*白昼夢壱*

 

 淡い紫色の髪が床に広がっている。シーツを取り込んで、それぞれの部屋に放り込む作業をしていたアーチャーは寝息を立てて横になっているライダーを見て面食らった。
 恐らく軽い昼寝のつもりなのだろう、座布団を二つに折って枕にしているが、いつも先の方で束ねられている髪は解かれており、畳に髪が広がっていた。絡まないのだろうかと何気なく思ったが、余り女性の寝顔を眺めるのもいい趣味ではないと思い、アーチャーはシーツを彼女の枕元に置くとそっと部屋を出ようとする。
 しかし、足を止めて再度部屋に戻ると、押し入れを開けてタオルケットを引っ張りだした。
 扇風機が首を回し、彼女の髪がふわりと揺れる。余り身体を冷やしすぎても良くないだろうと考えたアーチャーの配慮であった。
 これでよし、と満足気な顔をして立ち上がろうとしたアーチャーであったが、突然腕を掴まれてバランスを崩す。
「!?」
「……ああ、アーチャーでしたか」
「誰と間違えたのかね?」
 眉を寄せて言葉を放ったアーチャーに、ライダーはほんの少し瞳を細めて笑った。その反応にアーチャーは呆れたような顔をしたが、立ち上がろうとして漸く自分の身体に起こった異変に気が付く。
「ライダー……」
 ため息にも似た呟きに、ライダーはイタズラが成功した子供のように笑ってアーチャーの頬に指を滑らせた。
「貴方はサーヴァントとしては非常に優秀ですが、魔力耐性が低すぎるのが弱点ですね」
「自覚している。早く魔眼を解いてくれ」
 ライダーが昼寝のために眼鏡を外していたのに気が付かなかった己の迂闊さを呪いながら、アーチャーはそう言葉を零す。
 けれどライダーは少し微笑んだだけで魔眼を解く気配がなく、アーチャーは少し苛立った様子で再度口を開いた。
「ライダー。まだやる事が残っているのだが」
「働き過ぎな所も……」
「は?」
 ライダーの言葉の意図が解らず、思わず間の抜けた返事をしたアーチャーであったが、突然ライダーに口づけられその先の言葉を吐き出すことは出来なかった。
 瞳を閉じたライダーは、触れるだけの口づけをした後に、驚きの余り言葉を失ったアーチャーの瞳を覗きこんで笑った。
「じきに解けます。それまで私と遊んで下さい」
「……断る」
「では勝手に」
「ライダー!」
 逃げようとアーチャーは身体をひねるが、逆にそれが良くなかったのか、バランスを崩してそのまま畳に崩れ落ちた。相変わらず魔眼は彼の身体を縛り、指先さえまともに動かせない。もしかしたらまともに声が出せるのも奇跡なのかもしれないとゾッとしたアーチャーは、再度口を開く。
「待て!ちょっと待ってくれ!」
「背中が痛いですか?」
「違う、そこじゃない!もしかして魔力が足りないのか?」
 段々と口調が砕けてきたアーチャーを愛おしそうに眺めると、ライダーは少しだけ微笑んだ。彼はどこまで行っても彼だと。こんな状態であるのに、あくまで相手を気にしてしまうその思考。ライダーは嬉しそうに微笑むと、先程彼の持ってきたシーツを器用に片手で広げ、そこにアーチャーを転がした。
 普通の女性なら長身のアーチャーを転がすなど無理であろうが、怪力持ちであるが故に、それを軽々やってのける。
「……魔力が足りないと言えば遊んでくれますか?」
 何とか腕で上半身だけを起こしたアーチャーの上にライダーは乗ると、微笑みながらそう言葉を零す。言葉に詰まった彼を見て、ライダーは手を伸ばしアーチャーの頬を撫でた。
「正直ですね」
「ランサー辺りじゃ駄目なのか?」
 本気で困り果てたような顔をしたアーチャーを見て、ライダーは彼の耳元に唇を寄せて言葉を零す。
「貴方がいいんです」
 そう言うと、彼の褐色の肌に唇を滑らせた。ビクリとアーチャーの身体が震えたのに気が付き、ライダーはそっと彼の手に己の手を重ねる。
「武装を解いて下さい」
「……嫌だ」
 普段着ならば脱がせてしまえばいいのだが、彼のサーヴァントとしての武装は脱がすのが些か面倒臭そうだ。そう思い言ってみたが、子供の様に首を振って言葉を零す姿に、ライダーは口元を歪めた。
「服を着たままのほうが好みですか?」
「違うッ、そうじゃない!」
