*青天の霹靂*

 沖田が珍しく早起きをし屯所内を歩き回っていると、監察が使用している部屋の障子が開けっ放しになっていた。気になってひょいと覗き込むとそこには珍しいものが鎮座していたので興味をそそられそっと部屋に入る。
 部屋は珍しく散らかっており、片隅で丸くなって寝ているリンドウの姿を確認すると沖田は苦笑し、続きになっている監察用の仮眠室から毛布を引っ張り出すとかけてやる。近所に部屋を借りているリンドウが屯所に泊り込んだということは何か仕事が詰まっていたのであろう。
 ひょいと興味をそそられたソレを持ち上げると沖田は少し考え込んで小さな声でリンドウに耳打ちする。
「ちょいと借りますぜぃ」
 無論眠っているリンドウからの返事はないが、満足そうに笑うと沖田はソレを小脇に抱えて軽い足取りで部屋を後にした。

 

 10月に入り肌寒くなってきたので鬼の副長と言えども起きるのには気合を要する。要するに寒くて布団が恋しいのだ。ちらりと時計を見ると後10分は布団に包まってられそうなので、土方は再度布団を被りなおし至福の時間を過ごそうとするがソレは珍妙な来客によって見事に粉砕された。
Trick or Treat」
 土方の顔を覗き込むカボチャ。それを見た土方は思わず驚きのあまり悲鳴を上げそうになるがそれをぐっと堪えると刀を手に取り一気に振り下ろす。すると、カボチャのお化けは軽く体を引きその攻撃を避け、再度言葉を放つ。
「お菓子をくれないと殺しちゃいますぜぃ」
「総悟か!」
 よく見ればカボチャの被り物をしているが、着ている物は新選組の幹部服であるし声に聞き覚えもある。
「ジャックオーランタンですぜぃ、土方さん」
「ふざけんな!」
 体制を立て直すと土方は一気に沖田との間合いを詰め再度刀を横に振り切る。今度も沖田は後ろにさがるが、カボチャの分の誤差があったのか、見事にカボチャの被り物が真っ二つに割れ、中からニヤニヤと笑う沖田が顔を覗かせる。
「で、お菓子はくれないんですかぃ?」
「菓子を渡さないと殺すなんて物騒なハロウィン聞いたことねぇよ!」
 刀を納めると土方は沖田のカボチャを引っぺがし床に叩きつける。それを見た沖田は目を丸くしてあーあ、と情けない声を出した。
「なんだよ」
「借りものなんですけどねそれ」
「ああ?」

 

 時を僅かに前後して、監察室でリンドウの悲鳴が響き渡った。仮眠から覚めてみたら昨夜寝ずに作ったカボチャが消えてしまったのだから仕方がない。その声に驚いて部屋に駆け込んできたのは山崎と近藤であった。
 真っ青な顔のリンドウを見て近藤は慌てて駆け寄ると何があったの?と優しく聞く。
「…昨日…他の監察の子に頼まれて作ってたハロウィンの仮装用のカボチャが…」
 そこまで言うと、山崎がああ、と納得したような顔をして近藤に事情を説明する。とある攘夷志士の出入りしている店に潜入した別の隊士から頼まれてハロウィンの仮装セットを作るのをリンドウが引き受けたのだが、如何せん急だった為に昨晩寝ずに作業していたのだという。山崎もカボチャの設計や衣装の型紙作りは手伝ったが別件の仕事があった為にリンドウが殆ど一人で作業していたのだ。
「どうしましょう山崎さん。今から直ぐに作り直したほうが…ああ、でも衣装もまだ出来ていないのに…」
 仮眠をしたといっても一刻も寝ていないのだろうリンドウはフラフラになりながら山崎にそういうが、近藤はそんなリンドウの頭を優しく撫でると、とりあえず誰かが持っていっただけかもしれないし探してみようとと慰める。
 今にも泣き出しそうなリンドウを見て山崎も自分も手伝うと言い早速部屋から出て行った。そんなに長い時間放置していた訳ではないし、隊士の誰かが持って行ったのだろうと、食堂など他の隊士が集まりそうな所へ赴いたのだ。
「そんじゃ、俺達も探すか」
「申し訳ありません」
 しょんぼりするリンドウに近藤は優しく笑うと、元気出して、ちゃんと見つけるからと言う。

