*ついた餅より心持ち*
いつも通り夕方に万事屋を出て夕食の買い物にでた新八は店で見覚えのある人を見かけ声をかける。するとその人はゆっくりと振り向き新八の姿を確認すると優しく微笑んだ。
「こんにちわ。万事屋さんの…新八さん?」
「先日はどうも…えっと、近藤さん達といた方ですよね」
「はい」
先日肝試しの仕事を引き受けた時にであった女性であった。彼女は近藤と土方と3人で肝試しに参加しており、へっぴり腰の近藤の手を引いていたので何となく印象に残っていたのだ。そこで漸く真選組である事は知っているが、名前を聞いていない事を思い出し新八は困ったような表情をする。その様子をみて彼女は微笑みながら自らの名前を名乗る。
「リンドウハルと申します。お仕事巧く行きました?」
「ええ。お陰さまでというか何と言うか…」
散々彼女達を驚かせておいてなんであるが、まぁ、あの後新八たちは無事に仕事を終え何とか家賃も払えたのだ。
「随分沢山買うんですね。買出しですか?」
「明日、近藤局長の誕生日なんです。それでケーキでも焼こうと思いまして。喜んで頂けるかは解りませんが」
新八は再度篭の中の品を確認すると、そういわれればどれも菓子の材料と見え納得するが、ソレとは別に真選組の人間が菓子など作る事の方に驚いた。
「へー。料理得意なんですか?」
「ええ、私家事技能だけで真選組に入ったので」
「ええ!?」
彼女が監察・隠密部隊である事を知らない新八は驚いて思わず声を上げる。彼女達が諜報活動の為に下働きや女中として潜入する事を知っていればさほど驚かないであろうが、基本的に彼女達の仕事は公開されていない。
リンドウは驚く新八を見て悪戯が成功した子供のように笑うと更に商品を篭に入れる。
「でもケーキは最近作ってないのでちょっと心配だったんです。さっき試しに作ったのは結構巧く行ったんですけどね」
「へー」
態々練習までしてプレゼントを作るという事に新八は首をかしげた。普通は仕事場の上司にそんなことまでするのだろうか、自分ならしないだろうとぼんやりと考えたのだ。
「明日近藤局長がお仕事忙しくなければ良いんですけど。コレばっかりどうにもなりませんけどね…。あ、新八さんお時間ありますか?ご迷惑じゃなければ試作品貰ってくれません?」
「ええ!?良いんですか!?」
「はい。私地方から出てきて友達とか少なくて。お裾分けできる人ないんです。ご家族の方と食べてください」
新八は何故リンドウがそんなに親しくない自分にそんな事を言い出したのか一瞬わからなかったので困惑したような顔をしたが、彼女は笑って『万事屋憎むべし、しかし新八君には優しくすべし』の局中法度の話をしてくれた。誰が作ったのか聞かなくても解るその法度を知って新八は苦笑いすると、彼女がそれに従って自分にケーキのお裾分けを考えたのだと納得することが出来た。
姉が夜の仕事で既に不在である新八はリンドウについて彼女の家まで一緒に行く事にした。真選組の屯所の側にあるアパートにたどり着くと彼女は待っててくださいねと言い残し一室へ姿を消す。
真選組は屯所に住んでる者も多いが、家庭持ちの人間や女性隊員は自宅通勤となっている。リンドウも真選組に入った時にこの部屋を借り此処から出勤しているのだ。屯所から歩いて数分という立地が気に入ったのと、家賃が非常に安かったというのが決めてである。不動産屋の話では真選組の屯所が近いという事が逆に一般顧客から敬遠されて中々借り手がつかなかったという事もあり家賃が非常に安く設定されているらしい。
