*だから何度でも選ぶわ*

 行きつけの呉服屋から戻ったカグヤは、ふと玄関に挟まっている手紙を見つけて首を傾げた。宛名は自分宛であるが、差出人に心当たりが無かったのだ。ただ、仕事がら、座敷に上がった時に自分が名前を知らない招待客も混じっていたりするので余り気にはならなかったし、仕事の依頼であるならば、万事屋経由で次からは直接連絡は取らないようにと言えばいい。そう思い、その手紙を引き抜くと玄関の鍵を開けた。
「……先生どうしたんですか?」
 一緒に君菊の格好をして呉服屋へ行っていた山崎が着替えを終えて洗面所から戻ってきた訳なのだが、家主であるカグヤは片手で顔を覆い肩を震わせていた。その異様な光景に、愛弟子は恐る恐ると言うようにカグヤに声をかける。
「うん。判断に悩むわぁこれ。笑っていいのか、イライラしていいのか」
「はい?」
 カグヤの手にあるのは一通の手紙であった。帰ってきた時にカグヤが玄関から引きぬいたものであることは山崎も知っていたので、首を傾げてぽすんと彼女の隣に座った。
「えっと。変な手紙なんですか?」
「そうね、変だわ。ものすごく変」
 そういうと、カグヤはその手紙を山アに差し出した。それを読んでいいと言っているものと判断した山崎は、それでは、と短く言葉を放つと受け取りその手紙に目を通す。
 横書きの便箋には非常に達筆な文字で言葉が綴られていた。どちらかと言えば縦書きの方がしっくり来るのではないかと思われるその文字。しかしながら、読んでいる内に山崎も、こんな時はどんな顔をしていいのか判断に迷った。

 

Dear タチバナカグヤsan

 突然のお手紙ゴメンナサイ(笑)
 この前キミを、偶然街で見つけて、思わず筆をとっちゃった☆
 あれ以来音沙汰もなく心配してたけど、カグヤsanは元気かな?
 私は、仕事忙しいけど元気にやっています(^O^)/

 積もる話もあるし、久しぶりに会いたいネ(*^_^*)
 あ、でも、こっちの仕事は気にしなくていいヨ(^^)v
 エリート官僚ではあるけど、割と自由はきくし、キミのために時間を取るぐらいは問題ないから(苦笑)
 こう見えても結構偉いんだヨ(爆)
 
 楽しみだな、キミと会えるのが(^O^)/

 じゃあ私の携帯にいつでも連絡してネ☆まってるお!

 

 字が綺麗なだけに残念すぎる内容。そして、所々イラッとする文章。何故手書きの手紙に顔文字を書くのかと突っ込みどころ満載である。
「……これは……」
 間違いなく携帯メールで送られてきたらスパム扱いであろうし、この文章で手紙の最後に書いてある携帯番号やらメールアドレスやらに返事が来ると思っている相手の頭が残念だとしか思えない。そう考えて溜息をついた山崎であったが、一番最後に書かれている差出人の署名に視線を落としてその表情を凍りつかせた。

From 佐々木異三郎

「え?」
 思わず山崎が零した言葉に、先程まで笑っていたカグヤは顔を上げると、どうしたの?と言うように彼の表情を伺った。
「あ、あの。先生は差出人に心当たりは……」
「ないわぁ。座敷のお客さんかもしれないけど。ザキさんは心当たりある?」
 それは一緒に何度も座敷に上がっていて、客の相手は大概山崎がしていたのでカグヤはそう聞いたのであろうが、山崎は曖昧な笑いを浮かべるとどう返事をしていいのか判断できず黙りこむ。
 相手は明らかにカグヤのことを知っているし、カグヤも相手のことを知っている前提で手紙を書いている。なのにカグヤは覚えがないという。
「その……ですね。同姓同名の別人かもしれないんですけど、一応心当たりがない訳じゃ……」
「そうなの?真選組の子?」
「いえ、うちの奴じゃないんですけど……。あの、一応本人確認するんで手紙借りてもいいですかね。なんというか、ちょっと怪しいじゃないですか、この手紙。騙りかもしれませんし」
 しどろもどろになる山崎を見て、カグヤは笑うと、任せるわ、と微笑んだ。元々こんな怪しい手紙に返事を出す気もサラサラなかったのだろう。その反応にホッとしたような顔をした山崎は、手紙を封筒に戻すと、大事そうに懐にしまった。
「あと、土方さんにも報告していいですか?」
「……え?そりゃ別に構わないけど、そんな面白可笑しい手紙なんで無視しろで終わりじゃないの?兄さんだったら」
「まぁ、一応って事で」
 普通ならそうであろう。けれど、佐々木異三郎が、自分の知っている佐々木異三郎であればそうも行かない。むしろ同姓同名の別人であってくれと祈るような気持ちで、山崎は荷物を纏めて屯所へ大急ぎで戻っていった。

