*天長地久*
悪魔召喚師としての能力は失った訳ではなかった。
ただ、今まで使用していた悪魔召喚師として適性の高い身体を失っただけだった。
男は煙草を咥えるとゆっくりと満月を仰ぎ口元に冷たい笑いを浮かべた。滑稽なまでの愛着だと。
嘗ての自分の身体は全く違う『誰か』の魂を抱えて『葛葉キョウジ』として機能している。世界に受け容れられ探偵として、悪魔召喚師としてあの身体は今も何処かで動いているのだろう。
元はといえばシドを欺く為に橋渡し人カロンと仕組んだ芝居だったのだが、予想外だったのは自分の肉体にダミーとして入れた魂が思いのほか悪魔召喚師に向いていたと言う事だろう。名前も知らない通りすがりの青年の魂は『葛葉キョウジ』の身体に受け容れられた。そして自分は戻れなくなった。
結局はあの身体は『悪魔召喚師』として機能する魂なら何でも良かったのかもしれない。所詮は入れ物に過ぎない。ただ、自らが育ててきた最高の入れ物を結果的に譲ってしまう形になったのは惜しいと思った。
一時的な今の入れ物は悪魔召喚師としては余りにも脆い。
次の入れ物を探す時かもしれない。
強い魂を持つ者だけに継がれる葛葉の技は結果的に記憶継承に近い形で脈々と受け継がれ、自分自身も遠い昔にそれを得た。魂と身体を切り離す技もその一つで、技を継承するに値する魂の持ち主が現れるまで『力』の持ち主は壊れる肉体を使い捨てながらその時を待つのだ。失われる事を禁じられた『葛葉の技』を持つ魂は人によっては気の遠くなるほど長い間その『力』を抱えていた事もあるらしい。
しかし、魂は疲弊する。
長すぎる時間は『葛葉の力』が『魂』そのものを喰らってしまうらしい。魂すらも『葛葉の力』の入れ物に過ぎないということだだろう。それに耐えうる強靭な魂が『葛葉の力』を継ぐ者の最低限の条件だった。
遥か昔に消えた『誰か』の力は肉体や魂を喰らっていまだに生き続ける。
―─悪魔。
同族殺しの一族。
***
漆黒の闇に満月が浮かび耳障りなぐらい『同族』は騒ぎ出す。高揚する精神を押さえ付けながら男はなるだけ同族のいない道を選んで歩くことにした。こそこそと歩くのは性に合わないが、今この身体を失う訳にはいかなかった。運良く見つけたこの身体は悪魔召喚師のチンピラのもので、死に行く魂と入れ違いに身体を乗っ取ったのだった。あくまで自分が『葛葉キョウジ』の身体に戻るまでの簡易的な入れ物のつもりだった為に深くは考えずに選んだが、永遠に『葛葉キョウジ』の身体が失われた以上もっとましな身体を探す必要が出てきた。
血の匂いがした。
高揚を押さえ付けていたのにも関わらず一気に神経がそちらに向いた。近い死臭。消え行く魂の炎が脳裏に映る。
「…アンタ…逃げろ…」
暗闇に青年が蹲っていたのを発見し視線だけをそちらに向けると、蹲る青年は今にも切れそうな声を発した。
刹那、
青年の背後に蠢く影が視界に入った。
悪魔
研ぎ澄まされた爪に滴る鮮血。
「ちっ!!」
一向に逃げる気配を見せない目の前のチンピラに業を煮やして青年は持っていたGUNPのキーボードを叩き自分の飼い慣らす悪魔を召喚した。
しかし、それは余りにも目の前に立ちはだかる悪魔とはレベルが違いすぎた。恐らく新米のサマナーなのだろう。
「今のうちに…」
そういいかけると同時に召喚した悪魔は闇に消えた。その爪で切り裂かれたのだ
満月の夜は悪魔は異常に精神が高ぶり、悪魔との会話能力を持つものですらも会話がままならない事も多い。弱いサマナーがこんな日に外に出るのは自殺行為に等しい。
奇声を上げる悪魔は2体の獲物を前に更に精神を高ぶらせた。
「おい」
目の前のチンピラに声をかけられ青年は億劫そうに顔を上げた。巻き込まれた一般人は運が悪かった、自分もココで終わりだと既に腹をくくっていたのだろう。
「その身体捨てるなら俺が貰い受けよう」
「…何を…」
瞬間、目の前のチンピラは薄く笑いを浮かべると身体を翻して悪魔と対峙した。
「俺が助けるのは『その身体』だ」
奇声を上げた悪魔が爪を振り翳すとそれを紙一重で避けゆっくりと視線を悪魔に向ける。
「運がなかったな…満月の晩に精神が高揚するのは俺の同じらしい」
新米サマナーは目の前で起こった事を理解するのに数秒要した。
一瞬でカードへと変化させらた悪魔が炎に包まれたのだ。
魔法
「…同職か…」
悪魔召喚師に関係する者意外にその能力を持つ人間を彼は知らなかった。少なくとも自分はそんな高度な能力は持っていなかった。
「今は休業中だがな…さて…」
男は蹲る新米サマナーに手を差し伸べ口元に微笑を浮かべながら言葉を紡いだ。
『その身体を貰い受けよう』
***
和服を着た女は自室の扉が僅かに開いているの気が付き怪訝そうな顔をした。
訪問者が訪れるには些か時間が遅すぎる。