「お待たせしました。オーブンの調子が悪くて少し焦げてるんですけどそこ避ければ食べられますので。ごめんなさいね、試作品で」
「いえ。本当有難う御座います」
ちゃんと箱に収まったケーキを差し出すとリンドウは申し訳なさそうな顔をする。しかし新八にしてみれば逆に色々と気を使って貰った様で悪いよな気もしたし、恐らく近藤が作ったであろう私情はいりまくりの法度を律儀に彼女が守ろうとしているのを見ると、暴力集団の真選組にもまともな人がいるんだと今更ながら驚いた。
「あの…近藤さん喜んでくれると良いですね」
「…はい」
嬉しそうで、それでいて恥ずかしそうなリンドウの表情を見ているとあんなストーカーでゴリラだけど隊士には好かれているんだと初めて新八は実感する。全員が全員そうではないかもしれないが、少なくともリンドウは近藤の為に誕生日を祝おうとしているのだから尊敬しているのかもしれない。
「次は上手に焼けると良いですね」
「有難う御座います。優しいですね新八さん」
お礼を言って新八はその場を後にするとケーキの箱をじっと眺めながらリンドウが次に焼くケーキが巧く行くように思わず祈る。あんなに一生懸命準備して、一生懸命近藤の為に誕生日を祝おうとしているのだから巧く行って欲しいと思ったのだ。
「何してんだアンタ」
翌日。食堂とは別にある住み込隊士が利用する台所でリンドウが小麦粉にふるいをかけているのを見つけて土方は思わずそう声をかけた。するとリンドウは少し笑って、ケーキ作ってますと答える。
「家のオーブンの調子がどうにも悪いので…あの、朝方許可は頂いたのですが」
「仕事は」
「午前中で報告書の作成は終わらせました」
仕事をサボる性格ではないと知っているが一応土方は確認する。会話をしながらも手を動かしているのに気がついた土方は邪魔しては悪いと思いその場を後にしようとするが気になることがあり再度声をかけた。
「何で急にそんなもん作ってんだ」
「近藤局長の誕生日ですから」
「そうだっけか」
リンドウから少し離れた距離に立つと煙草に火をつけ土方はカレンダーを見る。確かに近藤の誕生日であるが、仕事に追われ毎年近藤含め隊士の誕生日を態々祝う事も少なかった。江戸に出てきてからは尚更である。
「折角なのでケーキでもと思ったんですが、近藤局長今日は朝からお出かけですね」
「そうだな」
煙を吐きながらリンドウの様子を眺める土方は今朝方の近藤の様子を思い出す。特別外に仕事があった訳ではないが中での仕事がなければ見回りに出かける事が多いので余り気にはしていなかった。が、今考えるとアレは志村家にまたストーカーに行ったのではないかとも思われる。そうなると帰ってくるのは何時になるか解らない。
「…何時になるか解らねぇぞ。帰んの」
「そうですか…」
そう言うとリンドウは少ししおれたような表情をするが、小麦粉のふるいが完了したので手を止め機材を置く。
「お茶、入れますね」
「かまわねぇよ」
「私が飲むのでついでです」
そう言い手を洗うとリンドウはお湯を沸かし始めてしまったので、土方は断る理由が巧く見つけられずに結局台所に置いてある椅子に腰を下ろすと煙草の煙を吐きだす。湯が沸くまでの間も細々と作業を続ける様子を眺め土方は目を細めると、ストーカーに出かけてしまった近藤を止めるべきだったと今更ながら後悔した。もしもストーカー行為の後そのまま店についていってしまったら近藤は今日は帰ってこない。
「まだ完成しないですかぃ」