 携帯電話・メールアドレスに関しては山崎の知っている佐々木異三郎のものであった。けれどコレは騙ることもできるので参考にならないし、悪戯という線も考えられる。次に山崎は監察室の棚を開けて書類を数枚取り出した。剣をとれば二天・筆をとれば天神と言われた男。その男は見廻組の局長と言う立場上、山崎の手元に彼の書いた書類は存在する。筆跡鑑定に関しては専門にやっている隊士がいるので、山崎は専門外ではあるが、似ているかどうか位は判断はつくし、長年培った監察としての目は伊達ではない。
「……うわぁ」
 見るんじゃなかった。そんな気持ちで一杯になりながら山崎はカグヤから借りてきた手紙と書類を見比べて思わず膝をついた。
 真選組とは一応は協力関係にあるが、手柄の取り合いをしているとも言える見廻組。幕府のエリート集団。その局長の筆跡と一致したその残念な手紙。
「先生は心当たりはないって言ってたけどなぁ」
 山崎自身も自分の上がった座敷で彼を見たことはないし、カグヤ自身が幕臣の座敷には滅多に上がらないのを知っているだけに、接点が全くわからない。けれど、明らかに佐々木はカグヤのことを知っている前提で手紙を書いている。
「……土方さんに相談か」
 共通の接点といえば土方ぐらいである。先日派手に見廻組とやりあった土方は、特に佐々木から目を付けられていた。そう考えれば、土方への嫌がらせにちょっかいを掛けてきたのかもしれないと、山崎は小さく溜息をつくと、手紙を持って副長室へ向かうことにした。

「山崎です」
「入れ」
 既に勤務時間は過ぎているし、夜も更けてきている。そんな時間に山崎が訪れたことに土方は怪訝そうな顔をしたが、神妙な顔をして山崎が部屋に入ってきたので、煙草に火を付けると卓の上に置いてあった書類を束ね山崎に座るように促した。
「どーした?」
 仕事の件での相談だと思い土方が促すが、山崎は困ったように笑うと、手紙を差し出しす。
「三味線屋宛じゃねーか」
「はい。とりあえず中身読んで下さい」
 促されるまま中身を目を通した土方の表情を眺めながら、自分もこんな顔をして読んでいたのだろうかと山崎はぼんやりと考える。そして、土方の表情が凍りついたのを確認して口を開いた。
「とりあえず携帯番号、メールアドレスに関しては見廻組局長・佐々木異三郎のものでした。あと、筆跡も一応確認しましたが、十中八九本人です」
「え?」
「先生は返事を出す気はなさそうですが、どうしますか?」
「え?」
 まともに返事をできていない土方に、山崎は仕方ないと言うような表情を作って、確認するように口を開く。
「先生は心当たりがないって言ってましたが、思いつく接点はありますか?」
「……いや。アイツは幕臣と付き合い殆どねぇだろ」
 けれど何か引っかかりを覚えた土方は、瞳を細めて考え込んだ。何が引っかかっているのか。それを察した山崎は黙って土方が口を開くのを待った。
「つーか、何だよこの手紙。本当にアイツが書いたのか?キャラ違うじゃねぇかよ」
「まぁ、一番そこがネックなんですよねぇ。筆跡とかは明らかに本人なんですけど」
 真っ白な制服にモノクル。絵に描いたようなエリート。喋りも丁寧であるが、癇に障る。そんな男である。出来れば関わり合いにはなりたくない。そんな事を考えながら、土方は煙草をもみ消した。明日三味線屋のところに行く、そう言った土方を眺めながら、山崎は神妙な顔をして頷き部屋を後にする。

 

