*胡蝶之夢・side万斉2*

 ぷんすこ怒りながらグランドの片隅にあるプレハブ小屋にやってきたレンを見て、そこに陣取る高杉は苦笑をする。
 『万事部』というものを高杉が立ち上げたのは、別に好きでやっているわけではなく、度重なる校則違反と迷惑行為のペナルティとしてボランティア活動を学校から指示されているからである。
 では名前がないと不便だろうと『万事部』としたわけで、学校指定の部活動とは違う。不良グループが纏めてそのペナルティを食らった訳なのだが、レンはその中には運がいいのか悪いのか入っていなかった。
 というのも、彼女は基本的に彼らと一緒にはいるが、授業は全部出ているし、成績も帰国子女ということを差し引いても並より上、生活態度も良好で人当たりも良い。ただ、河上万斉の自宅が下宿先の上、彼が過保護にべったりしているので、基本的にグループ分けをするならば不良グループに勘定されてしまう。下宿の件がなければ、学校としても、友達選びなさいよ!と指導を入れるところであるが、流石にそこまでは出来ず、かわいそうに、巻き込まれて……と同情の雰囲気があったりなかったり、と、本人的には皆良いお友達!と思っているのは裏腹に世間の目は厳しいのである。
「まぜて欲しいんよ!」
「酔狂なこった」
 ボランティア活動がどうこうと言うよりは、皆でわちゃわちゃやっているのに誘ってもらえないのがつまらなかったのだろう、レンがそう言うと、呆れたように高杉は彼女を眺めた。
「でも、態々ボランティアとか面倒なことしなくても良いんっすよ。折角レンはお目溢しもらったんっすから」
 そう彼女に声をかけた来島また子は、本気でレンの抗議に驚いたような表情を作った。こんな事やらないに越したことはないし、ボランティア活動も楽しい事ばかりではない。現に、一発目の依頼であったプール掃除等酷い目にあった。掃除だけならまだしも、最終的にはなんやかんやで、怨念の籠もった『マダオン』討伐にまでなったのだ。あれは本当に大変だった、そう思い返して来島は思わずため息をつく。
「マダオン見たかったんよ……」
「いやいやいや!!あれは!!本当見て楽しいもんじゃないっすから!!っていうかマダオン知ってるんっすか!?」
「シンスケのインスタでみたんよ」
 そういえばあの騒ぎの中黙々と高杉は写メを取り続け、インスタに上げていたのを思い出し、来島は頭を抱える。
「万斉先輩!」
 思わず助けを求める様に、万斉の名を来島が呼ぶと、彼は小さく頷いた後に口を開く。
「ではレン、共に頑張るとしよう」
「やったー!」
「駄目だこの人!!!レンと一緒にいれるってだけで何もかもかなぐり捨てたっす!!!」
 来島としてはレンは妹分として可愛いとも思うし、別にハブろうと思っている訳ではない。けれど、根っからの不良レッテルの自分と一緒にいることで、比較的まともな彼女がこちら側と思われるのも可哀想だと思う気持ちもあるのだ。幸い3Z面子は不良だろうが、何だろうが気にする繊細な神経を持つ者は少ないのだが、校外となると話は別である。別の不良グループに絡まれる事もあるし、下手をすれば彼女が狙われる事もある。もっとも、この小柄な体型とは裏腹に喧嘩は物凄く強いらしいのだが、来島はまだそのレンの実力をお目にかかったことがないので、守るべき対象と思っている。
「まぁ、ボランティア活動は力仕事も多いですから、レンさんの怪力は役に立つでしょうね……」
「はぁ〜武市先輩も賛成っすかぁ……もぅ……」
 万斉が許可を出した時点でもうほぼ彼女の参加は決まったようなものである。今更何を言ってもひっくり返らないだろうと来島は諦めて、とりあえず一ヶ月、何とか乗り切ろうと心の中で固く誓った。
「ボランティア活動に他の面子の手を借りちゃいけねぇって訳じゃねぇだろうしな。俺の分まで働けよ」
「わかったんよ!」
