*何も準備してねぇんだ*
キャバクラで大騒ぎする松平を眺めながら、土方はちびちびと酒を舐める。突然屯所に来たかと思えば、隊士を引き連れてキャバクラへの流れにうんざりしながら、土方は他の隊士も見回した。近藤は留守番をすると上手く逃げ、逆に土方はキャバ嬢の受けがいいと無理矢理松平に連れていかれた形となる。
適当に付き合ったら帰ろうと、様子を見ている土方であったが、キャバ嬢がひっきりなしに話しかけてくるので、心底面倒臭そうに対応する。元々キャバクラは好きではないのが露骨に顔に出ているに気が付き、松平は口を尖らせて不平を言う。
「おねーちゃんが話しかけてくれてんだ。愛想よくしろよ」
「間に合ってる」
無愛想にそう返事をすると、土方はまた店の中にぼんやりと視線を送った。私服とは言え、松平などは有名であるのもあって、他の客は面倒事に巻き込まれるのは御免だと言わんばかりに減っていき、一種の営業妨害ではないかと心配になるが、松平は上客に扱われているのか店員の愛想はいい。
そんな中、居残った数少ない客のテーブルがにわかに騒がしくなり、土方はそちらに注意を払った。
「だから、お尻触らないでください」
「あっはっは!減るもんじゃあるまいし。というか、結婚してくれ」
手をキャバ嬢に捻り上げられている客を見て、土方は思わず火を付けたばかりの煙草を取り落としそうになる。赤コートにサングラス。そして独特の笑い方。思わず渋い顔をした土方は、その男に視線を送り、小さく舌打ちをした。
「いい加減にしてください。厭です」
「そんな所も好きじゃぁ!」
ガバッと抱きつこうとするが、キャバ嬢は満面の笑みを浮かべたまま素早く避け、男……坂本はソファーにダイブした。
「なんだぁ?躾のなってねぇ客だなぁ」
松平の言葉に、アンタが言うなと心のなかで呟きながら、土方は立ち上がり坂本の方へ歩み寄った。
「……よぉ」
「お!多串君じゃ!久しぶりじゃの」
頭の上から降ってきた声に坂本は反応すると、盛大に名前を間違えて挨拶をする。それに土方は少し眉間にシワを寄せたが、ちらりとキャバ嬢の方へ視線を送った。いつもお妙と一緒にいるキャバ嬢だが、名前は忘れてしまった。
「この客、ちょっと借りていいか?」
「はい、どうぞどうぞ!どこぞに捨ててきてください」
「えぇ?酷いのぅ」
満面の笑みを浮かべてキャバ嬢が言ったので、土方は少しだけ笑うと、坂本を立たせてズルズルと引っ張ってゆく。
「折角地球に帰って来たが、もう少しお姉ちゃんと……」
「うるせェよ。またあのキッツい副官に怒られんぞ」
土方がそう言うと、あっ、と思い出したように坂本は声を上げて土方に向き合った。
「丁度良かった。カグヤの家知っとる?行こうと思っとったが、迷ってのぅ。そんでキャバクラで休憩しとったんじゃ」
「休憩っていうか、全力で楽しんでたろ!絶対忘れてたろ!」
思わず土方がそう突っ込むと、坂本は、あっはっは!と笑って、財布を出すと勘定を済ませた。誤魔化したのだろうか、とイライラした様子で土方が眉間にシワを寄せると、坂本は、そんじゃ行こうかのぅ、とのんびりと店を出た。
「所で連れは良かったんか?」
「元々無理矢理連れてこられたんだ」
結局カグヤの家迄連れて行く羽目になった土方は不服そうにそう言うと、煙草の煙を吐き出した。それを眺めながら、坂本は僅かに瞳を細めた。
「……カグヤ、髪切ったらしいの」
「情報はえーな。って言っても、切ったのは大分前だけどな」
「漸くカグヤもどこにでも行けるようになったのぅ」
その言葉に土方は思わず眉間にシワを寄せた。髪を切ったカグヤが宇宙に行きたいと言えば連れて行くと言っていたのは、いつだっただろうか。一生そんな日は来ないかもしれないとカグヤも、坂本も言っていたが、結局カグヤは高杉の檻を出た。高杉が望むからと伸ばしていた髪。それは彼女が高杉を見捨てられなかった証だったのだろう。
「別に高杉を三味線屋が捨てた訳じゃねぇんだけどよ。高杉が三味線屋を自由にした」
「……まぁ、そうなるんじゃろな。カグヤは優しいからのぅ。高杉置いてはいけんじゃろ」
納得したように頷く坂本が不快で、土方は視線を逸らすと、つまらなさそうに口を開く。
「つーか、三味線屋の家位覚えとけよ。アイツ何年もあそこ住んでんだろ?」
「あっはっは!なんやかんやで、年に一回会えればええ方じゃからのぅ。大概カグヤがターミナルまで来てくれるが」