 

 とりあえず平隊士の方は山崎が対応してくれるようなので近藤とリンドウは幹部達の個室を順番に回っていくことにした。まだ早朝であるし寝ている幹部も多かったが、その中で明らかに何か賑やかな部屋があったのでとりあえずそこへ2人で向かう。
 副長・土方十四郎の部屋である。
 朝から切り合いをしている2人をとりあえず近藤は一喝しようとするが、その2人の足元に転がるモノを見て悲鳴を上げる。
「ちょっと!何してくれちゃってんのトシ!総悟!」
「近藤さん?」
 怪訝そうな顔を土方が向けるが、視線の先に口をパクパクさせる近藤と、顔面蒼白なリンドウの姿を捉え漸く足元に視線を落とす。自分の布団以外は沖田が持ち込んだカボチャの残骸だけしかない。
「土方さんがぶったぎっちまいやした」
「俺の所為かよ!大体てめーが!」
 さらりと告げ口する沖田に土方はくってかかるが、口喧嘩はリンドウの体がぐらりと倒れた事で中断された。驚いた近藤が抱きとめると、リンドウはシクシクと泣き出し小さな声で頑張れば間に合いますかね…と呟く。
「え?何?これアンタの?」
 驚いて声を上げる土方に近藤は溜息をつくと、事情を話す。他の監察からの頼まれた仕事である事。時間がないので昨日は殆ど寝ずに作業していた事。仮眠を取ったら行方不明になっていた事。最後まで聞いた土方は流石に言葉が見当たらず沈黙するだけであった。
「とりあえず泣かないでハルちゃん。ホラ、俺も手伝うから、ね」
 慰めるように言う近藤にリンドウははい…と小さく返事をすると立ち上がる。余り寝ていないので明らかに顔色も悪いし、今までの苦労が水の泡になった絶望感もあるだろう。立ち上がったものの今にも倒れそうな彼女を見て土方は謝罪の言葉を述べる。知らなかったとはいえ自分が全部駄目にしてしまった事は事実であるのだ。
「いえ、私がその辺においておいたのが悪いんです。お気になさらないで下さい」
 いっそ責められた方が土方にとっては楽であったに違いない。全面的に沖田・土方両名が悪いのに責める事もなくただ力なく笑うリンドウを見て土方は立ち上がるとボソッと呟く。
「アンタ寝てろ。俺が壊しちまったから、俺が直しとく」
「え!?でも…」
「あ──ハルちゃん。とりあえずは少し寝たほうがいいよ。作業するにしても効率上がらないし。山崎にも手伝ってもらってトシと直しとくから。ね。少し休んだら一緒に作業しよう」
 土方の提案に対して声を上げようとしたリンドウに近藤はなるだけ優しくそういった。実際寝不足の彼女がこれ以上作業したら作業効率が上がらない上に本当に倒れてしまうかもという心配もあったのだ。
「はい…申し訳ありません…」
 近藤の言葉にリンドウはしょんぼりすると彼に連れられ監察の仮眠室へ向かう事にする。
「トシ。山崎が設計図とか引いたらしいから捕まえて手伝ってもらえ。総悟もちゃんと後で謝るんだぞ」
「へい」
 沖田はやる気のない返事をするが、土方は黙って頷くだけであった。申し訳ない気分と、情けない気持ちで一杯だったのだ。近藤の様に巧く彼女を労わる言葉を吐けないのが苛立たしかった。
 いつもなら沖田に文句の一つでも言う所だが土方は今日の自分の仕事を肩代わりしとけとだけ言うと、山崎を探しに行く事にした。

 

