*花は折りたし梢は高し*

 真選組は武装警察とはいえ、幹部クラスになるとデスクワークも多くなる。元々田舎の剣術道場上がりが多い真選組幹部でこの仕事を苦手とする者も多い。その筆頭が局長の近藤であった。
 たまりにたまった書類を近藤は朝から片付けているのだが終りは見えず遂に近藤はばたんと後ろにひっくり返り筆を投げ出してしまった。まるで夏休みの宿題に飽きた子供のようである。緊急性のある書類は都度片付けるようにしているが、それ以外の書類はドンドン積み上げられ今の状態になってしまったのだ。要するにほったらかしにしたツケが回って来てるので自業自得である。
 ふと視線を障子に移すと僅かに空いた隙間から庭の様子が見えたので暫く眺めていると誰かが掃除をしているらしい事が解った。ちらちらと着物が見えるのと、よく耳を澄ませば箒で庭を掃いている音がする。
 もそもそと起きだし近藤が障子を開けるとそこにはリンドウが箒を握って立っていた。
「あ、お疲れ様です近藤局長」
「アレ?ハルちゃん今日非番じゃなかった?」
 リンドウや山崎が所属する部隊は隠密・諜報部隊なので非番は基本的に仕事のキリが良いところにあてがわれる。昨日任務を終え報告に来たリンドウと山崎が休みを取ると言っていたので覚えていたのだ。
「はい。でもすることがないので」
 そう言うとリンドウは纏めた枯葉をゴミ袋に詰めてゆく。その量から察するに近藤が気がつかなかっただけで随分長い時間庭の掃除をしていたらしい。隠密・諜報部隊に入った女性隊員は基本的に家事能力が高い。仕事の合間に彼女達が細々と屯所を片付けてくれているので屯所は随分綺麗になったのだが、彼女達の任務は屯所の掃除ではないのでそれに甘えるのは悪いと、できるだけ野郎達も動くようにしてはいるのだがやはり気のつき方が圧倒的に彼女達の方が上なのである。庭など今まで掃除当番の人間でさえもサボるので草など伸び放題で季節ごとに業者等を入れていたのだが彼女等がきてからその回数も随分減った。明らかに給料以上の働きをしている。
「折角のお休みなんだから何処か出かけたら?映画とか」
「一人で行っても寂しいので」
 近藤の言葉にリンドウはそう返事すると前もって準備してしていた脚立と枝キリバサミを木の前に移動する。
「ちょっと!!ハルちゃん何するの!?」
「枝が邪魔なんで切ろうと思いまして。剪定のバイト前にしてたんでそんなに不細工にはならないと思いますよ」
 仰天する近藤の声を背中にリンドウは脚立を組み立てるとよいしょと言ってそれに登る。
「危ないって!」
「何騒いでんだ近藤さん」
 慌てて庭に降りようとする近藤に声をかけたのは土方であった。彼にしては珍しく制服を着ていない所を見ると彼もリンドウ同様非番なのであろう。
「丁度良かったトシ!ハルちゃん止めて!危ないから!」
 そういわれて庭に視線を移した土方は脚立の上で器用に枝を落としてゆくリンドウの姿を見つけて呆れた様な表情を作り、縁側においてあるつっかけを履き脚立の側まで移動した。
「危ねぇから降りろ」
「それじゃ脚立押さえておいてください。思ったより地面悪くてグラグラするんですよ…お願いします副長」
 土方を見下ろしてそう言い笑ったリンドウを見て土方は溜息をつくとリンドウに背を向け脚立の段に腰を降ろす。土方の体重が重石になるので脚立がぐらつく事はないだろう。
「トシ──!」
「危なくなけりゃ良いんだろ。俺が落っこちねぇように見とくから近藤さんは仕事さっさと終わらせろよ」
 そう言われ近藤は渋々部屋に戻り仕事を再開した。その様子を見ながら土方は煙草に火をつけると、煙を足元に吐き出す。自分より高い位置にいるリンドウへ気を使っての事であろう。
「さっさと終わらせろよ。座り心地が悪ィ」
「はい。もうちょっと我慢してくださいね」
 そう言うとリンドウは手に持っていたハサミを再度動かし始めた。
「副長も非番なんですね」
「ああ」
「お出かけしないんですか?」
「ああ」
 土方の返答は常に短いものだったがリンドウは手を動かしながら話しかける。そうしてる間に枝は大分落とされて随分と庭がすっきりとして見えてきた。
「副長」
「なんだ?」
「次はあっちの木でお願いします」
「はぁ?」
 てっきり1本だけだと思っていた土方は気の抜けた返事をリンドウにする羽目になる。脚立から降りてきたリンドウが指差した先の木は確かに今切った木とのバランスを考えると剪定したほうが見栄えが良い。
「ったく。非番の日に態々…莫迦だろアンタ」
 そう言いながら土方は脚立の金具を外すと畳んで持ち上げる。それを見たリンドウは微笑んで有難う御座いますと言って土方の横に並んで次の木まで移動した。
 他にも木はあるが、とりあえず大きめで目立つこの2本の木を剪定すれば庭は随分綺麗になる。そうすればリンドウも満足するだろうと土方は考えながら脚立を組み立て先程と同じ様にリンドウが脚立に登ったのを確認すると腰降ろした。

