。もしかしたらリンドウと何かあったのかも知れないと探りを入れてみたが、すべて空振りに終わっている。そもそも、リンドウの方は以前とまったく変わらない様子であるし、近藤が何をそんなに気にしているのか全く見当もつかない。沖田だけではなく、土方も気にはしているようだが、近藤からは何も聞き出せている様子はないし、何か心配ごとでもあるなら自分から言ってくるであろうとたかを括っている節がある。逆に沖田は気になって仕方がないのだ。
「近藤さん。入りますぜぃ」
 障子を開けると、近藤が顔を上げたので、沖田はいつも通り勝手に座布団に座ると仕事をする近藤の様子を見る。出張から帰ってきた日はひどい有様であったが、今は体調は悪くないらしい。一人で考え込む時以外は今までと変わった様子はないのだ。
「どうした総悟」
「もうすぐ俺の誕生日なんですがね」
「ああ、そうだったな。何か欲しいものでもある?」
 手を止めた近藤は、カレンダーを眺めると感慨深げに頷いた。
「頼みがあるんでさぁ」
「頼み?プレゼントのリクエスト?」
 首を傾げる近藤に、子供のように満面の笑みを浮かべると、沖田は口を開く。
「一日、俺と家族ごっこしてくだせぇ」

 

「家族ごっこ?」
「そうなんですよ」
 監察室でお茶を飲みながらリンドウは頷く。休憩時間に入ると、山崎に先程沖田から頼まれた誕生日プレゼントの話をリンドウははじめたのだ。その言葉に山崎は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに笑う。
「リンドウさんがお母さんで、近藤さんがお父さん?副長は…お兄さん?」
「…副長は…その…ポチだそうです」
 困ったように言うリンドウを見ながら、山崎は心底誘われなくて良かったと思う。おそらくロクな配役は回ってこないだろうと。少なくとも土方よりは良い配役だろうが。
「そんじゃ、沖田隊長の誕生日は休みにしとく?仕事ないしいいよ」
「有難うございます」
 嬉しそうに笑ったリンドウを見て、山崎はシフト表を取り出すとそこに赤ペンで彼女の休みを書き入れる。後で土方に申請をだせはそれでいい。そもそも山崎もリンドウも有給は山ほど残っているので、仕事さえ詰まっていなければ比較的自由に休みは取れるし、土方が却下することもないだろう。そんな事を考えていた山崎であったが、ふと顔を上げてリンドウの表情を窺う。リンドウは、せっせと手元の紙を同じ大きさに切っていたが、山崎の視線に気が付き手を止めて首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「いや、リンドウさんはいいとして、局長や副長は承諾するのかと思ってさ」
 土方は烈火の如く怒るような気がしないでもない。そして、近藤は最近元気がない。表向きは普通通りであるが、明らかに出張の後から様子がおかしいと山崎は感じていた。
「どうでしょうね」
「…局長は何か心配事でもあるのかなぁ…っていうか。出張で何かあった?」
「ご報告する様な事は何も」
 その切り返しに、山崎は質問の仕方が悪かったと思わず苦笑する。リンドウは言いたくない事に関しては嘘は吐かないが、黙っている事が多い。それを聞き出そうとすれば、自分の質問をできるだけ上手く選ばねばならない。
「そうだね。仕事は何も問題なかったって林さんからも聞いてる」
 山崎の言葉に、リンドウは困ったように微笑んだ。山崎が聞きたい事に気が付いていたのにあえて無視した為に、彼が質問を変えようとしているを察したのだ。仕事上問題は何一つなかった。だから土方に聞かれた時も同じ言葉を返したのだ。そこで話を切り上げた土方より、山崎はさらに突っ込もうとしている。例えば此処で、仕事上の立場を山崎が取り払えば、リンドウもそうせざるおえない。頭の切り替えの早さは流石だとリンドウは心底感心する。そもそも、そうでもしないと監察などという仕事はできないのだが、山崎は特にその辺りは切り替えが早い。一度目に駄目なら、二度目の手段を直ぐに探すのだ。
