*聖夜回想*

 年末の慌しい中毎度の事ながらたけきの藩国所属の蓮沼時雨はふとある事を思いつきそれを実行に移す準備を整えていた。たけきの藩国の藩内イベントの3割は時雨の思いつきと言われる位彼は暇つぶしのイベントに熱心である。
 部屋に篭った時雨は早速真新しい便箋と封筒を取り出すと手紙をせっせと量産し、それを抱えて部屋を出る。速達で出さねばならないので直接藩国管轄の郵便局・忍者の里支部へ行くのだ。忍者としての修行の一環として郵便配達業務があり、その速達部門は忍者の里支部が一括して請け負っていたのだ。

「あれ、時雨様今日はお手紙ですか?」
 受付に座るのは時雨と同じく世界忍者で褌派閥の忍潮井レイラインであった。総じて受付業務は暇な為によく2人で当番の時は褌の新しいデザインを考えたりしていたりする。
「そうでござる。速達でお願いするでござる」
 そう言うと愛用のがま口からお金を取り出し支払う。忍潮井はあて先を確認し、首を傾げる。
「藩国の出仕メンバー全員と滞在ACE様宛ですね。あ、私の分は此処で受け取っておきます。えーっと、人数多いのでとりあえず速達要員に連絡入れますので…そうですね、昼には配達完了すると思います」
 忍潮井がちらりと見た時計は丁度九時半を指した所であった。午前中に頼まれた速達は国内なら最低当日夕方には配達される事になる。昼までにつけると言い切ったのは流石ベテラン忍者と言う事であろう。そしてこの速達の最大の特徴は家に配達ではなく本人に配達という所である。家に持っていっていなければ本人を探す…この辺りが忍者の探索能力を鍛えるための修行と言えるであろう。
「因みに私の分は此処で開けてもかまいませんか?」
「どうぞでござる。忍潮井殿にもお手伝いして欲しいでござる」
 大方仕事を終えた時雨は安心したのか勝手に備品のポットからお湯を注ぎ急須にお茶を満たす。手紙を出してしまえば後は個人に任せる事になるので仕事はほぼ終りなのだ。後の大仕事は…藩王様に許可を取り付ける事だけである。まぁ、コレに関しては一応サポートを手紙でお願いしているので何とかなるであろう。事前に申請しても却下されるか否か五分五分なので時雨は総じて半分ぐらい準備を進めてから許可を取り付けることが多い。よほどの事がない限り藩王はそこまで準備を進めてしまうと許可をくれる事が多いのだ。
「ああ、そうでしたか。いつもこの手の企画は時雨様が思いつく事が多いですね」
「カレンダーって毎日見ないでござるか?」
「私は見ますけどそこまで細かく覚えてないですね」
 手紙に書いてあったのは『化野殿お誕生会&忘年会』と銘打ったイベントの招待状と事前準備指示書であったのだ。12月24日が誕生日という藩国騎士化野の誕生会と1年頑張った慰労会を含めて忘年会しようよ!とい事である。以前摂政・志水高末の誕生会を発案したのも時雨であった。無駄にマメに行事を企画するのである。忍潮井に出されていた指示は『ACE・ノギ少将と金大正殿と共にお手伝い』と書かれている。つまり自分で仕事を捜してくれと言う事であろう。
「あー、それじゃぁ、ノギ様と金様に手紙を届けるついでに一緒に仕事探します。多分会場設営か料理手伝いですかね?」
「そうでござるね。拙者はとりあえず藩王様に許可貰ってくるでござる。その間に忍潮井殿は速達の手配頼むでござる」
「了解。では後ほど」

 速達要員に呼ばれたのは幸か不幸かソックスハンター三人衆と呼ばれる摂政・志水高末、月光ほろほろ、モモであった。この3人は暇にするとろくな事をしないと言う事で優先的に仕事を与えるように藩王から命令が来ているのだ。
「という訳で、まぁ、お手紙速達お願いします。自分の分もある筈なのでそれはもう持っていって下さいね」
「ぐれっちGJ!合法的に酒がのめるぜ!」
 大喜びしたのは志水であった。この忘年会シーズン酒を飲んでは藩王に鉄拳制裁の毎日であったがコレは藩国イベントなので余程の事がない限り怒られる事はない。
「しかし…俺達にもクリスマス前の用事ってモノがあるんだぜ…」
「そうですね。恋人の居ない貴方様達の用事ならきっと後回しでも大丈夫だと私は思いますが」
「忍潮井ひでぇ!鬼!アクマ!」
 月光が少し渋ったのを見て忍潮井は笑顔のまま容赦のない返答をする。右の忍潮井・左のコダマといえば笑顔で容赦ない仕打ちをする右大臣左大臣なのだ。
「まぁ、まぁ、月光さん。此処は時雨さんのイベントに乗りましょう。我々の任務は夜からですし…」
「夜?サンタの真似事でもするんですか?」
「わ――――モモ!いくら忍潮井が風紀委員派じゃないと言ってもそれ以上は」
「コレは失礼しました摂政。それではお手紙は責任を持って私達がお届けしますよ」
 モモの不穏な発言に忍潮井は首を傾げるが慌てて志水が止めた所を見るときっとろくでもない目論見であろう。しかし忍潮井は自分に関係のないところには関与しない主義なので軽くスルーし、速達の指示を出すという任務を全うし、自分分配の手紙を確認する。
「それじゃぁ、私は行きますので正午までにお願いしますよ」
 忍潮井が部屋を出て行ったのを確認すると志水は辺りに人が居ないのを確認して声を潜める。
「手紙ってのはアリだな。例のイベントをはやらせる為に目ぼしい人に手紙を配達するってのはどうだ?」
「…つまり、『使用済みの靴下を枕元に下げておくと、夜にサンタがやってきて素敵なプレゼントと交換してくれる』って手紙を出すのか?」
 志水の提案に月光は文面を即興で作り上げる。つまり彼等の任務…用事とは、サンタの為に靴下を下げる人々の靴下を回収する任務である。しかしながら使用済みでなければ価値はない。このイベントを広める為にひっそりと街頭活動などをしていたが風紀委員に当然摘発され中々進んでいなかったのだ。
「もう当日ですしね。此処は速達手紙を配達するついでに他の家も回って手紙を入れてみては?」
 モモが早速ダイレクトメール第一号をパソコンに打ち出すと月光と志水は小さく頷き作戦の決行を決心する。ソックスハンターの稼ぎ時シーズン到来である。
「うっし。とりあえず俺達の手紙には会場の飾りつけとあるが、どうせ梅本辺りが忍パンダ使って人海戦術するだろうから適当に手伝って手紙ばら撒こうぜ!モモお前の分の速達は俺が回るからダイレクトメール作っておけ。あと、文章はパソコンからちゃんと消去しておけよ。行くぞ月光」
「了解」
「よっしゃ!」
 志水はモモから速達手紙を受け取ると月光と共に窓からひらりと外に出ると軽やかな足取りで町へ向かう。どうせ真面目な出仕人達は一応朝城に向かうのだ、恐らく正午所か1時間後には速達配達は終了するだろう。
 それを見送ったモモは早速パソコンに向かいソックスハンターの夢と希望の詰まった手紙を作成し始めた。