そして、
こんな時間に訪問してくるような無礼者は既に存在を世界から消失させていた。
「よう」
部屋にいたのは記憶には薄い青年。先日悪魔召喚師になった『葛葉』子飼いの新米サマナーだったのだ。
「…キョウジ…と言いたい所だけど、今は違う入れ物ね。何て呼べば良いかしら?私はその子の名前を覚えていないわ」
「好きに呼べば良い。俺だと気が付くのは流石だな銀子」
「貴方以外にこんな時間に人の部屋に勝手に上がりこむ無礼者は知らないわ」
和服の女性…銀子は無礼者に占拠されてしまった自分の椅子は諦めベッドに腰掛けると煙管に火を入れた。
「その身体はどうしたの?」
「拾った。どうやら要らないモノだったらしい」
「貴方位ねそんな言い方出来るのは」
僅かに銀子は肩を竦める仕種を見せ、青年のほうを向いた。入れ物は変わってもその『魂』は『葛葉の力』を継ぐ者として十分な強さをみせる。最高の『葛葉』の器。
「現場復帰したい」
「貴方は仕事の話の時しかココに来ないわね。いいわよ。新しくGUNPを調達しましょう」
すると青年は腰にさしていたGUNPを銀子に見せ、コレで十分だと笑う。
「…レイはどうするの?」
『葛葉キョウジ』のパートナーであるレイ・レイホウ。葛葉に仕える巫女である彼女は現在『葛葉キョウジの器』と共に行動をしている。銀子が指示を出せば目の前の青年の手伝いを又する事も可能だった。が、青年は興味なさそうに首を振った。
「レイは今のままアイツのサポートだな。『葛葉キョウジ』の名を落とすのは『葛葉』にとって得策ではないだろう?」
名前も知らない『魂』の入ってる『葛葉キョウジ』の『器』は社会的には『葛葉キョウジ』として認識されている。裏世界で名を知られる組織のある意味顔とも言える『一流サマナー』なのだ。
「よくやってるわよ彼。貴方には足元にも及ばないけど」
煙管の煙を吐きながら銀子は妖艶に笑った。薄暗い部屋で彼女の陶器のような白い肌が月の光に映える。
「当然だ」
青年はそっけなく言うと深く椅子に腰掛けなおしGUNPを弄ぶ。それを見て銀子は僅かに瞳を細め口を開く。
「惜しい?あの身体。随分気に入ってたみたいだけど」
「年月が生む愛着だろうな」
珍しく感傷的な事を言うものだと銀子は僅かに驚いた顔を見せたが、それを見て青年は逆に不機嫌そうな顔を見せた。
子供の頃から『葛葉』として優秀な器を持っていた。
彼は拒絶する訳でもなく、流される訳でもなく自分自身で悪魔召喚師への道を選んだ。
それは、
彼にとってコレからを決める最後の選択だったのかもしれない。
彼は選択した瞬間に完成され、完成されたモノはそれを証明し続ける為に生きなければならない。
死ぬまで…否、死んでも尚背負うは『同族殺し』の大罪。
「『葛葉』の殉教者みたいね。それとも救世主かしら」
「笑えない冗談だな。俺は俺の為に生きてるんだよ」
青年は不機嫌そうな表情を更に悪化させるとGUNPを元のように腰にしまい立ち上がる。
「取りあえずは『新米サマナー』として『葛葉』にいる事にする。手続きは任せる」
「…ええ。宜しく」
結局この男は悪魔召喚師としてでしか自らを証明できない。
同族殺しすらも自らの存在を世界に証明する為に手段。
魂が喰われるまで自ら存在を証明し続けるのだろう。
継承された『葛葉の力』をその『魂』に抱えて。
永遠に。
***
「…どうせ長くない身体だ。アンタにやるよ」
壁にもたれ掛かった青年は目の前の現実を把握しゆっくりと口を開いた。
「そうか」
外傷は少ないが、どうやらこの青年の身体には根本的な欠陥があるらしい。それでも今の身体よりは随分とマシだと判断した男は差し伸べた手を引く事はしなかった。
「2年かそこらだと思う…可笑しいな…悪魔を使役する筈の僕が…悪魔に身体を譲るなんて」
『悪魔』といわれる事に違和感はなかった。『人間』であるかどうかすら怪しい自分自身は分類するなればそちらに近いと判断していた。
「悪魔に見取られるならサマナーとして本望だろ?」
男は口元に笑いを浮かべ既に消えそうな魂を入れた『器』に視線を向けた。
「…かもね…」
「あばよ」
魂の炎が最期の輝きを消した。
ゆっくりと瞳を開けると足元には先ほどまでの『器』が転がっていた。とっくの昔に死んでいたその器は漸く役目を終わらせ肉塊となったのだ。自分の手に握られているGUNPを確認してゆっくりと立ち上がる。鈍い痛みが走るが気に留めずに新しい『器』の感覚を確認した。
「なるほど…悪くない。時間制限付きなのは厄介だがな」
既にGUNPに入ってる仲魔を全て消失させると青年は満月の下に蠢く悪魔に視線を移す。
今日は満月。
高揚する血は一体誰のモノか。
20021014 さがみ
>>HP移転に伴い改行等若干調整。