「…言いたくないなら良いけど、俺も近藤さんの事気になるしね」
 山崎がスイッチを完全に切り替えたので、リンドウは僅かに視線を彷徨わせる。仕事上の呼称を止めたのだ。リンドウの様子を窺いながら、山崎は言葉を選ぶことにした。アジサイ苑では恐らくあの写真の様子では何もなかったであろう。ならば、それ以上に彼女がどこで凄く頑張ったかである。本気で彼女が回答から逃げるのであればそれでも良いが、恐らく彼女は、自分には本当の事を言うような気がした。自惚れかと思われるかもしれないが、一番自分が彼女から丁度良い距離なのだ。
「正直に言うとね、そっち方面では俺は沖田さんみたいに頼りにはならないと思うんだけど…君は可愛い後輩だし、相棒だし、友達だし、何ていうか…気になるしね」
 あの時、『聞かなかった事にする』と言ったのを、あっさりと撤回した山崎に、リンドウは少し拗ねたような顔をする。彼女がそんな顔をするのを初めて見た山崎は大いに驚いたが、自分が巧く切り込めたのには満足した。後はリンドウの気持ち次第だ。恐らく今、彼女は自分に対してズルイと思っているだろうが話す気にはなっていると手ごたえを感じた山崎は更に、もうひと押しする事にした。もしも話す気が更々ないのなら、彼女はいつも通りの笑顔で同じ言葉を繰り返したであろう。
「…誰に内緒にしてれば良い?」
「でも、その…正直ですね、あの事が近藤さんを煩わせてるのか確信は持ててないんです…というか、煩わせるつもりではなかったので…何と言ったら良いのか、煩わせてるなら申し訳ないというかなんというか。近藤さんも何も仰らないので」」
 その言葉を聞いて、山崎は瞳を細めた。何かがあったのだろうが、リンドウ自体、それが近藤の様子がおかしい事に繋がるかどうか確信が持てないので話すのを躊躇っていたのだろうと理解した。
「どんな大事件なのか、聞くのが怖いなぁ」
「いえ!大したことじゃないんです!本当に!凄く頑張りましたけど、沖田さんに鼻で笑われる程度だと思います!」
 ワザと茶化すように山崎が笑うと、リンドウは驚いたように顔をあげて、真っ赤になって否定する。
「じゃぁ、聞いても良い?」
 にこやかな笑顔で切り返した山崎を見て、リンドウはやっぱり山崎はズルイと思った。でも山崎のこの様な所は嫌いではないし、むしろ、尊敬に値する。
 本当に大したことではないと前置きをして、リンドウは宿あった事を話す事にした。山崎ならこの話を聞いた後、恐らく頼めば近藤にそれとなくうまく話を聞いてくれるような気がした。本当に近藤の様子がおかしいと思っていたが、リンドウが何を聞いても曖昧に笑ってはぐらかされていたのだ。
 最後まで話を聞き終えた山崎は、暫し黙っていたが、疑問に思った事を口にした。
「でさ。返事とか…聞いた?」
「え?返事ですか?」
 近藤が一番好きだと言ったリンドウは、そのまま布団に逃げ込んで結局朝までぐっすり寝てしまった訳で、近藤は近藤で恐らくそれが原因で寝れなかったのではないかと安易に想像がついた。リンドウは今までも近藤に対してその様な発言は重ねていたが、今回は勝手が違う。山崎が意識的にリンドウが近藤を好いている事や、土方がリンドウを好いている事に対して目を瞑っていた様に、恐らく近藤は無意識に自分へ向けられる好意に目を瞑っていた。子供の様に可愛がっていたリンドウからの好意に戸惑っているいるのだろう。器用ではない近藤が悩むのも無理はない。
「そう。返事」
 山崎が重ねて言った言葉にリンドウは大真面目に首を傾げた。それを見て山崎は思わず天を仰ぐ。これは酷いと。リンドウの中では、近藤にやっと好意を伝えて、満足してぐっすり眠って、彼女の中では全て完結していたのだ。付き合おうとか、恋人になろうとか、そんな事は全く考えていない彼女は、返事を貰うという想定すら頭になかったのだろう。近藤は熱まで出して考え込んだのに、リンドウが全くそれを理解できない事に納得も行く。
