*褒めてるのに何で怒るのさ*
看板間近、行きつけの飲み屋の暖簾をくぐったカグヤは、カウンターに突っ伏する土方を見てがっくりと膝をつくと、大袈裟に芝居がかった調子で声を上げる。
「こんな事なら仕事受けなきゃ良かった。勿体ない……」
それを見た飲み屋の店主は苦笑交じりに土方の傍に水を置くと、カグヤに声をかける。
「今日は局長さんと来てたみたいなんですけど、途中で帰っちまいましてね。その後は、ハイペースで飲んでましたよ」
立ち上がったカグヤは土方の隣の指定席に座ると、店主に悪いけど一杯だけと言い酒を注文する。本来はもう看板の時間なのだが、店主は厭な顔を一つせずに彼女に酒を出した。むしろ、こんな状態の土方が居座って困っていたのだろう。カグヤが暖簾をくぐった時は心底ほっとしたような顔をしていた。
「こんだけ飲むって事は、絶対に面白い話聞けたわよね。ザキさんの仕事断りゃ良かった」
ぶつぶつ言いながらカグヤは出された酒を飲み干すと、ちらりと土方に視線を落とす。自制心の強い土方が一人で潰れるような飲み方をするのは稀であるし、先程まで一緒に座敷に上がっていた山崎の話も気になった。
いつもなら、座敷に上がった日は、飲み屋に足を運ぶ事は少ないのだが、今日は山崎が別れ際に土方の話をぽつりとしたのだ。
─―先生が今日は店に来るかって、確認されましたよ。
その時山崎は今日は一緒に座敷に上がると返答したらしい。土方がどちらの返答を待っていたのか分からないが、それを聞いたカグヤは看板間近の店の暖簾をくぐった。
「タクシー呼びましょうかって言うんですけど、厭だの一点張りで困ってたんですよ」
店主の言葉にカグヤは呆れた様な顔をすると、ペシペシと土方の頭を叩く。すると、億劫そうに土方は顔を上げ、カグヤの瞳を捉え、不機嫌そうに言葉を零した。
「遅ぇよ」
「こっちが仕事だって承知だったんでしょうが。ほら、タクシー呼んであげるから帰んなさい」
「厭だ」
駄々を捏ねる様に言う土方の耳を引っ張ると、カグヤはしかめっ面をして、ほら、と再度催促する。すると、土方はぷいっとそっぽを向き、またカウンターに突っ伏する。
「今日は屯所に帰りたくねぇ」
その言葉にカグヤはぷっと吹き出して、その後げらげら笑い出す。
「何その独身女みたいな言い分。良いわよ、帰れば良かったって後悔させてあげる」
そう言うと、カグヤはにんまり笑って、財布から金を出すと店主に渡す。
「兄さんの分も足りる?今日は私がお持ち帰りするわ」
その言葉に店主は驚いたような顔をしたが、少しだけ安心したような顔をした。店を閉めるに閉められず困っていたのだろう。会計を済ませ、釣銭をカグヤに渡すと、申し訳なさそうな顔をした。それを見たカグヤは、瞳を細めて笑った。
「ごちそうさま。兄さん看板まで置いてくれて有難う」
「本当に家に連れて帰るんですか?」
「我儘叶えてあげて優しいでしょ?私の半分は優しさで出来てるの」
「残り半分はなんですか?」
「志と誇り」
カグヤの言葉に店主は肩を竦めると、頭を下げた。
「ほら、帰るわよ。立って立って。ちゃんと歩きなさい」
促すように土方をつつくと、億劫そうに土方は立ち上がり、傍にあった水を飲み干した。辛うじて歩けそうだとカグヤは判断すると、再度店主に礼を言い、瞳を細めた。
「肩貸してあげるから、家まで頑張って歩いて頂戴」
そう言いカグヤが土方に肩を貸すと、彼は意外と素直にそれに従いヨロヨロと歩きだした。
川沿いの道を歩きながら、カグヤはちらりと土方の表情を窺う。酒臭いし、重いし散々だが、土方がそれでも何とか歩こうとしているのに免じて途中で放り投げるのはやめる事にした。
「ほら頑張んなさい。足止めたら川に突き落とすからね」
「怖ぇ女」
ぼそりと呟いた土方にカグヤは笑うと、瞳を細めた。