 本気で焦ったのだろう、アーチャーのうわずった声にライダーは瞳を細めると、再び唇を重ねた。逃げようにも逃げられず、アーチャーはライダーにされるがまま口内を貪られる。
 息が詰まるほど執拗な口づけは、逃げようとする舌を絡めとり、角度を変えて何度も口内を犯す。
「ッ……」
 僅かに漏れる呻きにも似た彼の声に、ライダーは嬉しそうに瞳を細め、ゆっくりと彼の身体のラインを指でなぞる。僅かに彼が身動ぎしたのを感じて、ライダーは漸く唇を離すと、今度は彼の首筋をなぞるように舌を這わせた。
「少し元気になってきたようですね」
 ライダーの言葉に思わず彼は顔を朱に染める。その反応が余りにも普段とは違っていたので、ライダーは満足そうに笑うと、己の胸を彼の胸板に押し当てて身体を密着させた。彼の服をたくし上げ、晒された腹筋を指で撫でながら、啄むように口づけを繰り返す。
「早く楽になりましょ?ね?」
「嫌だ」
 妖艶な微笑みを浮かべたライダーの誘惑を必死に突っぱね、アーチャーは首を振った。
 それに対して彼女は酷く残念そうな顔をしたが、彼の頭を抱いて再び口づけた。ジワジワと追い詰めるようにライダーはアーチャーの身体を蹂躙していく。こんな時に魅了の魔眼でもあれば事は簡単なのだが、生憎ライダーには石化の魔眼しかなく、相手の自由を奪って蹂躙していくしかない。
 時折漏れるアーチャーの押し殺した声に、ライダーは知らず知らずの内にのめり込んでゆく。
 初めはほんの悪戯心だったのだが、余りにも頑なに拒否されてライダーもムキになってきていたのだ。けれど口づけを繰り返し、彼の鍛え抜かれた身体をなぞる毎に、ライダーも段々と彼が欲しくなってきた。熱を帯びてきたのは彼だけではなく、ライダーの方もで、段々と直に触れたいと言う欲求が高まってくる。
「フフ……我慢比べですね」
「ライダー、いい加減……」
 アーチャーに声をかけられ顔を上げたライダーは目を丸くする。彼女の反応の意味が解らなかったアーチャーは不安気に、なんだ?と言葉を零した。
「……いえ。何でもありません」
 そう言うと、ライダーは僅かに目を逸らして、アーチャーのズボンに手をかける。
「待て!待て!」
「待ちません」
 やたらとベルトが多く、脱がすのに一苦労したが、ライダーは身体の自由が効かないなりに暴れて抵抗するアーチャーの衣類を見事に剥がしきると、己も服を脱ぎ捨てる。胸のラインは十分すぎるほど豊満で、足も腕も無駄な肉はついていない。
 アーチャーが後ずさるように距離を取ろうとしたので、ライダーは己の胸を彼の足に押し当てて笑った。
 まだ完璧には熱を帯びていないアーチャー自身を指で撫でながら、ライダーはそれを口に含み舌で転がした。相変わらず声を押し殺すアーチャーの顔を盗み見る。眉間にシワを寄せ、耐えるような表情は彼女の嗜虐心を煽る。
「我慢しなくてもいいんですよ?」
「……ッ!」
 きつく吸い上げた後にライダーが言葉を零すと、アーチャーはすっと手を伸ばして彼女の頬を両手で覆った。もう動けるようになったのか、とライダーは少し驚いた様な顔をしたが、頬に触れる体温が心地よく、思わず瞳を細める。
 その表情に、引き剥がすつもりだったアーチャーは呆気にとられ、思わず手の力を緩めた。
「あぁ、そう。貴方はどうしようもなく甘い」
「しまッ……」
 また四肢を支配する痺れにアーチャーは愕然としたような顔をする。折角解けかけていた魔眼がまた少し強化されたのだ。
「どうせならば……髪を撫でてくれれば良かったのに」
 己の肩にかかる髪を耳にかけながらライダーはため息のように言葉を零すと、また彼を攻め立てる作業に戻った。
「何を莫迦な事を……ッ」
「そろそろ良いですかね?」
「良くない!良くない!」
 首を振るアーチャーの頭を抱いて、ライダーはゆっくりと探るように腰を下ろす。入り口を押し広げられる感覚に、ライダーは吐息のような声を僅かに零すと、アーチャーの頬を指で撫でる。
「怖がらないで下さい」
 引きつったアーチャーの顔を見てライダーは言葉を放つが、彼は小さく首を振って俯いた。その仕草が酷く可愛らしく、ライダーは優しく口づけると、腰をじわじわと下ろしていく。己の内側に収まった熱を感じながら、ライダーはうっとりとした表情をし、彼の胸板に頬を寄せた。
