*花発いて風雨多し*

 大晦日に毎回開催される忘年会に土方が参加する事は少ない。交替シフト制を通常から組んでいるので忘年会時も待機組はいるのだが、彼は非常時に局長・副長が両方動けないのを嫌って参加を自粛しているのだ。
 日付も変わり大晦日から元旦になって数時間と言う深夜、土方は廊下をヒタヒタ歩く気配を感じて仕事の手を止め障子の方へ視線を送った。
 彼の部屋の前を通り過ぎた足音は又戻って来て通り過ぎる。
 誰かが宴会に使われている大広間とどこかの部屋を何度も往復しているようである。
 不思議に思った土方は少し障子を開けて誰が通るのか待つ事にする。仕事も大概片付き暇だったのだ。
 暫くすると又足音が近付いて来たので煙草を吸いながらぼんやり眺めていると、隙間からちらりと毛布を抱えたリンドウの姿が確認できたので思わず声をかける。女性隊士が日付が変わる頃に挨拶して帰ったのを土方は覚えており、その中にリンドウがいたかどうかは明確に覚えていないが、まさかこんな時間まで残っているとは思わなかったのだ。
「副長。起きてらっしゃったんですか?明けましておめでとうございます」
 声をかけられ立ち止まったリンドウは障子を開けて室内を見ると淡く微笑んで新年の挨拶をする。
「アンタ何してんだ」
 定型文な挨拶を返したのち土方は思わずそう質問する。恐らく抱えているのは宿直室の毛布であろう。リンドウが寝る分には監察の仮眠室が女性専用になっているのでわざわざ毛布を運ぶ必要はない。
「大広間で寝てしまった方が多いので毛布位と思いまして…」
 そういわれ土方は時計に視線を送る。まだ二時前で、いつものペースなら後二時間は楽勝で飲み続けている筈である。明け方まで飲んで、初日の出を拝む前に撃沈、昼から新年会で又飲むと言うのがここ数年の流れである。家族持ち以外の隊士が屯所に殆ど住んでいるからこそできる強行スケジュールであるが、どうやら今回は何かの拍子に勝手が違って来たのだろう。
 小さく溜め息を吐いた土方は煙草を消すと立上がり、手伝うと短くいい廊下に出る。
「後何枚いるんだ?」
「大体足りてますので…宿直室から三枚程借りて来て頂けますか?」
 リンドウがそう言うと土方は頷き宿直室へ向かった。二十四時間体制で仕事をしている真選組の夜勤組みが集まるのが宿直室である。元々家族持ちの隊士用に設置された部屋であるが、屯所に住んでいる面子も平隊士は殆ど部屋が大部屋なので他の迷惑にならないように宿直室で待機する事が多い。夜勤に備えて昼に仮眠を取るのも殆どこの部屋である。
 土方が宿直室の障子を開けると中にいた隊士はぎょっとしたような顔をして姿勢を正す。その様子を見て苦笑すると土方は毛布借りに来たとだけ短く言い布団の片付けてある押入れをあける。
「今年はペース速かったみたいですね」
「いや…まだ宴会場どうなってんのか見てねーんだけど」
 声をかけてきた隊士に土方は正直にそう返答する。
「ほら、今年は監察組も宴会に結構参加してるじゃないですか。女の子と飲める機会も少ないんで張り切っちゃったみたいですよ」
 そう言われ土方は仕事を優先させがちな監察を珍しく出来るだけ集めたのを思い出す。近藤がどうしてもときかなかったので山崎に丸投げしたのだ。無論山崎は本人達の意思を尊重して出欠を取ったのだが新規の女性隊士は意外と進んで参加してくれていた様に思う。
「莫迦ばっかりだな…」
 小さく溜息をつくと土方は引っ張り出した毛布を持ち易い様に折り畳んで抱える。冬用なので意外とかさ張るのだ。
「あ、そういえば監察の子が毛布借りに来てましたけど…その手伝いですか?」
「ああ。つーか、何でアイツまだいんだよ。他の女帰ったのに…」
 土方の返答が最後の方に愚痴っぽくなっているのをきいて隊士は驚いた様な顔をした。