 高杉の言葉に元気よくレンが返事をすると、万斉は、ヌシの分はヌシが働くでござる、と冷たく言い放つ。レンが絡まなければマイペースを貫き通すが、彼女が絡むと途端に莫迦になる男、河上万斉。その彼の温度差を見て、来島は大きくため息をついた。
「大丈夫っすかねぇ」
「まぁ、なるようにしかなんねぇだろ」
 そう言い放つと、高杉は咽喉で笑った。


 授業には出たり出なかったりな面子であるが、そもそも学校内での奉仕活動なので、依頼自体は休憩時間や放課後に生徒や先生が持ち込んでくる。本日は依頼がないのか、折角レンが放課後にすっ飛んで来たと言うのに暇を持て余している。
 けれど、皆といるのが楽しいのかレン自体はニコニコと上機嫌で万斉の横に座っている状態である。
「来ないっすね……」
「まぁ、水泳部はともかくとして、中々普通の生徒が我々に頼み事とはなりにくいでしょう」
 あくびを噛み殺す来島の横で本を読んでいた武市は小さくため息をつきながらそう返答をした。実際水泳部の件は依頼を持ち込んだのが3Zの長谷川であった訳で、3Z以外の生徒が不良グループに何か頼み事とというのも敷居は高いだろう。あわよくば何もないまま一ヶ月……等と来島達も考えていたぐらいである。
「ゲームでも持ってくれば良かったっすねぇ」
「じゃぁ、宿題やるんよ!」
「はぁ?」
 退屈そうに来島がしていると、ばばーん!と言わんばかりにレンはカバンから教科書とノートを取り出す。
「宿題あったんっすか?」
 授業に出ずにここでグダグダしていた来島はレンの開いたノートを覗き込むと顔を顰めた。自慢ではないが勉強の方はさっぱりなので今更宿題と言われても無理な話である。赤点はギリギリ免れている状態ではあるが、それでも宿題など長くちゃんとやってはない。
 「そういえば万斉先輩は宿題だけはちゃんと出してるんっすよね」
 思い出したように来島が言うと、高杉は咽喉で笑いながら口を開いた。
「大方レンの手伝いついでに消化してんだろ」
 あー、と来島は声を漏らし、既にレンに教える体制で横に座っている万斉に視線を送る。元々天才肌の高杉はテストだけふらっと受けに来てそれなりの点数を叩き出しているし、万斉もレンに教えるために授業に出ないことは多いが成績が悪いという事はない。あれ?この中で自分と似蔵だけが毎回進級ヒィヒィいってるんじゃね?武市はロリコンだけど頭は良いわけだし……そう思うと、来島はうーん、と言いながら仰け反った後に、ひょこひょことレンの方にに移動しストンと彼女の隣に座りノートを覗き込んだ。
「おやおや、貴方はもう少し基礎から勉強した方がいいんじゃないですか?」
「黙れロリコン!!!ちょっと覗いて見ただけっす!!!」
 顔を真っ赤にしながら来島が怒鳴ると、武市は呆れたように彼女に視線を送った。
「いい機会ですからせめて赤点は免れる様に勉強してみてはどうですか?卒業できないとか流石に……」
「煩い!煩い!」
 武市の座る椅子をガンガン蹴っ飛ばしながら来島が怒鳴ると、万斉が僅かに眉を寄せて、うるさいでござる、と不快そうに声を放つ。
「あ、すんません」
「大丈夫なんよ」
 しゅんと謝った来島に対し、レンはニコニコと笑いながらそう返答すると、来島ちゃんも一緒に勉強する?と笑いかけた。
 全力で首を横に振る来島を眺めて武市は大きくため息をつき、高杉は僅かに笑う。
「あの……すみません……」
 恐る恐ると言ったような様子でプレハブの扉を開ける生徒。それに気が付きレンは元気よく、はい!と立ち上がって満面の笑みを作る。
「困ったことがあったらお手伝いするんよ!」
 ほっとしたような生徒の表情を見て、武市は苦笑しながら口を開いた。
「レンさんが満足出来る依頼だと良いですね」
「……黙れロリコン」
 あぁ、皆レンに甘い。そう考えながら来島はにこにこと嬉しそうなレンを眺め口元を緩めた。


 依頼自体は図書館の廃棄本の処理という至極地味なものであった訳なのだが、廃棄の判子を押したり、纏めて廃棄場所へ移動等それなりに人手のいるものであった。