「酒抜けたら洗いざらい吐いて貰うわよ。明日仕事は?」
「やすみ」
「最高ね」
嬉しそうに笑ったカグヤを見て、土方は彼女の肩にかける手に力を込めた。夜風に当たって少しだけ酒は抜けてきているが、足取りはおぼつかないのを自覚して自己嫌悪に陥る。
「普通は、担いで帰ろうとか思わねぇよな」
ぼそりと呟く土方に、カグヤは僅かに眉を上げると、普通じゃないんじゃないと人ごとの様に呟いて笑った。店からそう遠くもないし、泥酔状態では面白い話も聞けないだろうと思ったカグヤは、酔い冷ましも兼ねて歩くことにしたのだ。
「おんぶとか、お姫様だっことかは流石に無理だし。っていうか、足止まってる!」
「煙草吸いてぇ」
「川に突き落とすわよ」
好き放題言う土方の尻を叩くようにカグヤが言うと、彼は渋々歩き出す。
煙草を我慢して、しばらく歩くと、見覚えのある看板が見え、土方はもう歩かなくて良い事に気が付いて安堵した。やっと彼女の家に着いたのだ。10分も歩いていないだろうが、それでも随分疲れたし、早く座りたかった。
勝手口から家に入ると、カグヤは僅かに不機嫌そうな顔をして、土方を奥の部屋に運ぶ。
「座敷じゃねぇのかよ」
いつもは三味線教室をしている座敷に通されるのに、奥の私室に通された土方は怪訝そうな顔をする。
「向こうは三味線やら着物やら出しっぱなしなのよ。今日仕事だったから」
カグヤから体を離した土方は、どさっと座り込むと煙草に火をつけて小さく頷いた。酔っている自分を座敷に入れて三味線を壊されるのが嫌なのだろうと思ったのだ。壁にもたれかかった土方を見て、カグヤは窓を開けると部屋を出てゆく。
細く上がる紫煙を眺めながら、土方は大きく深呼吸する。まだ体は重いし、頭も余り回らない。駄々を捏ねるつもり等なかったが、カグヤの顔を見たらどうしても話をしたくなったのだ。
「灰皿。っていうかさ、私が来なかったらどーするつもりだったのよ」
「来たじゃねぇか」
戻って来たカグヤから渡された灰皿を受け取ると、土方はそれに灰を落としてまた壁にもたれかかった。
「ついに振られた?多串君」
茶化すように言うカグヤの顔を見て、土方は瞳を細めると小さく首を振って煙を肺に流し込んだ。
「振られてねぇよ。でも、近藤さんの背中は押してきた。だから、終わり」
惚れた女が好きだった男は自分の親友である男。ずっと女の片思いで、自分もずっとそんな女が好きで、何かあるたびにカグヤに愚痴って、笑われて、莫迦にされて、鬱々としていたモノを発散していた。けれど、それも今日で終わりだと土方は再度己の心の中で確認して僅かに俯く。
「特攻じゃなくて自決選んだのね。見事なまでのヒロイックだわ」
呆れた様な顔をするカグヤを見て、土方は自嘲気味に笑うと、そーだなと呟く。同情する訳でもなく、慰める訳でもないカグヤの言葉は今の土方には有難かった。自分の思いが駄目になるのは始めから解っていたというのに、いざ駄目になったら流石に落ち込む。だからと言って屯所には吐き出せる人間はいないし、そうなるとカグヤに吐き出してどうしても気持ちの整理をつけたかった。
「手前ェに女の話すんのもこれで終わり」
「残念ね、面白かったのに。まぁ、最後に色々聞かせて貰うわ。ヒロイックな話を」
にんまり笑ったカグヤが立ち上がったので、土方は彼女を見上げる。
「水でいい?私はお酒飲むけど」
「ああ」
台所で鍋に水を張ったカグヤは、それをコンロにかけると徳利を取り出し、お気に入りの酒をそれに注ぐ。それを鍋に入れると、カグヤは酒が温まるのをその場で待つ事にした。
「……酔っ払って違う女と間違えてるんじゃないの?」
「間違えてねぇ」
突然、後ろからぎゅっと抱かれたカグヤは自分の腹の前で組まれた手に視線を落とすと、呆れた様な声で背中の男に言葉をかける。
「そんじゃ、人肌恋しい季節?」