「あー、アレじゃないですか?沖田隊長、引き止めたんじゃないですかね。あの子がお気に入りじゃないですか。時々一緒に出掛けてるの見ますよ」
 その言葉に土方は驚いた様な顔をする。
「総悟が?」
「…え?ええ。それにあの子と市中見回りの時はちゃんと午前中から仕事してますし…あの子位ですよ、沖田隊長朝から叩き起せるの。俺等が起しに行ったら問答無用で切られますよ」
 そういった隊士が刀を振り下ろす真似をしたので他の隊士も笑い出す。彼等がまだ新人だった頃に莫迦正直に沖田を起しに行って命を落とす所だったのだろう。今となっては笑い話だが、当時の彼等は胆を冷やしたに違いない。
 それを見ていた土方は溜息を吐く。本当は監察であるリンドウに市中見回りの仕事を頻繁に回すのは不本意であったのだが、他の隊士からどういう訳かリンドウと沖田を組ませてくれと要望が多かったのだ。沖田が仕事をサボるのを黙殺するのも問題であるし、沖田を仕事に向かわせるのも一苦労なのだと。泣きつかれた土方は仕方なくリンドウが屯所で仕事をしている時に午前中だけ沖田と市中見回りに行かせたりしていたのだ。リンドウも監察の仕事があるのでそうそう沖田とは組ませる事が出来ないが、確かに言われてみればリンドウと仕事の時は比較的沖田は機嫌よく仕事に向かう傾向がある。いつ頃からそうなったのかは全く覚えていない。はじめは貧乏くじを彼女に引かせているようで気が滅入ったがリンドウが不平不満を言わないので結局ずるずると彼女の好意に甘え沖田を押し付けているような気もする。
「お気に入りねぇ…」
 土方は僅かに瞳を細める。沖田とリンドウは多分その表現が一番しっくり来るのだろう。沖田が懐いた理由は解らないが、彼の我がまま放題を増長させるよな気がしないでもない。
「あ、副長もゆっくりしてくださいよ。そうそうでっかい問題なんか起こりませんって」
 毛布を抱きかかえ立ち上がった土方に隊士はそう言うと両手が塞がった土方の代わりに障子を開ける。いつもどこか一歩引いて真選組をサポートしている土方を気遣っての発言であろう。
「まぁ…近藤さん次第だな」
 瞳を細めて笑うと土方は宴会場へ向かうことにした。

 宴会場となっている大広間の障子を苦労して開けるとそこには毛布をかけられ寝る隊士の姿が見えた。正直外には見せられないだらしのない姿である。毎度の事だが羽目を外しすぎであろう。
 そんな中リンドウの姿を探すと、彼女は隅に座り込みじっとしていた。不思議に思った土方が毛布を隊士にかけて側に寄ると、彼女の膝の上に近藤の頭が乗っている事に気がつく。
「…何やってんだか…」
 呆れた様に土方が言うとリンドウは淡く微笑んで側にあった灰皿を手繰り寄せ土方の前に置く。誰も使っていない所を見ると彼女が此処に来る土方の為に準備したのだろう。それを見た土方は座り込むと煙草に火をつけ近藤の顔を覗き込む。程よく酒が回って気持ち良さそうに寝る姿は一言で言うなればだらしがない。
「あんまり甘やかすなよ」
「はい」
 土方の言葉にリンドウは瞳を細めると小さな声で返事をする。普通ならセクハラで訴えられる所だろうがリンドウは近藤の言う事ははいはいと請け負ってしまう節がある。無論ベタ惚れなのだから仕方がないがこの光景は他の隊士に見られると問題なのではないかと土方は思わず考え込む。人の良いリンドウに近藤も沖田も際限なく甘えてしまうのだ。
「足が痺れたら枕探しに行きますよ」
 そう言うとリンドウは酒と盃をしかめっ面の土方の前に差し出し一杯だけお付き合い下さいと微笑んだ。
「…アンタ飲めんのか?」
 何度か一緒に酒の席にいた事はあるがリンドウは一方的に酌をするだけで余り飲んでいる様子は見られなかった。飲める印象がないのだ。
「ええ。大丈夫です。今日は随分飲みましたけど」