 

「…さて、どうしたものか…」
 二郎真君は時雨から届いた手紙を見て頭を抱えた。毎度の事ながら唐突なくせになんだか却下したら罪悪感一杯企画を持ち込んでくる時雨。今回も忘年会及び化野の誕生日会という尤もらしい企画を持ち込んできたが結局皆で何かしらわいわい騒ぎたいだけであろう。恐らく朝カレンダーを見て思いついた可能性が大だ。でなければ当日の朝に速達で手紙が届くなどとありえない事であった。何故もっと余裕を持って企画しないの一度聞いたことがあったが、その答えは『思いついたら即実行がモットーなのでござる』というはた迷惑な返答であったのだ。準備期間を置かない事によって周りからの協力を効率よく得ようと狙ってるのか、本気でそんなモットーを抱えてるののかは謎であった。
「二郎殿、どうでござるか藩王様のご機嫌は」
「どうもこうもありませんよ。全く貴方はどうしようもない馬鹿ですよ。面倒な事態々まわしてきて。どっちかといえばひわみさんの方が適任でしょうに、藩王様の許可取り付けなんて」
「ひわみ殿にはTAKA殿やていわい殿・竹戸殿に買出しを頼んでるでござる。予算関係はあのメンバーが一番いいでござる」
 確かにその辺は納得出切る。ひわみとTAKAは藩国の数字関係をメインに仕切っている所があるし、買出しなら体力があるていわいと竹戸をお付に選抜したのもわかる。しかし別にひわみと自分をチェンジしてもいいじゃないかと二郎は思う訳である。
「拙者が二郎殿と仕事をしたかったでござる」
「…」
「二郎殿の尻尾を藩王様のお部屋に行く前に勇気を補充する為にひとなでさせて欲しいでござる」
 そう言うと時雨は右手をわきわきさせながら二郎ににじり寄る。すっかり褌に隠れてしまった時雨の隠れた趣味。尻尾大好き属性発動である。元々二郎の尻尾を追いかけてこの藩国までやってきた風変わりな忍者は思い出したようにその趣味を全開にするのである。大昔…それはもう第六世界・整備に一緒に居た頃、厭というほど尻尾を撫で繰り回された二郎は反射的に尻尾を縮める。この理不尽なセクハラに藩王様に泣きついたりもするが、『褌よりまし』とさくっと流されて枕を濡らした日々。
「…冗談でござる。拙者はこの戦いで大きくなったでござるよ…二郎殿…」
 信じていいのか悪いのか判断できない二郎は時雨の表情を伺うがその表情は笑ったまま崩れないので探るのを辞めた。笑顔で人を切るのが忍潮井なら笑って平然とホラを吹くのが時雨である。天性の詐欺師の称号を欲しい侭にする時雨の表情など読めるはずもない。
「まぁ…誕生会なら藩王様もOKでるでしょう。さっき食堂に藩王様が行ったのを確認しましたから、コダマさんがごそごそしてるの見て察しは付いてるでしょうしね」
「流石二郎殿!藩王様ストーキング!」
「人聞きの悪い事言わないで下さい!藩王様の行動を把握するのも家臣の務めですよ」
 藩王への忠誠心の厚さから藩王へ危機がないか常に監視するのが二郎である。無論最近はACE・ヤガミという男が転がり込んできたのでまぁ、なんというか、邪魔も出来ずに本当に影ながら見守るしかない訳であるが、恐らく藩王様の危機に一番に駆けつけるのはこの男であろう。
「それでは宜しく頼むでござる」
「え?貴方来ないんですか!?」
「拙者は忍潮井殿と一緒にノギ少将と大正殿をお迎えに行くでござる。それに、拙者が居ないほうが絶対に話はうまくいくでござる!」
「力説しないでくださいよ」
「それではさらばでござる!」
 そう言うと窓から素早く姿を消した時雨を見送る羽目になった二郎を溜息をつきながら藩王の執務室に向かう。
 ノックをすると藩王が返事をしたので自分の名前を名乗り二郎は執務室へ入る。いつまでたっても緊張する瞬間である。
「…まぁ、大体はゆみちゃんから聞いたわよ。手紙も届いたわ」
「はぁ」
「毎度の事ながらマメというかアホというか。どうせ時雨に頼まれて許可貰いに来たんでしょ」
「そうです…」
「書類は作ったの?」
「いえ、これからです」
 恐縮したような二郎を見ると藩王は少しだけ笑って机の上の書類を持っていくように促す。
「暇だったから作っておいたわ。貴方も他を手伝ってあげなさい。どうせダメだといったら非合法に集まるんだから監視してたほうが楽で良いわ」
「え?」
 藩王の机の上には『許可』と判子の押された集会申請の書類が既に出来上がっている。二郎はそれを受け取ると苦笑したように表情を緩める。
「本当の馬鹿ですよね、彼は」
「そうね、馬鹿だからこの藩に居るんでしょう。廃藩待ちの藩に飛び込んできた馬鹿は最後まで馬鹿って事よ」
 藩王は僅かに微笑む。それは大分昔の話。自分自身が囚われの身になって、帰ってきたらいつの間にか藩員が増えていたのだ。その筆頭が時雨である。摂政の廃藩待ちだという話もそ知らぬ顔で、此処が潰れたらもうこの世界に未練はないから、此処じゃないと厭だといってその名を藩国名簿に連ねたのだ。それから沢山の人が増えて今は中堅国ぐらいにはなっている。
「まぁ、彼には感謝もしてるのよ。何でもできるからいつもサポートに回ってもらってるし」
「本人は隙間産業担当とか言ってますけどね」
 絵師としても文士としてもそこそこの動きができる時雨は細々と仕事をする事が多い。決してメインを張る事はないが、藩国ではオールマイティーな存在である。本人は『ボケ・突っ込み・フォローを万能でこなせれば本望である』等とザッツ関西なノリで大真面目に言っているが、万能であるが故にいつも隙間産業になってしまう悲しさもある。
「忘年会ね。クリスマス会じゃないのは何でかしら」
 何気なく藩王が時雨からの手紙を眺めて呟くと、二郎は苦笑したように返答をする。
「時雨さんが神様嫌いだからですよ」
「?」
「運命や試練を押し付ける神様が嫌いなんだそうです…まぁ、熱心な仏教徒って訳じゃないでしょうが、彼の家は仏教だそうですよ。『悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや』ってね」
「『悪人正機』って訳ね。自分が悪人だって自覚してるのかしら、時雨は」
「さぁ」
 お互いにクスクスと笑う。運命や試練は山ほどあったけど皆で頑張って乗り切ってきた。これからもずっとそうしていくのであろう。たけきの藩国は弱小国で、貧乏で、いつも隙間産業であった。そんな国を皆大好きだったのだ。
「それじゃ私も用事あるから二郎も行きなさい」
「はい。それでは失礼します」

