*胡蝶之夢・side近藤*

「手伝おうか?」
 声をかけられ、驚いたリンドウは本を棚に戻す手を止めた。自分の直ぐ側に立っている男はにこやかな笑顔をリンドウに向けると、リンドウの反応を待って居る様子であった。
「あ、私の仕事ですし、大丈夫です……。あの、有難うございます」
 図書委員の仕事である返却済みの本を戻す作業。その途中だったリンドウは、手伝いを申し出てくれた男に笑いかけるとそう返答した。
「山崎の手伝いしたことあるから手順解るよ?」
 同じクラスの図書委員である山崎の名前を出され、リンドウは、お友達ですか?と短く聞いた。すると男は大きく頷いて、リンドウの持っていた大量の本をひょいと抱えた。
「いっつも一人で作業してるね。人数足りないの?」
「はい。二人しか当番がいないんで」
 一人はカウンターで作業をし、もう一人は本を棚に戻す作業。本来は三人での当番なのだが、人数の関係で彼女は二人の当番に当たっていたのだ。
「あの、大丈夫ですから」
「いいっていいって。人待ってて暇なんだ。手伝わせてよ」
 そう言われ、リンドウは困ったように微笑んだが、好意を有難く受け取ることにした。
「重い本持って、いつも大変そうだなぁと思ってたんだ」
 ニコニコ笑いながら男が言ったのにリンドウは驚いたような顔をした。作業しながら、ぽつぽつと会話を続ける。
「えっと、前に山崎さんと同じクラスだったんですか?」
「そんな時もあったけど、仲良くなったのは道場でかなぁ」
「道場?」
 聞きなれない単語にリンドウが聞き返すと、男は大きく頷き、実家が剣術道場であるという話を始めた。山崎はその近所の開業医の息子で、怪我の多い門下生がいつも世話になっているのだという。年が同じせいもあり、息子である山崎と彼も仲良くなったのだ。
 山崎とは同じ図書委員であるということもあって話をすることも多いリンドウであったが、道場のことは初耳で、感心したように声を上げた。
「剣術道場って凄いですね。強いんですか?」
「いやいや。親父に言わせれば俺なんかまだまだだし、総悟のほうが才能はあるんじゃないかって思う。あ、総悟ってのはね……」
 道場の派生で色々な話をしながら彼はリンドウの手伝いをしてゆく。本の分類棚も頭に入っているのか、彼女を煩わす事無く手伝いをしながら話をする彼を見て、リンドウは笑顔を向けた。
「仲が良さそうでいいですね」
「うん」
 その笑顔を見て子供みたいだとリンドウは思った。体も大きく、威圧感があるが、話てみると気さくで、なにより優しい。
 最後の本を棚に収めたリンドウは、笑顔を向けて男に礼を言った。
「ありがとうございました。お陰で凄く早く終わりました」
「どういたしまして。また暇だったら手伝うよ」
「あの、お名前……聞いても良いですか?」
 リンドウにそう言われ、男はバツの悪そうな顔をした。名乗るのをすっかり忘れていたのだ。
「近藤勲」
「私は……」
「ハルちゃんでしょ?」
 近藤の言葉にリンドウは驚いたような顔をする。自分の名前を知っているとは思わなかったのだ。山崎から聞いたのだろうかと思いながら、頷くと、近藤は笑った。
「カウンターの子がそう呼んでたから。合ってて良かった」