 監察用の仮眠室に近藤は布団を敷いてやるとリンドウをその中に押し込める。矢張り仕事が気になるのかリンドウは何度も近藤に矢張り起きるというが、その度に近藤は優しく頭を撫でゆっくりお休みと繰り返すのだ。
「眠ってすっきりしたら一緒に頑張ろう」
 次第に睡魔に負けたのかリンドウがうとうとしだすと近藤はそっと立ち上がり隣の監察の部屋へ滑り込む。そこでは先程から山崎と土方が粉砕したカボチャを再度作っていたのだ。
「どうだ山崎」
「材料の方は元々失敗しても良い様に多めに準備してたんですが、作業自体がどうしても時間かかりますから」
 そう言った山崎の視線の先では土方が水につけた細い竹をあぶってゆっくりと曲げている所であった。カボチャの骨格を作っているのだ。その上から和紙を何重にも貼っては乾かしを繰り返し、ある程度の強度になったら塗装して最後に目と口をくりぬくのだ。どんなに作業をスピーディーにこなしても、乾燥の時間までは短縮できないのでどうしても時間がかかる。それをリンドウは一晩中やっていたのだからたいしたものである。
「俺は衣装の方やってこうと思うんですが」
 山崎の言葉に近藤はリンドウが衣装もまだ出来ていないといっていたのを思い出す。
「出来そうなのか」
「ええ。裁断までは終わってますから縫い合わすだけですし。まぁ、いつもやってるんで問題はないです」
「いつも?」
「ええ」
 そう言いながら山崎は早速裁断された布を確認し、縫い合わせる順番を決めてゆく。
「お金ないんですよ監察は。だから変装用の衣装とか、小物とか、結構自分達で作ってるんですよ」
 無論ちゃんと予算で買っているモノもあるが、全てに予算が下りている訳でもないし、そもそも金食い虫の真選組の予算は殆ど前線で湯水の如く使われている。裏方の監察にまわってくる予算など微々たる物らしい。
 金のことは余り細かく知らなかった近藤はそれに驚いた様な表情をする。
「それは知らなかったなぁ」
「…まぁ、地味な仕事ですからね」
 苦笑する山崎を眺めながら近藤は申し訳ない気分になる。本人達は気にしてないといっているが、苦労をかけているのには間違いない。今度色々とちゃんと見ておこうと思いながら近藤は土方の横にストンと座る。
「…ちゃんと寝たのかアイツ」
「さっき漸くな」
「…すまねぇ。近藤さん」
 ぼそりと言う土方に近藤はまぁ、ちゃんと手前ぇで後始末したいって言うのはトシらしいなと笑い土方の続ける地味な作業をじっと眺める。一晩中眠い目を擦りながらリンドウは同じ作業を繰り返したのだろう。根気が必要な作業である。土方はどちらかと言うと気が短いほうであるが、今回はリンドウの為にじっと黙って作業を続けているのだ。
「アイツについててやってくれよ。また起き出したら手伝うって言うに決まってる」
「…ああ」
 手伝う作業が今のところない近藤は素直に従うと山崎に手伝う作業があれば声をかけてくれと言い残し再度リンドウの眠る部屋へ戻っていった。
 近藤が姿を消すと山崎は手縫いで衣装を縫い合わせてゆく。
「副長。今度ミシン買ってくださいよ。和装はともかく洋装はミシンの方が綺麗で早いですから」
「今度勘定方に掛け合ってやる」
 山崎の言葉に土方はそう返答する。金の事は知っていたが、監察がこんなに困窮しているとは土方も思っていなかったのだ。ある程度金を積めばハロウィンの衣装一式など買ってこれるが、監察の予算ではその金を捻出する事が出来ず手作りの方が安上がりだと彼等は毎度毎度仕事の合間に地味な作業をしていたのだ。監察が専用で使っている衣裳部屋の何割が彼等の手作りなのだろうかと土方はぼんやりと考える。
 手馴れた様子で山崎が着々と衣装を縫っていくので土方もスピードを上げる事にした。普段なら3秒でやってられるかと叩きつける仕事であるが今回はそうも言ってられない。不眠不休でリンドウがやり遂げた仕事を一瞬で粉砕してしまった事が重く心にのしかかる。
「いっそ責めてくれりゃぁ言い返せるのにな」
 ぼそりと呟いた土方の言葉に山崎は顔を上げると困ったように微笑む。
「リンドウさんは無理ですよ。優しいですから。俺も昨日手伝うって言ったのに別の仕事があるのに気を使って手伝わせてくれませんでしたからね。もう少し頼ってくれても良いと俺も思うんですが」
 リンドウとコンビを組む事が多い山崎はいつそう思っていた。責任感からか彼女は自分の仕事をきっちりと己の力でこなそうとする。それがどんなに彼女にとって大変な事であっても愚痴一つ言わずに黙々と努力するのだ。それは凄いことだと思うが、山崎としては仲間なのだからもう少し頼って欲しいといつも思うのだ。
「俺頼りないんですかね」
「お前に限らずアイツは人によっかかるタイプじゃねーだろ」
 人の負担になるのを極度に嫌う。でも人に対しては無条件に手を差し伸べる。損な性分だといつも土方は思っていたが、それを今更直せともいえないし、そんな権利も土方にはない。
「まぁ、今回ばっかりはマジで倒れちゃいそうでしたしね」
 ふーっと溜息をつく山崎を見て土方は顔を顰める。隊士一人一人を把握してる訳ではないが、少なくとも自分直轄の監査ぐらい見ていればよかったと思ったのだ。独立しているが組織図的に監察は副長の下につく。今まで監察の予算に気を回したこともなければ、仕事も一方的に回して報受ける以外はさして気にもしていなかったのだ。
「俺の監視不行き届きだな」
「…そーゆー意味で言ったんじゃないんですけど…。まぁ、結構自由にやらせてもらってるんで感謝はしてますよ」
 少し困ったように山崎は笑うと手に持っていた衣装を広げる。大体の形は解る位出来上がっているソレを見て土方は驚いた様な顔をする。
「スカート短すぎねぇかそれ」
「着る本人のリクエストなんですよ。短いとは思うんですけどね。確かにこの方が可愛いですよね」
 本人のリクエストなら仕方がないと土方は思う事にしたが、監察というのも大変だとしみじみ思う。山崎もリンドウも文句を言わずに仕事をしているが情報収集の為に長期で仕事をする時など色々と面倒も多いのだろうし、今回の様に他の監察のフォローもせねばならない。独立している部門だけに内々でやりくりしていたのだろう。
「…もうちっとちゃんと見ときゃよかった…」
 ぼそりと呟く土方を見て山崎は少し困ったように笑った。