「仕事休みなの?」
「俺はな。山崎は午前中だけ」
 朝一に土方と山アが家を訪れてきた事自体には嫌な顔をせず、カグヤは二人を招き入れた。そして茶を淹れて話を切り出してくるのを待った。恐らく昨日の面白可笑しい手紙の件であろうと思ったのだ。あの後カグヤも客の名簿等をひっくり返したが、結局佐々木異三郎の名前は確認できず、困っていたといえば困っていたのだ。
「昨日の面白可笑しい手紙の件?」
「あぁ。手前ェ見廻組って知ってるか?」
 土方の言葉にカグヤは首を傾げて、一応知ってるけど、と返事をする。
「アレでしょう、白い制服着た人。街で見かけるわぁ」
「そこの局長って知り合いか?」
「どの人が局長なのよ」
 カグヤがそんなもん知らんと言わんばかりに返事をするので、山崎は苦笑しながら写真を差し出した。
「この人なんですけどね」
「んー?」
 眉間に皺を寄せて凝視するカグヤを眺めながら、土方は煙草に火をつけた。この反応だと、本当に知らないのかもしれない。そう思い、不機嫌そうに口を開く。
「佐々木異三郎って名前なんだよソイツ。一応携帯番号とかメアドもソイツのだった」
「あ、そうなの?……どっかで見た気もするけど自信ないなぁ。こんな面白い手紙書く残念な人なら覚えてると思うんだけど」
「いえ、手紙は非常に残念でしたけど、なんというか、話す分には普通なんですよ佐々木さん」
 苦笑するように山崎が言うと、カグヤは、え?そうなの?と驚いたように顔を上げた。あの手紙を先に見てしまえば、このような反応になるだろう。土方と山アに関してはあの残念な手紙を後に見たので、同姓同名の別人ではないかと疑ったのも仕方がない。
「覚えてないわぁ。座敷にもいなかったと思うけど。元攘夷志士とかそんなんでもないの?」
「生粋のエリート幕僚だよ」
「こりゃ相手の勘違いって感じよねー」
 土方の返答に、カグヤはそう結論づけると満足そうにお茶を飲み干して頷いた。しかし土方は渋い顔をして手紙に視線を落とす。
「……だったらいいんだけどな。手前ェ名前フルネームで書いてやがるし、ちょっと注意しとけ。つーか、なんで手前ェは高杉といい、ストーカー気質の奴引っ掛けてくんだよ」
「いやいや、それ言ったら、幕府の組織の局長はストーカーしかなれないの?って言いたいわぁ」
 笑いながらカグヤがそう切り替えしたので、土方は思わず言葉に詰まる。真選組の局長である近藤も、今は恋人ができて落ち着いてはいるが、ストーカー気質であるのは皆知っている事である。通報された回数を思い出したくもない。
「まぁ、一応相手もエリート様ですからね。高杉みたいに無茶はしないと思いますよ」
 フォローするように言う山崎を眺め、土方は面白くなさそうにフィルターを噛んだ。
 そんな中、玄関の呼び鈴が鳴り山崎は顔を上げる。
「今日は稽古ないですよね」
「ないわねぇ」
 正面玄関の呼び鈴だと山崎は知っているのだろう、無視を決め込んでいるカグヤに一応確認したが、彼女はいつも通り動く気もなさそうなので、お茶のおかわり淹れてきますね、と脳天気に山崎は立ち上がった。
「……まだ正面玄関の呼び鈴鳴らす莫迦がいんのか」
「勧誘のたぐいは学習しないからねー」
 呆れたような土方の言葉に、カグヤは咽喉で笑うと、玄関に視線すら向けずに手紙を眺める。訪問の予定を予め伝えておかないと正面玄関を開けることは殆どしない彼女にとっては、何度も鳴らされる呼び鈴を無視することは対して労力を要さないのであろう。しかし、どちらかと言えば気の短い土方は、何度もしつこく鳴らされる音にイライラしてきたのか、立ち上がると、出ていいか?と家主に確認する。
「無視すりゃいいじゃないの」
「うっせーんだよ。勧誘なら追っ払う」
「前もそんな事あったわね」
 咽喉で笑いながらカグヤが許可を出したので、土方は山崎がお茶を持ってくるのを待たずに正面玄関へ向かうと、乱暴に鍵を開ける。
「しつけーんだよ!新聞は間に合って……」
「タチバナカグヤさんはご在宅ですか?」
「……手前ェ。何でここにくんだよ」
「それはこちらの台詞ですよ土方さん」
 そこに立っていたのは、先程まで皆で散々残念な手紙だとダメ出しをされていた差出人、佐々木異三郎であった。
「カグヤさんはいらっしゃらないんですか?昨日留守だったようですので手紙を置いて行ったのですが、一向に返事がなく、何か合ったのかと一応様子を見に来たのですが」
 あの手紙で返事が来るとまじで思ってたのか!と心の中で驚愕した土方であったが、小さく舌打ちをすると座敷の方へ視線を送った。顔を覗かせているカグヤと山崎の姿を見て、佐々木はホッとしたような顔をして口を開く。
「あぁ、ご無事でしたか。心配しましたよ。また、ふらっとどこかに行かれたのか思いました」
「……えっと、鈴木さん?」
「佐々木です」
 カグヤが全力で間違えた名前を丁寧に訂正すると、佐々木は上がってもよろしいですか?と確認するように言う。
「ごめんなさいね。全然覚えがないんだけど、どこかで会ったかしら?」
 その言葉に佐々木は少しだけ驚いたような顔をしたが、気分を害した様子はなく、瞳を細めて笑った。
「お久しぶりです、タチバナカグヤさん。婚約者の佐々木異三郎です。攘夷戦争に行かれる前以来ですか?」