「解んねぇ」
自分の肩に額を押し当てる土方に、カグヤは小さくため息をつくと、手を伸ばし、吊ってあるタオルを引き抜くと土方の頭に被せた。
「泣きたきゃ泣いてもいいのよ」
びくりと土方の体が震えたのを確認して、カグヤは更に言葉を続けた。
「後ろ向きにメソメソすんのはうざったいけどさ。泣いて、すっきりして、明日から前向きに歩く為にだったら構わないのよ」
黙ってカグヤの言葉を聞いていた土方は、彼女の体を抱く手に力を込める。
「男の子が泣いちゃ駄目って法律なんてないんだからさ。お酒があったまるまでは、肩貸してあげるから好きにしなさいよ。鼻水つけないでね」
「酷ぇ女」
そう、土方は呟くとタオルを被ったまま肩を震わせる。
酷い女で、いつも莫迦にされて、笑われて、情けない姿しか見せていないからこそ、彼女の前で泣く事も出来た。今更格好付けるつもりもなかったし、今は笑われても構わない。そう思った土方は、黙って言われるままに涙を零した。
漸く土方が静かになった頃、カグヤは僅かに鍋に視線を送ると、コンロの火を止めてひょいと徳利を湯から上げる。すると、土方が彼女を抱く手を緩めたので、彼女は徳利を盆に乗せ、盃と一緒に振り返りもせずにさっさと奥の私室にそれを運ぶ。
それを見送った土方は、頭からかぶったタオルを首にかけて、じゃばじゃばと水道の水で顔を洗った。随分気分はすっきりしたし、酒も抜けてきた。
「何か言えよ。恥ずかしいじゃねぇか」
思わずそう零し、土方はタオルで顔を拭きながら小さくため息を吐く。どの面下げて部屋に入ればいいのだろうかと少し悩んだが、どうせ黙っていても向こうがつついて来るだろうと腹を括って彼女の部屋へ戻る事にした。
そもそも、カグヤとは強いて言うなら飲み友達で、仕事の愚痴や女の愚痴をだらだら垂れ流す関係である。彼女自体は人の話を聞くのが好きなのか、いつも笑って、莫迦にして話を聞いている。傷口に塩を塗り込むような発言も多いが、一人だと鬱々としがちな思考も、彼女に話す事で土方は何とかバランスを保っていた。
変な女だと思う。酒と、面白い話があれば上機嫌で、三味線を弾くのが好きなくせに、人に聞かせるのは厭だと矛盾した事を言う。けれどどこか人に甘い。普通は駄々を捏ねる酔っ払いなど捨て置けば良いのに、面白い話を聞くためだと理由をつけて担いで帰る人間などそうそういないだろう。少なくとも土方は今まで出会った事はなかった。
「高杉の野郎も同じように甘やかしてるんじゃねーだろうな」
彼女の幼馴染の全国指名手配の男の顔を思い浮かべながら、土方はぶつぶつ言うと、彼女の部屋の扉を開けた。
薄暗い部屋の隅で座るカグヤは、持っていた三味線を部屋の片隅に立てかけると、土方に視線を送ってにんまり笑う。
「すっきりした?」
「悪かった。つーか、まだ飲んでなかったのかよ」
手を付けられてない酒に視線を落として土方が言うと、彼女は不服そうに口を尖らせる。
「待っててあげたのに何言うのさ。どうせ飲みながらの方が喋りやすいんでしょ」
手招きする彼女の傍に座ると、土方はタオルを首にかけたまま手酌で酒を盃に注ぐ。そこで、ふと、酒が熱すぎるのに気が付き怪訝そうな顔をした。酒に煩いカグヤが香りが飛んでしまうくらい酒を温めるのは珍しい。そこまで考えて、土方はバツの悪そうな顔をし、ぼそりと呟く。
「今度、手前ェの好きな酒、持って来る」
「楽しみにしてるわ」
自分がグズグズと泣いていたから、彼女はコンロの火を止める事をしなかったのだ。酒が温まるまでと言いながら、自分が落ち着くまで黙って酒を放置していたのに気が付き、申し訳ない気分になった土方は、熱い酒に口をつけて瞳を細めた。
「……昔、惚れた男に振られた時、手前ェは泣いたのか?」
「変な事に興味持つのね。泣いてないわよ。むしろ笑っちゃったわ。安心して」