 

 ぼんやりとした意識の中、リンドウは横になったままゆっくりと辺りを見回した。見慣れた監察の仮眠室である事は直ぐに理解できたが、どうして自分はこんなに日が高いのに仮眠室で横になっていたのか巧く思い出せないのだ。まだ何処か意識が睡魔へのひきよせらるようなうつらうつらとした感覚であった。
 ふと、自分の側に座り書類を捲っている近藤の姿を捉えて、リンドウは薄く微笑みを浮かべる。夢だと思ったのだ。酷く幸せで暖かな夢であると。襖が静かに開いて沖田が顔を覗かせると、近藤がそちらに視線を向け腰を浮かせたので思わずリンドウは手を伸ばしポンと近藤の膝に手を乗せた。すると近藤はほんの少しだけ笑ってリンドウの手を握る。
「起きた?ハルちゃん」
「!?」
 近藤の声にリンドウは驚いて目を見開く。
「…近藤局長?」
「ご飯食べる?総悟が握り飯持ってきたから」
 視線を沖田に向けると、お茶が入ってるであろうヤカンと盆に乗せられた握り飯をおいた沖田が枕元に座り湯飲みを並べていた。リンドウは小さく頷き体を起すときちんと近藤の隣に座る。
「まぁ、形が不恰好なのは勘弁してくだせぇ。慣れてないもんで」
「いえ…すみません沖田隊長」
 申し訳なさそうにするリンドウを見て沖田は薄く笑う。
「あの…私どれぐらい寝てました?」
「あー今丁度昼だよ」
 握り飯をほおばりながら近藤は時計を確認する。沖田は昼時に合わせて仕事を切り上げ差し入れを持ってきてくれたのだ。無論隣室では山崎と土方が昼休憩を取っている所であろう。
「大丈夫。山崎は後微調整だけだって言ってたし、トシの作業も結構順調みたいだし問題ないよハルちゃん」
 近藤の言葉にハルは少し俯くと、ご迷惑かけて申し訳ありませんでしたと呟く。
 その言葉に沖田は何か言おうとするが、結局巧く言葉に出来ずに黙り込んでしまった。元々は自分の所為だというのもありリンドウに何か言葉をかけたかったのだろう。その様子を見ていた近藤は少し首を傾げると口を開いた。
「ハルちゃん。迷惑じゃないから良いんだよ」
「でも。私の仕事でしたし」
「…うーん。俺はハルちゃんの事仲間だと思ってるし、ハルちゃんが困ってる時は助けたいと思うんだが。ハルちゃんだって他の人間が困ってたら助けてくれるだろ?それと同じ。迷惑とかハルちゃんは助ける時に思わないだろ」
 近藤の言葉にリンドウは小さく頷く。しかしながら自分がすべき仕事を他人に手伝って貰わなければできなかった事が情けなく思うのかリンドウは俯いたまま、困ったような顔をした。
「あのねハルちゃん。本当に迷惑だったら皆言うし、助けたいと思うから助けるんだよ。仲間ってそんなもんだろ?ハルちゃんはいっつも自分で仕事一人頑張ってくれて有難いけど、無理だったら俺達の事頼って良いんだよ」
「…」
「だからね、『申し訳ありません』じゃなくて『有難う』って俺は言って欲しいな。その方が嬉しい」
 その言葉にリンドウは驚いたように顔を上げると近藤の顔を凝視する。少し困ったような、照れたような顔をした近藤はポンポンとリンドウの頭を軽く叩くと淡く笑った。
 その拍子にリンドウの瞳からボロボロと涙が零れる。仲間だといわれた事が嬉しく、近藤の言葉が余りにも優しいので涙腺が緩んだのだ。
「え!?何で泣いてるの!?総悟!俺変なこと言った!?」
 手の甲で涙を拭くリンドウを見て仰天した近藤はおろおろと視線を彷徨わせ沖田に助けを求めるが、沖田はニヤニヤ笑ったままお茶をすすっているだけであった。
「いえ…大丈夫です…」
 そう言いながら涙が止まらないリンドウに近藤は更に顔を青くする。何か傷つけるような事をいってしまったのではないかと心配になって自分の発言を思い返したのだがそれすらもままならないほど目の前の状況に驚いているのだ。
 その様子を見ていた沖田はリンドウにハンカチを差し出すとおかしそうに口元を歪めて言葉を放った。
「嬉泣きでしょうぜ、近藤さん」
「え?」
 沖田の言葉にきょとんとした顔をした近藤は、恐る恐るリンドウにそうなの?と聞く。するとリンドウは沖田のハンカチを受け取ると小さく頷いた。
「…有難う御座います近藤局長」
 ほんの少し微笑んだリンドウを見て安心した近藤はふーっと大きく息を吐き、よかったーと顔を綻ばせる。
「沖田隊長も…有難う御座います」
 その言葉に沖田は少し考え込んだような顔をすると、リンドウに顔を近づけ小さな声で、ごめんなとだけ言う。元々は自分が勝手に持ち出した事が発端で仕事が間に合わなくなったのだ。リンドウが沖田を責めなかったので謝るタイミングが中々見つからず今の今まで謝罪の言葉を伝えられなかった事が沖田はずっと気になっていた。
「いえ…おきになさらないで下さい。皆さんのお陰で間に合いそうですし」
 涙も止まり微笑んだリンドウを見て沖田は安心したような表情を浮かべた。少し寝て、ご飯も食べて顔色も良くなったリンドウが又いつもの様に笑ってくれたのだ。
「そんじゃコレ食べたらトシの手伝いするか」
「はい」
 近藤の言葉に返事をするとリンドウは嬉しそうに残りの握り飯を食べだした。優しい近藤も、気を使ってくれた沖田にも手伝ってくれている土方と山崎にもリンドウは感謝の気持ちで一杯であった。とても幸せな事だと思い思わず表情が綻ぶ。

 

