*白昼夢参*
以前の媚薬大作戦失敗はセイバーに大きなショックを与えたが、それでも騎士王はめげることなくアーチャーへのアプローチを続けた。幸い、あの時に道場での手合わせをしたのが切欠で、時間が開けばアーチャーと手合わせをするという日課が一応定着したのだ。これに関してはセイバーは純粋に喜んだ。そして日々セイバーは次なる作戦を実行しようとタイミングを図っていった。
「……む。今日は君の勝ちか」
「その様ですね」
武装もせず、宝具禁止の道場での立ち会いはサーヴァントからすればお遊びのようなものであるが、竹刀を振るえばどちらも真剣になる。アーチャーの喉元に竹刀を当てたセイバーは、彼の言葉に満足そうに笑うと、すっと竹刀を下ろす。
「では今日はこの辺にしようかセイバー。掃除は私がやるから先に……」
いつもの様にアーチャーが言葉を零したので、セイバーは慌ててその言葉を遮るように声を上げた。
「アーチャー!」
「どうした?」
怪訝そうなアーチャーの表情を眺めながら、セイバーは大きく頷くと、今日の道場の掃除は自分がやる、と言葉を放つ。それに彼は驚いたような顔を作った。いつもはアーチャーが道場の片付けや掃除をしている間に、セイバーは風呂で汗を流すというのがセオリーだったのだ。霊体化が出来ないセイバーはどうしても汗を流す必要があったし、逆に霊体化すれば怪我などはともかく汗や汚れは別に問題なくリセットされるアーチャーの暗黙の了解の様なものであった。
「いや、しかし」
「たまには貴方も風呂で汗を流すといい。湯をたっぷり使うという贅沢も悪くないです」
セイバーに力説され、アーチャーは暫し考えこむ。無論、別に霊体化すれば問題ないだけであって、風呂でさっぱり汗を流すということが悪い事とは思ってはいないし、実際霊体化できるライダー等でもがっつり風呂に入っている。
「……そうだな。では久しぶりにそうさせてもらおう」
「では掃除は任せて下さい!ゆっくり浸かっていて下さい」
いつも自分だけがさっぱり汗を流している事にセイバーが気を使ったのだろうと、アーチャーは素直にそう返事をすると、では任せた、と道場を後にした。それを見送ったセイバーは、口角を上げると、咽喉で笑う。
完全にアーチャーの姿が見えなくなった所で、セイバーはガッツポーズをして、よし!と声を上げ、ニヤニヤと口元を緩めた。
「完璧です!」
小躍りしたいのをこらえながら、セイバーは道場の時計に視線を送ると、雑巾を握りしめて己の計画を反芻した。
お風呂でばったり大作戦。
高らかにキャスターに宣言したものの、元々アーチャーが衛宮邸の風呂を使うことが皆無であったために頓挫していた計画である。何とか出来ないかと知恵を絞ったセイバーは、アーチャーを風呂に放り込む計画を考えていた訳なのだが、今回はうまい具合に彼が乗ってくれた。
風呂の準備も含めてまだ時間には余裕があるが、それまでに道場の掃除を終わらせて、さも、アーチャーが入っていた事に気が付かなかったというふりをして、風呂場でバッティングするという事故を起こさねばならない。
狭い風呂で、全裸の男女。しかも入り口に立つのは己だ。
よし!これならいける!絶対に逃げられない!完璧だ!
自然と笑いがこみ上げるが、セイバーはともかく掃除は終わらせねば、と超特急で雑巾がけをスタートした。
息を切らせながらセイバーは掃除を終えると、着替えを持ってそっと衛宮邸の風呂場へと足を運ぶ。そろそろと脱衣所に滑り込み、中から水音がするのを確認して、小さくガッツポーズをすると、気配を殺したまま服を脱いだ。風呂といえばリラックス空間であるし、アーチャーも身構えて入っていないだろう。現に中からセイバーに声がかかることはない。
そして全裸になった辺りではたっと、セイバーは考え込んだ。タオルで少し前などを隠した方が恥じらいが出ていいかもしれない。そんな事を思いついたのだ。お風呂でばったり大作戦等考えている時点で、恥じらいもクソもないわけなのだが、あくまで自然に風呂場に乱入せねばならない。体を洗うために使っているタオルで胸元を隠し、セイバーは大きく息を吸い込むと、勢い良く風呂場の扉を開け放った。
「いやーん!なんという事でしょう!まさかアーチャーがまだ入っていたなんて、これは気が付かなかった!」
その白々しい台詞の後、沈黙するは、セイバーと、湯船に浸かっていた男……。暫くお互いに見合った後に、男が声を上げる。
「ぎゃー!!!!!!!!!!!!!!!」
衛宮邸に響いた声は、光の御子とも、クランの番犬とも歌われた、青い槍兵の声であった。
突然白々しい棒読みで騎士王で全裸で風呂場に来たと思ったら、いきなり武装して約束された勝利の剣を抜かれたのだ、悲鳴も上げたくなる。一方セイバーはアーチャーが入っているのだとばかり思っていたが、湯船に浸かっていたのがランサーでは怒りたくもなる。
