*来てくれたから良いわよ*

 松平に連れられて土方はキャバクラに行くハメになった。元々好きではない上に、ただ顔が良くキャバ嬢受けが良いと言う理由で松平に付き合わされていると言う事もあり、彼は不機嫌を絵に描いた様な顔を作り煙草を吸っていた。寄ってくるキャバ嬢を邪険に追い払いながら何気なく店内を見回したのは、いつもと彼女達の面子が違う様に見えたからであった。
 松平贔屓のキャバ嬢はいたので入店時には気がつかなかったが、よくよく見回してみると常連である松平に愛想良く初めまして、と挨拶をする娘もいる。そんな中、土方はテーブルにはつかずせっせと氷やら追加の酒を運ぶ女を見つけ、勢い良く煙草の煙を吐き出した。
「どうした土方。気に入った子でもいたか?」
 目敏く、表情を変えた土方に気がついた松平がニヤニヤしながら言うと、彼は引きつった笑いを浮かべてちらりと先程の女に視線を向ける。
「黒髪の方か?白髪天パの方か?」
 黒髪の方だと言いかけた土方であったが、その言葉を飲み込み天パの方、と短く言う。指名をされこちらを向いた白髪天パのキャバ嬢が、先程の土方同様に引きつった笑いを浮かべたのは言うまでもない。
「ご指名有難うございます。パー子で〜す」
「何してんだ手前ェ」
「新手のナンパですかぁ?初めましてぇ〜。お兄さんお仕事何してるんですかぁ〜?」
 ヘラヘラと笑いながら間延びした口調で喋るパー子にイライラした土方は、不機嫌そうに煙草の煙を吐き出すと、煙草の火をパー子の手に押し付けようとする。
「危なッ!何すんだコノヤロー!」
 先程までの不自然に作られた裏声からは打って変わって、土方の聞き慣れた声を上げたパー子。暫くは土方を睨み付けていた訳だが、気を取り直した様に笑顔を浮かべて口を開いた。
「ごめんなさぁい。灰皿一杯だったわぁ〜カグヤちゃ〜ん」
 パー子の声に振り返ったカグヤは少しだけ笑うと、素早く土方のテーブルにある灰皿を取り替えて又仕事に戻って行った。声をかけるタイミングを完全に逸した土方は、不機嫌そうに舌打ちをすると、新しい煙草に火をつける。
「アタシィ〜ドンペリとか飲みたいなぁ」
「水でも飲んでろ。あと、そう言うプレイいいから。うぜぇ」
 睨まれてもけろりとした表情でパー子はテーブルにある食べ物をどんどん消化して行く。支払いは松平とはいえ、腹の立った土方はパー子から皿を取り上げると苛立たしそうに口を開いた。
「何でアイツがいんだ」
「やだ〜、アタシしゃなくて、あーゆーのが好みなんだぁ」
「それもう良いから。いい加減にしねぇと斬んぞ」
 パー子にカグヤが好みなのかと言われ、一瞬だけ驚いた様な顔をしたが、直ぐにしかめっ面に戻った土方は、煙草の煙をパー子にふきかける。
「仕事、仕事。ほら今新型の風邪流行ってるんだろ?アレのせいでキャバ嬢足りなくてさ。美人さん連れて来たら給金奮発するってマスターに頭下げられてさ〜」
 漸くいつもの調子で喋り出したパー子であったが、土方の眉間の皺は深くなる。それを眺めて、パー子はニヤニヤと口元を歪めた。
「彼氏の多串君には悪いと思ってるよ。うん」
「全然思ってねーだろ!つーかアイツに接客させるとか無理だろ!」
 自分の呼ばれた座敷でさえカグヤはまともに接客をしない。二言、三言、常連客に挨拶をする程度であるし、山崎が君菊として同席している時など丸投げだと聞いている。
「当然接客は嫌だって言うからさ、雑用とかだけって頼んだ。テーブルついてないでしょ、カグヤちゃん」
 それに関しては店に入って彼女に気がついてから眺めていたので知っているし、例え幼馴染みの頼みでも、余程の事がないかぎり引き受けないだろう。けれど仕事の為とは言え、ああもあちこちの男に愛想良くしているのは何だか面白くないし、いつかカグヤがキレて客を殴るのではないかと気が気ではない。そんな土方の考えを読んだのか、パー子は更に言葉を続けた。
「セクハラは俺が代わりに受けるし〜トークも担当するし〜今日は俺がジミーの代わりって事で」
 拝む様に手を合わせるパー子に、土方は渋い顔をしたが、小さく溜め息をつく。それを了承と取ったパー子はほっとした様な顔をするが、直ぐに余計な事を言い土方に睨まれる。
「つーか、多串君が指名すれば良いんじゃね?心配ならさ。カグヤちゃんもそれなら受けるだろーし」
「何でこんな落ち着かねー場所でアイツと飲まなきゃなんねーんだよ。ここじゃ三味線も聞けねーだろ」
 江戸一番の芸妓である彼女の三味線を聞こうと大枚を積む人間もいると言うのに、彼らが聞いたら泣いて羨ましがるだろう事をさらりと言ってのけた土方を見て、パー子は思わず咽喉で笑う。名妓と謳われる迦具夜姫が選んだ男は侍であった。誇りと、己の腕だけで仲間と共に駆ける男を彼女は選んだ。それは意外ではあったが、彼女が選んだ場所であるのならばそれで良かった。宇宙に憧れ、檻から逃げ、長く一人で過ごしていた幼馴染。
「パー子ちゃん!ご指名!」
「は〜い。じゃぁね、多串君」
「二度と来んな」
 脳天気なパー子の声に、土方はしかめっ面で返答した。

