*勝手に直しといた*

 屯所の監察室で仕事をしていた山崎は、突如鳴り出した携帯に視線を落とし、怪訝そうな顔をした。ディスプレイに表示されるのはカグヤの名前であるが、基本的に仕事中と思われる時間に電話をしてくる事が少ないので、不思議に思い電話に出る。
 どうしました?と声をかける前に、カグヤから放たれた言葉に、山崎は反射的にいつも使っている女声で返事をする。
「菊ちゃん?」
「はい。どうかされましたか?」
 君菊という名で座敷に上がる山崎は、変装をしている時は声色を作っている。いつもなら、ザキさんと呼ばれる所、君菊の方の名を呼ばれたので思わず眉間に皺を寄せた。
「うん。今日の約束だけどね、悪いんだけど全さんと二人で行ってもらえる?急用できちゃって」
「はぁ、それは構いませんけど……。日にちずらします?」
「それは先方に悪いし、二人でお願い。私が行けないのに関しては、後でこっちからお詫びに行くから」
「分かりました。それじゃぁ、旦那と行ってきますね、先生」
「うん。それじゃ」
 そう言われ切られた電話を眺め、山崎は立ち上がると土方のいる部屋へ早足で向かった。
 勢い良く部屋の障子が開け放たれ、土方は怪訝そうな顔で山崎を見上げると、どうした?と煙草の煙を吐き出した。
「先生から電話あったんですけど」
「それで?」
 先程の会話をそのまま伝えた山崎に、土方は不思議そうな顔をすると、じゃぁ二人で行ってくりゃいいじゃねぇか、と短く言う。すると、山崎は重々しく口を開いた。
「約束なんかないんですよ」
「はぁ?」
「約束なんかしてないんです。ちょっと大家の旦那に連絡入れてきます」
 そういうと部屋を出ようとする山崎を、驚いたように土方は引き止めた。
「約束はねぇって。三味線屋の勘違いじゃねぇのかよ」
「俺と大家の旦那が一緒に行ってどうこうする約束自体がありえないって言ってるんです」
 そう言われ、漸く土方はおかしいと気がつく。あくまでカグヤを通じて知り合いである山崎と、御庭番衆の男。君菊の仕事に関しても、関わり合いはないし、真選組や山崎個人としてはなおさら接点はない。ただ、お互いに顔見知りで、カグヤを介して時折会う程度である。
「……連絡先わかるのか?」
「直接は。けど、万事屋の旦那なら知ってるかもしれませんし……」
 そう言いかけて、山崎ははたっと、庭に視線を移した。釣られて土方がそちらに視線を送ると、そこにはまだ残暑も厳しいというのに、青いコートを着込んだ男が立っており、その顔を見て土方は思わず舌打ちをした。
「もう少し侵入に警戒したほうがいいんじゃね?鬼兵隊のほうがましだ」
「煩ェ」
「そんでもって、君菊ちゃんにお土産」
 短く言った土方の反応を無視すると、全蔵は口元を歪めて、足元に転がらせた男達に蹴りを入れる。しっかり縛られて芋虫の様になっている。ぐったりしていて動かないが、気を失っているだけのようだ。それを確認した山崎は、全蔵を見上げて、言葉を零す。
「旦那……」
「姫さん攫われたかもしんねぇ」
 その言葉に土方はさぁっと血の気が引くのを自覚した。

 

「他は変な約束ねぇだろうな」
「ないわよ」
 己の耳元から離された携帯を眺めて、カグヤは不満そうに声を零した。
「ちょっと待て、こっちも店に電話させろ。無断欠勤にされてクビになったらかなわん!」
 そう主張したカグヤの隣に座る女に視線を送り、男は小さく舌打ちをする。
「一回ぐらい大丈夫だろ。っていうか、立場解ってんのか姉ちゃん」
「カグヤと一緒に拐かされたのだろう。それぐらいは解る。莫迦にしているのか?」
「解ってるのにクビの心配かよ」
「おい、そろそろつくぞ」
 運転手の男の言葉に、男は、諦めな、と短く言い、カグヤの携帯を懐にしまう。それを眺めてカグヤはため息を零すと、申し訳なさそうに詫びた。
「ごめんね。クビにされそうになったら私も謝りに行くから」
「……お前のせいではあるまい」
 女……桂はそう言うと、忌々しそうに男達に視線を送った。
 事の発端は、カグヤが着物を譲ってくれると言うので、桂がカグヤの家へ出掛けたことからであった。流石にお尋ね者の格好で出入りするのは如何なものかと、夕方のバイトに合わせてヅラ子の格好で訪れたのだ。
 その後、一緒に食事をと言う話になり、外に出掛けた所をこの男達に拉致された。普段であれば刀もあったが、ヅラ子の格好では刀もないし、カグヤを置いて逃げるわけにも行かず、逆に自分も連れていけとヅラ子として一緒に車に乗り込んだのだ。狙われたのが自分であればどんなに良かったか、そう思いながら桂はカグヤの表情を伺った。
 連れて来られたのは恐らく倉庫として使われていたであろう建物で、その奥に二人は連行された。
 しっかりと腕を縛られ、身動きが取れないまま座らされた二人は、ここまで連れてきた男達に声を掛けた。
「目的は何だ」
 桂の声に男は眉を少しだけ上げると、咽喉で笑い、二人の顔を覗き込んだ。
「人質ってところだ」

