*ウザイなこの師弟コンビ*

 暗い闇の中、視界に捉えた光景に思わず土方は腰の刀に手を伸ばした。けれどそれは放たれた声によって静止される。
「テメェはいつも一歩遅せぇ」
 口端を上げて笑う高杉に、忌々しそうな視線を向けた土方は、瞳を細めて言葉を放った。
「三味線屋を放せ」
 高杉に抱きかかえられるカグヤは、気を失っているのかピクリとも動かず、彼女の髪に頬を寄せた高杉は抱く両手に力を込めて咽喉で笑う。
「カグヤごと俺を斬ればいい」
 両手をカグヤを抱く事で塞がれている高杉を斬るのは容易い。けれど、土方はそれを躊躇った。その様子に気が付いた高杉は、また咽喉で笑った。それがどうにも気に入らない土方は、舌打ちをすると、漸く刀に手を伸ばした。
「だからテメェは駄目なんだよ。御庭番衆みてぇにコイツの命令を己が技にかけて果たす心意気もなけりゃ、愛弟子みてぇに己の全てをかけて俺に喰い付く度胸もねぇ。テメェが一番フラフラしてる癖に、カグヤのお気に入りなのがムカつく」
 ドンと大きな音がして、土方はその衝撃に体を折った。右足から滲む血が視界に入り、それは次第に広がってゆく。痛みより熱さを感じて、土方は不快そうに顔を歪めながら高杉を見据えた。
「両手はカグヤを抱く為に塞がってはいるけどよ、手足の代わりはいくらでもいるんでね」
 左足に同じ衝撃。
 膝をついた土方は、刀を支えに辛うじて地ベタを這うことだけは免れ、己を見下ろす高杉を睨み付けた。
 すると高杉は可笑しそうに表情を歪めて、カグヤを抱いたまま、土方の方へ歩き出した。
 ジリジリと近づく距離。
 刀を握る手に土方は力を込める。
 けれど高杉は、土方の刀の射程に入る前に足を止めて、カグヤの頬に、己の頬を寄せた。
「じゃぁな。冥土でカグヤの三味線でも聞いてろ」

 

 

 引き戻された意識。
「兄さん大丈夫?」
 視界に入ったのは高杉の姿でも地面でもなく、カグヤの顔で、彼女は土方の顔を覗き込むみ声を放った。
 すると土方は、反射的に手を伸ばし、彼女の体を己の方へ引き寄せた。突然の事でバランスを崩したカグヤは、抵抗らしい抵抗をする事なく土方の腕の中へダイブする。
 柔らかい髪と、染み付いた自分の煙草の匂い。
「すみません先生。空き瓶って勝手口にだして……」
 開けられた障子から顔を出した山崎は、目の前の光景に言葉を打ち切ると、そっとそのまま障子を閉める。それに気が付いた土方は、慌ててカグヤの体を放すと立ち上がり、バタバタと台所へ向かった。
 すると、山崎は酒の空き瓶を洗いながら、満面の笑顔を土方に向ける。
「おはようございます土方さん。いやぁ、昨日飲み過ぎて、俺二日酔いなんですけど、土方さんは大丈夫ですか?なんか、頭も痛いし目も霞むし、やっぱり程々が一番ですよね」
 全てにおいて仕切りなおしを決意したのであろう山崎の対応に、土方は思わず顔を赤くする。
「……寝ぼけてた」
「え?何の事ですか?」
 徹底して無視を決め込んだ山崎の対応に、土方は逆に頭を抱えた。タイミングは最悪であるし、自分がした事を考えれば、今直ぐ腹を斬りたい気分であったが、ひょっこりと座敷から顔を出したカグヤがニヤニヤしながら口を開いたので土方は思考を止めた。
「ねぼすけさん」
「手前ェ!寝ぼけて俺の首落としかけた奴が笑うな!」
「アレはちゃんと謝ったじゃないのさ」
「えらい物騒なんですね先生の寝起き」
 不服そうな顔をカグヤがするが、山崎の言葉に彼女は瞳を細めて笑った。
「そーよ。だからザキさんも起こす時は気をつけてね」
