*もののあわれは秋こそまされ*

 近藤がいつもどおり食堂での昼食を取り終えて自分の執務室に戻ると、縁側で足を子供の様にプラプラさせて握り飯を頬張る隊士の姿が見えた。
「ハルちゃん」
 近藤がそう呼び掛けると驚いた様に彼女は振り向き慌てて広げていた弁当を片付けようとする。
「すみません。お仕事の邪魔ですね」
「かまわんよ」
 そういうと近藤はリンドウの横に座ると弁当の中を覗き込んだ。握り飯と卵焼きと言う地味なメニューであったが、近藤の目を引いたのは握り飯からのぞく秋の味覚栗であった。
 残暑が厳しくなかなか気候は秋らしくならなかったが家庭の食卓は既に秋に移行していたらしい。
「あの…お一つどうぞ」
 弁当を眺める近藤にリンドウか握り飯を差し出すと近藤は恥ずかしそうに笑い、じゃあ一つと握り飯を受け取る。
 江戸にいれば食べ物は一年中好きなものが手に入るが季節感は逆に乏しくなった様にも思える。近藤達がまだ芋道場にいた頃は旬の食材を満喫していた。
「もう秋だな」
「そうですね。落ち葉も大分庭に積もってますから、仕事が終わったら掃除しますね」
 リンドウが柔らかく微笑むと近藤の分のお茶を入れたので、それを受け取り近藤は庭に視線を向けた。まだまだ落ち葉はこれから積もって行くだろうがこまめに掃除するのは悪くない。
「ハルちゃん。焼芋焼いてみようか」
 それはまだ江戸に出る前何度も土方や沖田と楽しんだ秋の風物詩であった。めくるめく季節の中で近藤にとって緩やかで穏やかだった頃の幸せな思い出。
「はい」
 リンドウが嬉しそうに返事をしたので近藤は穏やかに笑い立ち上がった。残った仕事の片付けと芋の調達に行くのだ。
それを見送るとリンドウもおやつの時間に間に合うと良いなと呟きその場を後にした。

 こっそり食べるのが美味しいと変なポリシーを持っていた近藤は仕事を大急ぎで片付けると財布を握り締め買い出しに行く。先程リンドウが庭の掃除を始めたので帰る頃には焚き火用の枯れ葉が集まっているだろうと思うと自然とウキウキして足取りが軽くなっていた。
 昔は道場の庭を掃除ついでによく芋を焼いたりしていた。食欲旺盛で育ち盛りだった沖田等は大喜びだったのを思い出した近藤は、彼にもお裾分けしようと多めに芋を購入することにする。

「近藤さんは?」
「先程出られましたよ」
 空の局長室を覗いた土方は庭先で落ち葉を集めているリンドウに声をかけるとそうかと呟き近藤の机から必要な書類を探し出す。机が片付いているし、土方が探していた書類にも判をついている所を見ると仕事を終えて出かけたらしいので文句を言う筋合いはない。あえて言うなら勤務時間内にプラプラするなと言う事ぐらいだがそれに関しては明確な勤務時間が書類上設定されているのもの、24時間呼ばれれば仕事をしなければならないと現状の状態を考えればをある意味暗黙の了解となっている。休める時に休めばいいと誰もが思っている節があるのだ。現に庭のリンドウは自分の仕事を終えて雑用とも言える掃除を始めている。
 山のように詰まれた落ち葉を満足げに見るとリンドウはちらりと土方の様子を伺った。土方が中々局長室から出ないので芋を焼く準備が出来ないのだ。現在も仕事中の土方の目の前で芋を焼くのが気が引けるというのもある。
「…近藤さんが帰ったら書類借りてるって伝えてくれ」
 いつまでたっても帰ってこない近藤を待つのを諦めたのか土方は小さく溜息をつくと書類を一束掴みリンドウにそう言付けすると局長室を出て行った。それに、はい、と短く返事をするとリンドウは土方の背中を見送り、早速芋を焼く準備を始めた。

 