 

 緊張の一瞬である。
 こんこと大須風太郎は時雨からの手紙を握り締め、ACEが滞在する家へ足を運んだのである。
 彼等の任務は『雷蔵を夕方まで食堂から離し、腹八分目ぐらいの状態で会場へ案内する』というモノであった。藩国のエンゲル係数を一気に跳ね上げさせた可憐な美少女…もとい美少年のエスコート任務を有難くも頂戴したのだ。この人選は個人的に雷蔵への友好度を上げたい2名をセレクトされており、手紙には時雨のポケットマネーなのかイベント予算からなのか金一封が入っていたが、迷わず大須とこんこは自分のぶたさん貯金箱を叩き割り有り金を財布に詰め込んだ。雷蔵の腹を八文目にする難易度を正確に理解していたのであろう。
「…抜け駆けは禁止ですよ大須さん」
「当然。つーか、抜け駆けしたら腹八分目任務は不可能だろ」
「…ですよね」
 サングラスを僅かに上げ苦笑した大須を見てこんこもつられて笑った。彼等の中ではアイドル的存在である雷蔵と一緒にデートできるのは嬉しいが中々難易度の高いミッションであったのだ。
 チャイムを押すと中から雷蔵が出てきたので大須とこんこは緊張の面持ちで相手の言葉を待つ。
「あれ?もう時間?時雨って人から手紙来てたから準備してたんだけど服が決まらなくて。もう少しまっててくれる?」
 長いお下げ髪を申し訳なさそうに触りながら雷蔵は2人を見る。
「いつまでも待ちますのでごゆっくり。マドモアゼル。何を着ても似合うと思いますよ」
「有難う大須。こんこもまっててね。あ、上がって待つ?」
「いえ、僕達は此処で待ちますので」
 こんこが慌てて返事をしたので雷蔵は可愛らしく少し小首を傾げて笑うと中へ引き返していった。
「…大須さん。既にリミッター外れてたんですね。あんな恥ずかしい事良く言えますね」
「此処で外さなくて何処で外すんだよ。俺の美少年レーダーはメーター振り切ってるぞ」
 普段は至極全うな大須であるが、何かの拍子にリミッターが外れると螺子がぶっ飛んだようにわが道を独走する。言動もいつもと別次元へ飛ぶ。
「アレで男の子って勿体無いですよねー。つーか、女の子であって欲しいです」
「美少年だから良いんだろうが。現実を見ろこんこ」
 いわゆる傍から見れば恋敵な関係に見えがちなこんこと大須コンビが仲良くしているのにはこの辺の見解の相違があるからである。因みにこんこ・大須両人とも野郎である訳だが、雷蔵に対する見解が『美少年』『女の子なら良いのに』という微妙なずれが生じている。つまりだ、結局雷蔵の性別如何ではライバルではなくなってしまうという奇怪な関係であるのだ。無論公式には雷蔵の性別は男であるのだが、別に一緒に風呂に入った訳でも確認した訳でもないのでいまだに『雷蔵女性説』は根強く残っていたりする。
「しかし、雷蔵ちゃん可愛いなぁ。やばいなぁ。藩国にもファン増えてるんですよね」
 こんこが何気なくそう言うと大須は少し笑う。
「まぁ、一番仲良いのはお前だろう。小笠原であはは、うふふしてるしなぁ。あー俺も行きたい!でもマイルねぇ!」
「地味に溜めるのが一番ですよ。でもうちで小笠原行ってるのって藩王様とひわみさんと僕位ですよね。時雨さんも行くと思ってたのに」
 すると大須は思い出したようにああ、ノギ少将マイル貯金かと笑う。まだこの世界にノギ少将が存在するかも解らない頃から時雨がしていたマイル貯金である。余りにも夢見すぎている為に周りの同情が集まったのかノギ参戦が決まった時に速攻でノギ獲得がきまったほどで、時雨がこの世界に来たのはノギ少将に会う為だと豪語しただけはある。その割りに小笠原に行っていないのだ。
「性別がネックなんですかね。僕が言うのもなんですが」
「アイツは性別気にしてないなぁ。『体は野郎でも心は乙女、略してオトメン!』大真面目に行ってたし。ただ単に時間ないだけじゃないか?まぁ、アイツが女になったらなったで色々問題あるしなぁ。逆セクハラで訴えられるんじゃないか?」
 褌マニアの尻尾マニアの時雨が女になった場合色々と問題がある。しかも筋肉マニアである。もう救いようのない乙女が誕生する事請け合いで、性転換の薬の話も結局時雨が興味を示さなかった事もあり今では全く誰も話題に出さない。時雨は野郎であった方が世の為人のためであると言うのが藩国の総意なのだろう。
「御免お待たせ。えっと。何処行くの?2人が迎えに来るから夕方まで一緒に遊んでって書いてあっただけだったんだけど手紙」
 雷蔵が冬物の可愛らしい白コートを着て出てきたので大須とこんこは話を中断して極上の笑顔で迎える。
「バーゲンでも食い倒れでも。君の為に俺達は存在するので。荷物持ちもしますよ」
 大須の言葉に雷蔵は驚いたような表情をすると暫し置いて嬉しそうに笑う。今日は自分が一番なのだと理解したのだ。
「えへへ。それじゃ服買って、ご飯食べて、散歩しよう。夕方まで一緒にいてくれる?」
 そう言うと雷蔵は手を2人に差し出す。その手にはこんこがプレゼントとして送った手袋がされていた。
「あ、それ…」
 自分が送ったものだと気が付いたこんこは少し恥ずかしそうな表情をするが、雷蔵は笑顔であったかいよ、ありがとう!と元気良く言うと2人の手を取って街に繰り出した。