「はい」
「……」
 全力でなかった事にしたい山崎と、茶化したくて仕方ないカグヤを目の前に、土方は思わず項垂れる。
 そもそも、昨日の晩に、三人でしこたま飲んだ挙句に、土方は一番最初に潰れ、起きるのは一番最後だったのだ。先に起きた二人が片付けをしている所で、寝ぼけた己の失態に、土方は言い訳も開き直りもできずに言葉を探した。
「とりあえず座敷片付けちゃいましょ。台所は俺がやりますから」
 助け舟の様な山崎の言葉に土方は頷くと、カグヤと一緒に祭りの後宜しく、散らかり放題の座敷へ向かった。
 散らかり放題の座敷で、とりあえず自分が使っていた毛布を畳むと、土方はちらりとカグヤに視線を送った。いつもと変わらない様子で鼻歌を歌いながら卓を片付けている様子に、ほっとした土方は、自分と山崎の使った毛布を抱えて彼女の私室へ向かう。
 いつも通りきちんと整えられた私室。押入れに毛布を放り込んだ土方は、部屋に視線を巡らせた後に、瞳を細めた。
 最悪な夢見で、最悪の目覚めだった。
 夢でよかったと安堵したのも事実であるが、それ以上に、これからあの夢のような事が起こるかもしれないという不安感もあった。自分はそうなった時にどうするだろうか。そう考えると、答えを明確に出すことができずに不快感だけが増して行く。
 踵を返し、座敷に戻ると、カグヤが卓を拭いており、片付けももう殆ど終わっていた。まだ山崎は台所で作業をしているようであったが、どうにかいつも通りの座敷に戻ったらしい。
「誰と間違えたの?」
 顔を見ることなくカグヤが零した言葉に、土方は思わず言葉に詰まった。
 誰と間違えたわけでもない。そう言っていいものか判断に迷ったのだ。夢の話をするのも不快である。
「……言いたくねぇ」
「あ、もしかして例の監察の子?それとも新しくいい人が出来た?」
 新しい玩具を手に入れた子供のように嬉しそうに言葉を放つカグヤに、土方は心底呆れたような顔をした。
「俺に新しいいい人できたら手前ェどうすんだよ」
「どうするって。今迄通りに決まってんじゃないのさ。一緒にお酒飲んで、愚痴聞いて、傷口抉るの」
 最後は酷いと思いながら土方は苦笑すると、煙草を咥えて座布団に座る。じきに山崎が茶を持ってくるであろう。
「手前ェは変わらねぇんだな」
「何で私が兄さんに合わせなきゃなんないのさ」
「……それもそうだな」
 不服そうなカグヤの顔を見て、土方は困ったように笑った。するとカグヤも座布団に座り、ニヤニヤと笑うと、内緒話をするように土方に顔を寄せる。
「ザキさんには内緒にしとくからさ。どんな子?」
「いねぇよ。ちょっと夢見が悪かったんだ。手前ェと一緒だよ」
「えー。つまんないの」
 カグヤの心底残念そうな顔を見ると、土方は僅かに眉を寄せる。心にちらつく不快感が拭えない。それは夢見が悪かったせいなのか、目の前の女の発言が気に入らないのか解らず、土方は不快そうに顔を歪めた。
 その様子に気が付いたのか、カグヤは少しだけ首を傾げると、大丈夫かと声をかける。
「そんなに夢見悪かったの?」
「……最悪だった」
 不意に蘇る痛みと熱に、土方は思わず己の足に視線を落とした。無論異常など無いと頭では分かっているが、生々しく残る感覚がたまらなく不快で煙草に火をつけると、煙を細く吐き出す。
「次にいい夢見たら忘れるんじゃない?」
「ポジティブだな手前ェは。……どんな夢がいい夢だってんだよ」
「そうねぇ。私なら、ザキさんの稽古つけてるとか、兄さんと飲んでるとか、銀さんの家でグダグダしてるとか、そんな夢かしらねぇ」