「……婚約者?」
 オウム返しのように返答したのは、山崎で、驚いたような顔をしてカグヤの方に視線を送る。すると彼女は、僅かに眉を寄せた後、あぁ、と短く言葉を零し満面の笑みを浮かべた。
「お久しぶりね、元婚約者の佐々山さん」
「佐々木異三郎です。では、お邪魔します」
 悪びれた様子もなく座敷に上がる佐々木を眺めながら、土方は、あぁ、と漸く引っかかっていたものが何なのか理解をした。カグヤが鈴木だか、佐々木だかと適当にしか覚えていなかった許嫁の家。それは確か幕臣と言っていなかったか。攘夷戦争で生き残ったらまた迎えに来ると言っていなかったか。
「……三味線屋……手前ェな……」
「うん。私も流石に吃驚してる」
 呻くような土方の言葉に、カグヤは小声で返答をした。カグヤ自身もうとうに終わったものだと思っていた存在である。それがひょっこり出てきたのだから、ただただ、驚くしかない。
 さっさと座敷に上がった佐々木は、山崎が勧めるまま座布団に座り、彼の淹れたお茶に口を付ける。卓に広げられていた手紙も写真もないところを見ると、山崎がどこかに片付けたのであろう。
「先生。どうしましょう。えっと、俺帰ったほうがいいですか?」
 小声で山崎が耳打ちしたのを見て、佐々木は少しだけ山崎に視線を送る。
「お弟子さんですか?」
「そうよ。可愛い愛弟子。稽古ではなかったんだけどね」
「土方さんもですか?」
「兄さんは、昨日貴方がくれた手紙が悪戯じゃないか調べてくれてたの」
 その言葉に佐々木は少しだけ驚いたような顔をすると、苦笑する。
「急いで書いたもので、余り推敲できていなかったのですが悪戯と思われたのですか?」
「えぇ。あんな面白可笑しい手紙貰ったのは初めてだわ」
「つーか、なに。アレまじでお前書いたのかよ」
 土方が呆れたように言うと、佐々木は大真面目にえぇ、そうですが?と返答をした。
「恋文をまさか土方さんに読まれるとは思っていませんでしたがね」
「いやいや、アレ恋文っていうかもう、変文だろ。メールだったらスパム扱いだろ」
 思わず突っ込んだ土方に、佐々木は少しむっとしたような顔をして、口を開いた。
「失礼ですね。推敲が足りなかったのは認めますが」
 推敲したら一体どんな文章になっていたのか、少し興味があるなと思いながら、山崎は佐々木の方を眺める。制服は着ていないが間違いなく見廻組局長であるし、本人に主張いわく、婚約者であるらしい。カグヤは元と言っていたが。その辺りに関して土方が突っ込まないところを見ると、土方はカグヤにそのような存在がいた、ということは承知していたのだろう。
「……で、何しに来たのさ」
 漸く口を開いたカグヤを見て、佐々木は少し姿勢を正すと淡く笑った。
「私の妻になって頂こうと思いまして」
 何の前触れもなく単刀直入に切り出した佐々木に、土方は思わず煙草の煙を勢い良く吐き出す。
「な!手前ェ!何訳わかんねー事言ってんだ!」
「婚約は家の都合で破棄になりましたが、やはり貴方以上に条件のいい女性を見つけられませんでしたよ。というか、別に土方さんには関係ないでしょうに」
 怪訝そうな顔をして佐々木が土方の方を見たので、彼は思わず言葉に詰まる。山崎に言わせれば、そこで詰まるな!と突っ込みたい所ではあるが、土方の性格上仕方がない気がして助け船を出すことにした。
「え?でも、攘夷戦争以来会ってないんですね?」
「えぇ。あの時は攘夷戦争に参加するとフラれましたので、改めてこうやってお伺いした次第です」
 全くもって意味が分からない。そう思って山崎はカグヤの表情を伺う。高杉のように、好きで好きでという雰囲気は何故か佐々木から感じられないし、カグヤの表情もどこか他人ごとのようにつまらなさそうである。
「佐々川さんって幕臣のエリートなんでしょ?私みたいな元攘夷志士の嫁とかやめといた方がいいんじゃないの?」
 相変わらず名前を間違っているが、あえて佐々木はそこに突っ込まず、カグヤの質問の答えることにした。
「普通ならばそうでしょうね。けれど、貴方は旗本の娘ですからね。あの時代、武家の人間が攘夷志士として攘夷戦争に参加したことは、先見の能力に難はありますが、それ自体が恥じるべきことではないと私は思っていますよ」
 意外な言葉に思わず土方も山崎も言葉を失った。攘夷浪士を狩る側である彼等が今まで考えたこともない発想であったのだ。武家の人間であれば攘夷戦争に参加するのはごく当たり前の事であると言われればそれはそうなのかもしれない。幕府の危機立ち上がらずして何が武家だ。そう佐々木は言っているのだ。本来武家はその為に存在したのだ。
「芸妓を娶ることはそう珍しい事ではありませんし、元婚約者であるならば情けをかけたと言えば周りの説得も楽ですからね」
「何言ってんのよ。あっちこっちから縁談とか来てんじゃないの?良家のお坊ちゃんなら」
 咽喉で笑って返答したカグヤを眺めながら、佐々木は僅かに瞳を細め口元を歪めた。
「えぇ、けれど、この瓦礫の幕府でいくら名門佐々木家といえどもいつでも安泰とはいえません。下手に良家の娘を娶って共倒れになっても面白くありませんし、うっかり自滅した場合も、妻が良い所の娘だと邪魔でしかないでしょう。その点貴方は武家の娘として十分な教育を受けている上に、家に縛られないという強みもある。感心しましたよ。あっさり旗本の権利を手放した時は」