大昔、宇宙に憧れた男に置いて行かれたという話を聞いた事のあった土方が、ぽつりと聞くと、彼女は笑いながら返答する。その返答は予測していなかった土方は、驚いたような顔をして彼女の顔を凝視した。
「何で?」
「何でって。女より夢を選ぶ最高にいい男で安心したのよ。私の事を選ばないって事は解ってたしね。まぁ、宇宙に連れてけって言ったのは、私が自分の気持に区切り付ける為に言っただけで、本当に私連れてったら、それはそれで落胆したかもしれないし」
「身勝手だな、手前ェ」
「何言ってんのよ今更」
呆れたように言う土方を見て、カグヤは鮮やかに笑った。自分も彼女と同じ、惚れた相手に初めから選ばれないと解っていたのに、随分違うと思いながら、土方は空になった盃に酒を足す。盃を重ねながら、ぽつりぽつり、土方は話をする事にした。惚れた女の話、その女に好かれている事が信じられない近藤の背中を押した話。両想いなんだからさっさとくっつけよ、とぶつぶつ文句を言う位には回復できた土方を見て、カグヤは笑うと、追加の酒を持って来る。温めるのが面倒になったのか、瓶ごと持って来たのには呆れたが、土方は彼女の盃に酒を注いだ。
「……振られ坊主に乾杯か?」
「そうね、ヒロイック人生に乾杯がいいわ」
笑いながらそう言ったカグヤと盃を合わせると、土方は瞳を細めて笑った。
「まぁ、自決選んじゃう辺りヒロイック万歳よねぇ」
「仕方ねぇだろう。特攻とか気まず過ぎんだよ。職場一緒で、どの面下げて仕事すんだよ」
ぶつぶつと文句を言う土方は、どんどんと酒を飲み干すカグヤを見て呆れた様な顔をする。
「つーか、今日の座敷どうだった」
「知らないわよ。ザキさんに聞いてよ。私は三味線弾いただけだし」
攘夷浪士の座敷に上がる仕事を時折カグヤは山崎の頼みで引き受けていた。諜報活動に手助けなど、本人は余り乗り気ではないが、自分が三味線を教えている山崎の頼みで渋々であるが、座敷に上がっている。そもそも、事の発端は、土方が極上の酒を餌に彼女に頼みに来たのが始まりではあるのだが。
「大体、可愛い部下が命張って潜入捜査してんのに、副長が飲み屋で酔いつぶれてるってどうなのさ」
そう言われ、土方は顔を赤らめると、うるせぇと短く言い酒を嘗める。指摘されなくても解っているし、山崎にも悪いとは思っていた。
「女に振られて、泣きながら飲んでましたとか聞いたらザキさん呆れるわよ」
「泣きながらは飲んでねぇよ。捏造すんな」
軽い調子でカグヤが茶化すので、土方はむっとしたような顔をすると煙草に火を付け、煙を吸い込んだ。折角酒が抜けてきたというのに、またカグヤのペースに合わせて飲んでしまい眠くなってきたのだ。舌打ちしながら土方は彼女の方を見ると、けろっとした顔で更に酒を飲む姿が視界に入って思わずため息をつく。
「相変わらず底なしだな」
「美味しいお酒と、面白い話。最高よね。一緒に飲んでくれる良い男もいるし」
そう言われ、土方は思わず勢いよく煙を吐き出す。
「なっ……散々笑い物にしといて、そーゆー事言うか普通!?」
「褒めてるのに何で怒るのさ」
不服そうな顔をしたカグヤを見て、土方は困ったように視線をそらすと、煙草を揉み消す。
「ヘタレで、ヒロイックで、ロマンチストだけどね。面白い話のネタが減るのは残念だわ」
笑いながらカグヤに言われ、土方は拗ねる様にごろんと横になる。それを見て、カグヤは瞳を細めると空になった一升瓶を部屋の隅に寄せて、最後の酒を飲み干した。
「……三味線、聞きてぇって言ったら怒るか?手前ェが人前で弾くの好きじゃねぇのは知ってる」
本人からもその事は聞いていたし、山崎もよく言っていた。すると彼女は呆れたような顔をし、言葉を零した。
「自分の音が好きじゃないのよ」
「完璧な音で、どんな音色も重ならないって山崎から聞いてる」