「普段とやってる事と変わらねじゃねぇか」
「日常が幸せって事よ」
 瞳を細めて笑ったカグヤを見て、土方は困ったような情け無いような顔をする。余りにも彼女の幸せが、ささやかで予想外だったのだ。
「お茶入りましたよ」
 障子を開けてはいってきた山崎に視線を送ると、土方は煙草をもみ消した。
「あ、二日酔いの薬です。どうぞ」
 差し出された包に土方は視線を落とすと、悪ィと山崎に声をかける。
「先生は大丈夫ですよね」
「そーね」
 山崎は既に飲んだのであろう、土方が飲むのをじっと眺めると、口元を緩める。
「結構良く効きますよ」
「そーかよ。今度三味線屋と飲む時は分けて貰う事にする」
 流し込んだ薬が予想外に苦くて、土方は少しだけ顔を顰めると再度茶に口をつける。
 すると不意にカグヤの携帯が鳴り出した。それに応答するカグヤをぼんやり眺めていた土方であったが、電話を切ったカグヤを見て口を開く。
「出てくのか?」
「うん。修理に出した帯留め出来上がったみたいでさ。直ぐに戻るから」
 彼女が家を空けるのならば屯所に戻ろうかと思っていた土方であったが、彼女が財布を持ってそのままバタバタと出ていってしまったので、それを言う機会は失われてしまった。今迄も彼女が土方に留守番を任せて出ていってしまう事はあったので、それはそれで構わないと思ったのだが、山崎との間が今日は気不味いと思い、土方は煙草に火を付けて、当たり障りの無い話題を探した。
「それで、誰と間違えたんですか?」
 仕事の話題でもと思った矢先に、山崎がそう言葉を放ったので、土方は勢い良く煙草の煙を吐き出すと、山崎の顔を見て顔を顰める。
「手前ェ、その事は脳内抹消したんじゃねぇのか」
「全力でしようと思ったんですけど、先生が茶化したくて仕方ないみたいなんで、ここは先生の方につこうかと」
「どんだけ師匠大好きなんだよ」
「そうですね、仕事では土方さん優先ですけど、それ以外は先生優先って感じですか?」
 しれっと言い放った山崎に苦々しい表情を向けると、土方は目を逸らす。
「大丈夫ですよ。沖田さんにバラしたりしませんから。先生には喋りますけど」
 沖田に喋られるのも厄介だが、カグヤに駄々漏れも厄介だと思った土方は不機嫌そうな顔を作るが、山崎はそれを気にせずに満面の笑顔を向ける。
「っていうか、間違えて先生に抱きつくとか、思わず高杉にチクりたいって思いましたけどね」
「怖ェよ手前ェ!つーか、間違えてねぇから誰とも!」
「じゃぁ、俺がいるの忘れてたんですか?」
「……その辺りは寝ぼけてた」
 それ以外何と言えば良いのか解らない土方は、顔を逸らすとぼそっと言葉を零した。本当に寝ぼけていたとしか言いようが無いのだ。アレが夢だったと把握したのは、山崎の顔を見た時点でだったのだ。
「抱き心地は良かったですか?」
「……偉く絡むな手前ェ……」
「そりゃ、大好きな先生と自分の上司がとか、吃驚するやら腹が立つやらで、非常に複雑な心境ですよ」
 山崎の言い回しに土方は少しだけ驚いたような顔をした。山崎が驚くのはともかく、腹が立つ理由が解らなかったのだ。
「何で腹が立つんだよ」
「……自分でそれ位考えてください」
 仕事の上でこんな言葉を吐けば土方から鉄拳制裁であるが、今は仕事は関係なく完璧にプライベートな事なので、土方も強く出ることができずに言葉を失った。すると山崎は満面の笑みを浮かべて、更に言葉を続ける。
「俺は先生が好きですから、先生が幸せになれるなら何でもしますよ。先生が今みたいなささやかな幸せを願うんだったら、それを守る為に全力で頑張ります」