 

「どういう事だ」
「言葉のまんま。姫さん友達と行方不明になっちまったんだよ」
 全蔵の話によると、たまたまカグヤの友達の務めている職場に配達に行った所、無断欠勤となっていると騒ぎになっていたという。カグヤと会う約束をしていたのを知っていた全蔵は、その足でカグヤの家に行ったが、そこで見つけたのが先ほどの男達であったのだ。
「……その友達ってのか手引きしたって可能性は?」
「まぁ、ねぇだろうな。昔っからの友達だって言ってたし、かぶき町の西郷の店の人間だ」
 その言葉に山崎は、あぁ、と声を上げた。
「ヅラ子さん?」
「そうそう」
「知ってんのか?」
 土方の言葉に山崎は頷いた。以前西郷の店は攘夷浪士が出入りしていると言う話があり、一度調べに入ったのだ。しかし、西郷の所は殆どが攘夷戦争が終わり、成すべき事を見失った人間を西郷が面倒を見ていると言う状態で、攘夷活動などは皆無、今後は基本的に放置という方針が打ち出されたのだ。四天王が牛耳るかぶき町自体の自治が強いというのもあって、山崎もそれ以上は調べていなかった。以前一度だけカグヤの家の間ですれ違った事があったヅラ子は、西郷の店で働いているので着物を何着か譲った、とカグヤがその時言っていたのを山崎は思い出したのだ。
「それじゃぁ、ヅラ子さんも一緒にという可能性も……」
「まぁ、妥当だろうな。ちょっと締め上げたら、アイツら自分が攘夷浪士だって事は吐いたんだけどよ」
 ちらりと全蔵が視線を落とした男達はまだ気絶したまま転がっている。
「……アイツ攫うメリットなんざぁねぇだろ」
 土方が煙草の煙を吐き出しながらそう言うと、全蔵は、瞳を細めて笑った。
「そうでもないさ。鬼兵隊高杉の愛妾で、狂乱の貴公子桂や、万事屋銀時の幼馴染。挙句の果てに宇宙をまたにかける快援隊とも懇意にしてる。極めつけは鬼の副長の惟一のアキレス腱ってこった。どいつもこいつも、あっちこっちで恨み買ってると思うけどね、俺は」
「それ言ったら、旦那だって恨み買ってるんじゃないですか?」
「違いねぇ。まぁ、君菊ちゃん位じゃね?恨み買ってないの」
 可笑しそうに全蔵は咽喉で笑うが、土方は不機嫌そうに眉間にシワを寄せて煙草の煙を吐き出した。その様子を見て全蔵は口元を歪める。
「どれだと思う?」
「……まぁ、妥当に考えりゃ俺だな。三味線屋の家を監視してたのが攘夷浪士ってなら、一番可能性がたけェだろ」
 ゴロツキなら万事屋か快援隊かもしれないが、高杉や桂の線であれば、攘夷浪士は逆にカグヤは狙わない気がした。両方共過激派と保守派の筆頭で力が大きすぎる。交渉の余地なく叩き潰されるのがオチだ。ならば消去法で自分であろう。そう土方は考え、面白くなさそうに煙草をもみ消した。
「だったら向こうから接触あんだろ」
「そんじゃ、俺そろそろ行くわ」
「え?どこに行くんですか!?」
「姫さん探しに。もう少し遅い時間のほうが探しやすいんだけど、そうも言ってられねぇし」
 立ち上がった全蔵があっさりとそう言ったので、山崎は驚いたように瞳を見開いた。
「……一応聞いておくけど、もしも姫さん人質に呼び出されたら、副長さん行くの?」
 全蔵の言葉に、山崎は思わず土方の顔を凝視した。どんな返答を返すのだろうか。
「行くに決まってんだろ」
 ほっとしたような、それでいて、複雑な顔をした山崎は、いつの間にかいなくなった全蔵の残した攘夷浪士から情報を吐かすためにその場を離れた。
 誰もいなくなった部屋で、土方は新しい煙草に火をつけると、小さく舌打ちをして、少しだけ薄暗くなった空に視線を送った。
「遅かれ早かれ、こうなるよな」
 己が彼女の家に出入りしているのは調べれば直ぐ解る。今まで狙われなかった事のほうが奇跡なのだ。