 普通ならば女性陣が判子押しであろうが、レンは自ら進んで力仕事を引き受ける。
「前から思ってたんっすけど、レンって何であんな力あるんっすか?」
「さぁな」
 判子をペタペタ押す来島の横で高杉は携帯をいじりながら気のない返事をする。すると、同じく判子押しをしていた武市は手を止めて、本を紐で括ってせっせと運ぶレンを眺めた。
「体格的にもあれだけの力が出るとは思えませんね」
「っていうか、じっくり眺めるなロリコン。レンが汚れるっす」
「レンさんは残念ながら範囲外ですよ」
「なお悪いわ!!!」
 持っていた本を武市に叩きつけると来島は鼻息荒く怒鳴る。一方、力仕事を任されたレン、万斉、似蔵は、先程から無駄話も少なくせっせと廃棄本を図書館から運び出している。本当に廃棄になるのは破損の酷い一部の本で、それ以外は文化祭のバザー等に出されるために別の部屋で保管されるのだ。その三人が一気に運ぶ量を眺めても圧倒的にレンの処理する本が多い。
「喧嘩も強ぇしな」
「それ本当なんっすか?」
 高杉の言葉に心底不思議そうに来島は返答する。元々彼女は性格も温和な方であるし、喧嘩などと言うものとは一番縁遠い気がしたのだろう。
「万斉と俺に絡んできた他校の不良に後ろからいきなり殴りかかってボコボコにした」
「こわ!!!!!え!?なんっすかそれ!!!エグ!!!やり方エグい!」
「レンさんは大雑把な所ありますからね」
「いやいや!大雑把とかそんなレベルじゃないっすよそれ!!!どうやったらそんな事になるんっすか!」
「まぁ、万斉の野郎が一発食らってたからな」
 正当防衛だろう、と高杉は続けたが、来島は思わず首を横に振りまくる。どちらかといえば良い子ちゃんなイメージが強いだけに、あの小柄な体格でいきなり殴りかかるとか、来島にしてみればホラーの域である。
「えー、そんで……その後どうしたんっすか?」
「万斉がレン担いで逃げた」
「はぁ?え?逃げたんっすか?」
「全員一発でKOだったからな。ありゃ喧嘩慣れしてる。そんで逃げた後、万斉がレンに説教」
「何でそうなるっすか!?」
「『レンが怪我をしたらどうする』だとよ」
 万斉の声色を真似て高杉が言ったので、思わず武市は吹き出したが、来島は唖然とする。ちょっと万斉の反応も分からない、と思ったのだろう。それだけ強ければ怪我などするわけがない。けれど、彼は万が一、という可能性の方が気になるのかもしれない。
「……万斉先輩も知ってたけどおかしいっすね……」
「あいつはレンの事になると莫迦になるからな。まぁ、レンも万斉が殴られてなきゃあそこまで無茶しなかったんじゃねぇか?」
「はぁ」
 それなりに付き合いは長くなっていたが、レンが殴り合いをしているのを来島が見たことはなかった。それはレンの前で万斉が相手に負傷させられた、という条件がなかったからなのだと来島は漸く理解する。レン自体は、自分が絡まれても基本的にのらりくらりとかわすか、逃げる事が多いので、多分万斉がそうするように言っているのかもしれない。
「まぁ、お似合いってこった」
「そうっすね」
 もう呆れるしかない。お互いにお互いのために流血沙汰を避けているのだ。平和的といえば平和的なのかもしれないが、万斉などはどうしても目立つので他の不良グループに絡まれることも多い。レンが居なければ遠慮なく殴り合うが彼女がいる時は適当に逃げる。喧嘩強いのに、と内心来島は思っていたのだが、もうここまで莫迦なら仕方ない、とさえ思う。
「判子も手伝うんよ!」
 いつの間にか戻ってきていたレンが来島に声をかけると、彼女は慌てて止まっていた手を動かし始める。既に横に積んであった本は全て運び出されており、暇そうに万斉と似蔵は側に立っている。
「大丈夫っす!さっさと押して終わらせるからレンは休憩してて良いっすよ!」
 今までの遅れを取り戻すように勢いよく判子を押す来島を眺め、レンは不思議そうに首をかしげた。すると高杉は財布をレンに投げてよこし、飲み物買ってこい、と笑う。
「自分で行けばいい」