ガラリと戸を開けたのは沖田であった。その姿を確認したリンドウは少しだけ申し訳なさそうな顔をしてはい、と言うと沖田の分の湯飲みも準備する。
「あれ?土方さんサボりですかぃ?」
「手前ェと一緒にするな。休憩だ」
ちらりと沖田の額にかけられたアイマスクに視線を送ると土方は吐き捨てるように言う。恐らく沖田は午前中どこかで仕事をサボって昼寝をしていたのだろう。リンドウは湧いた湯を急須に移すと3人分の茶を入れそれぞれの前へそっと出す。
「そういやぁ試作品のケーキはどうしたんです?アレだったら俺が処分しますぜぃ」
処分というのは無論沖田が美味しく頂くと言う事であるが、リンドウは申し訳なさそうに笑うと昨日新八にあげてしまった経緯を話す。それを聞いた沖田は少し残念そうな顔をするとちらりと作成途中のケーキに視線を送った。
「そんじゃ、ソレ、ご相伴に預かれるの楽しみにしときやす」
「はい。是非皆さんで食べてください」
ケーキワンホール近藤が食すのは明らかに無理であるし、近藤の性格からして土方や沖田にお裾分けというの安易に考えられるのでリンドウはそう返事をする。そんなやり取りを見ながら土方は茶をすすり時計を確認する。近藤は結局朝から一度も戻ってきていない。
茶を飲み終わった土方は席を立つと沖田の首根っこを捕まえてずるずると引きずる。
「邪魔したな」
「いえ」
「土方さん俺はもう少し休憩…」
「たまには真面目に仕事しろ」
文句を言う沖田を無理矢理連れ出すと土方は不機嫌そうに言葉を放つ。そんな様子を見て沖田はふーん、と短く言うとニヤリと笑い土方の方を見た。
「偉く不機嫌ですね土方さん」
「いつもこんな感じだ」
「無駄にならないと良いですけどねあのケーキ」
「…」
沖田の言葉に舌打をすると土方は煙草に火をつけ煙を吐き出す。沖田も多分朝から近藤が外に出て帰ってきていないのを知っているのだろう。時計ばかりを気にしている土方を見ながら沖田は漸く土方の手から体を自由を取り戻すと乱れた制服をきちんと直し同じ様に視線を時計に送る。
「まぁ、まだ半日ありやすしね。いざとなったら土方さんが探しにいきゃ…」
「何で俺が探しに行くんだよ」
もしも近藤が帰って来なければリンドウは顔に出さないががっかりするに違いない。練習までして作ったあのプレゼントはどうなるのだろうか。そんな事を考えていた土方は沖田の言葉にぶっきらぼうに答えると不機嫌そうにその場を後にした。
「あら新ちゃん。どうしたの、神楽ちゃん達まで連れて帰って」
新八が万事屋の面々と食事の後にそのメンバーを引き連れて自宅道場に帰宅すると姉である妙がにこやかに玄関先で出迎えてくれた。
「ちーっす。新八君が俺の血糖値安定に協力してくれるって言うんですね」
「ちーっす姐御!」
銀時と神楽は妙に挨拶をするとまるで我が家のように靴を脱ぎあがりこんで居間へとさっさと姿を消す。
「あら。もしかして冷蔵庫のケーキ?」
「姉上食べちゃいました?というか、今日はお仕事は?」
夜の仕事をしている妙がこの時間に家にいるのが珍しいので新八は靴を脱ぎながら聞く。すると今日はおやすみなのと妙は微笑んで、神楽達の脱ぎ散らかした靴をきちんと揃え台所へ向かう。
「新ちゃんのだと思って手をつけなかったわケーキ。あれどうしたの?」
「もらい物なんですけど結構大きかったんで銀さん達と食べようと思って」
甘いもの好きだが万年金欠の銀時は新八の話を聞いて喜んで家にやってきた。無論万年欠食児童の神楽も大喜びでついてきたわけである。
台所に着くと新八は冷蔵庫からケーキを取り出し居間に運び、妙は皿や包丁を持ってきてすとんと座る。
