*貴方へのアドバイスよ*

  こんなもので喜ぶのか。そう土方が思ったのは、近藤の恋人である監察の娘が、ニコニコと寒い中上機嫌に掃除をしているのを眺めていた時であった。白い耳あてをして、他の面々が冬場は手を抜きがちな屋外の掃除をしている姿は、とても上機嫌で、土方は思わず声をかけた。
「いいことでもあったのかよ。宝くじ当たったとか」
 すると監察の娘は驚いたように顔を上げたが、直ぐに淡く微笑んだ。
「宝くじはまだ発売したばっかりですよ。その……ですね、近藤さんにプレゼントを頂きまして」
 その言葉に土方は瞳を細めた。以前近藤がこの娘に送るために指輪を選ぶのに無理矢理付き合わされた事を思い出したからだ。その時は面倒な事に付き合わされたと思ったのだが、こうやって嬉しそうにしている姿を見ると、そう悪い気もしなかった土方は、彼女の左手に視線を落とした。淡いピンク色の小さな石がはまったシンプルな指輪。金額こそ大したことはないと記憶しているが、こうやって嬉しそうに身に着けているのを見ると、近藤もきっと喜んでいるだろうと土方はぼんやりと考えた。
「今度は私が何かプレゼントしようと思ってるんです」
 瞳を細めて淡く微笑んだ監察の娘を見て、土方は困ったように笑った。

 別に特別な日であったわけでもないし、恋人の祭典であるクリスマスもまだ遠い。もっともクリスマスは当然のように土方は仕事である訳なのだが、それに対して、カグヤが何か言ってきた訳でもない。彼女との関係が一体何が変わって、何が変わってないのかと時折土方は考える事もある。それに土方自身はこれといって不満はないのだが、それがカグヤも同じだと限らないのではないかと、危機感は時折抱く事もあった。
 ぼんやりと思い浮かべたのは、見廻組局長・佐々木異三郎の存在である。カグヤも忘れていた遠い昔の元婚約者が今頃になってちょろちょろとしだしているのは、土方にとっては非常に気に食わない事であった。個人的に佐々木のことが好きになれないと言う事もあるし、カグヤを丁度いいから選んだというスタンスも気に食わない。高杉という重度のシスコンが一応片付いたというのに、次から次へとカグヤの周りには面倒な男がちょろちょろする。
 そこまで考えて、土方は思わず苦笑した。
「一番面倒なのは俺か……」
 所帯を持つのは怖い。でも彼女を離したくない。宙ぶらりんのままズルズルと甘えている。それを自覚しているからこそ、どうしても今の関係を崩したくなくて現状維持を望んでしまう。それが自分の我侭だと気がついているし、カグヤがそれを容認しているのは甘えだとも知っている。
「……莫迦だよな……」
 白い息を吐き出すと、ポツリと呟いて、土方は背中を丸めて早足に歩き出した。

 昼から休みであったので、土方は時間潰しのためにカグヤの家を訪れて、いつも通りこたつでぬくぬくと背中を丸めていた。三味線の手入れを終えてお茶を入れたカグヤがこたつに入るのを確認して、そわそわとしたように土方は彼女の表情を伺う。
「どうしたのさ」
「……いや……」
 大雑把な性格なくせにカグヤは土方の微妙な変化をよく見ている。いつもならゴロゴロとするのに、どこか様子を伺ったような様子に気が付きいたのか、彼女が笑いながら言うと、土方は顔を背けて、何でもない、と言うような素振りを見せた。
「明日は仕事なの?」
「昼までは休みだ。午後から会議があんだよ。で、仕方ねぇから前倒し」
「そっか。忙しいわね年末は」
「そーだな」
 そして、何事もなかったかのように彼女は熱いお茶に口をつける。それを眺めた後、土方はこたつの天板に額を押し付けて、じっと動かなくなった。具合でも悪いのかとカグヤはちらりと土方に視線を送ったが、そういうわけでも無さそうである。何か話があるのか、それともただ単に疲れているのか。そうぼんやりと彼女が考えていると、不意に勝手口のチャイムが鳴る。