 

 暫くは二人だけで放置されていたのだが、扉が開き、一人の男が入ってきた。
「悪いねちょっと写真取らせてもらう」
「はぁ?」
 そう桂が声を上げると同時に、携帯のカメラが音を立ててフラッシュを放った。
「ちょっと待て!どこに送るんだ!」
「あんたらが人質だって証拠にな」
「どうせ撮るならもう少し良い角度にしろ!ほら、少し斜めの方からだな!」
 桂の言葉に男は呆れたような顔をしたが、桂ではなくカグヤの方へ視線を送り、口を開いた。
「ところで姉ちゃん。真選組の副長のアドレス見当たらねぇんだけど。アンタ三味線屋・迦具夜姫で間違いねぇよな」
 その言葉に、カグヤは、そうよ、と短く返事をすると、アドレスちゃんと入ってるとだけ言葉を放った。
「ハ行に名前登録ねぇじゃん」
 再度アドレス帳を探しているのか、カグヤの携帯を操作する男を見上げて、桂は声を上げた。
「カグヤ、お前アイツは多串君で登録してるんじゃないか?」
「あー。そういえばそうだったかも」
「多串君?なんでそんな名前で登録してんだよ」
 一応多串という名前を見つけたのか、不審そうに男はカグヤの方に視線を落とす。するとカグヤは、不服そうに言葉を零した。
「だってそう呼んでるし」
「別人の所に送られるんじゃないだろうな」
「信用出来ないんだったら屯所に投げ文でもなんでもすりゃいいじゃないのさ。なんで携帯の登録名でアレコレ指図されなきゃなんないのよ」
 そう言われ、一瞬投げ文も検討したが、多串君と登録されたアドレス自体に、ローマ字で土方と言う文字列があったので、恐らく彼女たちの言うとおりなのだろうと、一応そこに送ってみることにした。人を屯所に派遣して捕まるリスクを恐れたのだ。
 直ぐに返信があり、男は口端を上げて笑った。
「よし!お前ら、30分後に予定通り進める!ぬかるな!」
 その言葉にカグヤは小さく舌打ちをし、口を開いた。
「30分後に私たちも移動?」
「……暴れられて奪回されても厄介だからな。ここで大人しくしてな。おかしな真似しやがったら、そっちの姉ちゃんもろとも土方と消えてもらう」
 どうせ無事に帰すつもりもないくせに、そう心のなかでつぶやくと、あっそ、と短く返答をし、カグヤは壁に凭れかかった。
「そんじゃ、そっちの用事が終わるまで寝てるわ」
「好きにしてろ。おい。見張りは怠るなよ」
 男は部下であろう二人に命じると、さっさと部屋を出ていった。その後部下たちは、二言三言話をした後、部屋を出て施錠をする。薄暗い明かりの中、桂はカグヤの顔を覗き込み口を開いた。
「来るのか、土方は」
「来るんじゃないの?攘夷浪士捕縛のチャンスだし」
 その言葉に桂は眉間にシワを寄せて、小声で呟く。
「人質より優先すべきことか」
「まぁ、人質が一般市民ならともかく私じゃねぇ。この紐、引っ張れる?」
 気のない返事をしたカグヤに桂は驚いたような顔をしたが、直ぐにカグヤの言う紐を探す。どうやら首に何かをぶら下げているような、細い紐がかかっている。
「口で引っ張っても構わんか?」
「いいわよ」
 そう言われ桂はカグヤの首元に口を持って行くと、紐を歯で挟み引っ張っていく。首飾りかと思ったら、先には細い筒のようなものがついており、脱出に使えそうにはない。落胆した桂の顔を見て、カグヤは咽喉で笑うと、ほら、端っこくわえて、と急かした。
 言われるがまま筒をくわえ、桂がカグヤの方を見ると、彼女は、とりあえず吹いてみてと言う。音など出したら奴らに咎められるのではないかとも思ったが、ここはカグヤに従うことにした。しかし、息を吹き込めども音は出ず、桂は困惑したような顔をし、カグヤを見上げた。
「音が出ん」
「大丈夫。次は私の言った通りの長さで吹いてね」
 何かの合図なのかもしれないと思い、桂は言われた長さで何度か息を吹き込む。その間カグヤは、腕に巻かれた縄を緩め、大きく息を吐き出した。
「ありがと。ヅラッチも縄抜けしといて。手伝おうか?」
「莫迦にするな。お前より得意だ」
 縛られた段階で既に縄を緩める仕掛けはしていた桂は、カグヤの顔を見て大真面目にそう答えた。縄抜けは攘夷戦争の時に一応覚えたものであるが、意外と役に立つ。既にカグヤはかなり縄を緩めており、入り口からは見えないように隠す。そもそも見張りも扉の向こうであるし、扉に小窓もついていないのでそうそうバレることはないだろう。
「……難儀なものだな。高杉の檻から出たと思ったら、また厄介な男に入れ込む」
「晋兄のところから出たって誰に聞いたの?」
「奴とは敵対してるからな。逐一情報は入る。しかし、女を人質にするとは攘夷浪士の風上にも置けないなアイツら」
 吐き捨てるように言う桂を見て、カグヤは困ったように笑った。
「時代が変わったんでしょ。古参の人間だったら私にちょっかいかけようなんて思わないだろうし、新規組なんじゃない?」
 その言葉に桂は頷くことで同意した。古参の攘夷浪士ならば、カグヤが攘夷戦争に参加していたことも、高杉が溺愛していたことも知っているからまず手を出さない。攘夷活動も名ばかりで、職にあぶれた浪人が攘夷浪士と名乗る事を日々苦々しく思っていた桂は、縄を緩めながら小さく呟く。
「この辺りで少し攘夷浪士も引き締めたほうがいいな」