「早くあけるネ新八!」
「はいはい」
神楽にせかされて新八はケーキの箱をそっとあける。スタンダードなイチゴと生クリームのケーキであるが、銀時や神楽は目を輝かせてソレを眺め、新八に早く切り分ける様にせっつく。
「それじゃ4人だからとりあえず八等分にしますね。2つは食べられますから」
新八はそういい上手に切り分けると皿の上にケーキを一切づつ乗せてゆく。しかし最後までケーキを乗せ終え3切れしか残っていない事に気がつき首を傾げると、それぞれの前に並んだケーキを数える。
「あれ?銀さんでしょ、神楽ちゃん、姉上、僕…あ、近藤さんがいたんですね…ってなんでアンタ座ってんですか!」
当然のように座席に着く近藤の姿をみて新八はほぼ反射的に突っ込む。
「いやー。凄い偶然ですね、実は今日俺の…」
そこまで言った近藤は顔面に入ったフックで襖をぶち破り隣の部屋までぶっ飛んでいく。ソレはいつもの妙の拳ではなく新八の幻の右であった。
「いやいやいやいや!どーしちゃったの新八君。それ君の姉上の必殺技だろ。突っ込む以外で殴っちゃ駄目だよ」
無論妙も殴る気満々で拳を振り上げていたのだが新八の方が早く振り下ろしたため彼女は驚いた様な表情で新八を眺め、流石の銀時も肩で息をする新八をなだめる様に声をかける。
一番驚いたのは近藤であった。妙に殴られるのには慣れているが、新八に殴られる事は滅多になかったのだ。ぶっちゃけ新八のキャラではない。吃驚したような表情で近藤は新八を眺めるが、とうの新八は時計を眺め呆然とした表情であった。
「アンタいつから此処にいるんですか!?」
「ええ!?朝からしっかりお妙さんの周辺に異常がないか…」
「朝からか!アンタ仕事してないのか!?つーか、もう屯所帰れ!今すぐ帰れ!」
近藤の言葉を途中で遮り新八は頭をかかえ、とにかく帰れと連呼する。余りの尋常では様子に銀時はケーキを食べていた手を止めると新八と近藤の間に割ってはいる。
「ちょっと落ち着け新八。ゴリのストーカーいつものことじゃん。どうしたの?カリカリして。アレの日?」
場を和まそうと茶化して割って入ったが新八が黙り込んでしまったので大失敗に終わったのを自覚するが銀時は面倒臭そうに髪をかき回すと新八に再度声をかける。
「ほんとどーしちゃのよ新八君」
「…近藤さん今日誕生日なんでしょ」
ポツリと新八が漏らした言葉に近藤は驚いた様な顔をする。新八が知っているとは思わなかったのだ。無論銀時含め当人ぐらいしか知らない事である。新八もリンドウに昨日聞かなかったら知らないことであった。
「あ…うん。そうだけど」
「コレ。リンドウさんアンタの誕生日にって焼いた練習用のケーキなんです。だから此処でこれ食べさせる訳には行かないんです」
「え?リンドウって。うちのハルちゃん?」
近藤が驚いた様に声を上げたので新八は俯いたまま小さく頷く。
「近藤さんが喜んでくれるようにって、練習までしてケーキ準備して屯所で待ってるんです。…本当は…驚かせる為に内緒にしてたみたいだからこんな事で僕が話するのは反則なんでしょうけど…僕は、リンドウさんとそんなに親しくないし、会って間もないですけどリンドウさんがどんな気持ちで準備してたかはなんとなく解ります。…僕らから見ればゴリラでストーカーで駄目駄目ですけど、リンドウさんは近藤さんのこと凄く好きで、尊敬していて…少しでも喜んで欲しくて…」
そこまで言った新八は言葉を詰まらせる。言葉より感情が先走りすぎて巧く喋る事が出来なかったのだ。昨日のあのリンドウの嬉しそうで、恥ずかしそうな笑顔を思い出し新八はやるせない気持ちになる。
