*胡蝶之夢・side土方2*

「今日親父さんは?」
「出張」
「うちもおふくろが遅いから適当に飯食ってこいって言われてる」
「じゃぁ家で一緒に食べる?」
「外でいーだろ」
「荷物重い」
 そんなやり取りをしている二人を眺め、沖田は半眼になる。これで付き合ってないとか意味分からん。そんな考えがダダ漏れであった。
 夏休みに入って直ぐに行われた剣術道場の合宿という名の懇親会は無事終わり、各々帰路へつくわけなのだ、そんな中、土方とその幼馴染の女……カグヤはそんな会話を繰り広げている。もっとも、沖田には異性の幼馴染はいないので距離感が分からないといえば分からないのだが、それでもこの二人の関係に関しては沖田は理解できない。
 土方に付き合ってるのかと聞けば怒るのだが、例えばカグヤの従兄妹である高杉がカグヤにベッタリとすれば、こっちはブチギレ状態になる。付き合ってないならいいじゃないかと沖田などは思うのだが、とにかくカグヤに誰かがちょっかいかけるは気に入らない。そんな土方の態度に周りは呆れるしかない訳で、いい加減その辺りはっきりさせた方が周りの精神衛生上良いのではないかとさえ思っていた。


 そんな中、毎年恒例の夏の花火大会に風紀委員の面子で行こうと言う話が持ち上がる。こちらの方は、風紀委員長である近藤にべた惚れである非常に引っ込み思案な同級生の為に沖田が企画したものなのであるが、待ち合わせ場所に一人で来た土方の姿を見て思わず沖田は半眼になる。
「姐さん誘わなかったんですかぃ」
「は?」
 何でそう言われたのかまったく理解できない様子の土方に、沖田は大げさにため息をつくと、高杉に先を越されたんですかぃ?と哀れみの目を向ける。それに対し土方は、むっとしたような顔をして不機嫌そうに口を開く。
「知らねぇよ。風紀委員の面子で行くのになんで三味線屋呼ばなきゃねんねぇんだよ」
「まぁ、風紀委員でってのは口実ですけどねぇ」
「……まぁ、それは解ってる」
 土方も沖田が何故態々この企画をしたのか理由は解っているので、小声でそう返答をした。すると隣に立っていた山崎は、苦笑しながら、まぁまぁ、と二人を宥めた。
 花火大会に合わせて屋台なども河川敷に出ているので、時間までは皆でブラブラと回ろうと言う予定であったし、あわよくば驚きの鈍感さを誇る近藤が、己に好意を向けている彼女に少しでも気がつけば……等と皆思っているのだ。
「まぁ、合宿でちょっとは意識したみたいでさぁ」
「あれで気が付かねぇって本当意味分からねぇよな」
 沖田と土方がしみじみと言葉を零すので、山崎は思わず苦笑する。ただ、周りがやりすぎるのもどうかと山崎はちらりと考えたのだが、近藤の鈍感さと、彼女の控えめさを考えればこれぐらいしなければ進展しないのかもしれないとも思う。


 一方カグヤはと言うと、一人で屋台をゆったりと回っている。特に誰に誘われる訳でもなかったが、毎年恒例の行事であったために夕方から家を出てのんびりと河川敷に向かっていた。湿気が多く僅かな不快感はあったものの、にぎやかな雰囲気は自然と気分が上がってくる。
「え。何で一人なの?友達いないの?」
「友達いないとか先生じゃあるまいし……先生こそ一人じゃないのさ。彼女いないの?」
 そんな失礼なやり取りをしているカグヤの相手は担任の坂田銀八であり、死んだ魚のような目をカグヤに向けていたが、彼女、という指摘に思い出したように声を上げた。
「お仕事なんですぅぅぅ!!生徒が問題行動起こさないように監視ですぅぅぅ!つーか!坂本の野郎が遅刻してきて一人なだけですぅぅぅ!」
 口を尖らせて言う姿が子供っぽく、思わずカグヤが笑うと、彼は小さく息を吐き出してカグヤを眺めた。
「あれ?お前のストーカーは?」
「家の用事で昼から留守よ」
「幼馴染は?」
「ザキさんが風紀委員の面子で行くって行ってたからそっちじゃない?」
「え?ちょっと待って。本当に一人?一人なのにそんなにめかしこんでるの?」
「はぁ?浴衣着て髪結ってるだけじゃないのさ」
 呆れたようなカグヤの言葉に、銀八は、あー、とかうーとか微妙な声を上げた。これどう考えても一人で歩かせるの危なくない?何でそんな所無防備な訳?普段は双璧が追い返すから忘れてるのこの子。そんな事を考えていると、後ろから脳天気な声が聞こえた。
「アッハッハ!すまん!金時!遅れたが」
「遅いわ!!!!一時間軽く遅れてくるとかいい加減にしろよぉぉぉぉ!!あと俺金時じゃねぇから!3Zだと一文字も合わねぇから!!!」
 一気に思考を停止して、銀八は坂本に対して怒鳴りつける。見回りが一緒になったのは良いが、待ち合わせ時間には待てども暮せども彼は姿を現さず、糞暑い中待たされた銀八はその怒りを一気にぶつける。
「すまんすまん。お、カグヤはべっぴんだから浴衣よぅ似合っとるのぅ」
「ありがと、先生」
「ちょっとぉぉぉぉ!!!俺にはそんだけ!?ホント腹立つ!!」
 頭を抱えて銀八が仰け反ると、カグヤと坂本は思わず笑う。
「デートか?」
「一人よ。っていうかお一人様お断りなわけ?」
 坂本の言葉にカグヤがそう返すと、彼は瞳を細めて笑った後に、一緒に回るか?と彼女に訪ねた。
「はいぃぃぃぃ!?お前何言ってんの!?見回り中っつてんだろ!」
「けんど、一人じゃと心配じゃ」
「あーそれは分からんでもねぇけど……」
 不思議そうに坂本がそう銀八に返すと、カグヤは笑いながら、先生たちがデートしてくれるの?、と返事をした。