 土方のいたテーブルを離れて、指名された別のテーブルにいそいそと向かったパー子であったが、そこで待ち構えていた客に回れ右をしたくなった。しかしながら、懐事情としてはそうも行かず、渋々指名客に声をかける。
「はじめまして〜パー子で〜す」
 大丈夫、絶対ばれない!と自分に言い聞かせたパー子であったが、その客はパー子を一瞥すると、お久しぶりです、と短く言葉を放った。見廻組局長・佐々木異三郎。以前ちょっとしたきっかけで面識は持ったが、出来れば関わりたくないランキング上位に位置するその男の言葉に、パー子は顔を引き攣らせる。
「隣座っちゃってもいいですかぁ?」
「どうぞ」
 土方のように拒否でもしてくれれば楽だったのだが、逃げることも出来ずに、パー子は隣に座ると、居心地悪そうに小声で言葉を零した。
「えっと〜お酒とか?ご注文は?」
「そうですね。カグヤさんを指名したいのですが」
 携帯を弄りながら喋るという失礼極まりない対応にパー子は腹を立てたが、この男の携帯中毒具合は嫌というほど知っている。しかし問題はそこではなく、予想通り……カグヤを指名したいと言ってきた事であった。
 何度か万事屋にカグヤに座敷に上がって欲しいと打診はあったのだが、カグヤが全部蹴っていたのだ。こんな好機を見逃すはずはないと思い、パー子はため息をついた。
「え〜カグヤちゃんはぁ〜ヘルプなんでぇ〜、指名は受けれないっていうかぁ」
「えぇ、先程他の方にも言われました。ですから貴方を呼んだのですよ」
 わざと苛立たせようとうざったい喋りをしてみたが、佐々木は腹を立てるどころか、淡々と自分の要求を突きつけてきた。
「……で、いくらですか?万事屋さん」
「ふざけんなテメェ!」
 パー子から銀時に声色を変えて怒鳴ると、佐々木は少しだけ眉を寄せた。
「俺が金で釣られると思ってんのか!こんなはした金で!」
 佐々木が財布から取り出そうとした金額に一瞬視線を送ったパー子は即断すると、席を立とうとする。それを眺めいた佐々木は、そうですか、と短く言うと、その三倍の金額をパー子に差し出した。
「ではこれぐらいですか?」
「少々お待ちください、お客様」
 先程とは打って変わった従順な様子でパー子が席を立ったのを見送ると、佐々木は満足気に卓の酒に口をつけた。つまらない接待で連れてこられた訳だが、偶然万事屋とカグヤの姿を見つけた。恐らく元々カグヤはヘルプだけの仕事なのだろうと思ったのは予想通りで、他の店員に確認したが彼女の指名だけはどうしても取れなかったのだ。
「さてはて。久しぶりで少々緊張しますね」
 佐々木は嬉しそうに口元を歪ませると、パー子が帰ってくるのを待った。