 

 カグヤの携帯電話からメールが来た時には、土方は既に車に乗り込んでおり、外の山崎に声をかける。
「30分後に一人で来いだとよ」
 そう言い携帯画面を見せる。添付されている写真を眺め、山崎は眉間に皺を寄せると、友達の方は大丈夫ですかね?と少しだけ心配したように言う。
「……なんとでもなんだろ。ちょっと行ってくるわ」
「本当に行くんですか?」
 不満そうな山崎の顔を見て、土方は僅かに眉を寄せたが、黙って頷いた。
「そんじゃ、後は任せた」
 その後沈黙は暫し続いたが、土方がそう短くいい窓を閉めたので、仕方なく山崎は彼を見送ることにした。30分という時間指定は絶妙で、思わず山崎は舌打ちをする。屯所から指定された場所までギリギリであるし、恐らく相手は土方に考える時間も、準備する時間を与える気がないという事だ。
「莫迦な奴ら」
 そう呟くと、山崎は踵を返して屯所へ引き返していった。

 20人程度の人間が待ち受ける倉庫に足を踏み入れた土方は、思っていたより大所帯だと思わず苦笑した。
「……時間通りだな」
 攘夷浪士に言葉に、土方は煙草に火をつけると、三味線屋は?と短く聞く。すると男は笑い口を開いた。
「煩いお友達と奥にいる。奪還されて逃げられても厄介だからな。連れて来てない」
 その言葉に土方は眉間に皺を寄せると、呆れたような顔をした。
「帰る」
「なんだと!」
「本当に人質がいるか解らねぇのに話しても意味ねぇだろーが。最近はメールアドレスも簡単に偽造出来るみてぇだしな」
 土方の言葉に攘夷浪士は少し狼狽えた様子を見せたが、懐から携帯電話を取り出し、それを土方に投げて寄越した。手に収まった携帯電話を開き、土方はそれの中身を確認する。
「お前の女の携帯だ」
「そうみてぇだな。中身なんざぁ見たことねぇけど」
 登録されているアドレス帳を眺めながら、土方は僅かに眉を寄せると、思わず小さく舌打ちをした。【多串君】と登録された名前を見つけたのだ。こんな莫迦な登録名を使うのはカグヤしかおらず、とりあえずは本物であることは確認できた。ついでに開いた写真フォルダには、先程自分の携帯に送られた写真と、他二枚。それを目を細めて眺めた土方は、携帯を閉じて攘夷浪士に向き合った。
「で、呼び出してどうしようってんだ?」
「まぁ、解るよな?」
 土方の言葉に、ニヤニヤと笑いを浮かべた攘夷浪士。それを見て、土方は小さくため息をつくと、腰の刀を鞘ごと引きぬく。それを床にほうり投げるのを、今か今かと待つ攘夷浪士で有るが、その時不意に鳴り出した土方自身の携帯に顔を顰めた。
「あ、悪ぃ」
「お前!普通切っとくだろ!」
「電話にでていいか?」
「許すわけねぇだろ!莫迦か!」
 その言葉に土方は口端を歪めると、仕方ねぇか、と呟いて、刀を大きく振った。
「御用改めだ!」
「!?」
 土方の上げた言葉と同時に、倉庫の入り口が開け放たれて真選組隊士が雪崩込んで来る。完全に不意をつかれた攘夷浪士達は、慌てて刀を構えて応戦をするが、勢いに乗った真選組に次々と捕縛される。
「人質がどうなってもいいのか!?」
「……人質?あぁ、そんなもんとって俺が怖気付くと思ったのか?ナメられたもんなだな」
 リーダー格であった男が上げた声に、土方は口元を歪めてそう答えると、刀で斬りつける。辛うじて避けた男は、声を張り上げて、女を殺せ!と部下に命じた。
 しかしそれに動じること無く、土方が斬りかかってくるので、男は刀を受けながら口元を震わせた。
「自分の女見捨てやがったのか……」
「アレは俺のもんじゃねぇよ」
 そう言い放つと、土方は男の腹を蹴り上げ、面白くなさそにうに言葉を続けた。
「アイツは誰のモンでもねぇ」