 

「霞月さん、こっちの食材切ってくれます?」
「はいー」
 城の台所はコダマゆみ指示の元大々的な料理準備に追われていた。朝の時雨の手紙で派遣されたメンバーは朝からせっせとパーティーの準備をしていたのだ。
「…今日は小人さんいないわね」
 こだまが僅かに眉間にしわを寄せたのを見て霞月とりあらりんは手を止めて首を傾げる。小人さんの意味が解らなかったのだ。
「えっと…小人さん?」
 りあらりんが確認の意味を込めて再度その単語を口にするとコダマは大きく頷き、そう、小人さんという。
「気が付いたらケーキ用の小麦粉にふるいがかけてあったり、気が付いたらサラダ用の芋が全部皮剥いてあったりするの」
「ホラーじゃないですかそれ!!!今までそんな状態だったんですか!?」
 霞月は仰け反って声を上げる。まぁ、向日葵妖精とか存在する国なのでそんな事もアリかも知れないが、普通はホラーである。
「昔は女の子いなくてねー。ご飯全部私が作ってたのよ。そんな忙しい時に絶対に手伝いに来てくれるのよ小人さん」
「あー、今は増えましたしね女の子」
「いや、僕女の子じゃないんですが…」
 コダマの言葉に納得したようにりあらりんが言うと霞月は遠慮がちに自己主張してみる。外見は可愛らしいがれっきとした男の子である。しかし女性ばかりの台所仕事に任命されてしまったのは非力と判断されての事だろうか。
「ただいまー。追加の食材買って来ましたよ。一応ひわみさんにお金貰えたんで」
 沢山の荷物を抱えて帰ってきたのはこれまた乙女の寿々乃とりっかであった。寿々乃はもしもお金がもらえなかった場合の仮払いでコダマからお金を預かっていたのでそれを返すと早速りっかと食材の仕分けを始める。
「ひわみさんの買出しも大変みたいでしたよ。お酒メインでもう竹戸さんやていわいさん物凄い荷物で…」
 りっかが言うとコダマは笑って、それでTAKAさんは手ぶらでしょ?と言う。何で解ったんだろうと不思議そうな顔をするりっかをみてにっこり笑う。
「私も古株だしね。古参メンバーの性格はわかるわよ。TAKAさんは肉体労働しない主義。ひわみんと一緒に予算確保がメインのお仕事」
 食材を片付ける合間そわそわしている霞月を見て寿々乃は不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「あの…小人さんいないか探してるんです」
 その言葉を聴いてりっかはえーっと声を上げる。そんな話は聞いたこともないというと、霞月は真面目な顔で返答する。
「でもコダマさんがいるって」
「いるわよ。今日は別のお仕事してるのかしらね」
 クリームを泡立てながらコダマは笑顔を作る。本当に昔はいたのだからと。
「…それって、アレじゃないですか。時雨さん」
 そういったのはりあらりんであった。コダマが忙しい時に台所を仕切ることが多い彼女は時雨がちょこちょこ手伝いに来るのを知っている。気配を消して現れて、気が付いたら隣で小麦粉のふるいをかけてたりするのだ。何故気配を消して現れるのか謎であるが、手伝い頻度は多いはずである。
「そうよ。時雨さんって指示出さなくても仕事わかるから楽なのよねー。素敵な小人さん。昔は台所の手伝い恥ずかしかったのか隠れてやってたのよ。今は堂々とやってるけどね」
 台所に男性が入ってはならないと誰が決めたのであろうか。藩王様なんて女性でありながら以前サイボーグ以外全滅したカレーを作って以来台所の手伝い禁止なのだ。できる人が出来る事をやりる。皆で手分けする。それがたけきの藩国の鉄則なのだ。
「まぁ、今は人も増えたし、時雨さんも自分が好きな仕事できるようになったのかしらね。いいことだわ」
 器用な人間が損をするなんて可愛そうじゃないか。本人は損なんかしてないと笑うがいつか好きな仕事をのびのびとやらせてあげたいと思っていた。時雨に限らず他の人達も。追われて追われて仕事をする日々も充実していたが少し悲しいと感じていたコダマはそう思う。
「あー時雨さんは忍潮井さんと歩いてましたよ」
 思い出したように寿々乃が言ったのでコダマは少し笑う。きっと彼も楽しく仕事をしてるのだろう。大好きな人やってきたこの藩国で沢山の思い出が作れればいいとコダマは手を動かしながら思う。
「それじゃ私達は私達の仕事をしちゃいましょ!頑張ってね!」
「はい!」
 チンとオーブンが料理完了の音を鳴らした。