「あ。顔色良くなったね」
「はい」
 山崎の言葉にリンドウは淡く微笑むと返事をした。朝に見たときは本当に倒れるんじゃないかと心配したが、今の表情を見て山崎も安心したのか釣られたように笑うと出来上がった衣装をリンドウに渡す。
「ほぼ完成。微調整するから試着してくれるかな」
 その言葉に土方はぎょっとしたような表情をする。
「着るのコイツじゃねーんだろう?」
「でもサイズはほぼ同じなんですよ。そんじゃあっちで着替えてきて。肩の辺りとか窮屈じゃないと良いんだけどね」
 再度仮眠室に衣装を持って入るリンドウを見送ると土方は渋い顔をするが、山崎は微調整の為にまち針やらメジャーをいそいそと準備し始めた。
「どうしたトシ。変な顔して。衣装間に合って良かったじゃないか」
「…大体なんであんな変な服着るんだよ。どこに潜入操作してんだよ」
 不思議そうな顔をする近藤と逆に不機嫌そうに土方が山崎に言うと彼はさらりと『メイド喫茶』ですと短く返事をした。
「はぁ?」
「だから。メイド喫茶ですよ。なんかイベントで月末まではあの衣装で仕事するみたいですよ」
 間抜けな返事をした土方とは逆に近藤は驚いた様な顔をし、いかんいかんと首を振る。
「メイドの格好であんな事やこんな事なんてお父さんは認めんよ!というか、何でメイド喫茶とか潜入しちゃってるの山崎」
 そりゃイメクラじゃないですかと笑う沖田を他所に山崎は大真面目な顔で近藤に現状の流れを説明する。攘夷志士の資金源として営業している疑いがあることや、現在は武器や薬の密輸等の他に合法的に資金を調達して活動をしている一派もいる事。そして、経済が不景気知らずのオタク文化がターゲットになっている事等が淡々と説明される。
「今までは潜入難しかったんですがね。女の子入ってからは結構楽に情報手に入れられて有難いです。因みにリンドウさんは来月から同じメイド喫茶に潜入します」
「まじでか」
「マジです。ロンスカメイドなんで暇ならこっそり見に行くと良いですよ。2週間だけですけどイベントが近所であるとか何とかで臨時雇いで入る予定です」
「ロングスカートを捲ったらガーターベルトなんてそんな破廉恥な衣装は絶対に駄目だからな!お父さんは認めんよ!つーか、山崎なんで今までそんな大事な事内緒にしてたの!」
 いつからあんたはリンドウの親父になったんだと突っ込みたいのを堪えながら山崎は苦笑しながら近藤に返事をする。
「細かい仕事内容はどうでも良いじゃないですか。情報調達が監察の仕事なんですから。俺達は俺達の仕事をやってるだけですよ」
「というか、私ガーターベルトなんて持ってないんですけどつけた方がいいんですか?」
 隣の部屋から着替えて戻ってきたリンドウが困ったような表情をして近藤に問いかけると、一同驚いたようにそちらを振り向く。
「ハルちゃん!着替え終わったの!?」
「はい」
「そんじゃ腕回して」
 あくまで淡々と衣装の調整作業をする山崎とは逆に近藤や土方は目のやり場に困り視線を彷徨わせる。先程土方が指摘したように丈が短いうえに、なにやらひらひらとしたパーツが取り付けられており可愛らしい。
「似合うじゃないですかぃ。それでご奉仕とは中々乙ですねぇ」
 ニヤニヤ笑う沖田にリンドウは少しだけ笑うとどうですか?と土方と近藤に聞く。
「似合うけどスカート短いよハルちゃん。お父さんは認めません」
 ぴしゃりという近藤にリンドウは微笑むと、私が着るんじゃないですよと穏やかに言う。
「で、土方さんの感想はどうなんですかぃ」
 意地の悪い微笑を浮かべる沖田を睨むと土方はボソッと、まぁ、いいんじゃねぇの、スカート短けぇけどとだけ言うと自分の作業に戻ってしまう。その様子を見て山崎は苦笑するとリンドウの服をあちらこちら調整の為に確認をしていく。