「10名前後逃げ出したようです。今捕縛したメンツとリスト照らし合わせて、検問用のリスト作らせてます」
 隊士にそう言われ、土方は小さく頷くと、煙草に火を付けた。床に転がる攘夷浪士を不機嫌そうに蹴り上げると、土方は、煙を細く吐き出し、ここで捕まっとけばいいものを、と思わず零した。
「……人質に取られた自分の女見捨てるとか正気か?」
 呻くように呟いた攘夷浪士の言葉に、隊士は怪訝そうな顔をした。
「副長の?」
 その反応に、ここに居る真選組隊士は人質の存在を知らされてなかったと言うことに気が付き、攘夷浪士は思わず土方を見上げた。すると、土方は憮然とした態度で、煙草の火をもみ消し、言葉を零す。
「どこにもいねぇよ、そんな女。それよか、こっちの準備整うまで無駄話に付き合ってくれたことには礼を言っとく」
 口端を上げて笑った土方を見上げ、攘夷浪士は悔しそうにうつむいた。あの電話は取る必要などなかったのだ。ただ、準備が整った事を土方へ知らせる為の合図に過ぎない。そして、人質など存在しないと言い切って隊士を投入した。
 全くの無意味だったのだ。その上、己の仲間は半数以上捕縛されてしまった。そう悟った攘夷浪士は、鬼め……、と恨めしそうに言葉を零した。

 

「解せん!カグヤが人質だと言うのに、無視をして御用改めだと!」
 ぶつぶつと文句を言う桂を眺めながら、カグヤは思わず苦笑した。
「まぁいいじゃないのさ。助かったんだし。全さん、ありがと」
「いや、ちゃんと合図送ってくれて助かった。思ったより時間なかったし、君菊ちゃんとやばいかなって言ってたんだけどな。倉庫のどこに監禁されてるか解るだけでも手間省けた」
 全蔵の言葉に、桂は怪訝そうな顔をした。土方が倉庫を訪れる少し前に、全蔵はやってきて、秘密裏に二人を連れ出し、カグヤの家まで無事送り届けたのだ。合図というが、桂は己の吹いた笛が音を発さなかったのに不思議に思い、合図?と思わず零す。
「笛、吹いてくれたろ?もう少し場所離れてたらヤバかったけど、ちゃんと聞こえたから」
「音などしなかったぞ!」
「普通の人間には聞こえねェようになってんの。鳥とか犬には聞こえるけどな。そんで、暗号も決めてる」
 全蔵の言葉にカグヤは咽喉で笑って口を開いた。
「元々晋兄用の合図だったけど役に立ったわぁ。昔ね、仕事あるから早く帰りたいなぁって時に、全さん呼べるようにって貰ったの」
 成程、と思い桂は全蔵を眺める。御庭番衆の忍者を飼っているとは聞いていたが、この男ならば高杉の所からも連れ出せるだろうと納得たが、それでも土方に対しての不満は収まらないのか、カグヤの出してくれた茶を飲みながら文句を続けた。
「しかし、この男が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ!」
「まぁ、そんときゃ監察でも侵入させただろ。姫さんが君菊ちゃんに電話してくれたお陰で、向こうもある程度準備できたみてぇだし」
「……カグヤも電話するなら弟子でなく、ハナからこの男にした方が良かったんじゃないか?弟子が真選組に駆け込むとも限らんだろ」
 その言葉に全蔵は少しだけ驚いたような顔をして、カグヤに耳打ちする。
「あれ?君菊ちゃんがアレって知らないの?」
「言いふらす事でもないでしょ」
 思わず笑ったカグヤであったが、それに対して、桂は笑い事ではない!と怒気を含んだ声を上げる。よほど気に入らなかったのだろう。
「まぁ、あの連絡無かったら、時間的に隊士達も揃えられなかったしな。結果オーライじゃねぇの?それに、コレでもう姫さんに手を出す輩もいなくなる」
 全蔵の言葉に桂は黙りこんだ。アレだけ大々的に捕物やれば攘夷浪士に話は広がるであろう。そして、あっさりと己の女を切り捨てた事も。そうなれば人質として値打ちがないと、カグヤを狙う人間も極端に減る。それは桂にも理解できた。けれど感情的にはやはり不快で、不満そうな顔を桂はする。
「お前はいいのか?」
「別に。私助けるために一人で乗り込んで来た方が失望するわよ。莫迦じゃないのって」
 桂の言葉にカグヤがサラっと言い放ったので、不満ではあるが、コレ以上は言うまいと桂は口を閉ざした。
「あと、この事は他言無用って事。人質いる中、真選組が押しかけたってなったら外聞悪いしな。真選組の隊士にも、人質がいることは伏せられてるし」
「……ますます不愉快な男だな土方は」
「でも、西郷さんにだけは説明していいか聞かないとね。ヅラッチ無断欠勤だし」
「そうだ!」
 思い出したように桂が声を上げたので、全蔵は苦笑して電話を取り出す。
「兄さんの電話番号解るの?」
「姫さんの携帯持ってんだろ」
 そういうと、全蔵はカグヤの携帯に電話をかける。すると一度の呼び出しで相手が出たので、小さくカグヤに頷いた。
 何やら話をしているのを横目で見ながら、桂は小声でカグヤに呟いた。
「……俺はそろそろ戻る。西郷殿の件、すまんが明日にでも一緒に謝りに行ってくれるか?」
「いいわよ。ごめんね巻き込んで」
「莫迦を言うな。お前のせいではない」
 桂の言葉にカグヤは少しだけほっとしたような顔をした。
「姫さん。アレだったら副長さんも一緒に西郷さんの所行くって言ってるけど」
「いらん!真選組と関わり合いになるのは御免だ!」
 反射的に桂が答えたので、全蔵は苦笑しながら、いらないってさ、と短くいい電話を切った。どうやら西郷に事情を話す分には構わないと言うことらしい。
「そんじゃ、ヅラ子さんとやら。家まで送る」
 その言葉に桂は不快そうに眉を潜めて、いらん、と又短く言った。
「副長さんから頼まれてんだよ。まぁ、途中まででも送ったって事にしときたいし」
 そういうと、全蔵はさっさと勝手口に向かい靴を履く。桂は仕方がないというような顔をしてその後の続いた。
「では邪魔したな」
 短くそう言って、桂は全蔵と一緒にカグヤの家を出た。
 別に送られる言われもないが仕方あるまいと、暫く歩いた所で桂は全蔵に声を掛ける。
「ここでいい」
「あっそう。まぁ、本当は俺の護衛なんかいらねぇとは思ったんだけどな。まぁ、一応ってことで」
 咽喉で笑った全蔵を見て、桂は不快そうに眉をひそめた。
「……」
「そんじゃぁな、イエロー(中辛)さん」
「気がついてたいたか」
「姫さんの事は何でも知ってんの俺」
 そういうと全蔵は咽喉で笑い、軽く手を上げて姿を消した。誰もいなくなった路地で佇み、桂は瞳を細めて空を見上げた。
「難儀な女だ」
 それでも幼い頃からの付き合いで、違う道を選んだ自分をまだ受け入れてくれる女。自分が彼女に出来ることは限られている。ならば出来ることをすればいい。そう考え、桂も闇夜にその姿をくらました。