 勢い良く卓を叩いた音がしたので、一旦佐々木は口を閉じ、土方に視線を送った。明らかに不快感を滲ませた表情をした土方。彼が卓を思わず叩いたせいで、湯のみに残った茶が卓に溢れるが、それを気にした様子もなく、土方は佐々木を睨みつけて口を開く。
「ふざけんな。手前ェは条件さえ合えば誰でもいいのかよ」
「えぇ。一番最初に言ったと思いますが?カグヤさん以上に条件のいい女性が見つからなかったと」
 慌てて布巾で零れた茶を拭いた山崎は、険悪な雰囲気の二人に視線を送りながら、言葉を探す。下手に口を挟むのも躊躇われるが、この空気のままだと殴りあいに発展しかねない。ちらりとカグヤに視線を送ってみたが、彼女は両手で湯のみを抱えているが、表情は相変わらずつまらなさそうで、山崎はどうしていいのか解らず沈黙を守るしかなかった。
「そもそも、土方さんにとやかく言われる筋合いはないと思うのですが。これはカグヤさんと私の話ですし」
「筋合いがあるから口挟んでんだよ!」
「と、言いますと?」
「今三味線屋は俺と付き合ってんだ。だからいくらでも口は挟む。つーか、帰れ!」
 土方の言葉に驚いた顔をしたのは、佐々木だけでは無く山崎もで、何故それをもっと早く言わなかったと思いながらも、よく言った!と言う気持ちで一杯になった彼は、思わずカグヤの方に視線を送る。すると彼女は、大事そうに湯のみを両手に抱えて一口茶を飲むと、僅かに口元を緩めていた。
「……成程。カグヤさんを見つけた嬉しさの余りリサーチ不足でしたね。貴方とお付き合いしてるとは予想外でしたよ」
「うるせぇよ。解ったら帰れ」
「しかし別に籍を入れてる訳ではないのでしょう?ならばまだ決定権はカグヤさんにあると思いますが」
 驚いた顔をしたのは一瞬で、直ぐにへこたれずにカグヤに選択を迫る姿はある意味高杉より図太いと感じた土方は、苦々しく眉を寄せると佐々木を睨みつけた。それを受け流すように佐々木は僅かに口元を歪めると視線をカグヤに送る。
「悪い条件とは思いませんが」
「そうね。悪い条件ではないわね。ビジネスとしてだったら」
 カグヤはそう言うと、咽喉で笑って佐々木に視線を向けた。
「でもお断りするわ」
「……ほぅ」
 佐々木の反応が比較的淡白なものであったことに、山崎は心底安心し、土方の表情を伺った。新しい煙草に火をつけた以外は大きく表情の動きは見えなかったが、先程よりは大分落ち着いているようである。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「私がいないと困るって言う人が目の前にいるのに、アンタのビジネスには乗れないってだけよ」
「成程……今回は些か下準備も無しに唐突でしたね。また日を改めてお伺いします」
 佐々木の言葉にカグヤは瞳を細めると、口端を上げて笑った。
「もう来ない事をお勧めするわ。ササニシキさんが何度私のところに来ても答えは同じよ。何度でも私は、土方十四郎を選ぶわ」
「佐々木です。……成程。随分貴方は土方さんに肩入れしていると見える」
「えぇ。だって可愛いでしょ。愛してるなんて一度も言わないのに、傍にいないと困るって大真面目に言うんだもの」
「おま!三味線屋!」
 慌てたように土方が声を上げたのを見て、カグヤは瞳を細めて笑った。
「……貴方にぴったりな素敵な伴侶が見つかるのを祈っておくわ。祈るだけならタダだしね。ごきげんよう、ゴンザレスさん」
 話し合いは続行不可だと判断した佐々木は、すっと立ち上がるとそのまま玄関へ向かった。それを見送る為にカグヤと山崎は立ち上がったが、土方はそのまま煙草の煙を吐き出して不機嫌そうに佐々木を睨みつける。
「ではまた。土方さんが死んで貴方がフリーになった頃にお伺いします」
「貴方が誰かに刺されるのとどちらが早いかしらね」
 咽喉で笑ったカグヤを見て、佐々木は可笑しそうに口元を緩めた。
「訂正しますよカグヤさん。私は、条件の合う妻としてではなく、貴女個人に興味が湧きました」
「あら、嬉しくないわ」
 ハラハラとした様子で山崎は二人のやり取りを眺め、結局口は挟まなかった。土方にも恐らく聞こえているだろう。また怒り出さないかと気が気ではなかった山崎は、佐々木が玄関の向こう側に消えたのを確認して、大きく溜息をついた。
「……無事に帰ってくれましたね……」
「そうねぇ。話し方は丁寧だけど、頭の中はあの手紙と別方向で残念な人だったわね」
 カグヤの言葉に山崎はどう返答していいのか解らず、曖昧に笑う。
「さて、ザキさんお昼ごはん食べてく?」
「あ、いや。俺は屯所に戻ります」
「そう。残念だわ。今回は色々面倒かけてごめんね」
 申し訳なさそうに詫びるカグヤを見て、山崎は大きく首を振った。勝手に首を突っ込んだのは自分だと。それにカグヤは少しだけ安心したような顔をして微笑んだ。先ほどまでの佐々木へ向けていた冷淡な微笑はもうない。アレはアレでカグヤは腹を立てていたのだろうかとぼんやり考えながら、山崎は土方に声をかけた後カグヤの家を後にした。