あぁ、カグヤが甘やかしてるんだな、と納得して土方は呆れたような顔をする。誰に対しても甘いし、駄目な所はフォローしてやるのが彼女である。恐らく坂本が迷うだろうと、いつもターミナルまで出迎えているのだろう。そう考えると、今日の坂本の帰還は予定外の事なのかもしれない。
「三味線屋に戻るって言ったのか?」
「いや。サプラーイズ!」
ガバッと大げさに両手を上げてバンザイした坂本を見て、土方は言葉を失った。サプライズといえば、サプライズなのかもしれないが、相手の迷惑や都合などお構いなしではないか。そう思いながら、土方は漸くたどり着いたカグヤの家の勝手口に視線を送って口を開く。
「電気点いてっから起きてんだろ」
「そうじゃな」
一応時間も時間だし、チャイムを鳴らしたほうがいいかと土方が悩んでいる間に、坂本は勢い良く勝手口を開けて、サプラーイズ!と叫びまた万歳をする。
「おやまぁ、辰さん。久しぶりじゃないのさ。言ってくれりゃぁ迎えにいったのに」
「サプラーイズじゃ!」
流行ってんのかそれ、と呆れ顔の土方をに気がつき、カグヤは少しだけ驚いたような顔をする。
「珍しい組み合わせしゃないの」
「……家わからねぇから連れてけって言われた」
「キャバクラで偶然会ってのぅ」
「お楽しみの所悪かったわね兄さん」
キャバクラの下りで、土方がバツの悪そうな顔をしたので、カグヤは笑いながらそう言うと、はいんなさい、と二人を招き入れた。
家の中は片付いており、卓には何も乗っていない。それに対して意外そうな顔をしたのは土方であった。てっきり家飲みをしているのだと思ったのだ。
「寝る所だったのか?」
「お風呂に入ろうと思ってさ」
土方の言葉にカグヤは咽喉で笑うと、台所から酒と盃をを持ってきて卓に並べる。一方坂本は満面の笑みを浮かべてカグヤの方を眺めていた。
「どうしたのさ。ご機嫌じゃないの」
「今日はこれ持ってきたんじゃ」
そういうと、坂本は卓に小さな箱を乗せる。
「ハッピーバースディカグヤ!」
その言葉に土方はぎょっとしたような顔をし、カグヤは苦笑する。
「ありがと。別に気にしなくていいのに」
「おんしが喜びそうなもん見つけたが」
カグヤに箱を開けるように促すと、彼女は笑いながら包装を解いてゆく。中から出てきたのは硝子の盃で、カグヤはそれを眺めて笑った。
「あら、切子じゃないのさ」
「他の星で見かけたが。この星の技術も捨てたもんじゃないき。手間暇かかった商品はよぅ売れるし、人気もある」
己の故郷を誇るように坂本が言ったので、カグヤは嬉しそうに笑うと、そうね、と頷いた。科学力は圧倒的に天人に劣るが、勝てるものもある。それを再認識したのが何だか嬉しく、カグヤは、早速その盃に酒を満たした。
「そんじゃま、ありがと。辰さんも、兄さんもお疲れ様って事で」
カグヤの言葉に三人は盃を合わせると、満たされた酒を一気に飲み干した。
「そうじゃ、カグヤ。髪も切ったし、わしと宇宙行くか?」
暫くはぐだぐだと飲んでいたのがだ、坂本が突然そう言い出して、土方は思わず煙草の煙を細く吐き出した。何か言葉を発しようとしたが、上手く考えがまとまらず、結局土方は沈黙したままであった。それを気にした様子もなく、カグヤは笑いながら返答する。
「今はやめとくわ。地上もまだ見てないとこ多いし、まだやりたい事あるし」
「残念じゃのぅ」
「宇宙は辰さんがこうやって面白い土産話いつも持って帰ってきてくれるから十分よ。ありがと」
咽喉で笑ったカグヤを見て、坂本はあっはっは!と笑うが、その後チラリと土方に視線を送る。不機嫌そうな顔は会った時から変わらないが、どことなく表情が緩まった気がしたのだ。桂から少しだけ話は聞いていたし、高杉の所からカグヤを連れ出したのはこの男だと坂本は知っていた。だから、あっちへふらふら、こっちへふらふらとしやすいカグヤと、堅物そうなこの男が上手くやっているのか、少し試してみたのだ。
「まぁ、地上が飽きたらこっちから言うわ」
「一生そんな日は来ねぇよ」
カグヤの言葉にぼそっと土方が言葉を添えたので、坂本は驚いたような顔をする。
「あっはっは!多串君もこういっちょる。カグヤは大人しく地上で待っとけばいいが!ふらふらするのはわしもカグヤもおんなじじゃき、陸奥の苦労が増えて叱られる」
「あぁ、陸っちゃんに怒られるのは勘弁して欲しいわぁ」