「あれ姐さんじゃねぇですか?」
 焼きそばを口に入れながら沖田が言うので、土方は反射的にそちらに視線を送る。視界に入ったのはカグヤと、銀魂高校の教師二名。何でこの組み合わせよ、と思ったのだが、談笑している様子を眺めながら、来るなら来るって言やぁいいのに、とボソリと零す。いやいや、アンタ誘わなかったじゃないですか!と思わず沖田も山崎も心のなかで突っ込んだ訳なのだが、坂本と楽しげに話しているのが気に食わないのか不機嫌そうな表情を崩さいない。
 そんな中、土方が突然その不機嫌そうな顔をしたままつかつかとカグヤの方へ歩いて行ったので、沖田と山崎は首を傾げて彼女の方へ視線を送った。すると、坂本が丁度彼女の手を取って歩き出す所であったので、思わず小声で山崎は言葉を零す。
「……本当あれぐらいで切れるなら誘えばいいのに」
「土方さんも莫迦なんでさぁ」
 同意する様に沖田もまた言葉を吐き出した。

「まぁ、細かいことはいいぜよ」
「ちょっとぉぉぉぉ!!!生徒と手を繋いでとかやめてくれます!?俺、お前の弁護とかすんのヤだよ!?」
「大袈裟じゃの金時は」
「今の御時世考えてよぉぉぉぉ!女子高生!!女子高生なの!!」
 手を取られてカグヤは僅かに驚いたような表情を作っただけであったが、銀八は慌てたように坂本にツッコミを入れる。坂本の呑気さに苛立ちながら、その手にチョップでも入れてやろうかと思った瞬間、スパァン!といい音が響いた。
「何教師がセクハラしてんだ」
「ほら!!!ほら言われたセクハラ教師!ってか、遅いよセ○ム君!仕事しなよ!」
「誰がセ○ム君だ!」
 勢いよく土方が坂本の頭を叩いた拍子に、坂本はカグヤの手を放した訳なのだが、その後の銀八の言葉に対して土方は思わず怒鳴る。しかし怒鳴られた本人はしれっと、実際セ○ムだしー、と悪びれた様子もなく口を尖らせる。
「先生叩いちゃ駄目でしょ」
「良いんだよ。セクハラしてんだから」
 呆れたようにカグヤが言うが、土方は不機嫌そうな顔をしてそう言い放った。
「オーケー、オーケー。今のは辰馬の莫迦が悪かった。だから俺も目をつむる。ってな訳で後は任せていいか多串君」
「土方だ。つーか、後ってなんだよ」
「えー。先生たちデートしてくれるんじゃないの?」
 不服そうにカグヤが言うと、銀八は半眼になりながら更に口を開いた。
「ボンボンの辰馬と違って俺は金ねぇから。奢ってやらねぇから。っていうか女子高生とデートとか社会的に抹殺されるわ。怖いわ」
「デートって何だよ」
「え?坂本先生が……」
「通報すんぞコノヤロー!!!」
 思わず怒鳴りつけた土方であったが、能天気な坂本の言葉に思わず脱力する。
「あっはっはっは!カグヤ一人じゃ危ないき、金時とワシで一緒に回ろうと思っとったんじゃが、多串君がおるんじゃったらワシらはお役御免じゃのぅ」
「え?兄さん風紀委員の子と来てるんじゃないの?」
 カグヤの言葉に、一瞬だけ迷ったような表情を見せたが、はぐれたからもう良い、と短く言う。
「はいはいはいはい。そんじゃカグヤちゃんは多串君とデートしてよ。問題起こすなよ?」
「起こさねぇよ」
 パンパンと、手を叩きながら銀八が言い放つと、土方は不機嫌そうにそう返答する。それに対し、坂本は残念そうな顔をしたが、カグヤに向かって笑いかけた。
「楽しんで来るとええ」
「ありがと、先生」
 ぽんぽんと彼女の頭を軽く叩くと、坂本は、さて飲むぞぉ!と下駄を鳴らしながら歩いていく。
「ちょ!!おま!!見回りだって言ってんだろ!!俺にもおごれ!!」
 慌ただしく追ってゆく銀八を眺めたあと、土方は隣に立つカグヤに視線を移した。二人を見送る表情を見て、土方は僅かに顔を顰めると、小さくため息をついた。
「もしかして邪魔したか?」
「何で?」
「手前ェ、坂本先生お気に入りだろ」
「まぁね。でも今日はこれから兄さんとデートだし」
 なんてことない、というようなカグヤの言葉に、思わず土方は赤面した。