「厭よ」
「そう言わないで!ほら!一応知人だし!無視するのも悪いじゃん!」
 ムッすりとした顔のカグヤを宥めるようにパー子が頭を下げると、彼女は冷ややかな視線を送る。無言で帰らなかっただけまだ脈はある筈だと、パー子は粘るように言葉を続けた。
「挨拶だけ!ほら!俺も一緒にテーブルにつくし!ね!」
「……」
 挨拶だけ!ちょっとだけ!と粘りに粘るパー子を眺め、カグヤは大きくため息を零すと、ちらりと佐々木に視線を送った。相も変わらず携帯をいじってつまらなさそうに接待を受けている様子で、この手の場所は余り好きではないのだろうという事は伺える。だったら余り長居もしないだろう、そんな考えがチラリと頭をよぎり、小さく頭を振った。
「挨拶だけよ」
 妥協に妥協を重ねたであろうカグヤの言葉に、パー子はホッとしたような表情を見せた。
「おまたせしました〜パー子で〜す」
 脳天気な口調でパー子が言うのを呆れたような顔をして眺めたカグヤは、貸し一つ、と心の中で呟きながら、口を開いた。
「初めまして」
「お久しぶりですカグヤさん」
「お名前お聞きしても宜しいですか?」
 素知らぬ顔でカグヤが佐々木の挨拶をスルーすると、彼は少しだけ考え込んだ顔をして言葉を零す。
「そうですか。そんな設定なのですね、諒解しました。初めましてカグヤさん。サブちゃんと呼んで下さい」
 設定でなんだよおいぃぃぃぃ!と心の中で突っ込んだパー子であったが、引きつった笑顔を浮かべたまま、佐々木の隣に座る。
「ほらカグヤちゃんも座って!」
「挨拶だけですから、先輩」
 満面の笑顔を浮かべたカグヤに薄ら寒い物を感じながら、パー子は無理矢理カグヤを座らせる。すると佐々木は満足したような表情を浮かべて、携帯電話を取り出すと、カグヤに向かって相変わらずの無表情で言葉を放った。
「メールアドレス教えてください」
「アフターはしないんです。ごめんなさいね、さっちゃん」
「サブちゃんです。それは残念ですね。何か飲みますか?」
「いえ、先輩にお願いします」
「ドンペリ!ドンペリ持ってきて!!!!!」
 パー子が上げた声に店の面々は一同佐々木のテーブルに視線を送る。そして、その中に、土方の驚愕したような、それでいて怒ったような顔を見つけ、佐々木は口端を歪めた。
「お仕事は何をなさっているんですか?」
「見廻組局長です。エリートだと思って頂ければいいかと」
 マニュアル通りの対応をカグヤがすると、佐々木はしれっと自己紹介を始めた。それを横目にテーブルに運ばれてきたドンペリを飲みながら、パー子はヒヤヒヤとする。カグヤの中にあるキャバ嬢マニュアル質問がひと通り終わればきっと彼女は席を立つであろう。それをどう引き伸ばすか。そんな事を考えながら、佐々木にも酒をすすめる。
「サブちゃん〜全然飲んでないし〜」
「折角カグヤさんとお話できるのですから、酔ってしまうのは勿体無い。しかし、お互いのことをこうやってじっくり話す機会ができて嬉しい限りです」
 クソッ、酔い潰すのは無理か!とパー子は心の中で舌打ちをする。一方カグヤは、帰りたい、と大真面目に考えながら、返答をした。
「出来れば一生来なければよかったわね」
「これは手厳しい」
 咽喉で笑った佐々木を眺め、パー子は何なの?ドMなの?ドSみたいな面してて?と思わず微妙な表情を作った。それに気が付かなかったのか、佐々木はカグヤの顔を眺めながら、ふむ、と小さく言葉を零す。
「良く見れば中々顔の造形も悪くありませんね。大いに結構です。で、式はいつぐらいが宜しいですか?」
「そうちゃんのお葬式かしら?早いほうが嬉しいわ」
 今までキャバ嬢を寄せ付けなかった佐々木が漸く指名をしたので安堵していた接待面子であったが、摂氏零度の会話の応酬に場が凍り付く。無論パー子も同じで、ドンペリを持つ手が知らずと震えた。
「サブちゃんです。そうですね、土方さんの葬式ならば、私も早いほうが嬉しいですね。その方が後腐れがなくて良い」
 その答えに、カグヤは満面の笑みを浮かべたまま立ち上がる。
「ちょっとお花摘みに行ってくるわ。先輩、後は宜しくお願いしますね」
「は〜い」
 冷や汗を浮かべたままパー子はカグヤを見送ったが、直ぐに佐々木は携帯を取り出してどこかへメールを打ち出す。どんだけ中毒なんだよ!と突っ込みたいのを堪えて、パー子は酒を飲み干した。しかしながら、こうやって眺めていると、メール中毒の癖に、カグヤと話をしている時は殆ど携帯を触っていた様子が無かった佐々木。ある程度は本気でカグヤを口説こうと思っているのだろうか。そんな事をぼんやりパー子が考えていると、佐々木がボソリと言葉を零す。
「堪え性のない……まぁ、この辺りが限界でしょう」
 その言葉の意味はパー子には汲み取れなかったが、一向に戻らないカグヤにパー子は嫌な汗をかいた。