 その言葉に土方は、高杉の言葉を思い出し、瞳を細めた。全力で山崎なら高杉に喰らい付くだろう。カグヤの為に。己の為に。
「もしも目の前で三味線屋が高杉に拉致られたら手前ェどーすんだ?」
「そりゃ、そん時は見送りますよ」
「敵前逃亡は切腹だ」
 土方の言葉に山崎は瞳を細めて笑うと、言葉を続けた。
「前線組と監察組の違いですね。戦略的撤退です。高杉相手なら絶対に先生に危害が加わる事はありませんから。その後にどんな手を使ってでも相手の懐に潜り込んで、先生を連れて帰りますよ。監察は情報を生きて持って帰ってなんぼですから。まぁ、死体が齎す情報もゼロではありませんけどね」
 前線で敵を倒す事を任務とする土方と、情報を持ち帰ることが任務の山崎。山崎は己の使命を全うしつつ、カグヤを助ける方法を考えるまでもなく土方に提示した。それが些か腹立たしかった土方は、煙草の煙を吐き出すと僅かに不機嫌そうな顔をした。恐らくあのカグヤお抱えの忍者に聞いても、考えるまでもなく己の考えを提示できるだろう。
─―テメェが一番フラフラしてる癖に、カグヤのお気に入りなのがムカつく。
 憎悪を込められた言葉は夢であった筈なのに、本当に高杉に言われた様で不快だった土方は思わず顔を顰めた。
「……そんな夢を見たんですか?」
 山崎の呆れたような声に土方は我に返ると、視線を逸らす。それは明らかに肯定に感じられて、山崎は茶を飲み干すと苦笑いをした。土方とカグヤの関係が微妙なバランスで構成されているのは山崎自身も感じていた。幼馴染の銀時や高杉とも違う、師弟関係の自分とも違う、主従関係の御庭番衆とも違う。一番バランスが崩れやすい関係で、土方自身が無意識にそれを危惧しているのだろうと感じた山崎は、目の前の土方をじっと眺める。どうしてこの男はいつもそうなのだろうかと。
 以前土方が自分の相方である監察に思いを寄せていたのを知っていただけに、難儀な物だと呆れるしかない。近藤に思いを寄せていた相方は、土方の思いに気がつかずに己の望みを貫き通し、土方は結局関係を崩す事を恐れて潔く自分の思いに蓋をした。
 同じ事を繰り返すのだろうか。意識すれば今の関係が崩れるのではと、土方は己の気持ちに気がつかないフリを続けるのだろうか。山崎としてはカグヤさえ幸せならば土方の身の振り方などどうでもいいのだが、土方が煮え切らない態度を取ることで、目の敵にしている高杉が今まで以上にカグヤに執着するのも困る。
 今迄通りがいいなら、さっきの事もカグヤのように流してしまえばいいのに、土方は明らかに己の方向性に困っていた。だから、山崎は見て見ぬふりをするつもりだった方向を変えたのだ。
「手前ェは三味線屋に心底ベタ惚れだな」
「そうですよ。それが何か?」
 漸く口を開いた土方の言葉に山崎は表情一つ変えずにそう言うと、土方を見据える。
「……マジでか」
「さっきも言いましたけど、俺は先生に幸せになって欲しんです。その障害は何でも取り除きますよ。……それが例え土方さんでも」
 肌が泡立つような口調に、土方は驚いて山崎の顔を凝視した。
「何で俺が障害なんだ」
「喩え話ですよ」
 表情は一瞬で切り替わり、いつも通りのゆるい表情になった山崎に土方は舌打ちをする。このような態度を取る山崎は扱い難い。
「さっきから遠まわしな物言いばっかりで不愉快だ」
「俺の性分ですから。土方さんも難儀な性分ですね。高杉に取られるのは腹が立つ癖に、フラフラするのは何でですか?」