 

「お手紙でござるー」
 チャイムを鳴らした時雨は対応した金にそう伝える。横には防寒バッチリな忍潮井が並んで立っていた。
「はい。あ、私達にも手紙があったんですね」
 一足先に雷蔵の手紙が届いていたので金は少し意外そうに声を上げた。
「そうでござる。ご招待状でござる。お手伝いもして欲しいでござる」
 何のために手紙を態々したためたか解らないほど内容をぶちまけてしまった時雨に苦笑しながら忍潮井がノギ様にもあるのでと伝えると金は室内に引き返しノギを呼ぶ。
「パーティーの準備を手伝えばいいのかな?」
 やってきたノギは金と一緒に手紙を開け内容を確認する。書いた本人が目の前にいるのでこれ以上の確認はない。
「お願いするでござる。とりあえず会場の設営の様子を見に行ってお手伝いする予定でござる」
「あの…化野さんへのプレゼントとかは準備いらないのでショウカ」
「…あ!」
「時雨様忘れてました?」
「ワスレテナイデゴザルヨ」
 忍潮井の言葉にぎこちなく答える時雨。その様子に3人とも苦笑する。
「それじゃぁ何かプレゼントを買った方が良いか?予算とかは?」
 ノギの言葉に忍潮井は申し訳なさそうな顔をする。予算と言っても殆ど会場と料理に割いてしまって殆ど残っていないと予想されたのだ。
「あー、うちの藩国貧乏なんで今まで手作りのプレゼントが多かったんですよ…うーん、ひわみさんに確認してみますね」
 その言葉に金は驚いたような表情を見せる。藩国が貧乏だという事など聞いたことがなかったのだ。雷蔵はいつもお腹一杯ご飯を食べていたし、何一つ不自由のない生活を藩国で送らせてもらっている。もしかして自分達が藩国の財政を圧迫してるのではと心配になったのだ。
「うちが貧乏なのは昔からでござるよ。貧乏なら貧乏なりのやり方があるでござる」
 金の気持ちを察したのか時雨が笑って言葉をつむぐ。いつだって廃藩ギリギリの状態で、金もない・燃料もない・資源もないのナイナイ尽くしの藩国だったのだ。あったのは国民のやる気だけであった。
「OK。プレゼントはひわみさんで確保するそうです。我々は会場設営行きましょう」
 携帯電話を切ると忍潮井は朗らかな顔で報告をする。恐らくプレゼント作成班が存在しないのを察してひわみが予算の調整をしてくれたのであろう。この辺はマメな男である。
「お金あるって言ってたでござるか?」
「前もって確保してたそうです。私達の手作り褌プレゼントを妨害するために!」
「なんてこった!」
 お金がないという理由で手作りの褌をプレゼントする事が多い忍潮井と時雨に対して先手を打ってきたのだ。しかしこれも今となってはありがたい一手であった。プレゼントナシというのもなんだか格好悪い。
「それでは私達もいきまショウ」
「そうだな」

 ノギと金は忍潮井と時雨の案内で食堂に赴く。そこではでいだらのっぽと梅本が忍パンダ総動員で会場の飾り付けをしていた。
「あ、時雨さん。もうメンバー足りなくて困ってたんですよ」
「あれ?摂政殿に手伝い頼んだんでござるがなぁ?」
 梅本の言葉に時雨は首を傾げる。月光・モモ・志水と結構なメンバーを会場設営に送り込んだのだが、始めに様子を見に来ただけでそのまま何処かに行ってしまったという。
「私達が手伝いますので」
「おねがします」
 金の言葉にでいだらのっぽは手に持っいた紙を渡し、花を作ってくださいと見本の花を渡す。良く見られる薄い色紙を使った折り畳んだ紙を広げて作る花である。
「本当に手作りだな」
 会場を興味深そうに見て回るノギに梅本は笑いながら答える。
「うち貧乏ですからねー。いつも手作りでなんでもするんです。それにそっちの方が楽しいでしょう?」
「アノ…本当に貧乏なんですか?」
 遠慮がちに聞く金にでいだらのっぽは少し首を傾げて考え込む。藩国の財政がどうなってるかなんて藩王や財務を見ている人間以外実は余り細かい所まで見ていないのだ。ただ、いつも『貧乏だ!』と藩王が言うので貧乏だと思っているだけなのかもしれない。
「どうなんでしょうね。良く解らないです。貧乏でも何とかやっていけてるし、良いんじゃないですか?気にしなくて」
「そんもんだろ。金も気にするな」
 偉く貧乏な藩国に拘る金にノギが言うと金は少し困った顔をしてハイ、と返答する。
「そういえば忍潮井さんと時雨さんが公共事業かなんかで物凄い稼いだことありましたね」
 思い出したように梅本が言うと時雨はああ…あれでござるねーと一時期金が転がり込んできた事を思います。
「でもあれ豪快に募金しちゃったじゃないですか。向日葵募金とかなんかで。罰金とか色々あって、結局貧乏に逆戻りーみたいな」
「金は天下の回り物でござるよ。溜め込んでも使うべき所で使わないと結果的に損をする事もあるでござる」
「藩王様オットコマエに金使いますよねー」
 忍潮井と時雨の会話を聞いて梅本は笑う。弱小国は弱小国なりにやるべき事もあるし、出来ることもあると藩王はいつもオトコマエの決断を下す。大国に出来ない事を担って、必要とされて生き残ったのだこの藩国は。
「まぁ、こうやって皆でわいわいするのが拙者は好きでござる。藩王様もそう思ってくれてると嬉しいでござる。大国になりたいならずっと前に是空藩王様の所に嫁に行ってるでござるよ」
 ずっと前にあった嫁入り騒動は本当に大変だったが結局藩王様は嫁に行くことなく、是空藩王も無事に原さんと結婚した。それして藩国にはACE・ヤガミがやってきた。これ以上幸せな事は藩王にはないだろう。
「そういえばヤガミは朝からいなかったな」
「ヤガミさんにも手紙出したのですか?」
「…出さなくてもヤガミは藩王様べったりでござる」
 ノギと金の言葉に時雨は複雑そうな表情を浮かべる。一番手紙の内容で困ったのはヤガミであった。手伝いをさせる気にもならず、結局『今日はクリスマスです。忘年会と化野の誕生会を夕方にします』とだけ書いて送ったのだ。余計な事を書かないほうがいいと思ったのだ。
「まぁ、皆でわいわいやった方が藩王様やヤガミ様も抜け出しやすいという事で…」
「うわぁ、忍潮井さん綺麗に纏めた!」
 梅本が言うと釣られて皆笑い出す。