 カグヤが席を立ったのを確認して、土方はそのまま彼女の後を追う。恐らく万事屋に拝み倒されて渋々佐々木のテーブルについたのだろうが、こんな事ならば自分の所に呼んでおくべきだったと、苛立たしげに早足で移動した。
 厠へ続く扉を開けた瞬間、土方ははたっと足を止める。
「遅い」
 土方以上に苛立った様子のカグヤが腕を組んで立っていたので、土方は気圧される形で、悪ィ、と言葉を零した。
「……」
 その言葉にカグヤは少しだけ眉を上げたが、直ぐに瞳を細めて、笑う。その表情に土方はホッとしたような顔をすると、カグヤの腕を掴んだ。
「とりあえず帰んぞ」
「銀さんどーするのさ」
「知るか!自業自得あれは。佐々木の野郎にネチネチやられりゃいいんだ」
「それもそうね。そんじゃ、荷物取ってくる」
 カグヤの言葉に、土方は小さく頷くと、表で待ってろ、と短く言葉を零す。それにカグヤは怪訝そうな顔をしたが、土方は、俺も忘れもんだ、と口元を歪めて笑いカグヤを見送った。
「ちょっと!カグヤちゃん!遅い!」
「何ふざけた事言ってんだテメェは!ぶった斬るぞ!」
 飛び込んできたパー子に土方は苛立たしげに言葉をぶつけると、パー子はぎょっとしたような顔をして土方を眺めた。途中まで覚えていたのに、カグヤの機嫌数値に気を取られて忘れていた存在。
「多串君ったらヤキモチぃ?格好わるい〜」
 茶化すように言ったパー子を一瞥すると、土方は口元を歪めて笑った。
「そーだよ。だから連れて帰んだよ」
「ちょ!!!!困るから!マジ困るから!」
 慌てたように口調が戻ったパー子を眺め、土方は瞳を細めた。
「いくら積まれた?」
「……え?」
「え?じゃねーよ。三味線屋泣き落とししてまで、手前ェが佐々木の野郎に義理立てする道理はねぇだろ」
 露骨に視線を逸らしたパー子を見て、土方は呆れたような顔をした。恐らくカグヤもパー子が佐々木に買収されたことは承知であろう。そもそもこの仕事自体、家賃の支払いに困り果てたであろうパー子を助けるためにカグヤは条件付きで引き受けたであろう事は、土方にも安易に想像できる。そして、あそこまでが、カグヤのパー子へのサービスなのだろう。
「サービスタイム終了だ。後は手前ェで何とかしろ」
「マジでか!どーすんだよ!」
「知るか。後で三味線屋には詫び入れとけ」
 そう吐き捨てる様に土方は言うと、またホールへと戻っていった。