 そういえば子供の頃はともかくとして、去年までは花火大会には行ってねぇな、そんな事を考えながら土方は隣を歩くカグヤに視線をちらりと送った。
「手前ェ去年は誰と来たんだ」
「大体そろばん塾あるから帰りに寄る感じだったかしら」
 桂と高杉か、と思いながら、今年はねぇの?と確認するように土方は聞く。すると彼女は少しだけ笑って、ないわよ、と瞳を細めた。
「来るんだったら声かけろよ」
「兄さん去年まで行ってなかったじゃないのさ。今年は風紀委員で集まるってザキさんに聞いてたしさ」
 そう言われ、土方は少しだけ黙り込んだが、ほんの少し瞳を細めて、そうか、と呟く。沖田が言う通り自分から誘ってみれば良かったのかもしれない。ちらりとそう思ったのだ。
「子供の頃はよく来たわね」
「そーだな。今考えたら兄貴も面倒臭ぇのによく俺ら連れて来てくれたもんだ」
 小学生だった二人をこの手のイベントに連れてきてくれていたのは土方の年の離れた兄で、カグヤもそれを懐かしむように瞳を細める。
「今考えたら結構奢ってくれたりしてたわよね。あれ大丈夫だったのかしら」
「うちのおふくろとお前の親父さんから子守代貰ってるって言ってたけどな」
 射的や金魚すくい。綿あめに焼きそば。際限なくとは言えなかったが、それでも出来るだけ二人の希望に沿って付き合ってくれていた兄は自分と違って寛大だ、と土方は思う。迷子になった片割れを探しまくったり、離れないようにと三人で手をつないだのも懐かしく、ちらりと土方は無言でカグヤに視線を送る。
「人多いな」
「そうねぇ。毎年賑やかよねぇ」
 そう言うとカグヤはすっと手を差し出した。
「迷子になって泣かないでね」
「ガキの頃だって泣いてねぇよ」
 そう言うと土方は差し出された手を握り、ぷいっと他所を向いた。その反応にカグヤは薄く笑うと、どこ行こうか、と機嫌よく言葉を放った。