 

「化野さん――――」
 厩で名前を呼ばれて化野はそちらを振り向く。そこにはTAKAが上機嫌の様子で手を振っていた。
「どうしたんですか?」
「いや、真面目にお仕事してるのね」
 そう言うとTAKAは極上の笑顔を作って笑う。外見的には女性だが生物学的に男性であるTAKAであるがこの手の表情をさせると巷の野郎どもを虜にするほどの破壊力がある。
「…まぁ、当番ですからね。馬の世話」
 流石に付き合いの長い化野は動じずに馬を洗う手を止めずに返事をする。その様子を見ながらTAKAは何か欲しいものある?と唐突に聞く。
「偉い唐突ですね」
「だってお誕生日でしょ?」
「!!」
「忘れてた?」
「いや、覚えてました。エエオボエテマシタヨ」
 TAKAに指摘されるまですっかり忘れていた自分のお誕生日。恋人がいるわけでもなく、世の中クリスマスで浮かれてるというのに俺は馬の世話かよ!誰だよ当番考えたの!と心の中で文句を言いながら化野は思わず片言で返答をする。
「今から買いに行くから欲しいもの言って」
「あのですね。こう、サプライズ的な展開はないんですか?摂政のときは超サプライズだったじゃないですか」
 摂政の誕生日の時は本人を当日監禁し、皆で準備をひっそりと進めるという無茶な計画であった。無論化野が監禁されたいという訳ではなく、なんだかもう少しひっそりと進めて驚かせて欲しかった様な気がするのだ。
「今回は内緒って言われてなかったし。まぁ、時雨さんが又思い付いた事だし」
「…馬を洗うブラシが欲しいですね。とりあえず。来年はもっといいモノを考えておきます」
「了解」
 TAKAがメモを取るのを確認して化野は今朝方時雨から届いた手紙を思い返す。忘年会とだけ書かれていたので夕方に行けば良いと思っていたし、元々当番が決まっていたので準備が免除されてるのだと思っていた。
 そこでふと化野は重要な事を思います。それは誰もが失念しているであろう事。
「…摂政って何処にいます?」
「志水?さぁ。一応会場設営の筈ですわ」
「有難うございます」
「それじゃぁ、またね!夕方!」
 TAKAが手を振って戻っていくのを確認して化野は早く仕事を終わらせて摂政を探す事にした。

 