「返事はいらないんですけど…その、知って頂けるだけで満足というか…何というか…お酒も入ってましたから、近藤さんも真に受けてないかもしれませんし…」
 思わず山崎は彼女の言葉に頭を抱えたくなる。酒が入っていたにしろ、リンドウが酒に強いのは誰でも知っている事であるし、近藤も翌日から満足してしまいその事にリンドウが全く触れないので、判断に困っているのではないか。自分が不運体質なのは知っているが、今回に限っていうなれば、近藤も大概不運である。必死で探しているであろう答えを彼女は求めてすらいないのだから。
「あのですね…こんな感じですので、近藤さんが悩むって事ないかと…でも、元気がないとは私も思っているんです」
 リンドウを眺めながら山崎は何を言えばいいのか流石に悩む。答えを必要としていないから悩まなくてもいいと近藤に伝えれば、近藤は恐らく酒の席での事だと流すかもしれない。しかし、それではリンドウの気持ちはまた伝わらなかった事になってしまう。だからと言って自分が何も言わなければ、恐らく近藤は信頼のおける誰かに相談を持ちかけるかもしれない。そう考えるとゾッとする。間違いなく近藤は土方に相談を持ちかけるだろう。もしも自分が同じ立場なら、死にたくなるかもしれない。それを考えるなら、自分で何とか近藤に話をしておいた方が良いような気がする。
 山崎が考え込んだのを見て、リンドウは心配そうな顔をする。それに気がついた山崎は、困ったように笑うと、まぁ、何というかねと口を開いた。
「近藤さんにも聞いてみないと確かな事は解らないけどね、返事…考えてるんじゃないかな。俺が同じ立場だったら、やっぱり何て返事しようか考えるから」
 その言葉にリンドウが驚いたような顔をしたので、山崎は苦笑する。
「返事いらないって、君言ってないでしょう?」
 それは盲点だったと言わんばかりにリンドウはぽかんとしたような顔をする。確かにそれは言っていない。立ち上がったリンドウが今にも部屋を出ていきそうであったので、山崎はあわてて彼女の腕を掴んだ。
「リンドウさん!ストップ!」
「あの。でも」
 何とか捕まえてリンドウを座らせた山崎は、困ったように笑うと、とりあえず落ち着いてと短く言う。彼女が近藤の所に行こうとしていたのは良く解るが、それが良い選択なのかは山崎に判断できなかった。しかし、今慌てて駆け込んだ所で事態が好転するとは思えない。
「近藤さんの事は、俺が話してみても良いかな?」
 しょんぼりしたリンドウに山崎が言うと、彼女は驚いたように顔をあげる。
「元々はさ。俺が体調壊した事にも原因はあるし、リンドウさんも話、してくれたしね」
 全てが上手くいく方法を知っている訳ではないが、そう悪くない方向には持っていける様な気がした山崎はそう言うと、困ったような、情けないような顔をして笑う。
「山崎さん」
「あんまり頼りにならないと思うだろうけど。時間頂戴」

 

 道場で稽古をしていた近藤は、山崎が胴着を着て訪れた事に驚いたような顔をした。監察である山崎が稽古をしに来るのは珍しかったのだ。決して剣術を疎かにしている訳ではないが、仕事上、剣術よりももっと優先すべきスキルがある為に、観察の面子は他の隊士ほど道場に出入りはしない。
「珍しいな山崎」
「たまには剣を振っておかないと副長が煩いんで」
 困った様に笑った山崎を見て、近藤はゆっくりと握っていた竹刀を構えた。相手をしてくれるという事であろう。それを察した山崎は近藤の正面に立つと、同じように竹刀を構えゆっくりと深呼吸する。
「お手柔らかにお願いします」
 剣術に関しては近藤・土方・沖田は他の隊士に比べて頭一つ分は出ている。剣術の腕に関して中程度の山崎がどう逆立ちしても勝てないであろう。その言葉に近藤は少しだけ口元を歪めると、稽古だから心配するなと竹刀を軽く振り上げた。