 不機嫌そうにごろりと横になる土方の隣にストンと座ると、カグヤは彼の頭を撫でる。
「色々迷惑かけてごめんね」
「……ん」
 カグヤの言葉に土方は小さく頷いたが、目は合わそうとせずそのまま座布団の顔を埋める。その様子を眺めていたカグヤは困ったように笑う。
「あのよ」
「なぁに?」
「……もしも俺が手前ェと付き合ってなかったら、アイツとの事考えたか?」
 土方の言葉にカグヤは髪を撫でていた手を止めて、驚いたような顔をする。返事をじっと待つ土方を眺めて、カグヤは瞳を細めた。
「土方十四郎を選ぶわ」
 その返答に驚いたように土方は顔を上げると、カグヤを凝視する。
 土方個人としては、佐々木の所にカグヤが行くなどということは断固拒否するし、全力で邪魔をしてやりたい。そもそも、佐々木はカグヤ等見ていなかったのだ。ただ、条件が合うと言うだけでカグヤを選んだ。それはもしかしたら高杉より性質が悪いのかもしれない。それ故に腹も立ったし、どうしても我慢出来なかった。けれど、カグヤはどうだろうか。佐々木の出した条件を、ビジネスとしては悪くない、と言い放った。だからこそ、不安であったのは事実で、土方は困惑したように視線を彷徨わせた。
「……そう……なのか?」
「当たり前でしょ。兄さんと付き合ってようが、付き合ってなかろうが、私は佐々木は選ばないし、いつだって兄さんを選ぶわ。別に兄さんが私を選ばなくても、私が選ぶのには勝手にしても構わないじゃないのさ」
 不服そうに言うカグヤを眺めて、土方はかぁっと顔を赤くして俯いた。付き合っていると主張するのが精一杯だった自分と、何度でも自分を選ぶと言う目の前の女。それが嬉しいと思う反面、やはり自分はヘタレていると感じて土方は視線を逸した。
 それを眺めていたカグヤは、ポンポンと土方の頭を軽く叩く。
「私の可愛いヒロインなんだから」
「……あのな……」
 カグヤの茶化した口調に土方は顔を上げる。すると、目を合わせたカグヤが鮮やかに笑った。
「兄さんのこと好きよ。だから何度でも選ぶわ」
「……俺も……だな……その……」
 土方は目を逸らしながら小声で言葉を零す。一度も明確に好意を言葉にしたことはなかったのかもしれない。気恥ずかしいという気持ちが強かったし、何より改まって彼女に自分の心境を吐露するのが怖かったのだ。酒の席で今まで散々、何やかんやで笑われた弊害なのだろう。こんな事なら、恋愛相談や愚痴などカグヤに零すのではなかったと今更ながら後悔する。
「三番目に愛してる?」
 そう言われ土方が弾かれたように顔を上げると、カグヤがにんまり笑って自分のほうを見ていたので思わず声を上げる。
「手前ェな!何でそこで台無しにすんだよ!」
「いや、困ってたみたいだから」
 ガバッと体を起こした土方は、カグヤの腕を掴むと自分の方へ引き寄せてぎゅっと抱きしめた。それに対してカグヤが茶化す様子がなかったので、逆に困ったように土方はカグヤの肩に顔を埋めて小声で呟く。
「……俺を選んでくれて、ありがとな」
「どういたしまして」
 ポンポンと土方の背中を優しく叩いたカグヤ。こんな言い方しか出来ない自分に嫌気がさすが、それを別に可笑しいとも言わないカグヤの気持ちが嬉しかった。死ぬほど甘やかされてるのは自覚している。本当は佐々木に対しももっと強く言うべきは自分だった。けれど、自分の代わりにカグヤが受けてたって、切り捨てたのも解っている。どうしてこんな自分をカグヤは選ぶのだろうと考えて、土方は思わず嗚咽を漏らす。
「泣いてんの?」
「泣いてねぇよ」
 人間嬉しくても泣けるのだと生まれてはじめて知った。悔しい気持ちと、嬉しい気持ちが混じって訳がわからない。そう感じた土方は、ただ、じっとカグヤの肩に顔を埋めて感情の波が収まるのを待った。