「……客来る予定あったのか?」
「ないけど……この時期はお歳暮とか来るしね」
 そう言うと、カグヤはよいしょ、と立ち上がり勝手口へ向かった。座敷に上がるという仕事をしているが、基本的に物品のやり取りはカグヤは断っている。連絡も万事屋経由ではあるが、昔ながらの付き合いのある客に関してはこうやって直接お歳暮などが送られてくることもある。それを面倒だとは思うが、無下にする訳にも行かないのは客商売の難しいところだ。
 しかしながら、一向に勝手口から帰ってくる様子のないカグヤに土方は、そっと襖を開けて顔を出す。重い荷物で難儀でもしているのかと思ったが、そこに立っていたのは全く別な意味で難儀なモノであった。
「……帰れ」
「ここはカグヤさんの家だと記憶していますが」
 私服を着ているが、正真正銘見廻組局長である佐々木異三郎。心底嫌そうな顔をする土方を見て、佐々木はそう言い放つと、カグヤに視線を送った。
「そうですね、お時間は取らせませんから」
「こっちの都合もあんの。見ての通り兄さん来てんだから遠慮しなさいよ」
 呆れたようなカグヤの言葉に、佐々木は少しだけ笑うと、カグヤの手を取る。
「おま!ふざけんな!」
 コタツから這い出した土方が慌てて間に割って入ると、佐々木は不機嫌そうに眉を上げた。
「邪魔をしないで下さい土方さん」
「そもそも何しに来たんだ!帰れ!」
 怒鳴る土方を眺め、佐々木はポケットからじゃらりと何やら大きなリングに小さなリングが沢山ついたモノを取り出し、笑った。
「婚約指輪のサイズを計ろうと思いまして」
「意味が分かんねーよ」
 要するにあの小さいリングの束は、サイズをはかる為のものなのだろう。そう土方にも理解できたが、彼の言っている事は全く理解できなかったし、カグヤも呆れすぎて声も出ないのだろう、半眼になんて佐々木を眺めていた。
「今からでもクリスマスには間に合いますからね」
「いや、私、クリスマスは空き空きの焼肉屋で肉食べるって決めてるし。指輪なんか仕事の邪魔だから要らないし」
 その言葉に、土方は驚いたような顔をして、カグヤの顔を眺めた。佐々木が驚くならともかく、何故土方が、と思ったカグヤは、ん?と首をかしげて土方の顔を眺める。
「あ……いや、続けてくれ」
「……という訳で指輪要らない。婚約指輪とか頭湧いてるの?もう何年も前に婚約解消したでしょーが」
「そうですか。残念ですね。けれど今後のためにサイズだけは計らせて下さい」
 そう言うと、佐々木はさっとカグヤの手をとって、リングを一つはめる。それに対してカグヤは露骨に嫌そうな表情を作ると、手を引こうとする。しかししっかりと手首を捕まれそれは叶わない。
「あのね、笹谷さん。今後そのサイズは役に立つ事はないわよ」
「佐々木です。何があるかわかりませんからね。備えあれば憂いなしです」
 そう言いながら几帳面に佐々木はリングを少しずつ変えていく。不快そうなカグヤの顔を見て、土方は苛立たしげに佐々木の腕を掴む。
「いい加減にしろ。手前ェの都合にこいつ巻き込むな」
「貴方がそれを言うのですか?」
 佐々木の返しに土方は思わず言葉に詰まるが、佐々木を睨みつける。重たい沈黙と睨み合いの中、カグヤはスパンと空いた手で己の左手を掴んでいる佐々木の手にチョップを落とすと、瞳を細めて笑った。
「エリートなんだからここはスマートに引きなさい」
 その言葉に佐々木は僅かに口元を緩める。条件が良いという理由は過去のもので、現在佐々木は、個人的にカグヤに興味を持っていた。高杉の愛妾という噂も聞いたが、それは高杉自身によって否定され、その時に佐々木は彼女を貰っても良いかと尋ねてみた。