 山崎の言葉に土方は不機嫌そうな顔をすると、知るか、と短く返答をした。土方にすればこっちが聞きたいぐらいだと言わんばかりの態度に、山崎は呆れたような顔をする。これは見て見ぬふりをしているのではなく、本人も良く解っていないのではないかと思ったのだ。余りにも今までの二人の距離が近すぎて、土方自身が感情を持て余しているのかもしれないと。
「確かに高杉がちょっかいかけてくるのはムカつくわな……」
 まるで自分に言い聞かすように言葉を零した土方に、山崎は少しだけ驚いたような顔をする。困ったような情け無いような顔をした土方は、自嘲気味に笑うと、新しい煙草に火をつけた。
「……先生の事好きですか?」
「解んねぇ。嫌いではねぇよ」
 それが正直な土方の答えであった。余りにも近すぎて、傍にいるのが当然で、いざ高杉の取られるのに苛立つのは、月日が齎した愛着のせいなのかもしれない。煙草の煙を細く吐き出した土方は、散々迷った挙句に、それ以上の言葉を続ける事は出来なかった。
 奇妙な沈黙が部屋に落ちる中、勝手口の開く音がして山崎はパッと顔を上げると、いそいそとカグヤを出迎える。
「おかえりなさい先生」
「ただいま。これおみやげ」
 そう言って渡されたのはスイカで、山崎は驚いたような顔をする。
「呼んでくれれば荷物持ちに行きましたよ?」
「ありがと。急に食べたくなっちゃって。ほら、一人だとなかなかスイカって食べる機会無いじゃない」
 山崎はスイカを受け取ると、それじゃぁ俺が切りますねと笑い、台所へ向かう。それを見送ったカグヤは帯留めの入った箱を私室に収めると、座敷へ足を運んだ。
「おやまぁ。どーしたの、辛気臭い顔して」
「煩ェよ」
 しかめっ面の土方にカグヤが声をかけると、煙草の煙を吐き出し億劫そうに土方は返事をする。結局山崎との会話も尻切れトンボに終り、答えは出ないままカグヤが帰ってきてしまったのだ。完璧な不完全燃焼である。
「……あのさ」
「何?」
 パタパタとうちわを仰ぎながらカグヤが返答すると、土方は少し視線を彷徨させて、結局言葉を発する事はしなかった。それにカグヤは首を傾げると、どーしたのさ?と怪訝そうな顔をした。
「いや。何でもねぇ」
「そう?話す気になったらいつでも言ってね」
 カグヤの言葉に土方は困ったような表情を作る。酒の席で無理やり話を吐かせる事も多い癖に、迷っている時や、本当に話したくないと思っている時は察して無理強いをしないのだ。この対応にいつも甘えて、結局肝心な事は何一つ彼女に伝えてない。そんな気がして土方は瞳を細めた。
「スイカ切れましたよ」
「ありがと」
 山崎が入ってきたので、土方は煙草を揉み消す。そう言えばこの夏はまだ食べていなかったような気がする。
「久々ねぇ。昔は好きで良く食べたんだけど」
「スイカ好きなんですか?」
 山崎の言葉にカグヤは頷くと、早速一つ目に手を伸ばす。
「子供の頃だけどね。良く川で冷やして食べたわ」
「俺も武州の頃はそんな事もしてたな」
「いいですねぇ。楽しそうで」
「あれ?ザキさんって兄さんと武州で一緒じゃなかったの?」
「俺は江戸からの合流組なんで」
 真選組の中では、武州から近藤と一緒に江戸に来た面子と、江戸で採用された面子とで別れる。無論土方は前者である訳だが、山崎は後者であることを初めて知ったカグヤは驚いたような顔をした。
「そうなんだ。その割には仲良しね」
「……仲良くねぇよ」
 ぼそっと土方が言ったのを聞いて、カグヤは目を丸くすると怪訝そうな顔をする。
「仲良くない子が一緒にうちに遊びに来るの?」