「ハルちゃん」
 芋を抱えて帰ってきた近藤にリンドウは先程土方が書類を持っていった事を伝えると、近藤はうんうんと頷き早速ホイルで芋を包む作業を始めた。恐らく書類の事など今はどうでも良いのだろうと思ったリンドウは少し笑ってその作業を手伝う。そのまま焼くと黒焦げになるので蒸し焼きの様にするのだ。
「沢山買ったんですね」
「総悟にも分けてやろうとおもってな。あいつ子供の頃好きだったから」
 そう言うと近藤は懐かしそうに瞳を細めた。今も沖田が焼き芋を喜んで食べるかどうか解らないが、子供の頃好きだったものはずっと好きだと信じてる近藤は嬉しそうに準備を進めている。
「楽しみすね」
 穏やかにリンドウは微笑むと早速近藤の包んだ芋に枯葉を乗せ火をつける。後は2人でじっくり待つだけだ。リンドウは局長室でお茶を入れると縁側に座り嬉しそうに焚き火を眺める近藤の側にそっと置き、自分も近藤の隣に座り同じ様に焚き火を眺める。
「私焼き芋するの初めてなんです」
「お?そうなんだ。昔は良く総悟とこっそり焼いて食ったモンだよ。トシには良く怒られたがな」
「副長が?」
「掃除も終わってないのに焼き始めるな!ってな。今日は仕事も掃除も終わってるから大丈夫」
 その様子を思い出したのか近藤は嬉しそうに笑い、その後も芋が焼けるまで思い出話を続ける。真選組になる前の道場での話が多かったのでリンドウはその話に聞き入っていた。自分の知らない話を聞けて嬉しいのだろうかずっと笑顔で近藤の話に相槌を打つ。
「あー。昔の話ばっかりでつまんなかったかな?」
「いえ。楽しい話が聞けて嬉しいです…私は余り真選組の前の話を聞くことがなかったので」
 途中で自分ばかり話している事に気がついた近藤が恥ずかしそうに言ったのでリンドウは笑顔でそう答える。それを聞くと安心したのか近藤は表情を明るくした。
 そうこうしているうちに僅かにいい匂いが漂い始めたので近藤は嬉しそうに焚き火に近づくと棒で焚き火をつつき中なら一つ小さな芋を掘り出す。リンドウはその様子をじっと見ていたが、近藤がそれを拾い上げた時にあちっと声を上げたので慌てて持っていたハンカチを近藤に差し出す。
「有難う。でも汚れちゃうよ」
「洗えばいいですよ」
 その言葉に近藤は恥ずかしそうに笑うとハンカチを受け取りそれを使って芋を再度拾う。ホイルを剥がし中を割るといい匂いが漂い、中まで火の通った芋は美味しそうな色をしていた。
「ああ、もういけそうだな。他の芋も掘るか」
 そう言うと近藤はコロコロと火の中から芋を掘り出し冷めないようにその上に残っている枯葉を乗せる。火が若干通っていない芋も後は余熱で美味しくなるだろう。
 リンドウがその中から芋を拾おうと手を伸ばすので近藤はそれを止める。
「これ使っていいよ。ハルちゃんのハンカチ借りちゃったから」
 そういって差し出されたのは幹部がいつも首に巻いているスカーフであった。流石にそれはまずいと思ったリンドウは大丈夫だと言うが、近藤は先程のリンドウと同じ様に洗えば良いというとそのスカーフで芋を拾いリンドウに握らせる。
「申し訳ありません…」
「なーに、先に俺が借りたんだし。火傷したら大変だろ?」
 子供のように笑う近藤を見てリンドウは困ったような、それでいて嬉しそうな顔をする。
「うわぁ。凄く美味しいです」
「だろ?」
 リンドウの言葉に近藤は得意気な顔をするともう一つ芋を食べようと手を伸ばすが、背後からかかった声に手を止める。
「美味しそうですねェ。俺も混ぜて下さいよ近藤さん」
「総悟。丁度良かった。お前も分もちゃんと焼いておいたぞ!好きだろお前」
 その言葉は予想していなかったのか沖田は少し驚いた様な顔をするが、すぐに嬉しそうに笑った。昼寝をしていたら良い匂いがしてきたので此処にやってきたらしい。
「あ、沖田隊長熱いので何か包む布持ってきますね」
 そういい屯所の方に戻ろうとするリンドウを制すると沖田はニヤニヤ笑い丁度良いものがありやすからとくるりと振り返る。
「土方さん、スカーフ貸してくださいよ。俺の芋包むんで」
「何で手前ェに貸さなきゃならねぇんだよ。つーか、何やってんだアンタら」
 局長室の前で書類を持って不機嫌そうに此方を見る土方の姿にぎょっとした近藤は慌てて沖田に渡すつもりで掘り返した芋を後ろに隠す。
「遅ぇよ」