 

 翌日。検問の手配と事後処理が大体終わった土方は、執務室で一服していた。一応寝はしたが、まだ足りない、そんな事を考えながらカグヤの携帯を開ける。
「恋人の携帯チェックして喧嘩になったって話よく聞きますよ」
「見られて困るもん入れてるほうが悪い」
 部屋に入ってきた山崎の言葉に、土方はそう答えると、面白くなさそうに煙草の煙を吐き出した。
「……吃驚するぐれぇなんにも入ってねぇ。高杉の番号もねぇし」
「高杉は専ら手紙ですよ。仕事以外の人間の電話番号少ないですし、データフォルダも殆ど空でしょ?」
 山崎の言葉に、土方は、何で知ってんだよ、短く言う。すると山崎は苦笑しながら、頼まれて2つほど画像を取り込んだ時に見たのだと返事をした。
「……お前がとり込んだのか」
「えぇ。昔の写真はその二枚しかないって言ってましたよ」
 恐らく攘夷戦争の頃の写真であろうものと、子供の頃の写真。共に高杉などの幼馴染と一緒に写っているものであった。そういえば以前カグヤが失踪した時に家をひっくり返したが、アルバムなどは見当たらなかった。本当にこの二枚しかないのかもしれない。
「先生の持ってた写真からとり込んだんですけどね。小さい頃の先生も可愛いですよね」
 寺子屋のような建物の前で、子供に囲まれているのがカグヤの先生であろう。恐らく高杉・桂・銀時であろうメンツと一緒に写っている。誰にでも子供であった時期はあるだろうが、こうやって目にして、再度カグヤにとって高杉という男は長い付き合いなのだと認識する。
「自分の写真ないのが気に入らないんですか?」
「別に。俺も三味線屋の写真持ってねぇし。つーか、アイツ写真も好きじゃねぇだろ」
 そう呟いた土方を見て、山崎は思わず笑いを堪えた。
「最近はそうでもないんですよ。この間俺も一緒にとりましたし。ほら」
 そういうと、山崎は携帯電話のデータフォルダを開けた。そこにはカグヤと君菊の格好をした山崎がポーズをとって並んでいる。
「大家の旦那が撮ってくれたんですけどね。なかなかいいでしょ」
 自慢気に言う山崎を土方は軽く睨むが、ふと、山崎の持っている紙に気が付き、それなんだ?と短く言う。
「あぁ、副長宛に手紙です」
「手紙ぃ?」
 怪訝そうな顔をして二通の手紙を土方は受け取った。共に消印がない上に、表書きに「真選組副長・土方十四郎様」とだけ書いてある。とりあえず開けてみると、両方に同じ内容の文章が綴られていた。ただ、指定している場所が違う。
「呼出状じゃねぇか」
「そうですね。隊士連れて来いって書いてありますね」
 一体何の用だろうか。そう思いながら、土方は黙って手紙に視線を落とす。わざわざ隊士を連れてという所も解せないが、時間指定もない。すると、山崎は少しだけ考えこんだ後に、口を開いた。
「こっちは高杉だと思います」
「解るのか?」
「前に高杉から手紙貰ったことありますから。先生の家でも字は見ますし、多分。もう一つは解りませんけど」
 差出人不明であるが、山崎が言うのであれば片方は高杉で確定であろう。土方は小さく舌打ちをすると、動ける隊士を集めろと山崎に言う。
「行くんですか?」
「俺は高杉の方に行く。手前ェは隊士集めたらもう一つの方に行け」
「了解しました」
 暫くなりを潜めていたというのに忙しい時に出てきやがって、そう心のなかで思った土方は煙草をもみ消した。