そんな新八を眺めていた銀時は面倒くさそうに立ち上がると台所へ向かい冷凍庫の保冷材をタオルに包みそれを近藤に投げつける。
「…まぁ、なんつーか、新八の気持ちとリンドウちゃんの気持ち汲んで今日は帰ってよゴリ」
「ああ。俺は…どうしようもない莫迦だな」
「知ってるって。つーか、殴られた所ちゃんと冷やせよ。リンドウちゃん心配するから。新八があの子に恨まれるのも勘弁な」
近藤はすまないと再度謝罪すると玄関へ駆け出した。それを見送ると銀時は俯いたままの新八の頭をポンポンと軽く叩く。
「お前にしては頑張ったんじゃねーの?」
「…はい」
屯所の玄関で見慣れた背中を見つけたので沖田は声をかけた。
「どこに行くんですかぃ?」
「見回りだ」
ぶっきらぼうに答える土方を眺め暫く黙ると沖田はじゃぁ、俺も見回りと上着を羽織る。それを見て土方は心底厭そうな顔をするが、沖田はニヤリと笑いながら言葉を放つ。
「そんじゃ俺はキャバクラ方面見回りますんで、土方さんは道場方面で。って、上着どうしたんですかぃ?」
そこまで言って沖田は土方が上着を羽織っていない事に気がつき何気なく聞く。確かにまだ残暑も厳しいが基本的に制服はきちっと着ている土方としては上着を着ないのは珍しい。
「どっかに忘れてきた」
面倒くさそうに答えると靴を履き土方はちらりと時計を確認する。後2時間ほどで日付が変わる。多分この時間に帰ってこないなら午前様だろうと思い結局お節介を焼く羽目になった。
しかし、結局その日2人が夜の見回りに出ることはなかった。屯所を出ようとした瞬間がらりと戸が開き息を切らせた近藤が飛び込んできたのだ。
「近藤さん」
土方、沖田が同時に声を上げたので近藤は驚いた様な顔をしただいまというと言葉を続ける。
「ああ、トシ、総悟。どうしたんだこんな時間に」
アンタを迎えに行くつもりだったと言えなかった土方を他所に沖田はニヤニヤ笑い、何でもないですぜぃと曖昧に返事をすると近藤の顔の腫れを指摘する。恐らく志村家でいつものように鉄拳制裁を喰らったのだろうと予測はつくがいつもより明らかに怪我の程度が軽かったからだ。
「まだ腫れてる?まいったな」
苦笑いをすると近藤は靴を脱ぎ屯所へ上がり、ぽつっと土方達にリンドウの所在を尋ねた。
「台所ですぜぃ」
「そうか…すまなかった。俺は…どうしようもなく莫迦だな…」
「アンタが莫迦なのはずっとだ。今更だろう」
すっかり外に出るタイミングを逸してしまった土方は煙草に火をつけるとふぅっと煙を吐く。間に合った事に安堵したのと、近藤がしおれているのに困惑したのだ。
とぼとぼと台所へ向かう近藤へ2人は同時に言葉を投げかけた。
「誕生日おめでとう、近藤さん」
「ああ…有難う」
情けない笑顔を2人に向けると近藤はゆっくりと歩き出した。
がらりと台所の戸を開けるとそこにはテーブルに突っ伏して寝息を立てるリンドウの姿があった。肩にかけられている幹部用の上着は恐らく先程上着を着ていなかった土方のものであろう。仕事が忙しい中自分の為にケーキを準備してくれたり、こうやって疲れているのに遅くまで待っていてくれた事に近藤は嬉しい以上に情けない気持ちになる。
もしも新八に殴られなかった彼女は待ちぼうけだったのだろう。性格的にきっと責める事などせずに朝帰りの自分をいつも通り迎えたのだろうと思うと近藤はつい目頭が熱くなった。
「ハルちゃん」
「…はい…寝てません!大丈夫です、すみません!」