笑いながらカグヤが返答したので、土方は瞳を細めて盃の酒を舐めた。昔ながらの仲間の中に入れられるのは思いの外疎外感があったが、それでもカグヤがちゃんと自分を選んでくれている事が気恥ずかしく、土方は結局それ以上言葉は発することが出来なかった。
カグヤが風呂に入ると席を外した後、土方は居心地の悪さを感じながら、坂本と一緒に酒を飲み続けた。常に陽気な様子で掴みどころがなく、どうしても苦手なのだ。そして、どこか、カグヤと攘夷戦争の頃の仲間であることが引っかかっていた。
余りその頃の話をしないカグヤ。その時間を共有する数少ない仲間。無論土方とて全部カグヤに話をしている訳ではない。けれど、誕生日すら知らなかった自分に対してどこか恥じる気持ちがあって、土方は口数が自然と少なくなる。
「……俺はあんまアイツの事知らねぇんだ」
「まぁ、そうじゃろ。カグヤは自分の事話すより、人の話聞くのが好きじゃからのぅ」
手酌で酒を足しながら坂本は返事をする。
「あんま変わらんと思うがの。ヅラや金時から聞いた子供の頃のカグヤもあんなもんじゃし。寧ろわしは、高杉が傍にいないカグヤを知らん」
「……」
「だから、今、こうやって高杉がいない中元気にやってるカグヤはちょっと想像出来んかった。良くて共倒れかと思ってたからのぅ」
「物騒な事言うなよ」
呆れたように土方が言うが、坂本は呑気に笑って瞳を細めた。
「けど、それがきっと多串君の強みだったんじゃろ。絶対に高杉がカグヤを手放すのは無理じゃって誰もが思ってた。そんな中、おんしだけが、諦めなかった」
子供の頃から幼馴染だと聞いてはいたが、結局それを土方は見てきた訳ではない。桂も、銀時も、坂本も、あの高杉の溺愛を見て、心のどこかで諦めていたのだ。けれど、それを見ていない土方だけが諦めなかった。その差なのだという。
「カグヤをよろしく頼む」
深々と頭を下げた坂本を見て、土方は目を丸くする。
「……頼まれなくっても一緒にいるつもりだよ。虎視眈々と高杉の野郎が出戻り狙ってやがるからな」
土方の吐き出した言葉に、坂本は思わず吹き出した。
部屋に三味線の音が響き、土方は畳に転がる坂本に視線を落とすと、煙草の煙を吐き出す。大分飲んだが、まだ眠くはない。カグヤの方へ視線を送ると、彼女は上機嫌に三味線を奏でていた。
「……あのよ」
「なぁに?」
土方の声にカグヤが手を止めると、彼は少しバツの悪そうな顔をして言葉を零す。
「そのだな。誕生日知らなくてな。何も準備してねぇんだ」
その言葉にカグヤは驚いたような顔をしたが、すぐに笑い出した。
「今日じゃないわよ」
「は?」
「だから、私の誕生日今日じゃないの」
「……いやいや!こいつ誕生日プレゼント持ってきたじゃねぇかよ!」
訳が分からないと言うように土方が声を上げると、カグヤは困ったように笑った。
「ほら、辰さんって宇宙飛び回ってるからいつ戻るか分からないじゃない?だから、私の誕生日の前後半年は常時プレゼント募集してるからいつでもイイって言ってあんのよ。辰さんのお土産は基本的に全部誕生日プレゼント勘定なのよ」
「前後半年って通年じゃねぇかよ!マジかよ!」
申し訳ない気分で一杯だった土方であるが、いい加減な坂本とカグヤの条約に思わず非難の声を上げる。その様子を見て、カグヤは笑って、だから気にしないで、と短く言う。
しかし、土方は拗ねたようにゴロンと畳に横になり、カグヤに背を向けたので、彼女は傍に寄って行き土方の髪を撫でた。
「気にしてた?ごめんね」
「別に……まぁ、宇宙にいるんじゃ仕方ねぇし……」
ごにょごにょと言う土方を見下ろして、カグヤは瞳を細めた。
「辰さんね、いつもお酒持ってきてくれてたの」
その言葉に、土方は、少しだけ驚いたが、よく考えればカグヤがカタチに残るものを好まない事を坂本も承知していたのだろう。でも、今回は盃であった。それはもしかしたら、高杉の傍にいないカグヤへの、新しい誕生日を祝ったものなのかもしれない。彼女が地上に残ると言ったとき、坂本は残念そうな顔は少しもせずに、寧ろ嬉しそうだった。
「……俺もカタチに残るもん、手前ェに贈ってもいいか?」
「くれるなら、大事にするわ」
己の髪を撫でるカグヤの体温が心地よくて、土方はだんだんと微睡んでゆく。
お互いに出会った頃から少しずつ変わってきてるのかもしれない。そして、どこに行くのだろうか。そんなことを考えながら、土方は心地よい睡魔の糸に絡み取られていった。
結局誕生日いつか分からない土方
20111001 ハスマキ