 

「あー、そんでカグヤちゃんアレ?メール交換はしなかったの?」
「うん」
 蟹の足をポッキリ折って銀時が言うと、カグヤはそう短く返事をして蟹の足をほじる作業に戻った。
 山崎がカグヤから来た年賀状で当選した蟹。屯所で食べるには少ないということで、カグヤの所に持ってきたのだ。運良くカグヤの家で寛いでいた銀時はそのおこぼれに預っているのだが、山崎はともかく、一緒に来た土方は不機嫌そうに蟹にマヨネーズをかけている。
「しっかし、アレだな。メールアドレス教えなかったのは正解だわ。その手紙も手加減してるから。全力で。アイツのメールの破壊力そんなもんじゃないから」
「まじで!?なにそれ、怖い」
 以前成り行きで佐々木の下で仕事をする羽目になった銀時は、執拗なメール攻撃に思わず携帯電話を叩き壊した。それを思い出してか、溜息をつきながら、カグヤが佐々木とメアド交換をしなかった事を心底ありがたいと思った。何やかんやで気の短いカグヤは速攻で携帯電話を叩き壊すであろう。
 怖いと言いながら、どこか楽しそうなカグヤを眺め、土方はふと、銀時がせっせと蟹の足を折ってはカグヤの皿に載せていることに気がついた。
「……なんで三味線屋の皿に乗せんだよ」
「だって、カグヤちゃん蟹の足折るの下手だからいっつも具が足に残ってるじゃねーの。それほじってる間に蟹いっつも他のやつに食われてるからな。流石に俺も招待された鍋では気を使うよ。銀さんお気遣い紳士だよ」
 確かに銀時が折った蟹の足はつるりと身までとれているが、カグヤは先程からせっせと足をほじっている状態である。それに気が付き山崎は苦笑すると、まだありますからね、と蟹を鍋に追加した。
「はい、カグヤちゃん。あーん」
「あーん」
 銀時が差し出した蟹をぱくりと食べるカグヤを見て、土方は思わず凍りつく。
「……オイ」
「冷凍だけど美味しいわねー」
 モグモグと満足そうに口を動かすカグヤを見て、土方はちらりと山崎に視線を送る。それに対して、山崎は、え?え?と言うように困り果てた様子で室内を見回す。
「三味線屋。山崎と場所変われ」
「え?なんで?」
「いいから!」
 今まで自分の正面に座っていたカグヤを山崎の座っていた場所に移動するように促すと、彼女は不服そうに箸と取り皿を持って移動した。無論山崎にはそれを拒否する権利があるわけでもなく、苦笑しながら銀時の隣へと移動する。
「……すみませんね、旦那」
「いや、別に俺はいいんだけどさ。何?多串君もしかして妬いてんの?」
「その手紙の一件以来、ちょっと神経質になってるみたいで」
 小声でやり取りをする山崎と銀時であるが、カグヤはそれに気が付かないのか、意気揚々とまた鍋から蟹をすくい上げて、ポッキリと足を折る。そしてやはり中に残る美味しい身。
「何で上手くいかないのかしら」
 ぶつぶつと文句を言いながら、また蟹をほじる作業に戻ったカグヤを眺めながら、銀時は呆れたように土方に視線を送った。
「まぁ、気持ちは解らねぇ事ねぇけどな。シスコン兄ちゃん片付いたと思ったら、別の意味で面倒なの来ちゃってさー」
「うるせぇよ」
 わざと聞こえるように言った銀時の声に、土方は不服そうに返事をすると、蟹を一本鍋から上げて足を折る。つるりと出てきた蟹の身は湯気を上げて美味しそうである。
「ほら、交換してやるからこっち食え」
「え?いいの?」
 ぱぁっと表情を明るくしたカグヤは自分の蟹を土方の皿に乗せると、受け取った蟹を嬉しそうに口に運ぶ。その様子を見て、銀時は思わず笑った。
「良かったな、カグヤちゃん。多串君が蟹剥くの上手で」
「そうね」
 ふふっと嬉しそうにカグヤは笑う。
「高杉の野郎は逆に下手でよ。失敗する度にむっとした顔してやがったな」
 思い出して可笑しかったのか、咽喉で笑うと、銀時は盃を煽り瞳を細めた。すると、カグヤは、そうねーと脳天気な返事をしながら、手酌で自分の盃に酒を足した。
「まぁ、あんまり蟹とか一緒に食べたことないけど」
「それもそうだな。高価なもんには縁がなかったしな。食うもん無くて、俺とカグヤちゃんと魚半分ことかよくしてたしな」
 昔から貧乏生活だったと言わんばかりの二人を見て、山崎は少しだけ首を傾げて、あの……と遠慮がちに口を開く。
「旦那と先生って幼なじみって言ってましたけど、高杉より付き合い長いんですか?」
「一緒、一緒。まぁ、俺の方が親しいっちゃ親しいか?魚の取り合いとか、瓜の取り合いとか、つまんねーことよくしてた感じだけどよ」
「高杉よりキョウダイっぽいですね」
 山崎の言葉に銀時は笑うと、そーだな、と瞳を細めた。
「高杉は一個しかなけりゃ全部カグヤちゃんに渡しちまうけど、俺とカグヤちゃんはいっつも半分こだったかな。どっちがにーちゃんとか、ねーちゃんとかなかったから」