 ばたりと道場の床に大の字になった山崎を見て、近藤は淡く笑うとお疲れ、と短く声をかける。時間こそ短かったが、体が巧く動かなくなる程絞られ山崎は汗を床に落とす。
「全然お手柔らかじゃなかったんですけど」
「稽古にならんだろう?たまには動けなくなる程剣を振るのもいいぞ」
 まだ体力が有り余っているのであろう近藤は豪快に笑うと、山崎に手拭いを投げてよこす。それを受取り、顔を拭いた山崎はちらりと近藤の様子を窺った。
「元気ですね局長は」
「それだけが取り柄だからな」
 そう言うと、近藤は竹刀を置くと床に座り込み休憩を取る。頭から手拭いを被った山崎を見て、近藤は少し困ったような情けないような顔をすると、少し視線を彷徨わせた。それに気がついた山崎は、相手が切り出すまでわざと無視をする事を決めて、ごしごしと汗を拭う。
「しっかし暑いですね。今年は猛暑になりますかね」
「…ああ、どうだろうな。山崎は今日の仕事終わったの?」
「ええ」
 監察は仕事の詰まり具合がまばらなので、忙しい時と暇な時の落差が激しい。寝ずに仕事を片づけなければならない日があるかと思えば、半日で片付いて後は暇を持て余している時もある。それは近藤ももちろん承知している。
「何か処理する仕事あるならやっときますよ?」
「いや。そういう訳じゃなくてだな…」
 言葉を探している近藤を見て、山崎はとりあえず助け船を出す事にした。リンドウの話題を振りたいのだろう。
「もしかして、リンドウさんの方に用事あったんですか?多分掃除してると思いますよ。裏庭の笹がどうとか言ってましたから」
 山崎の言葉に、近藤が慌てた様に首を振ったので、山崎は思わず笑う。嘘がつけない人だと思ったのだ。
「用っていうかね。…ハルちゃん最近どう?」
「どうって…いつも通りですよ。仕事して、掃除して、仕事してみたいな。あ、近藤さんの元気がないって心配はしてましたよ。今朝も会ってたじゃないですか」
「…うん。いつも通りだった」
 しょんぼりした近藤を見て、山崎は気の毒になってくる。リンドウが悪い訳ではないが、きっと近藤はいまだに悩みに悩んで答えを探し続けているのだろう。そもそも、リンドウの態度に変化が出る筈がない。彼女はいつもよりも頑張りはしたが、結局言っているのはいつもと同じことなのだ。むしろ近藤の受け止め方が変わっただけである。
 一生懸命言葉を探している近藤に山崎は至極真面目な顔をすると、近藤さん、と声をかけた。
「相手がどう思ってるかじゃなくて、自分がどう思ってるかが問題なんですよ」
 その言葉に近藤は驚いた様な顔をすると、山崎の顔を凝視する。
「相手が自分の事好きだから、好きになる。嫌いだから、好きにならないって訳じゃないと、俺は思いますよ」
「ハルちゃんから何か聞いた?」
「いえ。何も。リンドウさんの話だと思って聞かれてたんですか?」
 嘘をつく事が苦痛だと思った事がない山崎は、表情一つ変えずにそう言うとゆっくりと立ち上がった。それを見上げて情けない顔をした近藤は、ぽつりと言葉を零す。
「すまなんだ山崎。心配掛けた」
「何の事かわかりませんよ」
 さらりと言い切った山崎を見て、近藤は苦笑すると同じ様に立ち上がった。沖田とも、土方とも違う山崎の気遣いに近藤は心底感謝すると、近藤はもう少しゆっくり考えてみる事に決める。リンドウが自分の事を本当の所どう思っているかはわからないが、山崎が言う通り、自分がどう思っているかが一番の問題なのだと感じたからだ。返事も何も、まずはそこが解らなければ前には進めない。
「ハルちゃん、裏庭の笹を引っこ抜くつもりなのかな。あれすごい沢山生えてたけど」
「七夕だからじゃないですか?」
 話題を変えた近藤に、山崎は苦笑しながらそう答える。その返答に近藤は驚いたような顔をするとすぐに、そうか、と納得したように頷いた。