「うん。少し肩窮屈そうだけど問題はなさそうだね。完成って事で着替えて良いよ」
 その言葉にリンドウはホッとした様な表情を作ると改めて山崎に笑顔を向ける。
「山崎さん。手伝ってくれて有難う御座いました。本当に助かりました」
 その言葉に山崎も、土方も手を止めて驚いた様な顔をする。先程の近藤とのやり取りを聞いていなかった二人はリンドウが『申し訳ありません』から『有難う御座います』に認識を変えた事を知らなかったのだ。
 いつも恐縮したような表情で謝られている二人は心の何処かで安堵する。もう少し頼ってくれても良いと思っていたからだ。
「…喜んで貰えて嬉しいよ」
 少しだけ照れたような笑いを浮かべた山崎を見てリンドウは微笑む。近藤さんの言う通りだ、有難うと言った方が喜んで貰えると思ったのだ。
「それじゃ着替えてきますね」
 仮眠室に引っ込んだリンドウを見送ると山崎は嬉しそうに有難うかーと呟き笑う。
「なんか嬉しいですね。頼られたみたいで。申し訳なさそうにしてるのちょっと引っかかってたんですよ」
「根が真面目だからなハルちゃん。でもコレでハルちゃんももう少し楽に仕事できるだろう」
 近藤の言葉に山崎は頷くと裁縫道具を片付け始める。後は土方のカボチャだけの作業であるが、コレも土方の地味な努力のお陰で大分順調に進んでいる。夕方には監察の子に届ける事ができるだろう。
「トシもすまんかったな。疲れたろ。少し休憩しろ」
「…いや、一気に仕上げちまうわ。近藤さんは仕事に戻れよ」
「そうか?それじゃ総悟、仕事に戻るか。山崎は?」
「夕方までに仕事片付けます。その頃には完成するでしょうから荷物届けに行きますよ。この段階まできたら余り手伝う事もないんで」
 山崎の言葉に近藤は頷くと沖田を連れて部屋を出て行く。それを見送ると山崎もなにやら書類を抱えて出て行ってしまった。
 着替えから戻ったリンドウは人が少なくなって寂しくなった監察室で黙々と作業する土方を見ると、邪魔をしないように隅で衣装にアイロンをかけてゆく。それを綺麗に折り畳むと袋に詰め、ふぅっと小さく溜息をついた。
「副長。後は私がやりますから」
 その言葉に土方は少しだけ視線をリンドウに向けたが結局ふいっとカボチャに戻し、俺がやる、とだけ短く言う。その言葉にリンドウは少し困ったような顔をして土方の隣にストンと座る。
「それじゃ手伝います」
「…」
 それに対して土方が何も言わなかったので肯定だとみなしリンドウは和紙を貼る作業を手伝う。後2回ほど貼れば塗装までたどり着けるだろうと考え、自然にリンドウの表情が綻ぶ。間に合った事への安堵感とみんなへの感謝のからであった。
「…悪かったな」
「気にしないで下さい…間に合ったんですから。本当に有難う御座いました」
 淡く笑うリンドウを見て土方は思わず瞳を細める。元気になった事も、有難うと言って笑う姿も嬉しく感じて、それに気がつき土方は慌てて不機嫌そうな顔を作り黙り込んだ。
「私は幸せですね。良い上司にも仲間にも恵まれて。もっと頑張ります。お役に立てるように」
 独り言の様に呟くリンドウの言葉を聞きながら土方は損な女だと思う。山崎が言うように監察は仕事を選べない。諜報活動の為にメイド喫茶に限らず慣れない仕事もせねばならないだろうが目の前の女は文句一つ言わない。漸く頼ってくれるようになったがそれでも苦労は多いだろう。それでも役に立てるようにと努力を続けるのだ。そんな環境であるのに恵まれていると、幸せだという。
「…役に立ってるよ十分に」
「有難う御座います。そう言って貰えて嬉しいです」