 そして一直線に向かった先は、佐々木のテーブルであった。怪訝そうな顔を同じテーブルについていた面々は土方に向けたが、直ぐに真選組副長だと気が付き、警戒の色を見せる。そもそも真選組と見廻組は犬猿の仲なのだ。
「よぅ。久しぶりだな」
「そうですね。中々貴方が死なないのでやきもきしていた所です。隣、どうぞ」
 携帯から顔を上げて佐々木が言い放ったので、土方はイラッとした様子で佐々木の隣に座ると煙草に火をつけた。
「……とりあえずアレは連れて帰る」
「そうですか。些か残念ですね。貴方が彼女のいる時に乗り込んでくれば難癖つけてしょっぴこうと思っていたのですか」
 お互いに顔もも見ずに、サラリと恐ろしいことを言う佐々木に、土方は瞳を細めると口元を歪めた。
「手前ェの好きそうなやり口だ」
「エリートですから。スマートに事を運びますよ」
 静かに火花を散らす二人に割って入る様に声が聞こえて、彼等はそちらを振り返った。すると、黒髪のズラをつけたパー子が引きつった笑いを浮かべてそこに立っている。
「サブちゃんおまたせ〜。兄さんも席に戻ってね〜」
 唖然とした土方であったが、兄さんと言う呼び名に僅かに眉を上げた。変装するならもっとヤル気出せよ!と突っ込みたいのを堪えて、佐々木に視線をちらりと流した後に、さっさとその場を後にした。
「カグヤさんは彼と帰ったんですか?」
「やだー。私カグヤだしぃ。お化粧直ししたからちょっと雰囲気変わっちゃったかしら。女は化粧とか生理とかで色々変わるのよ〜」
 どうせ変装するなら口調もカグヤに似せればいいのに、パー子が駄々漏れだと思いながら佐々木は携帯を弄りながら相槌を打つ。
「先程土方さんがカグヤさんを連れて帰ると宣言して行きましたよ」
「……マジで?」
 思わず素に戻ったパー子を眺めて、佐々木は意外そうな表情を作った。パー子にしてみればあのヘタレ全開な土方がそんな宣言をわざわざするという事が理解出来なかったし、佐々木から見れば土方の宣戦布告は当然だと思ったのだろう。咬み合わない表情の二人は暫くお互いを眺めていたが、佐々木は再度携帯に視線を落とし、小声で呟く。
「貴方にしては上出来な仕事でしたから、返金は無用です」
「やだー!サブちゃん太っ腹〜」
「エリートですから。それに……」
「それに?」
「カグヤさんのメアドをゲットできたのですから十分です」
「え?」
 メアド交換断られて無かったっけ?とパー子は不思議そうな顔をしたが、佐々木は口端を上げると、自分の携帯のアドレス帳をパー子に晒す。
 そこには確かにカグヤの携帯アドレスと電話番号が登録されており、名前には【婚約者】と図々しく登録されていた。
「いつの間に……」
 唖然としたパー子を満足そうに眺めると、しれっと、カグヤさんの携帯にも私の番号を登録しておきましたと言い放ち、その愛しい婚約者宛に佐々木は一つメールを送信した。



 メールの着信を知らせる音に、土方とカグヤは顔を見合わせる。カグヤの携帯の音が何故か土方からしたのだ。怪訝そうに土方がポケットから携帯を取り出すと、出てきたのは自分の携帯とカグヤの携帯。
「……アイツ……」
 カグヤの携帯には【サブちゃん】とメールを知らせる文字が点滅している。忌々しそうに土方はカグヤに携帯を渡す。
「ちょっと。何で兄さんが持ってるのよ」
「俺も前にやられた。勝手に登録しやがったんだろ」
 椅子に座るように勧めたのはこれを返すためだろうと思い、土方は舌打ちをしてカグヤの携帯を眺める。

カグヤタンへ

 今日はとっても楽しかったお!
 途中で邪魔が入ったのは残念だけど、またお話できると嬉しいな(*´ω`*)
 パー子タンはこちらに任せて、気をつけて帰るんだお。

サブちゃんより

PS・今度は別のお店で食事でもどうですか?都合のいい日連絡下さい。

「なりすまし?」
「いや、本人だろ」
 カグヤの言葉に、土方は呆れたようにそう呟くと、着信拒否できるか?と短く言ってみる。
「できないことないけどさ。それはそれで家まで押しかけてきそうで嫌よね」
 そう彼女が言ったのは、以前に手紙を貰ったが、たった一日放置しただけで家まで様子を見に来たという佐々木の前科があったからだろう。土方も同じ事を考えて、短く、適当にスルーしておけ、とだけ言う。
「それもそうね。とりあえず誘い系のメールだけ断りの返信入れておくわ」
 そう言うと彼女は携帯に指を滑らせて、暫く忙しい、とだけ返信を入れた。それを横で眺めていた土方は、カグヤの顔を眺めながら、少しだけ、困ったような情けないような顔をする。カグヤが絶対に佐々木に靡かないのは知っているし、絶対に自分を選ぶと言い切ることも知っている。だからその様な意味ではきっと安心していてもいいのだろう。けれど、それは自分が安心できるというだけの話だ。そう考えて、土方はポツリと零した。
「……動くの遅くて悪かった」
 それを聞いたカグヤは送信完了を告げる携帯の画面から顔を上げて目を丸くしたが、直ぐに淡く微笑んだ。
「来てくれたから良いわよ。まぁ、アレよね。あそこでシンちゃんと揉め事起こしてもお店に迷惑かかるし……そう考えたら良いタイミングだったんじゃない?」
 シンちゃんじゃなくてサブちゃんじゃねぇの?と思いながら土方は苦笑して、飲み直すか、と言葉を零す。
「どっか店に行く?それともうちに来る?」
「手前ェん家がいい」
「はいはい」
 そう言うと、二人は並んで夜道を歩き出した。


VS佐々木編
20121001 ハスマキ

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