 

「誰かいますかー」
 指定された倉庫に藤堂の隊と訪れた山崎はへっぴり腰で扉を開けた。
「山崎、あれ」
 後ろから顔を覗かせた藤堂の声に、山崎は視線を倉庫の奥に向ける。何人かが倒れており、慌てて傍によると、気絶させられた上に、縄でしっかり縛られていた。足元にある紙を拾い上げ、山崎は声に出してそれを読み上げる。
「天誅?」
 それは攘夷戦争の頃に天人暗殺現場によく残されていた言葉であった。最近は余り見ないその時代錯誤の紙を眺めていると、藤堂は転がっている男の頬を叩きのんきに声をかける。
「おーい、生きてるか?誰にやられた?」
「げ!真選組!」
「お、生きてる生きてる。そう、真選組が回収に来てやったぜ」
 目が覚めたら真選組に取り囲まれている等悪夢以外の何物でもないであろう。露骨に狼狽えた男の表情を見て山崎は眉を寄せた。
「桂め……我等を真選組に売ったのか」
 呻くようにこぼれた言葉に、山崎は、あぁ、と声を漏らし、藤堂に声をかけた。
「すみません藤堂さん。昨日とりのがした攘夷浪士のリスト、車から取ってきて下さい」
「はいよ」
 直ぐにかけ出した藤堂をを見送った後、山崎は他の隊士に取り押さえられる攘夷浪士の数を数えた。7名。昨日取り逃がした12名のうち半数以上だ。
「山崎ー。こいつら昨日の取りこぼしだわ」
「でしょうね」
 リストに貼られている写真と見比べながら藤堂が言うと、山崎は小さくため息を付いた。
「屯所の方に連絡しとくわ」
「よろしくお願いします」
 そういうとさっさと無線を使うために車に戻った藤堂を見送り、周りに他の隊士がいないのを確認して山崎は攘夷浪士に声をかけた。
「このグループに攘夷戦争に参加した古参の人間いなかったんですか?」
 山崎の問に攘夷浪士が黙り込んだのを見て、肯定だととり山崎は更に言葉を続けた。
「攘夷だ何だ言う前に、自分の先輩の事ぐらい勉強しておいた方がいいですよ。こうなるから、今まで誰もあの人にちょっかいかけなかったんです」
 吐き捨てるように言う山崎を見て、攘夷浪士は表情を強ばらせた。
「でもまぁ、桂だったのは運はいいですかね。残りの5人は多分高杉に殺されてますし」
「な……」
「本当、楽な方へって考えるとろくな事ないですよね」
 言葉を詰まらせた攘夷浪士を見下ろし、山崎は満面の笑みを浮かべてそう言い放った。
 そんな山崎を他所に、隊士達は攘夷浪士の顔を確認しながら、連行の準備を整えていた。戻ってきた藤堂が殆ど指示を出してしまっているのでやることのない山崎は、車に戻ると、ぼんやりと手配リストに視線を滑らせる。
 多分5人は助かっていないだろう。高杉は桂ほど甘くない。カグヤを人質の取るなど許すはずもない。土方に対しも腹を立てているかもしれないと思うと、山崎は背筋が寒くなった。
 元々一人でと呼び出されたのを、隊士を引き連れていくと決めたのは土方である。山崎は別の方法を考えようと主張したが、全蔵が水面下で動いていることや、今後同じような事が起こらないようにと土方は山崎の言葉を退けた。人質として価値はない。それどころかリスクが高い。それをわざと知らしめるために土方は一人で行くことを選ばなかった。結果的には桂や高杉の粛清まで加わり、手を出す莫迦もいなくなったかもしれない。
「……まぁ、上手く行ったからいいんですけどね」
 念の為に山崎は敵のアジトにこっそり侵入したが、全蔵の仕事は予想以上に早く、それは必要のない仕事となった。他の隊士には人質がいるということは伏せていたので、己だけでと言われ気は重かったのだが、この時ばかりは全蔵に心底感謝することとなる。餅は餅屋だな。そう呟いて、山崎はもう不要となったリストを後部座席に投げ入れた。