 そういわれ土方は少しだけリンドウに顔を寄せる。確かに酒の匂いがするが、彼女からなのか会場がそもそも酒臭いのかは判断できなかった。ちらりと彼女の表情を伺うと、酒を持って酌をする準備をしていたので土方は小さく溜息を吐き一杯だけと盃を差し出した。
「それでは、改めて。あけましておめでとうございます副長」
「ああ…おめでとう」
 自分の盃に酒を満たしたリンドウが微笑んでそう言ったので土方は盃を差し出す。チンと小さな音が鳴り思わず土方の表情が緩む。こうやって酒を彼女と飲むのは初めてだったのだ。
 するとリンドウは持っていた盃の酒を一気に飲み干し空の盃を盆に戻す。
「…アンタもしかして酒強ぇのか?」
「どうでしょう?余りお酒の味は解らないので普段は飲まないんですが…」
 困った様は表情をリンドウが作るので思わず土方は微笑を零し自分の盃の酒を舐める。土方はどちらかと言えば酒は弱い方である。好きで飲むが余り大量摂取できるような体質ではないらしい。
 ただ、リンドウと酒の席で一緒になる時はいつも飲みすぎる傾向にある。コレは土方の自制心の問題ではなくリンドウの酌の仕方の問題なのだと最近土方は気がついた。酒が空きそうになればリンドウが直ぐに気がつき酒を足すのだ。強制などしないが穏やかに微笑んで酒を注ぐのを待たれると厭とは言い辛い。なので土方は最近は自分の盃の酒の残量に気をつける事にしていた。半分以下にすればリンドウが又待ってしまう。
 それを知らない隊士が恐らく今日此処で見事に潰されてしまったのだろう。
「アンタがこいつ等にガンガン酒注ぎまくったのかよ」
 それに対してリンドウが穏やかに微笑んだだけだったので土方は肯定だと捕らえ瞳を細めた。今までむさ苦しい野郎ばっかりの忘年会だったので舞い上がったのもあるだろうが情けない。土方に挨拶をして帰った監察の女性隊士が皆しゃんとしていた所を見ると一方的に監察組にしてやれたのだろう。そこまで考えて土方は思い出したようにリンドウに声をかけた。
「アンタ帰らねぇのかよ」
「…帰ろうと思ったんですけど…楽しかったのでつい」
 恥ずかしそうに笑ったリンドウを見て土方は思わず呆れたような顔をする。
「送ってやるから帰る時は声かけろ」
「え!?いえ、近いから大丈夫です」
 慌てて首を振るリンドウに土方は不機嫌そうな顔をすると、少しだけ顔を寄せ小声で呟く。
「近藤さんも今はこんなんだし、俺を頼っとけ」
 その言葉にリンドウは少し驚いた様な顔をするが直ぐに、それじゃぁ、帰る時に声かけますねと穏やかに微笑んだ。言葉を吐いてから自分の言い回しが卑怯だっただと土方は心の中で舌打するが、嬉しそうに笑ったリンドウを見て思わず表情を緩める。リンドウが随分自分達を頼る様になってきたのが嬉しかったのだ。他人は散々甘やかすのに自分が他の負担になるのを嫌うのでいつも一人で全てを抱え込む彼女がいつからか自然に差し出した手を取ってくれるようになった。
「む…トシ?」
 膝で寝ていた近藤がゴソゴソと起きだし目を擦りながら目の前で酒を飲む土方に声をかける。
「よーやくお目覚めかよ。今回はペース速かったな」
「あー。すまなんだ。つい飲みすぎた」
 呆れたような土方の声に近藤は申し訳なさそうに言うと自分の枕であったリンドウを見て驚いた様な顔をする。
「良く眠れましたか?」
「ハルちゃん!?膝枕!?え?俺お願いしちゃった?」
「ええ」
 にっこりと微笑むリンドウを見て近藤は頭を抱える。
「ご…ごめんハルちゃん。よっぱらって無茶言わなかった?他は何もしてない?大丈夫だよね」
 おろおろとする近藤を見てリンドウは穏やかに微笑むと膝枕してって言われただけですよと返答する。それを聞いて近藤はホッとした様な顔をしたが、土方が職権乱用のセクハラだなと呟いたので真っ青な顔になる。
「セクハラ上司で御免…」
 しょぼくれた近藤をみてリンドウと土方は思わずふきだす。今まで散々耳かきやら何やらでリンドウの膝を借りていたのに今更だと思ったのだ。
