*節は時を嫌わず*

 寒さも厳しくなる年末。年末年始の仕事の打ち合わせの為に松平の所に呼ばれていた近藤、土方は漸く堅苦しい席から開放され屯所への帰途を辿っていた。そんな中、背中を丸めて歩いてた近藤がはたっと歩みを止めとある店に視線を送る。
「どうしたんだよ近藤さん」
「いやぁ。もうクリスマスだなって」
 街の飾りつけはクリスマス一色であり騒がしい事この上ないと思ってた土方は顔を顰めると関係ねぇけどな俺達にはと短く返事をした。年末はただでさえイベントが多くて真選組は狩り出される事が多く忙しい。とてもではないクリスマスだと浮かれる気分にはなれなかった。
「いや、イベントごとは大事だぞ!クリスマスはだなぁ、恋人達のイベントでもある訳で…」
「尚更関係ねぇだろうが俺等に」
「ちょっとトシ!冷たいよ!去年の寂しいクリスマスと違って今年こそ俺はお妙さんとだなぁ…」
「寂しくないようにクリスマスにはちゃんと仕事入れてあるから安心しろ」
「マジで!?」
 近藤の言葉を遮るように畳み掛けると土方は不機嫌そうに顔を顰め、さっさと屯所に戻るぞとだけ言う。寒い上に急ぎの書類が机の上で待っているのだ。溜めなければ良いのに近藤が大事に書類を保管していた為に年末の仕事納めまでに片付けるディスクワークが山積みで、少なくとも今日中に処理すべき仕事は3件分は残っていた筈だ。午前中に松平からの呼び出しがなければ楽勝であったろうがそうも言ってられない状態である。さっさと近藤を局長室に放り込んで判をつかせるのが土方の今日の仕事とも言える。
「あ、ちょっと待ってトシ」
「何だよ。寒いんだから帰ろうぜ。仕事もたまってる事だし」
「ちょっとだけあの店見たいんだけど」
 そういって近藤が指差したのは明らかに女性向けのファンシーグッツを置いている店であった。
「はぁ?」
「ちょっとだけ!」
「ちょっとって…何の用があるんだよあんな店に」
 怪訝そうに土方が言うと近藤はプレゼントを買うと言い土方の腕を掴むと強引に店の中に引きずり込んだ。
「オイ!近藤さん俺は外で待ってるから…」
「恥ずかしいだろ一人で入るの!」
「いや、二人の方が恥ずかしいだろうがよ!!」
 野郎二人でこんな店に入るのは御免だと土方は大騒ぎするが結局力負けして店に押し込まれる形になる。無論一人で入るのも御免だが、大の大人が、しかも野郎がこんな店に入るだけで異様な光景である。店員のいらっしゃいませの声さえ心なしか震えてるように土方には聞こえて逃げ出したくなった。
「直ぐに済むからなトシ」
「さっさとしろよ」
 入ったものは仕方ないと土方は肩を落とすと店内の端のワゴンへ駆け寄る近藤の後ろをついてゆく。そこに積まれたのは耳あて…側に言うイヤーマフラーと呼ばれる防寒アイテムであった。
「何色がいいと思う?」
「…アンタが着けるのかよ。やめとけ気色悪い」
「気色悪いって!…いやね、俺じゃなくてね」
 そこまで聞いて土方は近藤が『プレゼントを買う』と言っていたのを思い出しああ、と短く声を上げる。
「キャバ嬢にか?テメェで選べよ。俺は知らねぇよ」
 無論キャバ嬢と言うのは近藤が追いかけている志村妙の事を指しているのだが、近藤は驚いた様な顔をすると首を振った。
「お妙さんにはドンペリ入れる約束してるから」
「したのかよそんな約束!莫迦だろアンタ。カモられてるのにいい加減気づけよ!…じゃぁ、誰だよそんなのプレゼントすんの」
「ハルちゃん。庭掃除してる時とかさ、寒そうでな。この前ここ通った時にコレがあれば寒くないんじゃないかと思ってな」
 庭掃除は兎に角寒い。真選組内で当番等を決めているが冬場はいい加減になりがちである。しかしリンドウは局長室前の庭や玄関先など客が目にしやすい場所に関しては自主的に掃除をしている事が多い。先日も寒い中黙々と掃除をしている姿を土方は見かけていたので確かに近藤の言う事も理解できる。
「…アンタが選んだ色なら文句いわねぇだろアイツは」
「そうか?でもトシの方が女の子にモテるしセンス良いと思うがな」
 近藤にそう言われ土方は苦笑すると白い色を選び近藤に渡す。女にモテてもセンスが良くても惚れた女には振り向いて貰えてない。そう思いながら無難な色にしとけとだけ言う。
「白か。ピンクも可愛いんだがな」
「隊服に合わねぇよ。白だったら大体何にでも合う」
「流石トシだな。聞いて良かった」
 満足そうに笑う近藤を見て土方は僅かに瞳を細めるとさっさと会計済ませろよといい店から出る。
 近藤を待ってる間土方は煙草に火を付けると煙を吸い込みゆっくりと吐き出す。今日は監察組は道場の掃除当番だった筈である。道場内だけでなく周りも掃除する事になっているので恐らくリンドウは今頃箒を握って寒い中山崎辺りと掃除をしているのであろう。幹部服は比較的厚着であるが平隊士の服は上着がない分薄手だからきっと寒い思いをしている。けれどそれに対してリンドウは不平不満を言った事がない辺りは無駄に遠慮してるか根性があるかのどちらかと思われた。
「クリスマスねぇ…」
 煌びやかな街の飾りを眺めながら土方は小さく溜息を漏らす。