「そう言うなって、暇そうしてるからおつかいだ」
 冷たく言い放つ万斉に対し、高杉は相変わらずの表情で言葉を返した。万斉は不服そうであるが、レンはそれぞれのリクエストを聞いて周り、ご機嫌で図書室を出て行く。すると、当然の様に万斉もその後を追うので、来島は半眼になりながら二人を見送った。
「本当、めっちゃ過保護っすよね……」
「シスコン万斉だからな」
「ロリコン武市並に救いようがないのは理解出来たっす……」
 高杉がしれっと言い放った言葉に、来島はもう諦めにも似た言葉を放つしかなかった。シスコン万斉。ゴロが良いのが微妙に笑えるが、兄妹、と言われれば実際問題どうなのだろうと思わないでもない。
「でも、万斉先輩はレンの事妹とは思ってないっすよね?保護者っぽくはあるんっすけど」
「さてな」
 可笑しそうに瞳を細める高杉を眺め、来島は判子を押しながら、だからといって恋人ってのも微妙な気がして困惑した様に眉間に皺を寄せた。
「不細工が更に不細工になってますよ」
「煩い」
 呆れたように武市が言うと、来島は短くそう言い放った。
「……まぁ、最近レンは夜兎工の奴とも仲良いみたいだしな。万斉のポジションが安泰って訳でもねぇだろ。ざまーみろ」
「え?レン何してるんっすか?夜兎工とか問題児だらけじゃないっすか。この前晋助様殴り合いになってたっすよね?」
 夜兎工の神威等何度か殴り合いになっていた筈なのに、何故友達作ってんの?ともうレンの器の大きさが計り知れなくなった来島は思わず空を仰いだ。
「阿伏兎っつったか?神威にくっついてた奴。アイツとは割と前から友達なんだそうだ」
「……えー、良いんっすかそれ。阿伏兎って言ったら夜兎工の三羽烏じゃないっすか」
「神威と阿伏兎とやり合う時はレンには内緒で呼べって万斉の野郎は言ってたな」
「万斉先輩殺意高い!!!!!!!どう考えてもヤキモチってレベルじゃない程殺意高いっすよねそれ!!!隙きあらば抹殺する気っすよね!」
「抹殺とは穏やかじゃねぇな。精々再起不能だろうぜ」
 そんでもおっかないわ!!!と思わず高杉に突っ込みたくなった来島はその言葉をぐっと飲み込んで、はぁっと大きく息を吐き出した。
「レンって意外と神経太いっすよね。結構阿伏兎って強面だったし……友達とか言っちゃう辺り……」
「俺たちとつるんでる時点でナイロンザイル並だろうよ」
 咽喉で笑いながら高杉が言うと、それもそうか、と来島はまた判子押しを再開した。


 めいいっぱい奉仕活動を満喫したレンは、上機嫌で帰路についていた。万斉の家に下宿しているので、当然帰宅は一緒である。
「疲れたのではないか?」
「大丈夫なんよ!楽しかったんよ!」
 笑顔を向けて万斉にそう言うので、彼は安心した様に口元を緩めた。自分がマイペースにやっている事に彼女を巻き込むのが申し訳ないと思う反面、彼女が喜んで一緒にいてくれることが嬉しかったのだ。
「それに……」
「何でござるか?」
「『万事部』がある時は一緒に帰れるの嬉しいんよ」
 万斉は個人的にバンド活動をしていたり、高杉の喧嘩に付き合っていたりするので、登校時は一緒に家を出るが、帰宅時は別々なこともちょこちょこあった。今は奉仕活動中ということもあって、バンドも喧嘩も休止中なので『万事部』が終われば基本的にまっすぐ家に帰っていた。否、普段もできるだけ彼女と帰るようにはしているのだが、流石に喧嘩に連れて行くわけにもいかない。
「……そうでござるな。拙者もレンと帰れるのは嬉しい」
 万斉の返事にレンが嬉しそうに笑ったので、彼はレンと手を繋ぐ。すると彼女はまた上機嫌そうな笑顔を彼に向けた。
「明日も一緒に帰るんよ」
「あぁ、そうしよう」
 日暮れを眺めながら、そう返答し万斉は淡く笑った。


高杉くんリターンズ読んだんで書きたくなった
201907 ハスマキ

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