 

 勝手口を開けた土方は、座敷で三味線を弾くカグヤの姿を確認すると、言葉を発することはせずに、勝手に上がりこみゴロンと横になった。それをちらりと横目で確認したカグヤは、少しだけ口元を緩めて、曲を最後まで弾ききる。
 訪れた無音。
 土方は少しだけ頭を上げると、カグヤに視線を送った。いつもと変わらない様子で、また三味線を弾こうとするカグヤに手を伸ばしそれを制止する。
「……跡残ってんだな」
「兄さんだって昼寝して顔についた畳の跡中々消えないでしょ。それと一緒」
 手首に残る跡を見て、土方が渋い顔をするが、カグヤは大したことではないと言うようにそう零した。すると土方は懐から携帯電話を取り出して寝転んだままカグヤに手渡す。
「本人のか確認するのに中は見た」
「別にいいわよ。たいしたもん入ってないし」
 一応詫びる土方を見て、カグヤは咽喉で笑い三味線を床に置く。受け取った携帯をそのまま卓に置くと、土方に視線を落として首を傾げた。
「寝不足?昼寝してく?」
「いや、いい。携帯届けに来ただけだ」
 そういうと、土方は己の顔を覗き込んだカグヤを見て、少しだけ視線を逸らした。
「今後もこんな事あるかもしんねぇ」
「そんなの大昔から解ってたことじゃないのさ。だから全さん雇ってるのに」
 咽喉で笑ったカグヤを見上げて、土方は、そうか、と納得したように言葉を零した。高杉の件が片付いても解雇されなかったお抱え忍者。彼女なりに自衛をしていたということであろう。実際全蔵がいなければ、人質を危険に晒す可能性のある作戦は取れなかった。
「……そんでもいいか?」
 消え入りそうな声でそういった土方を見て、カグヤは瞳を細めて笑った。
「前も言ったけど、兄さんの方が分が悪いわよ」
「……」
 沈黙した土方は、少しだけ視線を彷徨わせた後、口を開く。
「……あのよ。普通のお付き合いってのからでもいいか?」
「いいわよ。でも自慢じゃないけど普通のお付き合いなんてしたことないから、どんなのが普通かわかんないわよ」
「俺もだ」
 そういうと、土方は顔を背けて次の言葉を探した。けれど何も浮かばず、沈黙が部屋に訪れる。するとカグヤは笑いながら土方の頭を撫でた。
「ザキさんに、段取りどうこう言うなら普通のお付き合いから始めればいいんじゃないですか、って言われたの?」
「何で知ってんだよ」
 苦々しく土方が言うと、カグヤは、そんな事だろうと思った、とまた笑う。山崎にそう言われ、土方なりに色々考えて答えを出したのだろう。だったらそれでいい。そう思ったカグヤは笑いながらポンポンと軽く土方の頭を叩いた。
「そんじゃ、よろしく」
「あぁ」
 そういうと、土方はガバッと起き上がり、帰る、と短く言い勝手口に向かった。それを見送るためにカグヤが立ち上がると、土方は少しだけ困ったように笑う。
「色々悪かった。友達にもそう伝えといてくれ」
「はいはい」
 桂だと知らずにそう詫びる土方を見て、カグヤも困ったように笑った。
 土方が帰った後、カグヤは己の携帯がメールの受信を知らせる明かりに気が付き、携帯を手に取り、ディスプレイを見て思わず笑った。
「……可愛いことするわね」

『いつまで多串君で登録してんだよ。勝手に直しといた』

 よほど気に入らなかったのだろう。多串君とあった登録名は土方十四郎に直されており、それを暫く眺めた後、カグヤは返信をするために携帯のボタンの指を滑らせた。


自分だって三味線屋登録の癖に(笑)
20110901 ハスマキ

【MAINTOP】