 土方がちらりとリンドウの様子を伺うと、彼女はうっすらと汗を浮かべてせっせと手を動かしている。落ちる枝が土方に当たらないよう注意してる事が見て取れたので土方は苦笑する。
「小枝ぐらい当たってもかまわねぇよ」
「副長に怪我をさせたら私が近藤局長に怒られますから」
 暫しその答えに土方は沈黙したが、煙草の煙を全部吐き出し目を細める。
「局長室アレでも近藤さん片付けたんだぜ」
「え?そうなんですか?」
 その言葉にリンドウは手を止めると障子が開けっ放しで丸見えな局長室に視線を移す。確かにいつもより若干ましだが、書類を作りながら更に散らかしているようにも見える。
「アンタが長期の仕事終わったらいっつも休みだろうが何だろうが構わず掃除しに来るからな。近藤さん昨日必死こいて片付けてたみてぇだな」
 リンドウの仕事は山崎との潜入諜報活動の時もある。その時は屯所に来る事が出来ず、局長室の掃除が出来ないので次の休みの時は今日のように掃除に来るのだ。実際今日も近藤が仕事で部屋に篭っていたので庭掃除をしていただけで、昼時に近藤が席を離れればリンドウはいつも通り局長室を掃除するつもりでいた。
 真選組の幹部クラスは執務室的な部屋をあてがわれているが、此処に関しては私室同様個人で掃除をする事になっている。ただ、近藤の執務室は人の出入りが激しい上、客を通す事もあるのでできるだけ綺麗しておく事が望まれる。だからリンドウが仕事の合間に細々と掃除をしている事に対して感謝はすれど誰も注意はしなかったのだ。
「アンタが休めないからだとさ」
 その言葉にリンドウは僅かに表情を曇らせる。その様子を見て土方は暫く黙ったままだった。
「…ご迷惑だったんでしょうか」
 僅かにリンドウの瞳が揺らいだのを見て土方は思わず煙草のフィルターを噛む。彼女をしおれさせるつもりではなかったのだ。
「近藤さんの言葉に裏なんかねぇよ。莫迦だから。アンタにゆっくり休んで欲しいだけだろうよ」
 短くなった煙草をもみ消すと土方はそこでリンドウを見上げた。彼女がさっきよりはマシな顔をしてるような気がして僅かに安心すると言葉を続ける。
「迷惑なら迷惑っていうだろよ。あの人は」

 