 バツの悪そうな顔をする近藤に呆れた様に言うと、書類を机に放り投げると土方はゆっくりと此方へ歩いてきた。
「土方さんスカーフ」
「だ・か・ら。何で貸さなきゃなんねぇんだよ。自分の使え。自分の」
 しつこくスカーフを貸せと言い張る沖田に苛立った土方は怒鳴り返すと心なしかしょんぼりした近藤とリンドウの方を見る。別に叱るつもりで此処に来た訳でもないのにそんな顔されると俺が悪者じゃねぇかよと心の中で舌打しながら土方は面倒臭そうに頭をかくと小さく溜息をつく。
「すまんトシ!どうしても焼き芋がしたかったんだ。ハルちゃんは悪くないから見逃してあげて!」
 既に土方に叱られる事前提の近藤は自分が主犯であると言いリンドウを庇う。その姿にリンドウは驚き何かを言いかけるが土方に遮られ結局言葉を発する事ができなかった。
「…アンタらは仕事が終わってんだから好きにすりゃ良いけどよ。どーすんだよ、屯所中に焼き芋の匂い漂わせて。仕事になんねーだろうが他の連中が」
「すまん」
 しょんぼりと頭を下げる近藤をみて土方は又溜息をつく。
「そんで、俺の分はあんの?」
「え?」
「総悟の分はあって俺の分はねぇのかってきいてんだけど」
 漸く土方の言う事が理解できた近藤は、勿論と言って嬉しそうに芋を掘り出す。
「…オイオイ。焼きすぎだろコレ。どんだけ食うつもりだったんだよアンタ」
 ゴロゴロと出てきた芋に土方は呆れたような顔をすると一つ拾い上げ割る。少し冷めているので手で持つ分には問題はなかったようだ。
「土方さんスカーフ」
「…しつこいぞお前」
 まだ土方のスカーフに拘る沖田に苛立つ土方であったが、手元の芋を見て僅かに瞳を細める。懐かしい光景。懐かしい味だった。
「沖田隊長布巾持って来ました。あと、お茶も入れましたので」
 リンドウが縁側から声をかけたので沖田はその布巾で芋を拾うと美味しそうにほおばり、リンドウの入れたお茶に早速手をつける。縁側に並んで座り芋を食べる光景は近藤にとっても沖田にとっても土方にとっても懐かしいものであった。
「ハルちゃんはもう良いの?」
 近藤が2つ目の芋を食べながらそう聞くとリンドウは少し困ったように笑う。
「…あの、小さいのあれば有難いんですが」
 そういわれ近藤は芋を掘り返すがどれもコレも大きめな芋ばかりだったのでリンドウも近藤も少しがっかりしたような表情をした。すると土方はその芋を一つ拾い上げ半分に割るとリンドウに渡す。
「半分にすりゃいいだろ。考えろよ近藤さんもアンタも」
 呆れた様に言う土方にリンドウは礼を言うと笑顔で芋を受け取る。嬉しそうに皮をむく姿を見ながら土方は先程近藤が掘り返した芋の量の多さを思い出し、残りどーすんだよと近藤に聞く。明らかに4人で食べれる量ではない。
「屯所の連中にもお裾分けしようと思ってな」
 その言葉を聞いて土方は目を細めると手に残った半分の芋を平らげ立ち上がる。
「そんじゃ仕事もどるわ。連中には適当に声かけとくからアンタらは芋配るなり追加焼くなりしてろ」
「任せてください土方さん!」
「手前ぇは仕事しろ総悟!」
 土方の言葉に芋当番をする気満々に返事をした総悟を怒鳴りつけると面倒くさそうに屯所の中へ戻って行った。その背中を眺めながら近藤は嬉しそうに笑いお茶を飲む。
「なんだかんだでトシは優しいよな」
「そうですね」
 穏やかに微笑む二人を見ながら沖田は苦笑する。優しいのではなく二人に甘いのだと沖田は知っていたのだ。さっきだって多分近藤が土方に怒られるの前提で謝らなければ叱る事もしなかっただろう。自分も混ぜて欲しいくせに自分からは中に入れない土方への嫌がらせに沖田は先に輪の中に入ったのだ。
「そんじゃ俺も土方さんが煩いんで戻りますぜぃ。ごちそうさま」
「はい。また一緒に食べましょうね沖田隊長」
 穏やかに微笑むリンドウを見て沖田は目を細めた。報われないくせに幸せそうな彼女は尊敬に値すると思ったのだ。報われなくて軋んでばかりの土方とは大違いだとも。
「総悟。今度は一緒に焼こうな。昔みたいに」
 昔と少しも変らない笑顔でそういう近藤に沖田は少しだけ嬉しそうに、暇なら付き合いますぜぃと言って踵を返した。


いつまでも子供みたいな近藤さんが好きです。

200810 ハスマキ

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