 

「そんじゃトシ。ハルちゃんに届けてきて」
「はぁ!?」
 局長室に戻るなり近藤は耳あての入った紙袋を差し出すと突然そんな事を言い出す。無論言われた土方は意味が解らないというような間抜けな返事をするしか出来なかった。
「今日監察組は道場掃除だから早速喜んで使ってくれるだろうな。後でつけた所見せて貰おう。可愛いだろうな。モコモコのふわふわだし」
「いや、アンタが持ってけよ。つーか、プレゼントなら包装位ちゃんとして貰え!」
 プレゼントだと言った割には紙袋に詰められただけであるし、値札も切ってない。突っ込みどころ満載で土方はぶっ倒れそうになりながら取り合えず値札を切って再度紙袋に耳あてを詰め直すところから土方は始める事にした。
「だって直ぐに使ってもらおうと思ったし」
「…いや、別に良いんだけどよ…」
 この前のハンドクリームのノリで近藤は多分リンドウへプレゼントするつもりだったのだろう。クリスマスの話を散々振っていた癖にその辺を巧く脳内で繋げられなかった様で、ある意味台無しである。モテないのも解らないでもない。
「トシが帰ってくるまでに書類終わらせておくから安心してくれ!」
「…」
 仕事やる気満々の近藤に水を差す気になれなかった土方は少し思案した後、仕方ないとぶつくさ言いながら立ち上がると不機嫌そうな顔をして道場方面に向かった。