 

「それじゃぁ届けてきます。副長、リンドウさんお疲れ様でした」
 夕方に山崎が荷物をとりに来たのでリンドウと土方は出来上がったカボチャと衣装を渡すと漸く一息つく。リンドウの入れたお茶を飲みながら土方はゆっくりと視線を監察部屋へ巡らす。
「お疲れ様でした」
「…ああ。暫くカボチャは見たくねぇな」
 土方の言葉にリンドウは微笑むと、私もですと同意して微笑んだ。
「まぁ、今後もう少し監察の事も見るから無理はすんな」
 そう言うと土方は立ち上がりリンドウの頭をポンと軽く叩く。それにリンドウは驚いた様な表情をするが直ぐに微笑んではいと短く返事をした。
 リンドウを置いて監察の部屋を出た土方は数時間振りに煙草に火をつけると大きく息を吸い込んだ。如何せんカボチャが燃え易い素材で出来ていたので喫煙を遠慮していたのだ。
 ゆっくりと立ち上る紫煙を眺めながら土方は瞳を細めた。
──有難うって莫迦じゃねぇの。
 元々は自分と沖田がしでかした事なのにと。でもリンドウは責めもせず、手伝わせて申し訳ないと繰り返し、有難うと微笑んだ。どうしようもなく莫迦で損な女だ。
──頼ってくればいくらでも手伝ってやるのに。
 思わずそう考えた自分に苦笑しながら土方は残った仕事を片付ける為にその場を後にした。


真選組のハロウィン。近藤さんが無駄にいい男。

20081017 ハスマキ

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