「…本当にソレ欲しいって言ったんですか?適当な事言ってません?」
「酷いひわみん!ちゃんと確認したわよ!」
「ひわみんいうな!」
 ぷーっと膨れるTAKAにひわみはお決まりの突込みを入れるとふーっと溜息をつく。まぁ予算内に確実に収まるプレゼントであるが、色気がないプレゼントでもある。本人がそれでいいと言うのなら良いのであろう。
「そんじゃ竹戸さん、ていわいさんもう少し頑張って下さい。あ、先に帰っててもいいですけど…」
「大丈夫。やわな鍛え方はしてませんよ」
「ですね」
 大量の飲料という実に大変な荷物を抱えた竹戸とていわいに声をかけるが、2人は問題なというような返事をする。ドラッグマジシャン略してドラマジのTAKA・ひわみコンビより遥かに肉体派の龍の使いの上に、アダラの守り手の能力も獲得しているのだ、藩国でもTOPクラスの数値をたたき出す。
「たすかるわ。前の摂政の誕生日の時はドラマジばっかりで出かけて大変だったもの」
「TAKAさんは何も荷物持ちしなかったじゃないですか」
 ひわみの鋭い突っ込みにTAKAは優しく微笑むと私の仕事じゃないんですものとさらりと言い放つ。あくまで肉体労働全面拒否の体制である。
「まぁ…できる人間ができる事すればいいじゃないですか。ねぇ、竹戸さん」
「…分担でるるならね」
 竹戸もていわいも古参のTAKAやひわみに比べれば新人の部類に入る。分担するも何も人いね――――!!!な頃にせっせと働いた2人はそんな新人の心遣いに感謝する。いつの間にか人も増えて、分担作業というものも随分板についてきた様な気がしてきた。
 日はまだ高いが、冬の日暮れは早い。早めに買い物を済ませて会場設置でも手伝ったほうがいいなと判断したひわみは最近藩国に設置された家畜等の手入れ道具を専門に扱う店に早足で向かう事にした。
 基本的に農業主体であった藩国に家畜は厳密に存在はしないが、先日獲得した『聖騎士』アイドレスの関係で馬を扱うことになったので店も出来たのだ。一部『世界貴族』の面々も貴族に馬!なありきたりな発想から馬を何頭か購入して飼っていると噂もある。あくまで噂レベルを出ないのはその馬達が忍者の隠れ里で飼われているという事で余り目にする機会がないという事だ。
「…忍者里の馬って本当なんですかね…」
 ブラシを選びながらひわみが何気なく言うとていわいは苦笑する。何か知っている様子なのでひわみはもう少しつつく事にした。
「見たことあるんですか?」
「忍者の馬なのか知りませんがね…時雨さんが馬に乗ってるのは見たことありますよ。真っ黒な馬。聖騎士の馬は殆ど白か栗毛なんで多分個人的に飼ってる馬だと思います」
 そんな予算は割いていないので恐らく私財を投入して購入したのであろう。ペットと言い張られてしまえば何もいえないし、まぁ、禁止する理由もない。寧ろ何故隠しているのかが気になる所である。
「黒ね…彼の好きな色といえば好きな色ですかね。…名前とか付けてるんですかね」
「つけてるでしょうね。何にでも名前付ける人ですから。もうヒーローの必殺技とか、口上文とか大好きな人ですからね」
 『右の修羅に、左の菩薩!拙者の拳で昇天させるでござる!』等と一時期龍の使いにいた頃時雨は良く訓練中にそんな事を言っていたのをていわいは思い出し笑う。新人が多かった龍の使いの中でまともに戦争をしたことがあったのがコダマと時雨の2名だけだった中本当にそんな口上を考えなければならないのかもしれないと大いに悩んだ事もだったのだ。しかしながらそれが時雨が好きでやってると知った時は安堵や残念さを交えた奇妙な気分になったのを覚えている。男の子は誰しもヒーローに憧れるのだ。
 逆に武道の道を行きたい竹戸は無駄な口上だと難癖をつけていた。しかしながら、騎士だって武士だって戦いの前に名乗るのだから口上はあっても良い筈だと大真面目に反論した時雨の姿は本当に大物の馬鹿だと思った。けれど今はそんな遊び心もも重要ではないかと竹戸は思うのである。…思うだけで口上は考えていない。
「…時雨さん今日はのむのかしらね。普段は余りのまないけど…もう少しお酒増やす?」
 TAKAは形のよい犬耳を可愛らしく動かしひわみに尋ねるがひわみは首を振る。これ以上増やすのか!という怒りより、時雨が矢張り今日も飲まない様な気がしたのだ。時雨はザルを通り越してワクである。つまり引っかかる所すらない底なしのアルコール分解酵素全開体質なのである。いくらあっても足りないので飲まないという矛盾した思考の持ち主で、宴会の場では意外と飲まない。本人曰く、体質と味覚が一致していないので酒を美味し飲める人に酒を譲るらしい。絶望的な味オンチという噂もある。どの酒を飲んでも水みたいだという時雨の話を聞いて余り飲めないひわみは仰天したものだ。老酒でもアイツは水みたいに飲みやがる…ソレが藩国一ののんべぇの座をかけて戦った月光の遺言であったのは藩国では有名な話である。…月光はいまだ健在であるが、その後数日廃人だったのは言うまでもない。
「まぁ、足りなくなったらまた後で飲む人が足せばいいんですよ。よし、コレにしましょう。プレゼント包装で」
 ひわみが選んだブラシを受け取るとTAKAは了解と短く言ってレジへ向かう。手ぶらなのだからソレぐらいはしてもらわないと困ると思いながらひわみは僅かに傾いた日の光を仰いでコレから行われる宴会の事を考えて頭を抱えたくなった。

 

「…早く入ればいいのに」
 入り口の外に気配を感じて藩王はゆっくりと言葉を放った。扉を開けるのは誰だかずっと前から解っていた。自分だけのACEであるヤガミである。
 いつもにも増して仏頂面のヤガミは不機嫌そうに手に持った手紙を藩王に投げる。封筒は藩王の元に送られてきたものと同じ封筒で、宛名だけが違うものであった。時雨は一応ヤガミにも手紙を出したようだ。
「失礼な手紙が来た」
「…そう。でも時雨は馬鹿だけど失礼じゃないわ」
 そう言うと藩王はゆっくりと立ち上がりヤガミに手招きをする。渋々と…しかし割りといつもに比べて素直に藩王の側に寄ったのは今日が彼にとっても特別な日だったからかもしれない。
「はい。お誕生日おめでとう。本当の誕生日じゃないかもしれないけど。世の中の舞踏子は今日貴方の誕生日を祝うんでしょ」
 そう言った藩王はヤガミの首にマフラーを巻く。青のマフラー。何一つ模様は入っていないが恐らく手作りであろうモノであった。ついでにと渡されたのはお守りであった。此方には花の刺繍がしてあり、野郎が持つには少々可愛らしいが死亡フラグ全開のヤガミには気休め程度のプレゼントかもしれない。
「…覚えていたのか」
「覚えてたわ。時雨から手紙でも念を押されたもの」
 そう言うと藩王は自分宛の手紙をヤガミに渡す。そこには『ヤガミの誕生会はしないので藩王様だけが祝って下さい』と書かれていた。どうせ藩王以外から祝われても喜びもしないと思ったのであろうか。
「あの子も元舞踏子だもの。貴方の事はよく知ってるわ。だから貴方の誕生日はしないのよ。馬鹿だけど失礼じゃないわ」
 藩王の言葉にヤガミは僅かに微笑を作る。
「たけきのこが祝ってくれるならそれでいい。夕方又迎えに来る」
「ええ」
 明らかに機嫌をよくしたであろう事を感じた藩王は思わず笑う。馬鹿だと思ったのだ、自分もヤガミも。こんな俗っぽいイベントでなんだか幸せな気分になれるのだからソレはとても良い事だと思ったのだ。
 ヤガミの背中を見送りながらゆっくりと思考を動かす藩王。元舞踏子であった時雨はどんな気持ちでヤガミを眺めているのだろうか。幸せな舞踏子もいれば泣いてばかりの舞踏子だっている。最低な男なのだヤガミは。それでもなお追いかけるのが舞踏子の本懐である。昔時雨にヤガミについて聞いたとき彼はこう答えた、好きすぎて憎くなったから忘れる事にしたと。嘘つきは嫌いだと。7つの世界にかけて会いに来ると言ったのにあいつは嘘つきだ。そう言ってゆっくりと彼は笑った。そこには世界忍者・蓮沼時雨ではない誰か別の舞踏子の面影を見た藩王はもう問う事はしなかった。泣いた舞踏子だったのかもしれないと。
「…馬鹿よね。私も…」
 嘘をつかれて、泣かされて、逃げられてまだなお追いかけるのは愚かな事であろうか。藩国も、己の全てをかけてをも追い続ける姿は無様だろうか。