 銀魂高校の風紀委員室。その一角でリンドウと近藤は向かい合わせに座り、勉強をしていた。その様子を眺めている沖田は、つまらなさそうに口を尖らせる。
「近藤さんに勉強教えるなんざぁ時間の無駄でさぁ」
「でも、赤点って訳にはいかないでしょう」
 山崎は困ったような顔をして二人を眺めた。中学で知り合った近藤とリンドウであるが、同じ銀魂高校に進み、リンドウは図書委員ではなく風紀委員に入った。沖田の勧誘もあったのだが、一番の理由は近藤だろうと周りはなんとなく察していた。
「大体土方さんが近藤さんに勉強教えるの3分で投げるからリンドウが面倒事引き受けるハメになったんじゃねぇですかぃ?」
「5分だ」
 不機嫌そうに土方は会議の議事録にチェックを入れながら時間を訂正した。近藤は授業は真面目に受けているのだが、如何せん理解力が足りないのか成績は振るわない。仮にも風紀委員という立場にある人間が赤点連発など目が当てられないと、土方が勉強を教えてみたが焼け石に水だったのだ。
「そーゆー手前ェは今度のテスト大丈夫なんだろうな」
「任せてくだせぇ。クラスの平均ぐらいは行きまさぁ」
「うちのクラスの平均点が学年一低いって知ってんだろーな」
 学年一低い平均点を誇る彼等のクラスは、出来る人間と出来ない人間の差が極端に開いているのだ。中ほどの生徒は数えるほどしかない。リンドウに関しては比較的上の方であるが、沖田や近藤はギリギリ赤点を免れている状態である。ただ、沖田に関して言えば、留年さえしなければイイとスタンスで手を抜いているフシもある。
「数学は山崎の方が得意だったか?」
「でも俺教えるのヘタなんですよね。なんていうか、何が分からないのか理解出来ないっていうか」
「出来る人間の嫌味ですかぃ?」
 土方の言葉に返答した山崎の顔を見て沖田が口を歪めると、山崎は驚いたように頭を振る。
「沖田さんも一度人に教えてみたらいいですよ!意外と難しいんですよ!」
 山崎の言葉に、沖田は解ってまさぁ、と投げやりに返答をすると、近藤に視線を向ける。丁寧に教えるリンドウと近藤の姿は、テスト前のよく見る光景である。近藤も頑張ってはいるのだがなかなか伸びない。そんな事を考えていると、ふと、前のテストでの事を思い出して沖田が笑い出す。それに怪訝そうな顔をした土方は、どーした、と聞いた。
「いやぁ、前に近藤さんが赤点取ったら、取った本人よりもリンドウが死ぬ程落ち込んでたのを思い出したんでさぁ」
「あぁ。そういえばそうだったな」
 折角勉強をしたのに赤点だった近藤が落ち込むのは分かるが、教えた人間が、教え方悪かったんだと死ぬほどへこんでいたのだ。アレには一同驚いた。
「今日はここまでにしましょうか」
「有難うハルちゃん」
 二人の勉強が終わったのか、ノートを片付け出したので沖田はほてほてと二人の所に行くと、進み具合を聞いてみる。
「そんなペースで大丈夫なんですかぃ?」
「大丈夫です!今回は出る所解ってるんでかなり点数拾えます!」
 リンドウの言葉に沖田は笑うと、傍にある椅子に座って近藤の方を見た。
「近藤さんがもう少し賢かったら楽だったんですけどねぇ」
「酷いよ総悟!俺も頑張ってるよ!」
 無論頑張りは沖田も良く知っているが、近藤の反応を見て笑う。少し茶化してみたかっただけなのだ。するとリンドウは笑いながら沖田に言葉を放った。
「近藤さんは暗記物は得意ですし、成績も少しずつ伸びてますから大丈夫ですよ。数学も英語も、授業で分からなかったところもう一度噛み砕いて説明すればちゃんと理解出来ますし……」
「アンタ位でさぁ、近藤さんの頭褒めるの」
 沖田の言葉にリンドウは困ったように笑い、近藤は苦笑した。
「いつも有難うハルちゃん。あんまり期待に応えられなくて申し訳ないけど」
「いえ。私も復習になりますから。一緒に頑張りましょうね」
 二人の様子を見て、沖田は少しだけ口元を緩めた。微笑ましいような、まどろっこしいような関係。同じクラスの志村妙の尻を追いかける近藤はいつ、己の傍にいるリンドウの気持ちに気がつくのだろうか。そんな事を考えて、沖田は瞳を細めた。
「そういえば、総悟。明日暇?」
「なんでさぁ、いきなり」
 近藤の言葉に思考を中断された沖田は怪訝そうな顔をして言った。
「映画観に行かない?お妙さん誘ったんだが断られてなぁ。明日までだし、どう?」
「……俺明日通販で注文した【世界の拷問百科】が届くんで」
 サクっと断った沖田の言葉に近藤は残念そうにするが、土方と山崎にも同じように声をかける。すると、山崎は困ったように笑い、土方は約束がある、と短く返答した。
「えー、皆忙しいなぁ」
「つーか、テスト前に余裕だな近藤さん」
 土方の言葉に、近藤は息抜きも大事だし、と口を尖らせる。そして、リンドウの方を向いて冗談めかして口を開いた。
「そんじゃハルちゃん、俺と明日デートしない?なーんちゃっ……」
「いいんですか!?」
 最後に茶化す前にリンドウがおもいっきり食いついたので、近藤は驚いたような顔をして、え?っと慌てて言葉を紡いだ。
「えっと。映画【隣のペドロ2】だけどいい?忙しくない?つーか、チケットに俺も付いてくるよ?」
「嬉しいです」
 満面の笑みを浮かべたリンドウを見て、沖田は思わず吹き出し、言葉を放った。
「そんじゃぁ、リンドウと行きゃァいいじゃないですかぃ。いっつも勉強教えてもらってるんでさぁ、しっかりエスコートしてくだせぇ」
「あの、それじゃぁ、私そろそろ帰りますね。明日、待ち合わせ時間はメール下さい」
 そう言うとリンドウはいそいそと荷物を纏めて、早々に教室を出て行った。それを見送って、近藤はぽかんとしたような顔をする。
「……ハルちゃん、俺と二人だってこと解ってるのかな?」
 その言葉に、土方は呆れたような顔をして口を開く。
「だからあんだけ喜んでるんじゃねぇか。勉強できないのは仕方ねぇけど、鈍感なのはどうにかしろよ」
「……そんなにハルちゃんペドロ好きだったんだ」
 近藤の呟きに、ここは突っ込むべきかスルーすべきか悩んだ一同は、思わずため息をついた。