「どうした!ランサー!」
そして、風呂場に駆け込んできたアーチャーが見たものは、完全武装のセイバーがランサーの股間のゲイボルグをへし折ろうとしているという悪夢のような光景であった。慌ててセイバーを後ろから羽交い締めにして、アーチャーは声を上げた。
「セイバー!落ち着け!」
「放して下さい!どうして!ランサーが風呂に!」
顔を真っ赤にして涙目で抗議するセイバーと、湯船の中でガタガタ震えるランサー。アーチャーは暴れるセイバーを何とか押さえつけながら、たまたま家に来たランサーが風呂を借りたいと言ったので自分より先に入れたと言う事情を説明した。
「ッ!ともかく!セイバー!武装解除してくれ!」
本気で暴れられたら風呂場が吹っ飛ぶと必至にセイバーを抑えてつけていたアーチャーの声に、セイバーは項垂れると、漸く暴れるのをやめて武装解除をする。
「……」
当然武装する前に全裸であったので、武装を解除してしまえばセイバーは全裸である。それに気が付いたアーチャーは、元々ランサー用にと持ってきたバスタオルを後ろからセイバーの肩にかけると、小さく咳払いをして、ランサーに視線を送る。
「すまないがこのままだとセイバーが風邪をひく。早めに上がってやってくれ」
「りょーかいー」
「セイバーもすまないが、もう少し待ってやってくれ」
項垂れ、無言で頷くセイバーを眺め、アーチャーは僅かに視線を反らすと、脱衣所から出ていく。
「そんじゃ、交代な」
ザバンと湯船から上がったランサーに視線を送ったセイバーは、しおしおと入れ違いに風呂場へと入っていった。
体についた水滴を拭きながら、ランサーは、先程の悪夢を思い出しため息混じりに口を開く。
「つーか、あれだ。何がいやーんだ。おもいっきり乱入する気満々じゃねーかよ」
「……完璧な計画も貴方のせいで台無しです」
水音と共に風呂場から聞こえるセイバーの抗議の声に、ランサーは咽喉で笑った。どこが完璧なのか一から十まで聞いてみたいと思ったのだろう。入浴しているのがアーチャーではない事ぐらい、脱衣所のかごを見ればわかっただろうに、そう考えながらランサーはズボンを履く。
「ばーか。計画は完璧だったかもしれねぇけど、結局騎士王様の油断で台無しってこった。残念だったな」
痛い所を突かれて、セイバーは思わず黙り込んだ。確かに計画は完璧だったかもしれないが、最終的にアーチャーが入っているという思い込みが全てをダメにしたのだ。焦った。完璧に自分の失点だ。そう思いセイバーは悔しそうに唇をかむと、泡を洗い流して湯船に浸かる。一人で入るには十分な広さの衛宮邸に風呂。けれど、アーチャーと入れば窮屈だったかもしれないが、それを是非やってみたかったセイバーは、不服そうに口を尖らせた。
「大体何故貴方がここの風呂に入っているのです」
「あー、バイトが久々に力仕事でよ。さっぱりしてーじゃん」
鼻歌まじりに返答されたのが腹立たしいと感じながら、セイバーはぶくぶくと湯船に顎まで浸かる。
「でもまぁ」
「?」
「お風呂でばったり大作戦は一応成功なんじゃね?」
そう云われ、セイバーは怒ったように返答した。
「失敗です!」
「でもバッティングはしただろ?」
「慰めは要りません!」
怒ったような、それでいて、涙声のセイバーの言葉を聞きながら、ランサーは咽喉で笑うと、次があるって、と笑いながら頭にタオルをかぶって脱衣所を後にした。
セイバーの作戦はまぁ半分は成功だろうな、と思いながらランサーは長い髪をタオルで拭きながら衛宮邸の廊下を歩いた。背後を取られていたからセイバーには見えなかったであろうアーチャーの表情。
武装解除をした時に見せた明らかな動揺。
「……何してんだ?」
そして、これだ。そう思い、ランサーは居間の隅で考え事をしているアーチャーに声をかけた。すると彼は驚いたように顔をあげて、いや、と短く言うと台所へ向かう。
「あんな残念な胸見てもときめかねぇだろ。俺としちゃやっぱ、こう、もう少しボリュームが……」
「ランサー!」
声を上げたアーチャーの表情を眺め、ランサーはニヤニヤと口元を歪めた。それに気が付いたアーチャーが、むっつりしたように表情を抑えたは、お構いなしにランサーは言葉を続ける。
「見慣れてんだろ?女の裸なんざ」
「……煩い」
アーチャーがライダーにいいようにされているのはランサーでも一応知っていた。けれど、きっとこの男はライダーにあんな表情は見せないだろう。
「お茶ー」
「自分で取れ!そしてさっさと帰れ!」
「つめてーな。セイバーに対してぐれぇ、俺にも優しくしろよー」
「……別にセイバーにだけ特別優しくしているつもりはない」
どの口が言うのか。そう思いながら、ランサーは冷蔵庫にあったお茶を飲み干した。
お風呂でバッタリ大作戦。失敗。
20130110