がばっと顔を上げて近藤の姿を確認するとリンドウは悲鳴のように声を上げて近藤に只管謝り続ける。
「遅くなってすまん」
しょんぼりとした近藤を見るとリンドウは此方こそすみませんと再度謝りいそいそと冷蔵庫をあけ作っておいたケーキを近藤の前に差し出した。
「お誕生日おめでとう御座います近藤局長!生まれてきてくれて有難う御座います!」
満面の笑顔で誕生日を祝うリンドウを見て近藤は頬を冷やしていたタオルで自分の涙を拭くと彼女の頭を優しく撫で呟く。
「駄目な局長でごめんねハルちゃん」
その言葉にリンドウは一瞬驚いた様な表情をみせるがいつも通りまた優しく微笑む。
「いえ、近藤局長が真選組作ってくれて、私を雇ってくれて皆に出会えて私は凄く幸せです。だから、近藤局長がいてくれる事に私は感謝してます」
折角拭いた涙がぶわっと溢れてきた近藤は有難うと何度も言うと鼻をすする。どうしようもなく情けない姿であるが、リンドウは少し困ったように微笑んでケーキをテーブルに置くとぎゅーっと近藤に抱きつく。
「折角の誕生日なんだから泣かないで下さい」
子供にするように軽く近藤の背中を叩くとするりと体を離しリンドウは微笑む。
「そんじゃお誕生会といきやすかぃ」
「沖田隊長。副長」
声をかけた沖田の手には酒とつまみの入った袋がぶら下がっていた。結局あの後2人で見回りは中止して買出しに行ったのだ。誕生会と言ってもケーキと酒のつまみというショボイものであるが、近藤にとっては何よりも嬉しいものであった。
「トシ──!総悟──!」
「抱きつくな!つーか、鼻水つくだろーが!」
泣きながら抱きついてきた近藤に土方は悲鳴を上げ逃げようとするが結局ものの見事につかまり引き剥がしに四苦八苦する羽目になった。そんな土方をニヤニヤと眺めていた沖田は、リンドウの座っていた椅子に幹部用の上着が置いてあるのに気が付き意地の悪い笑いを浮かべる。
「あ、土方さん。置き忘れた上着ありやしたぜぃ」
「うるせぇよ」
近藤は寝息を立てる沖田とリンドウに毛布をかけると縁側でちびちびと酒を舐める土方の隣へ座る。結局あの後局長室でお誕生会となり、2人は先にダウンし近藤と土方だけが最後に残ったのだ。
「…俺は幸せモンだな」
「かもな」
近藤の呟きに土方は相槌を打つと空を眺めた。昼間は賑やかな屯所も深夜になると静かになる。こうやって月を眺めて酒をゆっくり飲むのは久しぶりだと思いながら土方は煙草に火を付けた。
「お前がいて、総悟がいて、ハルちゃんがいて…他の隊士がいて…駄目な局長に本当よくついてきてくれてるよ」
「好きでついて来てんだよ。アンタは難しい事考えんな。莫迦なんだからさ」
煙草の煙を吐きながら土方は苦笑したように言う。近藤の事が好きで大将と仰いでいるのだ。近藤じゃなければ真選組の大将は勤まらないのは誰もが知っている事である。
「トシ…ずっとこうやってられたら良いな」
「ああ…」
ぬるま湯の様な世界だと思いながらすがりつく。世界は天人の手によって変革の一途を辿っているのに旧世代の侍として生きて行こうとするのは愚かな事だろうかと土方はぼんやりと考える。
そんな流動たる世界の中で近藤はずっと変らないでいて欲しかった。莫迦のままでいい。情けなくてもいい。ただ自分達がよりどころにした人であって欲しかった。
「誕生日がこんなに嬉しかったのは初めてだよ」
目を細めて嬉しそうに笑う近藤を眺めながら土方は、そうかよと小さく呟いた。
遅くなりましたが近藤さんお誕生日おめでとう御座います。
200809 ハスマキ