「今更何言ってんだよ。散々コイツの膝借りてんじゃねーか」
「…それはそうだけど…なんか…改めて言われると…心配に」
「嫌がってねぇんだからいいんじゃねーの?」
「そうですよ。いくらでも膝ぐらい使ってください近藤局長!」
 そこで漸く土方にからかわれただけだと気がついた近藤ははぁっと安心して大きく息を吐き出した。
「そんじゃ俺も一杯飲もうかな」
「まだ飲むのかよ」
「トシも付き合え」
「…一杯だけだ」
 渋々承知した土方に近藤は嬉しそうな顔をすると彼の盃に酒を足す。そしてリンドウにも酒をすすめると彼女は笑顔で盃を受け取る。
「そんじゃ、今年も宜しく!」
 嬉しそうに盃を掲げた近藤を見て二人は笑うと先程と同じ様に盃を合わせる。一眠りしてすっきりしたのか近藤は上機嫌で盃を重ねていった。
 そんな中リンドウが急に酒を注ぐ手を止めたので近藤は不思議そうな顔をする。
「どうしたのハルちゃん」
「いえ、沖田隊長が」
 そういわれ近藤と土方が振り返ると毛布を持った沖田が眠そうに目を擦りながら立っていたので近藤は声をかけようとするが、彼はそのままリンドウの横にすとんと座ると額につけていたアイマスクをスッと降ろし毛布を被りゴロンと横になった。頭はリンドウの膝の上である。
「…総悟…てめぇ…」
 土方が不機嫌そうな声を思わず漏らすが、沖田は直ぐに寝息を立て始める。それを見てリンドウは少し微笑み沖田の柔らかい髪を撫でて毛布をかけなおす。
「膝枕って気持ちいいんですかね…」
「知らねぇよ」
 不思議そうに言うリンドウに不機嫌そうに返答すると土方は酒を舐める。沖田が素でやっているのか自分への宛てつけなのか判断できなかったのだ。どちらにしろ土方にとっては不快以外の何物でもない。
「…昔沖田隊長は人に頭預けるの怖いって言ってたんですけどね…」
 ポツリと呟いたリンドウの声に二人は驚いた様な顔をする。頭を叩き割られても文句が言えないから自分なら絶対出来ないとリンドウに沖田が言ったのだ。その話をしながらリンドウは嬉しそうに瞳を細める。
「こうやって頭預けて寝るって事は沖田隊長に信頼されてるって事ですよね。ちょっと嬉しいです」
「俺もハルちゃんに預けれるぞ!」
「アンタはずっと預けっぱなしだろーが」
 呆れた様に土方が近藤に切り替えしたのでリンドウは淡く微笑む。こうやっているのがとても幸せで、楽しくて、時間を忘れてしまうのだ。
「トシもやってもらったら?」
 近藤の何気ない一言に土方は思わず言葉に詰まる。それは無理だ。信頼してない訳ではないが無理だ。ただこの話の流れで断るのはリンドウを信頼していないと取られる可能性の方が大きい。そう考えて土方は必死で言葉を捜した。
「…枕が高いと寝れねぇ…」
 必死で探した割にはショボイ言い訳に自分で言ったくせに思わず土方は赤面する。その言葉にリンドウは吃驚したような顔をしたが直ぐに笑ってもう少し足ダイエットしますねと見当違いな返答を返してきた。
「ちが…そういう意味じゃなくて…」
「いや、ハルちゃんの膝は丁度いいぞ。寝てみれば解る」
 慌てて更に言葉を捜そうとするが近藤にぶった切られ土方は項垂れた。全力でグダグダである。足が太くて気に入らないと取られてしまうとは思わなかったのだ。リンドウの体型は標準であるし、足が太いなど土方は思った事もない。
「…そーじゃなくて…なんつーか…」
 酒が入って上機嫌な近藤はゲラゲラ笑うが土方は必死で言葉を捜した。酒が回っているのか思うように言葉が浮かばず自分でも情けないぐらいうろたえる。そんな様子を見てリンドウは柔らかく笑うと、土方の盃に酒を注ぎ足す。
「気が向いたらいつでも仰って下さいね」
「…ああ」
 それは穏やかな助け舟だった。土方はホッとした様な顔をするが、直ぐに自分の盃に足された酒に気がつき肩を落とす。又こうやってつい彼女の前で盃を重ねてしまうのだ。他の隊士を笑えない。