 答えは至ってシンプルなもので、できるもんならやってみろ、と高杉は瞳を細めて笑ったのだ。
 別に高杉に対抗心があったわけではない。ただ、高杉と土方。癖の強い二人に好意を持たれる彼女に少々興味が出てきたのだ。
「……それは命令ですか、カグヤさん」
「いえ、貴方へのアドバイスよ」
 切り返しが非常に好みだったので、佐々木は笑って漸く彼女の手を離した。武家だった家をあっさり捨てた娘。けれども攘夷志士として天人に対抗して絶対強者と戦った娘。全てにおいて矛盾が多いが、それでも不思議と芯がしっかりしている印象が佐々木にはあった。だからもう少し彼女のことを知りたかったのだ。己が彼女に好かれていないことは百も承知であるが、好感度がどん底であるならばこれ以上下がることがないという、恐ろしく前向きな思考で佐々木は彼女に対して接触してきていた。
「いつか貴方に相応しい指輪をプレゼントしますよ」
「指輪なんかいらないわ」
 咽喉で笑ったカグヤに佐々木はどこか嬉しそうに笑うと、では失礼します、とあっさりと引き下がる。ちらりと土方に視線を送り、僅かに口元を歪めたのを見て、土方は不快そうに眉を寄せると、二度と来んな、と忌々しそうに言葉を吐いた。

 予期せぬ来客が去って、二人は寒い勝手口で冷えた体をコタツで温める。指先がじんわりと暖かくなるのを感じながら、土方はぼんやりとカグヤを眺めた。彼女が装飾品の類を身につけないのは少し考えれば解る事であった。座敷に上がる時は簪や派手な帯などで着飾るが、普段は比較的質素な装いなのだ。
「……全く、あんだけポジティブだと人生楽しくてしょうがないんじゃないかしら」
 ブチブチと佐々木の文句を言うカグヤの声に土方は我に返ると、そーだな、と瞳を細めた。
「指輪とか確かに邪魔だよな」
 土方の返しに、カグヤは驚いたような顔をしたが、咽喉で笑うと手を伸ばして土方の頭を撫でた。
「どーしたのさ」
「いや。別に」
 拗ねたような物言いに、カグヤはポンポンと軽く彼の頭を叩くと、くれるの?と瞳を細めて笑った。
「邪魔だろ?」
「兄さんがくれるものは何でも嬉しいって前に言わなかったっけ?」
 そういえば、そんな事を言っていたような気もする。そう思い、土方は少しだけ黙った後に、懐から取り出した小箱をカグヤに放り投げた。
「そんじゃやる」
「おやまぁ。本当にあったの」
 小箱を開けると、そこには小さな緑の石が二つはまったシンプルな指輪が出てきた。それを眺めてカグヤは口元を緩めると、ありがと、と言葉を零す。
「この間近藤さんに付き合って店に行った時にちょっと目についただけなんだけどよ……」
 もごもごと言い訳をするように土方が目を逸らしながら言葉を放ったので、カグヤは笑いながら、その指輪を摘むと、自分の指にはめてみる。
「うん。どの指にもピッタリじゃない辺り兄さんらしいわね」
「……サイズ知らねぇし。店にいきゃぁ調節してくれるんだと。あんま極端なのは無理らしいけどよ。行くか?」
 事前に下調べをする佐々木と、ダメなら後で何とかすればいいと言う極端の二人。それが可笑しくてカグヤは笑うが、直ぐに、大丈夫よ、と首から下げている紐を引っ張りだした。それを目を丸くして眺めていた土方であったが、その紐の先に何やら小さい筒のようなものがついているのに気が付き、なんだそりゃ、と言葉を放つ。
「全さん呼び出し用に笛。いっつもぶら下げてるし、これに一緒につけとく」
 そう言うとカグヤは指輪をその紐に通し、また首から下げる。
 以前山崎がそんな笛をカグヤが持ち歩いていると聞いたことはあったが、自分より先に全蔵が彼女がずっと身に着けているモノを贈ったことが若干気に入らなかった土方は、つまらなさそうにコタツの天板に額を押し当てた。
「その笛いんのか?」