「……どうですか?」
 感想など聞くまでもないが、彼を困らせたくて態々聞いてみる。返答はなく、彼の僅かに上下する胸板を撫でながら、ライダーは残念そうに笑った。
 ゆっくりとライダーが腰を動かすと、彼が眉間のシワを深くしたので、彼女は瞳を細めてその場所に口づけを落とす。
「癖になりますよ。眉間のシワは」
 口を開けば己のコントロール出来ない声を上げてしまうと思っているのか、彼は黙ってライダーの声を聞いていた。もっと縛ってしまいたい、もっと困らせたい。そんな感情が湧き上がるの感じながら、ライダーは自慰をするように行為に耽った。探るように腰を動かし、己のもっとも心地良い場所を探す。
「ふッ……あッ……」
 淫靡な水音が鼓膜を犯し、ライダーは潤んだ瞳でじっと耐える男の顔を眺めた。それに気がついたのか、アーチャーが腕を上げて顔を隠そうとしたので、ライダーは力任せにその腕を引き剥がし、床に縫い付けるように抑えこんだ。
「ッ!ライダー!」
「……顔を隠さないで下さい」
 そう言ってライダーは深く口づける。逃げる舌を絡めとり、息が出来なくなるほど長く口内を犯してゆく。酸欠のせいか顔が赤いアーチャーを眺ると、ライダーは少し俯いて、彼の髪を撫でた。
「……士郎」
 零れた声に、アーチャーは絶句する。今にも泣き出しそうなライダーの顔。僅かに緩まったライダーの手を解き、アーチャーは彼女の頬を撫でた。
「違う」
「士郎……」
「……私は……」
 ハラハラと零れる涙が、アーチャーの頬に当たる。今更後悔しているのだろうかと、アーチャーはライダーの顔をぼんやりと眺めた。始めは悪戯心からだったのかもしれない。けれど、自分とは違う自分の面影を重ねて彼女は己の身体を貪っていたのではないか。いつもなら腹が立つ所だが、彼女が余りにも哀れでアーチャーは思わず彼女の髪を撫でた。
 それにライダーは一瞬だけ驚いた様な顔をしたが、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「士郎」
 違うと言えばよかったのだろう。けれどアーチャーはその言葉を吐くことが出来ず、彼女の指で涙を拭う。
 その仕草が酷く優しくて、ライダーはアーチャーに縋るように口づけた。彼の頭を抱き、髪を撫で、唇を離してはまた口づける。
「ライダー」
 鼓膜を揺らす声に、ライダーは心を締め上げられる。ズルイのは自分だと知っている。衛宮士郎の代わりにエミヤシロウを欲しているのだ。けれど、髪を撫でる仕草も、遠慮がちに身体に触れる仕草も優しくてたまらない気持ちになる。
 散々暴れて前髪が降りてしまったアーチャーを眺め、漸く自分が本当に欲しい物に気がついた。けれど、ソレは別の誰かのもので、手を出すことは出来なかった。彼に直接縋れば良かったのかもしれない。けれど、それも出来ずに結局エミヤシロウの優しさに縋った。
 泣きたくなるほど優しくされ、ライダーは彼の熱を感じながら心の中で懺悔をする。哀れみから行為に付き合ってくれただけなのかもしれない。けれどその間、彼はライダーの呼ぶ別の誰かの名を咎める事は無かった。ただ、その度に彼女の髪を優しく撫でてくれる。
 浅黒い肌も、色の抜けた髪も、鋼色の瞳も【彼】とは違う。
 それでも、止めることは出来なかった。自慰にも近い己の快楽だけを求める行為。ただひたすら耐え続けるだけの彼を攻め立て、犯し続けた。
「士郎ッ……」
 果てる瞬間、涙で歪んだ視界で【エミヤシロウ】は少しだけ笑って、ライダーの涙を唇で拭った。

 タオルケットに包まり、涙の跡を残しながら眠りについたライダーを眺め、アーチャーは彼女の淡い紫色の髪を撫でる。余りにも身勝手な欲望の発散に付き合わされた形である上に、衛宮士郎の代わりにされたことは本来ならば腹立たしい限りであるが、どうしても怒る気にはなれなかった。
「……我ながら甘いな……」
 自嘲気味に笑うと、アーチャーは着衣を整えて、何事も無かったかのように部屋を出ていった。

 


世にも珍しい騎弓
20120806

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