「ハルちゃんは初詣行くの?一緒に行こうか」
「え?良いんですか?連れて行って頂いて」
 近藤の提案にぱぁっとリンドウは表情を明るくする。
「行くのは構わねぇけどアンタいい加減帰れよ。それとも屯所泊まるのか?」
 明日…正確には今日であるが、昼には又新年会と称して宴会があるのだ。一旦帰って寝るなら早い方が良いし、初詣に行くならばどう考えても新年会の前となる筈だ。少しでも寝ておいた良いと土方は思ったのだ。
「おうち帰ります。お風呂入って寝ます。というか、眠いです結構」
「眠いのかよ」
 リンドウの返答に土方は呆れたような顔をする。屯所に泊まる選択肢を選ばなかったのは風呂に入りたかったからだろう。現在残念ながら屯所に女性用の風呂がない。大概家が一番近いリンドウの家の風呂を借りるか銭湯に行くかで女性隊員は凌いでいるのだ。屯所に住んでいる女性隊士がいないので今の所不満は出ていないが、今回の様に宴会で酒の匂いに塗れれば矢張り風呂に入りたくなるのだろう。
「そんじゃハルちゃん十時に屯所に来てね。起きられる?」
「はい」
 時計を確認すると三時を回った所である。リンドウは少し思案したような表情をしたが自分の膝に頭を乗せる沖田をそっと揺り起こす。
「沖田隊長。申し訳ありませんが帰りますので」
「…ねむい」
 短く返答した沖田に土方はムッとしたような顔をすると、頭叩き割れと短くリンドウに命令する。それに対して少し困った様な表情を作ったリンドウは再度沖田に声をかけた。
「そーちゃん。お布団で寝ないと風邪引きますよ」
 その言葉に近藤も土方も驚いた様な顔をする。沖田の頭を優しく撫でたリンドウの手に沖田は手を重ねると暫くそのまま動かなかった。
「そーちゃん」
「…解った…」
 呼びかけに釣られる様に沖田がむっくりと起き上がりアイマスクを持ち上げたのでリンドウは穏やかに微笑む。
「全くかーちゃんは煩くてかなわねぇや」
「…ハルちゃんいっつもそうやって総悟起してるの?」
「はい。最近沖田隊長はかーちゃんとそーちゃんがブームみたいで…」
 一度この起し方をしたらそれ以降これ以外で全く起きなくなってしまったのだ。リンドウは沖田を起しに行く時はいつもこうやってかーちゃんと呼ばれながらそーちゃんと呼んで起しているのだ。
「なんでぇ、近藤さんと土方さんもいたんですかぃ」
「いちゃわりぃのかよ」
 不機嫌そうに言う土方に沖田は別に…と言うと立ち上がり明日は十時で良いんですかぃ?と近藤に確認をする。恐らく話をある程度聞いていたのだろう。
「起きてたのかよ手前ェ」
「寝てましたぜぃ。アイマスクしてたでしょ」
 額のアイマスクを指差すと沖田はニヤニヤ笑って土方の側に立つ。一方的に笑われるのが不快な土方は顔を顰めると何か言いたい事あるのかよと不機嫌そうに言う。
「…俺もリンドウの膝は丁度良いと思いますぜぃ」
「…絶対殺す」
 座ったままのリンドウの頭をポンと軽く叩くとそれじゃ十時にと言って沖田はひらひらと手を振り自室へ向かう。残された土方は沖田の消えた方を眺めてしかめっ面のままであった。恐らく全て聞かれていたのが恥ずかしかったのだろう。
「それでは私も帰りますね。十時に又きますので」
 立ち上がったリンドウを見て近藤は頷くと俺も早いけど寝るかと背伸びをする。もう少し飲んでいても良いが初詣に行くので寝坊は出来ないと思ったのだろう。
「あ、ハルちゃん送ろうか?」
 その言葉に土方は視線を彷徨わせる。先程の約束は多分反故にされると思ったのだ。しかし、リンドウは微笑んで大丈夫ですと返答した。
「もう遅いよ?」
「いえ。先程副長が送ってくださると…」
「あ、そうなんだ。じゃぁトシ頼むわ。俺酒かなり入ってるし…送ったは良いけど屯所に帰れんかもしれんしなぁ」