 高杉によく拉致されていた頃ならともかく、今は要らないのではないか、そう思った土方がそう言うと、カグヤは困ったように首を傾げた。
「そうあって欲しいけどねぇ。この前のアレもあるし」
 その言葉に土方は、そうか、と短く返事をする。以前カグヤが友達と一緒に拉致された事があった。しかも原因は土方自身である。あの時も全蔵はこの笛に呼ばれて山崎より早くカグヤ達を攘夷浪士のアジトから連れ去っていた。そう考えると、やっぱりまだ必要なのかもしれないと思い、土方はカグヤの顔を眺める。
「別に邪魔なら身につけてなくてもいいんだぞ」
「邪魔じゃないわよ。ありがと。嬉しいわ」
 笑った顔が本当に嬉しそうだったので、土方は恥ずかしそうに顔を背けた。


「やっぱりそれペアリングだったんですね」
「は?」
 三味線の稽古が終わりお茶を飲んでいる時に放たれた山崎の言葉に、カグヤは思わず間抜けな返答を返す。たまたま笛の手入れのために外して卓の上に置いていた指輪を眺めての一言であったのだが、山崎のほうが逆に驚いたような顔をする。
「違うんですか?土方さんとお揃いですよねそれ」
「え?」
「え?」
 暫しお互いの顔を眺めていたが、山崎が気まずそうに顔を背けたので、カグヤは笑顔で、詳しく、と催促したので、彼は、えっとですね……としどろもどろになりながら言葉を続けた。
「いや、俺もちらっと見ただけなんで……風呂場でですね……土方さんって割りと一人で入ることが多いんですけど、たまたま入れ違いというか、土方さんが出る時に俺が入ったことがあってですね」
 そういえば真選組は大浴場なので、余りゆっくり出来ないと土方が愚痴っていたような気がすると思いながら、カグヤは熱いお茶をすする。
「で、ちらっと、首から下げてるの見えて……先生が贈ったのかなぁって思ってたんですけど……」
「どうかしらねぇ。私それ見てないし、兄さんが別の人から貰ったのかもしれないわねぇ」
「えぇ!?」
「まぁ、これは兄さんから貰ったんだけどね。ペアリングとは言ってなかったわ」
 カグヤの言葉に山崎が焦ったように表情を変え、じっとカグヤの指輪を眺めるが、ホッとしたように息を吐く。
「一緒ですよ。緑の石が二つ。で、妙に端っこに寄ってるんですよね」
「ちらっとの割りにはちゃんと見てるのね。偉い偉い」
「一応監察ですから」
 褒め方は子供への褒め方のようだったが、山崎は嬉しかったのか表情をほころばす。しかしながら、土方が何故ペアリングであったことを伏せていたのかは解らず、山崎は首を捻った。けれどカグヤはどこか嬉しそうで、それを眺めていると、後で土方に喋ったことがバレたら怒られるかもしれないがどうでもいいと思い、瞳を細めて、良かったですね、と言葉を零す。
「そうね。照れ屋の兄さんが指輪買ってきたってだけで驚きだけどね」
 そう言うと指輪をまた首から下げる。
「あぁ、それ、四つ葉のクローバーなんですね」
「そう?」
 カグヤは指輪をつまんでそれを眺めると、不思議そうな顔をする。確かに妙に石が端に寄っているような気がしていたが、そのようなデザインなんだと納得していたのだ。脳内でなんとなく想像すると、なるほど、確かに同じ物があればきっと四つ葉のクローバーの様なデザインになるだろう。
「ちょっと見てみたいわね」
「……いや、土方さんに頼めばいいんじゃないですか?」
 山崎の言葉にカグヤは笑うだけで言葉を放つことはなかった。


 屯所に戻った山崎は、書類を持って副長室に足を運ぶ。年末年始は攘夷浪士の動きが活発で非常に忙しいのだ。そんな中、合間を縫って、今年最後の三味線の稽古に山崎は行ったのだ。
「戻ったのか」
「はい。あとこれ、目を通しておいて下さい」
「おう」
 山崎から書類を受け取った土方は、漸く手を止めて煙草に火をつける。デスクワークがたまりに溜まって偉いことになっている上に、会議なども多く中々休憩も取れていないのだ。