「七夕か。晴れるといいなぁ。それが終わったら総悟の誕生日だな」
「やるんですか?家族ごっこ」
 山崎の言葉に近藤は困ったように笑うと、そのつもりだけどと返答する。
「うまくできるか解らないけどね。総悟のリクエストにしては謙虚だしなぁ。一日局長とか言い出すかと思ってた」
 それは怖いと思いながら、山崎は瞳を細めて笑った。近藤が少し気持ちの切り替えができたのではないかと安心したのだ。少なくとも、宙ぶらりんのままで家族ごっこなど引き受けられる訳はないだろう。土方には気の毒であるが、沖田を甘やかし放題な近藤・リンドウコンビに巻き込まれて家族ごっこをしてもらうしかない。
「それじゃぁ俺はこれで」
「山崎」
「なんですか?」
 竹刀を片づけて道場を出ようとする山崎に近藤は声をかける。
「…好きな子とかいる?」
 ストレートな言葉に、思わず山崎は困ったように笑った。
「憧れてる人はいますよ。でも、付き合おうとか、結婚したいとかそんなんじゃないです。その人が幸せだったら、俺も幸せみたいなおめでたい人種みたいなんですよ、俺」
「そーゆーのもあるのか」
「ええ、だから、七夕ではその人の幸せでもお願いしようかと思います」
 半分は大ウソですけどねと、心の中でつぶやくと、山崎は近藤を置いて道場を後にした。

 

 裏庭でごそごそと動いている人影を見つけた土方は、煙草の煙を吐き出しながら、その人影に近づいた。
「おい」
「はい!」
 驚いたように顔を上げたリンドウを見下ろして、土方は呆れた様な顔をする。鎌を持って、裏庭にびっしり生えた笹を刈っていたのだ。毎年、地下茎である笹は処理が難しいので業者に丸投げしているというのに、リンドウがわざわざ自分で掃除をしているのに呆れた土方は不機嫌そうに口を開いた。
「…業者呼べばいいだろーが」
「あの…掃除じゃなくて、ちょっと、笹をわけてもらおうと思いまして」
 リンドウが困ったようにそう言ったので、土方は怪訝そうな顔をした。何に使うのか想像がつかなかったのであろう。
「何に使うんだ」
「七夕の飾りにと。あの、すみません。勝手に刈り取って」
 頭を下げたリンドウを見て、土方は複雑な顔をする。別に咎めようとした訳ではないのだが、その様に取られてしまったらしい。自分の対応が悪いのは自覚しているが、どうにもならない事にいらついた。
「別にそれぐらいかまわねぇよ」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに笑ったリンドウは、またせっせと笹を刈り取り、見栄えのいいものを選別して足もとに置いてゆく。その中の一本を土方は拾い上げると、煙草の煙を吐きながらぽつりと呟いた。
「一本貰って良いか?」
「ええ。飾りも必要なら、後で届けますけど」
「いや、飾りはいい」
 もう飾りも準備したのかよと呆れながら、土方はそう短く返答する。恐らく、沖田や山崎辺りと暇を見て短冊やらの飾りを作ったのであろう。別に自分で飾るつもりはなかった土方は、笹を眺めながら七夕とは無縁だったとぼんやりと考える。
「織姫と彦星だっけか」
「そうですね。晴れるといいんですけど」
「晴れても今年は月が満月に近けぇから天の川は見れねぇだろうな」
 年によって月の加減が違うので、天の川が見える年と、見えない年があると三味線屋が言っていたのを思い出した土方はそう言う。そもそも、天人襲来で空が明るくなった江戸ではたとえ新月でもろくに見えないだろうが。
「見えなくても、織姫と彦星は会えるから良いんですよ」
 淡く微笑んだリンドウを見て、土方は困ったように笑った。
「こんな所にいたんですかぃ」
 後ろから声をかけられ振り向くと、そこには箱一杯の飾りをもった沖田が立っていたので、思わず土方は顔を顰める。
「沖田隊長」
 立ち上がったリンドウの傍に沖田は行くと、彼女が手に持った笹を見て子供の様に笑う。
「飾り付け、しちまいましょうぜぃ。短冊も願い事書きやした」