 立ち上がろうとしてよろけた近藤は思った以上に酒が回っていることに気がついて土方に任せることにした。予想外の流れに土方は驚いた様な顔をするとああ、と短く返事をする。
「それではお願いします」
「ああ。近藤さんはちゃんと部屋に帰れよ」
「おう。そんじゃハルちゃんおやすみ」
「おやすみなさい」

 

 屯所から十分とかからない距離を二人並んで歩く。いつも通り防寒用の耳あてをしたリンドウは上機嫌に土方の隣を歩いていた。
「…偉く機嫌がいいな」
「初詣楽しみで」
 その言葉に土方は瞳を細めるとそうかと短く返答した。何処までも幸せな女だと。
「あ、副長もいらっしゃるんですよね?」
「は?」
 土方の返答にリンドウは不思議そうな顔をする。恐らく当然土方も一緒に初詣に来るものだと思っていたのだろう。その反応に土方は困った様な表情を浮かべる。正直人が多くて面倒なのだ。いつも適当に理由をつけて留守番をしていた。
「いらっしゃらないんですか?」
 その言葉に土方は歩みを止める。それに気がついたリンドウは驚いて歩みを止め土方の方を振り返った。
「副長?」
 暗くて少し距離の開いたリンドウには土方の表情が良く見えなかったので急に不安になる。何か気に障る発言をしたのだろうかと。
「…近藤さんと二人で行けばいい」
 彼女が望むならどんな手を使ってでも土方は沖田を引き止めて近藤と二人で初詣に行かせてやっただろう。その言葉にリンドウは躊躇うことなく土方に歩み寄ると、冷たい土方の頬に手を添えた。
「私は皆さんと初詣に行くのが楽しみなんです。近藤局長や沖田隊長や副長と…山崎さんもいらっしゃればすごく嬉しいです。真選組の皆さんと沢山の思い出作れればと思ってるんです。駄目ですか?」
 その言葉に嘘がない事を理解してるからこそ土方はどうしようもない気持ちになった。いつまでも諦めきれないのが辛くて全てが手遅れになるのを待ち望んでる自分が厭になる。手遅れになれば諦められると信じているのだ。そんな保障は何処にもないのにも関わらず。
「…冗談だ…山崎も誘っておく」
 そう呟くと土方は自分の頬に触れれるリンドウの手に己の手を添えて困ったように笑った。
「アンタさ。前から言おうと思ってたんだけど」
「はい?」
 残り少ない家路をゆっくり歩きながら土方は思い出したように口を開いた。
「仕事の時以外は別に役職で呼ばなくてもかまわねぇんだぞ」
「…屯所にいる時は役職の方が良いかと思ってたんですけど…その、私仕事無い時も屯所に行くので…それに私が休みでも他の方はお仕事だったりとか…」
 恐らくその辺りの判断が出来なくて彼女は役職でずっと呼ぶことにしたのだろう。もにょもにょと困った様子でいるリンドウを見て土方は思わず笑う。そんなに真剣に考えてるとは思わなかったのだ。沖田など土方のことを副長と呼んだ事すらないのだ。
「いや、別にどっちでも良いんだけどよ。気ィ使ってるんだったら思って」
「山崎さんがそう呼んでらっしゃったんでそんなものかと思ってました。あの…申し訳ありません、余りその…巧く切り替えが出来てなくて」
 困った顔で自分を見上げるリンドウを見て土方は頬を緩めるとぽんぽんと軽く頭を叩いた。近藤にアレだけ子ども扱いの様だから辞めろと自分で言っておきながらついそうしたくなったのだ。今ならどうしても辞められない近藤の気持ちが解る様な気がした。
「どっちでもかまわねぇよ。好きにしろ」
「…はい」
 しょんぼりとしたリンドウを眺めながら土方はもう少し一緒に歩いていたいのに目前に迫った彼女のアパートを眺めて瞳を細める。
──本当に諦め切れるのか。
 部屋まで送った帰り道、土方はぼんやりとそんな事を考えて思わず空を見上げて大きく溜息を吐いた。


新年っぽい話書いてみました。
初詣も書きたいなぁと思ってるんですが時期的にもう旧正月に入ってしまうorz
20090108 ハスマキ

【MAINTOP】