「お茶でも淹れましょうか」
「頼む」
 温かいお茶を飲んで漸く土方は一息つくと、嫌そうにつまれた書類に視線を向けた。
「ちっとも減らねぇ」
「クリスマスまでに終わらせればいいんじゃないですか?」
「何でクリスマス」
「……先生と約束とかないんですか?」
 土方の言葉に山崎が呆れたように返答をすると、土方は少しだけ考え込んだ様な顔をして、小声で、焼肉?と呟く。
「いや、何で焼肉なんですか。もっとあるでしょう。近藤さんみたいな発想になってますよ」
 いつも皆で鍋をしよう!と言う近藤を思い出して山崎が言うと、土方は慌てたように口を開いた。
「あいつが空き空きの焼肉屋で肉喰うって決めてるって言ってたんだよ!別に俺のセレクトじゃねぇし!」
 その上誘われてもない、ということに気が付き、土方は若干落ち込む。無論カグヤは仕事が忙しい土方を気遣って、特別に何をして欲しいといって来ていないだけなことも知っている。
「あぁ、そういえば去年までそうでしたね」
「手前ェアイツの事何でも知ってんな」
「大家の旦那程じゃないですけどね。まぁ先生の場合一回決めた習慣を中々変えないってのもありますけど」
 全蔵の事を出されて、土方が若干むっとしたような顔をしたので、山崎は思わず呆れたような顔をする。そして、疑問に思っていた事を土方は口に出した。
「……アイツ一人で肉喰いに行ってんのか?」
「そうですね。大家の旦那は長時間座ってるの無理ですし、万事屋の旦那はあっちで集まってますからね」
 他にカグヤが親しくしている人間は元攘夷志士の面子ぐらいだろう。坂本は宇宙を飛び回っているし、お尋ね者面子とのんびり焼肉等考えにくい。そう思い、土方は、ふーん、と気のない返事をする。
「言ってくれりゃー時間ぐらい作んのに」
「……そうですね。先生に直接言って下さいよ。あと、その指輪四つ葉のクローバーがモチーフなんですか?」
 突然話題が変わって、土方は驚いたように山崎の顔を凝視した。そして、そっぽを向くと、何で知ってんだ、と不機嫌そうに言う。
「そりゃ両方見たからですよ」
 しれっと言い放った山崎を軽く睨むと、土方は、そうらしい、と他人ごとのように言葉を放つ。その姿に、山崎は若干呆れ気味にため息をつくと口を開いた。
「いいですねペアリング」
「煩ぇよ」
 山崎の言葉に思わず顔を赤くした土方を眺め、彼は意地の悪い笑いを浮かべて、瞳を細めた。
「何で先生に言わなかったんですか?」
「……たまたま気に入って買ったやつがペアリングだっただけだ」
 半分ウソで、半分は本当だろう。確かにカグヤの言うとおり、土方が指輪を買うだけででも驚きな進歩だ。そう考え、山崎は突くのをやめて、笑った。
「先生喜んでましたよ」
「そうかよ」
 そう言い残し、山崎はさっさと部屋を出ていった。それを見送った土方は煙草の煙を吐き出しながら、細いチェーンに通された指輪を引っ張りだし、それを眺めた。
「……安上がりな女」
 いつもそうだ。髪留めも、白兎のぬいぐるみも、この指輪も、自分が何気なく選んだモノを喜ぶ。高価なものなど一つもない。
「安上がりなのは俺か」
 指輪のことを言うに言えずにいたが、きっとあの様子だと山崎が全部暴露しただろう。けれど、カグヤが嬉しそうだったと聞くと悪気がしない。それがじんわりと嬉しくて、思わず土方の口元が緩む。
「仕事、何とか片付けてみっか」
 そしてもしも時間ができたら、一緒に酒でも飲もうか。そんな事を考えながら、土方は煙草をもみ消すとまた仕事に戻った。


照れ屋さん
20121201 ハスマキ

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