 

 ぱちっと目を覚ました近藤は、見覚えのある天井を暫く凝視していたが、うわぁ!と悲鳴をあげて飛び起きた。
「俺の莫迦!俺の莫迦!そこは好きなのペドロじゃなくて俺だし!」
 思わず頭を抱えて近藤はそう言葉を零した。夢の中での己を絞め殺したいような気分になり、近藤は思わず視線を彷徨わせる。夢の中でもリンドウはやっぱり己の傍にいてくれて、いつも笑顔で助けてくれて、有難い事に自分の事を好きでいてくれた。なのに自分ときたら、全く気づかず、思い返すと赤面ものの勘違いをしていたのだ。
「……でも、セーラーのハルちゃんも可愛かったなぁ」
 思わずにやけてしまった近藤は、いかんいかんと首を振り、布団から這い出すと廊下まで歩いて行く。冷たい空気は近藤を一気に覚醒させ、吐く息は白く、少しだけ身震いをした。
 幸せな世界だったような気がする。けれど、またきっと自分が莫迦なせいでリンドウを傷つけていたのではないかという気もする。
「……ハルちゃん」
「はい?」
 思わず零した言葉に返事があって、近藤は驚いたように視線を巡らせた。するとそこにはリンドウが立っており、おはようございます、と笑顔で挨拶をしてくれた。そういえば今何時なんだろうか、そう思い近藤は部屋の時計を確認する。8時を回ったところ。昨日の忘年会が今日まで続いていた事を考えれば早起きであろう。
「早いねハルちゃん」
「初詣までに、少し座敷の片付けをしようと思いまして」
「うん。俺も手伝う」
「有難うございます」
 嬉しそうにリンドウが笑ったのを見て、近藤はセーラーの彼女もいいけど、やっぱりいつもの彼女が一番いいと思って、瞳を細めた。


どの世界でも菩薩は菩薩
どの世界でも近藤は近藤
20110125 ハスマキ

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