 箱から短冊を取り出すと、そこに書かれた願いに土方は煙草の煙を勢いよく吐き出すと、声を上げる。
「手前ぇ!【土方死ね】とか書くか普通!?」
「きっと晴れて、機嫌が良い織姫なら叶えてくれると思いますぜぃ」
「ふざけんな!!!」
 その短冊を勢いよく土方が破ったのを見て、沖田は口元を歪めると、新しい短冊を取り出す。そこに書かれていたのは【副長の座】であった。
「まだありやすから」
「この野郎…」
 恐らく他の短冊にも似たような事を書いているのであろうと思った土方は不機嫌そうな顔をすると、思わず沖田を睨みつける。年に一度の逢瀬イベントに飾る願いとしては物騒極まりない。
「副長も短冊どうぞ」
 白紙の短冊を渡された土方は断る事が出来ずにそれを受け取ると、折りたたんでポケットに突っ込む。それを見ていた沖田は、リンドウに耳打ちした。
「心配しなくても、あの笹にびっちり自作の短冊飾りやすぜぃ」
「するか!!これは人にやるんだよ!」
 勝手に捏造された事に腹を立てた土方は声を荒げると、くるりと踵を返す。これ以上沖田におちょくられるのが不快だったのだ。
「あの、笹を玄関に飾っても良いですか?」
「勝手にしろ」
 リンドウが背中越しに声をかけてきたので土方はちらりと彼女の方を見ると、興味なさげにそう返答した。恐らく明日には玄関に笹が下げられ、暇な隊士が短冊を吊るすのであろう。近藤辺りは嬉々として短冊を吊るすかもしれない。
「ありがとうございます」
 嬉しそうなリンドウの顔を見て、土方はもらった短冊に何か願い事を書いた方が良いのかとちらりと考えるが、ガラではないとすぐに思い直す。恐らく白紙のまま吊るす事になるだろう。願掛けで願いが叶う等莫迦な事はありえない。
「邪魔にならねぇように飾れよ」
 一応念を押して土方はその場を後にすると、笹を持ったまま屯所の中を歩く。すると、近藤が声をかけてきたので足を止めた。
「笹。トシも飾るのか?」
「これは人にやるんだよ。真選組の分の笹は玄関に飾るって言ってた」
 そう言うと、土方はポケットから短冊を取り出すと、近藤の手に握らす。
「悩みが解決するように書いて吊るしとけ」
「…心配掛けてすまなんだ。なんというか、大丈夫だから」
 情けない顔をして笑った近藤を見て、土方は少し驚いた様な顔をする。今まで悩み云々の話題はすべて笑って曖昧にしていたのに、近藤がそれを素直に認めたからだ。何か心境の変化があったらしい。
「この短冊はトシの分じゃないの?俺の分はさっき山崎持ってきたぞ」
「そんじゃ、二つ吊しゃいいだろーが。俺は織姫に叶えて貰う願い事なんてねぇし」
「ぞれじゃぁ有難く。悪いな」
 短冊など自分で勝手にいくらでも増やせばいいのに近藤はもらった分しか使えないと思っているのだろう。その様子に土方は困ったように笑うと、少し薄暗くなってきた空に視線を送る。満月が近い。
「俺は織姫じゃなくて、迦具夜姫に会いに行ってくる」
 酒飲みで、気の強い迦具夜姫は願いなど叶えてくれはしないが。己の力で何とかしろと笑うだろうが。
「迦具夜姫?」
 不思議そうな顔をした近藤に笑いかける。近藤が何を悩んでいるのかは、なんとなく察していた。そのうち自分に相談を持ちかけるのではないかと考えると、不安で仕方がなく、つい三味線屋へ吐き出しに行ってしまう。そもそも、その時が来れば恐らく己自身で止めを刺す事になるだろう。特攻か自決かを選べと言われれば、後者しか選べない。その方が後々良いというのは良く理解していた。
「…あんま遅くならねーようにはする」
 瞳を細めて笑った土方を見送った近藤は、みんなに心配をかけ通しである事を反省し、短冊を眺め困ったように微笑んだ。


七夕
そして初山崎のターン
20090701 ハスマキ

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