「嘘よ!私が楽しみにとってた瓜全部食べちゃった癖に!」
「いや!アレは事故だろ!名前書いてなかったし!半分はヅラが食ったし!」
 突然喧嘩をしだしたカグヤと銀時を見て、山崎は思わず笑った。その様子を黙って眺めていた土方であったが、少しだけ瞳を細めると、細く煙草の煙を吐き出した。
「瓜好きなのか?」
「え?まぁ、昔はね。この前買って食べてみたけど、なんかもうひとつでねー。何で子供の頃美味しいって思ってたのかしらね」
 土方の言葉にカグヤは不思議そうにそう返答した。それに対して、土方は少しだけ驚いたような顔をした後、俺もおんなじだ、と笑った。近藤と良く昔瓜を食べていたが、あの時は美味しいと感じていたのに、今はそうでもない。きっと楽しかった思い出と一緒だから美味しかったのだろうと。
「まぁ、思い出補正でしょうね。楽しい時に食べたモノって美味しく感じますから」
 山崎がそう言うと、カグヤは納得したように頷いて、瞳を細めた。
「お酒取ってくるわ」
 席を外したカグヤを見送って、銀時は鍋の蟹を確認して、そろそろ米投入ね!と台所のカグヤに声をかける。
「……まぁ、アレだ。心配しなくても、カグヤちゃんのこととりゃしねーよ」
「してねーよ。手前ェと三味線屋が餓鬼の頃からの付き合いなのは聞いてるし、三味線屋が手前ェ頼る所があんのも仕方ねぇだろ」
 土方の返答が意外だったのか、銀時は驚いたように顔を上げて、土方の顔を凝視する。それが居心地悪かったのか、土方はむっとしたように眉を寄せて、なんだよ、と不機嫌そうに言葉を零した。
「いやぁ、なに?どうしたの?寛大じゃね?さっきは蟹であんなに妬いてたのに」
「妬いてねぇよ!何でそうなんだよ!」
「いや、妬いてたね!明らかに妬いてましたー!だよねジミー!」
 巻き込まないで欲しいと思いながら、山崎は曖昧に笑うと、土方と銀時の表情を伺う。
「俺ができる事まで手前ェに頼るのが、気に入らねぇだけだ!」
 土方の吐いた言葉に、山崎はそうか、と納得する。付き合いの長い銀時でしかフォローできない部分は認めるが、自分でも助けられる所は助けたいと言う事なのだ。結論、やっぱり妬いてるんじゃないかと思った山崎は、盛大にため息を付いた。
「……何でそこで溜息なんだ山崎」
「いえ、そうですね。やっぱり万事屋の旦那の方に一票ということで」
「ほらね!多数決で妬いてたってことですー!」
 山崎の一票を手に入れた銀時は勝ち誇った顔で、ヒャッホウ!と喜び盃を飲み干す。それが納得行かないのか、土方はむっとした顔で、酒を舐めた。
「何?楽しそうね」
「あ、カグヤちゃん。聞いてよー。さっきの蟹の件だけどさー」
「手前ェ!黙れ!」
 米と酒を持って戻ってきたカグヤに嬉しそうに報告をする銀時を制するために、土方が声を上げると、カグヤは怪訝そうな顔をして首を傾げる。
「蟹がどうしたの?」
「何でもねぇ!」
 ふぅん、とカグヤは土方の声に返事をすると、ストンと座りもう少し鍋が減るのを待つためか、酒を盃に移した。
「蟹、もう少し頑張って食べちゃって。それから雑炊にしましょ」
 酒を飲みながらカグヤが言ったので、土方はちらりと彼女に視線を送って、まだ手前ェは食うのか?ときく。
「もう少し頑張ってほじるわぁ」
「いや、俺が割ってやるから。何で普段器用な癖に変な所で不器用なんだ手前ェ」
 そういうと、土方は蟹をすくい、足を折ってやる。先程と同じく、身は綺麗についてくる。
「あーん」
 そう言い、蟹を催促したカグヤを見て、思わず土方は赤面する。その様子をニヤニヤと眺める銀時と、露骨に目を逸した山崎に、呪われろと思わず呪詛の言葉を吐きたくなった土方は、そのまま動きを止める。
「……冗談よ。ありがと、兄さん」
 そう言って、カグヤが皿を差し出したので、土方は赤面したままポンと蟹をその皿に乗せた。
「妬くぐらいだから、やりたいのかと思って」
「!?」
 カグヤの言葉に言葉を失った土方。それとは逆に爆笑する銀時。山崎は必死に笑いを堪えているのだろうが、肩が震えていた。
「まぁ、二人っきりの時のお楽しみって事で」
「しねーよ!ぜってーしねーからな!」
 笑いながら言ったカグヤの言葉を全力否定した土方であったが、顔を真っ赤にしての否定では説得力もない。不機嫌そうに口を閉じると、気まずそうに視線を逸らしてボソリと呟く。
「……それに妬いてねーし」
「はいはい」
 可笑しそうに笑ったカグヤは、蟹、もう一つくれる?と首を傾げて土方に催促した。


手紙内容をオオアザさんと死ぬ気で頑張って考えました。
20120115 ハスマキ

 

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