「お!仲良いねお二人さん!射的やっていかない?」
「煩ェ。サングラスにコルク打ち込むぞ」
「ちょっと!!!やめてよ!!!」
 慌ててサングラスを抑えるのは同じクラスの長谷川で、土方は不機嫌そうに彼を睨むとそう言い放った。
「あら、バイト?」
「そう!稼ぎ時ってやつ?この時期は短期バイト入れまくってんだ俺!」
 年中バイトを探している長谷川は胸を張ってそう言うと、やってかない?と今度はカグヤの方に声をかけた。
「そんじゃ一回」
「やんのかよ」
「好きでしょ兄さん」
「嫌いじゃねぇけど」
 そう言うと土方も仕方ない、と言うようにカグヤと同様に財布から小銭を出す。どれにしようかなー、などと能天気に言うカグヤを眺めながら土方は銃にコルクを詰める。
 台が設置してあり、そこに体を乗せるとカグヤはぐいっと前に上半身を倒す。他の客もやっているので注意される事はないが、土方はぎょっとしたように言葉を放った。
「襟元!」
「ちょっと間じゃないのさ」
 そう返事をしたカグヤは一発、コルクを放つ。一応当たりはしたが倒れること無く僅かに揺れただけで、彼女は小さく舌打ちをした。
「難しいわねぇ」
「簡単に持ってかれちゃ商売になんないし」
 愛想よく長谷川が言うと、それもそうね、と手持ちのコルクをまた消費する。当たりはするが中々落ちず、最後の一発で漸く小袋の飴玉を落とした。
「一個だけかー」
「ガキの頃より上手くなってんじゃね?」
「あん時は全然落とせなかったしねぇ」
 カグヤが飴玉を受け取りながら言うと、土方は漸く自分の引き金を引いた。
「え?ちょっと。やめて」
 真顔で長谷川がそういったのは、土方が放った全てのコルク弾で景品を落としたからだ。大物は狙っていなかったにしても、流石にこのまま続けられると困る、そう思い長谷川が素直に声に出すと、土方はニヤッと笑って、そこまで強欲じゃねぇよ、と最後の一つのコルク弾を放った。
「やる」
「ありがと。いいの?」
「他に渡す奴いねぇし」
 そんなやり取りを眺めながら、追加で弾を購入しなかった土方をホッとしたような顔をして見る長谷川。それに気がついたカグヤは、景品返そうか?と言うが、彼は大きく首を振る。
「流石にそれは出来ねぇって!持って帰ってよ」
「返すとか意味わかんねぇよ」
 不服そうに土方が言うと、カグヤは、そうね、と笑う。
「なんか、一杯貰っちゃって悪いかなって」
「加減出来ねぇんだよ」
「そうね。うん。パーフェクトは凄いわ。今度教えてよ、別の店で」
「やなこった。欲しいもんあったら俺が取りゃ良いだろ」
 え、何この会話。もうラブラブじゃん。付き合ってないとかめっちゃ怒鳴ってるの見るけど、付き合ってるじゃんよ!!!と心のなかで長谷川は突っ込むと、そんじゃ、またー、と手をふるカグヤを眺める。慌てて長谷川は手を振って愛想笑いを浮かべたが、土方はちらりと彼の方を見た後に、無言でカグヤの隣に並んであるき出した。
「おっかねー。あれ?言いふらすな的な?俺始末されちゃう?」
 そんな事を呟きながら、長谷川は新しい客を待つことにした。


 二人でぶらぶらと屋台を回った後、土方は時計を確認して口を開いた。
「そろそろ花火の時間だけど」
「そっかー。じゃぁそろそろ帰るわ」
「花火見に来たんじゃねぇのかよ」
 呆れたように土方が言うと、帰り混むしねぇ、とカグヤは言うと、今日はありがと、と笑った。
「一人で帰れるから大丈夫よ」
 その言葉を聞いた土方は、暫くの間黙ったままであったが、彼女の手を掴むと歩き出す。
「は?」
「俺も帰る」
「いいの?花火」
「別に構わねぇよ」
 暫くは土方に引っ張られる形であったが、カグヤは小走りに土方に並ぶと、ありがと、と笑う。それを眺めて、土方は僅かに顔を反らした。
「大した事じゃねぇし。つーか、俺も混むの邪魔くさいし」
 そう小声で言うと、カグヤは瞳を細めて笑った。

 帰り道、花火の音を聞きながら二人は並んで歩く。時折見上げれば建物の隙間から花火が見え、それを視界の端に捉えながらカグヤは口を開いた。
「もう少し早く帰ればベランダからも少しは見えたかしらね」
「早く言えよ。見えんのかよ」
 呆れた様に土方が言うと、まぁ、少しだけね、と彼女は笑う。
「ほら、今日は楽しかったから時間忘れちゃってさ」
「……そうかよ」
 その言い方はずるいだろ、そう思いながら土方は機嫌よく歩くカグヤに視線を落とした。
「……言い忘れてたけどな」
「なぁに?」
「浴衣似合ってんな」
 その言葉にカグヤが驚いたように土方を見たので、彼は顔を僅かに赤くして、思っただけだよ!とそっぽを向く。するとカグヤは淡く笑って、ありがと、と言った後に言葉を続ける。
「来年は兄さんも着なさいよ。また一緒に行きましょ」
「忘れなかったらな」
 そっぽを向いたまま土方はそう返答して、花火の音を聞きながら、残り僅かな家路を無言で歩いた。


合宿話にしようかとも思ったけど、銀さんと坂本出したかった。
201907 ハスマキ

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