 

 夕方からスタートした宴会は化野を中心に囲みいつも通り…摂政が脱ぎ、月光が飲み、TAKAが煽り、藩王が粉砕バッドを振り回す賑やかな展開となった。流石に初参加のACE達は驚いたようだが、雷蔵は料理を満足げに平らげ、金やノギは賑やかな様子を目を細めて眺めていた。ヤガミはいつも通り憮然として不機嫌な態度であったが、気を利かせて流されたダンス曲に藩王の手を取った。
 誰も終りだといわない宴会に人々は思い出話をし始め、涙し笑う。
 そんな中時雨は静かに会場を抜け出し城の屋根に上る。此処は彼の特等席なのだ。藩国を一望できるこの屋根の上で世界忍者の頃は良く修行と称して飛び回ったものだ。
 肌寒い風を感じながら時雨はゆっくりと瞳を伏せる。
「どうぞ」
 そんな時雨の側に立ち杯を差し出したのは今回の主役である化野であった。聖騎士という重装備な職業でありながら頑張って此処まで酒を抱えて登ってきたのだ。
「拙者は…」
「飲まないのは知ってる。でも俺の為に乾杯してよ」
 同郷であったこともあり、地方ローカルの話題などで良く盛り上がるコンビである。化野自身主催者の時雨に礼を言いたいのもあったし、もう一つ伝えるべき言葉もあったのだ。
「お誕生日おめでとう化野殿」
「お誕生日おめでとう俺。そんでもって、後数時間で時雨もお誕生日おめでとう」
 軽く当てた杯を眺めて時雨はほんの少し微笑む。
「知ってたんでござるね」
「ああ。まぁ、なんつーか、近いしな。覚えやすいし」
 一人で誕生日を迎えさせる訳には行かなかった。いつでも主役の座は誰かに譲る隙間産業筆頭・時雨だって主役になってもいいと化野は思ったのだ。だから時雨を探して屋根まで酒を抱えて登ったし、こうやって祝う事にしたのだ。
「良い人でござるね」
「もっと素敵な人を紹介する」
 化野が笑って指差した先にはサンタルックに身を包んだ…しかし何故か下半身は褌な三人組が大きな袋を抱えて立っていたのだ。普通にそんな姿で歩き回っていたら通報ものである。
「メリークリスマスぐれっち!良い子にプレゼントだ!本来はソックスと交換だが誕生日だからまけておく」
「…摂政殿…寒そうでござるな」
「違う!俺はサンタ・マーキュリーだ!」
 大真面目に反論する何処からどう見ても摂政・志水高末をみて時雨は嬉しそうに笑い、差し出されたプレゼントを受け取る。早速がさがさ開けるとそこにはソーイングセットが入っている。しかもカラフルな刺繍糸つきだ。
「まぁ、時雨さんの素晴らしい褌刺繍を今後も頑張ってという意味で」
 可愛らしいモモという名前と裏腹にサンタというに相応しいメタボな腹を揺らしながらモモ…本人談サンタ・プルートはダンディな口ひげを撫でながら言う。一番サンタルックが似合ってるといえば似合ってるともいえる。
「まぁ、つーわけで飲めぐれっち!下から酒もがめてきた!つまみもゆみちゃんが直ぐに持ってくる!」
 どんと酒を突き出した月光…本人談サンタ・ムーンは早速酒瓶の口を開け持参したコップに並々と注ぐ。まぁ、俺達の仕事は深夜だからな、まだまだ飲むぞ!と志水はご機嫌で月光からコップを受け取りチンと時雨の杯と乾杯すると早速飲み干す。
「態々準備してくれたでござるか?」
「当然ですよ時雨さん!私達筋肉マニアの仲じゃないですか!」
 盆に大量におつまみを載せて現れたコダマゆみは満面の笑みでソレを差し出すとお誕生日おめでとう!とにこやかに言う。パーティーの準備の合間に摂政から依頼を受けていつも以上に張り切って仕込みをしたのだ。
「まーしかし、ゆみねーちゃんとぐれっちのコンビって意外と凶悪だったよなぁ、ほら、お見合いのとき…」
 早速つまみをもぐもぐしながら摂政が話を振ると他のメンバーが食いつく。大真面目に黒オーマの筋肉を愛でる為に出かけて行った二人に仰天したのもよき思い出である。割と古参から中堅なメンバーが集まった為に思い出話に花が咲く。わいわい盛り上がりながら酒はどんどん進む。
「藩王様は?」
「ヤガミとどっかいった。デバガメしたら間違いなく粉砕バッドで粉砕されそうだから追いかけなかった」
 時雨の問いに摂政が答えると、そうでござるかー良い思い出が出来るといいでござるねー、と時雨はほんの少し笑う。藩王様が一番大変だったのだから何か楽しい思い出が一つでもできるといいと思ったのだ。幸せな舞踏子。それは誰がもが夢見た幸せの形。だけどそこに到達するには今までもこれからも荊の道が続いているのは誰の目から見ても明らかであった。

――――だから自分達はまだ戦わなければならない。

 時雨は幸せなこの時間を未来に続ける為に又拳を握る事を誓い杯に残った酒を一気にあおった。


蛇足なあとがき

 文族の春・中編は60枚書かねばならないだと思ったら、MAX60だったのですね!
 とりあえず藩国メンバーを全員出した小説を書かせて頂きました。割と古参メンバーが出番多いのはご愛嬌と言う事で。ネタにしやすいので。化野殿の誕生日記念に書いてたものですが間に合わず、この機会を得てリニューアルしてUPさせて頂きました。
 最後まで読んでくださって有難うございました。又機会があれば色々とかいてみたいと思います。

20080127 砂神時雨