 多分近藤から渡されたほうがリンドウは喜ぶであろう。しかし近藤は仕事を優先させてそこまで頭が回っていない。寧ろ誰が渡しても同じだと思っているのかもしれないと思うと土方は気分が滅入った。そんな事を考えてるうちに敷地内の外れにある道場へたどり着き、そこにはリンドウが一人ぽつんと箒を握り締め落ち葉を集めている姿が確認できた。
「山崎は」
「あ、副長。山崎さんは今ゴミ袋取りにいってます。思ったより落ち葉が多かったので」
 そう言うとリンドウは足元のゴミ袋を指差す。1袋パンパンに落ち葉が積み込まれているというのにまだリンドウの足元には落ち葉の山がある。
「サボリじゃないですよ」
「ああ」
 念を押されたので土方は苦笑する。いつも山崎の事は怒鳴ってばかりなので警戒されたのかも知れないと思うと何だか可笑しかったのだ。
「副長はどうなされました?仕事の依頼ですか?」
「いや。コレ届けにきた。近藤さんからアンタに」
 そう言うと土方は少しリンドウの側によると彼女の頭に耳あてをつけてやる。
「え?コレ」
「寒そうだからだとさ」
「近藤局長が?」
「そう」
「有難う御座います。凄く嬉しいです」
 土方を見上げるようにリンドウが微笑みを零すと土方は僅かに瞳を細めた。喜ぶ姿が見れるのは悪くないがそれは自分に向けられたモノではないと思うと土方はどんな顔をして良いのか解らなくなって顔を背ける。
「後で直接本人に言えよ。俺は届けただけだ」
「はい。態々有難う御座いました」
 箒を木に立てかけるとリンドウは自分でそれを外し嬉しそうに眺めて又付ける。
「白色なんですね。隊服に合いますね」
「それつけてて声聞こえんのか?」
 素朴な疑問でを土方が口に出すとリンドウはええ、と淡く微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ぎゅーって耳押さえてる訳じゃないですから。掃除の時とかだったら全然問題ないと思います」
 確かに窮屈そうには見えないし先程から会話も問題なくしているのだから諜報任務の時以外だったら使ってても支障はないかも知れないと納得した土方はそうかと気のない返事をする。
「どうです?似合いますか?」
 そうリンドウに聞かれ土方は暫く黙ったままリンドウの姿を眺める。YES/NOの簡単な問いを投げかけたつもりだったリンドウは黙ってしまった土方を見て恐る恐る声をかけた。浮かれていた事で何か失言をして機嫌を損ねてしまったのではないかと心配したのだ。
「副長?」
 すると土方は突然リンドウのつけている耳あてに両手を添えると、ぎゅっと押す。
──
「??そんな風に押さえたら聞こえ…」
 耳あてをしているだけなら問題ないが押さえつけられた為に耳に栓をされてしまったリンドウはぱっと手を放し離れた土方に慌てて聞くが、土方は少し困ったような顔をして大したこと言ってねぇとだけ言う。
 リンドウは不服そうな顔をしたが、突然ぱっと表情を明るくして土方の背の方に視線を送ったので土方も釣られて振りかえった。
「山崎さんお帰りなさい」
「…ただいま戻りました」
 顔面蒼白な山崎が恐る恐る茂みから出てくると土方はぎょっとしたような顔をする。無論山崎とて好きでこんなタイミングで来たわけではない。寧ろ何故土方とリンドウが何だかいい雰囲気で道場の前にいたのかを山崎の方が聞きたいぐらいであった。
 不機嫌を絵に描いたような土方の姿を見て山崎は思わず身を竦ませる。鉄拳制裁ぐらいを覚悟して茂みから出てきたのだが面と向かうと矢張り怖い。
「仕事に戻る」
「はい。態々有難う御座いました」
 リンドウと共に山崎は土方を見送るが彼の姿が消えるまで生きた心地がしなかった。
 漸くふうっと肩の力を抜いた頃にはリンドウはせっせと落ち葉をゴミ袋に詰めている所であった。それをぼんやり眺めていた山崎はリンドウの耳あてに気がつく。
「それ副長が?」
「いえ、近藤さんが買って下さったんです。副長は態々届けてくれたみたいで…」
「あ、そうなんだ。良く似合ってるよ」
「有難う御座います。あったかくて有難いです」
 嬉しそうな顔をするリンドウを見て山崎の顔は自然に綻ぶ。気分が感染するという事は大いにある事で、リンドウの笑顔をある意味今の山崎にとっては嬉しい癒しである。
「そういえば副長何て言ったんですかね」
「え?」
「似合ってるかどうか聞いたらですね。こうぎゅーっと耳押さえられたんですよ」
 先程の土方を真似るように自分の耳あてをぎゅっと押さえる。先程山崎が見ていたのはその辺からであったのでああ、と少し思考を巡らした。伝えていいものかどうか悩んだのだ。山崎にしてみればどって事のない台詞に聞こえたのだが、土方にしてみたら意味があった…もしくは聞かせたくない言葉だったのかもしれない。しかし、聞かせたくないのにその言葉を吐いた意味も余り理解できなった山崎は思案の末結局黙っている事にした。何かあったら鉄拳制裁を喰らうのは自分だと思ったのだ。
「なんていったんだろうね」
「気になりますよねー。あ、私ゴミ捨ててくるんで山崎さんは先に屯所戻っててくださいね」
「そう?じゃぁ宜しく。箒片付けたら俺も戻るわ」
 ゴミ袋を両手に提げたリンドウを見送ると山崎を箒と塵取りを抱えて道具置き場に向かいながら土方の言葉を思い出す。

──よく似合ってる。

 それだけの短い言葉。本人に伝えれば恐らく喜ぶであろう。しかし土方はそれを言いたかったのに伝えなかった。
 山崎は首を傾げながら道具を片付けると背中を丸め屯所へ戻る事にした。


不運の山崎。怒られなくて良かったね(笑)
20081201 ハスマキ

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