 昨日、バタバタと突然執務室の掃除を始めた近藤を見て土方は流石に面食らったが、理由を聞いたら納得した。だから自分も何となく手伝って掃除をした。ゴミ箱は一杯だし、書き損じた書類は山積み。よく見ると隅には埃がたまってるし、一言で言うなれば汚ねぇである。
「なぁトシ」
「なんだよ」
「ハルちゃん友達少ないのかなぁ。地方から出てきたって言ってたし」
 近藤の言葉に土方は動かしていた手を止めると、近藤のほうに顔を向ける。
「知らねぇよ。他の女の隊士とは仲良いんじゃねぇの。山崎は問題ねぇって言ってたろ」
 それは近藤も知っている事であった。一期生纏めて仕事を教えた山崎の報告では女性隊士同士は仲もよく、大きな問題もないと。その後報告は上がってないし、屯所内での様子を見る限りではリンドウだけが浮いているという事もなかった。だた、仕事が仕事だけに女性隊士同士で休暇が重なる事が少なく、リンドウを含め他の隊士が一緒に遊びに言ったという話は余り聞かない。
「ハルちゃんいっつも休みの日も屯所くるんだよなー。掃除はいいよって言うのに。年頃の女の子だし青春謳歌してもいいと思うんだがな。山崎とか総吾とかとは仲良いみたいだけどほら、女の子同士で遊びに行くとか」
「遊びに行くよりアンタの部屋が気になって仕方ねぇんじゃねぇのかよ?実際コレだし」
 土方に部屋の汚さを指摘され近藤は申し訳ないと恥ずかしそうに頭を下げる。2週間ほどリンドウが来なかっただけでこの有様だ。実際彼女が執務室の掃除を始めるまでは土方が近藤のケツを叩いて定期的に掃除していたのである。
「まぁ、助かるのは助かるんだが申し訳なくてなぁ。たまにはゆっくり休めば良いのに」
 部屋の隅を箒で掃きながら言う近藤を見ながら土方は煙草に火をつけ、アンタに会いたいだけだけだろという言葉を飲み込んだ。
「あ、トシ。お前もちゃんと休めよ。いっつも非番の日に屯所内ウロウロして」
「休んでるよ。仕事は一切してねぇ。しかたねぇだろここに住んでんだし」
 部屋で寝てても外は煩い。出かけるにも土方は無趣味なので本当に時間つぶしをしているだけで休んでるとは言い難い。ただ近藤が自分の心配をしてそう言ってるのも理解できるので、土方は善処するわと一応前向きな返事をする事にした。
「今度3人でどっか遊びに行くかトシ」
「はぁ?」
「お前もハルちゃんも息抜きした方が良いぞ。あ、でもハルちゃんはムサイ野郎と出かけるのは厭がるかなぁ。どう思うトシ?」
「アンタ等で勝手に行けよ。つーか、掃除全然すすんでねぇみたいだけど」
 土方に指摘され近藤は我に返りとめていた手を動かし始める。後は掃き掃除だけなので土方の仕事は残っておらず、彼は煙草を灰皿に押し付けると次の煙草に火をつけた。
 多分リンドウは2人だろうが3人だろうが近藤と出かけるのなら喜ぶだろうと土方はぼんやり考える。リンドウの事をちゃんと見てるのに肝心な所をすっぽり見落としている近藤を莫迦だと思いながらもどうしようもない軋みを感じた。無論軋んでいるのは自分だ。ぬるま湯の様な今の関係を壊したくないのにまだ諦められない。時間だけが過ぎて全てが手遅れになったら諦められるのだろうか。
「トシ!灰!灰!」
 近藤の悲鳴で我に返った土方は慌てて煙草を灰皿に押し付ける。考え事をしているうちに煙草を1本無駄にしたようだ。
「やっぱ疲れてるなトシ。よし、明日非番。仕事しなくて良し」
「…疲れてねぇよ」

 

 リンドウの動きが止まったので土方が彼女を見上げるとリンドウは嬉しそうな顔をして屯所の方に視線を送っていた。近藤が午前中のノルマを終え、縁側まで降りてきたのだ。心なしか疲れている様にも見えるが、アレだけの量を裁いたのだから仕方がない事であった。
「…あれ。もしかしてその木2本目?どんだけ剪定するの?」
 つっかけを履いて側に寄ってきた近藤は土方の隣に立つとリンドウを見上げる。
「コレで終りです近藤局長。どうですか?この木も一応作業終わったんですけど」
 リンドウがそういったので近藤は木から少し離れて庭を見る。小枝が山ほど落ちてはいるが全体的には随分とすっきりした様子で、暫くは剪定は必要ないだろう。
「いいねー。大分すっきりした。有難うハルちゃん。トシもすまなかったな」
 脚立から降りてくるリンドウはそれじゃ枝片付けてお茶いれますねと微笑む。
「枝は拾っといてやるから茶ァ入れて来い」
 そういった土方をリンドウは見上げると、はい、お願いしますねと持っていたハサミを脚立に置いて給湯室へ向かう。
「俺も手伝うぞトシ」
「当たり前ぇだ。つーか、マジケツ痛ェ。やっぱ座り難いなアレ」
 枝を拾いながら土方は座り心地最悪の脚立に視線を送る。流石に長時間はきつかった。
「脚立いらない長いハサミ買った方が良いのかな。通販とかでやってるやつ。でもそれ買っちゃったら又ハルちゃん剪定するんだろうなー。どうしたもんだろうトシ」
「何で俺に聞くんだよ。好きにしろよ」
 小枝を纏めて紐で括りながら土方は投げやりに返事をする。買わなきゃ矢張り脚立に登るだろうし、買えば喜んで使うだろう。どっちにしろリンドウは近藤の所にやってくると思ったのだ。
「…もう少し座り心地の良い脚立買ってくれよ近藤さん…」
「ん?なんだってトシ」
「何でもねぇ」

──次の剪定までぬるま湯のままだとは限らねぇか。

 縁側でお茶の準備をするリンドウに視線を送りながら土方は小さく溜息をついた。


200807 ハスマキ

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