「気にしないでください先生。さっき俺がちょっと余計な事言ったんでご機嫌斜めなんです」
 サラッと言い切った山崎にカグヤは苦笑すると、ご機嫌斜めね、と笑った。
「笑う事かよ」
「兄さんって直ぐ顔に出るから可愛いわよね」
 カグヤの予想外の言葉に土方は思わずスイカを食べるのを止めると、顔を真赤にして怒り出す。
「可愛いとか意味解んねぇよ!」
「可愛いわよね、ザキさん」
「解りやすいですよね」
「ウザイなこの師弟コンビ。なんだよ!俺だけアウェーかよ!」
 結託すると心底ウザイと思いながら土方は言葉を放つと、また不機嫌そうにスイカを口に運ぶ。山崎を甘やかし放題で可愛がるカグヤに、さっきの山崎を見せてやりたいと思いながら、土方は思わず山崎に視線を送ると、彼はそれに気がついてヘラッと笑った。
「で、何の話したらご機嫌斜めになったの?」
 カグヤの言葉に土方が大きく反応したので、山崎は苦笑すると、瞳を細めて笑った。
「先生の抱き心地ですよ」
「試してみる?」
 山崎の言葉にカグヤが笑いながら返答したので、山崎は満面の笑みを浮かべる。
「土方さんの煙草の匂いが消えたら試させてください」
「……意味解んねぇよ」
 思わず突っ込む土方に、カグヤは可笑しそうに口元を緩めると言葉を零した。
「いつになるのかしらね」
 その言葉に土方は思わず顔を上げるとカグヤの顔を見る。するとカグヤはその反応に不思議そうな顔をした。
「どーしたのさ」
「別に」
 素っ気なく返答をした土方に山崎は苦笑する。そんな日など来ないと言えば良いのにと思いながら、山崎は手についたスイカの汁をぺろりと舐めた。

 

 午後からは仕事だと屯所に戻った山崎を見送り、土方結局そのままカグヤの家に居座った。一緒に山崎と屯所に戻ろうとしたが、満面の笑みで、ゆっくりしていてくださいとお気遣い部下を演じられ退路を塞がれたのだ。
「ザキさんも大変ねぇ」
「仕事だからな」
 ゴロゴロしながら土方が返答すると、カグヤは少しだけ微笑んで土方の枕元に座った。
「本当にご機嫌斜めね。大丈夫?」
 カグヤの顔を見上げた土方は、口を開く事無く己の目の前に落ちてきた彼女の髪に触れると軽く引っ張る。
「髪留め、今度持ってくる」
「おやまぁ。本当に買ったの?」
 驚いたような顔をしたカグヤであったが、どこか嬉しそうで、土方は思わず表情を緩めた。
「できねぇ約束はしねぇんだ」
「立派ね」
 可笑しそうにカグヤが表情を緩めたので、土方は髪から手を放すと無造作に畳に己の手を放り出し瞳を閉じた。煩い屯所では落ち着かないと、休みの日にカグヤの家に来るようになったのはいつからだろうか。そんな事を考えながら、土方は口を開く。
「……三味線屋」
「ん?」
「手前ェを高杉に取られるのは腹が立つ」
 その言葉にカグヤは返答せずに、土方に視線を落としたままであった。
「……なんでだろうな」
 ごろりと姿勢を変えてカグヤに背を向けた土方を見て、彼女は困ったように笑うと、土方の頭にぽんと手を乗せる。それに土方は少しだけ反応したが、背を向けたまま言葉を発することは無かった。
「なんでかしらね」
 咽喉でカグヤは笑うと、三味線を抱えて弦を弾いた。その音を聞きながら、土方は次第にうとうととしだす。今度夢見るのはもう少しましな夢がいい。そう思いながらゆっくりと意識を手放した。


ウザイ師弟コンビ。
20100715 ハスマキ

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