ごろりと転がって、仰向けになった土方は、カグヤの顔を見上げながら更に言葉を続けた。
「今はその音が聞きてぇ」
「酔っぱらいが我儘ばっかり言って」
そう言うと、カグヤは部屋の隅に立てかけられていた三味線を手に取り、弦を弾いた。
「まぁ、今日はフラれて可哀想だし、一曲だけ弾いてあげるわ」
教養がある訳でもないし、山崎の様に三味線を習っている訳でもないので、土方は三味線の事など殆ど解らない。けれど、カグヤの弾く音は心地よくて気に入っていた。同じ曲を山崎が弾いているのを聞いた事もあったが、全く違う印象を受けて驚いたものだ。
窓を開けているのにも関わらず、外は静かで彼女の奏でる音色だけが土方の鼓膜を揺らす。
部屋が薄暗くてカグヤの表情が見えないので、目を凝らすが、視界がぼやけてくるのを自覚して、土方はまた、頭からタオルを被った。
「泣いて、すっきりして、明日にはもっといい男になんなさい」
意識を手放す直前に、そんな声を聞いたような気がした土方は、彼女の代わりに夜空に浮かぶ月を視界に捉えて、瞳を閉じた。
土方が寝息を立てているのに気が付いたが、カグヤはそのまま一曲弾ききり三味線を置く。甘やかし過ぎた気もしないではないが、プライドの高い土方が他で泣きごとを言えないのを知っているだけに邪険にも出来なかったし、心配でもあった。山崎も恐らく土方の事を心配して自分に店に行くように促したのであろう。
毛布を土方にかけてやると、カグヤは自分用の毛布と枕を抱えて部屋を出た。
ひたひたと短い廊下を歩き、座敷の前に立つと、すっと仕切りの襖が開く。
「まだいたの」
呆れたようにカグヤが声を零すと、高杉は瞳を細めて笑った。
「隣の部屋に鬼の副長がいるのに、図々しいにも程があるんじゃないの?」
「ありゃ鬼の副長じゃなくて、単なる酔っぱらいのフラれ坊主だろーが」
敷布団の代わりにするのか、カグヤが座布団を出してそれを並べるのを見ながら高杉は莫迦にしたように零すと、煙管に火を入れる。細く煙を吐きだすとカグヤの手を引き傍に座るように促すが、彼女は面倒くさそうな顔をする。
「寝たいんだけど」
「そう言うなよ。三味線も着物も出しっぱなしだったから片付けてやったのに」
「本当、どうでもいい所はマメよね」
三味線や着物が出しっぱなしであると土方に言ったのは本当だが、すっかり高杉が片付けてしまったらしい。恐らく彼女達が家に帰って来た時には、高杉は片付けを終え、満足してゴロゴロしていたのだろう。
「甘やかし過ぎじゃねーか?」
「年中甘えてくる人間が何いうのさ」
ぽんぽんと背を向けて、枕を叩いたカグヤを眺めていたが、高杉はすっと手を伸ばし、彼女の長い髪に触れる。柔らかい感触が気に入ってるのだが、高杉は顔を僅かに顰めると軽く引っ張る。
「何すんの」
「煙草の匂いが気にいらねぇ」
「どーしろってのさ」
彼女の髪や着物から土方の好む煙草の匂いがする。ヘビースモーカーと名高い男と一緒にいたのだから仕方ないのだが、高杉は拗ねたように黙ると煙管の火を煙草盆に落とした。
「さっさと帰んなさいよ。兄さん起きてきたらどうするのさ」
「斬られる前に、斬ればいい」
その言葉にカグヤが不機嫌そうに眉をしかめたので、高杉は喉で笑うと瞳を細めた。
「でもまぁ、オメェがアイツの添い寝しねぇみてぇだし帰る」
「する訳ないでしょうが。どうでもいい事心配して今まで居座ってたの?」
「結構重要だと、俺は思ってるけどな。寝盗られたらムカツク」
「はいはい。っていうか、盗られるも何も、晋兄のモノになった覚えないんだけど」
そうだったな、と高杉は笑うと彼女の髪をまた撫で、名残惜しそうに立ち上がる。
「また来る」
「一昨日来なさい」
その言葉に高杉は喉で笑った。
アルコールON・糖度OFFコンビ
200908 ハスマキ